見つからない



 ――医学とは、事実の蓄積である。

 それは医学だけでなく、すべての学問に言えることだ。
 何をどうすれば、どうなるのか。そうした因果関係を収集し、整理する。
そうしてできた体系が、今日までの学術を形成しているのだ。

 ゆえに、学者はまず、事実を受け入れねばならない。
 それは、医者も例外ではない。

 宮田司郎は曲がりなりにも医者である。
思想や動機、目的が人命救助とはかけ離れていても、
医学の知識を修めた人物に変わりない。

 彼は、この状況をまず、事実として認識することにした。

 自分がいた場所が激変しても、見知らぬ土地に飛ばされたとしても、
取り乱さず、その事実を事実として受け止めている。

(これが儀式、か……?)
 その上で、彼は考える。自身の住む羽生蛇村、そこに古くから伝わる秘祭が今日行われるはずだ。
明確な時刻を確認することはできないが、少なくとも、もう始まっているだろう。
だが、儀式といってもそこまで大それたものではない。生贄を伴うが、所詮ただの行事だ。
幸福を祈りはするが、超常現象を発生させるものではない。

 では、この現象はいったい……?
 白衣の男は周囲に視線を走らせる。見たことのない景色、深く立ちこめた霧……まったく原因がわからない。 
判断材料が少なすぎる。儀式の効果か、それとも別の何かか。あるいは幻覚か……。
恋人の殺害が、予想以上に精神を疲労させているのかもしれない。

 宮田は近代化の進んだ街並みを眺めながら、歩きはじめる。妙に霧が濃いので、その速度はかなり遅い。

 まず、儀式に関連性があるかどうか調べよう。これには確かめる方法がきちんとある。
 牧野慶、八尾比沙子。求導師と、その補佐役である者なら、儀式でないかどうかわかるはずだ。
何せ、眞魚教の儀式は彼らが主動で行うのだ。知らない方がおかしい。

 ここはおそらく、自分のいた村ではないだろう。
こんな外観をしていなかったのはもちろんのこと、空気や雰囲気が、どうにも違う。
そうした情報のほかにも、判断する材料はある。自身が殺害した、恩田美奈の亡骸がどこにもないのだ。

『突然彼女の遺体が消えた』より、『突然自分が移動した』の方が、まだ信憑性はあるだろう。
まさか死体がひとりでにいなくなったわけではあるまい。 

 霧深き道を医師は歩く。目的地があるわけではないが、その場でじっとしていてもしかたがあるまい。
ならば、人のいそうな施設を探した方がマシだろう。あの臆病な求導師様のことだ、どこかに閉じこもっているかもしれない。
それか、求導師の補佐役である、あの女性に縋っているか……。どちらにしろ、積極的に動くことはないはずだ。

 霧の中から、特徴的な建物が現れた。宮田はそれをじっと見てから、わずかに落胆の息を漏らす。
「教会だが……これは違う」
 一瞬自身の知るそれかと思ったが、意匠に差異がある。これは別の宗教による教会だ。
羽生蛇村で信仰されている眞魚教とは違う。
「やはり儀式のせいではないのか……?」
 儀式が原因だとすると、疑問が残る。他宗教の教会がありながら、不入谷の教会がないのは不自然なのだ。
宗教とは往々にして他のそれとなじまない。あのキリスト教でさえ、解釈の違いから内部分裂を引き起こしたくらいだ。
 そんなリスクを負ってまで、こんなものを設置する理由はないだろう。

「では、いったい……」
『自分がいつの間にか移動した』という事実に対し、明確な答えがでない。
 因果関係を構築できない――それは識者にとって、不快かつ不安であった。

「“声”も聞こえない、か」
 日頃自分を悩ませる幻聴がないのはありがたいが、五里霧中の状況では、あまり嬉しくはない。
 宮田は憂鬱そうに首を振り、教会の扉に手をかけた。
「調べるしかないな」


 ――学問にしろ医学にしろ、その本質は探究だ。

 医師が病原を調べるため、患者を解剖するように、彼もまた、この“異変”の解明に動く。


 たとえそれが、人智の及ばぬものであったとしても。



【C-2/教会前/一日目夕刻】



【宮田司郎@SIREN】
 [状態]:健康
 [装備]:特になし
 [道具]:懐中電灯
 [思考・状況]
 基本行動方針:状況を把握する。



 ※原作OP直前、恋人・恩田美奈を殺して埋めた直後より参加。


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宮田司郎 罪物語‐ツミモノガタリ‐

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最終更新:2012年06月20日 21:02