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SS:晩酌

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だれでも歓迎! 編集
いくら、季節の風物詩だといっても、一日中降り続く雨にじめじめとした空気は、やはり心地よくない。

だが、これも風情と、紫陽花の見える和室のひとつに酒を運ばせ、藩王・セントラル越前は、一人静かに杯を傾けていた。

ぬるめの燗酒を手酌で杯に満たし、ゆっくりとまわすと、酒に映りこんだ紫陽花が溶ける。

雨粒が紫陽花の葉を叩く音に混じって、軽やかな足音がひとつ、近づいた。
「お酒だけじゃ身体に障りますよ」
そういって足音の主、刀岐乃は小盆を置いた。その上には藩王の好物が盛られた小鉢が3つ。
「おお、すまんな」
応じて藩王は、早速、小鉢に箸をつけた。

刀岐乃は藩王の手にあるのが一合徳利であるのを確認すると、
「もう一本つけますか?」
と訊ねた。

「頼もう」
短く答えて藩王はまた、杯の中に紫陽花を溶かした。

刀岐乃が頃合を見て二本目の徳利を持ってくると、ちょうど雨の切れ間に当たったらしく、庭の紫陽花が闇に美しく浮かび上がる姿があった。

「どうだ?」
刀岐乃に気づいて藩王が声をかける。
「梅雨の時期というのも捨てたものではなかろう?」
「ええ」
どんな言葉も野暮な気がして、ただ、肯定の意だけを示す。

「これで月も出てくれば、また趣があるのだがな」

越前の民と風土とここに宿る諸々のものを愛する男の姿がそこにあった。


「台所にお夜食を用意しておきます。夜風に当てられないうちに休んでくださいね」
「ああ」
短く答えて藩王は、杯の中に、雨上がりの風の匂いを溶かした。





梅雨明けは近い。

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