小十郎の晩酌は夕餉の後と決まっており、幸村はいつも付き合った。
屋敷の奥の夫婦の部屋で、雨音を聞きながら杯を干す。
無言で杯を干し続ける小十郎の顔を覗き込む。二人とも酒に呑まれることは
滅多にないが、それはその日あった事などを語らいながらいつまでもちびちびやっているからで、
無言で徳利をいくつも空にする姿を見るのは初めてだった。
「……薄い酒だな」
「慶次殿の土産の、薩摩の芋を醸した酒にござる。米と風味が違うが、弱い酒ではない……と、聞いているのですが」
「ああ、そうか」
会話がまったくかみ合わない。酔っているのか、と目を見た。酒精で目は潤んでいるが、
へべれけになっている様子はない。試しにぺとっと額同士をくっつけてみると、鬱陶しげに
顔を掴まれて引き離された。いつも通りだ。
「酔ったか?」
「小十郎殿こそ」
幸村の杯は、まだ最初の酒が半分ほど減っただけだ。小十郎の杯に酒を注ぐ作業に
追われ、ほとんど呑めていない。
「……お前も、知っていた方がいいだろうな。…………明日は、政宗様のご夫君の命日だ」
ごふくん、と鸚鵡返しに呟き、幸村は目をしばたたかせた。
「政宗殿は、寡婦(未亡人のこと)でござったか」
「ああ。もう……四年になるな」
空の杯を脇に置くと、小十郎は脚を崩してため息をついた。目を伏せて考え込む様子をじっと見守る。
小十郎に昼飯を届けるために、幸村は毎日城に行く。何度か政宗の書斎や私室に
入ったことがあるが、仏壇や位牌を見た覚えがない。人目につかない場所にあるのだろうか。
(…隠しているのか?)
屋敷の奥の夫婦の部屋で、雨音を聞きながら杯を干す。
無言で杯を干し続ける小十郎の顔を覗き込む。二人とも酒に呑まれることは
滅多にないが、それはその日あった事などを語らいながらいつまでもちびちびやっているからで、
無言で徳利をいくつも空にする姿を見るのは初めてだった。
「……薄い酒だな」
「慶次殿の土産の、薩摩の芋を醸した酒にござる。米と風味が違うが、弱い酒ではない……と、聞いているのですが」
「ああ、そうか」
会話がまったくかみ合わない。酔っているのか、と目を見た。酒精で目は潤んでいるが、
へべれけになっている様子はない。試しにぺとっと額同士をくっつけてみると、鬱陶しげに
顔を掴まれて引き離された。いつも通りだ。
「酔ったか?」
「小十郎殿こそ」
幸村の杯は、まだ最初の酒が半分ほど減っただけだ。小十郎の杯に酒を注ぐ作業に
追われ、ほとんど呑めていない。
「……お前も、知っていた方がいいだろうな。…………明日は、政宗様のご夫君の命日だ」
ごふくん、と鸚鵡返しに呟き、幸村は目をしばたたかせた。
「政宗殿は、寡婦(未亡人のこと)でござったか」
「ああ。もう……四年になるな」
空の杯を脇に置くと、小十郎は脚を崩してため息をついた。目を伏せて考え込む様子をじっと見守る。
小十郎に昼飯を届けるために、幸村は毎日城に行く。何度か政宗の書斎や私室に
入ったことがあるが、仏壇や位牌を見た覚えがない。人目につかない場所にあるのだろうか。
(…隠しているのか?)
――何故、隠す必要があるのだろう。
「お話をお聞きしても、よろしいか……?」
幸村が膝を詰めると、小十郎は困ったように笑って杯の酒を干した。
徳利を持つ手をさりげなく取られ、徳利を置いて顔を向ける。小十郎は海棠の花に
目を向けたまま、ぽつりと言葉をこぼした。
「……家督を継ぐことが決まったのは、政宗様がお生まれになった時だった。女であることは
秘されたが、織田の正室や中国の毛利が活躍するようになり、女が戦場に出ることや家督を
継ぐことの前例ができた。……十二のときに女であることを公表され、明くる年に元服されて
政宗の名を名乗られるようになり、田村家から婿を取られた」
そんな経緯があったのか、と幸村は自分の十二の頃を思い出した。
五つかそこらで槍を教えられ、毎日練習した。武家の娘の嗜みではない鍛錬を積んで
男に負けぬ武将となった。伊達の娘の話を聞いたり、前田家の奥方や織田の正室の話を聞いた。
毛利の家督を継いだのが女だと知ったのは、それよりも前だっただろうか。もう十年近くも
前の話であり、あまりしっかりと覚えていない。
男だとか女だとかは、あまり気にしなかったように思う。
小十郎は幸村の手を引き寄せ、指を絡めた。幸村は小十郎の肩に顔を寄せ、黙って話を聞く。
雨の音が聞こえる。ざあっと風が鳴る。雨よりも風が強いようだ。
「田村家のご子息はどちらかといえばおとなしい方で、政宗様とは正反対の気質だった。
年も近く、仲は……まあ、何度も政宗様が一方的に怒っていたな」
何かを思い出したのか、小十郎はおかしそうに笑った。
どのような男だったのだろう、と幸村は想像を巡らせる。
(光源氏のような……いや、薫の君か夕霧か?)
何となく、源氏物語に登場する貴公子を思い浮かべる。
「……どちらも幼かったからな。本当の夫婦になられたのは、十五の頃だったか」
小十郎の手が、幸村の肩を抱く。おとなしく胸に顔を寄せて小十郎を見上げるが、彼の目は幸村を見ていない。
「初陣の日取りが決まった頃だ。――政宗様の膳に、毒が盛られた」
幸村は息を飲んだ。
「――首謀者は」
「……幸い、毒の種類はすぐに分かった。解毒剤が処方され、政宗様は命を取り留められた。
……起き上がれるようになると、政宗様は首謀者を探された」
「……それで、まさか」
幸村が膝を詰めると、小十郎は困ったように笑って杯の酒を干した。
徳利を持つ手をさりげなく取られ、徳利を置いて顔を向ける。小十郎は海棠の花に
目を向けたまま、ぽつりと言葉をこぼした。
「……家督を継ぐことが決まったのは、政宗様がお生まれになった時だった。女であることは
秘されたが、織田の正室や中国の毛利が活躍するようになり、女が戦場に出ることや家督を
継ぐことの前例ができた。……十二のときに女であることを公表され、明くる年に元服されて
政宗の名を名乗られるようになり、田村家から婿を取られた」
そんな経緯があったのか、と幸村は自分の十二の頃を思い出した。
五つかそこらで槍を教えられ、毎日練習した。武家の娘の嗜みではない鍛錬を積んで
男に負けぬ武将となった。伊達の娘の話を聞いたり、前田家の奥方や織田の正室の話を聞いた。
毛利の家督を継いだのが女だと知ったのは、それよりも前だっただろうか。もう十年近くも
前の話であり、あまりしっかりと覚えていない。
男だとか女だとかは、あまり気にしなかったように思う。
小十郎は幸村の手を引き寄せ、指を絡めた。幸村は小十郎の肩に顔を寄せ、黙って話を聞く。
雨の音が聞こえる。ざあっと風が鳴る。雨よりも風が強いようだ。
「田村家のご子息はどちらかといえばおとなしい方で、政宗様とは正反対の気質だった。
年も近く、仲は……まあ、何度も政宗様が一方的に怒っていたな」
何かを思い出したのか、小十郎はおかしそうに笑った。
どのような男だったのだろう、と幸村は想像を巡らせる。
(光源氏のような……いや、薫の君か夕霧か?)
何となく、源氏物語に登場する貴公子を思い浮かべる。
「……どちらも幼かったからな。本当の夫婦になられたのは、十五の頃だったか」
小十郎の手が、幸村の肩を抱く。おとなしく胸に顔を寄せて小十郎を見上げるが、彼の目は幸村を見ていない。
「初陣の日取りが決まった頃だ。――政宗様の膳に、毒が盛られた」
幸村は息を飲んだ。
「――首謀者は」
「……幸い、毒の種類はすぐに分かった。解毒剤が処方され、政宗様は命を取り留められた。
……起き上がれるようになると、政宗様は首謀者を探された」
「……それで、まさか」




