視界の隅で蝶々が踊る。
「松永さま」
舌足らずな貴夫人はいじらしい足取りで武士のもとへ駆けていく。
今日は薄緑の紗に揚羽の柄。父親の見立てだろうか、涼しげに美しい。
あの日以来足しげく土産を持参して通う松永に、すっかり警戒を解いた様子でなついている。
その警戒心のなさが愛おしくも愚かしい。
今日は薄緑の紗に揚羽の柄。父親の見立てだろうか、涼しげに美しい。
あの日以来足しげく土産を持参して通う松永に、すっかり警戒を解いた様子でなついている。
その警戒心のなさが愛おしくも愚かしい。
「帰蝶殿、今日は桃丸はどうされた?」
「桃丸?」
「桃丸?」
きょとん、と純真な瞳を丸くして、姫君は首をかしげる。
世が世ならば天子に愛でられたやも知れぬ、ぬばたまの髪はさらりと揺れる。
世が世ならば天子に愛でられたやも知れぬ、ぬばたまの髪はさらりと揺れる。
「桃丸ならば、ととさまの…父上の御用でおりません」
「そうかね」
「そうかね」
年の離れた従兄殿は、この無邪気な蝶の番犬だ。
守護者の不在を簡単に暴露してしまった帰蝶の手をとり、安心させるように頭をなでた。
くすぐったそうに身をよじるしぐさに、猫を思い出す。
守護者の不在を簡単に暴露してしまった帰蝶の手をとり、安心させるように頭をなでた。
くすぐったそうに身をよじるしぐさに、猫を思い出す。
「今日は、とっておきの茶器をお見せしよう」
「茶器…?」
「茶器…?」
幼い瞳に、失望と好奇心が浮かぶ。
甘いお菓子や煌めく簪を期待したのだろう。
しかし、父親の陶酔然とした茶器への情熱を見知っている少女の関心を引くには十分だったようだ。
甘いお菓子や煌めく簪を期待したのだろう。
しかし、父親の陶酔然とした茶器への情熱を見知っている少女の関心を引くには十分だったようだ。
「ただし、帰蝶殿にだけ…それもごくごく秘密裏に」
「秘密?」
「私の一等大切な茶器だ。父君にも見せたことはない」
「父上も…」
「誰にも秘密に、内密にできるというなら」
「…はい!誰にも、秘密にします」
「重畳、重畳。ではこれをあげよう」
「秘密?」
「私の一等大切な茶器だ。父君にも見せたことはない」
「父上も…」
「誰にも秘密に、内密にできるというなら」
「…はい!誰にも、秘密にします」
「重畳、重畳。ではこれをあげよう」
指先ほどの琥珀の飴玉を差し出すと、疑いもなく小鳥の口に放り込む。
きらきらと好奇心に輝く瞳に屑ほどの良心の痛みと…嗜虐めいた歓びの予感が松永を貫いた。
小さな手を引いて、花々の間を通り抜ける。
母屋から離れた庵…道三の持つ茶室の一つにたどり着く。
周りに人はいない。
ひっそりとしたその庵の扉が、ぱたりと閉じられた。
きらきらと好奇心に輝く瞳に屑ほどの良心の痛みと…嗜虐めいた歓びの予感が松永を貫いた。
小さな手を引いて、花々の間を通り抜ける。
母屋から離れた庵…道三の持つ茶室の一つにたどり着く。
周りに人はいない。
ひっそりとしたその庵の扉が、ぱたりと閉じられた。