エキシビジョン黄泉比良坂 比良坂罪
採用する幕間SS
本文
『エキシビジョン・黄泉比良坂帰らじの途』
†††
あるきこりが川辺で木を切っていたが、手を滑らせて斧を川に落としてしま
う。困り果て嘆いていると、ヘルメス神が現れて川に潜り金の斧を拾って き
て、きこりが落としたのはこの金の斧かと尋ねた。きこりが違うと答えるとヘル
メスは次に銀の斧を拾ってきたが、きこりはそれも違うと答えた。最 後に失く
した鉄製の斧を拾ってくると、きこりはそれが自分の斧だと答えた。ヘルメスは
きこりの正直に感心して、三本すべてをきこりに与えた。
それを知った他のきこりは、わざと斧を川に落とした。ヘルメスが金の斧を
拾って同じように尋ねると、そのきこりはそれが自分の斧だと答えた。ヘ ルメ
スは呆れて何も渡さずに去り、恥知らずなきこりは自分の斧を失った。
【教訓。神は正直な者を助け、不正直な者には罰を与える】
金の斧/イソップ寓話
†††
「「「優勝おめでとうございまーす! いやー、すごい試合でしたね!」」」
「「「え? どうします? ですって?」」」
「「「いやだなー、どうするも何も、優勝した貴方達にはちゃんと生き返って
頂きますよー?」」」
「「「僕たち、正直者三兄弟ですからね!」」」
こいつらは嘘をついている。
「「「僕たちの目的まで看破されちゃったし、ほんともう脱帽です!」」」
こいつらは嘘をついている。
「「「それじゃあ、貴方達を現世に送りまーす! いえいえ、礼には及びませ
んよー!」」」
こいつらは何かを隠している。
「「「あれ? 何かこっちに思い残すことでも?」」」
無知で欲深い若者が落としてもいない金の斧を欲しがるのを、陰で嘲笑うかの
ように。
それが何かまでは、流石に今は計り知れないが。
一つだけ確かな事がある。
──────気に入らない。
たった一つのシンプルな理由で、そしてそれで十分だった。
神経に障る比良坂兄弟の長口上を暫く黙って聞いていた夜魔口断頭だったが、
やがて口を開く。
「一つ確認しておきたいんだが」
「「「なんでしょう?」」」
「私達を生き返らせてくれるというのは、あの謎の声だな?」
「「「そーですよー。僕達にはそこまでの力は無いですから」」」
断頭の問いに、比良坂兄弟は正直に答える。少なくともこれは真実に聞こえた。
「成る程、なら落とし所はこんなところか」
思案を纏め、断頭は口上を返す。
「私達の世界じゃ、落とし前って奴が必要だ。それをなあなあに済ませちゃ、
ヤクザはやっていけない。ヤクザから意地と仁義を引けば残りは屑しか 残らな
いからな」
「そういうことでス」
工鬼も追従する。もっとも、話の流れを正確に理解しているかどうかは定かで
はない。だが、彼にとって重要なのは事の真実ではない。敬愛する断頭 に従う
事。それが彼の真実だ。
「「「つまり?」」」
きょとんとした顔で、比良坂兄弟は全く同じ声を揃える。
「お前たちを完膚なきまでにブチのめして、私達で遊んだケジメを取らせる。
謎の声とやらからは慰謝料も頂こうか。此処にもお宝くらいはあるんだ ろう?」
「地獄の沙汰も金次第、って言いまスしね」
日常的に脅し文句で使っていた為だろう、学の無い工鬼が正しく諺を口にす
る。任侠は仁義であり、ヤクザはビジネスだ。その二つの追求は例え此処 が地
獄であっても変わらない。
「「「うわー、ヤクザって怖いですねー」」」
おどけたように三兄弟は口にする。
「「「何が怖いって、僕達に勝てる、って思ってるところが、ですけど」」」
無邪気そうな三兄弟の瞳に、邪悪な愉悦の光が浮かんだ。
「弱い犬ほどよく吠える」
挑発を冷徹に受け流し、断頭は静かに命じる。
「片付けるぞ、工鬼」
「いえあー!」
「「「まぁ、そう来るとは思ってたんですけどねー」」」
動じた様子もなく、彼らは両手を広げた。
「「「さぁ、勝負を始めましょうか?」」」
開幕を告げる邪少年たちの声。
「ふん。すぐに後悔させてやるさ」
「ういス」
夜魔口工鬼と夜魔口断頭の心を、獰猛な戦意が支配した。
決勝戦に至る前。断頭と工鬼は既に比良坂兄弟との戦闘を想定していた。決勝
終了後、蘇生の約束を反故にされる可能性を否定出来なかったからだ。 勿論、
自分達の方から仕掛ける事もあるだろう。
そして戦闘を想定するならば避けては通れぬ問題──────────考察が必要となる。
「工鬼。奴らは常に一緒に居る。幾ら三つ子だと言っても異常な程にな」
「何か理由があるって事でスか?」
「そうだ。大まかに考えて二つに一つだな。いつも一緒でいちゃつきたいショ
タホモか…………」
「能力に関係がある、って事でスね」
工鬼は馬鹿だが、決して愚鈍ではない。断頭の意図するところを正確に汲み
取った。
「その可能性が高い。だが、それならそれでやる事は一つだ」
「そうスね。目に物見せてやりましょう」
「『グレムリンワークス』ッ!!」
工鬼に命じられた十体の小悪魔達。彼らは一糸乱れぬ連携を見せ、四方八方よ
り一斉に主の敵へと飛び掛かる。その目標は──────比良坂沈。
「オドレチョーシノッテッガー!」
地獄の空気がビリビリと震動する程の大音声、断頭はヤクザハウリングの金縛
りと同時にヤクザキックを見舞う。その目標は──────比良坂弑。
「頂きィ!!」
他二つは言わば囮、目眩まし。本命はあくまでもこの一撃。両手の斧を振りか
ざし工鬼は旋風の斬撃を繰り出す。その目標は──────比良坂葬。
敵の能力が分からぬ以上、先手必勝。有効射程が掴めぬ以上、引いて様子を見
る手も無い。
必殺の一撃を戦闘開始と同時に即座に一人に叩き込み、敵の連携を狂わせる。
三つ子三人なら対象はどれでも同じだし、そもそも見分けなどつかない が、断
頭は中央に位置する邪少年に目星を付けていた。
能力発動に三人が必要という仮定通りなら最良だが、そうでなくとも一人削れ
れば格段に戦況は有利になる。最悪、三兄弟をばらばらに散らせられれ ばそれ
だけでも御の字。
そして、断頭のその思惑はほぼ成功する。
殺傷力を殆ど持ち合わせない小悪魔達だが、大勢で寄って集れば目眩ましや足
止め程度の任は容易にこなす。
そして小悪魔たちに出来る事が断頭に出来ない筈が無い。ヤクザハウリングで
動けなくなったところを、力を込めた蹴りで吹き飛ばす。
比良坂沈と比良坂弑、二人が身動きを取れぬうちに。
ザグゥッ!!
禍々しい音と共に、工鬼の振り下ろした戦斧が比良坂葬の肩口に叩き込まれる。
激痛というよりもむしろ、驚いたような表情が比良坂葬の顔面に浮かぶ。自ら
に訪れた運命を信じられぬかのように。
「死んどけッ!」
そのまま力任せに、袈裟斬りに両断。少年の身体が遅れてゆっくりと左右に分
かれてゆく。
勿論、その程度で工鬼は攻撃の手を休めない。敵は冥界の住人、どの程度の耐
久力を持っているか分かったものではない。
返す斧で今度は胴を薙ぎ払う。泥人形を切断するようなぐにゃりとした感触。
四つ身に分かれて地面に落ちた比良坂葬、その頭部へと間髪入れずギロチンア
クスを振り下ろす。
ぐしゃり。
熟したトマトよりもあっさりと、首から上が爆ぜた。
工鬼が目を上げれば、断頭が蹴り飛ばした比良坂弑もがくがくとその身を震わ
せて立ち上がるのがやっとの状況。
残る比良坂沈が漸く小悪魔達を振り払った時には、ぴくりとも動かない比良坂
葬から斧を引き抜いた工鬼が断頭と合流していた。
「勿論、この程度で勝ち誇っちゃあいない」
断頭は奇襲が成功したこの期に及んでさえ、慎重な姿勢を崩さない。
世の中、うまい話などありはしない。それはあの世でも同じ事だ。
そしてその姿勢は決して間違いでは無かった。
「もう、酷いことするなぁ……」
閉口した様子で比良坂沈が呟く。そこに目の前で兄弟を殺害された動揺や憤慨
は微塵もない。
「心配するな、すぐにお前も同じ目に遭わせてやる」
断頭は油断無く工鬼に目配せすると、左右から挟み撃ちの態勢へ。
此処まではほぼ彼女の想定通り。いや、想定していたよりも上手く行き過ぎだ
と言えた。
つまりそれは、何処かに落とし穴がありえるという事。
現世での極道生活と冥界での血風塗れる死闘。並の魔人とは潜り抜けた修羅場
の数が違う。
だからこそ、その予感は悪い方に当たる。
「同じ目、って例えば…………こういう事?」
比良坂沈の言葉と共に、比良坂弑が糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ち
た。濁った冥界の空を映す虚ろな瞳には、最早生命の輝きは皆無。
──────いや、そもそも最初から生命などあったのだろうか?
断頭の脳裏に恐ろしい想像が過ぎって。
その答が語られる。他ならぬ少年の口から。
「残念でしたー、もう同じ目に遭ってまーす」
けたけた、と悪趣味な笑い方。自分と同じ顔をした、血を分けた兄弟を貶める
ように。
「此処までの進行は、比良坂三兄弟の提供でお送りしましたー。此処からは比
良坂沈改め、比良坂罪がお送りしまーす」
最初から、敵は一人だった。残りの二人は只の意志持たぬ人形。
「それと、お手伝いしてくれる愉快な助手さんたちでーす」
眠れる死者が死したる大地から起き上がり、目を覚ます。
屍山血河の坂の地面から巨大な墓碑の如き壁が次々に聳え立ち、お互いに組み
合う。その壁面に塗り込められた死者が怨嗟の声を上げる。たちまちの うちに
視界が塞がれた二人が突然に放り込まれた状況は。
「
利根アリアの『兇徒迷宮案内』!」
その場の地形に合わせて巨大迷路を作成し、自らを含めた全員を閉じ込める魔
人能力。そして恐ろしい事に脱出までの時間制限がある。もし時間内に 脱出で
きなければこの瞬間も徐々に発生している毒ガスが迷路全体に行き渡り、そのま
ま悶死する事となる。
「まずい、早く探せ工鬼!」
「任せて下さい、俺のサルどもなら出口くらい簡単に……」
「違う、そうじゃない。お前が探すのは……」
断頭の思考は走る。奴の能力は死者を複数同時に操るというもの──────つま
り、自分と同じタイプの能力だ。ならばもし自分が相手の立場で、 この状況で
更に追加するなら。
「頼んだぞ、工鬼」
「アイ、アイ」
戦力の分散は避けたいが、形振り構ってはいられない。彼らは二手に分かれ、
それぞれの目標を探す。一つは言わずもがな。そしてもう一つは。
探し回り、曲がり角の先に居た人物。
「もう会う事はないと思ってたんスけどね、先生」
断頭が見つけ出せ、と命じた標的。
工鬼が見つけ出した、その標的。
「………………5……7……3……」
鬼屋敷凉が静かに数を刻んでいた──────『ナンバーズ・オブ・デス』!
「迷路での時間稼ぎと溜め能力者のコンボとはね…………やってくれる」
利根アリアを撃破した断頭。
鬼屋敷凉を撃破した工鬼。
二手に分かれた彼らは、制限時間ぎりぎりのところでそれぞれの標的を撃破し
ていた。そのどちらか一方でも間に合わなければ、無事では済まなかっ ただろう。
彼らは単独でも恐ろしい能力者だが、組み合わさればその脅威は格段に跳ね上
がる。それにいち早く気付いた断頭の慧眼は見事だったが ──────。
「クソガキ…………えげつない事考えやがる」
「うぉッ!?」
休む間もなく二人の前に現れた次なる死者達、それは──────。
「ラッサーセーッ……!!」
「CARCARCAR!」
ラーメン屋など、食べに行かなければどうということはない──────その常識を
打ち砕く、食べさせに来てくれるラーメン屋! それがラーメン 屋台!! そ
れが出前!!!
車輪のある屋台は、紛うこと無き車。ラーメンと車が組み合わさり、攻撃力と
機動力は最大限!
ラーメン野郎・有村大樹とクルマ星人。回避不可能な出前の悪夢。
「…………俺、生き返っても出前一丁食えなくなりそうでス」
ぽつり、と工鬼は呟いた。
すんでのところで襤褸王化しかけたラーメン野郎・有村大樹を退けた二人に、
更なる猛威が襲い掛かる。
クルマ星人+
早見歩!
「タンクローリー!? くそッ、足元に速乾性コンクリがッ……!」
「前向けッ! あっちはお構い無しに走ってきやがるぞ!」
クルマ星人+
巨大アメーバのキョスェ!
「ギャーッ! 戦車がねばねば弾を砲撃!? どうせなら先輩を狙ってくれれ
ばサービスシーンに!」
「アホか!!」
クルマ星人+
天地信吾!
「ヒャッハー! 武装バギーだ~ッ!」
「完全にリアルモヒカンじゃねーか!」
「アイツ、妙にいきいきしてやがる」
クルマ星人+
戸次右近大夫統常!
「ちょ、馬は車じゃないと思うんスけど!?」
「道路交通法上、馬は軽車両扱いだ。つまり馬=車って事か」
「暢気な事言ってる場合じゃないス、先輩! 戦国武将に馬とか鬼に金棒じゃ
ないでスか!!」
クルマ星人+二三一!
「『機械仕掛けの恋人(マシーナリーラヴァーズ)』で、装甲車の性能が格段に
上がって……!? それに能力で機械と会話出来るから人車一体じゃ ないスか!」
「いや、そもそもクルマ星人は普通に会話できるだろ」
クルマ星人+
未知花!
「野郎ッ!? 見えないしエンジン音も聞こえない…………危ねッ!」
「工鬼、私も次は電気自動車に買い換えようと思う。エコだしな」
「余裕すぎやしませんか、先輩!?」
クルマ星人+
肉皮リーディング!
「あぁっ、先輩が二人!? しかもその先輩に轢き殺されるなんてもう死んで
もいいでス!」
「明らかにあっちが偽物だろう! そもそももう死んでるだろうが!」
クルマ星人+
雨竜院雨雫!
「ヒューッ! 放水車からの散水がまるで弾丸みたいに落ちてきやがる」
「どうせなら先輩を狙ってくれればサービスシーンに!」
「それはさっきやっただろ!」
クルマ星人+
安全院綾鷹!
「止まる・な」
「ブレーキの壊れたダンプカー! 車は急に止まれない!」
「というか、わざわざ壊す必要はないだろう……」
クルマ星人+
曼珠沙華深奈!
「『グリードフォース』!? タイヤの中に更に車が!」
「地獄でタイヤを使うなーッ!」
クルマ星人+
蝦魯夷にゐと!
「ゲッ!? ちょ、あの黒いベンツに乗ってるのって、ひょっとして……!?」
「逃げろ工鬼! 他の奴ならともかく、オヤジには絶対勝てない!」
クルマ星人+
ロダン!
「な、なんであのフランス人、ボッコボコに車のボディ殴りまくってるんでス
か!?」
「そういえば機械は殴れば調子が良くなる、とは言うな……」
「限度がありまス! ……っていうか、やりすぎて横転してまスけど」
クルマ星人+
静間千景!
「ヤベェ! ガラスの靴を履いた女の子がガラス張りの馬車で突撃して来まス!」
「悪夢的なメルヘンだな……」
クルマ星人+
右手首の怨念!
「大型トレーラーの運転席から手首だけが!」
「私、あの映画結構好きだな。演出がいいんだよ」
クルマ星人+
不破原拒!
「生物と車の改造融合……まさか!」
「あッ、俺あの車テレビで見たことありまス! 確か猫バ……」
「おいやめろ馬鹿」
クルマ星人+
花咲雷鳴!
「待て、まさか奴がコピーしている能力って……」
「ラッサーセーッ……!!」
「ギャーッ、また屋台! だからもうラーメンは食べたくない、って言った
じゃないでスかー!」
矢継ぎ早に繰り出される攻撃。工鬼の目に焦りの色が浮かぶ。
「つ、次はいったいどの魔人とのコンボで……?」
「ぼーっとするな! 来るぞ!」
クルマ星人+残りいっぱい!(順番に)
「ギャーッ! 死体を戦車砲で撃ち込んでくるとか、魔人能力の意味ねぇ!
扱い的にも酷すぎまス!」
「しかも地味に痛い……!」
子ども特有の飽きっぽさと大雑把なぞんざいさが、死者を躊躇いなく冒涜する。
相次ぐ波状攻撃を満身創痍で凌いだ二人。『ハローワークオブザデッド』で死
体人形に僅かに干渉し、『グレムリンワークス』の力でクルマ星人を狂 わせる
事が出来なければ為す術もなくやられていただろう。
げに恐ろしきはクルマ星人の応用力。この冥界での戦い、真に注意すべきはク
ルマ星人だったのだ!
二人は辛うじて敵から距離を取ると死体の山の陰に身を隠して呼吸を整え、反
撃の機を伺う。
「聞け、工鬼」
「ついに愛の告白スか? 待ってました!」
「馬鹿。いいか、分かった事が幾つかある」
「流石でス先輩、惚れ直しました!」
工鬼の言葉に取り合わず、断頭は推測を語る。
「まず一つ、クソガキの能力で操れる死体は一度に二人までだ。だがその分支
配力は私とは段違いだ」
前者は実際に仕掛けて来る攻撃を見れば明らかだし、三つ子の残り二人を死体
人形として動かしていた事実とも合致する。後者については断頭も能力 を行使
してみたものの、その支配を打ち破る事が出来なかった事から間違いは無い。
「二つ目。死体人形どもは基本的な命令に従って行動するが、自意識がある時
程には臨機応変な動きは出来ない」
肉体能力、魔人能力については生前──────或いはここ冥界で死闘を演じた際と
遜色無いが、不測の事態への反応は鈍い。それは工鬼が眼前に現 れてもなお円
周率を数え続けた鬼屋敷を見ても分かる。恐らく事前に決められた位まで能力を
進めるつもりだったのだろう。
「三つ目。一度出した死体人形は、ある程度の時間を置いた後か破壊されるま
で他の死体人形と入れ替える事は出来ない」
執拗に続いたクルマ星人絡みの攻撃は、つまりそういう事だ。断頭と工鬼は攻
撃の役割を果たす魔人の死体人形を撃破し続けたが、サポート役のクル マ星人
は後回しにしていた。いや、そうせざるを得ない程敵の攻撃が苛烈を極めた、と
いうのもあるのだが。
「勿論、野郎がただ遊んでいて能力の手を抜いている、という可能性も完全に
ゼロじゃないが……それはまずない、と言っていいだろう」
「どうしてでス?」
「奴は遊ぶ時こそ全力を尽くすタイプだ。もし可能なら三体同時出しでもっと
派手なコンボをこれ見よがしに見せつけたり、次々と目まぐるしく取り 替えた
方が面白いのに、クルマ星人を出しっぱなしにしたりはしないさ」
「なるほどー、一理も二理も三理もありまスね」
サルでも分かる解説に、工鬼は大いに感心して頷いた。
(もしそうじゃなければ、文字通り絶望だからな…………)
断頭は最悪の事態も想定していたが、それは工鬼に言う事ではない。実際その
場合は何をやっても無駄という事だし、考慮は無意味だ。
「納得したところでお前には一つ、やってもらう事がある」
「なんなりと! 先輩の命令とあらば例え火の中水の中、何処でも何でも!」
工鬼も疲労困憊の筈だが、途端に腕まくりしてやる気を見せる。彼にとっては
断頭の言葉が何よりのエネルギーとなる。
「良し、良い返事だ。じゃあちょっと耳を貸せ」
「あふん」
「耳の穴からクソ同然の脳味噌ほじくり出すぞ」
「じょ、冗談ス!」
本当にやりかねない断頭の迫力に工鬼はたじろぎ、大人しく聞き入る事にする。
「いいか…………」
「ふんふん………………えええっ!?」
嬉しそうに指示を聞いていた工鬼の眼の色が変わる。従属から驚愕へ、そして
──────。
「分かったな?」
「…………駄目でス。分かりません」
「シンプルな作戦だ、馬鹿でも分かるだろ」
だが、きっぱりと返した答は同じ。
「作戦の意味は分かりましたけど、承知できない、って事でス」
「てめぇ、私の言う事が聞けない、って言うのか」
工鬼が断頭に逆らう。それは世界が引っ繰り返ってもあり得ざる天変地異の筈
だった。
「先輩の言う事でも、これだけは従えません」
「さっき何でもする、って言ったろうが」
「馬鹿だから忘れました」
断頭が幾ら凄もうとも、同じ事だった。頑迷に、愚直に、決して首を縦に振ら
ない。
残された時間は少ない。そして、他に残された手段も。断頭は溜息をついて。
「分かった、仕方無い。生き返ったら私の身体を好きにして良い。ヤらせてやる」
「…………ッ!?」
最終最後の切り札を切った。
男としての本懐、惚れた女をその腕に抱く。遂にその野望に手が届いた工鬼は
──────。
「で も゛だ め゛で ズ……!!」
歯を食いしばり、目から血涙を流しながら、断固として拒否した。その迫力に
断頭は出会って初めて工鬼相手に思わず怯んでしまった。
だが、それも一瞬の事。断頭は工鬼の額に自らの額を重ね、その頬に両手を添
えると静かに口にした。
「なぁ、工鬼。お前は知っているな? 私が何よりも嫌いな事を」
「…………」
工鬼は答えない。断頭は構わず続ける。
「それを知っているお前が、それを許すのか? 夜魔口断頭が舐められっぱな
しで終わるのを、お前が? この世とあの世を合わせても一番私の事を 好き
な、お前が許すと言うのか?」
「先輩…………」
「やれるな? お前は私が命じた事なら何だって出来る、私限定のスーパーマ
ンだ…………そうだな?」
「…………うス」
血を吐きそうな顔で工鬼は頷いた。
「締まらねぇ泣き顔しやがって。しくじったら承知しねぇぞ?」
断頭は少女のように笑った。
「もーいーかーい?」
隠れんぼの鬼役も飽きたのだろう。邪少年は余裕たっぷりに動き出す。そこか
しこに倒れ伏す物言わぬ死者を踏み潰し、無残に転がる白骨を蹴り飛ば す。傍
らに死体人形を引き連れて。
相手に残された反撃の手段は殆ど無い。精々が逃げ隠れしながらの不意打ち
か、或いは──────。
「うォォォォォ!!」
「破れかぶれの特攻、かぁ」
一番つまらないな、と比良坂罪は失望する。
血塗れの斧を振り上げて突き進んでくる工鬼。断頭の姿はその遥か後ろ、既に
動く気力も尽きたか死体の山に背を預けて座り込んでおり、奇襲の様子 もない。
死体人形に命じて工鬼を始末させれば終わりだ。比良坂罪がそう考えた時──────。
突如、邪少年の足首が何者かに握られた。
「!?」
死体の山から伸びたその腕は、しなやかな女性──────すなわち夜魔口断頭!
比良坂罪とて、断頭の特技──────────頭と胴体の切り離しについては把握して
いる。ゆえに只の首無し死体に偽装していただけなら見逃す 事は無かっただろう。
だが、邪少年の足をしっかと掴んでいるその腕には上半身までしか繋がってい
なかったのだ。
信じられぬ事態に比良坂罪は前方に目を戻す。確かに其処には断頭の姿があっ
た。頭と、下半身が。そして──────。
「キキッ!」
その両者を繋ぐ胴体があるべき部分には、断頭のジャケットを纏った低俗なサ
ルたちが居た。
工鬼は振りかざす。断頭の身体を両断した凶器を。自らの血肉を断ち切るより
もなお辛い、試練を乗り越えて。
「よくもッ! 俺に先輩を殺させやがって!!」
失血に薄れゆく意識の中、断頭は冷笑する。
「ヤクザ…………舐めんじゃねぇぞ……クソガキ…………」
「おおおォォォッ!!」
身動きの取れなくなった相手に、凶器を叩き付ける。死体人形のカバーも間に
合わない!
ざぐり! と感じる確かな手応え。工鬼はそのまま斧を持つ腕に力を込め、一
気に振り抜く!
「ぎゃあぁぁぁ!?」
断末魔の言葉と共に少年の身体は左右二つに分かたれ、ぐしゃり、と地に倒れ
伏した。
惨殺死体には目もくれず、工鬼は血走った目で荒い息をつきながら肩を震わせ
る。その眼差しの先には既に物言わぬ骸と化した断頭の亡骸。
「先輩…………俺、やりましたよ。待ってて下さい、すぐに黒幕もブチのめして先
輩のこと、生き返らせますから」
譫言のように呟いて、その下へ──────だが。
「えー…………それは困るなぁ」
「ッ!?」
振り向いたその先には、比良坂罪が居た。何の手傷も負っていないままで、邪
悪な微笑を浮かべながら。
確かに両断した筈。その死体は今も無残な屍を晒している。ならば何故──────?
「弑くんが守ってくれましたー、麗しい兄弟愛!」
見分ける事など不可能な、三つ子の比良坂兄弟。死体の再利用である死体人
形、更にその再利用。
断頭と工鬼が作戦を練っている間、比良坂罪も無為に時を過ごした訳では無
かった。狡猾な猜疑心で替え玉を立て偽装しておきながら、自分は隠れて いた
のだろう。
死せる魔人たちの闘争を、邪悪な本性を隠して見つめていた時のように。
「さてと、じゃあこっちの番かな?」
比良坂罪が指を鳴らすと、冥界の大地、冷たい土の中から入れ替わるように最
後の一人が現れる。
呼び出された彼女の瞳が、無情にも赤く輝いた。その能力は──────。
『狼は鹿を強くする』。
その力は、比良坂罪の力を無慈悲に高める。
それはつまり、再び蘇る悪夢。力を増した能力の発露。
ぼこり、ぼこり、と周囲から死者が這い出てくる。
天地信吾が。
安全院綾鷹が。
雨竜院雨雫が。
蝦魯夷にゐとが。
神無月狂輔が。
鬼屋敷凉が。
巨大アメーバのキョスェが。
クルマ星人が。
静間千景が。
二三一が。
千坂ちずなが。
舘椅子神奈が。
月読茎五が。
利根アリアが。
肉皮リーディングが。
花咲雷鳴が。
早見歩が。
不破原拒が。
戸次右近大夫統常が。
法帖紅が。
曼珠沙華深奈が。
右手首の怨念が。
未知花が。
ラーメン野郎・有村大樹が。
ロダンが。
そして──────。
「…………何をしてるんだ、工鬼? お前もこっちに来いよ…………」
優しく、穏やかに、慈しむような笑顔を浮かべて手招きする最愛の女性が。
邪悪な意志に操られた、哀れなる──────そして、恐るべき死者の群れ。
「さぁ、勝負はこれからだよ?」
閉幕を告げる邪少年の声。
「あ……あぁ…………」
夜魔口工鬼の心を、底の無い絶望が支配した。
「今回はなかなか粒揃いの豊作だったねー」
屍と骸の荒野で、比良坂罪は呟く。死者を集めての殺し合いも、既に数十度を
超えていた。
「兵隊も揃ってきたし…………そろそろいいかな?」
いよいよ、地上侵攻ゲームでも始めてみようか。死者による無限の暇潰しを。
死した優秀な魔人を集め、彼らを兵として組織する。それが比良坂罪の目的
だった。
冥界の主の力で彼らを現世に送り込み、侵攻する。相手は何処の世界でも、何
処の時代でも、誰でも良かった。
勿論、地上の戦力に撃退される事もあるだろう。だが、現世で死した兵隊は再
び冥界へと還り、そして再出撃する。彼らが殺した新たなる同胞たちと 共に。
それは無限にコインを積んだシューティングゲームで遊ぶようなもの。
勿論、何度挑んでも叶わぬ敵が存在する事もあるだろう。だが、それならその
敵が力を持つ前の時間軸に兵たちを送り込めば良い。
冥界の主の力は、あらゆる世界、あらゆる次元に兵を送り届けられるのだから。
比良坂罪は一人、静かに嗤った。
他に一人として生ある者の存在しない、虚ろな世界で。
助ける者も罰する者も存在しない、神が不在の世界で。
<了>
最終更新:2012年10月08日 00:04