罪物語‐ツミモノガタリ‐
【1】
「なあ、本当にこっちで合ってるのか?」
「その筈なんですが……」
夕暮れの『サイレントヒル』の道を、注意深い動作で歩くのは、神代美耶子と牧野慶である。
手を繋いで、牧野が先行する形で歩いていた。
注意深く足を進めるのも、牧野が一歩先に出ているのも、当然ながら理由がある。
美耶子は目が見えない。光すら認知できない、全盲なのだ。
故に、同行者である牧野が彼女を誘導しなければならないのである。
二人――と言うよりも、牧野は人を探していた。
探し人とは、自分の血を分けた兄弟である「宮田司郎」の事である。
あの頭巾の怪人から逃げる際に見たのは、確かに彼の影であった。
彼なら自分達の味方になってくれるだろう。そう思って探索に乗り出したのだが。
「確かに見たんですよ……見た筈なんです」
あれ以来、牧野は彼の姿を見ていない。
人の形をした影なら何度か見たのだが、
よく見てみるとそれらは皆、先程自分達を襲った怪人と大差ない存在ばかりであった。
他人の視界を覗き見る能力――幻視が無ければ、どうなっていただろうか。
考えるだけでも恐ろしい。
「おまえの思い違いなんじゃないのか?」
「…………そうかも……しれません」
自信を無くした牧野は足を止め、俯いてしまう。
彼女の言う通りなのかもしれない。
あの影は心の中に巣食っている「臆病」が見せた幻覚に過ぎず、
自分はそれを追いかけているだけではないのか?
他人に頼る事しか出来ない、弱い自分。
そんな人間が、求道師として村の人々の期待を一身に背負っているのだからおかしなものだ。
どうして、よりにもよって自分が求道師に選ばれてしまったのだろうか。
自分ではない、もっと強い意志を持った者がなっていれば、きっとこんな事には――。
「……顔を上げないと私が見えないって言っただろ」
美耶子の苛立ちの篭った声で、我に返った。
後ろを向くと、彼女は迷惑そうな表情をしている。
「…………すみません……」
牧野の声色は、以前よりもさらに弱々しくなっている。
サイレントヒルに迷い込んだ直後の頃にはあった筈の『希望』は、既に跡形も無く消えていた。
――自分の精神は、すぐ後ろの少女よりも、遥かに脆い。
あまりの不甲斐無さと惨めさに絶望しながらも、求道師の役目を全うする為に、足を進めようとした――その時。
うぉおおおおぉおおおぉおおぉぉおおおおぉぉおおおおおぉん
サイレンと共に、世界は反転した。
【2】
光すら吸い込んでしまいそうな「黒」が太陽を喰らい、空を塗りつぶす。
壁は赤錆だらけの鉄網に変化し、道には小さな肉塊が散らばっている。
地を揺らすような轟音によって、一瞬にして街は表情を変えたのだ。
「これは…………!?」
サイレントヒルの突然の豹変に、宮田は驚愕せざるおえなかった。
一時は、『またしても別の場所にワープしてしまったのか』と
錯覚しそうになってしまったのだが、先程殺した――突然襲いかかってきたから、教会で手に入れた燭台で殴り殺したのだ――ナース服の
怪人がそのままの状態で横たわっている事から、そうではないと認識した。
常識では考えられないような出来事が、目の前で、しかも連続して発生している。
これも儀式のせいだと言うのか。儀式の失敗によってもたらされた悲劇なのか。
宮田は――そうとは思えなかった。
街を構成している建造物といい、街を闊歩している怪人といい、
此処に迷い込んでから自分の目で見たものは、全て羽生蛇村とは全く関連性のないものばかりだった。
眞魚教によって行なわれた儀式が原因なら、何故異教徒の教会が存在する?
儀式は東洋で行なわれたのにも関わらず、何故西洋の街にワープした?
仮に今の変異が、儀式の失敗によって起こったというのなら、
眞魚教――もとい、羽生蛇村を連想させるものが残っていてもいい筈だ。
しかしどうだ。この空間には、羽生蛇どころか日本の特徴すら存在してないではないか。
――これはもしや、儀式とは無関係な場所で行なわれたのでは?
仮にそうだとしたらのなら、一体全体何が原因だったのか。
残念ながら、それの正解に行きつく為に必要なピースは、まだ自分の手元にはない。
居るかどうかは分からないが――この街について、自分よりも詳しい者に出会わなくては。
闇の中を、歩く、歩く、歩く。
クリーチャーは、幻視を用いてやり過ごす。
懐中電灯の光を巡らせて、この街について何か手掛かりになるものはないかを探す。
それを始めて、恐らく一時間は経った頃だろうか。
光が、二人の人間の姿を捉えた。
あの修道服を、宮田は知っている。
【3】
ハリー達の記憶通り、バスは学校の前に停車していた。
しかしながら、それの状態はお世辞にも良いとは言えない。
塗料は既にとれ、赤黒い防錆塗料を露出させており、引っ掻いたような傷もあちこちに存在していた。
(恐らく、傷はクリーチャーによって付けられたのだろう)
割られた窓からは、今の空と同じ色をした『闇』が車内に充満している事を教えている。
――『とうの昔に打ち捨てられたジャンク』というイメージが、そのまま当てはまってしまう程に、それは無残な姿を晒していたのだ。
ハリーと風間がその姿を観察した際にまず最初に思ったのが、「本当に動くのか?」という「疑問」であった。
かろうじてドアは開くようだが、動かないのであれば意味が無い。
ジムは「大丈夫だ、問題ねえだろ」と言っているが、到底そうとは思えなかった。
しかし、どの考えも所詮は「もしも」の話に過ぎない。
実際に動かしてみる事には、始まらないだろう。
バスを運転する為には、まず車内の安全を確かめる必要があった。
暗闇の中に怪物が息を潜めている可能性は、十分にある。
それに気付かないまま発車させてしまったら、きっと――いや、間違いなく惨劇が起こるだろう。
そのような事態が起こらないようにと、まず三人でバスの様子を調べる事になったのだが。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ!なんで僕が先頭なのさ!?」
風間は『自分が最初に足を踏み入れる事』に納得がいかなかった。
自分はこの三人の中で最年少だし、腕っ節も弱いのだ。
にも関わらず、自分が一番危ない位置にいるのはおかしいではないか。
「人殺す度胸があるんだったらこの位平気だろ?」
「それとこれとは話が別だろ!それにアレは『仕方なく』やったんだ!」
「何が『仕方なく』だ。言い訳にしか聞こえねえよ」
どうやら、この黒人――ジムとか言ってたか――は自分の事を心底嫌っているようだ。
あの蔑むような、冷ややかな瞳を見れば、どんな人間にでもそれは理解できるだろう。
――たった一人殺しただけでこの反応!まったく、これだから心が狭い奴は……。
「……時間がないんだ、痴話喧嘩は後でやってくれないか?」
一触即発の空気に横槍を入れたのは、イラついた表情をしているハリーであった。
できるだけ早く教会に行きたい彼にとっては、口論など無駄以外の何者でもない。
「私が前に出る。それでいいんだろ?」
「オイオイ……アンタ正気かよ?後ろから襲われるかもしれないんだぞ?」
風間望は殺人鬼である事が、ジムが彼を嫌悪する最大の理由である。
理由はどうあれ、彼は無抵抗の女性を殺したのだ――しかも、嬉々とした表情で!
そんな奴に背中を預けれるだろうか。少なくとも、ジムには考えられない事である。
「さっすがー!どっかの喧しい黒人と違ってハリー『さん』は話が分かる!」
風間の挑発に対して、ジムはもう何も言わなかった。
唯、軽蔑の篭った視線を風間に向けるだけである。
【4】
バスの内部に誰も居ない事を確認し終えたハリー達を待っていたのは、三人の東洋人だった。
白衣の男と、修道服の男と、黒いワンピースの少女である。
どうやらハリーは、修道服とワンピースとは以前出会っていたようで、生きて再会できた事を喜んでいた。
修道服は「牧野慶」、ワンピースは「神代美耶子」という名前らしい。
久しぶりに出会えた「美少女」に、風間はえらく饒舌に話しかけていた。
尤も、美耶子の方はそれを嫌な顔をして聞き流していたのだが。
しかし一方で、白衣の男とは初対面であった。
「宮田司郎」と名乗るこの男は、明らかに二人とは違う雰囲気を醸し出している。
口調こそ平坦なものだが、心の奥底に『何か』を隠し持っているのでは――?
牧野は「信頼できる人」だと言ってはいたが、本当にそうだろうか。
一先ず、六人はバスの中で情報交換を始める事にした。
ジムはバスの点検の為に運転席に、他の五人はボロボロになった客席に座る。
そして一人ずつ、この世界――サイレントヒル――で体験した出来事を語っていく。
風間はそれを見て、此処に迷い込む直前に獲物に対して行なった『七不思議の集会』を思い浮かべた。
他の殺人クラブの面々は、今頃どうしているのだろうか。
『風間が行方をくらました!』と言って大慌てする仲間達を想像するが、すぐにそれを否定した。
彼ら――特に日野――が仲間を思っているとは考え難い。
どうせ、自分の事など気にせずに『狩り』を続行しているのだろう。
こっちの苦労も知らないで、つくづく暢気なものだ。
そんな事をしている内に、風間の番が来た。
彼が話したのは、「どうやって此処に来たか」に加えて、
「遊園地のウサギの大群」、「教会の女と赤い水」の三つである。
(当然、殺人クラブの事は隠しておいた)
しかしながら、それらどれも彼の誇張や偏見によってかなり脚色されていた。
「さっき殺した女は誰なんだ」という野次が乗客席の方から飛んできたが、
それには知らん顔をしておいた。
【5】
「俺は学校に行こうと思います」
宮田の突然の別離宣言に、牧野は面食らった。
情報交換が終わったと思ったら、突然そんな事を言いだしたのだ。
「どうしてだ?皆で集まった方が安全じゃないか」
美耶子が問いかける。
それは恐らく、此処に居る全員が思った事であろう。
何故、わざわざ危険に身を晒すような真似を?
「そうですよ……そうだ、皆さんで学校に行けば……」
「結構。俺の我が侭にあなた達を巻き込むわけにはいきませんから」
宮田はそう言い放ってみせた。
その言葉の中には、「付いてくるな」というニュアンスが込められているように、牧野は思えた。
「ちょ、ちょっと待った!僕も学校に行くよ!」
何の前触れもなく、風間がそう言いだした。
先程宮田の言った事など、まるで聞いていなかった様にすら思える。
「あ、あの学校については僕が詳しいからね……ガイドは必要だろ?」
彼は得意げにそう言っているが、それらは全て嘘である。
彼ら――正式には、ジムとハリーから逃げる為に、何としてでも宮田の後を追いたいのだ。
その為なら、いくらでもホラを吹こうではないか。
「嘘付きやがれ!どうせオレ達から逃げたいだけだろ!殺人鬼!」
「なッ……き、君もしつこいね!あれは仕方ない事なんだってあと何回言えば分かるんだ!?」
「どうせミヤタを殺す為に後を「いいですよ、構いません」……ハァ!?」
宮田の予想外の反応に、ジムは驚愕せざるおえなかった。
――少年とはいえ、殺人鬼を仲間に加えるだと!?
「正気かよアンタ……何するかわかんねぇんだぞ?」
「いいんですよ、仮にそうなったとしても、これがありますから」
そう言いながら、宮田は一丁の拳銃を取り出す。
彼が殺したバブルヘッドナースから徴収したものだ。
それを見た風間の顔がみるみる青ざめていく。だが、同行を取り消す気はないようである。
「まあ、使わないのを祈りましょうか」
宮田は立ち上がり、バスの入り口に足を進める。
それを止める者はいない。止めようとしても、無駄だと分かっていたからだ。
「……また会おう、ミヤタ」
「ええ、また会いましょう、ハリーさん――生きていたら、ね」
宮田がバスを降り、白衣をなびかせながら去っていった。
風間も、大急ぎでそれを追い始めた。
【6】
ハリー達と別れた後の風間は、随分と上機嫌だった。
ジムと離れれたのが、よほど嬉しかったのだろう。
時々彼の悪口を吐き散らしていた事から、相当嫌っていた事が伺える。
まあ、宮田にとっては、風間などどうでもいい存在なのだが。
彼が持っていた情報は既に入手している。
行動を共にする意味などもう無かったが、かと言ってそれを突っぱねる理由もない。
『来たい』と言ったから、それを許可したまでに過ぎないのだ。
誰がついて来ても良かったし、単独行動でも構わない。
むしろ、多くの人間と行動は出来るだけ避けたかった。
自分の思い通りに事が進まなくなるのは、変異の解明に大きく支障をきたすだろう。
医者の『治す』という行為は、その病気の謎を『解き明かす』という事でもある。
同じく医者である宮田も、変異という『病』の正体を知る為に、学校に足を踏み入れる。
そこで待ちうけるのは、新たなピースか、それとも――。
【夜中/A-3/雛城高校前】
【宮田司郎@SIREN】
[状態]:疲労(小)
[装備]:燭台、拳銃(?/6発)
[道具]:懐中電灯
[思考・状況]
基本:生き延びて、この変異の正体を確かめる。
0:学校を調べる。
1:変異について詳しい者から話を聞きたい。
2:風間はいてもいなくても良い。
※情報交換をしました。
【風間望@学校であった怖い話】
[状態]:数箇所を負傷、疲労(大)、上機嫌
[装備]:制服
[道具]:ルールの書かれたチラシ、ティッシュ
[思考・状況]
基本:脱出方法を模索する。
0:宮田と行動する。ジムと離れたからスッキリ
1:他の人間を脱出に利用する。 邪魔者は排除
2:“赤い物体”については、とりあえず記憶に留めておく程度
3:遊園地には二度と行きたくない
※情報交換をしました。
※五人に「雛城高校に詳しい」という嘘をつきました。
しかし誰も信じてません