近所の住民が通り掛ったので佐助が良い陽気ですね、と気さくに声を掛けた。
表向き夫婦という事になっているせいで、無邪気に子はまだかと尋ねられる
時もある。
授かりものだからとはぐらかす彼に内心かすがは鼻白む。
部屋の両端に各々の床を設えるとは冷えた夫婦もあったものだ。
最も自分がしていた仕事を考えれば当然だろう。
遠く離れた床を見る度、否応無くかつて逃げ出した場所を思い出した。
高く晴れた空の下、風は日々秋めいて来た。じき紅葉が始まるだろう。
傷を負ったのは緑が眩しい頃だった。
いつか治る、きっと良くなると思う内にこんなにも時間が経ってしまった。
白湯を一口飲んでから彼は語り始めた。
あの後追手が掛からない様にかすがは死んだ事になっていて、
自分と謙信以外真実を知らない事。
ここで暮らして居るのは千代女を始め他の忍達にも隠してある事。
かすがが戦場に戻れない事を知って謙信が涙を流し、彼女を頼むと
自分に託した事。
今朝持ち帰って来た行李には彼女の私物が入っており、
謙信が持って行くよう言った事――。
全部話し終えると昼過ぎになっていた。
かすがは淡々と庭に視線を投げたまま彼の話を聞いた。
「……話は分かった」
葡萄色の袷を持って彼女は立ち上がる。
「少し考えさせて欲しい」
「返事はいつでも良いさ。…ずっと待ってる」
佐助の最後の一言がかすがの胸に鋭く突き刺さり、逃げる様に背を向けた。
表向き夫婦という事になっているせいで、無邪気に子はまだかと尋ねられる
時もある。
授かりものだからとはぐらかす彼に内心かすがは鼻白む。
部屋の両端に各々の床を設えるとは冷えた夫婦もあったものだ。
最も自分がしていた仕事を考えれば当然だろう。
遠く離れた床を見る度、否応無くかつて逃げ出した場所を思い出した。
高く晴れた空の下、風は日々秋めいて来た。じき紅葉が始まるだろう。
傷を負ったのは緑が眩しい頃だった。
いつか治る、きっと良くなると思う内にこんなにも時間が経ってしまった。
白湯を一口飲んでから彼は語り始めた。
あの後追手が掛からない様にかすがは死んだ事になっていて、
自分と謙信以外真実を知らない事。
ここで暮らして居るのは千代女を始め他の忍達にも隠してある事。
かすがが戦場に戻れない事を知って謙信が涙を流し、彼女を頼むと
自分に託した事。
今朝持ち帰って来た行李には彼女の私物が入っており、
謙信が持って行くよう言った事――。
全部話し終えると昼過ぎになっていた。
かすがは淡々と庭に視線を投げたまま彼の話を聞いた。
「……話は分かった」
葡萄色の袷を持って彼女は立ち上がる。
「少し考えさせて欲しい」
「返事はいつでも良いさ。…ずっと待ってる」
佐助の最後の一言がかすがの胸に鋭く突き刺さり、逃げる様に背を向けた。