(……それは)
想像するだけで、身がちぎれそうだ。
政宗はどれ程絶望したのだろう。
「……分かりませぬ」
そう答えるのが精一杯だった。
「……人を、恨んだ事があった。閉じ込められ、相手を憎んだ」
「……ああ」
破瓜を奪われ、慰み者として扱われた。何度殺そうと思ったか分からない。
だが、今その男と添い遂げようと思っている。
「今、その人を慕っている。側にいたいと願う。……人は変わる。いや、変わらねば
ならぬのだと思う」
「変わったところで、俺が夫を殺した事実は変わらない」
「なれど。……それが、好きな殿方の元に嫁がれぬ理由にはならぬ」
幸村は政宗に近づいた。幽鬼や幻に怯える子供のようで、見ていられない。
大将でありながらまっすぐ敵陣に突っ込むような危うさとは違う、
今にも消えてしまいそうな危うさがあった。
「政宗殿、長曾我部殿は、そのような事を気にする方ではない」
政宗はロザリオを懐にしまい、首を振った。さらさらと髪が音を立てる。
その髪に手を伸ばした。拒まれるかと思ったが、何も言われない。膝立ちになって
背中に手を伸ばし、抱き締めた。
「大丈夫でござるよ。俺と小十郎殿は、何があっても、政宗殿の味方にござる。
長曾我部殿も、きっと……」
想像するだけで、身がちぎれそうだ。
政宗はどれ程絶望したのだろう。
「……分かりませぬ」
そう答えるのが精一杯だった。
「……人を、恨んだ事があった。閉じ込められ、相手を憎んだ」
「……ああ」
破瓜を奪われ、慰み者として扱われた。何度殺そうと思ったか分からない。
だが、今その男と添い遂げようと思っている。
「今、その人を慕っている。側にいたいと願う。……人は変わる。いや、変わらねば
ならぬのだと思う」
「変わったところで、俺が夫を殺した事実は変わらない」
「なれど。……それが、好きな殿方の元に嫁がれぬ理由にはならぬ」
幸村は政宗に近づいた。幽鬼や幻に怯える子供のようで、見ていられない。
大将でありながらまっすぐ敵陣に突っ込むような危うさとは違う、
今にも消えてしまいそうな危うさがあった。
「政宗殿、長曾我部殿は、そのような事を気にする方ではない」
政宗はロザリオを懐にしまい、首を振った。さらさらと髪が音を立てる。
その髪に手を伸ばした。拒まれるかと思ったが、何も言われない。膝立ちになって
背中に手を伸ばし、抱き締めた。
「大丈夫でござるよ。俺と小十郎殿は、何があっても、政宗殿の味方にござる。
長曾我部殿も、きっと……」
――拒まないとは限らない。
だが、その考えは無理やり封じた。
嫌な事はいくらでも考えられる。だが、考えてもしょうがない。
不遜の独眼竜は、過去の鎖に囚われ、怯えている。慰めることくらいしか、自分にはできない。
不安になると、小十郎はそれを察して幸村を抱き締める。大丈夫だと笑う声と
温かい体が、幸村の不安を溶かしていく。
(同じようにはいかぬものか)
腕の中の細い体は、冷たくこごっていた。
だが、その考えは無理やり封じた。
嫌な事はいくらでも考えられる。だが、考えてもしょうがない。
不遜の独眼竜は、過去の鎖に囚われ、怯えている。慰めることくらいしか、自分にはできない。
不安になると、小十郎はそれを察して幸村を抱き締める。大丈夫だと笑う声と
温かい体が、幸村の不安を溶かしていく。
(同じようにはいかぬものか)
腕の中の細い体は、冷たくこごっていた。
温かな体に包まれるのは、一体何年ぶりろう。
幸村に抱き締められて、どうしていいのか分からなくなった。
独眼竜が、何を情けない。
幸村に抱き締められて、どうしていいのか分からなくなった。
独眼竜が、何を情けない。
父母に抱き締められた記憶はない。亡くなった父は優しかったが奥州の大名として
政宗に接し、母は常に厳しい言葉をかけてきた。
片目の、女らしさを見せぬ娘。家督まで継いで、ますます姫としてあるべき姿から遠ざかっている。
鏡を見た。灯りの中に浮かぶ顔。右の瞳は白く濁り、目として使えない。
幼い頃から、男として育てられた。婚姻は一体どうするのだろうと思っていたら、
いつの間にか自身が女であることが公になり、婿を迎える事が広まっていた。
田村の子息が婿として伊達に入ってきたのは、政宗が十三になったときだった。男の名を
名乗りながらも婿を迎えたため、誰もが奇妙な祝言だと言っていた。
政宗に接し、母は常に厳しい言葉をかけてきた。
片目の、女らしさを見せぬ娘。家督まで継いで、ますます姫としてあるべき姿から遠ざかっている。
鏡を見た。灯りの中に浮かぶ顔。右の瞳は白く濁り、目として使えない。
幼い頃から、男として育てられた。婚姻は一体どうするのだろうと思っていたら、
いつの間にか自身が女であることが公になり、婿を迎える事が広まっていた。
田村の子息が婿として伊達に入ってきたのは、政宗が十三になったときだった。男の名を
名乗りながらも婿を迎えたため、誰もが奇妙な祝言だと言っていた。
――奇特な殿方もいたものじゃ。
それが、率直な感想だった。どうやって相手を見つければいいのだろうと思っていた
ところだったので、本当に不思議だった。
祝言の日、かつらをつけて女の着物を着た。違和感しか覚えなかった。
今は大分違和感も薄れ、他国に緊張をさせないためにわざと派手に着飾ることもある。
色々な櫛を見るのが好きで、沢山集めた。茶器を集めるのも好きだから、何かを
集めるのが好きなのだろう。
夫婦となってもお互い幼く、閨を共にするまでに二年かかった。
乳母や女中、小十郎ら守り役らから初夜の作法を教わって閨に臨んだが、痛いばかりで
少しもよくならず、夫を罵って泣き喚いた。無様な初夜で、何の思い出にもならない。
――無作法で、申し訳ない。
いつの間にか眠ってしまい、朝になって夫の腕の中で目覚めた。
男の腕の中で目覚めるのは初めての事で、どうしていいのか分からず、
目を合わせることもできなかった。
褥の側で改めて向き合い、どうしたものかと考えていると、夜着の上から首飾りを
かけられた。切支丹だという事は知っていたが、それが切支丹の守りだということは知らなかった。
――なんだこれ?
――切支丹のお守りです。ほら、綺麗でしょう? 切支丹は、これに……神に
誓うんです。生涯一人の人を愛すると。
――俺でいいのか? 男の名を名乗り、女らしい振る舞いも作法も知らない。
武将として戦場に立つ事になっている……こんな……
「花のように笑う」とは、きっとあんな顔の事を言うのだろう。額に接吻を受けた。何を
意味するのかいまだに分からない。
――切支丹は、生涯一人の人を愛します。私も、生涯、あなた一人を愛します。
それが、率直な感想だった。どうやって相手を見つければいいのだろうと思っていた
ところだったので、本当に不思議だった。
祝言の日、かつらをつけて女の着物を着た。違和感しか覚えなかった。
今は大分違和感も薄れ、他国に緊張をさせないためにわざと派手に着飾ることもある。
色々な櫛を見るのが好きで、沢山集めた。茶器を集めるのも好きだから、何かを
集めるのが好きなのだろう。
夫婦となってもお互い幼く、閨を共にするまでに二年かかった。
乳母や女中、小十郎ら守り役らから初夜の作法を教わって閨に臨んだが、痛いばかりで
少しもよくならず、夫を罵って泣き喚いた。無様な初夜で、何の思い出にもならない。
――無作法で、申し訳ない。
いつの間にか眠ってしまい、朝になって夫の腕の中で目覚めた。
男の腕の中で目覚めるのは初めての事で、どうしていいのか分からず、
目を合わせることもできなかった。
褥の側で改めて向き合い、どうしたものかと考えていると、夜着の上から首飾りを
かけられた。切支丹だという事は知っていたが、それが切支丹の守りだということは知らなかった。
――なんだこれ?
――切支丹のお守りです。ほら、綺麗でしょう? 切支丹は、これに……神に
誓うんです。生涯一人の人を愛すると。
――俺でいいのか? 男の名を名乗り、女らしい振る舞いも作法も知らない。
武将として戦場に立つ事になっている……こんな……
「花のように笑う」とは、きっとあんな顔の事を言うのだろう。額に接吻を受けた。何を
意味するのかいまだに分からない。
――切支丹は、生涯一人の人を愛します。私も、生涯、あなた一人を愛します。
確かに、生涯、政宗一人を愛した。
あんなに短い人生だったとは思いもしなかっただろう。二十年も生きていない。
あんなに短い人生だったとは思いもしなかっただろう。二十年も生きていない。




