美濃の蝮と呼ばれる男は、旧知ではあるが友と呼ぶにはいささか苛烈な間柄である。
世間は下剋上という言葉で松永と斎藤を並べたがるが、国盗りという言葉以外に共通項などありはしない。
世間は下剋上という言葉で松永と斎藤を並べたがるが、国盗りという言葉以外に共通項などありはしない。
否、一つ。
美しいものに執着する、耽美に悦楽を覚える人種、その一点のみで二人は交流を保っていた。
ある日、松永自慢の茶器へ餓えたような視線を送っていた道三が、ふと顔をあげた。
「今日の花は菖蒲であったか」
「左様」
「左様」
道三自慢の花器に活けられた花は菖蒲。
今を盛りに美しい花、そのはかなさもまた哀れ。
今を盛りに美しい花、そのはかなさもまた哀れ。
「花器には収まらぬが、良い花が咲いておる。お見せしよう」
「それは興味深い」
「それは興味深い」
競うように持ち込んだ茶器に花器、いささか道三のものが見劣りするのは確かだった。
しかし、にわかに機嫌を良くした道三に興がわいたのもまた事実。
松永が言われるままに中庭へ歩を進めれば、菖蒲の緑の中に、ひときわ大輪の紫が見えた。
白地に踊る、菖蒲の中の菖蒲柄。
しかし、にわかに機嫌を良くした道三に興がわいたのもまた事実。
松永が言われるままに中庭へ歩を進めれば、菖蒲の緑の中に、ひときわ大輪の紫が見えた。
白地に踊る、菖蒲の中の菖蒲柄。
「帰蝶」
呼ばれて振り返る幼子は、絹糸のごとき髪をわずかに揺らし、こちらを仰ぎ見た。
「ととさま?」
薄く開かれたリンゴの唇に松永の喉が鳴る。
「佳い花であろう」
どれほど魅入っていたのか、したり顔の道三に松永の口の端が歪む。
(なるほど、今度は私が餓えた視線を送っていたわけだ)
「いや眼福。これは末が楽しみなことだ」
「ふふふ」
「ふふふ」
含み笑いで道三は姫君の手を引いた。
視線をそらさない松永に何を感じたか、そっと姫君は庇護者の影に隠れた。
視線をそらさない松永に何を感じたか、そっと姫君は庇護者の影に隠れた。
(男の欲情を本能で解するか、末といわず楽しみな姫君ではないかね。)