【古城】その2
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――絵に描いたような円満な家庭だった、と石北快慶は思い出す。
『良い仕事は良い休息から ――ハーバード式回復力を鍛える最高の休息術 3節1章――』
まだ、すべてが断捨離されていなかったある日のこと。
暗唱したビジネス書の効果で、石北快慶の気分はスッと晴れていく。
いや――幼稚園へと娘を送り出し、妻と二人で過ごす休日。こんな幸福があれば、ビジネス書などなくとも最高の休息が取れたことは明白かもしれないが。
暗唱したビジネス書の効果で、石北快慶の気分はスッと晴れていく。
いや――幼稚園へと娘を送り出し、妻と二人で過ごす休日。こんな幸福があれば、ビジネス書などなくとも最高の休息が取れたことは明白かもしれないが。
『朝に読書を行え ――成功を掴むための50の方法 3節2章――』
暖かな日差しを浴びながら本を開こうとすると、妻が隣に腰をおろした。
石北の手元を見て少しだけ不満そうにしている妻に、石北はわずかに苦笑する。
石北の手元を見て少しだけ不満そうにしている妻に、石北はわずかに苦笑する。
「ああいや、君をないがしろにしているわけではないんだ。ただ、これはそう――かのハインリッヒ遠藤の『人生を成功させる習慣の力』にもこうある。『毎朝の日課が人生を――』」
言い訳がましい石北の言葉に、妻はぷっと吹き出す。
なんと言えばいいか、と石北がコミュニケーション力についての記憶をたどっていると。妻は一冊の本を取り出した。
なんと言えばいいか、と石北がコミュニケーション力についての記憶をたどっていると。妻は一冊の本を取り出した。
「――そうだね。こういう時間も、悪くない」
うららかな日差しの中、言葉はなくとも、同じソファーに座ってそれぞれ読書をする。ああ、なんと幸福な時間なのだろうか。
そうだ。読み終わったらお互いが読んでいた本について意見を交換するのもいいかもしれない。それはきっと、ワクワクするような時間になるはずだ。
この時、妻が読んでいたのはミリオンセラーにもなった片付けについての――
そうだ。読み終わったらお互いが読んでいた本について意見を交換するのもいいかもしれない。それはきっと、ワクワクするような時間になるはずだ。
この時、妻が読んでいたのはミリオンセラーにもなった片付けについての――
――記憶が急速に薄れていく。ミニマリストとしての自分が成功に必要のない記憶すら“断捨離”していく。
「……急がなければ」
目を開き、息を吐く。試合会場への転送がちょうど終わったようだ。
思い出に浸ることも、後悔を噛みしめることも、今は必要ない。
勝つための最短のルートを、ただ全力で駆け抜けるのみ。
古城の石畳を蹴り、彼は目的地へと走り出した。
思い出に浸ることも、後悔を噛みしめることも、今は必要ない。
勝つための最短のルートを、ただ全力で駆け抜けるのみ。
古城の石畳を蹴り、彼は目的地へと走り出した。
――――――――――
――絵に描いたように円満な家庭だった、と壇勇太郎は思う。
父が居て、母が居て、妹が居た。
その頃の勇太郎は典型的な部活少年で、帰宅するとすぐかばんとユニフォームを投げ捨てるようなやんちゃ坊主だった。
父は「男の子はこんなもんだろ」と笑い、母は「ほら、これでも読んで少しは片付けなさ――
『掴みは1行。助長な文章は失敗の始まり ――90%が出来ていないプレゼン術~なぜ、あなたの資料は読まれないのか?~ 1節4章――』
その頃の勇太郎は典型的な部活少年で、帰宅するとすぐかばんとユニフォームを投げ捨てるようなやんちゃ坊主だった。
父は「男の子はこんなもんだろ」と笑い、母は「ほら、これでも読んで少しは片付けなさ――
『掴みは1行。助長な文章は失敗の始まり ――90%が出来ていないプレゼン術~なぜ、あなたの資料は読まれないのか?~ 1節4章――』
俺の名前は壇 勇太郎。どこにでも居るアフター復讐者! 今は予讐への決意を新たにしようとしてたんだけど! ちょっと目を閉じてたら後ろから攻撃が飛んできてビビったところだ! 卑怯じゃね!?
「こんなの真剣ゼミ でやってねえ!?」
それでもギリギリのところで避けて距離を取り、相手の姿を確認する。
「『初手のインパクトがすべてを決める ――90%が出来ていないプレゼン術~なぜ、あなたの資料は読まれないのか?~ 1節5章――』。残念、この一撃が当たっていれば強烈な打撃力 ですべてが終わっていたのですが」
突然殴ってきたのは、多分対戦相手のビジネスマンっぽい男だった。
「私、魔人専門の暗殺業を営んでおります、石北快慶と申します。もっとも、今はプライベートの事情で……あなたを、倒させていただきます」
『挨拶は全ての基本 ――自分を変えるために今からできること 2章6節――』
「なるほど、俺の名前は壇勇太郎! 悪いけど、俺にも事情があるんでな! 勝利は譲れねえぜ!」
俺が挨拶を返すと、石北は笑顔でうなずいた。
「なるほど。戦う相手とはいえきちんと会話が出来るのは好感が持てますね。手加減はできませんが、せめて――」
さらさら、と手元のメモに何かを書き。こちらに見せる。
[苦しむ間もなく殺す]
書かれた文字を認識すると同時、石北は俺の目の前まで迫っていた。
『やるべき事をメモに取れ! ――30年後、行動力のない人間は絶滅する! 1節4章――』
超高速の攻撃。だけど、さっきと違うのは
「生憎と、それはもう真剣ゼミ でやったところだ」
絶対に避けられないはずのタイミングで、石北はこちらの突きをかわして逆に蹴りを放ってくる。カウンターに対するカウンター。通常なら回避は困難、加えて威力も致命的。
だが、俺は避けて距離を取る。
顔が驚きにゆがむのが止められない。石北は、感心したようにこちらを見ている。
「ほう、まさかあなた――」
(石北、まさかこいつ――)
(石北、まさかこいつ――)
「「スキマ時間を有効活用しているのか?」!?」
1日30分、真剣ゼミ に時間を捧げることは簡単なことじゃない。部活・勉強……やるべきことはいっぱいある。
だが、例えば通学途中の電車の中。例えば、授業と授業の間の休み時間。夕飯のあと。トイレ。寝る前。練習中の休憩時間。連続技のつなぎ。呼吸と呼吸の間の硬直。
生活の至るところに存在する無駄な時間――通称スキマ時間を有効活用することで、無理なく簡単に真剣ゼミ を活用することが出来る。
しかも……このスキマ時間はもちろん、戦闘にも応用できるってわけなんだが……
だが、例えば通学途中の電車の中。例えば、授業と授業の間の休み時間。夕飯のあと。トイレ。寝る前。練習中の休憩時間。連続技のつなぎ。呼吸と呼吸の間の硬直。
生活の至るところに存在する無駄な時間――通称スキマ時間を有効活用することで、無理なく簡単に
しかも……このスキマ時間はもちろん、戦闘にも応用できるってわけなんだが……
「『スキマ時間を使えば人生の長さは倍になる ――Google社員の9割がやっている時間術』 一流のビジネスパーソンにとって、スキマ時間の活用は常識ですよ」
石北は、当たり前のように言った。
「へっ、だったら互角だ! まだ勝負はわからねえぜ!」
「互角……さて」
「互角……さて」
石北がスキマ時間へと突入する。俺も合わせてスキマ時間を有効活用する。
数発の攻防。状況は拮抗している。だが、長続きすればするほど真剣ゼミ がポイントを押さえた的確な未来予知を……
数発の攻防。状況は拮抗している。だが、長続きすればするほど
「言ったでしょう。常識だと」
『スキルを活かせば二倍働ける ――プライベートの時間に複業で稼ぐ ~会社に頼らず生きていく~ 3節2章――』
石北の攻撃速度が二倍になった。
「言ったでしょう? 今回はプライベート です。この速度についてこれますか?」
答える余裕はない。必死でかわし、いなし、弾く。真剣ゼミ のおかげで基礎がきちんと確立できていたから、手数が増えても応用で対応できる。だが、それだけ。対応するだけで精一杯だ。
「若いのにやりますね。どれだけ鍛えてきたのか、少し興味が湧いてきましたよ」
石北はつぶやき
『興味があればすぐ動け ――多動力 2節5章』
さらに、加速した。もはや完全に対応できない領域。
防御・回避・間に合わない。石北の掌が俺の胴へと当てられる。
防御・回避・間に合わない。石北の掌が俺の胴へと当てられる。
爆発した。と思った。
吹き飛ばされる。おそらく背後の壁にぶつかり、突き破る。
嘔吐か、と思いながら口から吐き出したのは真っ赤な血だった。
強い、と思う。圧倒的に。
蓄積したダメージに、脚がガクガクと震える。
吹き飛ばされる。おそらく背後の壁にぶつかり、突き破る。
嘔吐か、と思いながら口から吐き出したのは真っ赤な血だった。
強い、と思う。圧倒的に。
蓄積したダメージに、脚がガクガクと震える。
「でもよ……」
剣を杖に、それでも体を持ち上げる。
「どんな強敵が相手でも……続けられるんだよ、絶対に。真剣ゼミ なら……!!」
どうやら、壁を突き破り吹き飛ばされた先は書庫だったようだ。本棚が林のように立ち並んでいる。
「降参する気はありませんか」
俺が開けた穴から、石北が悠然と歩いてくる。
一見隙だらけのよう。だが、下手に襲いかかれば返り討ちにされることは目に見えている。
石北の多動力を潰さねば、俺に勝ち目はない。
一見隙だらけのよう。だが、下手に襲いかかれば返り討ちにされることは目に見えている。
石北の多動力を潰さねば、俺に勝ち目はない。
「ああ、ないね!」
ごぼり、と口から血の泡が漏れる。
「残念です」
石北は構え、一瞬で間を詰める。俺は
「待ってたぜ……この問題は!」
背後の本棚を倒す。分厚い本が、雨のように俺たちへと降り注ぐ。
「真剣ゼミ でやった奴だ!」
賭けではある。だが、無秩序に降り注ぐ落下物に対応するには"双牙" でも限界はあるはずだ。
俺は真剣ゼミ でポイントを押さえて落下物を避けることが出来る。たとえ石北に多動力があろうと、そもそもお互いが対応しなければいけない問題の数が段違いなのだ。
その隙がスキマ時間の中では致命傷だ!
俺は最後の力を振り絞り――
俺は
その隙がスキマ時間の中では致命傷だ!
俺は最後の力を振り絞り――
『不要なものはバッサリ捨てよう ――心がときめく片付けの魔法 3節1章』
――風が、吹いた。石北が片手を振った。それだけで。
倒した本棚。突き破った壁。落ちる本。
すべて、すべて
一瞬のうちに消え去っていた。
倒した本棚。突き破った壁。落ちる本。
すべて、すべて
一瞬のうちに消え去っていた。
「……断捨離も、悪くはありませんね」
自嘲的に石北がつぶやく。一撃を入れようと剣を振りかぶる俺は、きっと隙だらけに見えるだろう。
今の俺を倒すには"片牙" ですら充分、だった。
胴に突き刺さる掌底。地面に倒れ伏す。口から、とめどなく血が溢れる。
終わるのか……ここで?
今の俺を倒すには
胴に突き刺さる掌底。地面に倒れ伏す。口から、とめどなく血が溢れる。
終わるのか……ここで?
「あなたは充分よくやりました。ですが、『今』の私に勝てるはずがない」
俺に聞かせる気があるのかないのか、石北が一人、何かをつぶやいている。
「『成功』のために家族すらも断捨離してしまった、私には、ね」
石北の言葉に、後悔がにじみ出ている。
「……家族、を……?」
ふと、疑問を覚えて、俺はなんとかして声を捻り出した。
少しだけ、考えるような間。止めを刺すまでもないと判断したのだろう。石北は言葉を続ける。
少しだけ、考えるような間。止めを刺すまでもないと判断したのだろう。石北は言葉を続ける。
「……ええ。ですがそれは間違いだった。だから私は過去を改変して家族を取り戻す」
――おかしい。と、俺は思う。
走馬灯のように記憶が走る。
――父と母と妹がいた、あの日
――全てを失った、あの日
――「前に進みなさい。みんな、復讐なんて望んでない。あなたが幸せになることを望んでいるはず」
――飽きるほど言われた言葉。
走馬灯のように記憶が走る。
――父と母と妹がいた、あの日
――全てを失った、あの日
――「前に進みなさい。みんな、復讐なんて望んでない。あなたが幸せになることを望んでいるはず」
――飽きるほど言われた言葉。
「まち、がってる……」
怒りが、決意が、あの日の記憶が、俺の体を突き動かす。
「あんたは……まちがってる……!!」
フラフラと立ち上がる俺を、石北はまっすぐと見る。
「何が、間違っているというのですか?」
「俺は! 成功のために捨てたりなんかしねえ!」
「俺は! 成功のために捨てたりなんかしねえ!」
みんなが、幸せになることを望んでいるのなら。
俺が、復讐を望むのなら。
俺が、復讐を望むのなら。
「復讐も! 勉強も! 部活も! 夢も! 父さんも! 母さんも! 妹も! 先輩も! 親友も! 全部! 両立するって決めたんだよ!」
あの日の決意を、俺は叫ぶ。
「捨てねえぞ! 俺は何かを成功させるために捨てたりなんか、絶対にしねえ!」
「……もう、遅いんですよ。私は断捨離してしまった。そして」
「……もう、遅いんですよ。私は断捨離してしまった。そして」
石北が構える。
「――正しいのは、私だ」
石北の成功力が高まるのが見える。俺は、剣を振る力もない。だから
「『」石北が口を開くより先に
「心がときめく片付けの魔法 1節1章!!」
「心がときめく片付けの魔法 1節1章!!」
俺は、叫ぶ。
石北の能力が『自己啓発本から成功力』を引き出すことなのは見えている。
あいつが、「心がときめく片付けの魔法」を読んでいることも知っている。
その本は、平和だったあの日、片付けをしない俺に母が押し付けたものだというのも、もちろん覚えている。何も、何も、捨てるべきものなんてない。
だから教えてやる。あんたは間違っているんだ。
石北の能力が『自己啓発本から成功力』を引き出すことなのは見えている。
あいつが、「心がときめく片付けの魔法」を読んでいることも知っている。
その本は、平和だったあの日、片付けをしない俺に母が押し付けたものだというのも、もちろん覚えている。何も、何も、捨てるべきものなんてない。
だから教えてやる。あんたは間違っているんだ。
「『ときめきを感じないものを! 捨てなさい!!』」
断捨離ってのは、そんなに残酷なものなのか?
あんたにとって、家族は『ときめかない』ものなのか?
俺は、全力でそれを問いかけた。
俺の言葉をきっかけに、ちゃんと片付けの魔法が想起されるか。それが、想定通りの効果を発揮するか。
細い賭けだ。だけど、俺は躊躇わなかった。
あんたにとって、家族は『ときめかない』ものなのか?
俺は、全力でそれを問いかけた。
俺の言葉をきっかけに、ちゃんと片付けの魔法が想起されるか。それが、想定通りの効果を発揮するか。
細い賭けだ。だけど、俺は躊躇わなかった。
「――ときめかない、なんて」
石北の動きが、止まる。
「そんなわけ……ないだろ……」
石北が得た『気づき』が彼の世界を啓発する。
全てを捨て去る無機質な断捨離を、『ときめかない』ものを捨てる魔法へと修復していく。
全てを捨て去る無機質な断捨離を、『ときめかない』ものを捨てる魔法へと修復していく。
「ああ、なんで気づかなかったんだろうな。こんなことに」
「ビジネスパーソン向けじゃないから、さ。『片付けの魔法』は」
「ビジネスパーソン向けじゃないから、さ。『片付けの魔法』は」
俺だってすすめられなければ絶対に読まなかった。そう言うと、石北はプッと、吹き出した。
「確かに私も、機会がなければ読んでいなかったよ――何が自分を救うかなんて、わからないものだな」
「いいや、俺にはわかってたぜ。だって」
「いいや、俺にはわかってたぜ。だって」
俺は、精一杯の強がりを口にする。
「真剣ゼミ でやったからな」
石北は笑って首を振った。
「なるほどな。それは勝てない。『降参』だ……『ときめく』ものを捨てなかった私に、戦う理由はないしね」
――――――――――
俺は壇 勇太郎。どこにでもいる高校一年生。将来の夢はプロサッカー選手!
「おにいちゃーん! リョウくん来てるよー!」
ジャーナリストの父さんと母さん、それに2つ年下の妹と一緒に暮らしてるんだ!
「おーい、勇太郎。部活行こう」
こいつは金蔵リョウ、俺の親友だ! どっかの大企業の高校生社長らしいけど、それを鼻にかけない気のいいやつなんだぜ!
「リョウ! 高校でも黄金のツートップを組んで大活躍しようぜ!」
「ああ!」
「ああ!」
リョウと二人、学校へと走っていると。通学路で一組の家族とすれ違った。
幸せそうな男女と、その娘。仲睦まじげに歩いている。
一瞬、目が合った。俺は軽く会釈する。男の人が会釈を返す。そして、すれ違う。
幸せそうな男女と、その娘。仲睦まじげに歩いている。
一瞬、目が合った。俺は軽く会釈する。男の人が会釈を返す。そして、すれ違う。
「知り合いか? 挨拶しなくていいのか?」
「ああ、大丈夫だ!」
「ああ、大丈夫だ!」
だって――真剣ゼミ でやってなくても。あの人達は、きっと、幸せになってわかってるから。
「うおおお! 高校生活、部活も勉強も楽しみだぜー!!」