――髪は雲のよう、顔は花のよう、歩けば金の飾りが揺れる。
元は息子の妃だった楊貴妃を玄宗皇帝が見初め、無理やり己の妃とした。やがて
権力に飽いた皇帝は楊貴妃に溺れ、政治の不安と混乱を招いた。
政宗は、そこまでの美貌を誇る訳ではない。確かに整った顔立ちをしているが、隻眼で
目つきも悪く声も凄みがある。およそ美人の規格外だ。
見てくれに惚れた訳じゃない。
立ち振る舞い、頭の回転のよさ、銀髪碧眼という異様な風体の己を目の前にしても
怯えることのない度胸。顔や姿は、勝手についてきただけだ。
つ、と左の目から涙がつたった。政宗は気づいていない。涙を拭おうともせずに、海棠を見上げている。
「比翼連理とはいかなかった訳か」
「……恐ろしい女だろ。今なら、引けるぜ」
は、と笑った。己の杯に酒を注ぎ、軽く持ち上げる。
「お前が悪いわけじゃねぇんだろ?」
「分からない。……あいつは、今わの際に「ごめんなさい」って言ってた。だから……」
杯を干した。まずい。苦いものを抱えたまま呑む酒は、どれ程芳醇で上等な酒でもまずくなる。
「そりゃあ、あれだ」
政宗の夫。どんな男だったのだろう。
政宗と似た向こう見ずな男か、それとも学者肌のおとなしい男か。女大名の元に婿入り
するのだから、どんな男だろうと相当な変わり者だろう。女大名の先駆者、中国の毛利は
婚礼に苦労しているらしい。婿にと打診された事もあるが、四国の政があるからと断った。
元は息子の妃だった楊貴妃を玄宗皇帝が見初め、無理やり己の妃とした。やがて
権力に飽いた皇帝は楊貴妃に溺れ、政治の不安と混乱を招いた。
政宗は、そこまでの美貌を誇る訳ではない。確かに整った顔立ちをしているが、隻眼で
目つきも悪く声も凄みがある。およそ美人の規格外だ。
見てくれに惚れた訳じゃない。
立ち振る舞い、頭の回転のよさ、銀髪碧眼という異様な風体の己を目の前にしても
怯えることのない度胸。顔や姿は、勝手についてきただけだ。
つ、と左の目から涙がつたった。政宗は気づいていない。涙を拭おうともせずに、海棠を見上げている。
「比翼連理とはいかなかった訳か」
「……恐ろしい女だろ。今なら、引けるぜ」
は、と笑った。己の杯に酒を注ぎ、軽く持ち上げる。
「お前が悪いわけじゃねぇんだろ?」
「分からない。……あいつは、今わの際に「ごめんなさい」って言ってた。だから……」
杯を干した。まずい。苦いものを抱えたまま呑む酒は、どれ程芳醇で上等な酒でもまずくなる。
「そりゃあ、あれだ」
政宗の夫。どんな男だったのだろう。
政宗と似た向こう見ずな男か、それとも学者肌のおとなしい男か。女大名の元に婿入り
するのだから、どんな男だろうと相当な変わり者だろう。女大名の先駆者、中国の毛利は
婚礼に苦労しているらしい。婿にと打診された事もあるが、四国の政があるからと断った。
「これからお前に寂しい思いをさせる事になってごめん、なんじゃねぇの?」
「なんでそうなるんだよ」
「……今みたいな顔をしてたんだろ」
政宗は元親に顔を向けた。白い顔。
危なっかしくて、見ていられない。
最期に見る顔がこんな表情だったら、どんな男でも悲しくなるだろう。側にいられない
事を悔いながら死ぬに決まっている。
そうだろ、と見たこともない政宗の夫に問いかける。
「誰が毒を盛ったのか、いまだに分からないんだよ。……母親、かも、しれねぇ」
「そうか」
「だって、そんなの考えたくねぇよ! あいつも、母上も、
そんな事をする、な、んて……事故だったら、どんなによかったか! けど、けど」
肴を乱暴にのけ、膝を詰めた。暴れる体を無理やり抱き締める。
政宗はやがておとなしくなり、元親の背中に手を伸ばした。ぎゅうっと着物を握られる。
「――大丈夫だ。誰もお前を責めない」
「疑っただけで、殺すなんて、俺、な、」
それ以上は言葉にならない。幼子のように泣きじゃくる政宗を、元親は無言で抱き締めた。
生涯政宗の心の重石となるだろうし、元親がどうあがいても政宗の心から完全に消し去ることはできない。
だが、それでも構わない。
元親は政宗に惚れているのだ。何もかもを、受け入れる覚悟と自信があった。
「なんでそうなるんだよ」
「……今みたいな顔をしてたんだろ」
政宗は元親に顔を向けた。白い顔。
危なっかしくて、見ていられない。
最期に見る顔がこんな表情だったら、どんな男でも悲しくなるだろう。側にいられない
事を悔いながら死ぬに決まっている。
そうだろ、と見たこともない政宗の夫に問いかける。
「誰が毒を盛ったのか、いまだに分からないんだよ。……母親、かも、しれねぇ」
「そうか」
「だって、そんなの考えたくねぇよ! あいつも、母上も、
そんな事をする、な、んて……事故だったら、どんなによかったか! けど、けど」
肴を乱暴にのけ、膝を詰めた。暴れる体を無理やり抱き締める。
政宗はやがておとなしくなり、元親の背中に手を伸ばした。ぎゅうっと着物を握られる。
「――大丈夫だ。誰もお前を責めない」
「疑っただけで、殺すなんて、俺、な、」
それ以上は言葉にならない。幼子のように泣きじゃくる政宗を、元親は無言で抱き締めた。
生涯政宗の心の重石となるだろうし、元親がどうあがいても政宗の心から完全に消し去ることはできない。
だが、それでも構わない。
元親は政宗に惚れているのだ。何もかもを、受け入れる覚悟と自信があった。
閨に姿がなく、褥は冷え切っている。
小十郎は無粋かと思いながらも元親の泊まっている棟に足を運んだ。
海棠の花が零れんばかりに咲いている。桜とは違う趣で今を盛りと咲き誇る姿に
目を細め、廊下に目を向けた。
政宗と元親はそこにいた。政宗は元親の膝の上に伏せるようにしている。元親は
笑みを浮かべて背に手を置いている。
「……無粋、だったか」
声をかけると、元親は小十郎を見た。いいや、と笑って膝の上の政宗を見た。
「ん……」
微かに漏れる声。眠っているようだ。
添い寝をした事は一度もない。男として育てられた子とはいえ、男女が同じ褥で眠るのは
よくないと思い、添い寝を遠慮した。
闇が怖いとぐずる政宗が眠るまで枕元に控え事もあるが、やがてそういった用向きは
言われなくなり、次第に夜着すら見なくなった。
穏やかに眠る姿を見るのは、一体何年ぶりだろう。
「なんにもしてねぇよ」
「……そうか。もしや手を付けているかと思ったが……」
「夫を偲んで泣く女をどうこうできるほど、飢えちゃいねぇよ」
聞いたのか、と眉をひそめる。
「……何年だって待ってやるさ。忘れろなんて言うつもりもねぇ」
「優しいな」
「海賊は、奪うだけが能じゃねぇよ」
小十郎の皮肉も、さらりとかわされる。器が大きいのか考えなしなのか、よく分からない男だ。
「物は奪える。船は襲える。けど、人の心はどうやったって奪うことはできねぇ。その気になるのを
待つしかねぇって事だよ」
小十郎は無粋かと思いながらも元親の泊まっている棟に足を運んだ。
海棠の花が零れんばかりに咲いている。桜とは違う趣で今を盛りと咲き誇る姿に
目を細め、廊下に目を向けた。
政宗と元親はそこにいた。政宗は元親の膝の上に伏せるようにしている。元親は
笑みを浮かべて背に手を置いている。
「……無粋、だったか」
声をかけると、元親は小十郎を見た。いいや、と笑って膝の上の政宗を見た。
「ん……」
微かに漏れる声。眠っているようだ。
添い寝をした事は一度もない。男として育てられた子とはいえ、男女が同じ褥で眠るのは
よくないと思い、添い寝を遠慮した。
闇が怖いとぐずる政宗が眠るまで枕元に控え事もあるが、やがてそういった用向きは
言われなくなり、次第に夜着すら見なくなった。
穏やかに眠る姿を見るのは、一体何年ぶりだろう。
「なんにもしてねぇよ」
「……そうか。もしや手を付けているかと思ったが……」
「夫を偲んで泣く女をどうこうできるほど、飢えちゃいねぇよ」
聞いたのか、と眉をひそめる。
「……何年だって待ってやるさ。忘れろなんて言うつもりもねぇ」
「優しいな」
「海賊は、奪うだけが能じゃねぇよ」
小十郎の皮肉も、さらりとかわされる。器が大きいのか考えなしなのか、よく分からない男だ。
「物は奪える。船は襲える。けど、人の心はどうやったって奪うことはできねぇ。その気になるのを
待つしかねぇって事だよ」




