【山岳地帯】その1
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某所、カラオケ店。
小さな室内に、たどたどしい歌声が響いている。
小さな室内に、たどたどしい歌声が響いている。
少女は両手でぎゅっとマイクを握り、瞳は歌詞の流れるモニターをじっと凝視している。
歌詞を間違えぬよう、音程を外さぬよう、必死の心地で言葉を紡ぐ。
たがカラオケだというのに、少女は緊張しているどころの騒ぎではなかった。
歌詞を間違えぬよう、音程を外さぬよう、必死の心地で言葉を紡ぐ。
たがカラオケだというのに、少女は緊張しているどころの騒ぎではなかった。
なにせ、今日はデートだった。
それも、初めての個室デートである。
それも、初めての個室デートである。
左後方には、中学に入って初めてできた恋人がいる。
彼が描く絵に惹かれ、ごくたまに見せるぎこちない笑顔に心を奪われた。
彼が描く絵に惹かれ、ごくたまに見せるぎこちない笑顔に心を奪われた。
普段はあまり積極的でない彼をカラオケという空間に誘うのは難儀した。
少女自身、カラオケによく行くわけではない。歌も、あまり自信はない。
それでも、囃し立てる友人たちの巧みな話術による「個室デート」という言葉の魅力には抗えず、今日のデートをこぎつけた。
少女自身、カラオケによく行くわけではない。歌も、あまり自信はない。
それでも、囃し立てる友人たちの巧みな話術による「個室デート」という言葉の魅力には抗えず、今日のデートをこぎつけた。
自分から誘ったからには、下手な歌を聴かせるわけにはいかない。
なにより、大好きな彼に幻滅されたくない。
なにより、大好きな彼に幻滅されたくない。
そんな想いで、少女は自分の歌唱に没頭していた。
反応を窺う余裕なんてない。目の前を流れる歌詞に集中する。
カタン、と何かが床に落ちたような物音にも耳を貸さず、一心不乱に歌い続ける。
反応を窺う余裕なんてない。目の前を流れる歌詞に集中する。
カタン、と何かが床に落ちたような物音にも耳を貸さず、一心不乱に歌い続ける。
やがて、少女は一曲を歌いきった。
練習した甲斐もあり、自分的にミスはなかった。よくがんばった。
練習した甲斐もあり、自分的にミスはなかった。よくがんばった。
「……ねっ、どうだった?」
達成感と安堵で頬を緩ませながら、少女は振り返った。
褒めてくれたら、恥ずかしいけど嬉しいな、と心を弾ませて。
褒めてくれたら、恥ずかしいけど嬉しいな、と心を弾ませて。
だが。
「……キリタくん?」
視線の先に、愛しの恋人の姿はなかった。
ダンゲロスSS MY STARS 【山岳地帯】SS
「14歳になる君へ」
客寄せ枠。
自分たちのマッチングがそう揶揄されていることを、黒磐ルイは知っていた。
自分たちのマッチングがそう揶揄されていることを、黒磐ルイは知っていた。
「……ま、理由なんてなんだっていいけど」
相手が弱いなら、それはそれで問題ない。
ルイはバトルマニアではない。目的である「勝利報酬」が得られればそれでいい。
相手が弱いなら、むしろ好都合ですらあった。
ルイはバトルマニアではない。目的である「勝利報酬」が得られればそれでいい。
相手が弱いなら、むしろ好都合ですらあった。
ルイが歩くのは、デコボコとした岩肌を晒す山岳地帯。
客寄せ枠の戦いにしては華やかさに欠ける戦場ではあったが、ルイにとっては、なかなか悪くない相性の戦場だった。
客寄せ枠の戦いにしては華やかさに欠ける戦場ではあったが、ルイにとっては、なかなか悪くない相性の戦場だった。
手ごろな大きさの石に指鉄砲の人差し指を触れさせ、能力を発動する。
黒いオーラが石を包み、ひょいと持ち上がる。
魔人能力『悪徒霹靂 』の発射準備が整った。
黒いオーラが石を包み、ひょいと持ち上がる。
魔人能力『
相手に能力を推理させるデメリットもあったが、これで不意の奇襲にも対応できる。
装填状態のまま振り回せば、実質的な鈍器にもなる。
そして、ゴロゴロと石が転がるこの戦場なら、残弾もおよそ無限。
相手の能力はわからないが、自分に有利な条件だ、とルイは考えていた。
装填状態のまま振り回せば、実質的な鈍器にもなる。
そして、ゴロゴロと石が転がるこの戦場なら、残弾もおよそ無限。
相手の能力はわからないが、自分に有利な条件だ、とルイは考えていた。
準備を固め、目指すは山の上方。
戦いにおいて、高さは武器だ。上にいるやつが有利なのは基本中の基本。
そうでなくても、誰かに見下ろされるくらいになら、見下ろしてやりたい。だってそのほうが悪っぽい。黒磐ルイは計算半分・趣味半分で歩を進める。
戦いにおいて、高さは武器だ。上にいるやつが有利なのは基本中の基本。
そうでなくても、誰かに見下ろされるくらいになら、見下ろしてやりたい。だってそのほうが悪っぽい。黒磐ルイは計算半分・趣味半分で歩を進める。
その先に、ゆらりと影がかかるのが見えた。
「……こんにちは?」
ルイは挨拶を返すことなく(ワルなので)、じっと千里を観察する。
能力も体術も、レベルが不明な相手に先制攻撃は禁物だ。
能力も体術も、レベルが不明な相手に先制攻撃は禁物だ。
いくら悪党を自称し、やりたいことをやり、やめたいことをやめる黒磐ルイといえど、猪突猛進のみであったならこれまでの数々のトラブルを切り抜けてこられなかった。
射貫くようなルイの視線と、ぼんやりと何かを思案しているような千里の視線。
交錯したまま睨み合いがしばし続き、先にしびれを切らしたのは、千里の方だった。
交錯したまま睨み合いがしばし続き、先にしびれを切らしたのは、千里の方だった。
千里の右手がツイと持ち上がり、ルイに照準を合わせる。
その仕草に既視感を覚えるが早いか、ルイの背筋に、ゾクリと悪寒が走った。
その仕草に既視感を覚えるが早いか、ルイの背筋に、ゾクリと悪寒が走った。
「――射出 !」
瞬間、ルイは『悪徒霹靂 』の弾丸を射出していた。
既視感のあるモーションから、相手の能力も自分と同系の射撃能力とアタリをつけた時には、すでに覚悟は決まっていた。
なにせ、あと一歩を踏み出せなかった後悔から、悪党を自称し自分本位に生きるようになった黒磐ルイだ。
一瞬感じてしまった悪寒を振り切りたいという気持ちも、少しあったかもしれない。
なにせ、あと一歩を踏み出せなかった後悔から、悪党を自称し自分本位に生きるようになった黒磐ルイだ。
一瞬感じてしまった悪寒を振り切りたいという気持ちも、少しあったかもしれない。
「射出 ! 射出 !」
射出。射出。また射出。
息つく暇もなく、黒いオーラを帯びた拳大の石が直線を描いて突き進む。
指先を掲げかけた千里も、突然の弾幕に晒されては、指も言葉もなくたまらず回避するしかない。
息つく暇もなく、黒いオーラを帯びた拳大の石が直線を描いて突き進む。
指先を掲げかけた千里も、突然の弾幕に晒されては、指も言葉もなくたまらず回避するしかない。
「逃げ……射出 ! るな! 射出 !」
足元の石を再装填し、次々と射出する。
回避に専念することで、千里はダメージこそ負ってはいなかったが、外れた弾丸が背後の岩肌を穿ち、大小の石がゴロゴロと転がってくる。
ルイはその石を装填し、またも射出。
自分から石を拾いに行く隙すらも発生せず、無限の弾倉が補充されていく。ルイの攻撃のターンがいつまでも続く。
回避に専念することで、千里はダメージこそ負ってはいなかったが、外れた弾丸が背後の岩肌を穿ち、大小の石がゴロゴロと転がってくる。
ルイはその石を装填し、またも射出。
自分から石を拾いに行く隙すらも発生せず、無限の弾倉が補充されていく。ルイの攻撃のターンがいつまでも続く。
「これ、ヤバっ……うわあっ」
全力で回避を続けていた千里だったが、とうとう転がってくる石のひとつを踏みつけ、バランスを崩した。
そこに殺到するのは、ルイが射出した2発の石弾丸。
千里の肩と腹に命中し、ついに千里は転倒――ゴロゴロと岩肌を転げ落ちる。
そこに殺到するのは、ルイが射出した2発の石弾丸。
千里の肩と腹に命中し、ついに千里は転倒――ゴロゴロと岩肌を転げ落ちる。
「……これでっ」
ルイはうつぶせになった千里に馬乗りになり、背中に銃口を突き付けた。
瞬間、千里の身体を黒いオーラが包む。
魔人能力『悪徒霹靂 』。鳥羽千里を、弾丸と化した。
瞬間、千里の身体を黒いオーラが包む。
魔人能力『
「チェックメイト、でしょ!」
この状態で射出すれば、千里はタダじゃすまない。
脱出しようにも、小柄な千里では、高めの身長を持つルイを撥ね退けることは難しい。しかも、うつぶせの状態だ。
そして反撃しようにも、黒いオーラに視界を奪われた状況では、あの指鉄砲がどんな攻撃をしてくるにしろ、正確な狙いはつけられまい。
脱出しようにも、小柄な千里では、高めの身長を持つルイを撥ね退けることは難しい。しかも、うつぶせの状態だ。
そして反撃しようにも、黒いオーラに視界を奪われた状況では、あの指鉄砲がどんな攻撃をしてくるにしろ、正確な狙いはつけられまい。
下手に動けば、すぐにでも射出してやる。
あたしは悪党だから、容赦なんてしてやらない。
あたしは悪党だから、容赦なんてしてやらない。
詰みに近い状況を作り出していても、ルイは油断してはいなかった。
それでも――ルイはやはり、悪党を自称するだけの、根は善良な女子中学生であり。
問答無用で他者の命を奪いにかかれるような、根っからの悪党ではなかった。
それでも――ルイはやはり、悪党を自称するだけの、根は善良な女子中学生であり。
問答無用で他者の命を奪いにかかれるような、根っからの悪党ではなかった。
「……ずるい」
ルイの身体の下。
人型の黒いオーラが小さく呻いた。
人型の黒いオーラが小さく呻いた。
「……は?」
「ずるい。ずるいよ」
「ずるい。ずるいよ」
あるいは、相手が先日のコンビニ強盗のような、あからさまな愚か者だったなら。
一切の逡巡なく、意識を刈り取れていたかもしれない。
一切の逡巡なく、意識を刈り取れていたかもしれない。
「ずるいって……何が」
「そんな能力。バンバン、バンって。ずるいよ。ずるいんだよ」
「そんな能力。バンバン、バンって。ずるいよ。ずるいんだよ」
あるいは、敵がルイと同じ女子中学生ではなかったなら。
一切の同情なく、感情をむき出しにした言葉にも耳を貸さなかったかもしれない。
一切の同情なく、感情をむき出しにした言葉にも耳を貸さなかったかもしれない。
「そんなの、知らないって。弱いのが悪いんじゃん……!」
相手の言葉を、一方的に制されたことへの不満だと、ルイは捉えた。
咄嗟に言い返してしまった言葉は、千里の何らかのスイッチを押してしまったのかもしれない。
千里は感情的な言葉をピタリと止め、「じゃあ」と、おそろしく低い声を発した。
咄嗟に言い返してしまった言葉は、千里の何らかのスイッチを押してしまったのかもしれない。
千里は感情的な言葉をピタリと止め、「じゃあ」と、おそろしく低い声を発した。
「わたしも、する」
対戦相手のわずかな変質を、ルイは頭ではわかっていた。
彼女の指先がこちらを向こうものなら、すぐにでも射出してやると決めてもいた。
彼女の指先がこちらを向こうものなら、すぐにでも射出してやると決めてもいた。
黒いオーラの一部が、かすかに揺らめく。
小さく折り曲げられた人差し指は、千里自身を指差している。
小さく折り曲げられた人差し指は、千里自身を指差している。
「【先生】」
はじめ、ルイはなにひとつとして理解できていなかった。
自分を狙うと思っていた銃口が千里自身を向いたことも、呟いた言葉の意味も。
自分を狙うと思っていた銃口が千里自身を向いたことも、呟いた言葉の意味も。
突然のことだった。
一瞬のうちに、ルイを暗い影が覆いつくす。
次いで背中に受けた衝撃は、かつて引っ越し中に落ちてきたダンボールがルイにぶつかった時に似ていた。
一瞬のうちに、ルイを暗い影が覆いつくす。
次いで背中に受けた衝撃は、かつて引っ越し中に落ちてきたダンボールがルイにぶつかった時に似ていた。
顔をしかめたルイの視界の端に、何かが転がっていた。
白衣を着た男性。
生気を失った虚ろな瞳。開きっぱなしの口。右手にボールペンを握り締めたまま。
白衣を着た男性。
生気を失った虚ろな瞳。開きっぱなしの口。右手にボールペンを握り締めたまま。
人間だった。ただしく、『人間だった』ものだった。
「【――――】」
「~~~~ッ、射出 !!」
「~~~~ッ、
たまらずルイは叫んだ。
身体の下で、息を吸い込む音が聞こえたからだ。
なにもわからないが、なにかが起きてしまう。そう直感したからだった。
身体の下で、息を吸い込む音が聞こえたからだ。
なにもわからないが、なにかが起きてしまう。そう直感したからだった。
ガンと鈍い音が響く。反動でルイの腰が浮き、山肌に尻餅をつく。
黒いオーラは千里から剥がれ落ち、岩肌をガリガリと削りながら少女の身体が吹き飛んでいく。
遅れてバクバクと鼓動が高まっていく。ズキン、と訳もなく頭が痛んだ。
黒いオーラは千里から剥がれ落ち、岩肌をガリガリと削りながら少女の身体が吹き飛んでいく。
遅れてバクバクと鼓動が高まっていく。ズキン、と訳もなく頭が痛んだ。
「……なんなんだよ、クソっ」
悪態をつく。とにかく、落ち着こうと思った。状況を整理しようと思った。
相手が小さく呟くと、いきなりナニカが降ってきた。それはたしかだ。
相手が小さく呟くと、いきなりナニカが降ってきた。それはたしかだ。
じゃあ、そのナニカは何なのか。
よくできた、悪趣味な人形なのか?
それとも本当に――――の先は、考えたくなかった。
よくできた、悪趣味な人形なのか?
それとも本当に――――の先は、考えたくなかった。
視界の先で、ゆっくりと少女が立ちあがる。
制服は土汚れにまみれ、ところどころボロボロで、膝や額からの出血も痛々しい。
制服は土汚れにまみれ、ところどころボロボロで、膝や額からの出血も痛々しい。
それでも、立ち上がってくる。
やはり、射出の瞬間の動揺で勢いが不十分だったか。
やはり、射出の瞬間の動揺で勢いが不十分だったか。
「わけわかんない……けどさ」
足元の石を指先に装填する。
黒磐ルイは悪党だ。自分の意志がすべてに優先される。
いまは、とにかくこの戦いを終わらせたかった。
これ以上、あの能力を使わせたくなかった。
いまは、とにかくこの戦いを終わらせたかった。
これ以上、あの能力を使わせたくなかった。
「――射出 !」
戦いが始まった時からずっと、鳥羽千里には迷いがあった。
もうすぐ14歳を――もうひとりのわたしの死を迎えること。
そのタイミングで、魔人能力者による決闘の話が舞い込んだこと。
勝てば、なんでもひとつ、過去をやり直せるということ。
そのタイミングで、魔人能力者による決闘の話が舞い込んだこと。
勝てば、なんでもひとつ、過去をやり直せるということ。
最初は、チャンスだと思った。
取り返しのつかない能力だから、今まで使うことができなかった。でも、今回なら。
ぜんぶ、元に戻せる。そうすればきっと、なにかが報われるような気がした。
取り返しのつかない能力だから、今まで使うことができなかった。でも、今回なら。
ぜんぶ、元に戻せる。そうすればきっと、なにかが報われるような気がした。
そこまで考えてなお――迷いがあったのだ。
だって、ひとを殺すのは良くないことだから。
今まで必死に守ってきた『良い子』の自分を壊してしまって、いいのだろうかと。
今まで必死に守ってきた『良い子』の自分を壊してしまって、いいのだろうかと。
会敵時に千里がルイを指した際も、能力を使うかどうかは決めあぐねていた。
本当にこれでいいのか。迷いながら指をかけていた透明な引き鉄は、しかし、当のルイが存分に発揮した能力発動によって引かれることになった。
本当にこれでいいのか。迷いながら指をかけていた透明な引き鉄は、しかし、当のルイが存分に発揮した能力発動によって引かれることになった。
あんなに自由自在に能力を使って、初めて会った女の子をボコボコにして。
絶対に良い子じゃない。あんなの、悪い子のすることだ。
絶対に良い子じゃない。あんなの、悪い子のすることだ。
そう蔑みながらも、我慢に我慢を重ねてきた千里にとって、その姿はこのうえなく眩しく映ってしまった。
もっとも、思うままに能力を揮えることがいかに幸せかなど、ルイ自身は知る由もないだろうが。
もっとも、思うままに能力を揮えることがいかに幸せかなど、ルイ自身は知る由もないだろうが。
つまるところ、鳥羽千里にとって。
良い子であることをやめ、悪党として自分を押し付けることを選んだ黒磐ルイとの出会いは。
きっと複数の意味で、運命の出会いだった。
良い子であることをやめ、悪党として自分を押し付けることを選んだ黒磐ルイとの出会いは。
きっと複数の意味で、運命の出会いだった。
「――【叔父さん】」
飛来する弾丸が、目の前に落ちてきた男性に当たった。
セーター姿の、年波による腹の出っ張りを隠し切れなくなってきた男性――の、死体。
勢いに押されて寄りかかってくる肉を緩慢に押しのける。
セーター姿の、年波による腹の出っ張りを隠し切れなくなってきた男性――の、死体。
勢いに押されて寄りかかってくる肉を緩慢に押しのける。
身体中が痛んでいる。
血も流れているし、髪だってボサボサ。
おまけに、全然気分が晴れない。念願叶って、能力を使えているというのに。
血も流れているし、髪だってボサボサ。
おまけに、全然気分が晴れない。念願叶って、能力を使えているというのに。
(なんでかなー)
能力を使ってみても、こんなものだったか、と落胆したわけではない。
自身の能力の醜悪さを実際に目の当たりにして、罪悪感に襲われているわけでもない。
ただただ、千里の中にはモヤモヤとした不満足感だけがあった。
自身の能力の醜悪さを実際に目の当たりにして、罪悪感に襲われているわけでもない。
ただただ、千里の中にはモヤモヤとした不満足感だけがあった。
「――射出 !」
「【隣の席の子】」
「【隣の席の子】」
次の弾丸も肉壁が阻んだ。
英会話の授業で組む相手で、Rの発音に癖がある男子だ。
好きでも嫌いでもない、普通のクラスメイト。たまたま頭に浮かんだから、口にしただけの存在だった。
英会話の授業で組む相手で、Rの発音に癖がある男子だ。
好きでも嫌いでもない、普通のクラスメイト。たまたま頭に浮かんだから、口にしただけの存在だった。
「……まだ、足りないのかな」
千里は不満足の原因を探していた。
物心ついた時から知覚していて、ずっと封じ込めていた、もうひとりのわたし。
封じ込めていたのは、他ならぬ千里自身だ。『良い子』だと褒められるたびに、心の奥底で、もうひとりのわたしは『悪い子』として閉じ込められていた。
物心ついた時から知覚していて、ずっと封じ込めていた、もうひとりのわたし。
封じ込めていたのは、他ならぬ千里自身だ。『良い子』だと褒められるたびに、心の奥底で、もうひとりのわたしは『悪い子』として閉じ込められていた。
そうだ。
わたしなんだ。
あの子が悪いんじゃない。わたしだけが、悪い子だった。
わたしなんだ。
あの子が悪いんじゃない。わたしだけが、悪い子だった。
2度や3度使った程度では、あの子に対する贖罪が足りない。
この山を埋め尽くすくらい。これまでの『良い子』の足跡を、すべて掘り返すくらい。
わたしは、『 With me / Without you 』に報いなければならない。
この山を埋め尽くすくらい。これまでの『良い子』の足跡を、すべて掘り返すくらい。
わたしは、『
対戦相手を見る。たしか、黒磐ルイという子だったはずだ。
彼女は一旦、射撃の手を止めていた。
ずっと攻めていたはずなのに、表情は苦しそうに歪んでいる。
彼女は一旦、射撃の手を止めていた。
ずっと攻めていたはずなのに、表情は苦しそうに歪んでいる。
(……ああ。そっか)
合点がいく。足元に転がった少年の顔が、石に穿たれ陥没していた。
それで躊躇しているのか、という納得。
どうせ元に戻せるのに、という呆れ。
だったら今がチャンスだ、という期待。千里が指を掲げる。
それで躊躇しているのか、という納得。
どうせ元に戻せるのに、という呆れ。
だったら今がチャンスだ、という期待。千里が指を掲げる。
「【好きな――】、あっ」
千里のモーションに先んじ、ルイは突き出た大岩に身を隠す。
魔人能力『With me / Without you』は、指差した相手のもとに関係性のある相手を降らせる。
それで質量攻撃とは言わずとも、動揺くらいは誘えると思ったが、なかなかうまくいかない。
魔人能力『With me / Without you』は、指差した相手のもとに関係性のある相手を降らせる。
それで質量攻撃とは言わずとも、動揺くらいは誘えると思ったが、なかなかうまくいかない。
「それなら……【公園で会った子】」
今度は自分を指差し、言葉と共に少女が落ちてくる。
よく覚えてる。子犬を持ち帰るとか、おじいちゃん犬が一番の友だちとか言ってた子だ。
よく覚えてる。子犬を持ち帰るとか、おじいちゃん犬が一番の友だちとか言ってた子だ。
もっとも、この子を選んだのは、『大きさ』が一番手ごろそうだったからだ。
小さな身体を抱え上げる。千里も腐っても魔人であり、これくらいは可能だ。
出かけていたのだろう、マフラーに手袋をしたままの少女をグンと振り回し――
小さな身体を抱え上げる。千里も腐っても魔人であり、これくらいは可能だ。
出かけていたのだろう、マフラーに手袋をしたままの少女をグンと振り回し――
「よいっ……しょ! っと」
全力で、ぶん投げた。
小さな影が宙を舞い、大岩を超える。
そこに、照準を合わせている。スウと息を吸い込み、あの日言えなかった言葉を吐き出す。
小さな影が宙を舞い、大岩を超える。
そこに、照準を合わせている。スウと息を吸い込み、あの日言えなかった言葉を吐き出す。
「――【お父さん】【お母さん】【お兄ちゃん】【お姉ちゃん】【弟】【妹】【友だち】【先生】」
矢継ぎ早の言葉と共に、空中に肉の花が咲き乱れる。
「【友だち】【友だち】【友だち】【友だち】【友だち】【友だち】【友だち】【友だち】【友だち】【友だち】【友だち】【友だち】【友だち】【友だち】【友だち】【友だち】【友だち】【友だち】」
少女を起点にして現れる死体は、弾丸であり弾倉でもある。
現れる端から対象をすり替え、岩の向こうへドサドサと死体の雨を降らせていく。
現れる端から対象をすり替え、岩の向こうへドサドサと死体の雨を降らせていく。
「【友だ――げほっ! えほっ」
最後には呼吸が続かなくなり、途切れてしまった。
でも、たくさん呼べた。
何人かは岩のうえに引っかかっていたり、不発だったりもしたかもしれないが、それなりの数の『良い子』を返済できたのではないだろうか。
でも、たくさん呼べた。
何人かは岩のうえに引っかかっていたり、不発だったりもしたかもしれないが、それなりの数の『良い子』を返済できたのではないだろうか。
「でも……まだ終わらないか」
千里は大岩を見つめ独り言ちる。
対戦相手を生き埋めにできていたとしても、すぐには死なないか。それはそうか。
重さで圧死するのか、それとも酸素が薄くて窒息死するのか。
わからないけど、どっちにしても、まだまだ足りない。それはたしかだ。
重さで圧死するのか、それとも酸素が薄くて窒息死するのか。
わからないけど、どっちにしても、まだまだ足りない。それはたしかだ。
「……あんた、さ」
千里が大岩へと近づくと、声が聞こえた。
少しの音でも掻き消えてしまいそうな、くぐもった小さな声だった。
少しの音でも掻き消えてしまいそうな、くぐもった小さな声だった。
「なに考えてんだよ。こんなことして……」
言葉の意図しているところがなんなのか、千里には正確に把握できなかった。
とはいえ、何かを問われていることは理解できた。だから、答えてあげようと思った。
それが『良い子』だから、と考えて、いや、もう『良い子』はやめたんだ、と思い直す。
とはいえ、何かを問われていることは理解できた。だから、答えてあげようと思った。
それが『良い子』だから、と考えて、いや、もう『良い子』はやめたんだ、と思い直す。
「えっとね」
返答をする素振りを見せながら、人差し指を積み重なった死体へと向ける。
「【お父さん】【お母さん】【おじいちゃん】【おばあちゃん】【お兄ちゃん】【お姉ちゃん】……」
「――だからッ!」
「――だからッ!」
新しい死体が肉の山に積み重なるのと同時。
肉の山が、内側から爆発した。
肉の山が、内側から爆発した。
噴き上がった死体が舞う渦中に、黒磐ルイ。
キッとつり上がった眉には怒りが、目尻に光る涙には哀しみが宿っていた。
キッとつり上がった眉には怒りが、目尻に光る涙には哀しみが宿っていた。
「なに考えてんだよ!!」
激昂するルイに千里は首を傾げた。
肩で息をつきながら、ルイはなおも叫ぶ。
肩で息をつきながら、ルイはなおも叫ぶ。
「こんな……こんなに、無関係な人、殺して! この人たちは、生き返らないんだよ!?」
「あー……そういえば、そうかも」
「あー……そういえば、そうかも」
事前に受けた大会の要項に曰く、戦闘終了後に牛尾栞のもとへ転送され治療・蘇生を受けることができる。
ただし、それは『出場選手』に限る規則であり、そうでない者には適用されない。
今しがた生まれた数十の死体は、これから先も、死体のままだ。
ただし、それは『出場選手』に限る規則であり、そうでない者には適用されない。
今しがた生まれた数十の死体は、これから先も、死体のままだ。
「『願い』で元に戻す気、あるわけ!?」
「…………」
「…………」
千里は考えた。
今のところそのつもりではある。だから、良い子なら「うん」と答えるべきだろう。
でも、今のわたしは、悪い子なので。
今のところそのつもりではある。だから、良い子なら「うん」と答えるべきだろう。
でも、今のわたしは、悪い子なので。
「……どっちだと思う?」
いつも『良い子』をするときに浮かべていた、ほわりとした笑顔で言い放つ。
その姿が、ルイにはこの世のものとは思えない恐ろしさで映った。
その姿が、ルイにはこの世のものとは思えない恐ろしさで映った。
(無理だ)
降り注ぐ肉の雨を見た時、黒磐ルイは瞬時に諦めた。
最初に指を向けられた時に感じた悪寒。その理由も、嫌と言うほどわかった。
自分と同系の能力などおこがましい。あれは、もっと別次元の能力だ。
そして、自分を悪党などと、おこがましい。あれこそが、真の『悪』だ。
自分と同系の能力などおこがましい。あれは、もっと別次元の能力だ。
そして、自分を悪党などと、おこがましい。あれこそが、真の『悪』だ。
だが、それでも。
ルイは悪党だ。自分のやりたいことをつらぬく。
ルイは悪党だ。自分のやりたいことをつらぬく。
いま優先すべきは、やはりこの戦いを少しでも早く終わらせること。
犠牲になる無関係な誰かを、ひとりでも少なくすること。
犠牲になる無関係な誰かを、ひとりでも少なくすること。
それを心に決めたから、行動は迅速だった。
落ちてきた第一陣の中で大柄だった、少女の父親を指先に吸着。身体の上に傘として広げ後続を受け止める。
重量に全身で耐えながら、最後には全力で射出し、生き埋め状態を脱した。
落ちてきた第一陣の中で大柄だった、少女の父親を指先に吸着。身体の上に傘として広げ後続を受け止める。
重量に全身で耐えながら、最後には全力で射出し、生き埋め状態を脱した。
悪党を自称しながらも、ルイは、根は善良である。
射出した男性に、吹き飛ばした名も知らぬ大勢の人々に謝りながら。
目の前のバケモノと戦うために、キレイな人間性を、ルイは諦めた。
射出した男性に、吹き飛ばした名も知らぬ大勢の人々に謝りながら。
目の前のバケモノと戦うために、キレイな人間性を、ルイは諦めた。
当初『客寄せ枠』のように見えていた戦いは、凄惨な画を描きながらも続いていく。
黒磐ルイは右の指に石の弾丸を装填し、左は開けたまま、絶えず動き回り機を窺う。
対する鳥羽千里。足元の動きは鈍くも、右手は人差し指を伸ばしルイの動きを追い、左手の人差し指は常に自分自身を指し示している。
傍から見れば滑稽なポーズだったが、攻防両面を備えつつ、ルイに与えるプレッシャーは大きい。
対する鳥羽千里。足元の動きは鈍くも、右手は人差し指を伸ばしルイの動きを追い、左手の人差し指は常に自分自身を指し示している。
傍から見れば滑稽なポーズだったが、攻防両面を備えつつ、ルイに与えるプレッシャーは大きい。
(――有利なのは、あたしだ)
ルイの判断は正しい。
現状でダメージを多く受けているのは千里だ。
基礎体力もルイの方が上。そして、駆け回る舞台は安定性に欠ける山岳。
どこかでまた限界が来る。そこを仕留める。その狙いは正しい。
基礎体力もルイの方が上。そして、駆け回る舞台は安定性に欠ける山岳。
どこかでまた限界が来る。そこを仕留める。その狙いは正しい。
(でも。すぐにわたしの方が有利になるよね?)
千里の予測も正しい。
指を構えたまま向きを変えるだけの千里に対し、ルイは動き回らねばならない。
足を止めた瞬間に待つのは、自分の縁者の死だ。
数分前に千里が言いかけた【好きな――】の続きを、ルイは努めて頭から排除する。
足を止めた瞬間に待つのは、自分の縁者の死だ。
数分前に千里が言いかけた【好きな――】の続きを、ルイは努めて頭から排除する。
(そうだ――やはり、時間はかけられない!)
ルイは決断する。
右手を千里に向け、「射出 !」撃ち放つ!
右手を千里に向け、「
千里は肉壁を出すべく口を開き、一瞬躊躇した。
弾道が、明らかに逸れている。
自分に命中する攻撃ではない。なら、先の攻防のように自分の後ろにある岩肌が狙いか?
弾道が、明らかに逸れている。
自分に命中する攻撃ではない。なら、先の攻防のように自分の後ろにある岩肌が狙いか?
たしかめるべく反射的に振り向いた隙を、ルイは逃さない。
フリーな左の指はウエストバッグに突っ込まれ、中から特製の催涙薬莢を装填状態で取りだす。
すぐさま「射出 !」と撃ちだせば、今度こそ千里は対応を強いられる。
フリーな左の指はウエストバッグに突っ込まれ、中から特製の催涙薬莢を装填状態で取りだす。
すぐさま「
「【先生】!」
担任教師の死体が落ちてくる。だが、タイミングが遅れた。
教師が顔で受け止めた催涙薬莢の飛沫が千里を襲う。目にこそ入らなかったがピリピリとした痛みが頬を撫ぜ、毒物を想起した千里は反射的に袖で拭おうとした。
両の指の引き鉄を崩してまで。
教師が顔で受け止めた催涙薬莢の飛沫が千里を襲う。目にこそ入らなかったがピリピリとした痛みが頬を撫ぜ、毒物を想起した千里は反射的に袖で拭おうとした。
両の指の引き鉄を崩してまで。
「射出 !」
空気砲が爆ぜる。得た推進力のままに、ルイは千里へと肉薄。
今度こそ倒すべく、伸ばした右手の指で触れようとする。
今度こそ倒すべく、伸ばした右手の指で触れようとする。
「……なんでっ、邪魔するの!」
その手を千里が掴む。
正面から、人差し指を避けて拳を受け止める。
千里の左手が塞がった。ならばと千里は右手を持ち上げ、ルイに向かって指を伸ばす。
正面から、人差し指を避けて拳を受け止める。
千里の左手が塞がった。ならばと千里は右手を持ち上げ、ルイに向かって指を伸ばす。
「【好きな――」
「当然だろ!!」
「当然だろ!!」
ルイが腕を捻る。
千里の指は標的を失い、ふたりまとめて岩肌を転げる。
血がにじむ千里の膝に、さらなる傷が刻まれていく。
ルイのお気に入りのワンピースも、見る間に汚れていく。
千里の指は標的を失い、ふたりまとめて岩肌を転げる。
血がにじむ千里の膝に、さらなる傷が刻まれていく。
ルイのお気に入りのワンピースも、見る間に汚れていく。
「戦いなんだよ! 相手の嫌なことしてやるのが、常道でしょ! 悪党だから!」
「やめてよ! わたしは、決めたのに! もう我慢しないって! 好きに振舞うって!」
「やめてよ! わたしは、決めたのに! もう我慢しないって! 好きに振舞うって!」
転がる両者は、山肌に突き出した岩にぶつかって止まる。
鋭い先端が身体に食い込む。ルイは顔をしかめたが、それでも、言わなければいけないことがあった。
千里に覆いかぶさる体勢で、ルイは表情を歪めて口を開く。
鋭い先端が身体に食い込む。ルイは顔をしかめたが、それでも、言わなければいけないことがあった。
千里に覆いかぶさる体勢で、ルイは表情を歪めて口を開く。
「ッ……なにが、好きに振舞うだよ」
頭で考えて、出した言葉ではなかった。
それは本能が叫ばせた、無意識の想いだった。
それは本能が叫ばせた、無意識の想いだった。
「自分本位に、やりたいようにやったって! それで、本当に欲しいものが手に入るわけ、ないんだよ!!」
そうだった。
自分がなによりそうだった。
良い子をやめて、悪党を自称したところで。
好きな服を着て、好きなように振舞って、好きな人を陰から追いかけたって。
好きな服を着て、好きなように振舞って、好きな人を陰から追いかけたって。
ただ鬱憤がたまるだけで。ただ惨めになるだけで。
ただ、忘れられない傷跡が深く刻まれてゆくだけだった。
ただ、忘れられない傷跡が深く刻まれてゆくだけだった。
「そんなわけ、ない!」
千里も叫び返す。
明確な反論があったわけじゃない。
明確な反論があったわけじゃない。
「だって! そうだったら、わたし……もうどうすればいいか、わかんないじゃん!!」
それは、あまりにも幼稚な嘆き。
駄々をこねる子ども何も変わらない、泣き言じみた絶叫が山岳を揺らす。
駄々をこねる子ども何も変わらない、泣き言じみた絶叫が山岳を揺らす。
「――勝つしか、ないんだ」
そして、両者の想いの、重みも正当性も、なにも関係がなく。
勝利を得たものだけが、自身の悪をつらぬく権利を得る。
勝利を得たものだけが、自身の悪をつらぬく権利を得る。
「あたし、がっ……勝つ!」
その座に近いのは、もみ合いの中で左手の人差し指を触れさせたルイだった。
千里が目を見開いたが、その表情はすぐさま黒いオーラに飲まれ、見えなくなった。
千里が目を見開いたが、その表情はすぐさま黒いオーラに飲まれ、見えなくなった。
体勢は、ルイが上で千里が下。
精神状態も万全。地面に叩きつけられれば、今度こそ終わる。
精神状態も万全。地面に叩きつけられれば、今度こそ終わる。
そのことは、千里も承知していた。
「――射 」
魔人能力『悪徒霹靂 』。
発動の刹那、千里は自由な右手でルイの左手を掴み、グルリと横転。マウントの上下を入れ替える。
前回のようなうつぶせではなく仰向けだったことで、ギリギリの猶予が生まれた。
発動の刹那、千里は自由な右手でルイの左手を掴み、グルリと横転。マウントの上下を入れ替える。
前回のようなうつぶせではなく仰向けだったことで、ギリギリの猶予が生まれた。
「出 !!」
そして、全身全霊の発声が千里の身体を遠く吹き飛ばす。
突き出た大岩を超え、わずかに生えた木を横切り、斜面の向こうに消える。
突き出た大岩を超え、わずかに生えた木を横切り、斜面の向こうに消える。
ルイは、全身に疲労が蓄積し、なにより精神が摩耗し、もう終わってくれという気持ちでいっぱいだったが。
祈るだけで救われるなら、彼女も悪道によれてはいなかった。
祈るだけで救われるなら、彼女も悪道によれてはいなかった。
すべて、自分の手で。
敵の最期を見届けるべく、斜面を歩き出す。
敵の最期を見届けるべく、斜面を歩き出す。
自分に必要だったのは、なんだったのだろう。
普通の魔人能力か。
どんな魔人能力でも許す社会か。
極悪の魔人能力を気にせず揮える、根っからの悪意だったのか。
どんな魔人能力でも許す社会か。
極悪の魔人能力を気にせず揮える、根っからの悪意だったのか。
あるいは、もっと些細な。
悩みを打ち明けて、マジでクソだと笑い飛ばしながらストレス解消に甘味を貪る。
そんな気軽な心持と、想いを共有できる悪友だったのかもしれない。
そんな気軽な心持と、想いを共有できる悪友だったのかもしれない。
何も、こんな状況で考えなくてもいいのにね、と。
千里は鈍痛に苛まれる頭で苦笑した。
千里は鈍痛に苛まれる頭で苦笑した。
どうせ、もう遅いんだし。
なにもかも。
なにもかも。
黒磐ルイは最後の場所にたどり着いた。
視線の先には、数多の死体。
最初に戦った場所だった。白衣の死体。セーターの死体。制服姿の少年の死体。
その傍らに、倒れ伏す少女の姿もあった。
最初に戦った場所だった。白衣の死体。セーターの死体。制服姿の少年の死体。
その傍らに、倒れ伏す少女の姿もあった。
身体を投げ出し、だらんと倒れている。
肩口にて切り揃えられた黒髪は、ぐしゃぐしゃに乱れ。
土に汚れた制服は、たしかに対戦相手――鳥羽千里の同じものだ。
肩口にて切り揃えられた黒髪は、ぐしゃぐしゃに乱れ。
土に汚れた制服は、たしかに対戦相手――鳥羽千里の同じものだ。
近づく足を止め、ルイはその場にかがむ。
手近な石を右の指先に装填。
じっと、少女の姿を観察し、やがて躊躇いながら黒が渦巻く指先を差し向けた。
手近な石を右の指先に装填。
じっと、少女の姿を観察し、やがて躊躇いながら黒が渦巻く指先を差し向けた。
「――――ッ」
なにごとかを発する、その瞬間に。
クルリと身体を反転させ、背後に銃口の向きを変えた。
クルリと身体を反転させ、背後に銃口の向きを変えた。
「……びっくりした」
その先には、同じく右の指先をこちらに向けた、鳥羽千里がいた。
距離は至近。
互いの腕が交錯し、それぞれの胸の先に、銃口を突きつけ合っている。
距離は至近。
互いの腕が交錯し、それぞれの胸の先に、銃口を突きつけ合っている。
「なんで、わかったの?」
「なんとなく。あんたが、おとなしく死んでる気がしなくて」
「そっかぁ。汚し足りなかったのかもね」
「なんとなく。あんたが、おとなしく死んでる気がしなくて」
「そっかぁ。汚し足りなかったのかもね」
格好の似ているクラスメイトの死体を用意し、自分の状態に近づけるべく細工を加え、身を隠す。
それだけのことを、痛む身体に鞭を打ち短時間でこなし、それでようやく互角。
それだけのことを、痛む身体に鞭を打ち短時間でこなし、それでようやく互角。
つくづく、うまくいかないもんだ。
そう思いながらも、千里は不思議と、晴れやかな気分だった。
そう思いながらも、千里は不思議と、晴れやかな気分だった。
「ね」
千里が微笑む。
「こういうの、映画みたいだね。なんか、あの……砂漠みたいな」
「西部劇でしょ。ガンマンのやつ」
「そうそう。そういうの、やろうよ」
「西部劇でしょ。ガンマンのやつ」
「そうそう。そういうの、やろうよ」
これまでの凄惨な戦いとは打って変わって、静かな時間だった。
微風が髪を揺らし、傷跡を疼かせる。
たっぷりとした静寂の後、ルイは無言で頷いた。
微風が髪を揺らし、傷跡を疼かせる。
たっぷりとした静寂の後、ルイは無言で頷いた。
「じゃあ、いっせーの、せ、で」
スウ、と千里が息を吸う。
応じて、ルイも静かに息を吸った。
応じて、ルイも静かに息を吸った。
「いっせーの、せっ」
ふたりは、同時に叫んだ。
「射出 ――!」
「【 】――!」
「【 】――!」
肉が削げ、骨がひしゃげる感覚。
覚悟していた痛みは、しかし、千里が思い描いていた場所――胸で起こることはなく。
ルイに向けていた右腕が粉砕されたことを知り、千里は絶望的な気持ちになった。
覚悟していた痛みは、しかし、千里が思い描いていた場所――胸で起こることはなく。
ルイに向けていた右腕が粉砕されたことを知り、千里は絶望的な気持ちになった。
「なんで」
身体が傾ぐ。攻撃を受け、右側に銃口ごと逸れていく。
ルイは左手をウエストバッグに突っ込み、次弾を用意しようとしていた。
ルイは左手をウエストバッグに突っ込み、次弾を用意しようとしていた。
それよりも早く、千里の左手が閃いた。
死体の偽装を行った時に、同時に白衣の死体から奪っていたもの。
身体が傾ぐ勢いのまま、なんの変哲もないボールペンが、ルイの首筋に深く突き刺さった。
死体の偽装を行った時に、同時に白衣の死体から奪っていたもの。
身体が傾ぐ勢いのまま、なんの変哲もないボールペンが、ルイの首筋に深く突き刺さった。
「なんで」
千里はルイの顔を見た。
いままさに死にゆく少女の顔は、薄っすらと笑みを浮かべていた。
千里が浮かべていた自棄を孕んだ笑みとは異なる、己が悪道に殉じた、満足げな笑みだった。
千里が浮かべていた自棄を孕んだ笑みとは異なる、己が悪道に殉じた、満足げな笑みだった。
黒磐ルイは、悪党を自称する。
彼女にとって、自分の意志こそがすべてに優先される。
時に、それは勝利に対しても、そうだ。
数十人の命を天秤にかけてなお、そうだった。
彼女にとって、自分の意志こそがすべてに優先される。
時に、それは勝利に対しても、そうだ。
数十人の命を天秤にかけてなお、そうだった。
勝利すれば願いが叶う。過去に介入し、かつての未練を断ち切れる。
あるいは過去に介入し、この戦いで起きた惨劇を、すべてなかったことにできる。
あるいは過去に介入し、この戦いで起きた惨劇を、すべてなかったことにできる。
だとしても。
元に戻せるからといって、一度死んでもいいなどと。
拗らせきった片想いであっても、彼を冷たい亡骸にするなど、許せなかった。
元に戻せるからといって、一度死んでもいいなどと。
拗らせきった片想いであっても、彼を冷たい亡骸にするなど、許せなかった。
「なんで、そんなことするの」
右腕をブランと垂らし、返り血に塗れた左腕を震わせて。
立ち尽くす千里には、なにも理解ができなかった。
立ち尽くす千里には、なにも理解ができなかった。
千里には、もはや勝利などいらなかった。
自分が欲しかったものは、戦いの中でわかってしまったから。
自分が欲しかったものは、戦いの中でわかってしまったから。
たったひとりで『良い子』を繕いつづけることに救いはない。
たとえ『悪い子』であっても、共に在れる誰かがいれば、きっと救われた。
たとえ『悪い子』であっても、共に在れる誰かがいれば、きっと救われた。
それが、黒磐ルイだと思った。
自分にすべてを教えてくれた彼女となら、そんな悪友になれると。
自分にすべてを教えてくれた彼女となら、そんな悪友になれると。
だから彼女に勝利を捧げ、すべてを元に戻してもらい、それから改めて、友だちになろうと思っていたのだ。
何も、言うつもりもなかったのに。もう終わってよかったのに。
それでも、黒磐ルイの一撃は千里の腕を砕き、これまで執拗に狙われていた、想い人を救おうとした。
何も、言うつもりもなかったのに。もう終わってよかったのに。
それでも、黒磐ルイの一撃は千里の腕を砕き、これまで執拗に狙われていた、想い人を救おうとした。
「なんで、最後に……そんな、『良い子』になっちゃうの!!」
千里は左の指を足元のルイに突き付けた。
ままならぬ衝動が無用の言葉を言わせるよりも、早く。
ままならぬ衝動が無用の言葉を言わせるよりも、早く。
「【好きなひ――――」
少女たちは戦闘領域から転送され、姿を消した。
「……キリタくん?」
少女の声に、ゴン、とテーブルが揺れて反応が返った。
ややあって、のっそりと姿を見せたのは、少女の恋人たるキリタ少年だった。
ややあって、のっそりと姿を見せたのは、少女の恋人たるキリタ少年だった。
「びっくりした……いきなり見えなくなっちゃうんだもん」
「ゴメン。ちょっと、モノ落としちゃって」
「ゴメン。ちょっと、モノ落としちゃって」
キリタ少年はバツが悪そうに、手の中の物をテーブルに置く。
少女が開けてみると、小さな花をあしらったヘアピンが輝いていた。
少女が開けてみると、小さな花をあしらったヘアピンが輝いていた。
「えっ。これって……」
「誕生日。去年は、もう過ぎててあげられなかったし。気に入らなければ、別に……」
「誕生日。去年は、もう過ぎててあげられなかったし。気に入らなければ、別に……」
照れ臭そうに頬を掻くキリタ少年に、少女は全力で首を振った。
キッとつり上がった眉には必死さが、目尻に光る涙には嬉しさが宿っていた。
キッとつり上がった眉には必死さが、目尻に光る涙には嬉しさが宿っていた。
「ありがとう! これ、大事にする! 毎日つけるね!!」
「大げさだなぁ」
「大げさだなぁ」
呆れたような言葉を漏らしながら、まんざらでもないように、キリタ少年は笑った。
幸福感が、ちっぽけなカラオケ店の一室を満たしていた。
幸福感が、ちっぽけなカラオケ店の一室を満たしていた。
黒磐ルイが守った幸せだった。
戦いの事後処理は、難航を極めた。
転送と治療を終えた鳥羽千里は、勝利報酬である過去への介入の権を行使した。
難航さのほとんどは、そのせいで生じたものだ。
転送と治療を終えた鳥羽千里は、勝利報酬である過去への介入の権を行使した。
難航さのほとんどは、そのせいで生じたものだ。
『数十人にも及ぶ人々が突然姿を消した、集団神隠し事件について、警察は自首した少女を犯人と断定――――』
ワイドショーは連日、同じニュースを流している。
『これは昨年改正された、魔人能力者に対しては少年法を適用外とする例外の、初の大きな――――』
魔人能力による凶悪犯罪の歴史に、新たな一ページが刻まれるなどと言われたり。
犯人らしき少女の精神状態や周辺環境、魔人そのものの是非など、議論の種は尽きなかったり。
犯人らしき少女の精神状態や周辺環境、魔人そのものの是非など、議論の種は尽きなかったり。
そんなあれやこれやの全貌を知るのは、ごく限られた者だけだ。
そのひとりが、面会室のアクリル板越しに、笑っていた。
そのひとりが、面会室のアクリル板越しに、笑っていた。
「『悪い子』同士か、『良い子』同士じゃなきゃ、って思ったんだよね」
ゆったりとしたリズムで言葉が紡がれる。
「だから、ルイちゃんが『良い子』になったなら、わたしも『良い子』にならなきゃって、思い直したんだ」
その内容を真に理解できるものは、この場にいなかったかもしれない。
だとしても。彼女の言葉を、想いを聴くことが。
自分の贖罪だと、悪党に課される罰なのだろうと、少女は考えていた。
だとしても。彼女の言葉を、想いを聴くことが。
自分の贖罪だと、悪党に課される罰なのだろうと、少女は考えていた。
「『良い子』はね。ぜんぶなかったことにしてハイOK、ってはしないから。間違いを受け入れて、罪を償うものだから」
「……そうだね」
「……そうだね」
鳥羽千里の言葉に、黒磐ルイは同意した。
勝利を得たのは、鳥羽千里だった。
彼女はたしかに、ほしかった安らぎを得た。
同じ立場で、同じ想いを共有し、分かち合う友を得た。
彼女はたしかに、ほしかった安らぎを得た。
同じ立場で、同じ想いを共有し、分かち合う友を得た。
14歳の誕生日プレゼントは、地獄の形をして少女に届けられた。
ダンゲロスSS MY STARS 【山岳地帯】SS
「14歳になる君へ」