夜が明ける前に帰ります、と言った男は、濃姫の腹に撒き散らした体液を
きれいに拭って、彼女の着物をととのえた。男が来る前の状態にもどされていく己の姿を、
濃姫はぼんやり眺める。
「光秀」
「なんでしょう?」
少しかすれた声で呼ぶ。すぐに返事は耳にとどいたが、光秀は濃姫と目をあわせずに
着物をととのえていた。ひょっとすると光秀は濃姫のほうに視線をやっていたのかも
しれないけれど、彼の髪の毛が邪魔して目元が見えなかった。光秀の長い髪の毛は、
このようなとき不便である。
「……なんでも、ないわ」
出かかった言葉を呑みこんで、目を閉じた。その間も着物をととのえる音は聞こえていた。
「それでは帰蝶。私はこれで」
しばらくすると音は止み、光秀の声が聞こえてきた。
「次の満月の夜、またお会いしましょう」
濃姫が目を開けると、光秀はもう部屋から出ていた。彼の後姿はゆっくり闇に
入り込んでいって、ついには消えた。あまりに滑らかに消えていったものだから、
あの男の正体は霧や陽炎なのかも、などと濃姫は考えてしまった。
次の満月が待ち遠しい、とも、ずっと来なければいいのに、とも思った。
相手はどう思っているのか知らないけれど、「また」と言っていた。
胸が騒ぐ理由をわざと掘り下げず、濃姫は寝具にもぐりこんだ。考えないほうが
楽だという場合もある。もう童ではない彼女は、そう心得ている。
きれいに拭って、彼女の着物をととのえた。男が来る前の状態にもどされていく己の姿を、
濃姫はぼんやり眺める。
「光秀」
「なんでしょう?」
少しかすれた声で呼ぶ。すぐに返事は耳にとどいたが、光秀は濃姫と目をあわせずに
着物をととのえていた。ひょっとすると光秀は濃姫のほうに視線をやっていたのかも
しれないけれど、彼の髪の毛が邪魔して目元が見えなかった。光秀の長い髪の毛は、
このようなとき不便である。
「……なんでも、ないわ」
出かかった言葉を呑みこんで、目を閉じた。その間も着物をととのえる音は聞こえていた。
「それでは帰蝶。私はこれで」
しばらくすると音は止み、光秀の声が聞こえてきた。
「次の満月の夜、またお会いしましょう」
濃姫が目を開けると、光秀はもう部屋から出ていた。彼の後姿はゆっくり闇に
入り込んでいって、ついには消えた。あまりに滑らかに消えていったものだから、
あの男の正体は霧や陽炎なのかも、などと濃姫は考えてしまった。
次の満月が待ち遠しい、とも、ずっと来なければいいのに、とも思った。
相手はどう思っているのか知らないけれど、「また」と言っていた。
胸が騒ぐ理由をわざと掘り下げず、濃姫は寝具にもぐりこんだ。考えないほうが
楽だという場合もある。もう童ではない彼女は、そう心得ている。
次の満月の夜、ふたりは本能寺で対峙した。
おわり




