Edge of Darkness







                                              ◆◆
                                              六◆
                                               ◆
                                               ◆
                                               ◆
                                               ◇





 ぼくたちがすべきことは――






          街の調査だ
  ピッ⇒      救助活動だ
      ◆  誰かの意見を聞いてみようか





 風海純也たちは通りを北上して十字路に来ていた。
 彼らの歩みは西へと向かっている。目指す先は学校だ。海外ではどうか分からないが、日本では有事の避難場所の一つとして学校が指定されているものだ。
 そこでならば市民からの情報収集と救助活動、その両方を行うことができるだろうと考えてのことだった。
 もっとも、警察署も機能していないこの街の状況では、市民たちが学校に残って悠長に救助を待っているというのも現実離れしているように思えたが。
 ただ無闇に動き回るよりは、人に会える可能性は高いはずだ。
 西に向かうにつれ、広い通りには空気を上塗りするように血臭が濃くなり、路上には死体が散見されるようになった。血臭だけではない。排泄物の臭いも混じっている。
 その多くは人間だ。全て銃殺――周囲の塀や壁に刻まれた銃痕から、それも手当たり次第に乱射されたことが容易に推測できた。死体に見られる惨い傷痕は、日本に住んでいる限り目にすることはなかっただろう。もっとも、どんな死体であっても慣れるものではないだろうが。
 純也は皆で食事をとったことを後悔していた。入国してから買ったチョコバーやビスケットといったものだが、口の中に酸味を帯びた何かが広がろうとしているのが分かる。
 体力の維持は大事なことだが、今の状況は胃に物を入れておいて見る光景ではなかった。
 後ろから聞こえてくる小暮宗一郎の歩調は重い。血が苦手な彼にとって、この光景ほどの悪夢はないだろう。
 微かな風音は、横たわる亡者たちの唸り声のように響いていた。
 純也は、思考を巡らせることで嘔吐しそうになるのをどうにか堪えていた。
 気にかかるのは、死体の死亡時間に差異が見られることだ。つい今しがた死んだようなものもあれば、死後数日かそれ以上経過していると思われる状態のものもある。捜し人である式部人見ならば、もっと具体的なことが分かっただろうが。
 これは常ならば"気にかかる"程度で済まされることではない。そんな長期間に渡って、この街が無法地帯になっていた証であり、死体を片付けるほどの秩序すら失われている表れでもある。加えて、無残に人々を銃殺していった殺人鬼がここ数時間の内にいたという痕跡にも他ならない。
 しかし、純也の思考はその点を更に思索することを許さなかった。その時点で半ばパニックになっていたのかもしれない。最初こそ古手梨花の目を手で隠していたが、その手がすでに払われていることにも純也は気づいていなかった。
 死体は人間だけではなかった。巻き込まれたのだろう。犬や大きな鳥らしきものの残骸も混じっている。
 そして――どう表現したらいいのだろうか。人とその他――その二つで括ってよいのか分からないものが混じっていた。
 全身をラバーのようなものでぐるぐる巻きにされた肉塊。
 ナース服を纏ったのっぺらぼう。
 極少数だが、表皮を剥された人のようなものや、鱗と長い爪を備えた類人猿のようなものもあった。
 それらは人間に近い姿をしていながら、明らかに人ではなかった。
 化け物――その言葉が一番しっくりとくる。
 死体は西に行くにつれて増えている。懐中電灯の届かない闇の中――そこに絨毯のように敷き詰められた死体の山を想像して、すぐに純也はその考えを掻き消した。
 恐ろしく馬鹿げた光景だが、それが有り得ない光景ではないことを自分の嗅覚と勘が告げている。
 純也は静かにかぶりを振った。
 正気を繋ぎとめるために、別の部分に意識を向ける。
 念頭に持ってきたのは、殺し合いのルールだ。
 そして、羅列された人々の名前。その上にいつの間にか引かれていく赤い線――。
 この現象が意味するのは、おそらくその名前の持ち主の死だろう。勿論、死体を確認したわけではないからあくまで推測の枠を出ないものだが。
 氷室霧絵が遭遇し、そして"呪い"を掛けたという日野貞夫にも朱線は引かれていた。小暮の足取りが重い理由には、このことも影響しているかもしれない。
 "呪い"と"死"に明確な因果が見出せない限り、霧絵が現代の法の裁きを受けることはない。しかし、小暮が気にしているのはそんなことではないのだろう。
 脱線しかけた思考を元に戻す。もし仮に推測の通りだとすると、通りに転がる死体の数と朱線の引かれた名前の数が合わないのだ。仮に日野がこの中に含まれているとしてもだ。
 そもそも、梨花を襲った赤坂なる刑事の名前も名簿には載っていない。
 梨花本人が気にしていないがために、それにつられて己も疑問にも思っていなかった。
 それが間違いだった。疑問に思わなければいけなかったのだ。
 純也は、ようやく自身の手が振り払われているのに気づいた。慌ててその姿を探すと、梨花は小暮たちの方に行っていた。あちらにしばし任せてしまっても大丈夫だろう。一つ息をついて、純也は顎に手を当てた。
 名前のない、大量の人間たち。その存在は、この名簿の、引いてはルールそのものの意義が消えることを意味することになる。
 この町の住民が全員退避させられた上でこの殺し合いが行われているわけではないことは、通りに広がる死体の山が物語ってくれている。
 元々の住民だけでなく、自分たちのように他所から連れてこられた者も含めて、相当数にのぼる人間がこの町には存在しているのだ。
 そうとなれば殺害対象者と、その他の住民を見分けることはほぼ不可能だ。これは名簿を含めたルールが"ルール"として全く機能していないことを示しているし、事実上、最後の一人など存在しないことになる。
 もしくはこの名簿が殺し合わされる人間たちを示したものではなく、"鬼"による人間狩りの獲物のリストと見ることもできる。この場合、赤坂刑事が"鬼"の一人となるわけだ。
 ただし、そうすると獲物に渡されるルールの表記はただの嘘か、混乱を助長させるための一手としての役割でしかない。
 この殺し合いが既に何回も行われているという説はどうだろう。これは死体の経過に差異が見られることの一応の理由にはなる。また、名前のない人物はそのときの生存者と当て嵌められるだろう。
 しかし、その場合であっても、もっとも重要である"町から解放される"というルールは守られていないことになる。
 また、あくまで推察でしかないが、赤坂刑事を仕留めたであろう梨花ちゃんに何らかの贈り物がされた様子もない。名簿にない人物だからだろうか。
 何より、殺し合いという場に町ひとつ丸ごとというのはあまりに合理性に欠けるのだ。コロシアムのように、もっと限定的な場所を選んで然るべきだ。もしくは、より殺し合いが発生しやすくなるように何かしらのアクションが起こされるか。
 しかし今のところ、この殺し合いの首謀者はルールを提示しただけで、それ以上の進行が何も見えてこない。
 どの道、まだ情報が足りなすぎる。今の段階では想像は方向を定めずに、あらゆる形に膨れ上がるだけだ。思わず大きく嘆息し、鼻腔に広がる腐敗臭に純也は顔を顰めた。
 と、懐に入れていた携帯電話が突然震えだした。存在がまったく意識の外であったために、純也は思わず悲鳴を上げた。

「先輩! 何事でありますか!?」
「いかがなされましたか、風海様!?」
「どうしたのです、風海?」

 あまりに情けない悲鳴を聞いて、三人が口々に問い掛けながら駆け寄ってくる。

「け、携帯です! 何でもありません。あ、安心してください」

 跳ねる魚を取り扱うようにして携帯電話を取り出しながら、純也は告げた。言い終えて内心苦笑する。誰に向けて安心しろというのだ。携帯電話のバイブレーションに肝を冷やしているのは、一体どこの誰だ――。
 携帯電話の液晶画面にはメールを受信した旨が浮き出ていた。電波状況は圏外のままだが、確かにメールが来ている。
 開いてみると、差出人は"霧崎水明"と出ていた。

「兄さんからです。兄さんのメールです」
「霧崎先生からでありますか!?」

 小暮に頷きながら、内容に目を通す。
 "元気か? 余裕があるなら連絡が欲しい" 
 簡潔にそう書かれている。兄らしい文面に、純也は顔を綻ばせた。送信時刻は今しがただ。一時的に電波が通じたのだろうか。いや、ずっと保留されていたならともかく、これは偶然にしては出来すぎている。
 圏外であっても、ここでは携帯電話は通じるのかもしれない。外部は別として、サイレントヒルの内部にある電話同士ならば――。
 兄たちの捜索は後に回すと言ったものの、電話が使えるかもしれないと分かった以上、兄の声を聞きたいという誘惑は抗い難かった。

「連絡が欲しいそうです。……少し、時間をもらっていいですか?」

 躊躇いがちに告げる。断る理由がないと、三人とも快諾してくれた。もっとも、霧絵と梨花はよく分かっていない様子であったが。
 通りの真ん中で立ち話は不用心すぎるということで、手近な一軒家の敷地に入る。
 簡単ではあるが何も敷地内にいないことを確認し、家の陰に隠れて携帯電話を操作する。

「こんな小さいものが電話なのですか? 風海」
「うん? ああ、そうだよ」

 もの珍しそうに梨花が携帯電話を覗き込む。好奇心に輝くその瞳は年相応で、思わず純也は微笑んだ。彼女の故郷には、まだそれほど携帯電話が普及していないのかもしれない。
 見張りをする小暮の姿を視界の端に捉えながら、機体を耳に当てた。呼び出し音が数回鳴り、相手が出る。

『――純也、無事か?』

 聞き慣れた声音に、純也は思わず涙ぐみそうになった。
 なんとか平静を装って言葉を絞り出す。

「……無事だよ、兄さん。小暮さんも一緒なんだ。そうだ。シビルさんと会ったよ。兄さんたちのことも聞いた」
『そうか。彼女は無事か。安心したよ。……おい、シビルは無事だそうだ』

 水明の口調が安堵に緩んだのが分かった。後半は近くにいる誰かに向けて発せられる。シビルから聞いた同行者、長谷川ユカリだろう。
 水明は簡潔に幾つかのことを話した。
 式部人見を始めとした水明たちの捜し人に関すること。
 そして、このサイレントヒルの怪異に纏わること――。
 シビルから得た情報と重なる部分もあったが、それ以上に収穫は多かった。特に、怪異に対して魔除け・まじないの類が有効であるという情報は大きい。
 同時に、それは水明がこの町で、純也たちとは比べものにならないほどの危険に遭遇してきたことを察するには充分であった。
 一先ずは身内二人が安全な状況にあることに安堵しつつ、純也もまた、これまでの経緯を説明した。
 水明がとりわけ興味を持ったのは霧絵と、氷室邸についてだった。
 霧絵本人から話を聞きたいという水明の要望を、小暮におぶさっている霧絵に告げる。
 驚くことに、彼女は電話そのものを知らないようであった。霧絵は恐る恐るといった手つきで電話を受け取った。

「斯様な絡繰は不得手でございまして……小暮様。こう、でございますか? ……あ、声が――いえ、失礼を致しました。風海様の兄上さまにございますね――」

 小暮の指示を受けながら要領を掴んだのだろう――とはいえ、普通に話せばいいだけなのだが――、霧絵は水明と話し始めた。
 純也は肩を竦めながら、小暮に代わって辺りに目を馳せる。先ほどと比べて目立った変化はない。
 気を配りながら、純也はルールについて再び考え始めた。
 水明の推察に出てくる、怪異の中心として候補に挙がるアレッサ・ギレスピー。
 もしそうだとして、単純に考えるならば、街に広がる殺し合いのルールも彼女の発案と考えるのが自然だ。
 しかし、純也は顔を顰めた。
 自然なのだが、釈然としない。シビルや水明から聞く彼女の生い立ちと惨い末路は、世界の全てを怨んでもおかしくない。
 だが――純也は、梨花と出会う直前に見た人影を思い起こしていた。純也は、あれがアレッサなのではないかと当たりをつけていた。
 アレッサの幻影は、純也を梨花のところへ導いてくれたように思える。それも、梨花のために。もし出会う直前までの経緯が純也の推察通りだとすれば、一人ぼっちの梨花は完全に"鬼"と化していただろう。身の内に渦巻く負の感情に耐えきれずに。
 梨花をそんな化け物にさせんがために、自分を彼女の元に送り込んだ。そう考えるのは、自分を買被りすぎているという気もするが。
 しかし、アレッサのことを語ったシビルの様子も含めて、彼女からこの殺し合いのルールが生まれたとは考えにくかった。
 彼女は確かに一度街を異界に呑み込ませたのかもしれないが、それは本意ではなかっただろう。ただ苦しみを終わらせたかっただけに違いない。
 しかし、人の心理は分からないものだ。己自身にすら分からないのだから。無意識という言葉があるように、自身ではない部分に責任と本音を押し付けてしまうことも多々ある。それこそ、無意識のうちに。
 かつてアレッサがシェリルなるもう一人の自分を生み出したように、梨花を助けようとするアレッサとは別に、他者を破滅させようとするもう一人のアレッサが生まれた可能性もあるのではないだろうか。否定する要素はどこにもない。
 そこまで考えて、純也は首を振った。こんな荒唐無稽な推察を真面目に検討するようになると入庁した頃の自分が知ったら、どう反応するだろうか。
 丁度、霧絵と水明の話は終わったようだ。
 狐に摘ままれたような面持ちの彼女から携帯電話を受け取る。
 耳に聞こえたのは、水明の満足そうな声だった。

『彼女は面白いな。姓が違うもんで、俺は出奔した放蕩兄貴、おまえはそのために家を継ぐことになった次男坊って風に思ってるぞ。武家の次男坊が家名を名乗って役を得るにはそれぐらいしかないからな』
「まあ、見方によっては大体合ってるしね――いや、待って。武家って一体何のことだよ?」

 苦笑した後で、慌てて問い質す。

『気づいていなかったか。彼女は今を江戸時代と思っているってことだよ。おまえら二人は役付きの武士だ。俺は家を飛び出して学問に走った国学者ってとこだな。大層な箱入りだったらしく、具体的な年代は分からないが、おそらくは江戸の後期だろう』
「……それは、霧絵さんがそう思い込んでいるってことかな?」

 霧絵は浮世離れした所があり、呪いや自身が死人であると信じていることから、そんな風に記憶を置き換えてるのかもしれない。
 しかし、それに対する水明の言葉は否定だった。

『本当に江戸時代の人間である可能性は否めないさ。"神隠し"という事象は時空を超えることが多々ある。そして異界の性質上、過去と未来が同時に存在しても何らおかしくはない。現にシビルは1980年代、ここにいる長谷川は1990年代の人間だ。それを嘘や勘違いと断じるのは容易いがな。そこにいるもう一人、古手梨花くんだったか。彼女は、果たしていつの人間なんだろうな?』
「………………」

 整理しきれずに純也は沈黙した。都市伝説の世界に入り込み、殺し合いに化け物ときて、とうとうタイムトラベルと来た。
 押し黙ったこちらに対し、水明は苦笑を溢した。

『悩むなよ。タイムスリップなんてのは、事象そのものは別にして、そこまで気にすることじゃない。生きる時代が異なるからといって、その人の人品が変わるわけじゃないだろう? 興味深いのは"家"の方なんだ。純也、"氷室邸"を知っているか?』
「……霧絵さんの家、としか知らないけど」
『そうか。じゃあ、話そう。こういう都市伝説があるんだ。あるところに、古くより忌地を封印し続ける一族の屋敷があった。その屋敷では一族の選ばれた娘を人身御供の巫女とし、縄を用いた凄惨な儀式で封印を守り続けてきた。しかし、二百年ほど前に儀式は失敗し、屋敷一体は瘴気漂う死の土地となった。その屋敷に足を踏み入れたものは、縄を携えた巫女によって呪われ、五体を裂かれて死に至る――』
「待ってよ、兄さん。そ、それって――」
『その屋敷はな、"氷室邸"と呼ばれているんだ。氷室女史の語った内容はこの都市伝説とほぼ同じだ。いや、違うな。彼女の話がオリジナルなんだ。彼女は儀式を五体を裂く"裂き縄の儀式"と呼び、忌地も"黄泉の門"なる冥界との繋ぎ目という具体的な形で語っている。短絡的かもしれないが、シビルと同様、彼女もまた、都市伝説の元となる事件の当事者と考えるのが自然だな。つまり、呪いをかける巫女本人――引いては、彼女は言葉通り"死人"ということだが』

 純也はちらと小暮たちの方を見た。互いに遠慮がちに、しかし睦まじい様子で何事か会話を交わす二人の影を、提灯がぼんやりと浮かび上がらせている。
 死者と生者の対話。その様子は薄ら寒さよりも、どこか切なさが込み上げてきた。

『この話を、小暮くんたちに伝えるかどうかはおまえの判断に任せるよ。そうじゃない可能性も十分にある。まあ、敢えて無理に話す必要はないだろう。少なくとも、彼女は彼女にとっての事実をおまえたちに既に語っているわけだからな』
「そう……だね」

 純也は苦笑する。単なる事実として受け止めるには、事が難解すぎた。常識の内と外――それぞれ対極にある可能性を公平に扱えるほど、自分は器用に出来ていない。
 水明は改まるように、電話の向こうで一旦間をおいた。

『本題はここからだ。氷室邸を使って、ここから脱出できるかもしれない』
「元の場所に帰れるってこと? どういうことさ?」
『説明は……難しいな。まだ勘に近いんだ。そこにあるっていう"黄泉の門"だったか。そいつをどうにかして開けられればいいんだが』
「その門を通るの? だけど、開ければとんでもないことが起きるって――」
『ああ、彼女にもきつく止められたよ。勿論、彼女の意見は尊重するつもりだ。だが、可能性があるのなら、どちらにしても調査はしておきたい。彼女が拾ったっていう御伽噺の紙片だが、後で写真を送ってくれ』
「分かったよ。霧絵さんに借りておく」

 会話が途切れた。兄は電話を終えようとしている。
 純也は逡巡した。安穏と電話をし続けていいような状況ではない。
 事が済んだのならば、必要以上に拘束するべきではない。
 それは重々に理解しているが、欲求が自制を押し潰そうとする。
 ルールについての疑惑は、耐え難いほどに膨れ上がってきていた。いや、持て余しつつあった。
 吐き出すだけであれば、小暮がいる。彼は黙って聞いてくれるだろう。
 だが、捜査の方向を得たいとき、純也は常に水明か人見に意見を求めてきた。
 これは甘えだと承知していた。彼ら二人が、純也がそれぞれに引き摺られず自分で見出せるよう、配慮してくれる点も含めて。
 胸中で、純也は諦観の溜息をついた。
 どの道、自分は彼ら二人に追いつくことはない。ずっと"弟"のままなのだ。年齢を追い越せないだけでなく――。

「……ところで、さ。兄さんは殺し合いのルールについてどう思ってる?」
『うん? そうだな……まず、おまえはどう思ってるんだ?』 

 後ろめたさを感じつつ、純也は疑問に思う点をつらつらと並べた。吐き出し始めると、止めるのが困難であった。
 その間、水明は黙って、適当な場所で言いやすいように相槌を返してくれていた。

『なるほど。事実に基づく洞察だな。それじゃあ、俺の分野から分析してみよう。
 まず、このサイレントヒルについてだ。今いるここが本物の"サイレントヒル"であるかどうか。
 "本物"のサイレントヒルに氷室邸があるはずはないし、事実、シビルの持っていた地図ともここは大きく地形が変わっているようだ。しかし、"偽物"かというとそうも言い切れない。これについては後で話そう。この"サイレントヒル"が、広まっている噂や伝承の数々とも符合しているのは確かなんだ。
 そういう意味では、ここはまごうことなく"サイレントヒル"でもあると言える。この町はしっかりと"サイレントヒル"として機能しているんだ。ここまでが前提だ。大丈夫か?』
「……うん、いいよ」

 どうにか整理をつけ、純也は言葉を絞り出した。
 要するに、裏の裏は結局表ということだろう。 

『さて、この前提から見てみると、殺し合いのルールは明らかにおかしいんだ。サイレントヒルには、断罪の町という性質がある。ここが先住民たちの聖地であり、同時に囚人の監獄があったことも影響しているのだろう。心に闇を抱えた罪人を呼び寄せ、罰するとな。
 この断罪の場としてのサイレントヒルと、俺たちが手にしている殺し合いのルールは対極にあるものだ。罪を罰する地であるのに、このルールは罪を犯すことを強いている。つまり、町の性質とルールが矛盾しているんだ』
「殺し合いそのものが裁きであるって可能性はあるかな?」
『ないとは言い切れないな。全ては可能性の海の中にあることだ。ただ、罪という概念は社会や風土、時代、宗教、政治――その他さまざまな理由で変化するものだ。これと定める基準なんてないだろう? それに関しては、純也、おまえの方が詳しいはずだ』
「まあ……そうかな」

 自信はなかったので言葉を濁す。電話の向こうで、水明やにやりと笑ったような気がした。

『大抵の人間は何等かの罪を犯しているものだ。後悔と言い換えてもいい。だけどな、誰かを殺して晴れる罪なんてものはないよ。それを罪と認識しない人間なら、そもそもそいつに罪は存在しない。明文化されない罪は、自認する以外に存在しえないからな。それに、この紙の内容から感じ取れるのは、超自然的な存在による無慈悲な試練ってよりは、人間の悪意かな』
「ということは?」
『この紙に書かれたルールは、"サイレントヒル"そのものとは無関係ってことさ。サイレントヒルには、引き込んだ人間の精神を世界に反映してしまうという側面もあるんだ。
 例えば、日本にあるはずの氷室邸がここに存在するのは、氷室女史の心が具現化したものととれるってわけだ。氷室邸は、彼女にとっての悔恨の象徴のようだしな。また、シビルの体験もアレッサ・ギレスピーの心が生み出した"サイレントヒル"と解釈していいだろう。
 つまり、サイレントヒルは二つ存在するのさ。現実に人が生活する"サイレントヒル"と、人の心を反映する写し鏡のような"サイレントヒル"だ。要は"表"と"裏"だ。噂として広まっているのは、この"裏"の"サイレントヒル"のようだ。
 とすればだ。殺人を好む、もしくは願望として強く持っている悪趣味な人間がいたとしたら、そいつの心が反映された結果がこの紙っぺらと考えることができる。これなら殺し合い自体が、町の現状と噛み合ってないことの説明もつく。第一、サイレントヒルに纏わる数多の噂において、殺し合いの話なんてもんは聞いたことがない』
「ということは、景色がこんな風に変わってしまったのも、その人間のせいってことかな」
『どうだろうな。世界そのものに影響を与えるには、それ相応の強い力が必要なんじゃないか? 第一、この世界の変容はシビルが体験した異世界と酷似しているらしい。俺が、アレッサを怪異の中心にいると考えた一端はそこにある。無論、今回もアレッサが中枢にいるとはまだ限らないが。
 ただし、そこから察すると、世界の変貌はそいつが原因とは言い難いだろうな。それに、おまえも気づいたように、この紙がばら撒かれていること以外に、殺し合いが有効に働くような変化が一切ないんだ。つまり、殺し合いは町の根幹に存在しちゃいない。言い換えれば、原因となった人間はこんな紙っぺら一枚を具現化するぐらいしか力がないのさ』
「じゃあ、例えばの話だけど、その原因となった人間が死ねばこの紙も消えるのかな?」
『もう、そうとは言い切れないな。この紙がどれだけ広まっているかは分からないが、少なくとも俺たちはこのルールを認知している。認知されてしまえば、虚構も事実となる。作られた噂であっても、広まればそれは独立し、一人歩きを始めるものさ。ダグラス・カートランドという名前だが、今どうなってる?』
「ちょっと待って――……赤い線が引かれているよ」
『そうか。人見が彼の最期を看取ったそうだ。あいつのことだから、見立ては間違いないだろう。まるで"人別帖"だな。そんな風に、少なくとも名簿については既に町の事象として作用はしているんだ。それに――』

 水明は言葉を切った。

『釈迦に説法だとは思うがな、危険なのはルールじゃない。そいつを見て、その気になっちまう連中が問題だ。残念だが、理性的な人間ばかりじゃあない。引き金を引くのは、常に人間自身だ』
「それは……分かってるつもりだよ」
『ついでに言えば、程度の差こそあれ、精神が強く反映されるってことは心の持ちようが大切になってくるだろう。いつもよりもっと致命的な形で、世界に己自身が関わってくるわけだからな。そう簡単に絶望なんてできないぞ?』
「希望を常に持てってことかい?」
『いや、見限らないってことだよ。何に対してもな』
「……頑張ってみるよ」
『そう気負うなよ。いつものおまえでいれば大丈夫だ。風海純也警部補』
「ありがとう。ここで切るね」
『ああ。声が聞けて嬉しかった。またな』
「ぼくもだよ。またね、兄さん」

 今度こそ別れの言葉を告げて、通話を終える。
 純也は長く息を吐いた。人見のことは、水明に任せてしまっていいだろう。あの二人が揃うならば、自分が手を貸せる余地はない。
 自分がなすべきは得た情報をどう扱っていくかだ。有効に使わなくては、情報に意味がない。
 水明から渡された札は持っている。しかし、もう一つ――青で描いた太陽の聖環だったか、それはまだ手にない。水明は教会にならば紋章があるはずだと言っていた。こういったものは正確にしなければ意味がないとも。
 学校へ向かうのは一度棚上げして、少し戻って教会に行ってみた方が今後の活動もし易くなるだろうか。ほんの一ブロック先だ。試してみるには充分な距離と言える。
 気がかりなのは、長谷川ユカリの友人である岸井ミカのことだ。水明たちが怪物に襲われたために一度通話を切り上げて以降、彼女から新たな連絡はないらしい。遠慮しているのかもしれないが、彼女の身にも何かあったと想像するのは杞憂とは言えないはずだ。
 湖の東端にいる水明よりは、自分たちの方が近い。
 小暮と再会できたのは喜ばしいことだが、電話が使えると分かった以上、一度ここで手分けした方がいいかもしれない。
 先の手腕を見る限り、霧絵と共にいる小暮はおそらくこれ以上ないぐらいに安全な状態にある。まして、人間相手ならば小暮が遅れをとることはまずない。また、可憐な女性を背負っているという状況は、誤解を受けやすい小暮の印象をずっと和らげてくれるはずだ。
 それに梨花のことがある。今は落ち着いているように見えるが、今後どうなるかは分からない。例えば、霧絵の正体が真の死人と知ったとき、どういう反応を起こすか予想できないのだ。巫女という同じ立場に、今は親近感を覚えているようだが。
 万が一の場合、犠牲になるのが一人で済むのならそれに越したことはない。互いの無事は電話で確かめられれば、それでいい。
 見上げてくる梨花に頷いて見せてから、純也は小暮たちを呼んだ。
 まず、霧絵から童話の切れ端を貸してもらい、それを写真に撮る。フラッシュが、一瞬だけ辺りを焼いた。
 そして、水明から得た話を簡単にだが纏めて話していく。ただし、霧絵本人に関することは伏せた。水明のアドバイスに従ったというより、口にしたくなかったのだ。口に出してしまえば、小暮と霧絵自身すらも苦しめるだけのように思われた。
 勘のいい梨花には後で訊かれるかもしれないが。
 氷室邸の探索を水明が視野に入れていることに対し、霧絵は心配そうであった。他人の意向を無視して強引に何かを進める人間ではないと説明したものの、言葉だけで信用させるのは無理だろう。何しろ"放蕩兄貴"だ。直に会って、人柄を確かめてもらうしかない。
 最後に目的地の変更を告げる。小暮が勢いよく同意を返してくる。

「了解であります! では、さっそく――」
「いえ、教会にはぼくと梨花ちゃんで行きます。携帯電話が使えると分かりましたし、手分けしましょう。小暮さんたちは岸井ミカさんの保護を兼ねて病院に向かってください。シビルさんが先に保護しているかもしれませんし、道すがら見つからなければ、そのまま兄さんたちと合流を。できれば、兄さんの調査に協力してあげてください」
「……しょ、承知したであります……押忍」

 身体全身で落胆を表現する小暮に、純也は浮かんだ苦笑を顔を伏せて隠した。
 メールで、小暮に水明の電話番号とメールアドレスを送る。ほぼ同時に、水明にも童話を添付したメールに小暮のものを載せた。
 一時の別れの言葉を交わし、足先を北に向ける。
 何も見限らない覚悟――それを決められるほど、自信も経験もないが、水明たちが動いていることを意識するだけで随分と心が楽になる。
 御札をいつでも使えるようにポケットに突っ込みながら、純也は一歩を踏み出した。


【B-3/一日目真夜中】

【風海 純也@流行り神】
 [状態]:健康、梨花の鬼化に対する警戒心
 [装備]:拳銃@現実世界、鬼哭寺の御札@流行り神シリーズ×10、携帯電話
 [道具]:防弾ジャケット@ひぐらしのなく頃に、防刃ジャケット@ひぐらしのなく頃に
     射影器@零~zero~、名簿、自分のバッグ(小)(多少の食料、他)
 [思考・状況]
 基本行動方針:出来る限り多くの人を救出して街を脱出する。
 1:教会に向かう。
 2:学校に向かう。
 3:水明、人見の救出よりも一般人の救出を優先する。
 4:老人、鷹野三四を警戒。
 ※過去にサイレントヒルで起きた出来事と霧崎水明の考察を知っています。
 ※純也が所持していた札は暗闇を照らす光の中ではでの描写を受け、鬼哭寺の御札と変更しました。

【古手 梨花@ひぐらしのなく頃に】
 [状態]:疲労(小)、L3-、鷹野への殺意、自分をこの世界に連れてきた「誰か」に対する強烈な怒り
 [装備]:山狗のナイフ@ひぐらしのなく頃に、山狗の暗視スコープ@ひぐらしのなく頃に
 [道具]:懐中電灯、山狗死体処理班のバッグ(中身確認済み)、ルールの紙
 [思考・状況]
 基本行動方針:この異界から脱出し、記憶を『次の世界』へ引き継ぐ。
 1:自分をこの世界に連れてきた「誰か」は絶対に許さない。
 2:風海は信用してみる。
 3:日野という男と老人を警戒。
 ※皆殺し編直後より参戦。
 ※過去にサイレントヒルで起きた出来事と霧崎水明の考察を知っています。


【小暮宗一郎@流行り神】
 [状態]:満腹
 [装備]:二十二年式村田連発銃(志村晃の猟銃)[6/8]@SIREN、氷室霧絵@零~zero~、携帯電話
 [道具]:潰れた唐揚げ弁当大盛り(@流行り神シリーズ)、ビニール紐@現実世界(全て同じコンビニの袋に入ってます)
 [思考・状況]
 基本行動方針:一般市民の保護。凶悪犯がいれば可能な限り逮捕する。
 0:出来る事ならあのカメラを使いたいけど使いたくない
 1:岸井ミカを保護する。出来なくても病院で水明たちと合流する。
 2:一般市民の捜索と保護。
 3:日野と老人を逮捕する。
 4:犬童警部への言い訳。
 ※過去にサイレントヒルで起きた出来事と霧崎水明の考察を知っています。
 ※霧崎水明の携帯番号とメールアドレスを手に入れました。

【氷室霧絵@零~zero~】
 [状態]:使命感、足の爪に損傷(歩行に支障あり)、疲労(中)、小暮に背負われている
 [装備]:白衣、提灯@現実
 [道具]:童話の切れ端@オリジナル、裂き縄@零~zero~、名簿、地図
 [思考・状況]
 基本行動方針:雛咲真冬を捜しつつ、縄の巫女の使命を全うする。裂き縄の呪いは使わない。
 0:基本的には風海と小暮に従う。
 1:小暮達と共に人を捜し、霊及び日野の危険性を伝える。
 2:真冬の情報を集める。
 3:黄泉の門の封印を完ぺきにする方法を捜す。
 ※真冬の名前を知りました
 ※過去にサイレントヒルで起きた出来事と霧崎水明の考察を知っています。




back 目次へ next
MOMENT 時系列順・目次 Secret Window
The Thing 投下順・目次 Secret Window
 
back キャラ追跡表 next
Phantom 風海純也 最後の詩
Phantom 古手梨花 最後の詩
Phantom 小暮宗一郎 最後の詩
Phantom 氷室霧絵 最後の詩
MOMENT 霧崎水明 Secret Window
MOMENT 長谷川ユカリ Secret Window

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2016年03月13日 14:23