男は雨に濡れた両手でかすがの頬を挟んで何か呟いたが雷に掻き消された。
離せと言うつもりで開いた口を男の口が塞ぐ。
撥ね除けようとする心とは裏腹に男の首に自分から腕を絡ませてしまった。
最後の一滴で満たされた水盆から滴が零れる様に、口付けだけで二人は堕ちた。
稲光が縺れ合う姿を鮮明に浮かび上がらせる。
闇の中現れては消える残像を網膜に焼き付けながら、二人は互いを傷付け合い
傷を舐め合った。
男の体温が虚ろな肌を埋めて行く。
身体の芯から込み上げる熱い波に溺れ掛け、かすがは主の面影を抱いたまま
男の背に爪を食い込ませた。
驟雨と共に与えられた慰めは雨と共に去った。
月明りが腰巻一枚で横たわるかすがを薄く照らす。
絡めた腕も与えた乳房も繋げた所も、全て酷く穢れた気がした。
何故――今更ながらその思いが胸に去来する。
何故抱かれてしまったんだろう。
何故あいつは抱いたんだろう。
何故こんなに苦しいのに、また逢いたいと思うんだろう――。
かすがは指先で左肩の赤い印をなぞる。
――空いてる時もし雨が降ってたらまた来るよ
別れ際、男がそう言って残して行ったモノだ。
二度と来るなと言う言葉は遂にかすがの口から出なかった。
その夜以来雨が降ると二人は共犯者になり、全てのしがらみを振り切って
夜の底へと堕ちて行く。
深く堕ちる度かすがの胸は痛んだが、同時に齎される強い甘さに耽溺した。
離せと言うつもりで開いた口を男の口が塞ぐ。
撥ね除けようとする心とは裏腹に男の首に自分から腕を絡ませてしまった。
最後の一滴で満たされた水盆から滴が零れる様に、口付けだけで二人は堕ちた。
稲光が縺れ合う姿を鮮明に浮かび上がらせる。
闇の中現れては消える残像を網膜に焼き付けながら、二人は互いを傷付け合い
傷を舐め合った。
男の体温が虚ろな肌を埋めて行く。
身体の芯から込み上げる熱い波に溺れ掛け、かすがは主の面影を抱いたまま
男の背に爪を食い込ませた。
驟雨と共に与えられた慰めは雨と共に去った。
月明りが腰巻一枚で横たわるかすがを薄く照らす。
絡めた腕も与えた乳房も繋げた所も、全て酷く穢れた気がした。
何故――今更ながらその思いが胸に去来する。
何故抱かれてしまったんだろう。
何故あいつは抱いたんだろう。
何故こんなに苦しいのに、また逢いたいと思うんだろう――。
かすがは指先で左肩の赤い印をなぞる。
――空いてる時もし雨が降ってたらまた来るよ
別れ際、男がそう言って残して行ったモノだ。
二度と来るなと言う言葉は遂にかすがの口から出なかった。
その夜以来雨が降ると二人は共犯者になり、全てのしがらみを振り切って
夜の底へと堕ちて行く。
深く堕ちる度かすがの胸は痛んだが、同時に齎される強い甘さに耽溺した。
いつの間にか雨が止んでいた。
月は出ていないのか辺りは真っ暗で微かに木々の葉が風に戦ぐ音がする。
他に聞こえて来るのは自分を捕えて離さない男の鼓動と息遣いだけだ。
かすがは自分達だけが夜の底に取り残された様な錯覚を覚えた。
静寂の中ポツリと呟く。
「お前と居ると身と心が分かたれて行く」
「一緒に戻れば楽になれるさ」
「………」
「火照りを鎮めるだけの交わりがそんなに辛いならな」
事も無げに言う男に眉を吊り上げた。
「出来ない事を言うな」
そう答えると男がくっくっと喉を鳴らす。
「お前だって俺を傷付けてる癖に」
何時も冗談半分のこの男が傷付く事などあるのだろうか。
「惚れた女が他の男を想ってるのは結構辛いんだぜ?
まして抱くなら尚更ってね」
「……なら、何で?」
男はかすがの柔らかい髪をゆっくり掬い上げる。
「誰かさんはお前のこんな姿を知らない――それで薄っぺらな自尊心を
満足させたいのかもな」
「フン、物好きなこと」
「お前だって同じだろ?」
再び男は髪を掬い上げる。かすがはその手を捉え頬擦りした。
男の親指が唇を愛しげになぞる。
「確かにお前と体を重ねる度に傷付く」
唇に這う指を軽く吸った。
「でもこの痛みが無いのは堪えられない」
「……悪い子だ」
獰猛さを含んだ低い声に甘い被虐感を味わいかすがの背が粟立つ。
今夜は少し深く堕ち過ぎたらしい。
月は出ていないのか辺りは真っ暗で微かに木々の葉が風に戦ぐ音がする。
他に聞こえて来るのは自分を捕えて離さない男の鼓動と息遣いだけだ。
かすがは自分達だけが夜の底に取り残された様な錯覚を覚えた。
静寂の中ポツリと呟く。
「お前と居ると身と心が分かたれて行く」
「一緒に戻れば楽になれるさ」
「………」
「火照りを鎮めるだけの交わりがそんなに辛いならな」
事も無げに言う男に眉を吊り上げた。
「出来ない事を言うな」
そう答えると男がくっくっと喉を鳴らす。
「お前だって俺を傷付けてる癖に」
何時も冗談半分のこの男が傷付く事などあるのだろうか。
「惚れた女が他の男を想ってるのは結構辛いんだぜ?
まして抱くなら尚更ってね」
「……なら、何で?」
男はかすがの柔らかい髪をゆっくり掬い上げる。
「誰かさんはお前のこんな姿を知らない――それで薄っぺらな自尊心を
満足させたいのかもな」
「フン、物好きなこと」
「お前だって同じだろ?」
再び男は髪を掬い上げる。かすがはその手を捉え頬擦りした。
男の親指が唇を愛しげになぞる。
「確かにお前と体を重ねる度に傷付く」
唇に這う指を軽く吸った。
「でもこの痛みが無いのは堪えられない」
「……悪い子だ」
獰猛さを含んだ低い声に甘い被虐感を味わいかすがの背が粟立つ。
今夜は少し深く堕ち過ぎたらしい。