ワルタハンガ
舞い落ちる粉塵が、辺り一面でパラパラと細かな音を立てていた。
開いた天井から流れ込む空気は、粉塵を駐車場一帯に押し広げる。
埃混じりの風に包まれて反射的に顔を庇う須田恭也を尻目に、三沢岳明は埃に目を細めつつも、その粉塵の中心でアスファルトに手をつき、身体を起こそうとする男の姿を凝視していた。
見慣れた迷彩服の中から特徴的な赤いシャツを覗かせているその男は、遠目から見ても重傷――――いや、致命傷だ。それは一目で分かる。
何故ならば、男の首は起き上がろうとする身体とは対照的に、あらぬ方向にだらりと垂れ下がっているのだから。
完全にへし折れている首。人間ならば命を落としていて当然の外傷。男はそんな状態で立ち上がろうとしていた。
へし折れている首が徐々に持ち上がり、正常な位置に戻ろうとしている。傷だらけの肉体が有り得ない速度で再生を果たしている。
加えて、両目から流れる赤い涙。夜見島で嫌という程見てきた同胞達の成れの果てや、先程の不釣合いな2人組と同じ赤い涙。
三沢の捜索すべき部下――――永井頼人は、既に化物の仲間入りを果たしていた。
「永井」
ゆっくりと歩を進め、呼びかける。永井の身体が動きを止めた。
明後日の方向を向く首を、永井は震わせつつも三沢に向けようとする。
赤い涙を溢れさせている眼球が、三沢の無感情な眼光と交錯した。
『み……さわ……。み、さわ…………』
重度の頚椎骨折。神経が断裂し、声など出せるはずもない。それでも、永井は掠れた呟きを漏らした。
ただ反射のみで言葉を吐き出しているような、知性のなど微塵も感じられない呟き。これもやはり、夜見島で命を落とした同胞達と同じだ。
「お前もそっち側、行っちゃったか」
『……また……みさ、わ……。また…………ひひっ。みさわぁ…………!』
フェイスペイントの施された顔が、奇怪な笑い声と共に不気味に歪んだ。
不安定な足腰で、震える身体で、永井頼人は立ち上がる。
笑い顔が更に歪んだ。いや、最早永井は笑ってなどはいない。その表情はいつの間にか、明確な憤怒と殺意で歪んでいた。
『みぃさぁァァワぁぁぁぁぁぁァァァァァァァァァァァあぁァ………………!!!』
吹き込む風にすらかき消されそうな程に惨めな、それでいながら、気迫の十二分に乗せられた咆哮を上げ、永井は背中に襷掛けにしていた89自動小銃2丁に手をかけた。
しかし、永井に与えられた猶予はそこまで。自動小銃にかけた手は、それを引き抜く事は許されなかった。
治り切らぬ身体ではその動作はあまりにも遅すぎたし、何よりも三沢は、躊躇わなかった。
三沢の右手に持つマグナムが、1度だけ火を噴いた。血飛沫が舞い、部下だった男の顔面と、その背後の車のフロントガラスが弾け飛ぶ。
化物と言えども、復活を繰り返すと言えども、弱点は頭だ。夜見島でも、この警察署でもそうだった。
永井の身体は床に崩れ落ち――――そして小さく喉を鳴らして『蹲った』。
駆逐してきた同胞達とはまた別種の反応であり、三沢も少なからず驚嘆を覚えたが、どうあれしばらくの間は行動不能だ。
「頭に弾丸ぶち込んでも、お前はもう目覚めないし、終われないんだな」
そして、もう二度と眠りにもつけない。眠らせてやる事も出来ない。
化物で在り続けるしか残された道のない憐れな部下を前に、三沢はほんの僅かに眉根を寄せた。
しかし、それ以上は決して表情を崩さない。
これは実戦だ。実戦で感情を顕にしたところでメリットは何もない。ただ己の生存率が下がるだけだ。感傷に浸る余裕などは、無い。
「……どう、なってるんですか……その人、頭なくなってるんですけど……」
背後にいた恭也が、おずおずと言葉をかけてきた。
三沢は永井から目を離す事なく、返答を返す。
「ああ。部下だった奴だが、こうなってしまえばやむを得ない。気にする必要はない」
「いや、気にするなって……生きてますよね、それ……?」
「……そうか。君はそこまでは知らなかったか。
私が見てきた奴らとは少し違うがな、こいつらはな、何度死んでも蘇るんだ。
さっきの警官達や脳みその奴ともまた違う化物だと覚えていてくれればそれで良い」
「違う化物……それは何となく分かりますけど」
「そんな事より、こいつの装備を解除する。手伝ってくれ。
こいつはどうせまた襲ってくる。その前に武器だけは奪っておかないとな」
「は、はい!」
幸い武装の解除は、それ程には手間取らなかった。
永井は生きているとは言え抵抗らしい抵抗は何もしなかったからだ。
恭也が永井の傷口をまともに見て狼狽えてしまった為に多少のもたつきはあったものの、だんご虫の様に蹲ろうとする永井の腕を2人で抑えつけ、背負っていた迷彩色のザックと2丁の89自動小銃をどうにか回収する。
その際、三沢はふと永井の迷彩服に違和感を覚えた。
確認してみたところ、永井の迷彩服は三沢の着用している防弾チョッキ同様に防弾プレートが入れられるように改造が施されていた。
その迷彩服は、前面にしかプレートを入れられていない。それも三沢のチョッキと同様だが、装着すれば銃弾から身を護れる率は高くなる。
事のついでに、三沢は永井の迷彩服の上だけを剥ぎ取った。
「着てみるか?」
所々破れて大量の血液で汚れている迷彩服を、三沢は恭也に手渡すが、恭也は重さに顔を顰め、少し迷った後にそれを返した。
前面だけのプレートとは言え重量は約6kg程。機動力が低下するのは避けられない。
ここには銃器を使用してくる化物だけでなく、先程の警察官の様な奴らも存在する。
慣れない物を装着させる事が裏目に出る可能性は充分にある為、恭也に無理に着せようとは三沢も考えていない。
結局その迷彩服と、永井のザックに入っていた弾薬は、三沢の持つサイドパックの中にしまい込んだ。
「……こいつの所持する武器はこれで全部か。
これは君が持て。背負う分には多少重くても問題ないだろ」
9mm機関拳銃とその弾倉を残したザックは恭也に背負わせる。
一通りの作業を終えると、三沢は立ち上がり、永井が落下してきた天井の穴に目を向けた。
今の作業の最中、天井の穴を通じて何者かの叫ぶような声が響いてきていた。
声は、これまで出会ってきた化物共の様な奇声ではない。はっきりとは聞き取れなかったが、真っ当な人間の言葉だった。おそらくは男女二人の声。永井に負傷を負わせた人間のものだろうか。
そうだとすれば、出来る事なら一刻も早く接触したいところではあったが、この永井がいずれまた起き上がる事を考えれば装備だけは解除しなくてはならなかった為、作業を中断する訳にはいかなかったのだ。
「……よし、一旦外に――――」
三沢の言葉を、地上からの音が遮った。今度は単なる叫び声ではない。銃声だ。
2人の顔に緊張が走る。外の人間は未だ化物と交戦しているらしい。或いは新たな化物に襲われたのか。
「行くぞ」
「あ、ちょっと待って下さい」
「……何だ?」
「外に出るならあっちからの方が早いんじゃないですか?
そっちからだとさっきのゾンビみたいな奴らもまだいるかもしれないし……」
三沢が向かおうとしていた廊下への扉と正反対の方向を、恭也は指さしていた。
その方向には、駐車場から直接外に出られるスロープが確かにあった。それは三沢も確認している。
そして、あの化物と化した警官達が他にもいるかもしれないという恭也の推測も否定は出来ない。だが――――。
「格子状のシャッターが降りていただろう? おそらく開閉は遠隔操作だ。ここからは開けられない」
「でも、さっき見つけたんですけど、これなら――――」
そう言って恭也が1台の車から引っ張り出した1つの工具。
それは、フロアジャッキだった。
「下の方の隙間に挿し込めば何とかなるんじゃ……と思うんですけど」
平均的なシャッターの圧力は200kg程。
それに引き換え、フロアジャッキはものにも寄るが1~3トンの車を浮かせる事が出来る。
シャッターをジャッキでこじ開けるなど当然三沢も試した事は無いが、理屈で言えばそれは可能だ。
「……やっぱり永井よりも使えるじゃないか……」
「え?」
「……いや、何でもない。やってみよう。手伝ってくれ」
「あ、はい!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
オフィスの中に漂う噎せ返るような血と腐肉の臭い。根源となる、床に散らばる警察官達の無惨な死体に、ジル・バレンタインは思わず足を止めていた。
彼等の皮膚は、一様にゾンビのそれだった。例外なく頭を破壊されている為に判別は難しいが、中には損傷が比較的少なく、生前の面影が見て取れる者もいる。
――――面影。そう、ジルの脳裏に浮かぶのは彼等の生前の姿だ。ここに死んでいるのは確かに、ラクーン警察署の同僚達なのだ。
それも、ケビンの話では数日前のゾンビの襲撃で命を落としたはずの――――。
ジルは、この強烈な悪臭の中にほのかに混じる、慣れ親しんだ空気を感じ取っていた。それは疑いようもなく、長年勤めたジルの職場の空気だった。
建物に染み込んでいる空気というものは、そこに立ち入る人間達の創り出す独特のもの。建物をコピーして建築しただけで再現出来るものでは決してない。
つまりこの建物は、単なるコピーなどではない。
木製の壁の一部が鉄製のフェンスにすげ変わっていたり、先の電車同様に壁や天井の至る所が赤黒く汚れていたりと様相こそ変化しているが、ここはジルのよく知るあのラクーン警察署なのだ。
他所の町をコピーして観光の目玉にでもしている。先程自分が唱えたその説は、己の感覚によってあっさりと覆されてしまった。
「参ったわね……」
唐突に、理不尽に、突き付けられた同僚達の死。
ラクーン市警がほぼ壊滅状態にあった事は、ケビンから一部始終を聞いていた。
だが、その彼等の末路をまさかこんな名前も知らなかった街で見せられる事になろうとは。
単なる伝聞や想像とは違う、実際に彼等の生々しい死を眼前にした衝撃の重さ。
急速に、頭の中に霞がかかっていくような感覚に襲われた。
ジルは混乱しかける感情を無理矢理に押し殺しつつ、言葉を吐き出した。何かを話していなくては、まともに思考が出来なくなるような気がした。
「現実のような悪夢……。当たってるのかもしれない」
「……ジムの言っていた事がか?」
「ええ。ここはやっぱりラクーン警察署そのものみたい。みんなの死体まであるんだもの。
本当、夢の中にいるみたいよ。……あるはずのないものが唐突に現れる。
あの蛇もそう。あの時確かに殺したはずなのに、何故かここにいる。
悪夢のような現実が夢に出て来て……また現実になってるって言うか……。ああ、上手く言えないけど」
ジルは独りごちる様に呟き、首を振った。
夢に出てくる風景と同じ脈絡のなさ。ジム・チャップマンが零していた気持ちが良く分かる。
ジムに対して先程ハリー・メイソンはこう言った。
「これが夢なら人は死なない。そもそも誰の夢になるんだ?」 と。
今ジルがそう訪ねられたなら、自分の悪夢だ、と言いたい気分だ。ラクーン署といい、大蛇といい、自分の悪夢が現実のものとなっているとしか思えない。
「あの大蛇を知っているのか?」
「……前にちょっとね。違うやつかもしれないけど、今ならあの時殺したやつとしか思えなくなってきたわ」
「いくら世界各地で蛇が執念深い生物だと語られているとは言え、それはないだろう。
……メラネシアには人間に復讐をする為に何度も蘇った蛇女の話があるが……あれは神話だ」
「そうね……。そうなんだけど――――」
「ねえ!」
ジルの言葉に被せられたのは、痺れを切らした様子のトモエの声。
見やれば、トモエは今にも泣き出しような表情を浮かべていた。
「そんなの何だっていいでしょ! 早く戻らないとケビンが……」
ハッと、ジルは焦燥と共に思い出す。仲間の死に打ちのめされている場合ではなかった事を。
立ち尽くしてしまったのは、時間にすれば分にも満たない程度。だがトモエのもどかしさは良く分かる。
今のケビンは満足に動ける身体ではない。あんな身体で無謀にもあの様な大蛇と対峙しているのだ。外からは断続して銃声が聞こえてきている。焦燥に囚われない方がどうかしている。
――――不意に、リチャードの最期が、目に浮かんだ。
あの時の様な後悔はしたくない。ただでさえ今回は血清も存在しないのだ。手遅れになる前に、向かわねばならない。
理屈は分からないしこの際どうでもいいが、ここがラクーン警察署そのものだというならば、それは好都合だ。
S.T.A.R.S.オフィスにはあの時の武器がある。リチャードとフォレストの、彼等の遺品が保管されているはずなのだから。
「ごめんなさい。行きましょう」
ジルはデスクの上に目を向けた。
何故かまとめて置かれていたケビン愛用の銃の弾。ショットガンの弾。グリーンハーブ。
それらの道具を無造作にウィンドブレーカーのポケットに詰め込むと、死体が作り出した血の泥濘を避けながらオフィス内を通過し、非常階段の扉へと移動する。
「一応用心して。ここから先に敵がいないとは限らない」
構えた拳銃の重さを意識して、ドアノブを握りながらジルは2人を振り返った。
見ているだけで息苦しさを覚えてしまいそうな強張りを浮かべる2人の表情。きっと自分も全く同じ表情をしているのだろう。
ふと、トモエ達の後ろに目が向いた。
本来その位置にあるはずの木製の壁とブラインドは、今はそこに存在しない。
代わりにあるのは今にも朽ち果てそうな赤く錆びたフェンス。その冷たいイメージと違和感が、いやに不快だった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「で!? どうすんだよケビン!?」
上部に大穴の開けられた塀と、ぐらついている正門。
ゾンビの群れの襲撃にもそれなりに耐えてきた堅固な城壁がただの一撃で崩壊しようとしている様を見て、ジムは悲鳴に近い声を上げた。
「格好つけるなんて言ったからには何かいい手あるんだろ? あるんだよな!?
どうすりゃいいんだ!? 早く教えてくれ!」
破壊された塀の穴から、上体を持ち上げた大蛇が再び姿を現した。
無機質な瞳と、獲物の品定めでもするかの様にチラつく長い舌に、ジムの軽機関銃が激しく音を打ち鳴らす。
強固な鱗の幾つかが緑色の血液と共に爆ぜ落ちていくが、効いているのかまでは今一判断がつかない。
「一番なのは! うちのランボーがド派手なクライマックスを飾ってくれる事なんだがな!」
「そ、それ以外で頼む!」
「そのバッグは!? アクセル刑事なら颯爽とショットガンくらい取り出してくれるんだろ!?」
「その役はビリー刑事に任せるよ! 鉈と斧しかねえし! つーか、似てねえって!」
「だったら――――」
銃弾を嫌がったのか、大蛇の姿が塀の陰に消えた。――――そう思ったのも束の間、響いたのは巨大な物が風を切り裂き塀にぶち当たる音。
片側の門扉が塀の一部と共に吹き飛び、石畳の上で耳障りな音を立てて滑ってくる。風圧で、2つの旗が強くはためいた。
しこたま降りかかる破片が、ケビン達の身体を容赦無く打ち抜いた。布で吊り下げられた左腕に激痛が走り、顔が歪む。
柄にも無く口にしたくなる泣き言をどうにか飲み込み、代わりに口の中に入った砂を吐き出しながら、ケビンは叫んだ。
「ぷぇっ。あの時みたいに死守は出来そうにねえな、こりゃ!」
「で!? 『だったら』どうすんだよ!?」
「だったら? ホッケーマスクがありゃ勝ち目が見えるなって言おうとしたんだが、聞きたかったか?」
「ああ、聞けて嬉しいや! 大いに参考になったよ!
でもジェイソンだってこんなやつ切り刻めねえよ! その前に食われちまう!」
「だったら――――格好つかなくてもいいか。逃げるぞ!」
「大賛成だ!」
残ったのは大蛇を倒す為ではない。あくまでもジルが戻って来るまでの時間稼ぎ。
格好をつけるという目的なら、囮という大役を引き受けただけで充分だ。ラクーン署のコピーにどれ程の武器が置かれているかは不明だが、それは祈る他ない。
ケビンとジムは身体を翻し、石畳を蹴った。直後に壊れた門扉から大蛇の首が侵入するが、無視する。とりあえず目指すのは署の東側だ。
一歩足を踏み出す度に背中と左腕が痺れる様な痛みを訴えた。激痛が全身に突き抜ける。
蓄積された疲労と、出来れば目を背けたい己の身体の変貌も伴い、全速で走る事など到底叶わない有様だ。
だが、それでも、全てを堪えてケビンは地面を蹴り続けた。短距離走ならまだこの大蛇には負けてはいない。
自然の摂理に背いて急激に巨大化してしまった蛇には、移動速度までは備えつけられていないらしい。
捕食、或いは攻撃の際のスピードの凄まじさは先程の駅で思い知ったが、それは射程に入らぬ様逃げ回ればいいだけの事だ。
後は、ジルが戻るのが先か。ケビンの体力が限界を迎えるのが先かの大博打――――。
先を行くジムがプランターに足をかけ、鉄柵をよじ登る。
上から差し伸べられる手を掴み、左腕が使えない不便さにもどかしさを噛み締めながらも、ケビンはジムに続いた。
「こいつもあの動物園から逃げ出したやつかぁ!? 全くブクブクブクブク太らせやがって!
餌やり過ぎるのがあそこの飼育方針かよ!? ちったあダイエットさせろよな!」
「食欲旺盛な野郎なのは確かだな。2人も食っといてまーだ食い足りねえってんだからよ」
肩越しに相手の姿を確認する。
人1人を丸呑みにしたばかりだというのに、大蛇の腹には既に膨らみは見られない。この短時間で消化してしまったようだ。
ケビン達が散々見てきた、際限なく獲物を求めるゾンビ達と同じだ。あの蛇もまた、T-ウィルスの影響で消化器官が異常発達しているのだろう。
「2人って、あのくそったれ眼鏡以外にも誰かやられてんの!?」
「ああ、さっきの駅でな!」
お前のお友達なんだがな。そう心の中で付け加え、ケビンは反対側の庭に飛び降りた。
今ジムにその説明をすれば確実にややこしい事になる為、後回しだ。
着地の衝撃が激痛と変わり、全身を駆け巡る。思わず、ケビンは身体を硬直させた。額から地面に脂汗が流れ落ちた。
「ケビン! 来るぞ! 早く立ってくれ!」
「……お優しいお言葉をありがとうよ!」
ジムは飛び降りると、振り返り様に軽機関銃を乱射する。
怒り狂った猫の様な威嚇音を背に受け、ケビンは歯を食いしばり再び身体に鞭を打った。射撃を止めたジムがすぐに追いつき、ケビンの先を行く。
ジムに追い抜かれるなんてな。改めて身体の重さを実感し、無意識に舌打ちが漏れた。
後方で鉄柵に重い物が激突する音が響いた。振り返れば、大蛇は鉄柵を乗り越えようとしていた。当然と言えば当然だが、奴に諦める気はないらしい。
「それで、こっからどうすんだよ!?」
「このまま署の周りをグルグル回ってジルが来るまで逃げ回るか、あいつをぶっ殺すか、だな。どっちがいい?」
「ぶっ殺すって、やっぱり何か手があるなら――――」
「おいジム! 前だ!」
前方から、3体のゾンビが向かってきていた。
ジムはみっともない悲鳴を上げつつも咄嗟に体勢を低く取り、ゾンビの隙間を潜り抜けた。
その様に苦笑を浮かべつつ、ケビンはジムを追おうとする1体の背に前蹴りを叩き込んだ。
他2体を巻き込み、もつれ合って倒れるゾンビ達に、2人は止めを刺す事はせずに置き去りにする。後片付けはあの大蛇がやってくれるだろう。
「ちくしょう、あっぶねえ。――――それでどうやってぶっ殺すんだ!?」
「簡単だ。ここがラクーン署のコピーだっつーんなら裏に駐車場もあるはずだろ?
あいつをそこまで誘導して、車の燃料タンクをそのマシンガンで撃ち抜いて爆発させる。それでヘビ野郎はボン、だ」
「お、意外にいけそう――――」
「名付けてアナコンダ大作戦! 本家のドラム缶一杯のガソリンには劣るがな」
「――――……だけどさ、やっぱりジルが来るの待つ方にするよ」
「なんだよ。そこは車爆発させて『バーベキューにして食っちまうぞ!』とか言ってほしかったぜ」
「今度はウィル・スミスかよ。あんた黒人ならみんな同じに見えるんじゃねえだろうな? 差別主義もいいところだぞ、それって!」
「じゃあ、ハリソン・フォードとリチャード・ギアとメル・ギブソンは?」
「……ありゃ三つ子だろ?」
「おめでとう。君も立派な差別主義者だ」
無駄口を叩き合いながらも、2人は足を休ませない。
外塀の終点――――コンクリート塀に囲まれた敷地内の角に差し掛かった。警察署の非常階段が左手に見える。
曲がりながら後方を窺い見れば、ケビンの予想通りに大蛇がゾンビを片付けているところだ。起き上がる時間はなかったらしく、ゾンビ共は3体纏めて咥え上げられている。
視線を戻すと、ジムが既に前方のフェンスに到達し、手をかけていた。
ありがたい。ケビンは安堵の息を漏らした。本来のラクーン警察署ならばこの場所には、外壁と同等の塀がそびえ立っている。10フィートを超える高さの塀だ。
もしもここにあったのがその塀だったならば、正直今の身体で乗り越えるのは至難の業だった。
ジムの協力を仰げば登る事は出来るだろうが、降りる際には飛び降りるしかない。そうすれば先程以上の激痛に見舞われる事は想像に難くない。考えるだけで脂汗が滲み出してきそうだ。
だが今のそれは、この街の至る所でよく目にした金網のフェンス。登るにせよ降りるにせよ負担は軽減される。
フェンス越しには、幾つかの照明ポールと署の2階へ通じる階段も見える。署のコピーは正確に成されている様子。ならばここから先には少なくともこのフェンス以上に通行が困難な箇所はないだろう。
ジムがフェンスを登り切り、上で身体を反転させて合図を送る。それを受け、ケビンもフェンスに足を差し込んだ。
右腕を伸ばしフェンスを掴む。手袋をしていても金網が手に食い込み、若干の痛みが生じるが、それを無視して身体を持ち上げて行く。
こちら側に半身だけ乗り出す形で待っていたジムが、ケビンの後ろを気にしながら先程同様に手を伸ばした。
遠慮せず、甘えさせてもらう。ケビンがその助けを借りようと、金網から手を外そうとした――――その刹那。
どこからか、聞き覚えのある轟音が――――サイレンが、鳴り響いた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇