零を視る者
雛咲深紅は見えないものを視た少女であった。
それは亡き母が同じ能力を持っていたためであるかもしれないし、
事実血を分けた兄も妹と同様のものを視る人間であった。
その優しく妹想いだった兄も、地下深い洞窟で帰らぬ人となった。
深紅はその際より、見えないものは視ず、ありえぬものは無いものとして捉えるようになった。
深紅は大切な人と引き換えに、忌避すべき力を失った。
深紅は常人になった。
全ては過去形である。
「……ごめんなさい、ヨーコさん、ごめんなさい……」
霧は暮れゆく陽の光すらその向こうに閉ざし、ただ白く暗く街角を呑みこんでいく。
徐々に夜闇の色が降りてくるそこに、微かに啜り泣く声が響いている。
もし辺りを徘徊する死者の群れがその気配に気づいたなら、そこに無力な獲物の姿を見出しただろう。
銃も扱えなければ運動神経が良いわけでもない、ただの少女。
自らを庇って倒れた女性を腕に抱き、自身の不甲斐なさを嘆き涙を溢す彼女は、あからさまに無防備だった。
彼女が餓えた屍食いどもに襲われなかったのは、ただの運。
決して、その失われた霊なるものを視る力のためなどでなく。
深紅は啜り泣いている。
泣きながら、必死に腕の中の女性―――ヨーコの、とめどなく血の溢れる傷口をハンカチで塞ごうとする。
けれども咽喉に刻まれたそれは深く、専門知識のない深紅にはどうしようもないことが明らかだった。
すり鉢のようにぎざついて抉れた傷跡。
日常では見ることのないその怪我を、しかし深紅は視たことがあった。
人里離れた山や、森の中では比較的よく「いる」、野犬に噛み殺された人のなれの果て。
それらはヨーコと同じく、首の辺りを齧りとられていることが多かった。
もっともヨーコの咬傷は、野犬によるものよりやや小さく、浅い。
当たり前だ。
深紅はすぐ横に転がる人間に少しだけ目を留める。
腐り果てた動く死体を、人間といっていいのかは分からないが、
どちらにせよヨーコが間に入ってくれなければ、深紅の傷は腕の引っ掻き傷だけでは済まなかっただろう。
襲われた深紅を突き飛ばしたヨーコは、咽喉に噛みつかれながらもどこからか出した小さな機械で応戦した。
激しく火花を散らし、放電音を立てながら突き出されたそれが効いたのか、
痙攣しながら倒れた死人はそのまま動かなくなった。
今も動く気配はない。
だがその代わりヨーコは、逃れる術のない暗闇へと誘われようとしている。
つい先ほどはじめて会ったばかりだとしても、
一時行動を共にした人の命が自分のせいで刻一刻と失われていくさまは、深紅を震えあがらせた。
「お願い、ヨーコさん、しっかり……」
無駄かもしれないと思いつつも行われる、何度目かの呼びかけ。
またも効果がないと思われたが、少しの間の後ヨーコの瞼が薄く持ち上がる。
弱弱しく瞬いた目は、息をひそめて見守る深紅の姿をゆっくりとその視界に捉える。
同時に伸ばされた手が、深紅の傷ついた腕を捕まえた。
痛みに声を上げる間もなく、ひゅうひゅうと息の漏れた呟きが届けられた。
「私の、リュック……」
か細い要求に、深紅は目的のものを探す。
ヨーコが持っていたらしき黒い小振りのリュックサックは、ゾンビに噛まれたときに落としたのか少し離れた所に転がっていた。
怪我人を抱えたまま取りに行くには少々離れすぎている。
深紅は、指を指して必死に言い募った。
「リュック? ヨーコさんのリュックならあそこにありますよ!」
「……届けて……最後の希望……死んで、しまった、皆の……ため、に、も」
深紅は悟る。
ヨーコ自身が今ここにあるのも、誰かに庇われた結果であることを。
深紅と同じ思いを既に味わい、後悔して、懺悔していたということを。
見ず知らずの深紅を庇うという行為は、彼女にとっては贖罪であると同時に希望を繋ぐことであったということを。
深紅にはその希望を受け継ぐ義務がある。
「あ、とは、T-ブラッドだけ」
喋るたびに咽喉の傷から命の残り香を吐き出しながら、ヨーコは何かを託そうとする。
一言一句聞き漏らすまいと、深紅も耳を澄ませる。
「デイライトを、どうか」
最後にごぽりと血の泡を咽喉から吹いたきり、ヨーコは動かなくなった。
深紅を捕らえていた手が力なく垂れ、開かれたままの目は光を失った。
もう口を開くこともない。
深紅はヨーコの瞼を閉じさせてやって、その場に横たえた。
痛む腕に強いてリュックサックを取り上げ、ついでにヨーコの手から不思議な機械も貰った。
眼前を滲ませる涙を拭き払って前を向く。
行かなければならない。
どこに行けばいいかは、分からないけれど。
その時深紅は、不意にかつて慣れ親しんだ感覚を覚えた。
鈴を振り鳴らされるような澄んだ何かが脳内を駆け巡ると共に、視界の中にぼんやりと浮かぶ影。
―――手に入れなければ
―――最後の材料、T-ブラッド……
耳元で囁くような、頭の中に谺するような声と共に、現れた影は消えるように遠ざかっていく。
短い黒髪、濃い緑の上着にジーパン。背には今深紅が手に持つ黒のリュック。
ヨーコ。
「待って……待って、ヨーコさん!」
もう視えなくなったはずなのに。
母を発狂死に追いやった恐ろしい力は、もう無くしたはずなのに。
だがしかし、深紅はこのとき確かに力に感謝していた。
余人には不可能である死者への償いを、深紅には行うことができる。
これはきっと、喜ぶべきことだ。
深紅は消えては現れ、現れては消える霊なるものの後を追いかけ、走り出した。
―――未来、本来なら夢の中、眠りの家にて再び目覚めるはずであったその力は、
いつでもない、どこでもない場所において呼び覚まされることとなった。
静寂の名を冠する異形の街において、否応もなく。
【D-6住宅街/一日目夕刻】
【雛咲深紅@零~zero~】
[状態]:T-ウイルス感染、右腕に軽い裂傷
[装備]:アリッサのスタンガン@バイオハザードアウトブレイクFILE2(使用可能回数:7/8回)
[道具]:携帯ライト、ヨーコのリュックサック@バイオハザードアウトブレイク
[思考・状況]
基本行動方針:ヨーコの遺志を継ぐ。
1:ヨーコの幽霊を追う。
2:ヨーコさんの仲間は皆死んでしまった? それとも……
※ヨーコのリュックサックの中には、以下の物が収納されています。
・P-ベース
・V-ポイズン
・ハンドガンの弾×20発
・試薬生成メモ
ヨーコの言っていたデイライト(T-ウイルス除去剤)を作るには、
P-ベース、V-ポイズンに加え、T-ブラッドが必要です。
※試薬生成メモには、以下の内容が記されています。
『生産素材について
①P-ベース
②V-ポイズン
③T-ブラッド
上記の三種の素材を、実験室の生成装置で合成
・素材の調合は、装置によって自動的に行われる。
生成にはしばらくの時間を要する。
・一度生成すれば、高速培養器にセットすることでコピーが作れる。
①P-ベース
試薬用に2500mlを生成。
実験室の保管装置が故障中のため、地下の予備タンクで一時的に保管中。
※空気に触れると品質劣化するため 必ず密封容器に入れること
②V-ポイズン
培養補助液としてハチの毒から生成。
実験室にて保管。
※合成に必要な量を集めるには非常な労力を要する。
扱いには充分注意すること。
③T-ブラッド
「T」に感染した生物の血液。
※グレッグからサンプルを受け取る予定』
※深紅はスタンガンの使い方をよく分かっていない可能性があります。
※住宅街の一角に、ヨーコの遺体とゾンビの死体、深紅のハンカチが放置されています。
【ヨーコ・スズキ@バイオハザードアウトブレイク 死亡】
【キャラクター基本情報】
雛咲深紅
出典:『零~zero~』
年齢/性別:17歳/女性
外見:黒髪のポニーテール、白い服に赤いスカーフ。
環境:1986年現在、母を亡くし兄と二人家族だったが、『零~zero~』本編内でその兄も亡くす。
ちなみに全員強い霊力を持っており、母親はその霊力と射影機の力に耐え切れず自殺した。
性格:内向的で、その霊力の高さゆえに兄以外に心を開けないでいる。
しかし兄を想う心は強く、優しい少女。
能力:強い霊力により、霊を見、その声を聞くことができる。
射影機があればその力で霊を撃退することも。
口調:一人称は私、年上は名前や苗字に「さん」をつける。
丁寧で女の子らしい口調。年上には敬語を使う。
交友:肉親である兄・真冬以外とはあまり活発に交流はしていない模様。
兄の友人、仕事仲間とは顔見知りであることも多いらしい。
続編『零~刺青の聲~』では、兄の友人の婚約者である黒澤怜の元でアシスタントを務めており、
兄の仕事仲間である天倉螢の顔を知っていた。
備考:本編クリア後より参加。
射影機は、霊を写すことが出来るカメラであり、霊の姿や残留思念を写し出すほか、
怨霊を撃退・封印する力を持つ。
ヨーコ・スズキ
出典:『バイオハザードアウトブレイク』
年齢/性別:20歳/女性
外見:肩ほどまでの黒髪、緑の上着に黒のインナー、ジーパン。
環境:日系人。しかし日本の知識の精度は他の外国人とさほど変わらないようだ。
自称大学生だが、記憶喪失のためそう名乗っているだけだと思われる。
実際はアンブレラの研究員であり、タイラントの母体として実験材料にされ、
記憶を失わされた可能性が高い。
性格:普段は控えめだが、探究心は人一倍強い。
興味を持ったことのためなら、時折大胆な行動をすることも。
能力:体力、足の速さともに一般人並み、やや低いほどだが、T-ウイルスの感染速度は遅い。
また、コンピュータに関する知識は豊富。
口調:一人称は私、他人は名前で呼び捨てが多い。
物静かな口調。
交友:アンブレラの研究員の一部と顔見知りである以外は、基本的に本編内で出会った仲間のみ。
備考:本編内「決意」シナリオの途中より参加。
【アイテム情報】
P-ベース@バイオハザードアウトブレイク
デイライト(T-ウイルス除去剤)を作るために必要な薬剤のひとつ。
密閉容器に入れておかないと、すぐに劣化するという性質を持つ。
V-ポイズン@バイオハザードアウトブレイク
デイライト(T-ウイルス除去剤)を作るために必要な薬剤のひとつ。
ハチの毒から作るらしい。
T-ブラッド@バイオハザードアウトブレイク
デイライト(T-ウイルス除去剤)を作るために必要な薬剤のひとつ。
T-ウイルスに侵された生物の血液。
デイライト@バイオハザードアウトブレイク
T-ウイルス除去剤。
感染者に注射(服用も?)すれば、体内のT-ウイルスを完全に駆逐できる。
ハンドガンの弾@バイオハザードアウトブレイク
全てのハンドガンに流用可能な弾丸。