「碧照のおくりびと」
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cielenica
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「碧照のおくりびと」
――つまらない人生を送ったものだ。
地に伏せた男はそう自嘲した。
地に伏せた男はそう自嘲した。
男にとって、自分を語るための要素はなんら華々しいものではない。何もかもがつまらないし、感慨深き山も谷もない。生まれこそ底辺であり、通りすがりから奪うものは金銭よりも飯のほんのひとかけらだったが、そこについて思うことは何もない。初めから、そう生まれた以上はそれが普通のことであって、自らより富んだ者を見て確かに妬み僻んだこともあったが、結局それだけで上に行こうという挑戦は一切したことがなく、ゆえに男は変わらぬ価値観で生き続けてきた。
冒険者になったのはあくまでも、そのほうが生きやすかっただけである。特段名声のために働く性分でもなかった男は迷宮の浅い階層で、なけなしの日銭を稼ぐだけでも満足した。最初はそれらしく苦戦しつつも経験をある程度積み、幸いにして単独でもある程度立ち回りできる能力を併せ持っていたおかげで、食べるぶんにはまるで困らない。その分、いくらかの人数で迷宮の果てを目指す、ギルドという概念にはとんと縁がなかった。署名上は冒険者らしい、夢と希望に満ちた名づけでもしてみたかったものだが、そんな戯れにも結局思い入れはなく。
ただ自然と、思い浮かんだ程度のそれを己の名前と併せて語りながら、武器を振るい得るものを得て、そうして生きていた。できるからやっていて、できないことは諦めて、人とはそういうものだろうと漠然とした思いによって生きるために生きていた。
冒険者になったのはあくまでも、そのほうが生きやすかっただけである。特段名声のために働く性分でもなかった男は迷宮の浅い階層で、なけなしの日銭を稼ぐだけでも満足した。最初はそれらしく苦戦しつつも経験をある程度積み、幸いにして単独でもある程度立ち回りできる能力を併せ持っていたおかげで、食べるぶんにはまるで困らない。その分、いくらかの人数で迷宮の果てを目指す、ギルドという概念にはとんと縁がなかった。署名上は冒険者らしい、夢と希望に満ちた名づけでもしてみたかったものだが、そんな戯れにも結局思い入れはなく。
ただ自然と、思い浮かんだ程度のそれを己の名前と併せて語りながら、武器を振るい得るものを得て、そうして生きていた。できるからやっていて、できないことは諦めて、人とはそういうものだろうと漠然とした思いによって生きるために生きていた。
その終着点を今、男は迎えようとしているのだと自覚していた。
ほんの一瞬の、判断の誤りが彼を死の淵へと追いやろうとしたのだ。背中に負った傷は深く大きいため、じくじくと中身の熱が溢れて止まらない。血が抜け落ちるたびに身体が空洞のように冷たく凍えるようで、息の温度さえ分からなかった。幸いにも耳はまだ機能しているが、目はもうぼんやりと光を捉えるのがせいいっぱいである。血の匂いに引き寄せられてやってくる虫たちに四肢を所々かじられてもいるが、その痛みすら鈍っていた。
死ぬのか、と男は思った。死ぬのだろうな、と現実を受け止めて、ぼんやりと思った。生きることも困難になるほどの瀕死の人間は、最後まで死にたくないだのと喚いていたものだが自分はどうなのだろうか。そう思うと怖くはあった。恐怖が脳髄を痺れさせ、感情的になることを急かした。
しかし、けれども、彼の身体がそう訴えるためには、彼の心こそが死に体だったものだから、感嘆のような呻きが樹海の空気に溶けるのみであった。なにか獣の鳴き声や、風のざわめきがいやに鮮烈に聴こえてくるのは、もはや五感の殆どが欠けていっているからこそなのか。耳鳴りがしそうなほどの時間を体感しながら、男はやはり、自分は死ぬのだと思った。
生きたいとは思わない。思えない。
だって、生きようとしたのは、男が生きていたからである。極論、生まれてきた以上はそうするのが当然だと思ってきたからで、たったひとつの理由をなくせばそれだけで無意味になっていく。価値については端から無いもの立ったから尚のことだ。
無価値だった、これより無意味になっていく男の乾いた命が、終わりゆく。
ほんの一瞬の、判断の誤りが彼を死の淵へと追いやろうとしたのだ。背中に負った傷は深く大きいため、じくじくと中身の熱が溢れて止まらない。血が抜け落ちるたびに身体が空洞のように冷たく凍えるようで、息の温度さえ分からなかった。幸いにも耳はまだ機能しているが、目はもうぼんやりと光を捉えるのがせいいっぱいである。血の匂いに引き寄せられてやってくる虫たちに四肢を所々かじられてもいるが、その痛みすら鈍っていた。
死ぬのか、と男は思った。死ぬのだろうな、と現実を受け止めて、ぼんやりと思った。生きることも困難になるほどの瀕死の人間は、最後まで死にたくないだのと喚いていたものだが自分はどうなのだろうか。そう思うと怖くはあった。恐怖が脳髄を痺れさせ、感情的になることを急かした。
しかし、けれども、彼の身体がそう訴えるためには、彼の心こそが死に体だったものだから、感嘆のような呻きが樹海の空気に溶けるのみであった。なにか獣の鳴き声や、風のざわめきがいやに鮮烈に聴こえてくるのは、もはや五感の殆どが欠けていっているからこそなのか。耳鳴りがしそうなほどの時間を体感しながら、男はやはり、自分は死ぬのだと思った。
生きたいとは思わない。思えない。
だって、生きようとしたのは、男が生きていたからである。極論、生まれてきた以上はそうするのが当然だと思ってきたからで、たったひとつの理由をなくせばそれだけで無意味になっていく。価値については端から無いもの立ったから尚のことだ。
無価値だった、これより無意味になっていく男の乾いた命が、終わりゆく。
ちちち、ちちち。何か甲高いこえが聴こえた気がして、知らず閉じようとしていた瞼が見えぬ視界を開ける。
鳥のこえか。そういえば、夜からずっといたからもう朝になるのだったか。しかしそれにしては、やけに金属質なこえだ。首を傾げる心地でいると、再びそれは聴こえてくる。ちちち。ちちち。
ちりん。
そうだ、と思い至った。獣避けの鈴を鳴らしている。誰がと言われば、何かの弾みでこれを拾った魔物の戯れかもしれぬが可能性として高いのは――そう思った折に、第二の音が届いてくる。
草を掻き分け踏みしめる、確りとした足取り。ああ、草地を踏むたびにこの音は鳴っていたのだろう。それにようやく気付けるほど男は、自分の行いがもたらすものに無頓着である。さく、さくと近づいてくる足音はやがてもっとも近い距離で立ち止まり、静止していた。
「――――」
何も見えないが、ただ、人の姿が不明瞭な影として捉えることがまだできる。
それに対して、男は声をかけた。声がまだ出るということに気付いたのは、今このときである。
「……よう、同業か?見かけたところ申し訳ないが、おれぁもうこの通りだ」
最後の力というのだろうか、朗々と己が手遅れであることを伝えられることに男自身が驚きながらも、どうにか未だ巡ってくれる血潮から言葉を絞り出す。
「魔物にやられて、このざまだ。耳は聴こえる、し、声も出るが……」
「……」
「何も見えん。腕も足も、言うことを聴かねえ。おれを連れて街に戻ったところで、荷物が増えるだけだ、それよりも餌につられるのも出てくるぞ」
だから、逃げろと。
そこまで言って、言い切ることができて、男は自分の中にここまでの熱があったのだということに嗤う。生涯、ひとと関わることもないだろうと思ってきた己が、はたしてこの薄っぺらさ極まる気遣いをかけることを今までしただろうか。
笑って、笑いながら、なんとも虚しい人生だと、また嗤う。よりにもよってこんなからっぽな男の死に様を見届けることになるだろう、姿かたちも分からぬ冒険者に対して同情までして、もう一度念を押した。
「逃げちまえ。おれはたぶん、このままやっこさんに食われるかして、消える。おれたちは、いや樹海ったぁ、そういう場所なんだろう……?っぐ!」
込み上げた嫌悪感にごばりと耐え切れず、塊のようなものを口から吐いた。血であるのか、単なる吐瀉物か、あるいは内臓そのものかもしれないと、妙に粘りのある名残を寂しく思いながら考えて、それは瞬く間に霧散した。いよいよかと思う。
「……」
けれども、どういうわけか影はいなくならない。視界が潰れた最中で、薄れゆく意識でも感じ取れる気配に、なぜだと男は疑問を示す。
死ぬことは理解できるだろうに。きっと、自分の感覚が麻痺してしまっているだけでもっとひどい姿であるかもしれない。それを不幸にも見つけてしまった相手はただひたすらに沈黙し、なにかを伺っているようだった。あるいは、そう。
看取ってくれる気でいてくれるのかと、馬鹿な発想だと普段は切り捨てるそれを思い男は見上げようとした。すると、自分の一部が持ち上げられ、柔く握られた感覚を覚える。手を握られたのだと遅れて気付いた、その刹那にふと。
「――――」
鼓膜を震わす、透明な声が響き渡っていた。
聞き慣れたことのない言語のうた、歌だろうか?それを突如として口ずさみ始めた声は、男か女かの区別もつかない。こんなときに吟遊詩人 の真似事なのか、いやあるいはそうだったのかもしれないという思考を、うたの音 が一つ一つと奪い去る。
「――――、――――」
男には、疑う頭が残っていない。だってそれは、綺麗な音色のかたちをしていたのだ。声が鳴り、音が成り、うたが生っていくその瞬間に息を呑み、ああ、声を出すことも望ましくないのだと、それほどまでに感動に打ち震える。
そしてふと、男は気づいた。四肢が消えていく――否、違う。こんなにもあたたかなものに包まれてほどかれていく己の肢体が。
なにか、尊いものへと還っていくのだということに。
「――――、――――、――――」
ひい、ふう、みいと、何かのまじないを重ねていくにつれて、空虚だった男の身体には熱が戻っていき、それらが内側から滲むようにまた一節一節、ほどいていく。己を己としてきた無二の依代が恐ろしい速さで書き換えられていくことに、けれども男は恐怖できない。
すなわち、授けられているものこそ冷徹冷酷な処刑場というわけではなく、陽だまりに満ちた慈悲の寝台だということにだ。なれば怖がることはなく、どこか遠いところに手を引かれたとして男は淡々と従うことだろう。もはや一握りにしか貴べてこれなかった、歓びの湧き上がる心地に涙して男は聞き入る。最後に残された耳に、祈りを受け止めていく。
鳥のこえか。そういえば、夜からずっといたからもう朝になるのだったか。しかしそれにしては、やけに金属質なこえだ。首を傾げる心地でいると、再びそれは聴こえてくる。ちちち。ちちち。
ちりん。
そうだ、と思い至った。獣避けの鈴を鳴らしている。誰がと言われば、何かの弾みでこれを拾った魔物の戯れかもしれぬが可能性として高いのは――そう思った折に、第二の音が届いてくる。
草を掻き分け踏みしめる、確りとした足取り。ああ、草地を踏むたびにこの音は鳴っていたのだろう。それにようやく気付けるほど男は、自分の行いがもたらすものに無頓着である。さく、さくと近づいてくる足音はやがてもっとも近い距離で立ち止まり、静止していた。
「――――」
何も見えないが、ただ、人の姿が不明瞭な影として捉えることがまだできる。
それに対して、男は声をかけた。声がまだ出るということに気付いたのは、今このときである。
「……よう、同業か?見かけたところ申し訳ないが、おれぁもうこの通りだ」
最後の力というのだろうか、朗々と己が手遅れであることを伝えられることに男自身が驚きながらも、どうにか未だ巡ってくれる血潮から言葉を絞り出す。
「魔物にやられて、このざまだ。耳は聴こえる、し、声も出るが……」
「……」
「何も見えん。腕も足も、言うことを聴かねえ。おれを連れて街に戻ったところで、荷物が増えるだけだ、それよりも餌につられるのも出てくるぞ」
だから、逃げろと。
そこまで言って、言い切ることができて、男は自分の中にここまでの熱があったのだということに嗤う。生涯、ひとと関わることもないだろうと思ってきた己が、はたしてこの薄っぺらさ極まる気遣いをかけることを今までしただろうか。
笑って、笑いながら、なんとも虚しい人生だと、また嗤う。よりにもよってこんなからっぽな男の死に様を見届けることになるだろう、姿かたちも分からぬ冒険者に対して同情までして、もう一度念を押した。
「逃げちまえ。おれはたぶん、このままやっこさんに食われるかして、消える。おれたちは、いや樹海ったぁ、そういう場所なんだろう……?っぐ!」
込み上げた嫌悪感にごばりと耐え切れず、塊のようなものを口から吐いた。血であるのか、単なる吐瀉物か、あるいは内臓そのものかもしれないと、妙に粘りのある名残を寂しく思いながら考えて、それは瞬く間に霧散した。いよいよかと思う。
「……」
けれども、どういうわけか影はいなくならない。視界が潰れた最中で、薄れゆく意識でも感じ取れる気配に、なぜだと男は疑問を示す。
死ぬことは理解できるだろうに。きっと、自分の感覚が麻痺してしまっているだけでもっとひどい姿であるかもしれない。それを不幸にも見つけてしまった相手はただひたすらに沈黙し、なにかを伺っているようだった。あるいは、そう。
看取ってくれる気でいてくれるのかと、馬鹿な発想だと普段は切り捨てるそれを思い男は見上げようとした。すると、自分の一部が持ち上げられ、柔く握られた感覚を覚える。手を握られたのだと遅れて気付いた、その刹那にふと。
「――――」
鼓膜を震わす、透明な声が響き渡っていた。
聞き慣れたことのない言語のうた、歌だろうか?それを突如として口ずさみ始めた声は、男か女かの区別もつかない。こんなときに
「――――、――――」
男には、疑う頭が残っていない。だってそれは、綺麗な音色のかたちをしていたのだ。声が鳴り、音が成り、うたが生っていくその瞬間に息を呑み、ああ、声を出すことも望ましくないのだと、それほどまでに感動に打ち震える。
そしてふと、男は気づいた。四肢が消えていく――否、違う。こんなにもあたたかなものに包まれてほどかれていく己の肢体が。
なにか、尊いものへと還っていくのだということに。
「――――、――――、――――」
ひい、ふう、みいと、何かのまじないを重ねていくにつれて、空虚だった男の身体には熱が戻っていき、それらが内側から滲むようにまた一節一節、ほどいていく。己を己としてきた無二の依代が恐ろしい速さで書き換えられていくことに、けれども男は恐怖できない。
すなわち、授けられているものこそ冷徹冷酷な処刑場というわけではなく、陽だまりに満ちた慈悲の寝台だということにだ。なれば怖がることはなく、どこか遠いところに手を引かれたとして男は淡々と従うことだろう。もはや一握りにしか貴べてこれなかった、歓びの湧き上がる心地に涙して男は聞き入る。最後に残された耳に、祈りを受け止めていく。
そう、これなるは無謀なる者にもたらされる最優のひとつ。どこまでもやさしく平等に、与えられるからこそ外からは畏れられもする終焉の一面。
慈悲深く眠りに包まれていく。
深く深く、どこかへと還っていく。記憶にもない母のぬくもりとはこれであったのかと幻視して、どうか連れて行ってくれと希い。
「――――、――――」
「…………あぁ、嗚呼」
せめて、せめてものあと少しだけの慈悲を求めた。浅ましく追いすがろうとする思いがはたしてどのような行動として記されたかは、もう分からないがなんだっていいからと咽びたくて、もはや掠れた声音がうたに応える。
「ありがとう、ありがとう。こんなにもらって、なんて……」
なんて、自分は、たいへん善き人生を歩んだことだろう。
「――――、――――、――」
恥知らずな心さえ許すように、うたは満ちて同化していく。それに合わせて男の身体はほどけて消えていき、瞼はもう二度と持ち上がらない。
慈悲深く眠りに包まれていく。
深く深く、どこかへと還っていく。記憶にもない母のぬくもりとはこれであったのかと幻視して、どうか連れて行ってくれと希い。
「――――、――――」
「…………あぁ、嗚呼」
せめて、せめてものあと少しだけの慈悲を求めた。浅ましく追いすがろうとする思いがはたしてどのような行動として記されたかは、もう分からないがなんだっていいからと咽びたくて、もはや掠れた声音がうたに応える。
「ありがとう、ありがとう。こんなにもらって、なんて……」
なんて、自分は、たいへん善き人生を歩んだことだろう。
「――――、――――、――」
恥知らずな心さえ許すように、うたは満ちて同化していく。それに合わせて男の身体はほどけて消えていき、瞼はもう二度と持ち上がらない。
さあ、と風が吹き抜ける。
青く突き抜けそうな空の下にある樹海に、血だまりはなく、死体もなく。
「――――――」
しかしそこに――手のひらに包み隠せるほどの双葉が、いくらかの草木に混ざるようにして、懸命に芽吹いていた。
青く突き抜けそうな空の下にある樹海に、血だまりはなく、死体もなく。
「――――――」
しかしそこに――手のひらに包み隠せるほどの双葉が、いくらかの草木に混ざるようにして、懸命に芽吹いていた。
―*―
「大丈夫?」
後ろからかけられた声に気付き、バルドゥールは振り返る。見ればそこに、ここまでの出来事を静観していた呪術師が立っている。
「……問題ない。いや、僕は、大丈夫だ」
そう告げて、手を握っていたはずの両手を――今や小さな命に還った、名も知れない冒険者の欠片を覆っていた両手をほどき、静かに立ち上がる。こうして視点を上げてしまえば、彼だったものは他の草木に紛れて見えないものだ。
それでもバルドゥールは暫し目を細め、名残を印すように見つめている。ヘズもまた、彼を思う心のままに沈黙する、それから、いくらかの時間が経過して、ようやく彼は身体を向けた。
「行こう。皆を待たせすぎたと思うし」
「……そうだね。早いところ合流しようか」
「ああ。……」
「? バルドゥール?」
どうかしたのだろうか、と視線を交える。思うところのあったらしい彼は、先程とは打って変わって言葉に詰まる。なんと言っていいのか分からないという様子に珍しい、とさえ思っていると、少しばかり彼はうつむいて。
「お前は不思議だな。あんな光景を見て、本当に驚かないんだなんて」
驚いた、というよりは困惑している素振りを見せてきた黒衣の青年に呪術師は目を見開く。けれども当然だ、彼からして見れば自分の反応は不思議というほかない。
いくら彼の"事情"を知っている身とはいえ、あれを目の当たりにする者次第では酷い感想を抱くものだっているだろうに。つまりバルドゥールはそれを理解した上で、こちらも知っていてなお、やはり忌避などを行なわなかったことに驚いているのだとヘズは噛み砕いた。
「……、ああ。それは、まあ」
とはいえである。そんなことを告げられたとて、ヘズにとっての真実は揺るがない。
「優しいね、とは思ったよ」
「……やさしい?そう、だろうか」
「そんな自信なさそうに思わないで。君は優しい人だよ。だから謳えるんだろう?」
「でも、それは僕が、……彼女と、繋がっているからであって」
「関係ないよ。事実がどうあれ、感情 は、そう揺れたんだからさ。それでいいんじゃないかな」
今度は彼が目を見開く番だった。
ヘズは思う。バルドゥールの呪い によってやさしい命に生まれ変わった、もう知る由もない誰かの末路の慈悲深さに想う。ひとがそれを、たとい残酷だと糾弾するかもしれなくてもヘズにとってそれは救済であった。
だから、口にする言葉はひたむきに真実を述べるのだ。世界樹の神子。緻密に編まれた玻璃の身魂を、降ろされた力を秘めて碧息を吐き続ける彼の存在を。運命を呪うことしかできない男は今も昔も尊ぶが故に。
「大丈夫だよ。君の祈りは、紛れもなく誰かの何かを救ったんだから。胸を張って、バルドゥール」
ちりん。錦杖に括りつけられた鈴が、称賛を後押しするように響く。
それでやっと、少年は安心できたのだと泣きそうに笑った。
後ろからかけられた声に気付き、バルドゥールは振り返る。見ればそこに、ここまでの出来事を静観していた呪術師が立っている。
「……問題ない。いや、僕は、大丈夫だ」
そう告げて、手を握っていたはずの両手を――今や小さな命に還った、名も知れない冒険者の欠片を覆っていた両手をほどき、静かに立ち上がる。こうして視点を上げてしまえば、彼だったものは他の草木に紛れて見えないものだ。
それでもバルドゥールは暫し目を細め、名残を印すように見つめている。ヘズもまた、彼を思う心のままに沈黙する、それから、いくらかの時間が経過して、ようやく彼は身体を向けた。
「行こう。皆を待たせすぎたと思うし」
「……そうだね。早いところ合流しようか」
「ああ。……」
「? バルドゥール?」
どうかしたのだろうか、と視線を交える。思うところのあったらしい彼は、先程とは打って変わって言葉に詰まる。なんと言っていいのか分からないという様子に珍しい、とさえ思っていると、少しばかり彼はうつむいて。
「お前は不思議だな。あんな光景を見て、本当に驚かないんだなんて」
驚いた、というよりは困惑している素振りを見せてきた黒衣の青年に呪術師は目を見開く。けれども当然だ、彼からして見れば自分の反応は不思議というほかない。
いくら彼の"事情"を知っている身とはいえ、あれを目の当たりにする者次第では酷い感想を抱くものだっているだろうに。つまりバルドゥールはそれを理解した上で、こちらも知っていてなお、やはり忌避などを行なわなかったことに驚いているのだとヘズは噛み砕いた。
「……、ああ。それは、まあ」
とはいえである。そんなことを告げられたとて、ヘズにとっての真実は揺るがない。
「優しいね、とは思ったよ」
「……やさしい?そう、だろうか」
「そんな自信なさそうに思わないで。君は優しい人だよ。だから謳えるんだろう?」
「でも、それは僕が、……彼女と、繋がっているからであって」
「関係ないよ。事実がどうあれ、
今度は彼が目を見開く番だった。
ヘズは思う。バルドゥールの
だから、口にする言葉はひたむきに真実を述べるのだ。世界樹の神子。緻密に編まれた玻璃の身魂を、降ろされた力を秘めて碧息を吐き続ける彼の存在を。運命を呪うことしかできない男は今も昔も尊ぶが故に。
「大丈夫だよ。君の祈りは、紛れもなく誰かの何かを救ったんだから。胸を張って、バルドゥール」
ちりん。錦杖に括りつけられた鈴が、称賛を後押しするように響く。
それでやっと、少年は安心できたのだと泣きそうに笑った。