霧散
「何なんだよこれ…」
少年―――須田恭也は立ちすくんでいた。
当初、夏休みの暇つぶしを兼ねてネット上で話題になっていた村に行って、帰るつもりだったのだが訳の分からない儀式を見た。
そのすぐ後、よく分からないけど発砲しながら追ってくる警官を引いちゃったんだ。
だけど、なんでかわかんないけど、その警官に自分の胸撃たれて死んだと思えば女の人に助けてもらえてて教会に行った。
幻視とかいう訳のわかんない力のことも教えて貰ってさ。
教会に着いてすぐに何か声が聞こえたんだ。んで俺はその声の主を捜すために出たんだけど……。
深い霧の中を奴らに見つからずに抜け出たと思ったら、いきなり風景が変わってたんだ。
俺の目の前にあるのは遊園地。なんで村にこんなのがあるのか分かんないけど、怖いよな。
不安になって来た道を歩いてみたけど山すら見つけることも出来ない。何やら病院やホテルがあるってことは村じゃなくて都市…なんだよな此拠。
「分けわかんね…」
その場に座って愚痴を言う。
胸を見れば穴空いてたのが塞がっちゃってるし。
幻視とやらは自分の近くにいる誰かさんの視点を見ることが出来るし。
しまいにゃ、村から都市にやって来ちゃって
「俺、夢でも見てんのかなあ…」
やることもないので、ボケーッとしていると何か音が聞こえた気がした。
それに過敏に反応して、まるでゴキブリのように暗い物陰へと隠れる。
「えと…えと…幻視しないと」
奴らに見つかったらマズイ。命に関わることなだけに慣れない、普通じゃない行動でもやらなきゃダメなんだ。
目を閉じて呼吸を整える。すると視界は闇から砂嵐へと移行した。
(どっちだ…どっちにいる?)
ザザ…ザァー……
視界は砂嵐から何も変化なし。
(気のせいだったのかな…)
幻視を長時間してると精神的に疲れる。そろそろ解くか、と恭也が諦めたときにソレは映った。
(…?)
砂嵐が真っ暗闇に、ノイズは吐息に変化した。
{ハア…アア……ア……}
近くで聞こえるのは何かを引こずる音だろうか。カラカラカラ……
高い金属を引きずる音が聞こえる。
(あいつらか!?)
恭也は幻視を解き、視界を確認した方向―――霧の中へと目を向ける。
何も見えない…。
(気のせい、違う!幻視は出来た!だけど…)
何故その視界には景色が見えなかったのか。やはり気のせいだったのではないか。自分の放り出された世界が異常だったわけで幻視なんてもの有り得ないから。
不意にまた、音が聞こえた。
ラ……カラ………カラ…カラカラ……
カタカタと恭也の体は小刻みに震え出す。幻視による情報は本当だったのだ。
(どうして何も視界に映らない!?)
音のする方向へ意識を向けて再度幻視を行う。音は聞こえる。だが景色は以前として闇である。
(どういうことだよ!?なんでだ!?)
困惑する恭也の視界にソレは映りはじめた。
始めはうっすらとした影。
次にハッキリと影は人の形を成していく。
そして―――恭也は何故ソレの視界に何も映らなかったのか知り、戦慄した。
(顔が………ない)
白いナース服だったのだろうか。ソレは赤黒く汚れた白い服を着ていた。
ソレはガクガクと奇妙な動きをしながら潰れた顔を向けて、真っすぐと確実に鉄パイプを引擦ってこちらへと向かってきた。
カラカラ…ガラガラガラ!!!!
あいつらのような恐怖とは別のハッキリ人間ではない、と認識出来、それが自分に対し向かってくる恐怖に恭也は動けなかった。
目の前で鉄パイプが薙ぎ払うように視界の端から迫ってくる。それは頭を狙って一直線。
未だ恭也は動かない。動けない。顔は恐怖で歪んでしまっている。歯の根が合わない。カタカタと体の震えも止まらない。
オシマイだ―――
そう認識した。
途端に体を支える力がなくなり、ペタンと地面へ座り込む。
間一髪。その鉄パイプは軌道が変わることなく壁に激突した。
ガアァァアァァァン!!!
ビクッと恭也の体が大きく跳ねた。
それを期に体の震えも収まり、茫然自失としていた意思もクリアになっていく。自分の置かれている状況、相手の状態、全てを把握した上で自分の行動を決める。
(逃げなきゃ…それしかやれる事はない!)
須田恭也という少年は好奇心旺盛で感情表現豊かだ。今回は非現実的な事態に休む暇なく直面し続けたため、本来の彼ではなかったと言っても良い。
本来の彼は持ち前の行動力と危機回避能力で幾度となく屍人達により作られた窮地を乗り越えていった。
まあ、それらは別次元の彼のことなので多少、この霧の街に放り出された彼とは違うだろうが根本的には同じだ。
「ハッ…ハッ……ハアッ……」
どのくらい走ったのだろう。肩で息をしながら、恭也は幻視する。
見えたのは………砂嵐
聞こえるは………ノイズ
「助かっ、た…」
言って、視線を上へ上へと上げていく。霧で覆われてハッキリとした建物の形や大きさは分からないが、それでもかなりの広さだろう。
「POLICE…ST…警察署?」
単語がすぐに出てきたのは日頃の勉強の成果でも何でもないことに彼は気付かない。それがこの世界のルールだということにも。
大き目なドアの前に立ち、その取っ手に手を掛ける。だが開くことがなかなか出来ない。
恭也は思い出していた。怪異に巻き込まれてすぐ警官に襲われたことを。
彼がドアを開けることを躊躇ってしまう原因を。
「大丈夫…大丈夫だ」
奴らと同じ警官がいたとしても、マトモな警官もいるはずだ。恭也は意を決してドアを開いた。
To be continued...
【D-2警察署玄関/一日目夕刻】
【須田恭也@SIREN】
[状態]強い疲労
[装備]無し
[道具]懐中電灯
[思考・状況]
基本行動指針:危険、戦闘回避。武器になる物を持てば大胆な行動もする。
1.安全な場所の早期発見且つ、状況把握
2.他に誰かいないか捜す