さらに深い闇へ
不気味な程に静まり返った闇夜の中の住宅地。
雛咲真冬は石製の階段上にある建物を懐中電灯の灯りで照らし出していた。
血と、錆と、得体の知れない黒ずみと。
単に荒れ果てているだけではない。御多分に漏れずと言うべきか、建物の壁には生理的な不快感を刺激する、触れる事を躊躇わせる様々なものが浮き出している。
今からこの中に足を踏み入れなければならないのだが、この分であれば内部の様子も大差ないであろう事は想像に難くない。
自分一人ならば、我慢すれば済む話ではあるが――――案内役の玲子に再び不快な思いをさせてしまう事には、多少の後ろめたさを覚えていた。
とは言え、表に一人で居させるのも躊躇われる。今は連れて行く他ないのだろう。
自分のすぐ後ろに立つ玲子に、真冬は目をやった。
「玄関はあそこなんですね?」
「えーと……はい。でも……ホントに入るんですか…… ?」
「ええ。もしかしたら何か分かるかもしれない。行きましょう」
足元に楕円形の光を移し、一段一段慎重に上がっていく。
鉄製の手摺は赤錆で腐り切っていて、触れる事を躊躇わせた。
反面、石段は頑丈そのもので、壁に付着していた様な汚れも無く足を滑らせる様な心配も無い。手摺の世話にならずとも済むのは細やかな幸運か。
階段を昇り切り入り口の様子を確認する真冬の背中に、玲子の声がかけられた。
「でも……荒井先輩は死んじゃってるんですよ? 分かる事なんてあるのかなあ?」
玲子が最初に目を覚ましたアパートの前に、彼等二人は立っている。
巨大ゴキブリの襲ってきた民家から飛び出してみれば、真冬達を見失ったのか、それとも単に外への出口を見つけられなかったのか。
理由は不明だが、虫達は外にまでは追っては来なかった。
音の正体が何だったのか、玲子は知りたがったが、真冬はそれを正確には伝える事はしなかった。
この年頃の少女がゴキブリを恐れる様はよく知っているつもりだ。妹がそうなのだから。
果たして玲子も虫は得意ではないらしく、靴ほどの大きさの虫が襲ってきた、との真冬の事実を濁した返答でも悍しそうに身を震わせていた。
そうして二人は通りに出た。
一つの危機を脱し、安堵の息を吐いたところで、真冬の脳裏に浮かんでいたのは玲子との話に出て来た荒井少年の事。
ゴキブリのせいで聞きそびれてしまったが、玲子は名簿に載っていない人物と行動を共にしていたというのだ。
トイレにあった細田友晴の白骨死体といい、荒井の存在といい、どうにも分からない。
その疑問を玲子に打ち明け、色々と話を聞いてみれば――――。
「――――でね、荒井先輩こう言ったの。『福沢さんの話は僕の記憶に無い事です』って」
「記憶に無い?」
「はい。私達はパラレルワールドから呼ばれたんじゃないかって言ってました」
「それは……SF小説や映画なんかである、あのパラレルワールドという事ですか?」
「他にあるんですか?」
「いえ…………ただ荒井君は本気でそれを信じてたのかなと思って。
いくらこんな状況とはいえ、あまりにも突拍子もない話だ。こう言ってはなんですが、荒井君にからかわれたのでは?」
「え~、そんなことないと思いますけど? 後は……そうそう、『僕達は断罪の為に集められたんじゃないか』とか」
その言葉に、真冬は強く惹き付けられた。
断罪。確かジェイムスの霊が似た様な事を話していたと記憶している。
――――そう。『私は罰を受けたんだ』。ジェイムスは確かにそう言っていた。妻を手にかけ、意思を裏切った罪に対する罰を受けたのだと。
罪を裁かれたと考えてたジェイムスと、自分達が呼ばれた理由を断罪の為だと推測していた荒井。これは偶然なのだろうか。
いや、偶然かどうかはさておくとしても、荒井という少年がやはり何かを知っていた可能性は充分に考えられる。
であれば、彼の霊魂に話を聞く理由は一つ増える。
無論話を聞けるかどうかは分からないし、最悪
射影機を使わねばならない状況に陥るかもしれないが、危険を押して行くだけの価値はある筈だ。
真冬達がこのアパートの前まで来たのは、それ故だった。
荒井が死んでいるのに分かる事などあるのか。
そう疑問を呟いた玲子に、真冬は振り返ろうとしなかった。何と答えようか、言葉に詰まってしまった。
“ありえないもの”が見える体質。玲子にこの体質を打ち明けるつもりは真冬には無い。
玲子が信用出来ないから、ではない。それは玲子に限った事でもない。
真冬にとっては、それを打ち明けない事は至極当たり前の事だからだ。
――――絶対に誰にも霊が見える事を話してはならない――――
幼い頃からずっと。真冬達兄妹は母深雪にそう言い聞かされて育てられてきた。
心優しく、いつでも誰とでも穏やかに接していた母だったが、その時だけはまるで憑かれた様な気迫を見せて。
何故話してはいけないのか。それを問い返した事はない。真冬も深紅も、それこそ直感的には答えを知っていたからだ。
母から遺伝したというこの能力は、兄妹には感受性の鋭さも与えた。
他人の心が読める、という訳ではないが、他人の心の動きを敏感に感じ取れてしまうのだ。
特に、負の想いに晒された時にそれは顕著になる。それは人に限らず、“ありえないもの”の想いでも。
故に分かってしまう。下手に他人に打ち明ければ、好奇の目に晒されるか、異端視される事になると。――――幼少時代の母がそういった扱いを受けてきた様に。
決して他人とは分かり合えない体質なのだ。心を許せるのは、同じ体質を持つ身内だけ。
友人であろうと、恩人であろうと、親しくしようと考えていても、無意識の内に距離を置いてしまう付き合い方。それが真冬にとっては当然の事。
自らを曝け出さない事には、慣れ切ってしまっている――――。
諦めにも似た冥(くら)さをその瞳に浮かべていた真冬は、結局玲子に振り向く事も答える事もせず、扉に手をかけた。
静寂と闇、そして普段の世界には有り得ない程に強い瘴気が支配する世界の中で、錆び付いた軋みを小さく立ててドアは開く。
内部を覗き見れば、様相は確かに荒れ果ててはいるものの、想像していたよりも幾分かはまともな状態ではあった。
照明も死んでおらず、薄暗い事は薄暗いのだが、懐中電灯無しでも不自由しない程度には明るさを保っている。
とりあえずの危険が無い事を確認し、真冬達は中へ入る。再びの軋みを立てて、ドアは閉まった。
然程広くもない空間。ここは非常階段であるらしい。
四方に灯りを巡らせても、階段以外にはアパート内部へ通じると思われる扉しか見当たらない。
「それで、荒井君はこのアパートの何処に……?」
「この上です。階段の上で……三角形の頭した怪物に襲われて……」
玲子が指した階段上に、真冬は灯りを向けた。アパートに入ってすぐの事だったとは、何となくだが考えていなかった。
とりあえず下からでは死体は見えない。“気配”も今のところ感じられない。
「二階ですか? 三階ですか?」
「あ、三階行けませんでしたよ」
「……そうですか。分かりました。福沢さんはここで待っていて下さい」
「え? でも……」
「無理に見る事はありませんよ。大丈夫、すぐ上なんでしょう? 何かあったら呼んで下さい」
玲子を気遣う気持ちも本音ではあるが、半分は真冬の都合でもある。
もしも荒井の霊と遭遇出来たとしても、玲子に側に居られてはまともに話す事も出来ないのだから。
不安気な玲子に一度だけ微笑むと、真冬はショルダーバッグから射影機を取り出し、階段を上がった。
二階の様相は、基本的には下と同じだった。
奥へのドアが開きっ放しにされている事と、学生服を着た無惨な死体がある事を除けば、だが。
これが荒井少年の成れの果てなのだろう。――――そう考えつつ灯りを死体に向けた刹那、真冬は違和感に首を傾げていた。
(……これは、作り物なのか?)
顔と胸。どちらにも大きく開けられた風穴から見えるのは、生々しい脳味噌や腸ではなく単なる木片と思わしき物質。
真冬とて本物の死体を見た経験は、精神を病んで庭で首を吊った母親のものを含めてほんの数回しかないが、死亡した状態を基とした“ありえないもの”は数多く見てきている。
目の前のそれが、ただの作り物――――人形であり、人の死体では無い事は瞭然だ。
とすると、ここで死んだ筈の荒井の死体は何処に行ったのだろうか。
辺りに意識を集中させるが、やはり“気配”は無い。いや、それどころか――――。
(血の跡すらない……?)
ここには人が殺された様な痕跡すら無い事に、真冬は漸く気が付いた。
場所が違うのだろうか。いや、玲子はすぐ上と言ったのだ。外から見ればこのアパートは三階建てだったが、三階への階段もこの場所には無い。
念の為に開け放されたドアから廊下を見てみるも、そこにあるのは得体の知れない異形の死体のみ。まさか、こちらが荒井という事もあるまい。
真冬はもう一度非常階段の辺りを見回す。やはりあるのは人形だけだ。
もしかすると、荒井が怪物に殺されたというのは玲子の思い違いなのだろうか。
荒井はあくまでも負傷しただけで、玲子が去った後に自力で何処かに逃げたという可能性もあるのではないだろうか。
だが、それでも怪物に襲われて負傷したというのであれば血痕の一つや二つはある筈だ。それが一切見当たらないというのは――――。
ふと脳裏を過ぎる、暗い疑念。
真冬は階下の玲子に意識を向けた。
思えば、荒井の話は玲子から聞かされただけに過ぎない。その話に信憑性はあるのだろうか。
名簿に載っていない少年の存在。
もしも荒井に関する話の全てが、彼女の狂言だったなら――――。
あるべき場所に無い死体。
もしもこの場所に真冬を誘き寄せる為の、でまかせであったなら――――。
殺し合いの掟が支配する町。
もしも彼女が、真冬を殺そうとしていたのなら――――。
(いや、違う……。彼女が嘘を言っていたようには思えない……)
浮かび上がろうとしていた疑念を、真冬は直ぐ様打ち消した。
確かに理屈の上では、玲子の言動は辻褄が合わず疑わしく思える。
しかし、これまでの彼女が見せてきた怯え、喜び等の様々な感情が真冬を騙そうとしているものだとは、どうしても思えないのだ。
人を騙そうとするよりも寧ろ、感情をすぐ顔に出してしまう様な素直さ、率直さ。玲子から感じ取れたのはそんな単純な印象だった。
根拠の根底にあるのは所詮は己の直感でしかないが、真冬本人としてはそれで充分な事。
玲子は少なくとも嘘をついてはいない筈。真冬はそう信じる。玲子を、ではなく、自身の感性を。
――――であるならば、ここでは一体何が起きたというのだろうか。
(福沢さんに聞いてみるのが一番早いんだろうが、その前に……)
この場に唯一残されている不自然な物。人形に、真冬は目を向ける。
玲子の言う通り怪物の襲撃がここであったのだとすれば、この人形が破壊されたのもその際の事である可能性は有る。
何かを、感じ取れるかもしれない。試すならば玲子の居ない今の内だ。
僅かな逡巡の後、真冬は比較的損傷の見られない人形の肩の部分に手を伸ばす。そして、指先がそれに触れた直後――――。
真冬は息を呑んでいた。
脳裏に流れ込んできたある一つの思念。
それは、決して有り得ない筈の思念だった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
――――ちっ、マジかよ。お前は食堂来るんじゃねえって言ったろ。お前が目に入るだけで吐き気するんだよ。
――――ろくに動けないデブが一緒じゃ勝てねえって。あいつフリースローも届かないんだぜ。マジいらねえ。4人の方がマシだ。
――――昨日の試合凄かったな。コーナーに追い詰めてからのあの連打さ。こんなふうに! ……おい、サンドバッグが動いてんじゃねえ。じっとしてろ。
――――最悪。エディーの隣なんて嫌よ。カビ生えた雑巾の臭いがするのよ。誰か席変わって!
――――あいつ豚のケツから生まれてきたんだってさ。クセーわけだよな。 じゃあマザーファッカーっつったら? 豚のケツとヤってんじゃねえの? ギャハハハ…………
聞こえてくる言葉はいつだって、聞きたくもない言葉だった。
誰かに優しい言葉をかけられた記憶など、ただの一度も無かった。
とろい。
臭い。
気持ち悪い。
頭が悪い。
何言ってるのか分からない。
時には面と向かって。
時にはわざと聞こえる様に。
誰からも蔑まれ、疎まれ、嫌われ、小突かれ、笑われた。
友達なんか一人もいない。
良い思い出なんか何もない。
馬鹿にされるのは当たり前。
チヤホヤされるのは決まって別の誰かの方。
そんな立ち位置を甘んじて受け入れてきた。
理不尽に対して媚びへつらった事もある。
泣き出しそうになるのを、ただじっと堪えた事もある。
抵抗なんてしなかった。出来やしなかった。
何故かなんて分からない。
いや、そこに理由なんか無かったのかもしれない。理屈なんか無かったのかもしれない。
ただ、とにかく、逆らう事が怖かった。
毎日毎日、腹の中にドス黒いものを感じて暮らしてきた。
それを吐き出す事も出来ず、ずっと抱え込んで耐えてきた。
出来る事なら自分を馬鹿にする奴等を見返してやりたい。
そんな妄想には毎日の様に耽っていた。
でも、それだけだ。
出来る事は、妄想に耽るくらいのものだった。
現実には何も変えようとしない。何も変えられない。臆病で、怠惰で、何も取り柄のない人間。
馬鹿にされて当然の、ゴミと変わらない存在だって分かっていた。
見下されて当然の、何の価値もない存在だって分かっていた。
子供の頃から、ずっとそう。
きっとこれからも。ずっと、ずっと――――。
「うあっ……!」
浅い微睡みの中でうなされていた
エディー・ドンブラウスキーは、弾かれた様に起き上がった。
いやに不快だった。身体中から汗が吹き出していた。何か夢を見ていた。最低の気分になる夢だ。心臓が早鐘の様に鳴っていた。
何の夢だったか。脳裏には曖昧で断片的な映像が残っている。しかし、その断片を形として紡ぎ合わせようとすればする程、それは纏まりを見せずに忘却の彼方へと消えていく。
汗塗れの額を拭いながら、エディーは困惑混じりの視線で室内を見渡した。
ここは何処だ。自分は何をしていた――――覚醒し切れていない頭で答えを探る。
そう。ここはボウリング場に着く前に立ち寄っていた、二棟並ぶアパートの片側だった。
そのアパートの208号室。少しばかりの休憩の為に寝転がったベッドの上。記憶は徐々に鮮明になる。
逃げてきた。抱え込んだ恐怖を堪え切れなかったから。
死体を見た。また恐怖を覚えた。自分がそうはなりたくなかったから。
怪物が居た。動かなくなるまで殴りつけた。そうしなければ最後の一人になれないから。
最後の一人になる。最後の一人とは、何の事だったか。
頭の中に蘇る、あの音の割れたスピーカーからの声。――――殺し合いのゲームを匂わせる、あの甲高い声。
その声に引きずり出される様にフラッシュバックする映像があった。
巨大な芋虫の様な怪物。それに吊り下げられる医者。そして、銃を乱射していた自分自身――――。
「そうだ…………殺し合えって……。俺は…………人を殺したんだ…………」
記憶が纏まる事を見計らったかの様に、アパートの何処からかドアが閉まる気配が伝わってきた。
誰かがこのアパートに侵入したらしい。思えば、アパートの外で誰かが話している気配が夢現の意識にも聞こえていたような気がする。
部屋の薄い壁の向こうから聞こえてくる、階段を昇る足音。
エディーの瞳から困惑が消えていき、代わりに狂気の色に染まっていく。
抱え込んだ恐怖が捻じ曲がり、殺意と変わって込み上がる。
殺し合い――――生き残れるのは一人だけ。
こんなゲームではどうせ誰だっていの一番に自分を狙うに決まっている。
殺しやすいカモにしか見られていないに決まっている。
そうはさせない。やられる前にやってやる。
確かに自分には価値は無い。だが、もっと価値の無いものがある事を今は知っている。それを作り出す方法を知っている。
入ってきたのが誰だかは知らないが――――自分をバカにする奴等は、あの犬の様に、あの医者の様に、自分以下の存在に変えてやる。
エディーは醜く顔を歪めると、ベッドから飛び降りた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「これが……荒井君」
我に返った真冬は、陥没した人形の顔に向かい呟いていた。
頭の中に流れ込んできた思念は、思いも寄らぬものだった。
玲子と共にこのアパート内部を探索しながら考察を重ねていたのは、紛れもなく目の前で砕けて転がる人形の姿。
俄には信じ難い光景だったが、残留思念が嘘を見せる事は無い。あれは全て本当にあった事なのだ。
動く人形。それが名簿に載っていない荒井少年の正体。
だが、一体それはどういった存在なのだろうか。
精巧に造られた人形には霊が宿るとは、よく囁かれている事だ。
それは真冬が大学時代に学んでいた民俗学の中にも、伝承として残されているものはある。
この荒井もそういった伝承と同じく、何らかの霊が人形に取り憑いていたという事だろうか。
ならば、その霊自体はまだ近くに漂っていても良い筈なのだが――――やはり今もその気配は無い。
そして残念ながら、今の思念から見えた映像からはこの世界に関する情報は何も得られなかった。
荒井の考察も、結局はただの推測以上のものではなかったらしい。
危険を覚悟で調べに来たのは良いが、呆気無く手詰まりとなってしまった。
これからどうするべきか――――真冬が思考を切り替えようとしたその時だった。
真冬の耳に届く音。ハッとして、真冬は廊下へのドアに向かって振り返った。
(何かが、来る……)
廊下を、歩く気配があった。
ひたひたと。こちらに近付いて来る足音。
物理的に立てられている音ではない。概念として存在している様な、ありえない音。
つまりは、この世のものではない――――真冬の直感が、そう感じ取る。
ゆっくりと、真冬は射影機を構えていた。
荒井の霊だろうか。或いは別の誰かのものか。
何にせよまだ理性を保てている霊ならば良いが、そうでなければ確実に襲ってくる。
開け放されたドアのすぐ手前まで、それはもうやって来ている。
真冬はファインダーを覗き込み、階段付近まで下がった。
四角く切り取られた空間の中で、そいつは姿を現した――――。
「え?」
「あぅ……」
それは、薄紫の髪をした、独特の巫女装束を纏った少女の霊だった。
いや、霊なのか。霊とは――――何かが違う。
実体の無い存在である事は確かだ。しかし、真冬のこれまで見てきた“ありえないもの”とは明らかなる差異が感じられるのだ。
具体的に何がどう違うのか。その説明は真冬にも出来ない。ただ異なる存在であると、直感として理解出来るとしか言えないのだが――――。
「もしかして僕のことが見えるのですか?」
驚きと戸惑いを併せ持つ、感情豊かな表情。
人間と変わらぬ様な振る舞いで、それは話しかけてきた。
これも霊の行動としては、真冬の経験上では記憶に無い事だ。
射影機を下げると、真冬は小さく頷いた。
「本当に見えてるのですか!? 梨花以外の人に僕の姿が見えるなんて……」
「君は……誰なんだ?」
「あぅあぅあぅ……僕は羽入と申します」
「ハニュウ……?」
ハニュウと名乗る、明らかに人ではなく、霊とも異なる精神体。
この人形の荒井もそうだが、町の
ルールで彼等を分類するならば――――。
「君は、『鬼』なのか?」
「ぼ、僕は鬼なんかじゃないのです……! 鬼なんかじゃ……」
今度は怒りと悲しみも交えた顔で、ハニュウは呟いた。
その答えには何処か噛み合わない印象を受けるものの、確かに鬼であるならばルールとしては人を追い詰めるもの、つまり人を襲う存在でなければならない筈だ。
なのに荒井もハニュウも人を襲える状況で襲おうとしない。それに、鬼に関しての情報誌にも載っていなかった。となると一体彼等は何だというのだ。
ここに来れば何かが分かると考えていた真冬だったが、求める答えは得られず混乱は増すばかりだ。
「それじゃ、君はどうしてここに?」
「それは――――」
真冬の問いにハニュウが答えかけるのとほぼ同時に、再びの足音が廊下から聞こえてきた。
今度は霊のものではない。明確に、生身の身体を持つものの立てる足音だと分かった。
真冬は咄嗟に射影機をバッグに入れ、鉄パイプを引き抜いた。
廊下には異形の死体があった。このアパート内にも怪物は居るのだ。今近付いて来るのがそうだとしたら、戦わなければならない。
そちらを振り向いたハニュウは、おろおろといった様子で廊下と真冬に交互に視線を動かしていた。
やがて扉口から覗かせる姿。
それは、一見ではどこにでも居る様な男性だった。
特徴として上げれば白人である事と、やや肥満体である事くらいか。彼にはハニュウは見えていない様子。
その男性は何処か虚ろな瞳で真冬を見据えると、独り言の様に呟き出した。
「お前だって……そうなんだろ」
ジェイムスの時と同じく、彼の言葉が日本語として理解出来る事に違和感を覚えるが、とりあえずそれは無視だ。
男性から伝わって来るのは、真冬が最も好まない思いだった。
今までに感じた事もない程に強く、暗く、そして重い、負の思い――――。
その念に晒された真冬が、鉄パイプを握る手に力を篭めてしまったのは不可抗力だった。
だが男性は、真冬のその些細な動きを見逃してはくれなかった。
「その鉄パイプで俺を殺そうとしてるんだろ? 弱そうなやつだって思ってるんだろ?」
「……違います。殺し合いなんてする気はありません。落ち着いて下さい」
「ほらな。やっぱりだ。俺のことバカだと思ってる。騙せると思ってんだ。分かってんだよ。そうさ、誰だってそうなんだ……!」
漂い始める不穏な空気。緊張が、張り詰めていく。限りなく一触即発に近い状況だ。
どうやら、この町を支配する掟に囚われてしまった人間らしい。
異形の存在ならばともかく、人間と争う気は真冬には一切無かった。
ふとハニュウに目をやると、彼女はやはりおろおろしているだけだった。害を及ぼそうとはしないらしいが、荒井の様に頼りになる訳でもないらしい。
自分で何とか説得するしかない。真冬は、そう判断する。選択を誤れば、掟の通りに殺し合いをする羽目になり兼ねない。
「落ち着いて下さい。貴方を馬鹿になんてしていません。今、これを床に置きますから」
真冬は男性を刺激しない様、ゆっくりとしゃがみ込むと、床に鉄パイプを置いた。
そしてそれを、一瞬の迷いの後に、部屋の隅に滑らせる様に蹴り飛ばす。
そこで漸く、男性の目には若干の揺らぎが見えた。ここから、慎重に説得を重ねればきっと――――。
「いいですか、僕は殺し合いをする気はありません。落ち着いて話を聞いて――――」
「真冬さん……? 誰かいたんですか? 何か話し声がしたけど……」
しかし計算外だったのは、背後からかけられた声の主だった。振り返れば、階段の踊場に玲子が居る。
こちらの状況も良く分からずに、階段を上がって来ようとしていた。
そして真冬の止める暇も無く、青年を見つけるなり玲子は叫んでいた――――。
「あれ……? あ! デブサイク!」
言ってから、玲子は慌てた様子で口に手を当てた。
しかし、すぐに無邪気そうな笑顔を見せる。
「あ、そうか。外人だし言葉分からないよね。キャハハ」
これには流石の真冬も、思わず顔を顰めていた。
素早く視線を男性に戻すと、彼もまたその表情を酷く歪めていた。
――――先程よりも一際濃い負の念を、真冬は確かに感じていた。
【C-5/西側アパート(ブルークリーク・アパートメント)・非常階段二階/一日目真夜中】
【雛咲真冬@零~ZERO~】
[状態]:脇腹に軽度の銃創(処置済み→無し)、未知の世界への恐れと脱出への強い決意
[装備]:無し
[道具]:メモ帳、射影機@零~ZERO~、クリーチャー詳細付き雑誌@オリジナル、
細田友晴の生徒手帳、ショルダーバッグ(中身不明)、懐中電灯
[思考・状況]
基本行動方針:
サイレントヒルから脱出する
0:男性(エディー)を説得したいが……
1:ハニュウに話を聞いてみたい
2:この世界は一体?
3:深紅を含め、他にも街で生きている人がいないか探す
【
福沢玲子@学校であった怖い話】
[状態]:深い悲しみ、固い決意
[装備]:ハンドガン(10/10発)
[道具]:
ハンドガンの弾(9発)、女子水泳部のバッグ(中身不明)、名簿とルールの書かれた紙
[思考・状況]
基本行動方針:荒井の敵を撃ち出来るだけ多くの人と脱出する
0:デブサイク!
1:真冬についていく
2:人を見つけたら脱出に協力する。危ない人だったら逃げる
※荒井からパラレルワールド説を聞きました
※荒井は死んだと思っています
【エディー・ドンブラウスキー@サイレントヒル2】
[状態]:肉体疲労(中)、女(福沢)に対する怒り
[装備]:ハンドガン (0/10)
[道具]:無し
[思考・状況]
基本行動方針:とにかく最後の一人になる
1:最後の一人になる
※サイレントヒルに来る前、知人を殺したと思い込んでいます
【羽入(オヤシロ様)@ひぐらしのなく頃に】
[状態]:精神体
[装備]:無し
[道具]:無し
[思考・状況]
基本行動方針:???
0:おろおろ
1:梨花以外に僕が見えるなんて……
※鉄パイプ@サイレントヒルシリーズが西側アパート・非常階段二階に落ちています。
最終更新:2013年09月14日 10:27