【砂漠】その1
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天の光は全て星
今は昔の物語。
闇夜の下で戦うは二人の達人。
何故戦うことになったかなど、どうでもよい。
何故ここで出会ったかなど、どうでもよい。
何故戦うことになったかなど、どうでもよい。
何故ここで出会ったかなど、どうでもよい。
「里見無人流剣術!奥義!炎刃亜具羅突きぃ!!」
片方が炎神アグラの名を冠する突きを放てば
「絶招!無明突き!」
片方は鍛え抜かれた貫手で応じた。
それはもはやおとぎ話と言ってもいいような。現実感の欠けた超常の技の応酬。端的に言えば、化け物 同士の殺し合いであった。
炎の刀を操る妙齢の女性の名は里見晶。戦闘集団、里見の村にあっても天才と称された魔剣士である。
その魔剣士に素手で渡り合う魔拳士の名は師範 ショーン。裏格闘技界においてすらアンタッチャブルと呼ばれた鬼才である。
その魔剣士に素手で渡り合う魔拳士の名は
二人のやり取りは数百合にも及んだ。ほんの一瞬の気の緩みが命取りとなる、苛烈にして鮮やかな殺し合い。二人の間の時間は凝縮し延長し、どこまでも続くかと思われた。
命のやり取りをしているにもかかわらず、二人は武の頂に立つものしか感じえない、至福の時を過ごしていた。此処まで練り上げてきた相手のことがただ愛おしく、此処まで練り上げることが出来た自分がただ誇らしかった。
しかし蜜月にも終わりは来る。
「晶さん!時間です!政府の奴らが来てます!」
「師範 ショーン!お時間です!早くこの場から離脱してください!」
「
時間切れによる異物の介入。達人二人は、この場が闘争の場ではなくなったことを感じた。
互いに決着をつけられなかったことを無念に思いつつ、その場を去る。どちらともなしに心からの言葉を投げかけた。
互いに決着をつけられなかったことを無念に思いつつ、その場を去る。どちらともなしに心からの言葉を投げかけた。
「またいつか、決着をつけようぞ!」
しかし、この約束は結局果たされなかった。
里見晶は里見の村を断絶させたい政府との闘争に明け暮れ、以後里見の村から出ることなく生涯を終えた。
師範 ショーンはしばらく前線で戦い続けたが、ある日、急に老いを自覚して師範 の名を返上。後進育成に努めた末に往生した。
里見晶は里見の村を断絶させたい政府との闘争に明け暮れ、以後里見の村から出ることなく生涯を終えた。
結末を見ること叶わなかった、今は昔の物語である。
◆◆◆◆◆
『大会』。世界中の腕に覚えがある魔人が集まる珠玉の戦場。
豪華極まる参加者の中でも、特に目を引く組み合わせがあった。
豪華極まる参加者の中でも、特に目を引く組み合わせがあった。
里見旭VS師範 ベション。
片や“あの”里見の村の最後の生き残りにして才覚と技量は里見の歴史でも随一と称された里見旭。
対するは裏格闘技界で師範 とまで呼ばれたにもかかわらず足抜けをし、追っ手を全て叩きのめした師範 ベション。
裏社会で名の知れた二人の衝突は、裏社会表社会問わずに衝撃を与えた。
対するは裏格闘技界で
裏社会で名の知れた二人の衝突は、裏社会表社会問わずに衝撃を与えた。
しかし、そんなことを知ってか知らずか、師範 ベションは平静と変わらぬ生活を『大会』まで続けていた。
「ベションー!!師範 ベションー!!いるんでしょー!!?」
村はずれに相変わらずよく響く子供たちの声が届く。
「うるせえですよ、お子様方。そんなにでかい声出さなくても、あっしには聞こえやすと、何度も言ってるじゃねえですか」
「えー!?うっそだぁ!絶対ベション寝てたってぇ!!」
子供は良くも悪くも遠慮が全くない。事実、師範 の名を冠するベションにしては珍しく、先ほどまで深い眠りについていた。久方ぶりに夢まで見た。今は亡き師匠との修行の日々の夢だ。
――かつて、師範 ショーンと呼ばれていた方が、自分の師匠だった。
『なあ、ベション、武闘家にとって一番必要なことは何だと思う?』
夢の中の師匠はかつてと同じように優しく問いかけてきた。
『鍛錬。それに尽きると思います』
夢の中の自分も、かつてと同じように律義に答えていた。今聞かれたら果たしてどう答えたものだろうか。
『それも一つの答えだね。ただ私はね、“我”を貫き通すことだと思うんだよ』
『“我”…ですか?』
『そうだ。所詮武闘家なんて好き好んで人をぶん殴る世界に居座るろくでなしさ。それを「それがどうした」と傲慢に言い放つ我の強さ。ヤりたいことをヤるまでと言い張る図太さ。それがない奴は早々に折れちまうんだ』
当時の自分は素直に納得できないのか、小首をかしげる。
『ハハ、まだ少し難しかったかな。例えば、だ』
師匠はゆるりと天を指さす。そこには鮮やかな星々が輝いていた。
『…なあ、ベション。星を、あの天上に輝く星を、堕とせると思うかい?』
『星を…ですか?それは無理です。我々は只人なのですから』
当時の自分はそう答えた。その返答に少しの沈黙を挟み、師匠は返した。
『出来る』
ゆっくりと、はっきりと、噛み締めるように述べた。
『出来る。出来るんだよ、ベション。そう 思うことこそが、私たちの可能性を広げるんだ。“我”を貫くんだ。天上天下に我在りと思う心こそが、不可能を可能にするんだ』
『…師匠は、星を堕としたことがおありなのですか…?』
今思えば随分とぶしつけな質問だったようにも思う。それでも師匠はうっすらと笑みを浮かべて答えた。
『嗚呼…あと少し…本当にあと少しだったのだがなあ…私は、星を堕とし損ねた。キラキラと、眩い星だった』
あの時の、楽しい日々を思い出すような、泣き出しそうな、それでもどこまでも奇麗な師匠の笑顔は脳裏に焼き付いている。
…懐かしい夢に浸った理由である、対戦者決定の連絡を師範 ベションは眺める。
「里見晶の孫…ネオストロング里見流・開祖…里見旭…!相手にとって不足はねえです…抜かせていただきやす…!」
肉食獣を思わせる凶悪な笑顔を浮かべ、師範 ベションは因縁の相手との戦いに思いを馳せた。
◆◆◆◆◆
「ちょ~~~~っと確認したいんスけど!今回の『大会』って、引き分けはあるんスか!?」
どこか間の抜けた雰囲気ながらもよく通る声。
正剣ネオストロング流・開祖を自称する快活な少女、里見旭である。
正剣ネオストロング流・開祖を自称する快活な少女、里見旭である。
紆余曲折の末に推薦枠に入り込んだ旭は、大会までの時間をH・リーの事務所で過ごしていた。
「エ・・・キュウニナニ…ナイヨ…」
出会ってからだいぶ経つというのに、H・リーは旭の声を聞くたびにキラキラと輝いていた晶を思い出してしまい涙声になる。
「も~~う!いい加減に慣れるッス!」
デコピン一発。こうしてH・リーの涙を引っ込める作業も、もはやお決まりになったほどだ。
「ふぎゃ!いてて…急にどうしたのさ?『大会』に引き分けはないよ。全世界テレビ放送もあるし、あまり大きな声では言えないけど、裏では莫大な賭けも行われてるし。引き分けなんて半端なオチにしたら俺の立場が終わっちゃうよ」
うんうんと頷いてから、里見旭が畳みかける。
「なるほどッスねぇ~~~!じゃあじゃあ!降参の定義ってどうなってるッスか?『降参したほうがいいッスよ』って言ってる最中に攻撃されて、『降参…』ってなっちゃったら降参扱いになるんスか?」
「降参はどこの国の言語でも適用されるんスか?クワディ語で『参りました』って意味の言葉を言ってしまったとか適用されるんスか?」
「両者同時に降参したらどうなるんスか?」
勝敗の定義について次から次へとH・リーに問いかける。
「降参は自分の意志でしないと有効じゃない。それをどう判断するかは、“そういう”魔人が運営にいるんだ。詳細は言えないけどね。同時に降参は…想定してないなー!そんなことになる面子を選んだつもりはないから信用するしかないね~」
里見旭はほうほうと唸りながらメモを取る。
「え、本当に急にどうしたの?」
H・リーの当然ともいうべき疑問に、旭はきょとんとした顔で答える。
「?いや、ルールを把握しとくことは基本ッスよね?主催者のH・リーさんと知り合いなら、詳細聞きまくっとくのは当然ッス!」
それに、と旭は続ける。対戦者決定の連絡をぎらついた瞳で見る。
「…この人が相手なら…準備しすぎということは絶対にないッス…」
「最後の質問ッス。同時に死んだときはどうなるんスか?」
「先に地面に倒れたほうの負けだよ」
「地面に倒れるの定義は?」
「頭部が地面についた時」
「…と、いうことはッスよ、仮に対戦者同士が同時に爆発四散したとして、片方の頭がはるか上空にぶっ飛んだ~~~!!なんてことになったら、頭部が上方にある方の勝ちでいいんスよね~~?」
物騒極まる想定に眉をひそめながらもH・リーは答えた。
「…まぁ、そういうことになるね。興行面も考慮すると、しっかりと目に見える形の勝敗根拠がないと揉めちゃうんだよね!…“そういう”戦術も考えているのかい?」
「…どうッスかね~~!その辺りは秘密!ってやつッス!!ただ、あたしだって痛いのは嫌ッス!相手諸共なんてダッサイ真似はしたくないッス!…したくないんスけどね~、何度でも言うッスけど、この相手には出来る全てをするッスよ!」
そう言うと、クールな印象の顔立ちをくしゃくしゃにして笑った。心から楽しい時に出る癖のような笑い方。
かつてないほどの強敵、大舞台を前にして湧き出る喜びを止められない。“里見の血”は色濃く旭に受け継がれていた。
かつてないほどの強敵、大舞台を前にして湧き出る喜びを止められない。“里見の血”は色濃く旭に受け継がれていた。
両者ともに、立ち会う日を子供のように待ちわびながら日を過ごす。
――そうして、遂にその日は訪れた。
◆◆◆◆◆
天の光は全て星
◆◆◆◆◆
砂漠。
『大会』の戦闘会場でも頭一つ抜けた広さを誇る。
何と戦闘領域は三十㎞四方。東京ドーム一万九千個分以上の面積を誇る戦場に、両者は転移された。
灼熱の、どこまでも広大な空間。まず出会うまでが一苦労。出会うまでのサバイバル能力も問われる過酷な戦場である。
何と戦闘領域は三十㎞四方。東京ドーム一万九千個分以上の面積を誇る戦場に、両者は転移された。
灼熱の、どこまでも広大な空間。まず出会うまでが一苦労。出会うまでのサバイバル能力も問われる過酷な戦場である。
――そのはずであった。
転移された両者は迷わずに歩を進める。
対戦相手がどこにいるのか、そんなことは愚問であると言わんばかりに進む。
その瞳は爛々と輝き、己が進む方向に何一つ疑問を持っていない。
対戦相手がどこにいるのか、そんなことは愚問であると言わんばかりに進む。
その瞳は爛々と輝き、己が進む方向に何一つ疑問を持っていない。
両者、何かに引き寄せられるように、どんどんと進んでいく。
残酷なまでの広さを誇る砂漠。
通常であればちっぽけな人間同士が出会うなど、偶然にでも頼るほかない。
しかし、この場にあったのは偶然などではない。因縁である。宿命である。
通常であればちっぽけな人間同士が出会うなど、偶然にでも頼るほかない。
しかし、この場にあったのは偶然などではない。因縁である。宿命である。
かつて、二人の達人が命を削り合い、再戦を誓いながらも巡りあわせにより果たすことが出来なかった誓い。
長い長い水入り。
そのあまりにも長い水入りが、後継者によって終わろうとしている。今は昔の物語が、先に進もうとしている。
試合開始から僅か三十分後、両者は出会った。
正剣ネオストロング里見流・開祖 里見旭
“ジイ”クンドウの使い手師範 ベション
“ジイ”クンドウの使い手
両者とも、出逢いに驚いたりしない。ごく自然なこととして受け止める。乾いた風と熱砂がただ互いの間を吹き荒れる。常人であれば耐え切れないほどの緊張感、達人のみが放つことのできる気迫が両者の間を行き来する。
「師範 ショーンの一番弟子、師範 ベションさん…で間違いないッスね?」
普段の里見旭からするとやや緊張を感じさせる声音で語りかける。
「あっしを鍛えてくれたときは師範 を返上していたんで、老ショーンと呼ばれていやしたがね。そういうお嬢さんは里見晶の孫…里見旭で相違ありやせんね…」
「野暮な説明は必要ない…と判断してよござんすね?改めてになりやすが、勃ち合いを所望いたしやす…。返答やいかに?」
「それこそ!野暮ってもんス!アンタも!分かるっスよねえ!自分でもどうかしてるってくらいに!アンタと戦えることが嬉しくて仕方ないんス!体の芯から!戦いてえって気持ちが溢れて仕方ないんス!」
里見旭のくしゃくしゃとした笑顔に、師範 ベションはへたくそな笑顔で答える。
「ようがす!正々堂々!ヤりあいやしょう!」
長い長い因縁。敬愛する祖母と師匠の約束。
その先を、自らの手で切り開く興奮に両者は打ち震えていた。
その先を、自らの手で切り開く興奮に両者は打ち震えていた。
一つ大きく息を吸い、師範 ベションが澄み切った空に向かい、叫ぶかのように勃ち合いの宣言をする。
「我が名は!師範 ベション!老ショーンの教えを受けし者!天の下に我を通すため!星を堕とすため!」
すう、とさらに息を吸い、師範 ベションは両の手をポケットにつっこみ、構えを取った。
「正々堂々、真正面から…抜かせていただきやす…!!」
その洗練された構えを前に、里見旭はくしゃくしゃとした独特の笑顔を見せた。
「~~ッ!はぁ~~!今時!名乗りッスか!ベションさん、アンタ、クラシカルにもほどがあるッス!今時流行んないッスよ~~!!」
でも、と続ける。
「そのクラシカルさ!あたしは!嫌いじゃないッス!!」
自作の日本刀を頭上に掲げ、朗々と語る。
「我が名は!里見旭!里見流の偉大なる星!里見晶の教えを受けし者!正剣ネオストロング里見流を広めるため!里見の技を残すため!」
キリっと真正面を見据え、丹田に力を籠める。
「やりたいことをやるため!ベションさん!アンタをぶっ飛ばすッス!」
里見旭の見事な名乗りを前に、師範 ベションが昂る。
示し合わせたわけでもないのに、同時に叫ぶ。
「「いざ!尋常に!勝負!!!」」
数十年越しの因縁が、今日、この日、終わりを迎える。
◆◆◆◆◆
対する里見旭は日本刀を下段に構えた。剣道においては土の構えとも呼ばれる姿勢である。
振り下ろしの一撃に全てを込める上段の構えとは対照的な守備の構え。
しかしどれだけ相手が自分のことを調べていようが、
すり足で近づいてくる里見旭が、攻撃の有効射程に入った瞬間。
シコッ!
常人では到底目に捉えられぬ速さの抜きを、旭はしかと捉え、刀で受け止めた。
しかし、受け止めた直後、嫌な脂汗がぶわりと顔面に浮かんだ。
しかし、受け止めた直後、嫌な脂汗がぶわりと顔面に浮かんだ。
「~~~!!想像以上…ッスね。速い。とんでもなく速いッス。」
言いながら旭は一気に距離を取る。
「ハッキリ分かったッス!近距離戦ではマ~~ジにアンタに分があるッス!悔しいッスけど~~!こ~いう手を使わせてもらうッス!」
言うが早いか、刀を猛然と振るい、強烈な熱風を飛ばす。里見流の斬り上げと『火の刀』を組み合わせることにより、熱き鎌鼬と呼んで差し支えないほどの剣風になっていた。
「ネオストロング里見流ゥ!! ファントム・フレ~~~イムッ!!」
どこか間の抜けた掛け声と共に剣風が砂上を疾った。
「う~~りゃりゃりゃりゃりゃあぁ!!」
考える暇を与えぬと言わんばかりに連撃を見舞う。
「か・ら・のォ! サンド・スト~~~ムッ!!」
更に砂を強烈な剣撃で巻き上げて波のように師範 ベションにぶっかける。
しかし、その猛攻を師範 ベションは的確に躱し続ける。フクロウめいた巨大な目がギラギラとせわしなく輝き、旭の一挙手一投足を捉える。
“見抜き”の師範 ベションの真骨頂。フェイント一つない数に物を言わせた連撃程度、初見であっても瞬時に見抜くことが出来る。
“見抜き”の
そうして、ひたすらに機をうかがう。師範 ベションの『咒印 』による射程距離延長は、相手が理解していない初撃こそが肝心である。
武道において射程距離を延ばす技術は『咒印 』以外にも存在する。
肩関節、肘関節を外し鞭のようにしならせた一撃を見舞う技。
胴体をひねり半身分深く踏み込む技。
肩関節、肘関節を外し鞭のようにしならせた一撃を見舞う技。
胴体をひねり半身分深く踏み込む技。
しかしそれらはせいぜい拳一つか二つ程度の延長でしかない。師範 ベションの『咒印 』のように最大で十倍程の延長が可能というのはまさに埒外の技。
近距離用の技として磨かれた格闘技を中遠距離の次元に落とし込む魔技。
知らずに対応するなど、まず不可能な初見殺しである。
知らずに対応するなど、まず不可能な初見殺しである。
里見旭の連撃は確かに猛烈ではあるが、決して躱せない攻撃ではない。
回避に徹して、疲労により隙が出た瞬間をつくことに師範 ベションは決めた。
回避に徹して、疲労により隙が出た瞬間をつくことに
「お~~りゃりゃりゃりゃりゃあぁ!!」
驚異的なタフネスで技を繰り出し続ける旭であるが、体力は無限にあるわけではない。
ほんの一瞬、深く息を吸った。消費した酸素を取り込むため、大きく息を吸った。肩を震わせ、隙を晒した。
ほんの一瞬、深く息を吸った。消費した酸素を取り込むため、大きく息を吸った。肩を震わせ、隙を晒した。
その隙をつき、師範 ベションが動いた。
10m以上距離があるにもかからわず、到底通常の格闘では届きえぬ距離でもあるにもかかわらず、
10m以上距離があるにもかからわず、到底通常の格闘では届きえぬ距離でもあるにもかかわらず、
シコッ!
『咒印 』による射程延長を用いた神速の貫手。
常人はおろか、達人クラスの魔人であっても回避すること能わぬ意識外からの一撃。
ぬるりと、常識では考えられぬ程に奇妙にベションの貫手は伸びた。
常人はおろか、達人クラスの魔人であっても回避すること能わぬ意識外からの一撃。
ぬるりと、常識では考えられぬ程に奇妙にベションの貫手は伸びた。
その一撃を、里見旭は逸らしてみせた 。
刀を縦にして、完璧にベションの貫手を受け流す。それと同時に一気に間を詰める。
長距離からの貫手は、当然引き戻しに通常の貫手より時間を要する。その時間を利用して一気に近づく。
刀を縦にして、完璧にベションの貫手を受け流す。それと同時に一気に間を詰める。
長距離からの貫手は、当然引き戻しに通常の貫手より時間を要する。その時間を利用して一気に近づく。
(な…?あのタイミングで受け流し!?)
動揺しながらも斬撃に備えるベションを、二重の衝撃が襲う。
旭は日本刀を手放したのだ。日本刀は『咒印 』の一撃を逸らすことのみに使い、無手でベションの懐に飛び込む。
旭は日本刀を手放したのだ。日本刀は『
間を詰めた際のスピードをそのまま利用し、並足を揃えて膝で軽くしゃがみ、下方向に向かって背中で渾身の体当たりをした。
「アイア~~ン・イン!パク!トォォォォ~!!!」
俗に言う鉄山靠 がベションの真正面から叩き込まれた。
痛烈な一撃にベションは派手に吹き飛ばされ、口から血をこぼす。
痛烈な一撃にベションは派手に吹き飛ばされ、口から血をこぼす。
ベションは貫手しか使えぬ男ではない。外功内功含めて様々な技を身につけているからこそ師範 と呼ばれている。
当然、旭の鉄山靠 にも、内功を練り上げて防御をした。
当然、旭の
その防御をぶち抜くほどの気が、旭の一撃には込められていたのだ。
師範 たるベションの内功を上回る爆発的な気と技の冴え。
天才、という言葉がベションの脳裏に浮かび上がる。
二十にも満たない少女が、武に二十年以上捧げ、師範 と呼ばれたベションの技を真正面から破ってみせたのだ。
二十にも満たない少女が、武に二十年以上捧げ、
その事実に動揺しながらもベションは体勢を整える。
何故ならば、今考えなくてはいけないのはそこではない からだ。
何故ならば、今考えなくてはいけないのは
(…何故!?何故『咒印 』に対応することが出来たのだ!?『咒印 』は切り札の一つ…!事前に知られていたわけがない…!)
里見旭は投げ捨てた日本刀を拾いながら、ベションに語りかける。
「こう見えて、ばーちゃんには色々教わってるんス。…居合だって教えてもらったッス」
何故急にそんなことを言い始めるのか。少なからず混乱するベションをよそに旭は続ける。
「釈迦に説法かもしれないスけど、居合のキモは緊張と弛緩ッス。出来る人ほど、射程外に相手がいるのに緊張しっぱなしなんて無駄な真似はしないッス」
その通りだ。脱力と緊張の使い分けが爆発的加速を生むとベションも思っている。
「肌がピリピリしたんすよ。ど~~う考えてもアンタの射程距離外だってのに、緊張が伝わったんス。だから思ったんス。射程距離内 なんじゃねえかって」
ベション自身にすら感じられるかどうかの緊張と弛緩の差を、感じ取って見せたと旭は述べたのだ。天才、という言葉が再びベションの脳裏をよぎる。
「簡単に言えば…見抜かせてもらった ッス」
◆◆◆◆◆
『咒印 』を見抜かれた。
“見抜き”の二つ名を持つ自分が、自らの土俵で敗れた。
揺らぎそうになる心に喝を入れ、師匠たる老ショーンの言葉を思い出す。
“見抜き”の二つ名を持つ自分が、自らの土俵で敗れた。
揺らぎそうになる心に喝を入れ、師匠たる老ショーンの言葉を思い出す。
『なあ、ベション。戦いはこちらが一方的に有利、なんて稀さ。追い詰められ、不利になることだって当然ある。そういう時は何が大切だと思う?』
『切り替えることさ。どうしてこの技が通じない?何故あのフェイントに引っかかってしまった?そういうのは終わってから考えればいい。甲の技が通じないなら乙の技を出せばいい。変なこだわりは勝利への足を引っ張るぞ』
『要するに、だ。 Take no break 精神が肝要なんだ。何かしらの手を打ち続けろ。相手の思考と体力を削り続けるんだ』
師匠の教えを反芻し、ベションは瞬時に思考を切り替える。
二つ名がどうした?自らの土俵がなんだというのだ?戦闘におけるノイズを削ぎ落し、次なる手を打つ。
二つ名がどうした?自らの土俵がなんだというのだ?戦闘におけるノイズを削ぎ落し、次なる手を打つ。
ペッ、と口にたまった赤黒い血を砂漠に吐き捨て、即座に師範 ベションは抜いた。
シココココココッ!!
貫手が里見旭に襲い掛かる。恐ろしいキレの貫手ではあるが、先ほどまでと比べると重さが足りない。一撃が軽い。容易に対処できる。
「うおおお!?ウワ!ちょ!ええ!?マジッスか!?」
先ほどまでの抜きがミサイルとするならば、今の抜きはマシンガン。疾風怒濤、暴力的なまでの苛烈さをもった抜きの乱舞。
「ぬううっ!あの逸話が本当だったとは……!」
「知っているのか!カキンのおっちゃん!」
ベションの村では子供たちと師範 カキンがテレビの前で『大会』の行く末を見守っていた。
「うむ、右の上中下段、左の上中下段を連続で抜いているのだ。しかしそれがあまりにも速いから同時に放っているように見える…素人の目では“抜いた”ということすら認識できない…!“抜かず”に六発見舞っているように見える…」
それは伝説めいた技。カキンもその技の名は知りつつ、ベションが本当に使いこなせるとは知らなかった。
「あれぞ!絶技、《抜か六》!!」
もはや『咒印 』を隠す必要もなくなった師範 ベションは、遠距離から一呼吸に六発。嵐のように抜き続ける。
シココココココッ!!
シココココココッ!!
シココココココッ!!
「う…ア…ちょ…!」
旭は猛連撃を必死に捌くが、完璧にはしのぎ切れず袴と剣道着が削られ、白く健康的な二の腕と太ももが露出した。
「だああ!何すんスか!エッチ!スケベ!」
軽口を叩きながらも、猛烈な抜きの嵐への対抗策を必死で考える。
辛い時、苦しい時、常に支えられてきた祖母の教えが思い出された。
辛い時、苦しい時、常に支えられてきた祖母の教えが思い出された。
『ばあちゃ~~ん!もうこんな勉強なんていいじゃないスかぁ…。こんなんよりバーンとした必殺技教えて欲しいッス~~!』
『お黙り!今時ね、剣のことしか知らない猪武者なんて、鴨がネギ背負って鍋を持参しているようなもんですよ!なんの知識がいつ役に立つか分からないのだから、準備しておくにこしたことはないよ!』
(やっぱり、やっぱりばあちゃんは正しかったッス!早速、教わった知識が使えそうッス!)
里見旭は『火の刀』の出力を上げた。刀からあふれる火は普通の火に見えるが、れっきとした魔人能力によるものである。
当然、通常の物理法則、自然の摂理を無視した温度調節、操作が可能なのだ。
当然、通常の物理法則、自然の摂理を無視した温度調節、操作が可能なのだ。
自身の周囲の空気を熱し、空気の密度を変え、光の屈折率を変える。
頭上から降り注ぐ強烈な太陽の光と、足元の砂からの猛烈な照り返し、そして『火の刀』による操作が引き起こす自然現象。
頭上から降り注ぐ強烈な太陽の光と、足元の砂からの猛烈な照り返し、そして『火の刀』による操作が引き起こす自然現象。
――蜃気楼である。
勿論、ベションの目をもってしても見分けがつかぬほどの蜃気楼など作れるはずもない。
ほんの少し、ほんの少しブレて見える、極限の達人同士の戦いにおいてはそのほんの少しで充分であった。
ほんの少し、ほんの少しブレて見える、極限の達人同士の戦いにおいてはそのほんの少しで充分であった。
相手の手元が揺らいで見える、技の起こりが歪んで見える。
“見抜き”の師範 ベションの大きく見開かれた目に、余計な疲労が蓄積していく。
“見抜き”の
(小技もお手の物ときましたか…!ならば、あっしのすることは!)
ベションが目を薄く閉じる。そして、拳をもってこめかみを軽く二度叩いた。
「ぬううっ!あの流派 は……!」
「知っておるのか!カキン殿!」
ベションの村、『大会』のテレビ観戦者はどんどんと増えてきていた。村長までも身を乗り出して師範 カキンに解説を求める。
「うむ、武しか能のない猪拳士では師範 の域にはたどり着けん。数多の知識が求められる。こめかみを叩くことで海馬を刺激し、戦闘に必要な情報領域を浮上させておるのだ…!」
「てことはカキンのおっちゃん!今のベションは普段より頭がいいってこと?」
「簡単に言ってしまえばそうだ。あれぞ、嵐のように攻め立てる狂戦士流派 と対を成す…賢者流派 なり!!」
光の屈折 大気の変化 蜃気楼の諸条件
火の出る刀 温度操作の条件 操作範囲
鏡映蜃気楼 逃げ水 陽炎
火の出る刀 温度操作の条件 操作範囲
鏡映蜃気楼 逃げ水 陽炎
必要な知識が師範 ベションの頭脳を瞬く間に埋め尽くす。
三人寄れば文殊の知恵というが、こと戦闘に必要な知識に関していえば、賢者流派 の師範 ベション一人で十二分にその領域に達する事が出来た。
これぞ、師範 ベションの賢者流派 、《一人叡智 》である。
「シャオラァァ!!」
シココココココッ!!
しかしその対象は里見旭ではない。足元の砂を掘り、派手に巻き上げたのだ。
蜃気楼は気温の変化による屈折が生み出す現象。
ならばとるべき手段は単純で、互いの周囲の気温を変えてしまえばよい。
ならばとるべき手段は単純で、互いの周囲の気温を変えてしまえばよい。
穴を掘るというのは砂漠において熱から身を守る最もシンプルな方法だ。
直射日光にさらされている地表の砂を五㎝分削るだけで、その周囲の体感気温は十℃近く下がるという。
直射日光にさらされている地表の砂を五㎝分削るだけで、その周囲の体感気温は十℃近く下がるという。
(蜃気楼つぶしのための砂の巻き上げ!)
里見旭は瞬時に師範 ベションの狙いを理解した。
(なら!もう蜃気楼には頼らないッス!むしろ蜃気楼対策に一手使っているこの時が好機ッス!!)
蜃気楼つぶしのための貫手という事は、砂が舞い上がっているこの瞬間は、直接の攻撃は手薄となる。
舞い上がった砂で視界が悪くなっているこの瞬間に、最大の一撃を叩きこむことに決めた。
舞い上がった砂で視界が悪くなっているこの瞬間に、最大の一撃を叩きこむことに決めた。
それは祖母から受け継いだ必殺の一突き。
二面二臂の炎神アグラの名を冠する一撃。
鍛え上げた肉体、練り上げた技術、込めし炎。
トリックや騙しの入る余地が何一つない、強者がただ全力を振るうという王道の一突き。
二面二臂の炎神アグラの名を冠する一撃。
鍛え上げた肉体、練り上げた技術、込めし炎。
トリックや騙しの入る余地が何一つない、強者がただ全力を振るうという王道の一突き。
「里見無人流剣術!奥義!炎刃!亜具羅突きぃ!!」
舞いがる砂をブラインドに、全身全霊の一撃がベションに叩きこまれた。
しかし。
その一撃は、必中の確信をもって繰りだされた一撃は、届かなかった。
いかな体捌きか、切っ先から髪の毛一本分の距離にベションはいた。
いかな体捌きか、切っ先から髪の毛一本分の距離にベションはいた。
里見旭は素晴らしい動きをした。
師範 ベション相手に実に素晴らしく立ち回った。
しかし、時間をかけ過ぎた。動きを見せすぎたのだ。
しかし、時間をかけ過ぎた。動きを見せすぎたのだ。
“見抜き”の師範 ベションの前で!
「失敬…見抜かせていただきやした」
シココココココッ!!
《抜か六》が里見旭に叩きつけられた。
◆◆◆◆◆
亜具羅突きで体勢が泳いでいたところに襲い掛かった六連撃。
なんとか刀を引き戻して防ごうとしたが防ぎきれず、数発まともに腹部に入る。
胃がぐるりと逆流する。
なんとか刀を引き戻して防ごうとしたが防ぎきれず、数発まともに腹部に入る。
胃がぐるりと逆流する。
「お…ゴボ…ゲェ、ぶふぅ…」
びちゃびちゃと血の混じった吐瀉物を撒き散らしながら吹き飛ばされる。
それでも日本刀を地面に突き刺し支えにする形で立ち上がる。
それでも日本刀を地面に突き刺し支えにする形で立ち上がる。
「…まだ立ち上がりやすか…お嬢さん、勝ち目がもう薄いのは分かっていやすよね?もう、完全に動きを見抜かせていただきやした…」
だからもう諦めろ。そういう空気を醸す師範 ベション。
その空気を、里見旭は笑った。爽快に、笑い飛ばした。
「ハハハ!アンタ、結構ずるい手も使うんスね!あたしは騙されないッスよ?アンタも大~~分消耗してるんじゃないッスか?万全の状態だったなら、さっきの六連撃であたしは死んでるはずッス!」
しかし騙すとは何を意味するのか?
「ベションさん。アンタ、腕の長さは何㎝何㎜ッスか?」
疑問に襲われるベションに問いがぶつけられる。
「…いきなりなんです。教えるわけがありやせんでしょう」
その答えに、満足そうに旭は笑った。
「『知らない』じゃないんスね~~!そりゃそうッス!自分の頼みにする武器の長さはミリ単位で把握してて当然ッス!」
だから、と旭は続ける。
「あたしも自分の日本刀の長さは完璧に把握してるッス。さっきの一撃、間違いなく突き刺さる位置で放った一撃だったッス。当たらないはずないんスよ」
「…お嬢さんが距離を見誤っただけじゃありやせんか?」
「この期に及んで誤魔化せると思ってるんスか。この里見旭、自分のエモノの長さ誤まるほど耄碌していねえッス」
口調こそは軽いものの、里見旭の目は冷たくギラついていた。師範 ベションの最後の切り札に気が付いたのだ。
「つまり、あたしの日本刀の長さを変えられてたんス。アンタの魔人能力、攻撃の射程操作!ずばり!縮めることもできる ッスね!当てたと確信を持った一撃の射程を短くすることで、こちらを混乱させて技を乱れさせるつもりだったんスね!!!」
「乱れた技なら、アンタほどの腕があれば見抜くのは容易いはずッスもんね。さっき言った私の動きを完璧に見抜いたってのもブラフッスね?射程操作で調整して、紙一重の見切りをしたように見せかけたんス」
ぴしりと、完成されたファイティングポーズを取る。
「動きを見抜かれた、そう思わせることで精神的に優位に立とうとしたんスね。そうは問屋が卸さないッス!そういう 手を使っていること自体、消耗の証ッス!」
痛いほどの静寂。二人の間を、出会った時のように乾いた風と熱砂が吹き荒れる。
「…舐めていた…つもりはありやせん」
ベションが口を開く。
「相手の攻撃射程を操作して縮める…今まで誰にも見抜かれたことはありやせんでした。感服いたしやす。お嬢さん。貴方は、あっしが今まで勃ち合ったなかで、最高の使い手です」
すっ、と両の手をポケットにつっこむ。いつもの構えを取る。
「あっしの隠し玉はもう出し尽くしやした…こっからは!ただ鍛えた体と技をぶつけるだけでさあ!」
シコ!
叫びと共に師範 ベションが抜く。
大激戦の結果、キレも重みも万全とは程遠い。しかしそれは里見旭も同じだ。
大激戦の結果、キレも重みも万全とは程遠い。しかしそれは里見旭も同じだ。
「うおおおお~~~!!負けないッス!負けたくないッス!アンタは!本当に!滅茶苦茶強いッス!だからこそ!負けたくないッス!!」
射程を縮められることを恐れたのか、旭は日本刀を使わなかった。地に刺したままだ。
旭は拳術も健術も修めている。無論徒手空拳でも射程操作されるかもしれないが、魔人能力の通説として、命あるものに作用させるのは能力消費が激しい。ひたすらに押し続けることにしたのだ。
里見流拳術の技が光る。突き、蹴り、捌き、投げる。
“ジイ”クンドウが輝く。突き、切り、見抜き、躱す。
“ジイ”クンドウが輝く。突き、切り、見抜き、躱す。
里見旭のあばらがへし折れる。鼻がひしゃげる。歯が吹き飛び、内臓がいくつか潰れた。
互いにどんどんと傷を負っていくが、やはり近接格闘はベションに分があるのか、旭の方が傷が重い。
このままなら押し切れる、そうベションが思い始めたあたりで、旭の技のキレが一段上がった。
このままなら押し切れる、そうベションが思い始めたあたりで、旭の技のキレが一段上がった。
(…な!?あっしの攻撃が躱され…ギアが上がった!?)
いや、違うとベションは自分の考えを否定する。
「あっしの、消耗が…激しくなってる…!?」
満身創痍ながら、里見旭がくしゃっと笑った。
「なんとか…間に合ってきたみたいッス…!」
死力を尽くす戦い、全身に熱を持つ激闘だからこそ、ベションは気が付くのが遅くなった。
「…地面の熱が…上がっている!これは!」
現象の理由に気が付き、ベションは旭が地面に突き立てた日本刀を見る。
『火の刀』は相変わらず煌々と熱を放ち輝いていた。戦場たる砂漠の地熱をさらに跳ね上げていたのだ。
『火の刀』は相変わらず煌々と熱を放ち輝いていた。戦場たる砂漠の地熱をさらに跳ね上げていたのだ。
「しかし…!それではお嬢さんにだって…!」
「その通りッスけどね!あたしは炎系能力者!アンタよりは熱に強いつもりッス!技はアンタに分があるけど!場はあたしに味方しているッス!!」
「…上等でさあ!技では上なのは変わらねえ!!」
消耗しきった二人のやり取りは数百合にも及んだ。ほんの一瞬の気の緩みが命取りとなる、苛烈にして鮮やかな殺し合い。二人の間の時間は凝縮し延長し、どこまでも続くかと思われた。
命のやり取りをしているにもかかわらず、二人は武の頂に立つものしか感じえない、至福の時を過ごしていた。此処まで練り上げてきた相手のことがただ愛おしく、此処まで練り上げることが出来た自分がただ誇らしかった。
ベションの村では、村民たちが声を枯らしてベションを応援していた。
「師範 ベション!負けないで!」
「いけー!いけー!師範 ベション!」
「いって!お願い!師範 ベション!」
「いけー!いけー!
「いって!お願い!
嗚呼、うるせえですよ お子様方
「そんなにでかい声出さなくても…あっしには聞こえていやす!!」
間もなく、宿縁が、終わる。
◆◆◆◆◆
長い長い戦いの果て。
正剣ネオストロング里見流・開祖 里見旭
“ジイ”クンドウの使い手師範 ベション
“ジイ”クンドウの使い手
両者ともに全身を血と汗と砂に染め上げていた。
達人同士だからこそ、間もなく最後だと感じていた。
互いに最後の、至高の一撃をぶつけ合う時だと理解していた。
互いに最後の、至高の一撃をぶつけ合う時だと理解していた。
意識が吹き飛びそうな痛みに襲われながらも、里見旭が天を見ながら叫んだ。
「我が名は!里見旭!里見流の偉大なる星!里見晶の教えを受けし者!正剣ネオストロング里見流を広めるため!里見の技を残すため!」
口にたまった血を全て吐き捨てる。地に突き立てていた愛刀を引き抜き、正眼に構えた。
「偉大なる使い手、師範 ベションを打ち倒すため!最後の力を振り絞るッス!!」
クラシカルにもほどのある宣言。不合理極まる名乗りを、にい、と音が出そうな笑顔でベションは受け止めた。
お返しとばかりに大きく息を吸う。
お返しとばかりに大きく息を吸う。
「我が名は!師範 ベション!老ショーンの教えを受けし者!天の下に我を通すため!星を堕とすため!」
殺し合っているとは到底思えないような笑顔と共に、いつもの構えを取った。
「敬愛すべき里見旭を打倒するため!命込めさせていただきやす!!」
果してどちらが先に動いたのか。
両者以外存在しない砂漠に、裂帛の気合が響き渡った。
両者以外存在しない砂漠に、裂帛の気合が響き渡った。
「うおあああぁぁぁぁ!!」
咆える。里見旭が咆える。
普段のクールな印象も、くしゃっとした笑顔もどこにもない。
生まれて初めての本気の殺し合いに、目は血走り、体中の毛が逆立つ。
普段のクールな印象も、くしゃっとした笑顔もどこにもない。
生まれて初めての本気の殺し合いに、目は血走り、体中の毛が逆立つ。
そして、それを“良し”とする狂暴極まる笑顔を浮かべる。
里見旭は紛れもなく暴の世界に生きる者であった。
里見旭は紛れもなく暴の世界に生きる者であった。
其れは、偉大な星であった祖母から受け継いだ渾身の一突き。
強き者が、ただ強いままに全力を振るうというあまりにも真っすぐな正当なる一突き。
強き者が、ただ強いままに全力を振るうというあまりにも真っすぐな正当なる一突き。
炎神アグラの名を冠する必殺剣亜具羅。
里見旭はそれをさらに進化させた。
里見旭はそれをさらに進化させた。
ただ単純に腕の力で押し出すのではなく、手刀をもって剣を射出した。
それはまさに第二の刀による相乗効果。二刀がごとき倍増する貫通力。
それはまさに第二の刀による相乗効果。二刀がごとき倍増する貫通力。
政府にすら恐れられた里見一族の紡いできた技術の結晶を取り込み!自身の解釈を加えた!
祖母の教えを十全に受け入れ、その上で一歩先の歴史を歩んだ!
ネオストロング里見流の秘奥義!
祖母の教えを十全に受け入れ、その上で一歩先の歴史を歩んだ!
ネオストロング里見流の秘奥義!
「ああああああああ!!」
吼える。師範 ベションが吼える。
普段の飄々とした態度はどこにもない。
これまでの人生において、最強にして最高の敵を前に、ただ命を燃やし、雄たけびを上げる。
普段の飄々とした態度はどこにもない。
これまでの人生において、最強にして最高の敵を前に、ただ命を燃やし、雄たけびを上げる。
其れは、貫手ではない。全身全霊の正拳突き。
スピードに特化した神速の貫手と違い、全体重と腰のひねりを加えた、威力重視の一撃。
外した後のことなど微塵も考えぬ、全てを絞り込んだ武の極み。
スピードに特化した神速の貫手と違い、全体重と腰のひねりを加えた、威力重視の一撃。
外した後のことなど微塵も考えぬ、全てを絞り込んだ武の極み。
『咒印 』による延長と、長年の修練が一つになった至高の一撃。
星を堕とすための一撃。老ショーンの教えと、自身の積み重ねの集合体。
星を堕とすための一撃。老ショーンの教えと、自身の積み重ねの集合体。
天の下に我今在りと示す輝き。
見よ!これこそが!師範 ベションの技術の集大成!
恋人たる右手で抜き続けた日々の総決算!
恋人たる右手で抜き続けた日々の総決算!
両者の全てを絞り切った渾身の一撃は、鮮やかな光となり交差した。
そうして、全く同時に互いの心の臓をえぐり飛ばした。
師範 ベションが最期に見たのは里見旭のくしゃくしゃの笑顔であり、
里見旭が最期に見たのは師範 ベションのへたくそな笑顔だった。
そうして、全く同時に互いの心の臓をえぐり飛ばした。
里見旭が最期に見たのは
――激闘が、終わりを迎える。
一瞬の静寂の後、ぐしゃりと、里見旭が地に崩れ落ちた。
前のめりに、顔面から地面に堕ちた。
ごきりと嫌な音が響き、いくつかの骨がひしゃげて折れた。
心の臓をえぐり飛ばされ、死んでいるのだ。受け身など取れようはずもない。
前のめりに、顔面から地面に堕ちた。
ごきりと嫌な音が響き、いくつかの骨がひしゃげて折れた。
心の臓をえぐり飛ばされ、死んでいるのだ。受け身など取れようはずもない。
そう。取れようはずもない。そのはずであった。
しかし、師範 ベションの斃れる音が聞こえない。
地に崩れ落ち、命が潰える時の鈍い破壊音が聞こえない。
地に崩れ落ち、命が潰える時の鈍い破壊音が聞こえない。
確かに、間違いなく、師範 ベションは死んでいた。
胸にはぽっかりと穴が開き、完全に息絶え、生命活動を停止していた。
胸にはぽっかりと穴が開き、完全に息絶え、生命活動を停止していた。
――にもかかわらず、師範 ベションは両の足でしっかりと大地に立って見せた。
とっくに命の灯は消え果てたにもかかわらず、両の手をポケットにつっこみ、構えてさえ見せた。
『大会』の放送を見る世界中の人々が、その静謐にして完成された構えに感嘆の声を漏らした。
とっくに命の灯は消え果てたにもかかわらず、両の手をポケットにつっこみ、構えてさえ見せた。
『大会』の放送を見る世界中の人々が、その静謐にして完成された構えに感嘆の声を漏らした。
嗚呼!嗚呼!神仏化生も御照覧あれ!
これこそは!数多の武闘家が目指し、しかして夢想となり叶わなかった、空前絶後の大偉業!武に己を捧げるものが焦がれた境地!
これこそは!数多の武闘家が目指し、しかして夢想となり叶わなかった、空前絶後の大偉業!武に己を捧げるものが焦がれた境地!
たった一夜のこの出会い
一夜で消え去るこの想い
一夜で消え去るこの想い
出来る出来ない放り捨て
たった一筋男の意気地
たった一筋男の意気地
五臓六腑を刻まれど
雄々しくそびえる〝男立ち〟
雄々しくそびえる〝男立ち〟
僅かばかりの力なく
されど倒れぬ〝男立ち〟
されど倒れぬ〝男立ち〟
精根とうに尽き果てて
されど崩れぬ〝男立ち〟
されど崩れぬ〝男立ち〟
試合時間:3時間45分
勝者:師範 ベション
同時死亡も地に伏したのは里見旭が先であるがため。
勝者:
同時死亡も地に伏したのは里見旭が先であるがため。
――今ここに、一つの星が堕とされた。
◆◆◆◆◆
「…ここは…」
里見旭が蘇生ルームで目を覚ます。
見慣れぬ天井に困惑の声が漏れる。
薄靄がかかった意識が徐々にクリアになり、跳ね上がるように飛び起きた。
蘇生に時間がかかったのか、時刻は早朝となっていた。
見慣れぬ天井に困惑の声が漏れる。
薄靄がかかった意識が徐々にクリアになり、跳ね上がるように飛び起きた。
蘇生に時間がかかったのか、時刻は早朝となっていた。
確か自分は、自身最高の一手を放ったはず。渾身の一撃は、師範 ベションの胸を穿った。そう確信を持っている。しかしその一方で、自分が最後に見たのは師範 ベションの笑顔だった気もする。胸が疼く気もする。
「勝負はどうなったッスか!?」
蘇生ルームに沈黙が満ちる。
「…え…?」
蘇生ルームに来ていたH・リ-が、ふるふると無言で首を横に振る。
何も言わないが、あまりにも雄弁な回答だった。
何も言わないが、あまりにも雄弁な回答だった。
「負けた…ってことッスか!?そんなはずないッス!あたしは!やったはずッス!手ごたえバッチリだったッス!」
敗北を認めない旭の前にモニターが運ばれる。そこに映されるのは当然決着の瞬間。
自身の一撃は、確かにベションの胸を穿っていた。
ただし、ベションの一撃も旭の胸を穿っていた。
ただし、ベションの一撃も旭の胸を穿っていた。
ここからの映像は旭の知らぬ世界のこと。
モニターには、天 我 を受け、ぐしゃりと頭から崩れ落ちる自身の姿が映された。
自分自身のことであるはずなのに、現実感のない光景だった。
モニターには、
自分自身のことであるはずなのに、現実感のない光景だった。
その後、師範 ベションの見事な立ち往生が大写しになったとき、
どす黒い熱がじわじわと、里見旭の胸を中心に全身へ広がっていった。
どす黒い熱がじわじわと、里見旭の胸を中心に全身へ広がっていった。
果たしてどれだけの修練を積めば、あんな事ができるのか。
武にどれだけ自分を捧げればあの域に達することができるのか。
武にどれだけ自分を捧げればあの域に達することができるのか。
間違いなく言えることは、【まだ自分はあの域に達してはいない】という事実。
どす黒い熱の正体は、敗北感。
熱が全身に回り切ったとき、遂に旭は自身の敗北を実感することとなった。
熱が全身に回り切ったとき、遂に旭は自身の敗北を実感することとなった。
ぽたりぽたりと水音がする。
その音はすぐにぼたりぼたりと大きく響くようになった。
里見旭の澄んだ瞳から、大粒の涙が零れ落ちる。次から次へと溢れ出す。
その音はすぐにぼたりぼたりと大きく響くようになった。
里見旭の澄んだ瞳から、大粒の涙が零れ落ちる。次から次へと溢れ出す。
「~~~ッ!~!ふぅ…ふぐぅ!…ぐすっ…!」
必死にこらえても、歯を食いしばっても、とめどなく涙が流れる。
「~~!!悔しいッス!悔しいッス!悔!しい!ッス~~~!!」
遂には我慢しきれずに声を上げて泣き始めた。
「あ~~~んばあちゃ~~~~ん!!! あ~~~ん!!!かちたかったよぉ~~!!」
先ほどまで超一級の格闘家と鎬を削っていたとはとても思えない、17歳の少女そのままの感情の発露。
あまりに青く、あまりに素直。一度はじけた激情は、止まることなくあふれ続ける。
あまりに青く、あまりに素直。一度はじけた激情は、止まることなくあふれ続ける。
「ううっ、ぐすっ!里見の技を!もっとアピりたかったッス!ばあちゃんの分まで示したかったッス!全然!里見の魅力を!伝えられなかったッス~~~~!!!」
その言葉を里見旭が発した瞬間、蘇生ルームは奇妙な沈黙に包まれた。
居心地の悪い沈黙ではない。どこか生温い、見守るような沈黙。
居心地の悪い沈黙ではない。どこか生温い、見守るような沈黙。
沈黙する蘇生ルームスタッフ面々を代表し、H・リーが言葉を紡いだ。
「えっと…旭ちゃんは馬鹿なのかな?」
「ぶえぇ!?なんすか!?傷心の乙女にかける言葉がそれッスか!?ぐすっ!泣くッスよ!?いや今もめっちゃ泣いてるけど更に泣くッスよ!?マジに大号泣ッスよ!?」
ギャンギャンわめく旭の抗議を無視して、H・リーは事務所に彼女を引っ張っていく。
H・リーの事務所では電話が鳴り響き、スタッフがメールの対応にひたすら追われていた。
H・リーの事務所では電話が鳴り響き、スタッフがメールの対応にひたすら追われていた。
「これ、全~~部、ネオストロング里見流への問い合わせ!」
怒涛のように押し寄せる電話音をバックにH・リーが語る。
「旭ちゃんさあ、里見流をアピるとか言っておいて連絡先を視聴者に伝えなかったでしょ!?だから運営本部に里見流に関する問い合わせがジャンジャン来てるの!!!」
ネオストロング里見流は習う事が出来るのか、習えるのならどこで受け付けているのか、里見旭に講演をしてほしい、指導をしてほしい…多種多様な問い合わせがひっきりなしに飛び込んできていた。
「あのベションと真正面からやりあう姿に、感銘を受けないわけないでしょ!?旭ちゃん、キラッキラに輝いてたよ!?」
喜びが、一拍遅れて里見旭を襲う。
祖母の死より丸々一年を村に籠り喪に服していた旭は世情に疎かったのだが、ようやっと里見流の生きかたが世間に受け入れられたと感じる事が出来た。
祖母の死より丸々一年を村に籠り喪に服していた旭は世情に疎かったのだが、ようやっと里見流の生きかたが世間に受け入れられたと感じる事が出来た。
「おお!?おおお!?マジ、なんスか!?マジで、里見の名が、ばーちゃんたちのしてきたことが、『悪くねーじゃねえか』って思ってもらえたんスか!!?」
特徴的な、くしゃくしゃとした笑顔を全開にして、里見旭が問い合わせ内容に目を通し始める。
どこまでも真っすぐで、眩いほどの純粋な笑顔だった。
どこまでも真っすぐで、眩いほどの純粋な笑顔だった。
H・リーは自分の過ちにここで初めて気が付いた。
(嗚呼、この娘は、星 というよりも太陽 だったんだ)
長い戦いの終わりを示すかのように、事務所の窓には朝日の光が差し込んでいた。
◆◆◆◆◆
壮絶な争い、過去から続く宿縁を制して見せた師範 ベションは別の蘇生ルームで処置を受けた。そこに現れたのは有能美人秘書栞ちゃんだ。
勝者には報酬を。『ひとつまみの嘘を』による過去改変の権利をどのように行使するか尋ねに来たのだ。
勝者には報酬を。『ひとつまみの嘘を』による過去改変の権利をどのように行使するか尋ねに来たのだ。
「あっしには別段変えたいものなんてございやせん…。好きに使って下せえ」
「はあ、そうは言っても、『勝者は権利を放棄しました』なんてアナウンスできません。どんな些細なことでもいいから使ってください」
栞ちゃんはマイペース。ひたすらに自分の仕事を全うする。
どうしたものかとベションは考えるが、いくら考えても切実に変えたい過去などない。
しかしそんなベションにも、この権利が人によっては絶大な価値を持つことは理解できる。どうでもいいことのために権利を行使するのも勿体ない気がした。
しかしそんなベションにも、この権利が人によっては絶大な価値を持つことは理解できる。どうでもいいことのために権利を行使するのも勿体ない気がした。
ふむ、と一つ呟き天を仰ぐ。しばしの沈黙の後、ベションは語りだした。
「…あっしは、“我”を貫いてヤりたいことをヤるのをよしとしていやすが…それが強いもんの理屈ってのは何となく理解していやす」
興味があるのかないのか、栞ちゃんは表情一つ変えずに黙って聞いている。
「もしも、もしも、自分を曲げずに貫いても、力が足りないばかりに踏みつぶされて、それでも頑張って、頑張って、なおどん詰まりから這い上がれない。そんなお人がいるとしたら…」
天を目指し、ついには星を墜として見せたベションが、珍しくじっと地べたを見つめる。
「強者の傲慢さと思われるかもしれやせんが、あっしは、そういうお人には報われてほしいです。どん詰まりから一歩這い上がれるだけのきっかけがあってほしいです」
地べたに向けていた視線を戻す。真っすぐに栞を見つめる。
「そんな使い方を所望いたしやす」
「どこの誰とも知らぬ人の為に権利を行使する…そういうことでよろしいですか?」
肯定の沈黙。
「はあ、幸い、そういう 人に心当たりがあります。勝者が望むのならばそれに応えるまでのこと。ただまぁ、個人的意見を述べるのならば、どうしようもなく馬鹿ですよ、貴方」
ただ不思議と、そう言う栞はうっすらと笑顔を浮かべていた。
◆◆◆◆◆
この世界に生まれた幸運。
この世界で生きている奇跡。
それを噛み締めながら山乃端 一人 は布団に入る。
この世界で生きている奇跡。
それを噛み締めながら
「私は幸福だ」
今日はいい日だった。
だからきっと明日は良い知らせがあるよ。
だからきっと明日は良い知らせがあるよ。
生活に不満はあっても誰かに不満を抱いたことなどない。善良にして無辜にして脆弱な市民。
なんとかこの慎ましやかな生活を守れたらいいな…そう考えて彼女は眠りについた。
なんとかこの慎ましやかな生活を守れたらいいな…そう考えて彼女は眠りについた。
――まだ居座る冬の冷たさが安アパートに染み渡る午前5時。
彼女は肌寒さで目を覚ました。
なんとか就職先を探せたらいいなあ。そう思う彼女の視界が突如、ぐにゃりと歪んだ。
視界が白黒し、上下が反転し、左右が入り混じるめちゃくちゃな感覚が瞬時に脳髄を走る。
彼女は肌寒さで目を覚ました。
なんとか就職先を探せたらいいなあ。そう思う彼女の視界が突如、ぐにゃりと歪んだ。
視界が白黒し、上下が反転し、左右が入り混じるめちゃくちゃな感覚が瞬時に脳髄を走る。
急激な眩暈を振りほどいて彼女は起き上がる。
「早く仕事の準備しなきゃ 」
そうだ、昨日住み込みさせてもらえる働き口が見つかったんだ。
弁当屋のおかみさんが、「ママになろうって人を放り出せやしないよ!」って言ってくれたんだった。
弁当屋のおかみさんが、「ママになろうって人を放り出せやしないよ!」って言ってくれたんだった。
そうだ、だから今日私は引っ越すんだ。
今起きたのは、ガムテープが足りなくなったからコンビニに買いに行くためだった。
今起きたのは、ガムテープが足りなくなったからコンビニに買いに行くためだった。
そうだ、その通りだ。
一瞬強烈に襲い掛かった違和感と吐き気を振り払い、彼女はまだまだ暗い中コンビニへ向かう。
一瞬強烈に襲い掛かった違和感と吐き気を振り払い、彼女はまだまだ暗い中コンビニへ向かう。
ふと、上を見る。
深く青く冴えわたる空を、一条の光が走った。
深く青く冴えわたる空を、一条の光が走った。
「…あ、流れ星…」
彼女の眼前で、一つの眩い星が堕ちた。
善良にして純朴な彼女は、手を祈りの形にし、願いを口にした。
善良にして純朴な彼女は、手を祈りの形にし、願いを口にした。
私の子供。
不思議な就職。
イノベーションにより活性化する日本。
小さい頃に聴いた流行歌。
生き別れた両親の愛。
遠くても繋がっている友情の絆。
人々を見守るカミサマ。
経済を良くする政府。
不思議な就職。
イノベーションにより活性化する日本。
小さい頃に聴いた流行歌。
生き別れた両親の愛。
遠くても繋がっている友情の絆。
人々を見守るカミサマ。
経済を良くする政府。
様々な思いが彼女の中を渦巻いたが、それでも本心から彼女は祈った。
「世界の報われない誰かが幸せになれますように」
明日は、きっといい日だ。
◆◆◆◆◆
「ベションー!師範 ベションー!!テレビ見たよ!マジすっげえ!半端なかったぁ!!」
相も変わらず子供たちはベションを慕い、集まってくる。
「あれどうやってんの?シコッ!ってやつ!師範 ベション今度教えてよ!」
変わったことと言えば、子供たちが積極的に武術を学ぼうとするようになったことか。
どこかむず痒いような感覚だが、自分の磨いてきた技を誰かに継ぎ、ゆっくりとした時間を村で過ごすのも良いかもな、とベションは思った。
勿論途中で他にヤりたいことが出来てしまうかもしれないが、少なくとも今はそんな未来を悪くは思っていない。
どこかむず痒いような感覚だが、自分の磨いてきた技を誰かに継ぎ、ゆっくりとした時間を村で過ごすのも良いかもな、とベションは思った。
勿論途中で他にヤりたいことが出来てしまうかもしれないが、少なくとも今はそんな未来を悪くは思っていない。
「いや、本当にアンタ凄かったよ!あんなに速く動ける人間がいるんだねえ!」
「儂も長く生きてきたがあんなに熱くなったのは久々じゃあ!」
「儂も長く生きてきたがあんなに熱くなったのは久々じゃあ!」
もう一つ変わったことは、子供たちだけでなく村の大人連中もベションに積極的に関わるようになってきたことだ。妙な余所者として一線引いた付き合いをされていたのが嘘のようだ。
「なんだったらさ!あんた、うちの娘をもらっておくれよ!」
特に魚屋を営むでっぷりとしたおばさんは余程ベションのことが気に入ったのか、娘を嫁に出そうとする始末だ。
おばさんの巨体の後ろからおずおずと娘が顔を出す。まさに村娘といった素朴極まる印象だが、誠実に生きてきた健康さがある。丁寧に働いてきた汗の香りがする。
所帯を持つ、など考えたこともなかったが、もしかしたら師範 ベションにもそういう未来があるのかもしれない。
そんなゆったりとした予感と空気感をおばさんがぶち壊す。背にした籠から立派な、青みがかった鰻を取り出した。
「うちのを貰ってくれたら海や川の幸には困らないよ!ほら!こんなにぶっとくてイキのいい鰻だよ!これ食って精をつけたらバリバリよ!私も父ちゃんとこれで盛り上がったもんよ!」
村のおばさんはガハハと笑い、娘の尻をパシンと叩く。
「うちのはケツがでっかくって安産型だからね!あんたが、アッチ も達人だとしたって、絶対満足させちゃうよ!」
田舎特有の無遠慮な踏み込み方にベションは眉をひそめる。
当の娘も、母の強引さにおろおろと困惑し、頬を赤く染めるばかりだ。
当の娘も、母の強引さにおろおろと困惑し、頬を赤く染めるばかりだ。
はぁ、とため息をついたのち、師範 ベションはハッキリと口にした。
「奥様、そういう品のない冗談、あっしは苦手です」
劇終