「……よく、分かりません。政宗さま、ちょっと失礼しますね」
愛は僅かに眉を顰めると、突然政宗の顔を両手で手挟み、顔を寄せてきた。頬に感じる掌の温度と、左
目のみの狭い視界いっぱいを塞いだ愛に、政宗はうろたえた。
「め、ご……What?」
「え?……ほわ? あの、近づけば見えると思うんです。じっとしてくださいね」
生真面目な囁きが、呼気と一緒に顔に被さった。黒曜石のような、よく光る大きな瞳が目の前にあって、
思わず目を逸らそうとするとやんわりと窘められる。
「政宗さまの目が動いてしまっては、分かりません。こちらを向いていてください」
「分かった――早くしろよ」
「早くっていっても……仰るようには見えないんです」
政宗を、というより政宗の左目の一点だけを注視する愛は、困ったように軽く首を振った。さらさらと
音を立てながら髪が揺れて、甘い匂いが立ち上る。その香りは今まで嗅いだどんな香りよりも芳しく、胸
の高鳴りを覚える。
「Ah... 瞳孔が、ヘビみたいになんだよ。普通だったらそんなに目立たねぇし、そうしようと思ってなる
わけじゃないし……highになるとなってるらしいが」
童貞でもあるまいし、自分がこれしきのことで動じるとは思えない。冷静になるよう、政宗が努めて口
を開くと、愛は不思議そうに目を瞬いた。
「はい? 灰……ですか?」
「そうだよ。high」
瞬きをすると長い睫毛が擦れあって、ぱちぱちと音を立てた。愛の香りはこれまで会ったどんな女の匂
いとも違う、清潔で優しい香りがする。庭に咲く桜や海棠の花が匂うならこんな香りがすると思えた。
「政宗さまが、灰? それはどうしたらいいのかしら……灰になっても元に戻るとか……」
困じ果てたように呟く唇は、薄赤い花びらをそっと載せたような色だ。私情抜きで見れば、愛は本当に
綺麗だと感じられる。熱に浮かされたように見とれて、激しくなる鼓動を抑えられずにいる自分に、政宗
は腹を立てる。
「oh, shit...」
愛が可愛くてむかつく。それで動揺する自分がもっとむかつく。
「あの、政宗さま?」
耳元で鈴を振るみたいに、澄んだ優しい声で名前を呼ばないでくれ。頼むから。
「お前、うるせぇ」
愛は僅かに眉を顰めると、突然政宗の顔を両手で手挟み、顔を寄せてきた。頬に感じる掌の温度と、左
目のみの狭い視界いっぱいを塞いだ愛に、政宗はうろたえた。
「め、ご……What?」
「え?……ほわ? あの、近づけば見えると思うんです。じっとしてくださいね」
生真面目な囁きが、呼気と一緒に顔に被さった。黒曜石のような、よく光る大きな瞳が目の前にあって、
思わず目を逸らそうとするとやんわりと窘められる。
「政宗さまの目が動いてしまっては、分かりません。こちらを向いていてください」
「分かった――早くしろよ」
「早くっていっても……仰るようには見えないんです」
政宗を、というより政宗の左目の一点だけを注視する愛は、困ったように軽く首を振った。さらさらと
音を立てながら髪が揺れて、甘い匂いが立ち上る。その香りは今まで嗅いだどんな香りよりも芳しく、胸
の高鳴りを覚える。
「Ah... 瞳孔が、ヘビみたいになんだよ。普通だったらそんなに目立たねぇし、そうしようと思ってなる
わけじゃないし……highになるとなってるらしいが」
童貞でもあるまいし、自分がこれしきのことで動じるとは思えない。冷静になるよう、政宗が努めて口
を開くと、愛は不思議そうに目を瞬いた。
「はい? 灰……ですか?」
「そうだよ。high」
瞬きをすると長い睫毛が擦れあって、ぱちぱちと音を立てた。愛の香りはこれまで会ったどんな女の匂
いとも違う、清潔で優しい香りがする。庭に咲く桜や海棠の花が匂うならこんな香りがすると思えた。
「政宗さまが、灰? それはどうしたらいいのかしら……灰になっても元に戻るとか……」
困じ果てたように呟く唇は、薄赤い花びらをそっと載せたような色だ。私情抜きで見れば、愛は本当に
綺麗だと感じられる。熱に浮かされたように見とれて、激しくなる鼓動を抑えられずにいる自分に、政宗
は腹を立てる。
「oh, shit...」
愛が可愛くてむかつく。それで動揺する自分がもっとむかつく。
「あの、政宗さま?」
耳元で鈴を振るみたいに、澄んだ優しい声で名前を呼ばないでくれ。頼むから。
「お前、うるせぇ」