「見た? 夢でか?」
男が軽く首を傾げた。
違うと答えかけ、力を明かしてはならないと社の者たちに固く口止めされていたことを思い出し、鶴姫はこくんと
うなずいた。
「ええ、見ました」
「それ以外の根拠もなく?」
「え? はい」
「……そんな夢だけで、何の縁もない船を助けに来たというのか」
呆れとも安堵ともつかぬ声が、こぼれる。
「気にしないで下さい。ここはわたしの海、そこを通る人たちをわたしがドーンと守るのは当然ですよ☆」
もう安心だと胸を張り、鶴姫は自信たっぷりに微笑んだ。
しかし、男の陰鬱さは変わらなかった。無精髭がちらほら見える口元が皮肉気に歪み、自嘲めいた呟きをぼそりと
発する。
「お主には悪いが、いっそ海に沈んだ方が良かっただろう」
死を望むような一言に、鶴姫は目を見開いた。
なぜと問いかけようとして、自然と、男の手枷に視線が絡め取られる。諦観は、きっとこの枷がもたらしたもの
なのだろう。
どれほど強固な絶望なのかと、暗がりでいまいち良く見えぬそれを確かめたくなり、鶴姫は男に近寄った。
「……どうして鎖に繋がれて、この船にいるんですか?」
「あるものを欲し、それを良く思わぬ者たちに陥れられ、九州で穴倉へ押し込められていた。今になって始末したい
のか、呼び出しを食らって送られているところだ。堺へ着けば、首と胴体が離れるであろうよ」
「いったい何を望んだらこんなひどいことをされるのですか」
「箒星を」
端的な答えと共に、男が立ち上がった。
そうして立つと、鶴姫より頭二つ分ほども上背があることがはっきりと分かる。天井に頭をぶつけるのではないかと
ついおっかなびっくり心配しながら顔を上げると、不意に、男が穏やかに笑った。
「そして小生がそれを掴むには、先見の目を持ちし巫女よ、お主の力が邪魔になる」
「―――え?」
男の腕が動き、鶴姫の手首をぐいとつかんだ。
引っ張られ、手枷を嵌めた腕の中へすっぽり囲われるように、捕まえられる。
唐突すぎる無礼な振る舞いに、思わず彼女は叫んだ。
「何をするんですか!」
「名乗りが遅れたことを詫びよう。小生の名は黒田官兵衛。黒田軍総大将にござる。これより、お主らには我が
軍門に下っていただく」
「どういう――」
「謀らせてもらったという話だ。お主がどの程度『見える』のかに難儀したが、自身が関われぬ未来のみであれば
付け入る隙もあると信じた甲斐があった」
言葉を失った鶴姫へ、官兵衛と名乗った男が静かに言い継ぐ。
「既に我らの本隊は動き出し、この場と、お主の里を包囲しにかかっている。皆の命を守りたくば、速やかなる
降伏を決断することを薦める」
淡々とした物言いが、逆に、いかに取り返しのつかぬことであるかを自覚させる。
「――――」
人質にされたのだとようやく合点が行き、鶴姫は大きな目を極限まで見開いた。
力を、最初から知っていた。
嵐の海での難破そのものが、仕組まれた罠だった。
仕向けられた会話の一つ一つが鶴姫の力を測るためのものであり、確信を深めるための材料に過ぎなかった。
それなのに何一つ気づかず、まんまと踊らされて、蜘蛛の巣に飛びこんでしまった。
こちらを見下ろしてくる、屈強な体躯に似合わぬ陰気な顔をキッと睨み上げ、鶴姫はわなわなと肩を震わせた。
「騙したなんて、ひどい!」
「この程度に引っ掛かるようで、よく、毛利と長曾我部に挟まれたこの地から、名乗りを上げたものだ」
子どもの無茶を嗜めるように、官兵衛が嘆息する。
「この海を守りたいと思って、何が悪いのですか!」
「悪くはない。が、今の世へ打って出るは、お主のような娘御には荷が重過ぎる。何よりもその目が、お主をただの
道具へと変え、不幸にする」
「道、具?」
「その特異なる力を利用しようとする者に捕らえられ、望まぬ未来を見続けさせられ、心を砕かれてしまっても
良いのか」
男が軽く首を傾げた。
違うと答えかけ、力を明かしてはならないと社の者たちに固く口止めされていたことを思い出し、鶴姫はこくんと
うなずいた。
「ええ、見ました」
「それ以外の根拠もなく?」
「え? はい」
「……そんな夢だけで、何の縁もない船を助けに来たというのか」
呆れとも安堵ともつかぬ声が、こぼれる。
「気にしないで下さい。ここはわたしの海、そこを通る人たちをわたしがドーンと守るのは当然ですよ☆」
もう安心だと胸を張り、鶴姫は自信たっぷりに微笑んだ。
しかし、男の陰鬱さは変わらなかった。無精髭がちらほら見える口元が皮肉気に歪み、自嘲めいた呟きをぼそりと
発する。
「お主には悪いが、いっそ海に沈んだ方が良かっただろう」
死を望むような一言に、鶴姫は目を見開いた。
なぜと問いかけようとして、自然と、男の手枷に視線が絡め取られる。諦観は、きっとこの枷がもたらしたもの
なのだろう。
どれほど強固な絶望なのかと、暗がりでいまいち良く見えぬそれを確かめたくなり、鶴姫は男に近寄った。
「……どうして鎖に繋がれて、この船にいるんですか?」
「あるものを欲し、それを良く思わぬ者たちに陥れられ、九州で穴倉へ押し込められていた。今になって始末したい
のか、呼び出しを食らって送られているところだ。堺へ着けば、首と胴体が離れるであろうよ」
「いったい何を望んだらこんなひどいことをされるのですか」
「箒星を」
端的な答えと共に、男が立ち上がった。
そうして立つと、鶴姫より頭二つ分ほども上背があることがはっきりと分かる。天井に頭をぶつけるのではないかと
ついおっかなびっくり心配しながら顔を上げると、不意に、男が穏やかに笑った。
「そして小生がそれを掴むには、先見の目を持ちし巫女よ、お主の力が邪魔になる」
「―――え?」
男の腕が動き、鶴姫の手首をぐいとつかんだ。
引っ張られ、手枷を嵌めた腕の中へすっぽり囲われるように、捕まえられる。
唐突すぎる無礼な振る舞いに、思わず彼女は叫んだ。
「何をするんですか!」
「名乗りが遅れたことを詫びよう。小生の名は黒田官兵衛。黒田軍総大将にござる。これより、お主らには我が
軍門に下っていただく」
「どういう――」
「謀らせてもらったという話だ。お主がどの程度『見える』のかに難儀したが、自身が関われぬ未来のみであれば
付け入る隙もあると信じた甲斐があった」
言葉を失った鶴姫へ、官兵衛と名乗った男が静かに言い継ぐ。
「既に我らの本隊は動き出し、この場と、お主の里を包囲しにかかっている。皆の命を守りたくば、速やかなる
降伏を決断することを薦める」
淡々とした物言いが、逆に、いかに取り返しのつかぬことであるかを自覚させる。
「――――」
人質にされたのだとようやく合点が行き、鶴姫は大きな目を極限まで見開いた。
力を、最初から知っていた。
嵐の海での難破そのものが、仕組まれた罠だった。
仕向けられた会話の一つ一つが鶴姫の力を測るためのものであり、確信を深めるための材料に過ぎなかった。
それなのに何一つ気づかず、まんまと踊らされて、蜘蛛の巣に飛びこんでしまった。
こちらを見下ろしてくる、屈強な体躯に似合わぬ陰気な顔をキッと睨み上げ、鶴姫はわなわなと肩を震わせた。
「騙したなんて、ひどい!」
「この程度に引っ掛かるようで、よく、毛利と長曾我部に挟まれたこの地から、名乗りを上げたものだ」
子どもの無茶を嗜めるように、官兵衛が嘆息する。
「この海を守りたいと思って、何が悪いのですか!」
「悪くはない。が、今の世へ打って出るは、お主のような娘御には荷が重過ぎる。何よりもその目が、お主をただの
道具へと変え、不幸にする」
「道、具?」
「その特異なる力を利用しようとする者に捕らえられ、望まぬ未来を見続けさせられ、心を砕かれてしまっても
良いのか」




