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ジャックス・イン





「サイレントヒル―――」

口をついて出た言葉に怪訝そうな顔を向ける人見の様子に、ダグラスには気付く余裕は無かった。
頭の中には、同行していた少女の身を案じるが故に生じる焦りが渦を巻いている。
既に、ここはサイレントヒルなのだ。
ダグラスもヘザーも教団の本拠地とも言えるサイレントヒルに取り込まれてしまったのだ。
だとしたらまずい。
ヘザーの姿が消えてしまっているこの状況は、最悪の展開へと向かい始めているのかもしれない。


すなわち、ヘザーは神の生贄に捧げられる為に、奴らに捕らえられた。


嫌な想像に気持ちが急き立てられる。
居ても立ってもいられなくなり、ダグラスは亀裂から目を離し足早に通りを引き返した。
いや、まだヘザーが捕らえられたとは限らない。限らないのだが――――。
何にしても、もたもたしている暇はない。
早くヘザーを見つけてやらねば、取り返しの付かない事になるのは確実なのだから。

「待って。どこへ行くの?」

人見が背後から声をかけてきた。慌てて走り寄る足音もする。
ダグラスは顔だけで後ろを振り返り、言った。

「ヘザーを捜す。彼女には危険が迫っているんだ」
「ヘザー? 危険ってどういうこと?」
「命の恩人に申し訳ないんだが、詳しく話している暇はないんだ。事は一刻を争う」

すぐ横まで追いついた人見が、ちょっと、とダグラスの左肩に手をかけた。
アジア人特有の小さなその手には大して力がこめられていた訳ではないのだが、
それだけでも負傷していた肩には痛みが走り、ダグラスは思わず足を止める。
事故が彼の身体に与えた影響は、思いの外小さくはないようだった。

「あなた本来なら病院で検査を受ける必要がある身体なのよ?
 交通事故の衝撃はバカには出来ないわ。
 どんなに小さな事故だって運悪く後遺症が残ってしまった人もいる。
 今から人捜しなんて医者としてはとてもおすすめ出来ないわね。
 それに連れの女の子、ヘザー? 捜すって言っても当てもないんでしょう? 無茶よ」
「……当てなら、3つ程ある」
「え?」
「だけど多分モーテルだ。ヘザーが無事なら、そこで俺を待ってるはずだ」

モーテル『ジャックス・イン』。
そこをサイレントヒルでの拠点とする事は、来るまでの間にヘザーと予め打ち合わせてあった。
ヘザーがもしもまだ教団に捕らわれていないのであれば、
そして彼女もまた、今のダグラスのように事故現場に戻れなくなってしまったのだとしたら、彼女の向かう先として一番可能性が高いのはそのモーテルだろう。
尤も、勝気な性格のあのヘザーなら残りの2つの当て――――ヴィンセントから聞いたレナードの家か病院に一人で向かう可能性も充分あるのだが、まあそちらは後回しだ。

「……あなた、このゴーストタウンを知っているの?」
「ああ。昔一度だけだが、来たことがある。……このサイレントヒルにはな」
「サイレントヒル……? それ、ジョークのつもり?」
「ジョークなんかじゃない。ここは――――」

言葉を途中で止め、頭を振った。今はそんな説明をしている時間も惜しい。
どういうわけか睨むように目を吊り上げて返答を待っている人見に、ダグラスは再び背を向けた。

「いや…………もういいだろう?
 あんたの職業倫理には反するかもしれんが、こっちも事情がある。
 悪いけど行かせてもらうよ。ヘザーの命にも関わる事なんでな。
 ……助けてくれた事は感謝している。ありがとう」

ダグラスは殆ど見通しの効かない霧の中を進み始めた。
人見がまだ何かを言いたげな表情を向けていたが、今度は彼女も止めなかった。
人の命に関わると聞けば、止めるだけの言葉は思いつかなかったのだろう。
だが、それでいい。人見とは――――無関係な人間とは極力関わり合いにならない方が良いのだ。
自分がこれからする事は、イカれた教団との対決。
関わり合えば、危険に巻き込む事になる。
自分のせいで誰かを危険な目に合わせるのは、もう御免だった。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


(………………消えている、か)

赤く錆を纏い、いつ落下しても不思議の無い看板を掲げている寂れすぎたモーテルの前で、ハンクは屈み込んでいた。
地面に落とした視線と左手が探しているのは、追跡していた危険人物達が残していたはずの痕跡。
サイレンが鳴り、街が変貌するつい先程までは確かにこの場所に存在していたはずの痕跡だった。


相手が危険人物でも接触し、情報を得るか。それとも危険は極力避け、接触は回避するか。
ハンクが優先したのは『足跡の危険人物達』と接触し、情報を得る事だった。
とにかく現状は不明すぎる。
任務に入る前に事前情報として頭にインプットしたラクーンシティのデータは、どう都合良く解釈してみてもこの街と合致するものではない。
つまりはここはラクーンシティではないという事だけは分かるのだが、
下水道で自分が気絶した後、いったい何が起きたのか。
誰が何の為に自分をここに運び、置き去りにしたのか。
そして、この街は一体何処で、当然のように徘徊しているあの怪物共は何なのか。
肝心な事は何もかも不明であり、何一つとして一人では解明出来そうにはない。
それ故にハンクは多少の危険には目を瞑り、生存者と接触する選択をしたのだ。

視界に入るクリーチャー全てをやり過ごし、死角に居るクリーチャーの気配を敏感に感じ取り、
ハンクは何物にも気付かれぬよう慎重に痕跡を追跡した。そして辿り着いたのがこのモーテルだ。
二人組はまずモーテルの106号室へとまっすぐに向かい、そして立ち去っている。その痕跡も地面には微かに、しかし確かに残されていた。
この先も追跡は可能。そう判断を下したハンクだが、彼の脳裏には一つの疑問が過ぎっていた。

何故二人組は106号室を選んだのか。

痕跡を見るに、二人組は少しの迷いも見せず、初めから決めていたかの様に106号室へと向かっている。モーテルには幾つもの部屋があるにも関わらずだ。
そこには何か理由があるのか。
それとも深い考えなどは無く、目に付いた部屋に入っただけなのか。
もしも理由があるなら――――例えばその部屋を長期に渡り利用している、使い慣れている等だ――――部屋を調査する価値はあるかもしれない。
しかし、早めに生存者と接触しておきたいのもまた事実。
追跡を続行するか、部屋の調査をするか。ハンクが思案に沈み、しばし。
サイレンが鳴り響いたのはその最中だった。


砂の混じる地面に残されていた痕跡は、アスファルトごとグレーチングの踏板に差し替えられた。
この異常な現象が幻覚などではない事は、左手に伝わる金属の感触が教えてくれている。
何が起きているのか――――幾多の戦場を生き抜いてきたハンクの経験をもってしても理解が追いつかない。
だが、それでも彼の精神は揺るがなかった。
このような事態に陥いろうとも、ハンクの思考は平時と変わらぬ冷静さで、己に出来る事を導き出していく。

(痕跡が消えた以上、追跡は困難。ならば現状で出来る事は部屋の探索だな)

ハンクは立ち上がり、106と刻まれている扉のノブに手をかけた。
ゆっくりと開かれる錆び付いた扉は、悲鳴のような耳障りな音を辺りに響かせていた。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


ダグラスはまだ痛みの残る身体を助手席のシートに委(ゆだ)ね、ドアガラスの向こう側を眺めていた。
辺りはまるで巨大なトンネルの中に入り込んでしまったかのような暗闇に変わってしまっている。
街灯や建造物の明かり。一つとして灯の灯らない道を照らしている唯一の光源はといえば、この車のハイ・ビームのライトのみだ。
すれ違う車は一台もない。街を出歩く人間とも出会わない。街の様相は、まさにゴーストタウンのそれ。
静かな観光地としての売りの一つだった景色も、これでは楽しめそうにもない。
いや――――むしろこれは観光地としては売りとなるのか。
世界各地を巡ってみたところで、こんな怪異をお目にかかれる場所は二つと無いのだ。
大々的に宣伝すれば観光客が殺到するのではないだろうか。ツアーコンダクターが化け物共で、お代が命という致命的な欠陥が改善されてくれるのならば、だが――――。
くだらない冗談を思いつき、ダグラスはちっとも面白くなさそうに鼻で笑う。
運転席の人見がチラリと視線を動かす気配を視界の隅で捉えたが、「何がおかしいの?」「何でもないんだ」互いにそんな些末な言葉を口に出す事はしなかった。

そう、ダグラスは今、人見の車に同乗している。
先程人見と別れたのはほんの一時的な事。歩き出して間もなく
後ろから車のエンジン音が響き、ダグラスの横に停車した。
ウィンドウを開けた人見の言い分はこうだった。

「怪我人から目を離すわけにはいかないから私も同行するわ。
 そのヘザーって子も事故にあったのなら診てあげないといけないしね」

無論反対はしたが、人見の言う通りヘザーにも事故の影響が無いとは限らない。
いざという時、医者がついていてくれた方が何かと心強いのは確かだ。
結局、有無を言わせぬ人見の迫力と正論に屈したダグラスは彼女の言葉に従う事に決め、せめてこれから降りかかるであろう危険を理解してもらおうと、これまでの経緯を全て話す事にした。
初めの内こそ「探偵の職業倫理はどうしたの?」と笑顔で言葉に皮肉をこめる人見だったが――――。

「一時的な錯乱状態に――――」
「やっぱり精密検査の必要が――――」
「それとも、元々誇大妄想の癖が――――」

話を聞き終えた人見の反応は想像以上に冷たいものだった。
もしも途中で街が暗闇に包まれ、急激な変貌を遂げてくれなかったのなら、人見は今頃ダグラスを狂人か精神病患者として扱い、病院に送り届けていたことであろう。
生理的恐怖と圧迫感で精神を蝕むような、あのような怪奇現象に感謝をする時が来ようとは、流石にダグラスも思わなかった。



大した時間ではなかったはずだが、永遠に続くのではないかと錯覚すら覚えていた暗闇にやがて変化が訪れた。
一本の道路だけを照らし続けていたライトの中に、突き当たりの塀と分岐点が浮かび上がる。
漸くこの道路――――レンデル・ストリートの終点が見えたのだ。

「……この道を、左でいいのね?」

しばらくぶりに車内の気まずい沈黙が破られた。
街が変貌して以降、運転席の人見がまともに口を開くのは初めての事だった。

「……多分な」
「多分? モーテルまでの道は頭に叩き込んでるんじゃなかったの?」
「ああ、確かに叩き込んだ。このレンデル・ストリートの突き当たりがマンソン・ストリート。
 そこを左に曲り北上すれば、やがてモーテルが見えてくる。地図の上では間違いなくそうだ」

刑事時代に捜査でこのサイレントヒルに来た時の記憶と、ヴィンセントにもらった地図(これはダグラスの車の中にある為、今は手元にはないが)を思い返しながら、ダグラスは言葉を紡ぐ。
来た回数こそ一度きりだが、その時は行方不明者の捜索という事でとにかく街中を調べ回ったのだ。
特に、宿泊施設やそこに至るまでの通りは優先的にチェックをした。その時の記憶は今も鮮明に残っている。

「だが、もうそんな地図に意味はない。さっきも言っただろう?
 何故か分からないが以前とは街並みが変化しているんだ。
 地図には載っていなかったはずの道路や施設まで当然のように存在している。
 まるで神様が自分に都合の良いように街を作り替えたみたいにな。
 だから、そこに見えている道がマンソン・ストリートだという確証も
 左折した先にモーテルが残ってるなんて確証も、どこにも無いんだ。
 ……まあ、そうは言ってもここに留まっていても仕方がない。
 結局は行くしかないんだがな……」

現実味の欠片も無い言葉を受けて、人見は再び黙り込んだ。
オカルトめいた話に異常とも言える嫌悪感を示した女医。
先程までの彼女ならば即座に反発したであろうダグラスの発言も、
実際に怪異を体験してしまった今となっては受け入れざるを得ないのだろう。
決して本意ではない事は、苛立ちを隠そうともしない表情を見れば良く分かるのだが。

誰も確認する者などいないだろうに、人見は律儀にウインカーを点灯させた。
車は左折し、再び代わり映えのしない暗闇を通り抜けるだけの退屈なドライブは続行される。そして――――。





どのくらいの距離を走行してきただろうか。
相変わらずの気まずさと沈黙の漂う車内でろくに見えもしない景色を眺めていたダグラスは、突然の急ブレーキを受けて前にのめりかけた。
身体に食い込むシートベルトの感触に顔をしかめながら運転席を見ると、
人見がこれまでの戸惑いが嘘のような精悍な顔付きで前を見据えていた。

「どうしたんだ、一体?」
「人が倒れてるわ」

視線と言葉につられて視認したフロントガラスの先。
ヘッドライトが照らしている路上に、人見の言う通り確かに人がうつ伏せに倒れていた。

(人……?)

その姿を見たダグラスに何か違和感が走った。
距離がある為に良くは分からないが、人間にしては何かがおかしい気がするのだ。
無意識に、ダグラスはコートのポケットに入れていた携帯ラジオと拳銃に手をかけていた。
倒れているのが人間ならば良い。だが、もしも怪物の類であったのなら――――。
ラジオをつければそれもはっきりとする。
ダグラスはスイッチを入れようとした。しかしそれよりも早く、ガチャリ、と運転席のドアが開く音が車内に響いた。
振り向けば、人見が車を降りようとしているところだった。

「生きてるかもしれない。助けないと」
「人見っ! 待つんだ!」

制止の声も虚しく、人見は暗闇へと降り立ってしまった。
即座にダグラスはラジオのスイッチを入れ、自身も助手席のドアを開いた。
杞憂であればいいんだが――――そのダグラスの思いを打ち消すかのように、ラジオからはあの独特のノイズが流れ出していた。
あの、怪物共を探知してくれる有難いノイズが。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


バカバカしい。あり得ない。
そのように、これまで一笑に付してきたオカルト現象が今、人見を嘲笑っていた。
世の中に科学で解明出来ない現象など無い。
オカルトに見える現象は全て観察者の無知や思い込みに寄るもの。
その己の信条が、この街では真っ向から否定されていた。
今でもオカルトを認めたくはない。認めるつもりはないのだが、
今回起きている現象は到底現在の科学では解明出来るはずもないし、
錯覚、或いは無知ゆえの愚かな判断などという言葉で切り捨てるには、規模が大き過ぎる。
これまで培ってきた科学の徒としての立ち位置が、足場から崩壊していくようだった。

そんな、今にも崩れ落ちそうな精神状態の中で見つけた、地に伏している一人の人物。
医者としての使命感を奮い立たせ――――いや或いは、ある種の逃避行動だったのかもしれない。
医療行為に集中している間は、人見が人見として居られる時間。悪夢のような現実の事は忘れられるのだから。
どちらにしても、人見はダグラスの制止を聞かずに車を降り、その人物に足早に近づいた。
それがこのサイレントヒルでは軽率な行動であることには、まだ、気付かずに。

「これは……もう……」

車外に出た人見をまず襲ったのは、強烈な臭気だった。
フラッシュバックするのは検死室。幾度となく体験している馴染み深い肉の腐り果てた臭い。
常人なら内臓を蹂躙され吐き気を誘発される程の腐臭が、辺り一面に漂っていた。
そして近づくにつれ、倒れている人物の状態が明確になっていく。
半袖のシャツはボロボロに破れ、裂け目から覗く身体や腕の組織は一目でも生者のものとは違う事が明らかだ。

「手遅れ、どころの話じゃないようね。死後何日も経過してるみたい」

そう伝えようと足を止めてダグラスを振り返り、人見は目を見開いた。
ダグラスがこちらに銃口を向けているのだ。

「ちょっと、何を――――」
「こっちに来るんだ。早くっ!」

人見の言葉に被せるようにダグラスが叫ぶのと、
人見のすぐ近くで何かが蠢く音が立つのはほぼ同時だった。
直後、ダグラスの持つ拳銃がパンッ、と軽い音を立てる。

「早くっ!」

ダグラスが何をしているのか。その人見の疑問に答えたのは、呻き声だった。
まるで陽気な鼻歌のようにも聞こえる呻き声が、死体の方から上がっている。
背筋に悪寒が走り、向き直す。そこには――――。

「っ?! そんな、生きてるなんて――――?!」

絶句するしかなかった。先程の『死体』が這いずる様に動いていたのだ。
やはり腐りきっている顔を人見に向け、垂れ落ちている眼球で人見を見据え、
ズリッ、ズリッと地面に擦れる身体が削り取れている事も意に介せず、『死体』は人見ににじり寄って来る。
放心し、立ち尽くす人見。それを庇うかのように、ダグラスが2度、3度と拳銃を連射した。
全てがこの『動く死体』に命中し、腐り切っている肉が着弾と共に爆ぜ、落ちる。
しかし、痛みなど感じていないのか、それでも『死体』は止まらない。

「どう……なってるのよ、これ?!」
「これも言っただろう? 怪物がうろついているんだ。この怪異の中にはな」

いつの間にかすぐ後ろまで来ていたダグラスが、強い力で人見の右腕を引っ張った。
『死体』と人見の間に立ち、もう数発を撃ち込む。それで漸く『死体』は完全に沈黙した。

「こんな……こんな事って…………」
「まあ実際体験してみない事には信じられんだろうさ。
 だが、今はこれが現実だと認めるしかない。でなければ……っと、まずいな」

ダグラスの言葉を遮るように、ラジオからのノイズが強まり始めた。
確かダグラスは説明していた。これが、怪物の接近を予見してくれるのだと。
気付けば、暗闇の中から同じような呻き声が複数近づいてきていた。
今の『死体』のようなものが、集まってきているのだ。

「車に乗るんだ、人見! 運転は俺がする!」

現実味が全く無い。感覚が麻痺しているかのようだった。
頭を働かせる事も出来ず、人見はダグラスの言うままに助手席に乗り込んだ。
ヘッドライトの先に、ゆらり、ゆらりと身体を揺らして歩いて来る人影が現れる。
いや、前方だけではない。一体どこに潜んでいたのか、『死体』達は後ろからも、横からも出てきていた。車はいつの間にか囲まれていた。

「これじゃ……出せないじゃない!」
「いや、出せるさ」

ダグラスが構わずアクセルを踏み込んだ。
車は『死体』達を跳ね飛ばしながら包囲網を突き抜けていく。
ボンネットを転がり、フロントガラスにぶつかる『死体』達。
跳ね飛ばすごとに『死体』達の体液がガラスにこびりつき、視界が徐々に遮られる。

「大丈夫なの?」
「……多分、な。あいつで最後だろう」

言うやいなや、最後の『死体』が車に乗り上がり、後方に弾き飛ばされて行く。
それを見届けて人見は、驚愕していた。
“怪物を跳ね飛ばして逃げ切った”
そんな安っぽいB級映画のような展開に、いつの間にか違和感を感じていない自分に気付いて。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


106号室の捜索では危険人物達の居た痕跡は多々見られたものの、
肝心の彼等の身元や行先の特定に繋がるような物は一つとして見つからなかった。
まず無関係ではあるだろうが念の為に、とモーテル内の別の部屋の調査にも取り掛かり、そして4つ目の部屋を調べている時だ。
外から、銃声が連続して鳴り響いた。

(先程とは別の銃声……ここに居た二人とは違う人物か?)

生存者との接触は、現状では最優先事項。
ハンクは躊躇いなく部屋の調査を切り上げ、表に出た。
既に銃声は止んでいる。しかし、方向の見当はついている。

自分が来た側の通りの先に眼を向けると、自動車のヘッドライトの光が見えた。
光の中にあるいくつもの人影を跳ね飛ばし、このモーテルの方向へと向かってくる。
ハンクは視界に広がる光に目を細め、ガスマスクの赤外線装置をオフにした。

(あの人影……車を避けようともしていない。……クリーチャー共か。
 車の運転手は、蛇行も無く正式な車線を走行。冷静な思考力を持つ正常な人間と判断する)

つまり、ゾンビになりかかっている人間ではない――――少なくとも、今なら。
例えTウィルス感染者だとしても、ゾンビ化する前に話くらいは聞けるだろう。
手遅れならば排除すれば済むだけの事だ。
接触する価値はあると踏み、ハンクは車の方面へと走る。
撥ね飛ばすクリーチャーもいなくなったようだ。車は速度を上げ、こちらに真っ直ぐ向かってくる。
しかし――突如車は向きを変えた。
タイヤの滑る甲高い音がハンクの耳にも届く。スリップだ。
完全にコントロールを失った自動車は、瞬く間に助手席側から塀に激突した。
同時に、白い何か――おそらくエアバッグ――が瞬間で車内に広がり、役目を終えると直ぐに萎んでいく。

(……なるほど、血脂か……)

ゾンビにせよ、先程ハンクが殺したクリーチャーにせよ、奴らには血液が流れていた。
車で轢き殺せば血脂がタイヤに付着する。そしてこのグレーチングの地面。
そんな車がスピードを上げてクリーチャー共を振り切ろうとすれば、タイヤが滑るのは当然とも言えるだろう。

(とにかく、無事を確かめなければな)

運転席のドアが開き、人が一人、覚束無い歩みで降りてきた。
一見ゾンビの歩みと大差無く見えるが、苦痛に歪む表情と痛む患部を自然と押さえる動作は、紛れもなく生者の証。
着衣のシルエットからして、おそらくは男性だ。
そんな彼に、自動車の後ろから1体のゾンビが歩み寄っていくのを見て、ハンクは全力で疾走する。
男性は運転席に半身を戻しており、まだゾンビに気付いていない。
どうやら助手席に居たらしい人物を車から出そうとしている様子だ。

(ふっ。民間人の救出は任務外なんだが……)

やや遠いが男性に対する警告の意味合いもこめて、
ハンクは腰だめに構えたステアーのトリガーを、走りながら2回引いた。
ゾンビの眉間を狙ったはずの銃弾は微妙に的を外し、顎に、頬骨に突き刺さる。
それでも生きる屍は、己の命を奪わんとする襲撃者には対処しようともせず、
永遠に満ちる事の無い食欲を満たそうと、ただ獲物に手を伸ばしていた。

「少し、卑し過ぎるな。ボーイ」

3度目の銃撃。
その時点でハンクは己の射程距離内にゾンビを捉えていた。
ステアーから放たれた銃弾が狙い通りにゾンビの眉間を吹き飛ばし、生命活動を停止させる。
だが、安堵の息を吐いている暇はない。
後続のゾンビが4体。やはり獲物を食らうために迫ってきているからだ。

運転席に居た男が驚いたようにこちらを見る。初老の男性だった。
距離を保ちつつ、ハンクはモーテルで入手した懐中電灯で男性と車内を順に照らした。
眩しそうに手を翳す初老の男性と助手席の女性。
やはりゾンビ化が進んだ上での事故などではないらしい。
奴らならば光に反応して手を翳すなどといった動作は絶対にしないのだから。
助手席の女性は、事故の衝撃で少々意識が混濁しているようだが無理もない。
助手席には直接事故の衝撃が伝わったのだ。エアバッグがあったとしても影響は小さくはないだろう。

「あんたは?」

初老の男性の尤もな質問を受け、答える代わりにハンクはステアーを目線の高さまで掲げ上げた。
驚く男性を尻目に、迫っていた4体のゾンビの脳天に、正確に1発ずつだけ撃ち込み、ゾンビ共を物言わぬただの肉塊へと変えていく。
とても彼には似つかわしくない派手な挨拶を済ませると、漸くハンクは男性の質問に答えた。

「話は後だ。今は安全な場所まで退避するぞ」


【C-5/住宅街/一日目夜】

【式部人見@流行り神】
 [状態]:上半身に打ち身。
 [装備]:特になし
 [道具]:旅行用ショルダーバッグ、小物入れと財布 (パスポート、カード等) 筆記用具とノート、応急治療セット(消毒薬、ガーゼ、包帯、頭痛薬など)
 [思考・状況]
 基本行動方針:事態を解明し、この場所から出る。
 1:怪奇現象……認めてなんて……
 2:ダグラスは信用できそうだけど……
 3:この人(ハンク)は一体?

【ダグラス・カートランド】
 [状態]:打ち身と擦り傷。
 [装備]:ベレッタM92(残弾 2/10)
 [道具]:ベレッタの予備弾倉 (×1)、手帳と万年筆、ペンライト、財布(免許証など)、携帯ラジオ
 [思考・状況]
 基本行動方針:ヘザーを探す。同時にクローディアを止める。
 1:ヘザーを探し、保護する。
 2:人見の身の安全も守らなければならない。
 3:こいつ(ハンク)は味方なのか?

【ハンク@バイオハザード アンブレラ・クロニクルズ】
 [状態]:健康
 [装備]:USS制式特殊戦用ガスマスク、ステアーTMP(残弾23/30)、H&K VP70(残弾18/18)、コンバットナイフ
 [道具]:ステアーTMPの予備弾倉×2、無線機、G-ウィルスのサンプル、懐中電灯
 [思考・状況]
 基本行動方針:この街を脱出し、サンプルを持ち帰る。
 1:情報収集を優先し、状況を把握する。
 2:現状では出来るだけ戦闘は回避する。
 3:出来るなら、“ナイトホーク”と連絡を取る。
 ※足跡の人物(ヘザー)を危険人物と認識しました。
 ※モーテルの探索で得た道具や地図などを持っている可能性があります。


※C-5住宅街に事故を起こした人見のレンタカーが停車しています。



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最終更新:2012年06月22日 23:29