地球最後の警官



「どこに行くつもりなんだ?」

マービン・ブラナーはショットガンを肩に担いだ目の前の老人に向けて問いかけた。
その質問には答えず黙々と歩を進める老人に少し苛立ちを感じたが、あくまで理性的に再度問いかける。

「おい、どこに行くつもりだ?ここは俺の知っている街とは大分様子が違う、観光案内はしてやれんぞ?」

ラクーン市警に長年勤務して仕事をこなしてきた自分にとって、この街は庭の様な物だ。
普段ならば、大通り沿いの店から主要な観光地、誰も知らないような裏通りまで地図を持たずに案内出来るだろう。
だが、その馴れ親しんだ街で最も長い時間を過ごした建物―ラクーン市警察署―の隣には、有るはずの無い物があった。
自身の正気を疑うような色に染まった湖。
ラクーンにも湖は有るが、都市部の警察署の真横、それも真っ赤に染まった湖など有るはずが無い。
なのにそれは確かにそこに存在していて、心なしか自分を惹き付けているようだった。
自身の復活、加えて有り得ない色の湖。
ここ数日街に起こっていた異変も霞んでしまいそうな程あまりにも現実離れした事の連続と目の前の未だ質問に答えない老人への対処をぼんやりと考え憂鬱に襲われつつ、自嘲気味に呟く。

「死んでからも苦労するのは相変わらずか…?」

自分と違って気楽で能天気な同僚をふと思い浮かべ、マービンは思わず溜め息をついた。









背後で唸る警官を一瞥し、志村は思った。
彼には迷いがある。
服装を見ればわかるが、生前は警官であったのだろう。大方自分を犠牲にして化け物達から生存者を庇い死んでしまった―という所か。
英雄と呼ぶに相応しい死に様だが、異形と化した以上は皆同じ。何を残そうと、どんなに誇り高き死に様だろうと。

生者の心に残るのは彼が悲劇的に死んだという事実。
死者が最後に持つ感情は生者を守り通した事への誇り。

彼は誇りを持って死んだ。それ故に、迷う。
正義を貫いた誇り、自尊心。守り通した生存者への生き抜いて欲しいという願い。
恐らく死の直前のそんな思いが迷いを生むのだろう。

他者を傷つけ、自分達の世界に引きずり込む事への迷い。
異形となってしまった以上、例え英雄であったとしてもそれは万人が受け入れなくてはならない宿命。
異形と化したのなら、異形としての宿命を果たす。
それが自分達にとって救済ではなく、一時的な逃避に過ぎない事は解っている。しかし、他に道は無い。死ぬ事も許されずに苦しみ続ける自分達に選択の余地など残されていない。
怪異から逃げ、化け物となる事を拒み、全てに絶望して銃口を咥えた哀れな男の成れの果てがこの姿なのだ。
もう、逃げ場など無い。
逃げようとすれば、最も望まぬ結果が訪れる。

人としてでは無く、異形としてある為に戦う。その逃れる事は許されぬ宿命と異形と化した自分達を、化け物―志村晃は深く呪った。









前を歩く老人の姿をぼんやりと眺めながらマービンは考える。
彼は何者なのだろうか。初めて会った時に狙撃銃を求めていた事から察するに、ハンター、若しくは猟師といったところか。
いや、もしかしたら第二次大戦あたりで活躍した伝説の狙撃兵かもしれないが。そう思わせる風格と威圧感をこの老人は持っている。過去に何があったのかは知らないが、修羅場を潜ってきたのは確かだろう。
理由はともかく、銃の扱いに長けている事には変わり無い。銃は彼に持たせておけば民間人といえどそう簡単にやられることはないだろう。と、そこまで考えた所で件の老人―シムラが重々しく口を開いた。

「お前さんは…どう思う」
「何が?」
「人として在るために苦しみ続けるか、受け入れて殺戮に興じるか、どちらを選ぶ?」
「どういう事だ?」
「さっき言っていたな。無関係な人々を巻き込みたく無い、と。」
「ああ。出来るなら誰も殺したくない。」
「それを選ぶとなると俺達は化け物として疎外され、忌み嫌われて一生、いや永遠に苦しみ続ける事になる。それより、化け物としての本能に従って仲間を増やし、俺達の楽園を作る方が楽だとは思わんか」

俺達の楽園、とはどういう意味だろう。確かに自分は一度死んだとはいえ、自我を残している。シムラの言う肉塊やゾンビ達に比べればずっとましだと思う。自我が残っていればまだ人間らしい行動も取れるだろうし、社会を作る事も可能な筈だ。だが、化け物と化した自分がそれを実現するには――――。
不意に昔読んだ小説を思い出した。

「俺達の楽園…か。シムラさん、あんた『地球最後の男』って小説を知ってるか?」
「いや、そうした文化的な物には縁の無い生活をしてきたのでな。」
「そうか…まぁ俺もよく覚えてないんだが、確か主人公以外の全人類が吸血鬼と化してしまった世界が舞台だったかな。主人公はたった一人で吸血鬼の群れと戦い続けるんだが、とうとう最後には捕まっちまうんだ。」
「…………それでどうした」
「吸血鬼に処刑される直前に主人公は気付く。化け物と化していたのは自分の方だ、と。人々の寝静まる昼間にたった一人で次々と仲間を殺していく伝説の存在――――。」
「価値観の逆転、か。」
「そういうことだ。シムラさん、あんたの言う"俺達の楽園"ってのはこの価値観の逆転した社会の事だろ?」
「そうかもな」
「確かに化け物の俺達は忌み嫌われるだろうな。だから自分達の社会を作りたいってのも理解出来る。だがな、それは本当に無関係な人々を巻き込んでまで作る価値の有る物なのか?」
「………」

自身が何の為に生き残り、何の為に死んだのか。
答えは解っている。生存者達の為だ。警察を頼りに避難してきた数名の民間人と共に戦った同僚、生意気な新人達。
彼らの為に死ぬのなら、悪くないと思っていた。
しかし、その"名誉の戦死"を遂げた自分が生き返り、生存者達、我が身を犠牲にして助けた人々に襲い掛かったら?
そんな光景はここ数日で何度となく見てきた。だが自分は彼らとは違う。"自我"を残しているのだ。
"自我が残っていればまだ人間らしい行動も取れる"人間らしい行動とは何か?決まっている。かつて自分の生きていた時の様に振る舞うだけ。
自分のすべき事はコミュニティを作ったり、仲間を増やす事ではない。生きていた時の行動、それは生存者の救助。それが自分のすべき事。
ならば――――。

マービンは腰のベレッタを抜き出し、志村の鼻先に向けた。

「だから俺は、あんたとは違う俺の社会を作ろうと思う。不死身なら、警官として最適だろう?」
「……好きにするといい。」
「一つだけ聞かせてくれ。あんたは本当に考えを変える気は無いのか?」
「俺の様な頑固者は考えを変える柔軟さを持ち合わせてないんでな。」
「…世話になった。残念だ。」
「達者でな。」

表情一つ変えずに別れを告げる志村に銃口を向けたまま油断なく後退り、ある程度距離を取った所で背を向けて走る。目指すはかつての、いや、現在も自分の職場――――。

(STARSの連中に新入り、それと民間人。そいつらが警察署に来るかもしれん。俺はまだあそこを離れる訳にはいかないんだ。)

遠ざかっていく警官の後ろ姿を見つめ、志村はゆっくりと銃を下ろした。
撃てなかった。
彼の行動から察するに、今度会う事があれば彼は自分を撃つ事も嫌わないだろう。だから、ここで倒しておこうと思った。
なのに撃てなかった。
狙撃に向かないショットガンとはいえ、彼が背を向けた距離位ならば、致命傷とまではいかなくても動きを止める程度の威力の弾丸を放つ事が出来ただろう。
ただ、引鉄を引く事か出来なかった。
あの男には他者を傷付ける勇気が無かった。
自分も同じ――――。
いや、違う。自分は覚悟を決めたのだ。仲間を増やして楽園を作る。自分がする事はそれだけだ。
だが――――。
(それは本当に無関係な人々を巻き込んでまで作る価値の有る物なのか?)
頭に浮かんだ彼の言葉を振り払う様に、老狩人は天を仰いだ。

【C-2/教会前/一日目真夜中】

【マービン・ブラナー@バイオハザード】
[状態]健康、腹部に僅かな痛み(傷はほぼ完治)、希望と不安
[装備]ベレッタM92F(15/15)
[道具]壊れた無線機
[思考・状況]
基本行動方針:生存者(人間)の援護及び救助
1:警察署に向かう。
2:署内の武器の捜索。
3:少年(須田恭也)と軍人(三沢岳明)に会わないよう注意。

※"今のところは"他人を傷つける気は無いようです。

【志村晃@SIREN】
[状態]健康、他者を傷付ける事への迷い?
[装備]レミントンM1100-P(4/5)
[道具]ショットガンの弾(28/28)、村田銃の弾(32/32)
[思考・状況]
基本行動方針:人間達の殲滅。
0:…………。
1:何処に行くべきか…
2:マービンの行方が少し気になる。
3:村田銃を取り返したい。

※警察署内から他にも何か持ち出しているかもしれません。




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最終更新:2013年05月28日 20:46