見ぃつけた
■ ◆ ■
B-1の何処か。
名も無き亡骸が、そこで横たわっていた。
本来ならそこで役目を終える筈だった殻。
ここで朽ち果てるのを待つだけの存在。
もう、動かない。
…………ピクリ。
―――動かない「筈」だった。
◆ ■ ◆
「……………みんな……………」
牧師――牧野慶が、霧に覆われた道を弱々しい足どりで進んでいた。
「………何処にいっちゃったんだ……………」
……みんな、居なくなってしまった。
見慣れた村人も、住宅も、森林も、何もかも。
自分は、言われた通りに儀式を行なっただけなのに。
―――どうして? どうしてこんな事に?
消えた羽生蛇村の代わりに現れたのは、西洋風のおかしな町並み。
見知らぬ町並み、見知らぬ建造物。
何もかもがかつて居た場所とは違う、異形の世界。
―――まさか、こんな事になってしまったのは自分のせいなのか?
牧野は、自分の義理の父―――牧野怜治の姿を思い浮かべる。
怜治もまた、牧野同様、羽生蛇村の求道師だった。
儀式を失敗させてしまった彼の行く末を、牧野はよく知っている。
―――もしも自分が儀式を失敗に終わらせたら……。
体中から血がサァーッと引いていくのを感じる。
住民から後ろ指を指されながら生きていく人生。
そんな惨めな目には遭いたくない。
―――でも、どうすれば…………。
「八尾さん…………………」
彼は自分の理解者である、八尾比沙子の名を呼んだ。
村人の重圧から自分を救ってくれる唯一の存在。 それが、彼女である。
……勇気も、力も無い彼には、彼女に救いを求める事しか出来なかった。
それが惨めな事である事は彼も薄々理解している。
だが、それでも、彼は彼女に頼るしかなかったのだ。
―――こんな時、八尾さんなら………………。
八尾さんなら、なんと言ってくれるのだろうか。
きっとあの優しい顔のまま、励ましてくれるに違いない。
そして言ってくれる。 「またやり直せばいい」と。
…………やり直す?
「そうだ…………!」
―――そうだ、それがあるじゃないか!
失敗したのならもう一度やり直せばいい。
美耶子様は逃げただけであって、死んだ訳ではない。
探し出して、もう一度儀式を行なうのだ。
そうすれば、儀式は成功し、この変異も終わるに違いない。
「よし…………!」
この事は、牧野の恐怖心を和らげるには十分な物だった。
彼は再び儀式を行なう為に、前よりも軽い足どりで道を進み始めようとした。
だが、その瞬間。
ザザ―――――ザザッ――――
「なっ………………!」
彼の視界が、まるで「壊れたテレビ」の様に変化したのだ。
映っている景色も、ついさっきまで見ていた所ではなくなっている。
「これは……………………!」
牧野は自らの身に起きたこの現象に戸惑いを隠せないでいた。
何故なら、今自分の目の前に広がっているこの光景は、
「つい先程彼が見た場所」にそっくりだったのだから。
ザザ――ザッ―――ザザ―――――
意志とは関係無く、視界は前へ、前へと進んで行く。
まるで、誰かの視界を支配して自分で見ている様だ。
ザッ――ザッ―――――ザザザザッ――
しばらくして、霧の中から人影らしき物がぼんやりと現れた。
牧野と良く似た体格をしたそれは、頭を抱えているようにも見える。
視界の移動する速さが急激に落ちていった。
前方の影に気づかれないように、慎重に進んでいる。
近づくにつれ影はその全貌を露にしていく。
それは、その影の正体は――――――――――。
「私…………………………?」
――――――自分だった。
目の前の人影は、―――牧野慶その人だったのだ。
あの修道服は、あの体格は、紛れも無い自分自身。
良く似ているのではない。 あれこそが自分だったのである。
「…………………………!!」
自らの姿を見た瞬間、彼の視界は元の世界に戻された。
変化した時と同様に、一瞬で。
「あれは…………………!」
……理解出来なかった。
どうして目の前に自分の姿があったのか。
そもそもあれは何なのか。
考えれば、考えるほど、意味が解からなくなっていく……。
――――――…………待て。
あの光景はまるで自分が今まで来た道を辿っているようだった。
あれが、仮に他人の視線だとするのなら?
―――まさか。
……そんな筈が無い。 いや、そんな事があってたまるか。
「誰かが自分を付けている」なんて。
―――有り得ない。
ゆっくりと、恐る恐る振り返る。
―――有り得ない筈だ。
視線の先にいたのは………………。
「………………………見たなぁ…………?」
その、「まさか」だった。
真っ黒な服装……。
人間にしては青白すぎる体色……。
眼球から流れ出る血液……。
その姿は、まるで……まるで……まるで…
まるで…まるで…まるで…まるで…まるで…
まるで、まるで、まるで、まるで、まるで、まるで、
まるでまるでまるでまるでまるでまるでまるでまるで――――――
「化け物…………………………!」
牧野はすぐさま前方に視線を戻し、全力で前へと走り出した。
後ろも振り向かずに、全力で、走る、走る。
―――殺される!!
―――あいつ、自分を襲ってくるに決まってる!!
―――嫌だ! こんな所で死にたくない!!
―――私は帰るんだ! 元の世界に! 八尾さんのいた場所へ!
―――だから……お願いだ! 誰か………誰か……!
「助けてくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
【B-1/犬小屋周辺の道/一日目夕刻】
【牧野慶@SIREN】
[状態]健康 怯え ヘタレ 疲労(中)
[装備]修道服
[道具]
[思考・状況]
基本指針:もう一度儀式を行ない、変異を終わらせる。
0:助けてぇぇぇ!!
※ここが羽生蛇村でない事に気づいているようです。
※儀式を行なえば変異は終わると思っています。
■ ◆ ■
「あらら、行っちゃったよ」
逃げていく影を見つめながら、化け物――闇人が呟いた。
「………まぁ、いいや」
隙を突いて襲ってやろうと思ったが、相手が気づいてしまった。
自分では完璧に気配を消せたと思っていたのに、予想外。
追いかけようもとしたが、少し考えてから、やめた。
自分の今の脚力では、走り去った男に追いつく事は不可能だろう。
それに、この「殻」に憑依してからものの数分程度しか経っていないのである。
まだ器用に走る事は出来ない。
まずは自分を殻に馴染ませなければ。
彼は、傘を揺らしながら牧野の走って行った方向へ歩き出した。
「舞~え舞~え 巫~っと ……ヘヘッ」
陽気に歌を歌いながら、ゆっくりと。 ゆっくりと。