英雄と蛇、邂逅(後編)◆aptFsfXzZw

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「僕らには今日中にでも自分を餌に他の陣営を複数組、一箇所に集める計画がある。詳細を詰めるのはこの後だが、君はそれに横合いから乗っかってくれるだけで良い」

 マスター替えの協力を申し出たマヒロは、アーチャーに対し指を二本立ててみせた。

「君にとってのメリットは二つ。一つは自身が騒動の中心となるよりも俯瞰的に戦場を把握でき、僕に釣られた陣営の不意を突いて効率良く間引きができること。そしてもう一つは、複数のマスターを候補として品定めできることだ」

 指を折り終えたマヒロは、本題へと話題を切り込んでくる。

「君が非好戦的なあの子を切らない理由は、単純にあの子が魔力プールとして見れば優秀だからという面が一番大きいだろう? 強力なサーヴァントほど消費は激しい。マスターを替えても戦えなければ意味がない。志気と能力、その二つの観点から妥協できる候補を一組ずつ遭遇する中で見つけ出し、事を運ぶのは容易じゃない。今のマスターの協力が得られないならなおのこと、君だけで見繕うのは非現実的だ。だから僕らの協力する余地がある」

 アーチャーの現状、それから導き出された課題を小気味よく導き出し、その解決のために需要を満たす存在として、少年は自陣営の価値を改めて強調して来る。

「そして条件を満たすマスターが居ても、第一候補を必ず活用できるとも限らない。命綱の付け替えをするというのならなおのこと、保険は残しておくべきだ」
「だから敵であれマスターは極力殺すな、と言いたいわけか」
「そういうこと。降伏すれば良い、とは君も言っていたけど、その後の保証なしでは応じる相手も応じないだろう。だから、その後の監視と保護は僕らが受け持つ」

 アーチャーの解釈に頷いたマヒロは再び、微かに背後を――今度は視線を下げて、イリヤを示すように振り返った。

「もちろん、あの子のこともね」
「……私よりも、貴様の方が我がマスターを気にかけているようだな」

 果たして、その言葉のためにアーチャーが開けた間隙の意味に気づいたか否か。
 ともかくとして、死線を一つ越えたマヒロはそのまま、おどけたようにして口を開いていた。

「それはね。サーヴァントを喪ったマスターも含む生存競争を煽っていた監督役は、僕の目的からしても退場して貰うことが望ましい。まずはその点だけでも協力して貰えるなら、その他の妥協を引き出すためにはこちらとしても手は尽くしたい、ということだけど」
「……まぁ、筋は通っているな」

 アーチャーの零した感想に、マヒロは年相応の少年が浮かべるような笑顔を見せた。

「ありがたい。じゃあその信頼に応える意味でも、アサシンの真名を明かしておく。彼は千手扉間――木ノ葉隠れの二代目火影。忍者だ、凄いだろう」
「……遠い事象世界の英雄か」

 何故かドヤ顔で誇るマヒロに取り合わず、アーチャーは聖杯より与えられた知識と照合し、目の前のアサシンの正体を把握した。

 神代より続く因果が実を結ぶ忍の物語に登場した英雄の一人。外見的・能力的な特徴も確かに合致する。
 敵に回せば厄介ではあるが、それでも相性を含め、アーチャーが戦闘で遅れを取るような相手ではない。
 なおかつ、協力者とできるなら有用であるとも見立てることができた。

「……やっぱり知識はあるのか。だったら話が早い。数多の禁術を開発した二代目にはキャスターの適正もある。だからマスターが生きたままでの契約の変更も、彼の補助があれば難しくはないはずだ」

 淡白な反応にやや拗ねたような調子で、マヒロが述べる。

「『聖杯符』の回収についても援護する。ご覧の通り僕の令呪は残り一画だし、先の制約の破棄と『夢幻召喚』の資格は両立不可。主従で戦力を倍加して君に叛逆する、ということもできない。そもそも僕には魔力が残ってないし。
 君がマスターを乗り換え、監督役を抹殺し、無事に優勝まで漕ぎ着けたなら最後の令呪でアサシンも自害させて『聖杯符』を提供する。その時には、見返りとして先程伝えたこちらの願いを汲んで貰いたいけれど」

 平然と、自らのサーヴァントの切り捨てをマヒロは述べるが――アーチャーの伺う限り、アサシンの顔色に変化はない。

 ……与えられた知識によれば、アサシンは徹底した効率主義から敵対者にとっては悪名高い存在であると同時、その死因は次代を担う若者達のため、自らを囮として捨て駒になったことだという。
 そんな最期を自ら選ぶ、先の主張にも垣間見えた精神性故か。はたまた、マヒロの主張がやはり虚偽であるためか。アサシンの無反応はどちらの理由も確証はないが、アーチャーはそれを踏まえた上で改めて口を開いた。

「確約はしかねるな。戦場での不殺も、聖杯に託す願いも、余裕があるとは限るまい」
「……ま、それはこちらも他に選択肢がなく縋っている身の上じゃあ、強く出ることはできないからね。君に余裕ができるよう僕らも微力を尽くそう」

 互いにできる最大限の譲歩を示し合わせた後、マヒロはにやりとほくそ笑んだ。

「でも、逆を言えば――こちらの手助けが足りている限りは」
「ああ。貴様らの策とやらに乗っても構わん」

 マヒロの答え合わせを、アーチャーが引き継ぎ――同盟締結への合意を示した。












 実のところ。マヒロの言い分が真実であれ偽りであれ、アーチャーにとって大差はない。
 そも、アーチャーにとっての万象との関わり方は極めて単純であり、復讐に利用できる物は利用し、その逆であれば排除する、というだけだ。

 裏返せば、他のマスターの命を奪うのは単に復讐に向け後顧の憂いを断つためであり、殺人自体がアーチャーにとっての目的というわけではない。
 故に、より宿願成就の公算を上げるためならば、敵マスターを敢えて見逃すという選択肢も充分検討に足りる。

 そしてマヒロの主張は、現在生きている人間の最大多数の生還、という一点を実現するための手法としては確かに筋が通っている。
 今のところ純粋に論理を言葉で聞く限りでは、疑う理由は乏しい。

 そして、腹に一物を抱えているのだとしても。少なくとも令呪一画と引き換えに交渉を臨むほどの意気込みであれば、アーチャーを騙すとしてもその補填を狙い、利用しようとするはず。
 そのために、当面は述べた言葉に沿った行動へ移るだろう。

 ならば実力を有すこちらが同盟の主導権を渡さず、その中で得られる益があるうちは実際に協力してやれば良いだけだ。

 仮に彼らとの同盟を喪ったとしても、そもそもほんの数分前に労せず降って湧いた話がなくなり、元の状況に戻るのみ。何より、この先イリヤが心変わりすることがあれば即不要になる程度の協力関係だ。

 大して気にかけるほどのものではない――と、そのように考えていた。



「――では、長時間滞在すると監督役から物言いを受けそうだし、僕も今はまだ潜伏のためロールに復帰したい。互いの連絡用にもアサシンの分身を一体付けるから、単なる情報の提供は彼から受けて欲しい」

 主要な交渉を終えたマヒロの提言と同時、白煙を上げてアサシンが"増えた"。

 影分身の術。名の通り、己の力を分け与えた分身を生み出す忍術だと記憶している。
 当然令呪の効力は分身にも及んでいるとして。確かに先程の念話も使えるならば、この分身を預かることは既に十分有用、だが――

「……分身の魔力が少なすぎるように見えるが」

 少なくとも、サーヴァント戦ではせいぜい肉壁にできる程度の援護しか期待できない、とアーチャーは見立てた。

「繰り返すけど、僕がアサシンに魔力を供給できていないからね。分身に戦闘力まで確保させる余裕はない。そこは了承して欲しい」
「既に大のために小を切り捨てる腹づもりなら、魂喰いをする気はないのか? その程度の覚悟もなく、私の力に縋ろうと?」

 威圧するようにして、アーチャーは値踏みの言葉を投げかけるが、マヒロはわずかに視線を険しくしただけで即答した。

「それをしてしまうと、あの子をはじめ保護するマスターたちの信用が得られなくなる。後のために了承して欲しい」

 この瞬間に脅されながらも、あくまで先のことを見据えて回答する。その姿勢に内心、一定の評価を与えながらも、今後の関係を有利にしようとアーチャーはさらに詰め寄った。

「だが、それが同盟のために尽くすという約定を違えているとは考えないのか?」
「互乗起爆札」

 瞬間、マヒロは抑揚のない声で呟いた。

「――何?」
「二代目火影が生前開発した禁術――穢土転生。その内容は知ってるかい?」

 真名が刷り込まれているように、当然その知識はアーチャーにも備わっている。

 口寄せ・穢土転生。二代目火影千手扉間が自ら考案・開発した、蘇生させ不死の肉体を与えた死者を支配し、自爆特攻させるという、徹底的な効率主義の行き着いたおよそ外道の誹りを避けられぬ邪法。

 その自爆のために使われる、不断炸裂により広範囲・長時間を攻撃する自爆装置の名が、互乗起爆札だったはずだ。

「禁術自体はキャスターでの召喚じゃないと扱えないらしいが、合わせて運用していた爆弾まではそうでもない。
 アサシンはそのセーフティを生体反応と同期させて、僕の体内に仕込んである。ついでに自害用の劇毒もね」

 そしてマヒロはさらりと、文字通りの爆弾発言を行った。

「どうせ同盟に失敗すれば死ぬ命だったんだ。だけど、僕も生きている以上は死ぬことができる。ならただ失敗して死ぬよりは、君も巻き添えにできる方が上等だろう?」
「下らん嘘だな。令呪の縛りはどうした」
「命令はあくまであの瞬間、『以後』を対象とした内容だ。仕込みはとうの昔に終えているに決まってるだろう」

 失笑に失笑を返された直後。不意に、アーチャーの中の何かが警告を発した。
 その時、背筋を流れた怖気は。まるで、致命的な罠へと単身で飛び込んでしまった刹那のような――

「そして君らへの攻撃やその援護を禁止はしたけれど、阻止までは命じていない。ならアサシンが敢えて解除する理由もない。
 僕はともかく。二代目火影が本当に何の備えもなく、君の前に姿を見せたと思っていたのかい?」

 筋は通る。確かにサーヴァントにも有効な爆弾を己がマスターに仕込むぐらいはアサシン――千手扉間はする男だ。
 彼の背後に控えるアサシンは、弁舌をマスターに任せ、分身ともども無言を貫いている。その氷のような瞳の奥の、心中を推し量ることはアーチャーにも叶わない。

 マヒロの言葉が真実であるという証拠はない。だが、否定するための根拠もまた。

「なるほどな。それでその程度の脅しが、この私に通じるとでも思ったか?」
「君には、ね。でも教会や、あそこで寝ている君のマスターはどうかな?」

 瞬間。わざわざこの場所で姿を現した理由、そしてイリヤと分断させた目的の一つを、今更になってアーチャーは理解した。

 魔術師の工房でもある教会ならば、たかがアサシンの使い捨ての爆弾一つ、耐えきってみせることは可能だろう。

 だが、果たして起爆した場合。今の位置から、野晒しなイリヤの守護が間に合うのか――そして中立地帯で諍いを起こし、運営側に事実として被害を齎した末に待つ討伐令を、免れる術は。

「貴様……っ!」
「僕も、彼女を巻き込むことは本意じゃない。けれど、より大勢を守るためならやむを得ない。だから選ばせないでくれ」

 初めて胸中を乱したアーチャーに対し、マヒロは悲しげな表情で応えた。
 しかしそこにはなおも、一切の怯えの色はなく。

 激情を覆う冷静さを取り戻した後、アーチャーは口を開いた。

「……貴様が自害するより早く、あれのように昏倒させられるとは思わなかったか?」
「実を言うと、そこは僕にも予測がつかない。結果次第で君らに危害が及ぶ引き金を君自身が引くという場合、さっきアサシンに掛けた令呪がどのように働くのか、僕にもまだ読み切れないからね」

 問いかけを受けたマヒロは、先に見せた悲痛さの鳴りを潜め、待っていたとばかりに乗ってきた。

 まるで賭け事に興じるかのような気軽さで。
 彼らを無力な鴨と見て、軽い気持ちで吹っ掛けたアーチャーと同じぐらい軽率に。

 そして抑えきれずに滲み出た、刺激への愉悦を発露させて。

 ……自害されるより早く気絶させ、場所を移す。
 あるいは体内の起爆札諸共、発動の隙を与えず瞬時にマヒロの肉体を完全消滅させる。
 いずれも、アーチャーならば容易い所業だ。

 しかしそこに、最速の忍とまで謳われたアサシンの妨害が加わるとなれば。アーチャーをして、その達成は確実なものとは言えなくなる。

 まして、マヒロの令呪は姿を現す以前より、既にその一画が――

「でも、そんな賭けをするよりは――君も人間なら、どっちが得かは話せばわかることだろう?」

 狙い澄ましたように、マヒロはそんな言葉を投げてきた。
 問いかけていたのはこちらだというのに、まるで試すかのような口ぶりで。

「……よいだろう。寄越すのはその粗悪な分身で構わん」

 数瞬の葛藤の後。せいぜい連絡用の子機と、本体らが移動するための中継端末にしか使えそうにない分身を指し示して、アーチャーは譲歩の意志を示した。

「酷い言われようだな。事実ではあるが」
「ただし。私の監視から逃れた瞬間があればこの分身も、そして貴様らも同盟に背いたものと見なす。それを忘れないことだな」

 分身のアサシンが嘆息を零すのを待たず、アーチャーは釘を差した。

「もちろん。なにせ大事な同盟相手なんだから、互いの信用を大切にしないとね」

 一方、体よく監視の目を押し付けることに成功したマヒロは、アーチャーの脅しもどこ吹く風とばかりにいけしゃあしゃあと言い放つ。
 ……とはいえ、先に同盟相手の目的に背こうとした側である以上、今は沈黙することしかできず。

「それじゃあ、計画の進展含め、こちらから何かあれば分身を通じて連絡する。逆もまた然りだ。要望には可能な範囲で応えさせて貰うから、今後ともよろしく」

 それだけを告げると、いよいよ監督役の目が怖いからとマヒロはアサシンの本体と共に教会前から消失した。

 時空間忍術、飛雷神の術――設定した座標まで、瞬時に空間を転移する高等忍術だ。
 その座標の設定というのも、アサシンが一度手で触れるだけで完了するという簡便さ。

 利用できれば有用なそれを見ながらも、アーチャーは残された分身に告げた。

「当然だが、私たちには触れるな」
「承知した」

 ……本選で最初に対峙したこの主従は、おそらくはこの聖杯戦争における最弱候補の一角だろう。
 何しろ魔力供給もろくにできず、当人らも真っ当に優勝できるとは思っていないと宣うのだから。

 しかし彼らはある意味、アーチャーをして油断のできない強敵だった。

 同盟交渉さえ成立した後なら、こちらが主導権を握ろうとすれば細々と交渉する前に、いきなり死ぬ死なないの話を切り出して来る思い切りの良さ。
 真偽は不明だが、もしもあの脅しが事実であれば、交渉が決裂しアーチャーが彼らを仕留めた時点で以後の不利が決定していたというのだから質が悪い。

 ……しかもマヒロ自身は、己の生き死にはどうでも良いと思っている手合なのだ。
 数多の戦場で殺生を目の当たりにしたアーチャーだからこそわかるが、あれは戦士ですらない戦狂いの顔。
 勇気や慈愛ではなく、狂気の類。だからこそアサシンの真名と相まって、何の裏付けもないただの言葉が無視できない劇毒と化した。

 そして、そうであればこそ初めて姿を現した瞬間から、このアーチャーの殺意を前にして、一度たりとも己が身を案じた様子を見せなかったことにも合点が行く。

 そう。
 理由はどうあれ、アーチャーを人間呼ばわりしたあの少年は、終ぞアルケイデスを怖れなかった。
 挙句、話せばわかると来たものだ。

「面白い」

 知らず、アーチャーは呟きを零した。

 あの弱者は異常者の類だろうが、その狂気を支える強欲には興味がある。
 無力な小僧と侮っていたが、言葉による駆け引きに限ればアーチャーを相手に一歩も引かなかった、話し合いという戦場での熟達者。

 果たして口先の通り、彼は今後アーチャーに協力し続けるのか、それとも裏切りを見せるのか――あの蛇がどのように踊るのか、その時はどのようにやり合おうか。
 未だ知り得ぬ、しかし間近に待ち受けるこの先の出来事に。あの船に乗り、未知の冒険に挑んでいた時のような滾りを覚えるその一方で……

「――アーチャー! あなた、勝手に何を話していたんですか!?」
「先に告げたはずだ。単なる同盟交渉に過ぎん」

 教会に接近した次第、食って掛かるルビーの追求をそのように躱しながら、アーチャーは気絶したままのイリヤの痩身を掴み取る。
 そして、即座にその身に何の変化もないかを検分した。

「ちょっと、イリヤさんに何を――ってアタシもですか!?」

 またも抗議に向かってきたルビーを捕まえたアーチャーは、念のため彼女の全体もまた素早く確認を終える。

「――杞憂だったか」
「信用されていないようだな」

 アサシンの分身の嘆息に、アーチャーもまた鼻を鳴らす。

「何しろ悪名高い二代目火影との会談の後だ。警戒するのも当然のことだろう?」

 意趣返しのようにそう告げるアーチャーが危惧したのは、アサシンの忍術による工作だった。
 終始監視していたつもりではあるが、気配遮断と影分身を駆使されたなら万が一もあり得る。少なくとも侮れる相手ではないことは、既に重々承知させられたのだから。

 だが、たちまち殺す必要はないだろうと――今この時点では、アーチャーはそのように判断した。



 ……いずれ、切り捨てる算段ではあったとしても。
 もしも、イリヤに害の及ぶような真似に出ていたのであれば、アーチャーは速やかにマヒロたちを殺すつもりだった。



 確かに、復讐を成就するためならば如何なる禁忌にも躊躇するつもりはない。
 だがそれはあくまで、最期に報いを受ける覚悟を前提としたアーチャー自身の行いに限った話。

 どんな理由であれ、幼子を害する輩など悍ましき外道に他ならない。
 どれだけ歪曲させられても、その悪虐を許すことはできない――それが、アーチャーの芯となる精神だった。

 監督役の抹殺も、本心を言えば聖杯戦争における干渉を排除したいこと以上に、幼子を殺めた邪悪を討たねばならぬという義憤が動機として大きいほどに。

 故に、イリヤを自爆に巻き込むことを仄めかして来た際は激高しかけたが、脅しが真実だとしても引き金を引くのはあくまでアーチャー自身であり……虚偽だとすればそもそも害する手段が存在しない以上。己が無法な暴君ではないと定義するなら、大義名分とした同盟を重んじ矛を収めるのが道理だろう。

 結果として、変わらぬ重みを肩に載せるに至り――そこに、懐かしさすら漂う安堵を覚える自身を否定しながら、歪曲した大英雄は立ち上がる。

「まずは拠点に戻る。また喚き散らすかもしれんが、我がマスターが目覚めた後、貴様らの掴んだ他陣営の情報とやらを寄越せ。全てな」
「あのー……そっちのアサシンさんでも良いので、道中同盟の内容だけでもアタシにも教えてくれませんか?」
「よかろう」

 そんな声を背に伴いながら、歩み出した復讐者が……情報提供という形で、より古くに置いてきた縁を若き蛇が結ぶことを知るのは、おそらくはもう少し先の話。












「案の定、警戒されているな」

『第一階位(カテゴリーエース)』のアーチャーに同行させた分身から、秘伝忍術・心伝心により報告を受けたアサシンは主に向け、その内容を口にした。

 場所はスノーフィールドの市立高校、ではなく。影武者と交代するタイミングを掴むための中継として一旦、マヒロ宅の自室に戻っていた。

「目標の第一段階は達成したが、この先へ進めるには根気が必要だろう」
「監視していた最中に彼らがたまたま教会を訪れ弱みを見せてくれた、という運の助けがなければそれさえ叶いませんでしたからね」

 アサシンの分析にも、マヒロは焦る様子なく首肯し、事態を振り返る。

「だが何にせよ、結果としては聖杯獲得の意欲の強いアーチャーの下に同盟という形で分身を送り込めた。戦術レベルでの話ですけど、この先の難易度は充分下げられるかと」
「……やるだけのことはやらせてみるが」

 そこでアサシンの声は幾分、呆れた調子を混ぜ始めた。

「ワシは兄者と違って賭博はしなかったからな。分身ともども、貴様ほど大逸れたハッタリには慣れておらんぞ」
「……勿体無いですね。準備なしの自爆宣言なんて、あなたの真名があればこそ威力を得られたことなんですけど」

 前は国を丸ごと空にしたんですよ、などとマヒロは心底惜しむ声音で続けた。

 アサシンこと、千手扉間がマヒロの体内に互乗起爆札を仕掛けたという、アーチャーの要求を撤回させた脅しのカード。

 言うまでもなく、それはただのブラフだった。

 マヒロには、暴力に頼るという選択肢、その一切を否定しているのだから。

 ……厳密に言えば、全く別の起爆条件でアサシンは仕込もうとしていたが、そういう理由でマヒロ自身が丁重に辞退した経緯があり、咄嗟に言い出せたわけだが。

 いずれにせよ、行使されない限りは、暴力は武力という交渉のカード。
 その正体がただの白紙でも、裏返さない限りは幻想の切札として効力を発揮させることもできる。

 仮令相手が、英霊であっても――――同じく理性に基づき思考する人間ならば、騙すことは不可能ではないのだ。

 その証左となるハッタリの成果に、しかしアサシンは首を振る。

「そのせいでもある。同盟意識を再認させることはできたが、こちらの要求を通した後だ。次の話運びは難化するぞ」
「元より想定の内でしょう。それに一応、尾を踏む直前で留まるようにはしたつもりですが」
「それでも、だ。あれだけ警戒されればマーキングを仕掛けられる局面は限られる」

 飛雷神のマーキングを、あのアーチャーに施すこと。

 それが聖杯戦争を止めるため、いずれ達成しておくべき勝利条件の一つであると、マヒロとアサシンは認識していた。
 故に令呪を捧げてまで辿り着いた同盟交渉も、その目的のために講じた虚言でしかない。

 そして、ただ相手への譲歩のためだけに令呪を消費するほど、マヒロもアサシンも甘くはない。

 ハッタリや情報操作だけではなく、実行力のある抑止、交渉のカードとして……此度の令呪の内容を、最終的にはアーチャーへの呪縛として利用する展望があってこその決断だ。
 問題は、そのためにも重要なマーキングの設定が既に警戒されているところにあるが。

「とはいえ、言ったとおりです。復讐者の言いなりになって民草を食い散らかすような輩に、命を預けられる者など居ないでしょう。ましてその時は、あなたの真名が今度は邪魔になる。それこそイリヤ(あの子)の懐柔だって」
「マヒロよ。ワシはおまえの判断を否定しているわけではない。ただ、都合良く事が運んだからと楽観はするなと言っているのだ」

 抗議するマヒロに、伝説の忍は淡々と応じる。

「加えて言えば、条件的にこの策が有効なのはそもそも中盤頃だけだ。それこそ勝負は時の運も絡む。ならば賭けの回数を減らすべきだ」

 確かに現状は悪くない。他の陣営含め少なくともあのアーチャーに先手を取られ、狙撃で即死させられる事態はまず回避できる。
 さらにこの先に用意があるから、情報を提供するからと理由づけして序盤の行動を抑制しつつ、強豪である彼との繋がりを他の陣営との交渉材料にして盤面を整えて行くことは可能だろう。

 だがそれも、いつまでも続くわけでもなく。

「悲観もしない主義ですが、進言はありがたく受け取らせて貰います。先程までと違って状況が動いたんだから、今度は早めに運任せの要素を減らせ、ということですね」
「そういうことだ。特に、アーチャーの監視に一体付けたということは、今のワシでは自由に動かせる分身は精々あと一つが限界だ。使い道を早々に決めねばならん」

 アサシンの言葉に、微かに視線を落としてマヒロは思考して。

「……例のあの子、結局うちの学校には居なかったんですよね?」

 問うたのは、後ほど同盟相手にも情報提供することになっている、とあるマスターに関することだった。

 昨夜、アサシンの諜報網は『第一階位』の弓兵の他、件の口裂け女と目されるサーヴァントと、それを退散せしめNPCを救ったもう一騎、『第四階位(カテゴリーフォー)』のアーチャーの二騎の本戦出場サーヴァントを発見していたのだ。

 その振る舞いを見る限り、後者の陣営はおそらく、現状把握している勢力の中では最も人格的な危険度が低いと考えられる。

 接触を図る価値は充分にあり、しかもマスターともども容姿に至るまでマヒロとアサシンが把握済と好条件、なのだが。

「ここまで校舎内を調べはしたが、やはり見かけてはいないな」
「ですよねぇ。たまたま今日は不在でも、普段あんなに可愛い子が居たら余はがっつり覚えていると思うので、やはりミドルスクールの生徒でしょうか」

 未だその所在を確かめられてはいない。
 浮かび上がった候補地も推論に過ぎないことを踏まえた上で、予想より早期に達成した『第一階位』のアーチャーとの接触から計画を早めに修正し、マヒロは改めて口を開いた。

「……教会を見張っていても、多分これ以上の収穫はないでしょう。というか次に誰か来た時に顔を出してもいい加減監督役に目をつけられかねないので、動かします」
「同感だな」
「しかしマーキングか、他の対抗手段が確立できないうちに不特定多数へ呼びかけてもあのアーチャーが得をするだけです。どっち道日中は集まりも悪いでしょうし、事前に接触を図れる相手とは会っておいた方が良いでしょう」

 そうは言っても、口裂け女は論外だろう。早期に被害を抑えたい気持ちはあるが、今の手札でのこのこ会いに行っても良い結果になるとは思えず、そもそも神出鬼没の都市伝説とは何処で出会えるのかも不明だ。

 歯痒いが、そうとなれば、この後に選ぶべき妥当な指し手は一つだけ。
 とはいえ、それも――

「――結局のところ変更はなく、まずは彼女からですが。仮に中学生とすると授業中に余が乱入するのも難しいので、素直に互いの放課後を待ちましょう。ただ、事前に居る居ないの確認は済ませたい」
「承知した。下見程度ならば分身でも容易い」
「お願いします。可能ならその時、恋文の一つでも臨機応変に」

 冗談めかして考えを伝えながら、マヒロは第四の弓兵との接触を目指し、次の目的地を中学校に設定した。



 その選択が手繰り寄せる因縁の大きさを、まだ知る由もないままに。






【D-3 エーデンファルト邸/一日目 午前(正午間近)】

マヒロ・ユキルスニーク・エーデンファルト@ミスマルカ興国物語】
[状態] 健康
[令呪] 残り一画
[装備] なし
[道具] なし
[所持金] 裕福な高校生並
[所持カード] なし
[思考・状況]
基本行動方針:一切の暴力に頼らず、聖杯戦争を止める。
1.暴力以外はなんでも使う。
2.討伐令の仕組み等を利用し、他の主従を牽制した上で交渉に持ち込みたい。
3.他の陣営の情報を集めると同時に、上記のための準備を進めたい。
4.アーチャー(アルケイデス)を抑えつつ、利用して立ち回る。
5.次は中学校にいると思しき第四階位の陣営との接触を図る。まずは確認のためアサシンの分身を潜入させる。
[備考]
※スノーフィールドにおける役割は市長の息子である高校生です。
※教会を訪れ、神秘の秘匿とそれに関するペナルティの条件について知見を得ました。
※監督役の説明から、冬木の大聖杯同様残存する陣営が一勢力に統一され聖杯戦争が停滞した場合に、予備システムで追加サーヴァントが召喚されるのではと推測しています。
※監督役が参戦マスターの経歴を把握していることを知りました。また、参戦サーヴァントの詳細は知り得ていないと推測しています。
※『討伐令の仕組みを利用した話し合いの席』を設ける手段について、具体的には後続の書き手さんにお任せします。
※『第一階位』のアーチャーの真名を知りました。また、彼と(表面上)同盟を結びました。
※本選開始直後に行われた、『第四階位』のアーチャーと口裂け女の接触を把握していました。



【アサシン(千手扉間)@NARUTO】
[状態] 魔力消費(小)、令呪の縛り(下記参照)あり、気配遮断中、影分身二体生成済
[装備] 各種忍具
[道具] 各種忍具
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:マヒロが火の意志を継ぐ者か否かを見極める。
1.当面はマヒロに従い、協力する。
2.影分身を統括し、戦況を有利に導く。
3.隙を見てアーチャー(アルケイデス)に飛雷神のマーキングを仕掛ける。
[備考]
※令呪により、マヒロの同意なき暴力の行使ができません。
※現状、魔力供給がなされていません。
※スノーフィールド市内に飛雷神の術のマーキングを施してあります。また、契約で繋がっているためマヒロを『自身に触れている物』として飛雷神の対象とすることが可能です。
※『第一階位』のアーチャーの真名を知りました。また、彼と(表面上)同盟を結びました。
※本選開始直後に行われた、『第四階位』のアーチャーと口裂け女の接触を把握していました。
※令呪により、『第一階位』のアーチャーおよびそのマスターへの暴力の行使、並びにその援護を永久に禁止されています。
 なお、この令呪の内容も利用してアーチャー(アルケイデス)に対する抑止力となる策を練っているようですが、詳細については後続の書き手さんにお任せします。






【D-4 市立高校/一日目 午前(正午間近)】

【アサシン・影分身1】
[状態] 割譲魔力(極小)、マヒロに変装して授業中、令呪の縛り(下記参照)あり、気配遮断中
[装備] 各種忍具
[道具] 各種忍具
[所持金] なし
[思考・状況]
1.マヒロと交代次第、中学校に向かい『第四階位』のアーチャー陣営の所在を確認、可能ならば伝言を残す。
[備考]
※令呪により、マヒロの同意なき暴力の行使ができません。
※同じく令呪により、『第一階位』のアーチャーおよびそのマスターへの暴力の行使並びにその援護を永久に禁止されています。
※『第一階位』のアーチャーの真名を知りました。






【E-4 中央教会付近/一日目 午前(正午間近)】

イリヤスフィール・フォン・アインツベルン@Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤドライ!!】
[状態] 健康、クロを喪った精神的ショック、気絶中
[令呪] 残り三画
[装備] カレイドステッキ・マジカルルビー
[道具] クラスカード×1~5
[所持金] 小学生並
[所持カード] なし
[思考・状況]
基本行動方針:未定
1.???
2.アーチャー(アルケイデス)の言いなりに流れされるのはイヤだ。
3.巨人(ヘラクレス)の夢が気がかり。
[備考]
※クラスカード(サーヴァントカード)を持っていますが、バーサーカー以外に何のカードを、また合計で何枚所有しているのかは後続の書き手さんにお任せします。
※家人としてセラ、及びリーゼリットのNPCが同居しています。両親及び衛宮士郎は少なくとも現在、家に居ない様子です。


【アーチャー(アルケイデス)@Fate/strange Fake】
[状態] 健康、イリヤに対する謎の懐旧の念(※本人は否定的)、マヒロへの興味
[装備] 『十二の栄光(キングス・オーダー)』
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯狙い
1.アインツベルン邸に戻り、イリヤの目覚めを待つ。
2.その後の手筈を整えるまで監督役と事を構えるつもりはないが、幼子を殺めた外道は須らく誅殺する。
3.上記のためにマヒロを利用する。ただし、アサシン(扉間)ともども警戒は怠らない。
[備考]
※『第二階位』のアサシンの真名を知りました。
※マヒロに少しだけ知り合いの面影を感じています。
※マヒロに起爆札が仕掛けられているという話は疑いを持っていますが、否定しきれていません。
※『第二階位(カテゴリーツー)』の陣営と同盟を結びました。



【アサシン・影分身2】
[状態] 割譲魔力(極小)、令呪の縛り(下記参照)あり
[装備] 各種忍具
[道具] 各種忍具
[所持金] なし
[思考・状況]
1.『第一階位』のアーチャーに同行して表面上の同盟関係を保ちつつ、可能な限り被害を抑止できるよう誘導する。
2.イリヤおよびルビーの心変わりをそれとなく妨害し、可能ならば懐柔を図る。
3.以上のための活動経緯を本体に随時報告する。
[備考]
※令呪により、マヒロの同意なき暴力の行使ができません。
※同じく令呪により、『第一階位』のアーチャーおよびそのマスターへの暴力の行使並びにその援護を永久に禁止されています。
※『第一階位』のアーチャーの真名を知りました。






【E-4 中央教会/一日目 午前(正午間近)】

【シエル@月姫】
[状態] 健康
[令呪] 残り?画
[装備] クラスカード・アーチャー(エミヤ)、第七聖典、黒鍵×沢山
[道具] 不明
[所持金] 不明
[所持カード] なし
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争の円滑な進行
1.監督役としての務めを果たす。
2.イリヤおよびマヒロの陣営を警戒する。
[備考]
※彼女は厳密にはシエルを模してムーンセルが創造した上級AIで、本人ではありませんが、本人と同等の能力を有しています。






008:your fairytale/Bad Apple princess 投下順 010:止まる『世界』、回る運命(前編)
007:始まりはZero、終わりならZet 時系列順 011:学校の怪談、口裂け女のウワサ
003:言の葉を紡ぐ理由 イリヤスフィール・フォン・アインツベルン 013:静寂を破り、芽吹いた夢(前編)
アーチャー(アルケイデス)
マヒロ・ユキルスニーク・エーデンファルト
アサシン(千手扉間
シエル

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最終更新:2019年01月06日 13:14