オナジモノ



追っ手が迫る中、小さなビルの屋上。
水明はユカリに御札を渡して四隅に張るよう指示した。
事のあらましはこうだ。
「ともかくもう其処まで来てる、考えるのは後だ。跳ぶぞ、いいな?」
ユカリが答える間もなく助走をつけビルの間を飛び越す水明。
後ろから迫るプレッシャーに耐えかねユカリも後に続く。

「あっ…」
「おっと!」

危うく下に落ちかけるも手を掴んで事なきを得た。

「取り敢えずこれだけ距離があればあの腐った連中はもう追って来れんな、このままビル伝いに行けばこの辺りから抜け出せるだろう。しかしそれにしてもあの赤い水は実に興味深い。水に関しては給水塔の中に死体が入っている、ミミズや白い蟻が繁殖していた、など様々な…」

「オジサン後で考えるとかって言ってなかったっけ?」

状況が状況であるため渋々講義を取り止め周囲を見る。と、その時爆音が響き飛び移ろうとしていた隣のビル壁は無惨にも砕け散った。ビルの縁に駆け寄り覗いてみるとどうもドラム缶や木箱の破片が見える。
何か火薬庫の中で発砲したのかもしれない。だがそれでも着地点が一段下がっただけであり、飛べないことはない。むしろあの規模の爆発ならば周りの化け物も吹き飛び、やりやすくなったのではないだろうかと考えたのだが。

タァーーーン…

「狙撃…だと?」

響く銃声。炎の中から涌いて出たゾンビへ、容赦の無い銃弾が物陰から放たれた。

「ちっ…ドアから逃げるぞ、念のためにそこに落ちてる角材でも拾っとけ。」

しかし開ける前にそれは無駄だとわかった。ドアは内側から木の板で塞がれているうえ中からは不気味な男の声。
退路は絶たれた。下はさっきまで居た建物よりはマシなものの、呻き声は多数聞こえる。

「…気休めにしかならないが、札でも張っておくか?」
「ちょっとオジサン!そんなことより何かここから出る方法考えないと…」
「いや、下が騒がしくなってきてる。もしかするとさっきの奴等よりも強力なのが来たのかもしれん。それにだ、どうせ張るのに1分もかからんだろ。張るときは右周りで何でもいいから祈れ、いいな?」

そう言って札と塩をユカリに渡し建物の角に追いやった。代わりに水明は紫煙を吐き出しながら拳銃を構え入り口を見張る役目についた。ここにきて1つ、霧崎水明には解らないことがある。

何故自分の持ち込んだ紋様は効果を発揮しないのか?

サイレントヒルは実在した。恐らくネット上で流れていたサイレントヒルに纏わる数々の噂も何らかの形でここに帰属しているはずだ。特にその弱点・解決法に関しては信憑性は高い、口裂け女の『ポマード』、『ババサレ』など弱点を主軸に構成された都市伝説もある。真相はコレが握っているのではとすら思っていたんだが、それに…

沈思黙孝しつつ耳を澄ますと、どうも新しく上がって来た奴はさっきまでのゾンビ達とは毛並みが違っているようだった。まるで巨大なハンマーか何かで人体を吹き飛ばしたかのような打撃音、窓から投げ出された腐肉が砕ける音、そして何よりさっきの女より断然ハッキリとした人語が聞こえる。

「おじさん、もしかして助けが来たんじゃない?…ほら誰か呼んでるし。」

声に気が付いたのかユカリが声をかけに来た、駆け寄って来たあの位置は多分2枚目を張り終えた所だろう。

「いや、それは無いな。今聞こえたのは女の声だ、暴漢数十人を相手にしたうえに人を窓から放り出すだけの怪力を持っているとは思えん。それにな、アイヌ伝承のカヨーオヤシの例がある、こいつはアイヌ語で人呼び幽霊といって山の中一度だけ人に声をかけ返事をしたものの命を奪う。ま、つまりはもし本気で人を探そうと思ったら二度は声をかけてくるはずだってことだ。」

暗い顔をするユカリへ水明は言った。

「そう落ち込むな、人語が通じるなら或いはなんとかなるかもしれない。」






数分後、押し潰されたような悲鳴が階段から聞こえ何度か木板に突撃するような音がした。ドアの中が一瞬の静けさに包まれ、そして――――

「どぉーん!あぁ~あ面倒くさ、痛くないけど化粧台無いしぃ乙女の顔なんだと思ってんのぉ?」

屋上に金太郎飴をぶつ切りにしたような化け物が現れた。血塗れの顔を見ればわかる、どうやら通路にいたゾンビ達を皆倒してきたらしい。先程の爆発で舞った火付きの木片がその姿をより不気味に照らし出ししている。
冷や汗が出る、ここからは賭博の世界だ、銃も撃てない、切り札は不確定。それでも、化け物と互角にやり合おう等とは愚策を通り越し狂気の沙汰である。だがこれは乗り越えなければならない壁だ、どちらにせよここを越えねば死ぬしか無い。

◇ ◆

屋上を見渡す彼女の目に、震えながら拳銃を構える男の姿が写る。

「もう大丈夫ですよ~」
近寄ると男は恐怖のあまり後方へ拳銃を取り落としひうぁ~等と悲鳴をあげている、ニヤニヤとした笑みを溢しながら突き殺そうと身を引くと男はなにやら提案してきた。

「し、死ぬ前にここが何なのか知りたい。せめてそれぐらい教えてくれても良いだろう。」

きっと同族にしてやられたのだろう。男は肩から血を流しているではないか。それでも命乞いではなく情報を求めるところは面白い。もしコレが時間稼ぎで、拳銃を取りに後退りしても距離は一メートルちょっと、追い付く自信がある。
女はそう考え、先程までの意地悪い殺戮者の笑みから余裕綽々の優越感の笑みへと変わり男に応じる。

「こんなとこ初めて来たからよく知らないしぃ、時間の無駄だから早く死んでくんない?」

「せめて…ここのせっ、勢力図だけでもいいんだ。ここには色んな奴等がいるだろ?」

身振り手振りで質問してくる男の動作が更に笑いを誘う、なんなのだあの縺れた指は。

「あ、そこ気付いた?いい殻してるじゃん。じゃあいいよ、そこだけ教えてあげる。人形みたいな気持ち悪い奴等は意思を持ってる全員を攻撃するみたい、何かを守るみたいに。
あと赤い水を目から流してるのは私らには目障りで狩ってるんだよねぇ、ふひっ、出来損ないだからさ。」

男は言っていることが良く理解できていないような顔をしていたがまだ訊ねてくる。

「ゾンビのような奴等は?」
「腐ってるの?なんだかよく判らない、殻だけど動くし臭いし攻撃してくるし。私はあんまり入りたくな~い。」
「入る?人の体に入れるのか?」

もうそろそろ飽きが来た。次で伝えるべき内容は終い、命を奪いにかかる。

「魂の抜けた殻にならね、ほらアンタ等が言うところの死体だよ。私達はねぇ、アンタ等が地上を牛耳る前の大昔から住んでいた人間より高尚で霊的な存在なの。わかった?じゃあそろそろ…」

「そうか、なら、札で倒せるな」

今までとは明らかに様子が変わった、目に光を感じる、忌まわしい光を。それを掻き消そうと走り出そうとするが何故か近づける気がしない、何故近付く事が出来ない?その眼光に怖じ気付く訳でもなし…
シャツの下に何か見える、青く丸い…紋様を書き込んでいるのか?アレはなんだ?なんなのだ!アレから感じる恐ろしい力は…

「何それ!何なのよ!ワケわかんない」
「成る程、お前には効くのか。信じられないが、つまりやはりあのゾンビはオカルト的な力では動いてなかったわけだ。」

 ◇ ◆

罵詈雑言を喚き散らす芋虫を前にその男、霧崎水明は平然と講義を再開する。

「サイレントヒルの噂にはその出だし、歴史的背景についての情報は皆無だった。だがな、興味深い事に『この話を聞いた一週間後に』の下りで始まる話にありがちな対処法はやたらと豊富に語られていた、メトラトン、サマエルの印章やらアグラオフォテスとかいう赤い液体とかな、特に…」
ポケットから折り畳まれた紙を一枚取り出す、開くと中には円を基調とした『青い』印章が印刷されていた。

「…!!オエェ……かっ、ゲボァ……!」

「こいつは効き目があるようだな、名前は太陽の聖環というらしいぜ。」

居心地悪そうにしている黒い塊へ、その悪意のある視線に意地の悪い笑みで答える。

「魔女の家にはサイレントヒルの悪魔を呼び寄せるものとしてこれが書かれているが、青で書けば逆に悪魔への呪いになるらしい」

闇人は畏れおののいていた、効くかどうかも解らない印を頼りに応じるかも解らない相手によく考えれば怪しかった不慣れな演技で質問し、情報を得る。
その闇人にとって全くもって理解不能だった。死んだら情報など意味を成さないのに、死んでも生き返る訳でもないのに。

「ところでだ、この話の魔女について。何か知っているんじゃないか?俺の見立てでは知ってなければ辻褄が合わないんだが。」

「……そんなやつ、し、知らない。私、帰る。」

背を向け帰ろうとする化け物へ指を鳴らす、水明はユカリに合図を出すまで札を張らないように指示していたのだ。水明は銃口を向け静かに言い放った。

「そうか…まぁともかくは、覚悟が必要なんだ…元がなんだろうが、殺す覚悟がな。」

ユカリが札を貼り終えると屋上のサイレントヒルの魔力が四散し、そこに光が満ちた。

【E-2 建築物の屋上/一日目真夜中】

【霧崎水明@流行り神】
[状態]精神疲労(中)、睡眠不足。頭部を負傷、全身に軽い打撲(いずれも処置済み)。右肩に銃撃による裂傷(小。未処置)
[装備]10連装変則式マグナム(8/10)、懐中電灯
[道具]ハンドガンの弾(15発入り)×2、謎の土偶、紙に書かれたメトラトンの印章、サイレントヒルの観光パンフレット(地図付き)、自動車修理の工具、食料等、七四式フィルム@零~zero~×10、太陽の聖環の印刷された紙@サイレントヒル3、他不明
[思考・状況]
基本行動方針:純也と人見を探し出し、サイレントヒルの謎を解明する
1:下に降りて効果のほどを確認する
2:病院に向かう
3:人見と純也を見つけたら、共に『都市伝説:サイレントヒル』を解明する
4:そろそろ煙草を補充したい

※名簿に載っているシビル、ユカリの知人の名前を把握しました。
※ユカリには骨董品屋で見つけた本物の名簿は隠してます。
※胸元から腹にかけて太陽の聖環が書かれています、闇人に対しては吐き気と一メートル範囲内に近づけないという効果があるようです。
※お札の効果は屋上だけなのかそうでないのかはわかりません。
※水明、シビル、ユカリが把握している『病院』があるはずの場所には、『研究所』があります。




「行くぞ長谷川、これだけ暗い中で1つだけ光る場所があったら目立ちすぎる。すぐに連中は寄ってくるぜ。」
「うん……わかった。」

水明は闇人について考えていた、何故『サイレントヒルの神』に対しての印がそれとは関係のないものに効いたのか。
目から血を流し人語を話していたのは、もしそんな特徴があったのなら既に話しているだろう。不完全であれ普通の人間と間違えて近づく恐れがあるからだ、敵対しているという黒服のも同義。
ゾンビ達は悪夢のようだという点で最もシビルの言っていたものに近い、だが見た限りでは異形の化け物という感じでもない。
となると『人形みたいなの』というのが元々この街に居たものだろう。
ならば何故?悪霊に対して万能の紋様という線もあるが、もしやアレも…


そんな水明をよそに、少女は内心少しばかりの不安を抱いてた、確かにあれだけの数の化け物に追いたてられて銃も撃てないようでは生きては行けないだろうが…

(でもおじさんすごい怖い顔してた…あれじゃまるであの海苔巻きみたいな奴と…)







【長谷川ユカリ@トワイライトシンドローム】
[状態]精神疲労(中)、頭部と両腕を負傷、全身に軽い打撲(いずれも処置済み)
[装備]角材、懐中電灯
[道具]名簿とルールが書かれた用紙、ショルダーバッグ(パスポート、オカルト雑誌@トワイライトシンドローム、食料等、他不明)
[思考・状況]
基本行動方針:チサトとミカを連れて雛城へ帰る
1:オジサン、ちょっと怖い…
2:とりあえずオジサン(霧崎)の指示に従う
3:チサトとミカを探したい
※名簿に載っている霧崎、シビルの知人の名前を把握しました
※チサトからの手紙は消滅しました




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最終更新:2012年06月23日 17:43