――萌黄色の戦装束が眩しい。
濃姫は目を細めて、前田利家の妻・まつの姿を眺めていた。
白い太腿があらわになっているものの下品さは感じられない。普通なら顔をしかめて然る
べき肌の露出は、まつの内側から滲み出る気品と凛々しさによって、ただ彼女特有の柔和さ
を強調するためだけに美しく映える。
珍しく家の中で戦装束を纏っているので理由を問うと、
「戦かと思ったのでござりまする」
まつは笑った。
「犬千代さまと慶次が、喧嘩をしているだけにござりました」
「あら……」
ある意味、戦に違いないのだろう。
屈強な男がふたり、悪ガキのように暴れまわっているところを想像すれば、そんな考えが
自然と浮かぶ。
ひとしきりクスクスと笑ったあとで、濃姫は信長からの書状をまつに渡した。
お茶でもどうぞと勧めてくるので縁側に足を運ぶ。
くつろいだ雰囲気が漂う前田邸ならではと言うべきか。温かな陽だまりが遊ぶこの縁側が、
一番美味い茶がすすれる場所だった。
「その装束、素敵ね」
改めてまつを見つめて言うと、彼女は慌てた。
「申し訳ござりませぬ、あの、着替えて参ります」
主君の妻に会うのに、この格好では無礼に当たる。そう考えたのだろう、まつは深く頭を
下げてから腰を上げかけた。
「いいのよ。そういうつもりで言ったのではないの」
「え?」
「本当に、素敵だと思っただけ。ねぇ、そのままでいてちょうだい」
「は、はい」
見つめたまつがモジモジと所在なげなしぐさで俯いたのをいいことに、濃姫はからかい
半分の不躾な視線をぶつけた。
まつに逆襲されたのは、そのすぐあとのことである。
「濃姫様のお召し物もお綺麗で……素敵でいらっしゃいまする」
「そ、そうかしら」
今度はまつが、濃姫を観察するようにして眺める。
喪服みたいだろうと笑って言うと、いいや綺麗だと頑固に言い張った。濃姫がむきになって
世辞など言うなと唇を尖らせれば、世辞など言わぬとまつは譲らない。
頑迷な、とほとんど睨むような目で見合うものの、お互いに、自分にないものを相手の中に
見い出していて、それを羨ましいと思っていることが分かった。妬み嫉みの類でも一方的に
でもないので、親近感だけ強まる。
だから、目が笑っていた。
「うふふっ、ふふふ」
大人げないやりとりに思わず噴き出した濃姫に続いて、堪えられなくなったのだろう、
まつも明るい笑い声を上げた。
「ああ、おかしい。もうっ、強情ねぇ!」
「ふふ、濃姫様こそ」
まつは微笑を浮かべたまま立ち上がった。
「やっぱり着替えて参ります」
「あら。だめよ」
「いいえ、着替えて参りまする」
「でも……――うふふふっ」
また、妥協しない子供の攻防が始まる気配がする。込み上げる笑いを喉で殺しているうちに、
まつは奥へ下がっていった。
濃姫は目を細めて、前田利家の妻・まつの姿を眺めていた。
白い太腿があらわになっているものの下品さは感じられない。普通なら顔をしかめて然る
べき肌の露出は、まつの内側から滲み出る気品と凛々しさによって、ただ彼女特有の柔和さ
を強調するためだけに美しく映える。
珍しく家の中で戦装束を纏っているので理由を問うと、
「戦かと思ったのでござりまする」
まつは笑った。
「犬千代さまと慶次が、喧嘩をしているだけにござりました」
「あら……」
ある意味、戦に違いないのだろう。
屈強な男がふたり、悪ガキのように暴れまわっているところを想像すれば、そんな考えが
自然と浮かぶ。
ひとしきりクスクスと笑ったあとで、濃姫は信長からの書状をまつに渡した。
お茶でもどうぞと勧めてくるので縁側に足を運ぶ。
くつろいだ雰囲気が漂う前田邸ならではと言うべきか。温かな陽だまりが遊ぶこの縁側が、
一番美味い茶がすすれる場所だった。
「その装束、素敵ね」
改めてまつを見つめて言うと、彼女は慌てた。
「申し訳ござりませぬ、あの、着替えて参ります」
主君の妻に会うのに、この格好では無礼に当たる。そう考えたのだろう、まつは深く頭を
下げてから腰を上げかけた。
「いいのよ。そういうつもりで言ったのではないの」
「え?」
「本当に、素敵だと思っただけ。ねぇ、そのままでいてちょうだい」
「は、はい」
見つめたまつがモジモジと所在なげなしぐさで俯いたのをいいことに、濃姫はからかい
半分の不躾な視線をぶつけた。
まつに逆襲されたのは、そのすぐあとのことである。
「濃姫様のお召し物もお綺麗で……素敵でいらっしゃいまする」
「そ、そうかしら」
今度はまつが、濃姫を観察するようにして眺める。
喪服みたいだろうと笑って言うと、いいや綺麗だと頑固に言い張った。濃姫がむきになって
世辞など言うなと唇を尖らせれば、世辞など言わぬとまつは譲らない。
頑迷な、とほとんど睨むような目で見合うものの、お互いに、自分にないものを相手の中に
見い出していて、それを羨ましいと思っていることが分かった。妬み嫉みの類でも一方的に
でもないので、親近感だけ強まる。
だから、目が笑っていた。
「うふふっ、ふふふ」
大人げないやりとりに思わず噴き出した濃姫に続いて、堪えられなくなったのだろう、
まつも明るい笑い声を上げた。
「ああ、おかしい。もうっ、強情ねぇ!」
「ふふ、濃姫様こそ」
まつは微笑を浮かべたまま立ち上がった。
「やっぱり着替えて参ります」
「あら。だめよ」
「いいえ、着替えて参りまする」
「でも……――うふふふっ」
また、妥協しない子供の攻防が始まる気配がする。込み上げる笑いを喉で殺しているうちに、
まつは奥へ下がっていった。