「うーむ…」
いつものように難しい顔をして黒埼は立っていた。
その場所が執務室とか文殊の前とか藩王の部屋とかだったら、誰も気に止めなかったはずだ。
だが、今、黒埼が立っているのは藩王邸の台所、それも天火の前である。
「あれ、摂政さま。どうしたの?」
声をかけたのは年少藩士の一人、椚木閑羽だった。
「おなかすいた? しずは、なんか作ろうか?」
どこかの部屋から下げてきたらしい、皿や湯呑みを流しに入れつつ閑羽がたずねると、
「いや、そういうわけではないんだがな」
と、歯切れの悪い返事が返ってきた。
閑羽はただ、「ふーん」と言って、流しに入れた皿や湯呑みを洗い始め、その間も黒埼は、天火の前で腕を組み、いつものように眉間にしわを寄せていた。
いつものように難しい顔をして黒埼は立っていた。
その場所が執務室とか文殊の前とか藩王の部屋とかだったら、誰も気に止めなかったはずだ。
だが、今、黒埼が立っているのは藩王邸の台所、それも天火の前である。
「あれ、摂政さま。どうしたの?」
声をかけたのは年少藩士の一人、椚木閑羽だった。
「おなかすいた? しずは、なんか作ろうか?」
どこかの部屋から下げてきたらしい、皿や湯呑みを流しに入れつつ閑羽がたずねると、
「いや、そういうわけではないんだがな」
と、歯切れの悪い返事が返ってきた。
閑羽はただ、「ふーん」と言って、流しに入れた皿や湯呑みを洗い始め、その間も黒埼は、天火の前で腕を組み、いつものように眉間にしわを寄せていた。
「はい」
閑羽の言葉と共に、皿の置かれる音がした。
テーブルを背に向けていた黒埼が振り返ると、切り分けられた焼き立てのロールケーキが皿に盛り付けられ、その傍らには熱い紅茶が添えられていた。
「うん? 天火も使わずにどうして?」
「フライパンで出来るんだよ」
そう言って閑羽は厚焼き玉子を作るためのフライパンを黒埼に示して見せた。
「ちっちゃいけどねー」
そう言って笑うと閑羽はそのフライパンを洗い、手入れをし始めた。
閑羽の言葉と共に、皿の置かれる音がした。
テーブルを背に向けていた黒埼が振り返ると、切り分けられた焼き立てのロールケーキが皿に盛り付けられ、その傍らには熱い紅茶が添えられていた。
「うん? 天火も使わずにどうして?」
「フライパンで出来るんだよ」
そう言って閑羽は厚焼き玉子を作るためのフライパンを黒埼に示して見せた。
「ちっちゃいけどねー」
そう言って笑うと閑羽はそのフライパンを洗い、手入れをし始めた。
「なあ、閑羽くん」
「なーに?」
「この天火はいつごろから壊れてるんだ?」
「しずはがお邸に来た頃にはもう変だったよ。なかなか火がつかなかったり、すぐ消えちゃったり、火がついてもあんまり焼けなかったり」
「そんなに前から?」
「空木くんが何回も直してくれてたけど、『もうお手上げだ』って言ってた」
「なーに?」
「この天火はいつごろから壊れてるんだ?」
「しずはがお邸に来た頃にはもう変だったよ。なかなか火がつかなかったり、すぐ消えちゃったり、火がついてもあんまり焼けなかったり」
「そんなに前から?」
「空木くんが何回も直してくれてたけど、『もうお手上げだ』って言ってた」
閑羽が答えるのを聞きながら、黒埼はロールケーキを口に運んでいた。。
「ふむ。この天火は型も古いし、修繕するだけの費用は難しいな。新たに買うなら中古品とか型落ちものになるが、今から発注したのでは間に合わんし」
「何が間に合わないんです、摂政さま?」
ロールケーキを食べながらブツブツ言う黒埼に声をかけたのは、つい先刻閑羽が名を上げた空木だった。両手に工具箱を抱えているところを見ると、また邸のどこかで爆発だの壁破りだのがあったのだろう。
「ん、いや、そのー。天火が壊れたという話を聞いたんでな」
「そういえば摂政さま、天火使いたかったんじゃないの?」
「ああ、ホワイトデーに手作りクッキーとでも考えましたか」
にやりと笑って空木が言う。
「うん、まあ…、そんなところだ。だが肝心の天火がこれではなあ」
ロールケーキの最後の一切れを口に放り込んで、紅茶で流す。
「面目ないですが、ここまできちまうと、手のつけようがありません。作るにしたって、室内用ってのは経験がありませんしねえ」
「まあ、壊れてるんじゃ仕方がない。何か他のものを考えるとしよう。ごちそうさま」
「ふむ。この天火は型も古いし、修繕するだけの費用は難しいな。新たに買うなら中古品とか型落ちものになるが、今から発注したのでは間に合わんし」
「何が間に合わないんです、摂政さま?」
ロールケーキを食べながらブツブツ言う黒埼に声をかけたのは、つい先刻閑羽が名を上げた空木だった。両手に工具箱を抱えているところを見ると、また邸のどこかで爆発だの壁破りだのがあったのだろう。
「ん、いや、そのー。天火が壊れたという話を聞いたんでな」
「そういえば摂政さま、天火使いたかったんじゃないの?」
「ああ、ホワイトデーに手作りクッキーとでも考えましたか」
にやりと笑って空木が言う。
「うん、まあ…、そんなところだ。だが肝心の天火がこれではなあ」
ロールケーキの最後の一切れを口に放り込んで、紅茶で流す。
「面目ないですが、ここまできちまうと、手のつけようがありません。作るにしたって、室内用ってのは経験がありませんしねえ」
「まあ、壊れてるんじゃ仕方がない。何か他のものを考えるとしよう。ごちそうさま」
3月14日。
邸の中庭に、さほど大掛かりではないものの、煉瓦造りの石窯が出現していた。
その前には大きなテーブルがしつらえられており、男性陣が走り回る一方、女性陣はのんびりと席についていた。
テーブルの上には、数種類のチーズと、ベーコンにサラミ、コーン、ツナ、ナス、トマト、マッシュルーム、ポテト、ミックスシーフードなどが皿やボウル盛られて並んでいる。なぜかパイナップルも混じっているが。
その前には大きなテーブルがしつらえられており、男性陣が走り回る一方、女性陣はのんびりと席についていた。
テーブルの上には、数種類のチーズと、ベーコンにサラミ、コーン、ツナ、ナス、トマト、マッシュルーム、ポテト、ミックスシーフードなどが皿やボウル盛られて並んでいる。なぜかパイナップルも混じっているが。
「生地はできてるから、どんどんチーズとトッピングを選んでくれ」
石窯の前に陣取った不破が器用にピザ生地を指で回転させる。
「お好み言ってくだされば、お選びしますよ~」
小皿を片手にクレージュがテーブルの端から端へと移動する。
「熱いから気ぃつけや」
石窯から取り出されたピザを心太がピザカッターで切り分ける。
「飲み物のおかわりいかがですかー」
ピッチャーを両手に抱えてガロウが声を上げる。
石窯の前に陣取った不破が器用にピザ生地を指で回転させる。
「お好み言ってくだされば、お選びしますよ~」
小皿を片手にクレージュがテーブルの端から端へと移動する。
「熱いから気ぃつけや」
石窯から取り出されたピザを心太がピザカッターで切り分ける。
「飲み物のおかわりいかがですかー」
ピッチャーを両手に抱えてガロウが声を上げる。
ホワイトデーにピザという突飛さが越前らしくていいと、このガーデンパーティは好評で、このアイデアの発案者である黒埼は、ほっと胸をなでおろした。
室内用のオーブンの作成経験はない、という空木の発言から、ならば屋外用はどうだ、だったらクッキーじゃなくてピザを焼いてしまえ。
そんな連想ゲームのようなアイデアから、たった数日で石窯を作り上げてしまった空木の苦労も、これで報われるだろう。
室内用のオーブンの作成経験はない、という空木の発言から、ならば屋外用はどうだ、だったらクッキーじゃなくてピザを焼いてしまえ。
そんな連想ゲームのようなアイデアから、たった数日で石窯を作り上げてしまった空木の苦労も、これで報われるだろう。
必死に財政をやりくりして材料費を捻出した自分の苦労も。
「おーい、もどったぞー」
具材もなくなり、あらかたの皿も片付けられた頃、藩王が姿を見せた。
「藩王! どこに行ってたんですか」
真っ先にその姿を認めた黒崎が駆け寄ると、セントラル越前はずっしりと重いクーラーボックスを黒埼に押し付けた。
「おわ?」
「はっはっは、大漁だ」
困った藩王だと思いながら黒崎がクーラーボックスを開けると、中にはぎっしりと越前カニが詰まっていた。
「わー、かにさんだー」
「すごーい、藩王さま釣ってきたの?」
「うわあ、いっぱい」
何事かと集まってきた女性陣がクーラーボックスを覗き込む。
「どうだ、とれたて越前かにのピザ。贅沢だろう?」
「……終わっちゃいましたよ、パーティ」
「…………へ?」
「具材、もう残ってませんし」
「うぅ、朝からがんばって釣ってきたのにー」
「まあ、これは明日の夕食にしましょう」
「オアズケ?」
「オアズケ」
「……くすん」
「まあまあ、明日のご飯は出来たんだから」
「それより藩王、お食事は?」
「いや、このカニでピザと思ってたから、何も食べてない」
「ピザ生地ならまだ残ってますよ」
「では台所から何か具になりそうなものをとってくるとしよう」
具材もなくなり、あらかたの皿も片付けられた頃、藩王が姿を見せた。
「藩王! どこに行ってたんですか」
真っ先にその姿を認めた黒崎が駆け寄ると、セントラル越前はずっしりと重いクーラーボックスを黒埼に押し付けた。
「おわ?」
「はっはっは、大漁だ」
困った藩王だと思いながら黒崎がクーラーボックスを開けると、中にはぎっしりと越前カニが詰まっていた。
「わー、かにさんだー」
「すごーい、藩王さま釣ってきたの?」
「うわあ、いっぱい」
何事かと集まってきた女性陣がクーラーボックスを覗き込む。
「どうだ、とれたて越前かにのピザ。贅沢だろう?」
「……終わっちゃいましたよ、パーティ」
「…………へ?」
「具材、もう残ってませんし」
「うぅ、朝からがんばって釣ってきたのにー」
「まあ、これは明日の夕食にしましょう」
「オアズケ?」
「オアズケ」
「……くすん」
「まあまあ、明日のご飯は出来たんだから」
「それより藩王、お食事は?」
「いや、このカニでピザと思ってたから、何も食べてない」
「ピザ生地ならまだ残ってますよ」
「では台所から何か具になりそうなものをとってくるとしよう」
爆散した石窯の残骸の前に、マスクを黒焦げにした藩王が正座させられていた。
その藩王の前に仁王立ちになっているのは、藩王のマスク以上に全身黒焦げとなった黒埼だった。
「………………藩王」
「ひき肉が残っててさ」
「ひき肉は爆発しません」
「あんまり量がなくてさ」
「量は関係ありません」
「多分足りないなーと思って、お米を混ぜたわけよ」
「越前の米がどんなもんだかご存じでしょう」
「いやー、精米してあるんだし大丈夫かなあと」
「精米されてるのは『炊く』のに大丈夫になってるだけです」
「うん、まさか石窯で焼いたら爆発すると思わなかったから」
「実際爆発したじゃないですか。どーすんですか、これ」
その藩王の前に仁王立ちになっているのは、藩王のマスク以上に全身黒焦げとなった黒埼だった。
「………………藩王」
「ひき肉が残っててさ」
「ひき肉は爆発しません」
「あんまり量がなくてさ」
「量は関係ありません」
「多分足りないなーと思って、お米を混ぜたわけよ」
「越前の米がどんなもんだかご存じでしょう」
「いやー、精米してあるんだし大丈夫かなあと」
「精米されてるのは『炊く』のに大丈夫になってるだけです」
「うん、まさか石窯で焼いたら爆発すると思わなかったから」
「実際爆発したじゃないですか。どーすんですか、これ」
結局。
爆発に巻き込まれて黒焦げになった部分だけが強調されて、摂政のカワイソウ話がひとつ増えた、越前藩国のホワイトデーだった。
爆発に巻き込まれて黒焦げになった部分だけが強調されて、摂政のカワイソウ話がひとつ増えた、越前藩国のホワイトデーだった。
【文責:椚木閑羽@越前藩国】