「伊達政宗。武田に下れ。そなたの血と伊達の名、絶やすのは惜しい」
HA、と政宗は笑った。家臣たちが無礼な、とざわめく。
政宗は髪をかき上げ、傍らに控える幸村を一度見た。わずかに甘く潤むが、すぐに信玄に目を向ける。
ほんの、一瞬。政宗がただ幸村を見ただけで、信玄は悟った。
――恋仲か。
「知行を与えるゆえ、奥州を治めよ。奥州の民は、甲斐になかなか従わんのだ」
「HA、甘いこった」
「政宗殿!」
幸村が鋭い声を飛ばす。しかし政宗は、信玄から視線を外さない。
冷たさはない。これ以上ないほど熱い視線だ。
「確かに、伊達の家臣は、あんたに従うことはないだろ。俺がそう仕込んだからな。
……だが、俺の血を引く武田の子がいたら、武田にも従うだろう」
「……そなた」
「俺が遺言を残せば、全員武田に従うぜ? 俺の言うことは絶対だからな」
政宗は笑う。
この若い娘を、生かしたいと思う。
政の手腕も、武将としての強さも、政宗の器の大きさも、気に入っている。
何より、この娘を殺せば幸村が嘆き悲しむ。
「……伊達よ。儂はの、もう年じゃ」
「甲斐の虎が、何弱気な事を言ってやがる」
「そなたは若い。武田の血を引く子が欲しいのなら、例えば――幸村はいかがじゃ。
武田家中の中でも、忠義にあつく武勇誉れ高いぞ」
「おおおおお館様!?」
「幸村に奥州を治めさせよう。そなたは、幸村の妻となり、幸村の子を産め。その子に伊達を名乗らせればよい」
「幸村は、正室がいないだろ。正室は武田から貰った方がいい」
「いや、正室であるほうがよかろう。家臣の側室など、奥州は認めまいて」
幸村の絶叫を無視して、二人は会話を勧めた。
幸村は耳まで真っ赤にして口をぱくぱくさせているが、二人はまったく気にしない。
「男を二人産めってか?」
「左様。儂はもう年じゃ。若い者同士の方が、子もできよう」
政宗は緩く首を振った。
「あんた、分かってるんだろ? 真田じゃ、奥州は納得しない」
信玄は低く唸った。
幸村は武勇誉れ高い武将だが、所詮は武田の家臣である。伊達とは家の格が違う。
「だがの」
「武田信玄と、伊達政宗の子。これ以上、納得できるものなんかねぇぜ?」
政宗は薄く笑って肩を竦めた。
側室に入れる気がないのなら、殺せ。暗にそう語る。
信玄はため息をついた。首を振り、政宗を見る。
「……そちの処遇は、後ほど決める」
「今、返事しろよ。俺はあんたの決定に従う」
「ならん」
「You coward(臆病者)」
吐き捨てるような南蛮の言葉の意味が分かる者は、武田家中にはいない。
だが、幸村はそれが罵りの言葉であることに気づいた。
「政宗殿」
名を呼ぶ。政宗は一度幸村を見た。
左だけの、黒い目。一瞬翳りを帯びるが、すぐに強い光を宿す。
手を伸ばそうとするが、家中の視線を感じて膝の上で拳を握った。
気づかれては、いけない。
「幸村。……楽しかったぜ」
肩を竦め、唇を持ち上げて笑う政宗を、幸村は呆然と見つめた。
戦場で目が離せなくなった。打ち合うたびに魂が震えた。これ以上ない程惹かれた。
「……下がれ」
信玄の声に、我に返る。信玄は立ち上がって評定の場を去る。
幸村は弾かれたように立ち上がり、信玄を追った。
HA、と政宗は笑った。家臣たちが無礼な、とざわめく。
政宗は髪をかき上げ、傍らに控える幸村を一度見た。わずかに甘く潤むが、すぐに信玄に目を向ける。
ほんの、一瞬。政宗がただ幸村を見ただけで、信玄は悟った。
――恋仲か。
「知行を与えるゆえ、奥州を治めよ。奥州の民は、甲斐になかなか従わんのだ」
「HA、甘いこった」
「政宗殿!」
幸村が鋭い声を飛ばす。しかし政宗は、信玄から視線を外さない。
冷たさはない。これ以上ないほど熱い視線だ。
「確かに、伊達の家臣は、あんたに従うことはないだろ。俺がそう仕込んだからな。
……だが、俺の血を引く武田の子がいたら、武田にも従うだろう」
「……そなた」
「俺が遺言を残せば、全員武田に従うぜ? 俺の言うことは絶対だからな」
政宗は笑う。
この若い娘を、生かしたいと思う。
政の手腕も、武将としての強さも、政宗の器の大きさも、気に入っている。
何より、この娘を殺せば幸村が嘆き悲しむ。
「……伊達よ。儂はの、もう年じゃ」
「甲斐の虎が、何弱気な事を言ってやがる」
「そなたは若い。武田の血を引く子が欲しいのなら、例えば――幸村はいかがじゃ。
武田家中の中でも、忠義にあつく武勇誉れ高いぞ」
「おおおおお館様!?」
「幸村に奥州を治めさせよう。そなたは、幸村の妻となり、幸村の子を産め。その子に伊達を名乗らせればよい」
「幸村は、正室がいないだろ。正室は武田から貰った方がいい」
「いや、正室であるほうがよかろう。家臣の側室など、奥州は認めまいて」
幸村の絶叫を無視して、二人は会話を勧めた。
幸村は耳まで真っ赤にして口をぱくぱくさせているが、二人はまったく気にしない。
「男を二人産めってか?」
「左様。儂はもう年じゃ。若い者同士の方が、子もできよう」
政宗は緩く首を振った。
「あんた、分かってるんだろ? 真田じゃ、奥州は納得しない」
信玄は低く唸った。
幸村は武勇誉れ高い武将だが、所詮は武田の家臣である。伊達とは家の格が違う。
「だがの」
「武田信玄と、伊達政宗の子。これ以上、納得できるものなんかねぇぜ?」
政宗は薄く笑って肩を竦めた。
側室に入れる気がないのなら、殺せ。暗にそう語る。
信玄はため息をついた。首を振り、政宗を見る。
「……そちの処遇は、後ほど決める」
「今、返事しろよ。俺はあんたの決定に従う」
「ならん」
「You coward(臆病者)」
吐き捨てるような南蛮の言葉の意味が分かる者は、武田家中にはいない。
だが、幸村はそれが罵りの言葉であることに気づいた。
「政宗殿」
名を呼ぶ。政宗は一度幸村を見た。
左だけの、黒い目。一瞬翳りを帯びるが、すぐに強い光を宿す。
手を伸ばそうとするが、家中の視線を感じて膝の上で拳を握った。
気づかれては、いけない。
「幸村。……楽しかったぜ」
肩を竦め、唇を持ち上げて笑う政宗を、幸村は呆然と見つめた。
戦場で目が離せなくなった。打ち合うたびに魂が震えた。これ以上ない程惹かれた。
「……下がれ」
信玄の声に、我に返る。信玄は立ち上がって評定の場を去る。
幸村は弾かれたように立ち上がり、信玄を追った。