その誇り高き血統



(一。……古の地を、犯すべからず…………)

夜見島の漁師達と比べても見劣りのしない程に立派な体躯の警察官。
そんなケビンに肩を貸すともえの姿は、傍から見れば酷く滑稽に映るのかもしれない。
今のともえは、預けられる体重を何とか支えているとは言え、まともに歩けているとは言い難く、
気を抜いてしまえばのしかかる重さにすぐにでも潰されてしまいそうだった。
歯を食い縛りながらゆっくりと一歩ずつを踏み出して進む。
その度に、決して大きくはない身体には負担がかかった。
草履の鼻緒に食い込む指又が徐々に痛みを訴え始め、進む程に辛さは増していく。
改札口に先行して安全の確認をしているジルの背中が、距離以上に遠くに見えた。
後何歩であそこまで到達するのか。後どれ程このまま歩かなくてはならないのか。
そんな弱気な考えが頭をもたげてくる。
ケビンの体重を支えながら歩く事は、肉体的にも精神的にも想像以上に過酷な重労働だった。

(一。……光を恐るる者は、古のものの、使いなり。誑かされる、べからず…………)

それでもともえは、今はこの役目を投げ出したくはなかった。
身体の悲鳴は極力聞こえない振りをして、しっかりと前を見据えて歩を進めた。
今は、何かをしていなくては、後ろを振り返ってしまいそうだったから。
後ろを振り返ってしまえば、折角堪えてきた涙が流れ落ちてしまうから。

(一。……海に潜みし、穢れに……。穢れに…………)

漏れかけた嗚咽。必死に喉に力を込めて食い止める。
昇ってきた階段を振り返れば、まだそこに父、常雄が居るような気がしていた。
そう。先程のあれは、常雄だった。
直接姿が見えたわけではない。だが、ともえには『視えた』。
電車の中。あの亡霊共が消え去った直後。
今にも泣き出しそうな自分自身の顔が。その顔に優しく差し伸べられていた二本の腕が。
まるで誰かの視界から見ているような感覚でともえには『視えた』のだ。

(お父、様っ……)

『視えた』映像が気のせいや勘違いとは不思議と思えなかった。
奇妙な確信と実感がある。
自分に差し伸べられた腕。
あの場で感じた優しい温もり。
それらは、確かに常雄のものだった。
自分の危機を救ってくれたのは常雄だった。
そんな確信と実感が確かにあるのだ。

(一。……海に潜みし穢れに用心し、妊み女を決して、海にいれるべからず…………)

それは同時に、常雄の死を受け入れてしまったという事でもある。
島の皆を探そうと決めた矢先の、残酷な再会。
決してそんな再会は望んではいなかった。出来る事なら力を合わせ、この怪異に立ち向かいたかった。
しかし常雄は既にこの街で、或いはあの津波で、命を落としてしまっていた。
そして、列車と共に闇の中に消えて行ってしまった。
力を合わせて共に戦う――――その望みはもう叶う事のない御伽話なのだ。

(一。……赤子生まれし、ときには、滅爻樹に、名を、書き連ねよ…………)

それでも、そうは理解していても、振り返ればまだそこに常雄が居るような気がしていた。
その気持ちは、甘えに過ぎない。
常雄に居て欲しいと願うともえの心から来るただの甘えに過ぎないのだ。
だからこそ、ともえは今は振り返る事は出来ない。
後ろ髪を強く引かれているが、未練はすぐにでも断ち切らなければならない。
常雄が居なくなってしまった今、太田家の総領は自分だ。
太田家の誇りと使命を受け継ぎ、夜見島の皆を率いて『穢れ』に対峙しなくてはならないのは自分なのだ。
悲しみに沈んではいられない。未練に心を縛られて挫けている暇などあろうはずがない。
心を強く持たねば、加奈江には。穢れには。そしてこの事態に立ち向かう事など出来るわけがないのだから。

(一……人死にの際には、葬儀において、滅爻樹を用いること、忘れるべからず…………)

総領としての自覚を己の心に刻み込む様に。
ともえは、太田家秘文の伝書に記された『命』を、頭の中で諳んじる。
繰り返し、繰り返し、諳んじる。


父への想いはこの場に置いていくつもりで、ともえは一歩、一歩、階段から離れ、改札口に近付いた。


背後に浮かび上がっている気がしている父の幻影を頭から振り払い、ともえはケビンを先に改札口を通した。


――――「   」――――


聞こえるはずのない言葉を背中に受けて、ともえは改札を抜けた。


涙が一筋だけ頬を伝い、アスファルトに落ちた。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


眼前に広がるのは、赤一色の湖だった。
常識とはあまりにもかけ離れた狂気じみた光景は精神にストレスを与えるものだが、
ケビンも、ジルも、ともえも、然程驚きは感じなかった。
良い事なのか、それともそうではないのかは分からないが、この事態に3人共慣れてきてしまっているようだ。

「地図の真ん中の湖はこれなんでしょうね。
 それならやっぱりここはC-3の駅って事で良いみたいね」
「いくらなんでも濁りすぎじゃねえか。こんなんじゃバリーだって敬遠するぜ。
 ヴィクトリー湖と違って観光客は呼べそうにもねえなこりゃ」
「案外その辺で竿投げてるかもしれないわよ? ケンドと一緒に」
「へっ、あの釣りバカ達ならそれもあるかもな。
 まあ、あいつらも迷い込んでるなら合流したいところだが、そうじゃねえ事を祈るか」
「それはもう切実にね。……それよりどうするの? とりあえず現在地の見当はついたけど」

この湖は改札を抜けた正面に見えていた。
つまり現在地はC-3の駅の東側。目的の警察署はこの道を北に進み、右手の跳ね橋を渡った先だ。そこまでは間違いないのだが――――。
3人は道の南側を振り返った。そちらの方向には、小さな明かりが朧気ながら見えていた。
その明かりはともえ曰く、提灯という照明具の明かりに似ているらしい。
ともえの見立てが正しければその場所には生存者が居るという事になる。
もしそうならば、ジルやケビンの心情としては救出に向かいたいのだが、
正直今の彼等の状態で満足な救出活動が行えるとは思えない。
生存者がジル達のように戦闘を行える人物ならばありがたいが、
ともえのように保護の対象であるならばとても手が回らないだろう。
更に言えば明かりは先程のラクーン駅でのように建物の照明に過ぎないという可能性もある。
その場合はただの無駄足にしかならず、ケビンの事を考えれば文字通り致命的なタイムロスになりかねないのだ。

明かりに向かうか。警察署に向かうか。
どちらの選択肢を選ぶにしても、メリットもデメリットも同じくらいには存在するだろう。

(やれやれ、さしずめライブセレクションって言ったところかしらね……)

ジルは一つ、小さく溜息を吐いた。



【C-3/C-3駅の改札付近/一日目夜中】


【太田ともえ@SIREN2】
 [状態]:身体的・精神的疲労(大)、ケビンに肩を貸している、この事態に対する怒り
 [装備]:髪飾り@SIRENシリーズ
 [道具]:なし
 [思考・状況]
 基本行動方針:夜見島に帰る。
 1:夜見島の人間を探し、事態解決に動く。
 2:ケビンたちに同行し、状況を調べる。
 3:事態が穢れによるものであるならば、総領としての使命を全うする。
 ※闇人の存在に対して、何かしら察知することができるかもしれません
 ※幻視を体感しましたが、自在に使用出来るかどうかは後の書き手さんに一任します


【ケビン・ライマン@バイオハザードアウトブレイク】
 [状態]:身体的疲労(中) 、左肩と背中に負傷(左腕の使用はほぼ不可)、T-ウィルス感染中、手を洗ってない、ともえに肩を借りている
 [装備]:ハンドライト
 [道具]:法執行官証票、日本刀
 [思考・状況]
 基本行動方針:救難者は助けながら、脱出。T-ウィルスに感染したままなら、最後ぐらい恰好つける。
 1:また選択かよ。
 2:警察署で街の情報を集める。
 ※T-ウィルス感染者です。時間経過、もしくは死亡後にゾンビ化する可能性があります。
 ※傷を負ったためにウィルス進行度が上がっています。
 ※左腕が使用できないため『狙い撃ち』が出来なくなりました。加えて精度と連射速度も低下しています。
 ※闇人がゾンビのように敵かどうか判断し兼ねています。


【ジル・バレンタイン@バイオハザード アンブレラ・クロニクルズ】
 [状態]:疲労(中)
 [装備]:ケビン専用45オート(装弾数3/7)@バイオハザードシリーズ、ハンドライト
 [道具]:キーピック、M92Fカスタム"サムライエッジ2"(装弾数0/15)@バイオハザードシリーズ
     M92(装弾数0/15)、ナイフ、地図、ハンドガンの弾(24/30)、携帯用救急キット、栄養ドリンク
 [思考・状況]
 基本行動方針:救難者は助けながら、脱出。
 1:明かりに近付く? それとも警察署に向かう?
 2:どこかでケビンの傷の処置をする。
 3:警察署で街の情報を集める。
 ※ケビンがT-ウィルスに感染していることを知っています。
 ※闇人がゾンビのように敵かどうか判断し兼ねています。




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最終更新:2012年06月23日 17:32