Development of a new methodology for surface science by adding one more dimension
VB / FS mapping by 2D-PES
角度分解光電子分光法は「価電子の運動」を立体的に観る手法である。従来は、立体角の小さな分析器を用いて色々な位置でその方向の電子の運動量とエネルギーを測定する方法で行われてきた。しかし、この方法で全立体角の情報を得ようとすると莫大な時間がかかるので、通常は対称性のよい方向のみで測定が行われている。それに対し、全立体角の情報を一度に得よう、というのが2D-PESである。
DIANAを用いて価電子帯領域からのPIADを測定していくと三次元的なバンド分散や等エネルギー面が得られる。こうして得られる二次元のバンド構造の情報は、これまでよりはるかに豊潤である。価電子帯を励起して得られるPIADには、光電子の放出過程での様々な情報が含まれている。模式的にFig.[F-PE]に示した。
(1) PIADに始状態の対称性が反映されるので、始状態の価電子帯の分散を形成する原子軌道それぞれが励起されて作る放出強度角度分布(ADAO)は光電子パターンの大きな傾向を決める。励起光源に直線偏光を用いることで、バンドを構成している電子がどのような電子であるか(原子軌道の帰属)がわかる[rfDaimonSS]。
(2) 原子軌道が集まり価電子帯を形成するとエネルギー分散が現れる。実際エネルギー分解して測定されるPIADはADAOではなく、バンド分散の断面にADAOをかけたものとなる。
(3) 価電子帯励起では多数の原子軌道の和で構成される電子状態から光電子が放出される。そのため、原子軌道の結合様式により、干渉が様々な具合に変わる。これが光電子の構造因子(PSF)である。PSFを考慮することで、出発となる価電子帯の原子軌道の係数を求めることができる[rfDaimon-PSF,rfNishimoto,rfShirley]。原子がどのように結合しているか、ということである。
(4) 最後に、光電子が終状態で散乱を受ける過程もPIADに反映される。Umklapp散乱のように弾性なものから、二次電子のように非弾性のものまで存在する。Fermi準位付近の準粒子励起も重要である。また後ほど議論するように、格子の散乱による回折やFFPもPIADに反映される。
こうして原子軌道の形や電子の運動を立体的に見ることで、表面の電子的・磁気的・光学的・化学的な諸性質を議論することができるようになる。これは簡単に言えば「物性に寄与する電子の動き」だけでなく、「どのような軌道の電子が物性に寄与しているか」、つまり「誰が主役か」がわかるということである。
本節では例として本稿のテーマと関係してくる
graphite とCuの価電子帯の測定について紹介する。
GraphiteのVB立体分散図
Fig.3.1はgraphiteからの「差分」PIADである。二次電子などのbackgroundを除去するために結合エネルギー方向に微分した。例えば37.0 eVと表示されている画像は光電子の運動エネルギー37.2 eVのPIADから36.7 eVのものを差し引いている。励起光(He II)は直入射のs偏光配置である。37.0 eVの画像には6点の輝点が見えている。K点に現れるgraphiteのFermi面である。
Fig.3.1
Fig.[F-SF](左)はgraphiteの
バンドのPIADの拡大したものである(
結合、
結合からなるバンドをそれぞれ
バンド、
バンドとよぶ。後半では構成する原子軌道に由来する2p
z バンド、2sバンドといった呼び名も使う。)。結合エネルギー3.5 eVあたりでは図中赤点で示したM点に大きな状態密度がある。第一Brillouin zoneのM点が明るくなっているのが分かるが、第二Brillouin zone同士の間のM点には光電子強度が観測されない。これはPSFの影響である。Fig.[F-SF](右)にgraphiteのp
z バンドのPSFについて計算したものを示した。中央の第一Brillouin zoneで強く、隣り合う第二Brillouin zoneで弱くなっている。特に第二Brillouin zone境界のK-M-K線上では強度が0となる。直線偏光励起の場合、バンドの断面とPSF、さらにADAOが掛け合わされた結果がPIADに反映される。
立体バンド分散
波数空間に変換したPIADを積み重ね、それぞれの${\bf k}$でのエネルギー分散曲線(EDC)を抽出し、その極大値を二次元的につなげていくとバンド分散曲面が現れてくる[rfMatsui02]。Fig.[F-G3DVB](a)にこうして得られた価電子帯立体分散図を示した。上部に下向きに凸の
バンド、下部に上向きに凸の
バンドが交差している。Graphiteの第一Brillouin zoneは六角柱で示した。一部を切り落とし、
-Kと
-M方向の断面が見えるようにした。六角柱の上面はFermi面を、底は結合エネルギー10 eVの位置を示す。由佳の亀甲模様は他のBrillouin zoneを示している。
バンドがM点で鞍状になり、K点で頂点をもち、逆に
バンドは、やはりM点で鞍状になっている、といった三次元の形状が一目でわかる。例えば、複数のバンドが重なる場所では一方のピークに他方が埋もれてしまうが、幸いgraphiteの場合、Fig.[F-G3DVB](b)からもわかるように各バンドのPIADに方位依存性があるので、図の左右の
-M方向からは
バンドを、上下の
-M方向からは
バンドを、といった具合に分離することができた。
また直線偏光を励起光に用いているため、PIADから始状態の原子軌道が特定できる。Fig.[F-G3DVB](c)はp
x 、p
y 、p
z の各原子軌道から放出された光電子の角度分布である。比較から
バンドがp
z 軌道から構成され、
バンドがp
x とp
y の混成からできていることがわかる。さらに分散曲面を微分すると電子の群速度のベクトルが求まる。
CuのFS原子軌道解析
清浄面
Graphiteのような層状物質の場合でもそうであるが、Cuのような一般的な三次元的な結晶では、k x 、k y といった試料表面内方向の分散だけでなく、k z 方向の分散についても考慮する必要がある。光エネルギー45 eV付近を用いてCu(001)表面のPIADを測定するとCuのBrillouin zoneのほぼ中央部分の分散を見ることができる。PIADを積み重ねていくことで価電子帯の立体分散図や等エネルギー面を描くことができるようになる。例えば、Fig.[F-Cud](a)ではCuの価電子帯からのいくつかのPIADを示した。試料を回転して、光の偏光ベクトルと遷移行列要素との関係を調べることにより複雑なdバンドでもそれぞれを構成する軌道の帰属[Fig.[F-Cud](b)]を行った。PIADを積み重ねると価電子帯分散が立体的に浮かび上がってくる。Fermi準位付近にspバンドの分散が、2-5 eVの間にdバンドの分散が現れているのが分かる。
Fig.[F-Cud]
Fig.[F-Cud](d)には光エネルギーをscanして測定したFermi面の各k z でのPIADを示した。これも試料を回転することで軌道解析を行い、p軌道の向きの特定を行った。4p軌道がFermi面に垂直に軸を向けるように並んでいる様子が明らかになった[Fig.[F-Cud](e)]が、第一原理計算からも実験結果を再現できた[rfMatsui05]。
Ni単原子薄膜
三つ目の例としてCu(001)面上のNi極薄膜の電子構造について紹介する。これは
k z 方向の分散がどの膜厚の段階で形成されるか、磁気特性との関係で興味がもたれている系である[rfMankey,rfPampuch]。
点のEDC測定では単原子層Ni薄膜のdバンド幅はバルクのそれよりも狭く、また
k z 分散を示さないことが知られている[rfPampuch]がFermi面を観察するとまるでバルクのNiとよく似たPIADが現れることが報告された[rfMankey](Eastman型の表示型楕円面鏡分析器による研究である。)。
Fig.[F-CuNi](a)~(d)はCu(001)表面、(e)-(f)はその表面にNiを1 ML蒸着した薄膜からのPIADである。上段は
= 45 eV、下段は60 eVの直線偏光を用いた。Fermi準位ではCu(001)の場合、ring状のspバンドが現れる。Fig.[F-CuNi](b)と(d)はdバンド上端からのPIADである。ADAOの対称性からPIADには45 eVではd
z2 軌道由来のバンド、60 eVではd
x2-y2 軌道由来のバンドが現れている、と帰属した。Niの6 MLの薄膜でも同様の測定を行ったところ、Fermi準位にはCuのdバンド上端とよく似た分散が現れた。
Fig.[F-CuNi]
Fig.[F-CuNi](e)と(f)が問題の単原子層Ni薄膜のFermi面である。下地のCuのspバンドに重なって、新たに現れているのがNi由来の電子状態である。光エネルギーを変化させるとちょうどCuのバルクのdバンドの上端と非常によく似ている「k z 分散」を観測した。Mankeyらは、これはk z 分散をもったCu spバンドと1 ML Ni薄膜のdバンドとの混成による結果、と解釈している。詳細について検討中である。
ADAO
Angular distributioin from atomic orbital
PSF
photoelectron structure factor
EDC
energy distribution curve
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最終更新:2008年08月30日 12:55