『Революция, которой не было』決して存在しなかった革命(フィンランド語原題:Vallankumous, jota ei tullut、英題:The Revolution That Wasn't)は、2008年に公開されたドキュメンタリー映画である。ロシア人監督アリョーナ・ポルーニナ(Алёна Полунина)によって製作され、エストニアとフィンランドの合作として完成した。本作は、監督自身が「キネロマン(ciné-roman、映画小説)」と呼ぶ独特のスタイルを採用しており、単なる政治記録映画ではなく、登場人物たちの内面的な葛藤や崩壊、そして再生の物語として描かれている。
概要
映画の中心舞台は2007年のロシア。この年は次期大統領選挙を目前に控え、反プーチン勢力が「マルシ・ネソグラースヌィフ」( несогласныхの行進、反体制デモ)を繰り返し行っていた時期である。作品は特にナショナル・ボリシェヴィキ党(НБП)の活動に焦点を当て、その党員たちの日常と心理を克明に追う。ナショナル・ボリシェヴィキ党は、当時すでに禁止団体となっていたが、なおも街頭で最も過激なスローガンを掲げ、最前線で衝突を繰り返していた。
主要な登場人物は三名。長年の党員であるアナトーリー・ティーシン(Анатолий Тишин)、彼の息子グリゴーリー・ティーシン、そしてもう一人の古参メンバーアンドレイ・ドミートリエフ(Андрей Дмитриев)である。彼らは「革命」を生きることを運命づけられた人間として描かれるが、映画が進むにつれて、その「革命」が決して到来しない現実が徐々に露わになっていく。期待と絶望、裏切りと誇り、自己欺瞞と覚醒が交錯し、観客は政治運動の外側ではなく、内側から燃え尽きていく人間の姿を目撃することになる。
監督は政治そのものを主題にしているわけではないと繰り返し強調している。権力、体制、選挙、デモといった表層的な出来事は、あくまで背景に過ぎない。真正の主題は「革命というウイルス」に感染した人間たちの運命であり、彼らが政治という舞台装置の中でどのように壊れ、どのように新たな生を模索するのかである。この点で、本作は2000年代ロシアの反体制運動の記録であると同時に、より普遍的な「革命幻想の終焉」の物語としても読める。
批評家からは「ロシアの政治ドキュメンタリーとしては異例の文学性を持つ作品」「登場人物がまるでドストエフスキーの登場人物のように振る舞う」と評される一方、ナショナル・ボリシェヴィキ党支持者からは「運動を矮小化し、嘲笑している」との批判も受けた。しかし多くの観客が共有した感想は「革命を待ち続けた世代が、革命が来ないことを初めて直視させられた瞬間を捉えている」というものだった。
結果として、この映画に描かれた「革命」は、起こるはずだったが起こらなかった、まさに「決して存在しなかった革命」として記憶されることになった。2007–2008年のあの熱量と徒労感は、以後のロシア史において一つの幻影として残り続けている。