少女はたしかにそこにいた。
 母に命じられ、父を待ちながら、きちんとそこにいたのだ。
 そう、“異変”が起こるまでは。




『惑う子羊』






 シェリー・バーキンは警察署にいたはずだった。しかし、ここはどう考えても警察署内ではない。
調度類や様式、空気がさっきまでのそれと違う。硝煙や腐敗の異臭がしなくなったのは、幸運ととらえるべきなのだろうか。
呻きながら近づく、腐った人間を思い出し、少女は身をすくめる。どんな原因でああなったのかは知らないが、あれが同じ人間とは思えない。
 ともかく、ここが彼女の記憶する場所でないのはたしかだ。  


 ――――では、ここはどこだ。


 そんな疑問に少女は小首を傾げ、ペンダントを揺らす。その身に不釣り合いな程大きなそれには、家族との写真が納まっていた。
巨大製薬会社・アンブレラに勤めている両親と、その一人娘が写ったその一枚をシェリーはしばし眺める。そして、一度大きく頷いてから、足を動かす。
ここでじっとしていてもしかたがない。ここが警察署でないのなら、またそこへ行けばいいんだ。
 彼女はあてもなく歩き、しばらくして、ここが地面の上ではなく、船の上だと気付いた。わずかに感じる揺れ、妙に湿っぽい空気、
「リトル・バロネス号」と書かれたプレート……。海特有のにおいがないので、おそらくどこかの河か湖に浮かんでいるのであろう。


 シェリーは船の外周、簡素な手すりがあるだけの場所に出た。外は霧が濃く、ほとんど何も見えない。
岸までどれくらいあるか定かではないのだ。これでは泳いで移動するのは無理だろう。
 つまり、この巨大な船を動かすか、ボートでも見つけて漕ぐしかない。
しかしそんなことをして大丈夫だろうか。少女は腕を組んで考え込む。





 かりに船を動かせたとしよう、ボートがあったとしよう。
それがいい方向に状況を変えられるだろうか。かえって悪い結果にならないだろうか。
おとなしく父と母を待つべきでは? 大人の人に頼るべきでは?


(……わっかんない)
 12歳の少女は肩をすくめる。判断するには、情報が少なすぎる。
そもそも、ここがラクーンシティであることさえ疑わしい。
こんな巨大な船が浮かべる場所なんてあの町にはないはずだ。


 と、そこで。
 シェリーは霧の中に少女を見た。自分と同じくらいの年代の、青いワンピースを着た金髪の彼女は、じっとこちらに視線を飛ばしている。
「だれ……?」
 知らない女の子だ。あの子も自分と同じ状況なのだろうか。
いや、そんなことより、なぜあんな所にいるのだろう。
あそこは水の上だ。人が立てる場所じゃないはず。
 瞳に悲哀を湛え、その少女はゆっくりと口を開く。


《……たすけて》


 手すりから身を乗り出して問うたシェリーに返ってきたのは、質問の回答ではなく、救助の請願。
その直後、青い少女を覆うように、無数の手が水面から溢れ出す。
腕の大群は限界がないかのように縦横無尽に伸び、制服姿の少女に迫る。




 求めるように


       奪うように



「きゃッ……!」
 無意識に悲鳴を上げ、シェリーは欄干を転げ落ちる。
運のいいことに、落ちた場所は船の内側だった。
小さな体はまだ床の上にある。それを引き摺りこもうとでもするように、蒼白な魔手が肉迫していく。
 彼女はすぐに立ち上がり、走り出す。腕の一本がすんでの所で細い足を掴み損ねる。
 シェリーは時折振り返りながら、人の気配がまるでない回廊を駆けていく。


 決して戦おうとはしない。ただ脅威から逃げる、危険から離れる。



 何の力も持たない少女にとって、それが唯一の抵抗だった。




【D-4リトル・バロネス号/一日目夕刻】



【シェリー・バーキン@バイオハザード2】
 [状態]:健康
 [装備]:ペンダント
 [道具]:
 [思考・状況]
 基本行動方針:両親との再会
1:あの手から逃げる。
2:陸地を目指す。
3:警察署へ向かう。
4:パパとママに会いたい。
※ここがラクーンシティではないことに気付きました。


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最終更新:2012年06月20日 20:52