F.O.A.F.(Friend of a Friend)






監察医:式部人見


「それじゃあ、ついでにサイレントヒルにでも寄ってくると良いぜ」
 と、そんなふざけた事をふざけた顔で言うこの男に、式部人見は再び言い返す。
「それ、どんなF.O.A.F.?」
 彼のためにも分かりやすく、もう聞き飽きた、という顔をしてみせるのを忘れない。
「そもそも、その街って、実在しないんじゃなかったの? キャッスルロックやアーカムみたいに」
 口元を再びニヤリとさせて、その男、霧崎水明は楽しげに続けて言う。
「"青いクレヨン" の話さ。覚えているか?」
「テレビタレントがどうの、ってヤツでしょう。前に聞いたわ」
「そう。最初は、とあるラジオパーソナリティが番組内で話したネタだった。
 語り手である人物の"友達の友達"、すなわち "F.O.A.F." が、新しく中古物件の家を買う。
 友人等に手伝って貰い引っ越し荷物の整理をするが、どうも奇妙だ。
 間取りと実際の構造が噛み合わない。
 調べてみると、1階の一角に、どうやら閉ざされた小部屋があるようだ。
 あまりにも怪しいから、本来入り口があったとおぼしき壁を壊すと、やはり部屋があり、そこには…」
 霧崎は一旦ここで言葉を切り、式部の切れ長の目を覗き込みながら、
「青いクレヨンで、壁一面に 「ママ、ここから出して」 の文字が書かれていた」
 反応を伺うようにして、机の上のコーヒーを啜る。 
「…と、それ以外、結局何も分からないという終わり方のこの都市伝説」
「まぁ、良くできているわね。その、最後の据わりの悪さとか」
 相対してソファに座っている彼女も、そのしなやかな指先で弄ぶようにスプーンを回してから、カップの液体に口をつけた。
「"何も解明されない" パターンだね。
 このタレントの創作能力の高さは置いておくとして、これの面白いところは、そのまま本当に、ある程度の規模で 「都市伝説」として広まったところだ。
 勿論、スティーブン・キングやラグクラフトと違って、作家として知名度があったり作品が流通しているワケじゃないからということもあるが、純粋な創作がいつのまにか "F.O.A.F."、友達の友達の話として流布するというケースとしては興味深い」
 ますます饒舌になる霧崎の話を式部が引き取って遮る。
「ご専門の民俗学的アプローチはいいけど、それでサイレントヒルのお話しはどうなるのよ?」
 またしても、霧崎がニヤリとする。まさに、想定していた反応を得られたと言わんばかりの顔だ。


 長いつきあいになる式部にとって、この表情は見慣れたものだ。
 同じ大学で、方や医師として、方や民俗学の教授して職場を共にしているわけだが、一見シャープで理知的、それでいて些か野性味のある独特な風貌のこの男が、時折見せる稚気のある笑みは、式部人見にとって意外と心地よくもある。
 本人にそんな意識はないだろうが、霧崎はこの笑みで、少し得をしているとも思う。
「サイレントヒルは実在しない。キャッスルロックやアーカム同様のフィクション上の架空の街。
 しかし、"青いクレヨン" の様に、出だしが分からない。
 都市伝説というのも地道に調べていけば、必ずその出だしとなる何かがあるのさ。
 友達の友達をたどってもそうは分からないが、伝搬とその時期を丹念に見ていけば、ある程度特定できる。
 そしてサイレントヒルは、キャッスルロックなどと同じ架空の街ではあるが、そこが出典ではないんだよ」
「都市伝説の方が先…という事?」
「そう。
 いくつかのフィクションで言及され、モチーフとされてはいるが、キングの様な有名作家が創作したというわけでもないし、テレビゲームや映画企画で宣伝のために流したというワケでもない。インターネットで先に怪異の噂だけを流しておいて、みたいなヤツじゃあないらしい。
 サイレントヒルという、存在しないハズの街の都市伝説が広まり、そこみから着想を得た作家達が、それらを元に創作をしている。
 つまり、何処かに出だしがあるはずだが、何処が出だしかがよく分かっていない」
「実在する、実在した可能性がある…そう言いたいワケね。津山30人殺しみたいに」
 式部人見は眉を上げてそう返した。
「そう。あれにも、何々村33人殺し、みたいな派生系も色々とあるからね。
 何れにせよ、アメリカの一部で広まっているサイレントヒルの都市伝説には、何かしら元となるモノがあるだろうと見て良いだろう。
 それが実在した街か、そこで起きた事件である可能性も無くはない。
 そうだろう?」
 机の上、すっかり冷め切ったコーヒーを飲み干して、そう締めくくる。
「そうね。ついでのついでによれたら、サイレントヒルの元ネタになっている場所では、何も "不思議なことなど無かった" って事を証明して、お土産にしてあげるわ」
「楽しみにしているよ」
 後に彼女は苦々しくも思い出す。
 警視庁も一目置く監察医、式部人見がアメリカに発つ数日前、同僚にして古い友人でもある民俗学者霧崎水明の教授室で交わした、この他愛のない会話の事を。





 霧が強くなった。
 ハンドルを握る手に、僅かながら緊張が増す。
 そうでなくとも、些かいらついているのは事実だ。
 ニューヨークで行われる医学学会に出席するために渡米した式部人見は、そのついでといっては何だが、数日の休日をとりウェストバージニア州に住む知人を訪ねる予定で居た。
 普段は大排気量のバイクを乗り回している彼女だが、流石にアメリカで長距離をバイク移動する気にはならず、レンタカーを借りて行くことにした。
 それが、最初の間違いだ。
 カーナビもあるし、何度か通ったルートだからと高をくくっていたが、見事に迷った。
 道半ばにしてナビはまともにに動作せず、挙げ句にこの霧だ。
 夕方には目的地に着くつもりで居たが、このままではどうにも危うい。
 かといってこの視界ではそうそうスピードを上げるわけにも行かず、彼女にしては珍しく、苛立ちを表に出す。
 苛立ちながら思い出したのが、渡米前の別れ際にした、友人、霧崎との会話だ。


 霧に閉ざされた街、サイレントヒル ―――。


 アメリカの一部で流行っている其の都市伝説に寄れば、サイレントヒルという忌まわしい街には常に霧が立ちこめており、そこに迷い込むと、奇怪な怪物に襲われる、だとか、魔女の生け贄にされる、だとか言われているらしい。
 怪物に襲われ、魔女の生け贄にされた誰がこの話を持ってきたのか? と問われると、つまりは F.O.A.F.(Friend of a Friend)、「友達の友達に聞いた話」 となる。
 民俗学者である霧崎水明は、ことのほかこのテの話に詳しい。
 と、いうより、どうにも霧崎は、民俗学者としてでは無く、何か都市伝説そのものに強い思いれがあるかのようにも思えるのだが、その辺りの詳しい話を式部は知らない。
 都市伝説がどういうモノか、あるいはそれらの伝搬や生まれる仮定を調べることの学問的な意味や意義は、分かる。
 例えば有名な都市伝説の一つ、「ベッドの下の男」 は、都市部で一人暮らしをする女性の孤独と危険という要素がある。
 一人暮らしの女性の部屋に、友人が訪ねてくる。
 ベッドの上でくつろぐ女性に、急に青ざめた顔をした友人が、「今から外に行こう」 という。
 理由を聞いても曖昧な態度。しかし強引に外へと連れ出す友人。


 その先で理由を聞くと、友人は辺りをうかがいながら、「ベッドの下に男が居た」 と告げる―――。
 これは、女性が一人暮らしをすることがごく普通のこととなった現代でなければ成り立たないものだ。
 件の創作都市伝説である 「青いクレヨン」も、暗喩として児童虐待がある。
 呪い、でも無く、祟り、でも無い。
 日常の中に潜む狂気。それが前提としてあるからこそ成り立つ怖さ。
 都市伝説というのは、そういう意味では社会を映す一つの鏡だ。
 だから、都市伝説の研究というもの自体に異議はない。
 しかし、式部人見と霧崎水明がことある毎に対立するのは、そのことではない。
 オカルトの存在だ。


 霧崎水明は、オカルト肯定派である。
 「この世には不思議なことがある」
 そういう立場だ。
 式部人見は違う。
 「この世には不思議なことなど無い」
 一見不思議に見えるのは、単にその観察者の知識や、状況への理解が足りぬ為 「不思議に思える」 だけに過ぎない。
 その原理を知り、仕組みを解明できるだけの理解力があれば、不思議なことなど何もない。
 式部人見は医学の徒である。
 病人を目の前にして、不思議だ不思議だと首をひねっても何の意味もない事を十分に知っている。
 重要なのは、不思議を前に己の立ち位置を見失わないことだ。


 勿論彼女は、科学の狂信者ではない。
 希にテレビで心霊特番などをやると、とうてい科学的思考の元にモノを考えているとは思えない疑似科学者もどきが、例えば 「全てはプラズマだ」 等というような事を言って場を賑わせる。
 ああいう輩が、一番タチが悪い。
 彼等の立ち位置は、例えば何か身内に不幸が起きれば、「全ては先祖の因縁です、霊障です」 等という霊能者と何ら変わらない。
 事実を事実として認め、その上で解明しようという意志がない。
 だから、自分が現在知っている手持ちの情報だけで、全てを断じようとする。
 学術の徒として、最もあってはならない姿勢の典型である。
 そして何より ――― 彼女自身、どう解釈しようとも解明できない奇怪な事件に遭遇したことがある。


 そしてどうやら、子細は知らないのだが、霧崎水明もそういう事があったらしい。
 言うなれば、霧崎と式部は鏡の裏表だ。
 どう解釈しようとも解明できぬ奇怪な事件に遭遇し、そこからオカルトの存在をひとまずは肯定する立場に立った霧崎と、オカルトをあくまで科学の徒として解明する立場に立った式部。


 その点において、彼女はだからこそ、霧崎水明を尊重しているとも言える。
 彼はオカルト肯定派であるが、「全ては霊の仕業だ」等と言い出すことはしない。
 あくまで、「不思議なことは存在する」 という足場に立ち、その上であらゆる可能性を探り、検証しようという姿勢で居る。
 その姿勢そのものが、同じ学術の徒という立場として正しいと思えるし、好ましくも思う。
 だからこそ、何かと対立をしながらも、彼女と霧崎は長年友人を続けていられるのだ。


 その霧崎曰く、「サイレントヒルの都市伝説は、あまり現代的ではない」 のだという。
 「ベッドの下の男」にしろ、「白いワニ」 にしろ、都市伝説というのはどこかしら時代を表している。
 サイレントヒルには、それが見えてこない。
 時代や背景が見えない以上、それらが伝搬するための重要なもの、根っこが足りない。
 そこに、何かがあるのでは無いか?
 そう、つまりは、「事実としての怪異」 が―――。


 そこで一瞬 ―――。
 思考が途切れる。



私立探偵:ダグラス・カートランド


 パルプフィクションにおける私立探偵像を挙げてみるとしよう。
 まずは精悍な顔つきにほどよく引き締まった身体。
 野性的な髭なんかもあるとなお良い。
 それからお馴染みのよれよれのトレンチコートにくたびれた背広。
 よれよれのシワの入ったシャツに、年季の入ったソフト帽。
 これでちょっとしたフィリップ・マーロウもどきの出来上がり、となる。


 彼、ダグラス・カートランドは、そういう存在だ。
 以前いけ好かない元同僚にそう揶揄されたとき、「これが俺の制服だ」と、ダグラスは答えたという。
 そう、元同僚がブルーのシャツに銅のバッヂをひけらかして警官面をするのと同様に、ダグラスは薄汚れたコートとソフト帽で、薄汚れた私立探偵としての自分を演じている。
 本家と違うのは、そこには誇りよりも自重が多めに含まれていることだ。
 所詮自分はまがい物だ、とでも言うかのように。


 10年前、彼はある事をきっかけに、警察の職を辞した。
 息子は銀行強盗で射殺され、妻とも離婚する。
 その時点で、彼の人生はそれまでとは別のものになった。
 刑事という役割を捨て、社会の裏側をのぞき見る探偵という役割を得たのだ。
 そして今回の事件で、そのさらに裏の世界を垣間見てしまった。
 裏……いや。
 魔の境界を。



 目覚めは心地良くはなかった。
 二日酔いほど酷くはなく、しかし胃もたれよりは嫌な感覚。
 白濁した視界に、ぼんやりと何かが浮かんでは消える。
 明滅するのはアラートサインか己の意識かと訝しむが、その正体はすぐに判明する。
 光。
 おそらくは懐中電灯か何かの光。
 それが、真っ白な濃霧の中をゆらゆらと揺れるように泳いでいる。


 霧?


 ようやくそこで、ダグラスは己の現状に思い至る。
 薄暗い、事務所のような場所。
 埃と塵と、ごみに割れたガラスの破片。
 ダグラスは、錆びた金属の脚と破れ目のある革張りの長椅子に横たわっていた。


 湿った空気の匂いと、吸えたかびくさい匂い。それから何かの刺激臭が鼻につく。
 廃屋。一目見た印象はそうだった。
 記憶をたぐる。
 何だ? 何かの事件に巻き込まれ ――― いや、違う。
 自ら望んでここへ向かったのだ。
 彼女 ――― そう、クローディアという女の依頼で行方を捜し、おそらくはその結果として怪異の中心へと誘われていた少女、ヘザーと共に、サイレントヒルの怪異と因縁の謎を解き明かすべく訪れ ―――。
 閃光と共に、まるでスローモーションで抜き出されたフィルムの酔うに場面場面が思い出される。
 あれは ――― 少女?
 いや、人であったかすら今では覚束ない。
 ただそのときは人、年端も行かぬ少女かに思えたその影が、ダグラスの運転していた車の前を過ぎり……ハンドルを切り損ねた車はそのまま道路脇の大木にぶつかり ―――。
 そこから、意識がない。


 つまりは。
 ダグラスは痛む身体を撫でさすり、骨や筋肉に異常がないことを確かめつつ整理する。
 事故を起こし、意識を失い。
 そして車から引き出されて……応急手当をされて、ここに寝かされていた。
 先ほど刺激臭と感じたのは、おそらく消毒用アルコールだ。
 かすり傷と思われる後には仕様毒液が塗られ、また所々にはガーゼが当てられている。
 適切だ。少なくとも手慣れている。


 再び、辺りを見回す。
 がらんとした生気のないこの空間には、自分以外の気配はない。
 ここにきてようやく、ヘザーの姿がない事に意識が向き、慌てて立ち上がりかけて、軽く立ち眩んだ。
 「…つっ」
 それほど痛むわけでもないが、思わず声が出る。
 右手を伸ばして壁に当て、傾いた身体の支えとした。


 「目が覚めたのね」



 声がした。
 女性。
 落ち着いた、理知的な声だ。
 顔を入り口の方へ見やると、右手に懐中電灯を持ち、両手を組んだ女性が立っている。
 美人だ、と、そう思った。
 濡れたように艶やかな黒髪の東洋人。すらりと伸びた体躯と、ほっそりとしているが決して貧相な印象のないライン。
 鼻筋の通った、どこか人を突き放しているような面立ちが印象的だった。
 この霧のせいか、心持ち青ざめて見えるのもまた、なんとも言えぬ雰囲気だ。
 「あんたが…?」
 「ええ、一応。本職なのでね」
 看護婦か…いや、おそらく医者だ。
 達者な英語だが、発音の綺麗さからするとネイティヴではなさそうだ。
 おそらく専門的な勉強をしているであろう人物の話し方に感じられる。
 そしてこの応急手当をしたのは彼女だろうともあたりをつける。
 「ヘザー…いや、10代の少女は観なかったか? 同乗していたハズなんだが…?」
 この問いかけに僅かに表情を曇らせ、
 「いいえ。私が見つけたときは、貴方一人だけだったわ」
 「そうか…」
 先に意識が戻ったヘザーが、一人では気を失った自分をどうにも出来ぬと、助けを呼びに行った。
 これが、一番の希望的な展開だ。
 しかし。
 あるいは、教団の追っ手 ――― 自分に彼女を探し出すことを依頼し、またどうやら彼女の父親の命を奪ったらしい怪しげな集団 ――― の手に落ちたか、あるいはまだましな想像としては、霧の中で迷ったか……。
 何れにしろ、安否が気になる状況だ。
 「助けてくれたこと、礼を言う。
 しかし連れが行方不明なんだ。今すぐ探しに行かなきゃならん。
 悪いが、自己の場所までもう一度案内してくれるか、場所を教えてくれないか?」
 ヘザーを巡る一連の事件の奇怪さに興味を持ち、同行を申し出たのはダグラスの方だ。
 しかし同時に、自分が依頼を受け、彼女を捜し出したことでこんなことになってしまった、という自責の念もある。


 勿論、ダグラス自身が探さずとも、教団は何れ彼女を見つけていただろうとも思う。
 自慢じゃないが、自分が特別優れた探偵で、他の人間には探せなかった、とは思っていない。
 またおそらくクローディアは、自分以外の数人に、同様の依頼をしていたはずだ。
 その中でたまたま自分が、当たりくじを ――― あるいは、ハズレくじを引いた。
 それだけの事だが ――― それだけの事とは簡単に割り切れない。
 執念、あるいは意地、又は妄執。
 少なくとも、ここまで否応なしに関わってしまった以上、知らぬ存ぜぬを決め込むことも、ヘザーを放っておくことも出来はしない。
 何が起きるのか、何が起きているのか、そして、自分には何が出来るのか。
 それを見定めなければならない。
 内ポケットや腰のホルスターを確認する。
 いつもの手帳、ペンライト、財布、携帯ラジオ、それから、ベレッタと予備弾倉。
 無くなっているものはない。
 今度はしっかりと立ち上がり、女性の脇を通り外へと向かう。


 改めて外へと出ると、想像以上の濃い霧に、一瞬天地をも見失うかと錯覚した。
 真っ白な濃霧の中へと一歩踏み出すことが、これほどまでに緊張をもたらすとは。
 振り返り、女性を見る。
 自分がいた場所は、寂れたガソリンスタンドの事務所だったらしい。
 バケツや、錆び朽ちたドラム缶などが辺りに散見出来る。
 緊張、あるいは困惑、若しくはその両方。
 その表情から、ダグラスはそれらの感情を読み取る。
 「ああ、すまない。
 俺はダグラス・カートランド。一応私立探偵をしている。
 探している相手はヘザーと言って ―――」
 うかつにも、お互いに自己紹介がまだだったこと、同時にこの初対面の恩人に、自体をどう説明すればよいのかという事に気がつく。
 下手に話をすれば、この女性をも巻き込みかねないし、加えれば自身が信頼されうるかと言うことも難しい。
 こんな辺鄙な道を、ティーンの少女と同行していたことを、どう説明すればよいのか?
 誘拐犯か変質者、シリアルキラーと思われても無理はない。
 「――― 一時的にだが、彼女を保護している」
 田舎道で事故に遭う。


 同行者が居なくなっている。
 しかもそれは少女。
 その少女は、誘拐犯から逃げ出した被害者。
 そう思われても仕方がない。
 しかし、ひとまずはその心配は杞憂に終わった。
 いや、そうでは無い。
 その女性は、もっと別の事をダグラスに伝えたかったのだ。
 「…とりあえず、付いてきて」
 女性は用心深く、そう告げて歩き出す。
 遠すぎず近すぎずの距離で歩きながら、彼女は言葉を続けた。
 「私は式部人見。日本で医者をしているわ。
 この近くに住んでいる友人の家を訪ねる途中で、貴方の乗っていた車を見つけて、気絶していた貴方をひとまずここまで運んだの」
 やはり、ダグラスの予想したとおりの人物だったようだ。
 「とりあえず」、これは言うまでもないでしょうけど、骨に異常はなさそうね。
 ちょっとした打ち身と擦り傷は確認できたわ。
 吐き気はする? 頭痛や目眩は? 脳に異常があるかどうかは精密検査をしないと分からないけど ―――」
 歩きつつ、そこまで言って少し止まる。
 「落ち着いて、話を聞いて」
 向き直った。
 ぞくり。
 嫌な予感がする。
 式部という女性の、ある種登記の人形めいた美しさが、さらにその予感を増幅させる。
 自分は ――― 自分は今どこにいて、何に脚を踏み入れてしまったのか?
 「事故現場には戻れない。その少女についても、もしここに着ているのならば探せるかもしれないけど…」
 向き直り、懐中電灯で先を指し示す。
 「そうでなければ、まずは私たちがここからどう出るか ―――。
 それが先決ね」
 暗く、深い、闇。
 地に穿たれたそれは、地割れというよりむしろ断崖絶壁とでも言えるようなシしろものだ。
 霧も相まって、果てすら見えないその亀裂は、道路を分断してさらに左右に広がっている。


 「これは…」
 言葉を失う、とは、まさにこの事だ。
 「来たときには無かったわ。
 貴方を車に乗せ、さっきのガソリンスタンドまで運び、降ろしたときまでは…こんなものは無かったのよ」
 理知的で理性的 ――― そう印象を受けた彼女の眉間に、深い困惑のしわが刻まれている。
 何をどう言ったらよいか分からない。
 地震や地滑りで、このような長大な地割れが出来るものだろうか?
 ダグラスは地質学の専門家ではない。
 もしかしたら起こりえる事なのかもしれない。
 しかし。
 知識や経験ではない何かが、これは違う、と。
 これは自然なものではない、もっと恐るべき何かだと。
 ダグラスに警告をしている。
 「サイレントヒル ―――」
 不意に口から漏れた言葉。
 その言葉に、横にいた式部が怪訝そうに顔を向ける。
 そうだ。ここはサイレントヒルだ。
 ダグラスはそう思う。
 いや、そう感じる。
 ここは既にサイレントヒルだ。
 自分は知らずサイレントヒルに足を踏み入れ、そして取り込まれた。
 この整合性も脈絡もない考えが、最も正解に近い回答なのだと、このときのダグラスは信じて疑いすらしなかった。





【6-Bガソリンスタンド前の道路/一日目夕刻】


【式部人見@流行り神】
 [状態]:健康
 [装備]:特になし
 [道具]:旅行用ショルダーバッグ、小物入れと財布 (パスポート、カード等) 筆記用具とノート、応急治療セット(消毒薬、ガーゼ、包帯、頭痛薬など)
 [思考・状況]
 基本行動方針:事態を解明し、この場所から出る。
 1:この亀裂は何で、何故出来たのだろう?
 2:この男性 (ダグラス) は信用できるだろうか?
 3:サイレントヒル…?
 ※ガソリンスタンド前にレンタカーを駐車中。


【ダグラス・カートランド】
 [状態]:軽い打ち身と擦り傷
 [装備]:ベレッタM92(残弾 10/10)
 [道具]:ベレッタの予備弾倉 (×1)、手帳と万年筆、ペンライト、財布(免許証など)、携帯ラジオ
 [思考・状況]
 基本行動方針:ヘザーを探し、サイレントヒルの謎を解く。
 1:ヘザーを探し、保護する。
 2:この亀裂は何で、何故出来たのだろう?
 2:この女性の身の安全も守らなければならない。





【キャラクター基本情報】


式部人見
出典:流行り神
年齢/性別:20代/女性
外見:切れ長の目をし、鼻筋の通った、稟とした美人。細い足のラインが見えるジーンズと、サマーセーターを着用。
環境:2000年代日本、東京にある鴨根大学付属病院で監察医を勤めながら、大学では法医学を教えている監察医。
性格:合理主義で何事にも冷静に対処しようとする。他人に進んで干渉する方ではないが、面倒見の良い面もあり、特に年下等にはつい先生のような態度になることもある。
能力:医師、監察医として高い技量と知識。大型バイク、一般自動車などの運転技術。日常会話及び医学に関しての専門的会話の可能な英語の語学力。
口調:丁寧で冷静。一人称は"私"、二人称は"あなた"や名前に敬称など。親しい相手等には、"○○君" などと呼んだりもする。
交友:同学校での民俗学教授、霧崎水明とは大学時代からの友人。霧崎の弟的存在であり、警察史編纂室所属の警部補、風海純也とも親しく、その同僚にして部下の小暮宗一郎からは、一方的な好意を寄せられている。
備考:『流行り神』終了後より。2での展開は考慮しない。
  ただし、1で隠されていた事情などについての2での記述は含めても可。
  又、語学力、車の運転などについては原作中の表記はないが、キャラクターの背景から相応にあるものとして描写しています。(SS中、ダグラスとは英語で会話)




ダグラス・カートランド
出典:サイレントヒル3
年齢/性別:50代/男性
外見:白髪交じりの短い頭髪と髭、壮年男性としては立派な体格を持つ白人男性。黒のソフト帽によれよれの背広、膝丈までの濃い茶色のロングコートを着ている。
環境:1992年アメリカ、元刑事の私立探偵。妻とは10年前に離婚し、息子にも死なれている。
性格:落ち着いた物腰と、強い意志を併せ持つ“タフガイ”。
能力:刑事としての射撃、格闘などの技術、及び探偵行を通じての観察力など。
口調:男性的だが粗暴ではなく、しっかりとした口調。一人称は“私”、二人称は名前か、“君” など。
交友:ゲーム中にて、依頼主のクローディア・ウルフと接点があり、またヘザーと協力関係にある。
備考:『サイレントヒル3』 ゲーム中、クローディアの依頼によりヘザーを探し出し、それを切欠にした異変でヘザーの父、ハリーが死亡。ヘザーを保護し、共に車でサイレントヒルへと向かう途上より。


※道路上に巨大に亀裂を発見。
 これがどれほどの幅、どれほどの長さなのかは不明。
 サイレントヒルのゲーム上では、プレイヤーキャラクターをサイレントヒル内部に閉じこめ、それ以上先に移動をさせないものとして配置されている。


携帯ラジオ@サイレントヒル
 ごく普通の携帯ラジオ。ただし、サイレントヒルの世界では、普通のラジオ番組は受信できないが、クリーチャーが近づくことによりノイズを発生させ、その存在を知らせる事が出来る。 




back 目次へ next
老頭児&Rookie 時系列順・目次 惑う子羊
邂逅 投下順・目次 零を視る者
 
back キャラ追跡表 next
式部人見 ジャックス・イン
ダグラス・カートランド ジャックス・イン

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2012年06月20日 20:34