Development of a new methodology for surface science
by adding one more dimension
Stereoatomscope
原子配列を見るための顕微鏡の開発は科学者にとって究極的な目標の一つである。走査プローブ顕微鏡(SPM)は原子分解能を有する優れた手法であるが、表面最外層の情報しかえられない(界面の情報を得るBallistic Electron Emission Microscopyなどの例外もある。)。三次元的構造は様々な回折的手法から得られるが、そこでは必ずFourier変換などの波数空間から実数空間へのデータ変換処理が必要となる。
PIADに現れるFFPの左右の円偏光励起による回転シフトの円二色性は立体視における視差と同等であることが見つかった[rfDaimon01]。FFPの位置は周囲の原子の方向を示し、回転の円二色性の大きさは距離に反比例する[rfDaimon01,rfChasse97]。この円偏光PIADの現象を利用した原子立体写真法では、特定の原子周りの原子配列の直接的な立体認識が可能になる。また光電子の元素選択性から、薄膜や化合物の異なる原子ごとの局所原子構造解析にも有効である。本節では最近の様々な原子立体写真撮影の例を紹介する。特に光電子の小さな角運動量のために難しいと思われていた炭素原子周りの立体写真撮影の成功はこの手法があらゆる内殻準位に対応できることを示す点で重要である。
立体原子写真法の原理
立体視
物体が立体的に見えるのは、我々に目が二つあるからである(厳密には両目が顔の正面についているからである。ウサギなどの草食動物は護身のために目が頭部の両側についており、立体視は苦手である)。それぞれの物体を左右の目で見ると、観測者から物体までの距離によって左右の目で見る角度が少し違うが、その大小によって物体までの遠近を判断できる。左右の目で見た像の物体の位置は、視差角の分だけずれている。それらの写真を左右それぞれの目で見ることにより、元の立体配置を三次元的に認識することができる。
両目の間隔を

とすると、正面にある物体の視差角

は、次式で表わされる。
視差角は観測者から物体までの距離

に反比例し、遠くのものほど視差角は小さくなる。
私たちの両目の間隔

はおおよそ6 cm前後である。もし

が「光年」の桁であれば、星空を奥行きを持って眺めることができるであろう(伊中 明、「星がとびだす星座写真」技術評論社、(2003).)。逆にもし

が「オングストローム

」の桁であったのならば、それは原子サイズの空間を観測する眼ということになる。
PIADとFFP
先に述べたように、光電子は周囲の原子のポテンシャルで散乱され、PIADに回折模様が現れる。光電子の運動エネルギーが低いときには後方散乱が支配的であるが、運動エネルギーが数百eVを超えると前方散乱が顕著になる。Fig.[F-FFP]は0.3348 nm(
graphiteの層間距離)離れた二つの炭素原子が作る回折模様を示した。光電子の運動エネルギーは900 eVとして計算した。原子結合方向にFFPが現れている。光電子の運動エネルギーを選別することで、光電子を放出する原子の種類が特定される。FFPの方向からその周囲の原子配置を割り出すことができる。
円偏光と光電子励起
励起過程前後にて系全体の角運動量が保存される。光の角運動量は「偏光」、電子の角運動量は「軌道角運動量」という物理量に対応している。光電子の角運動量はPIADに反映される。円偏光励起過程では励起光の偏光

に対応して、光電子の角運動量は増減する(

)。円偏光励起による遷移では、始状態と終状態では

は

だけ変化し、

は

円偏光のとき

に変わる。例えば始状態がCu 2pの場合、始状態の

は1であり、終状態の

は2となる。

は

から

までの整数であるが、

が一番強く励起される。
Cuの2p軌道を励起たときの光電子の伝播の様子(E
K=500 eV)をFig.[F-CP]に示した。図では右ねじの円偏光の電場ベクトルが描かれている。光が原子を通過するとき、原子の位置での電場ベクトルの回転方向は反時計方向となる。励起された光電子は光の角運動量を受け取り、放出される。位相の等しいところをつないだ面(等位相面)は渦巻状となる。波の進行方向はこの面に垂直である。等位相面がscatterer AのところでOAの方向に垂直になっていないので、光電子の進む方向は矢印のように

だけずれる。
FFPの回転
一般にscatterer原子がemitter原子からみて(

)のところにあると、FFPは円偏光のスピン(電場ベクトルの回転方向)の符号(

)にしたがって、(

)のところに現れることになる。ここで、

は次の式で表される。
ただし、

は

軌道を構成する

種の磁気量子数

の異なる始状態に遷移確率の重みをかけて足し合わせたものである。この回転において、FFPの極角

は動かずに、方位角

だけがFig.[F-CP]のように

だけ回転する。この式は、種々の実験結果をよく再現する。また詳しい理論計算でも同じ式が導かれている[rfDaimon93,rfChasse97]。

を測定することにより、通常は

が既知なので、結合距離

がわかる。隣の原子の方向は二つの点(

)を平均することで決定できるので、三次元的な位置(

)が詳しい計算を必要としないで直接わかることになる。
視差角は観測者から物体までの距離

に反比例し,遠くのものほど視差角は小さい。(1)式と(2)式を比べると、視差角が

に反比例するとことは同じであるが、分母の

の次数が異なっていることがわかる。しかし、磁気量子数

は光電子の放出角

に依存しており、f軌道などの場合ほぼ

に比例している。したがって(1)式と(2)式は定数倍異なっているだけで同じ式である。つまり、角度分布パターンはそのまま立体写真になっており、左右それぞれの目でそれぞれの写真を見ることによって原子配列を立体的に認識できる。
DIANAとBL25SU
円偏光ビームライン
近年のシンクロトロン放射技術の進歩により、軟X線の円偏光を利用した新しい研究が可能となってきた。SPring-8をはじめとする世界各地の放射光施設には円偏光アンジュレータが設置されており、数十eVから数keVまでの強い左右円偏光を取り出すことができる。原子立体写真撮影のための二次元表示型球面鏡分析器(DIANA)はSPring-8にある固体分光軟X線ビームラインBL25SUに設置されている。単色化した軟X線の偏光の向きはtwin helical undulatorsのギャップを切り換えることで反転させることができる。最近は、トップアップ運転による常時低電流モードでの運転により、測定画像の強度の規格化などが不要になった。
DIANAの改修作業
2004年に改修作業を行った。Fig.[F-repair]はその風景である。短絡していたobstacle ringの箇所を姫路の画材屋から金箔を入手し貼りなおした。阻止電位4枚グリッド(R)を新しく透過率の高いものと交換した。その結果、光電子強度が一桁上がり、S/B比も改善され綺麗なパターンが短時間で得られるようになった。今回紹介する例のいくつかは、この改善後に再測定したものである。
様々な適応例
金属単結晶表面から薄膜へ
金属表面
まず、Cu単結晶のfcc構造の立体写真を紹介する[rfOhbutsu,rfNakatani,rfOkamoto]。Fig.[F_stereo_Cu](a)の二つは、この装置を用いて測定したCu(001)面のCu原子の3p軌道からのPIADである。左右のパターンはそれぞれ回転の向きが反対の円偏光を用いて測定しており、この一組で立体写真になっている。グリッドは入射光軸からの極・方位角

おきの線である。光エネルギーを約800 eV、Cu 3pの光電子の運動エネルギーを600 eVに設定した。光電子の平均自由行程は1 nm程度、Cuの層間距離は約0.18 nmである。表面から4~5層程度までの原子による散乱が主にパターンに寄与する。
Fig.[F_stereo_Cu](c)にCu結晶構造を示す。法線より

(
![[0{\bar 1}1]](http://chart.apis.google.com/chart?cht=tx&chf=bg,s,ffffff00&chco=000000ff&chs=25&chl=%5B0%7B%5Cbar%201%7D1%5D)
)の方向から入射しているのが円偏光である。立体写真においては、構造モデルの1、2、3層上の原子などによるFFPが、Fig.[F_stereo_Cu](b)の中に示した方向に観測されている。一層上の原子に対応する赤点で示した隅のピークの位置は、パターンにおいて左右に少しずれていて、そのずれが視差角になっている。視差角は、一層上の原子が大きく、中央のものは小さい。二つのパターンを左右の目でそれぞれ見ることにより、一番上の原子が近く、他は遠くにあるような原子の立体配列を認識することができる。つまり、それぞれを両目で同時に見ると、fcc格子状に並ぶ3層の原子配列を立体的に見ることができる。
他方、W単結晶中の原子はbcc格子状に並ぶ。W(110)面のW原子の4f軌道から放出された光電子による原子立体写真の撮影にこれまで成功している[rfDaimon01,rfHattori]。f軌道からの光電子は角運動量

が大きいので、FFPがシャープになる比較的高い運動エネルギー(800 eV)でも十分ピークシフトが観測できる利点がある。
金属薄膜
Feも原子がbcc格子状に並ぶ[rfChasse2]。高温でのfcc構造へのマルテンサイト変態はfcc金属表面上の超薄膜の膜厚依存性でもみられる。Cu(001)表面の上にFeを積層させていくと、本来bcc構造をとるFeは、Cuのfcc構造に引きずられて、まず、fcc構造の薄膜が成長する。膜が厚くなるにつれ、徐々に結晶構造が歪み(fct構造)、最終的に約10原子層以上でほぼfcc構造となる。この系は膜厚変化に伴い構造と磁気特性が変わるという点で興味がもたれており、多くの研究がある。原子立体写真法にて直接Fe薄膜のfctやbcc構造を捉えるのに成功している[rfOkamoto,rfNakamoto]。
シリコン表面からシリサイド薄膜へ
シリコン表面
Fig.[F_stereo_Si](a)の二つは、Si(111)面のSi原子の2p軌道からのPIADである。光エネルギーを約650 eVに、Si2pの光電子の運動エネルギーを550 eVに設定した。Fig.[F_stereo_Si](c)にSi結晶構造を示す。斜め45

から入射しているのが円偏光である。Si原子は単位胞内に二種類のサイト
A、
Bがある。GaAsならばこれらの二種類のサイトを分けて観測することができるが、Siの場合、写真はそれぞれの周囲の原子配置の重ね合わせとなる。例えば、
CAのピークには
DBのそれが重なる。
二つのPIADにおいては、右下のB~Eの原子などによるFFPが、Fig.[F_stereo_Si](b)の中の対応する方向に観測されている。特に[111]方向のBA由来のピークのシフトが大きく、左右の目でそれぞれ見たときに一番近くに飛び出して見える。
鉄シリサイド薄膜
FeをSi表面に蒸着し加熱すると条件の違いにより様々な相のシリサイドが形成される。幅広い電気磁気特性を示し、発光デバイス・環境触媒[rfNishimura]としても注目されている系である。
Fe原子を2.7原子層蒸着し、

Cに5分間加熱すると、2x2超構造が現れる。Fig.[F_stereo_FeSi2](a)の二つは、Si(111)面上の鉄シリサイド薄膜中のFe原子からのPIADである[rfKataoka]。光エネルギー1211.6 eV、Fe 2pの光電子の運動エネルギー500 eVに設定した。Fig.[F_stereo_Cu](c)にCsCl構造を示す。斜め

から入射しているのが円偏光である。パターンに現れる
Fe1~
Fe3のFFPの作る下向きの三角はFe-Fe散乱に由来する。化合物薄膜のFe原子周囲の局所的な構造が直接見えた例である。Si、Feそれぞれパターンの解析から鉄シリサイド薄膜が、左下に示すCsClの局所構造をとりながらエピタキシャル成長している様子が明らかになった。このように光電子の元素選択性を用いると異なる原子種別の立体写真が取れる。他にMoS
2などの化合物単結晶への適応例などがある[rfGuo]。
軽元素・微量元素への挑戦
graphite
視差角は光電子の角運動量

に比例する。遷移金属のdやf軌道からの光電子の角運動量は最大3ないしは4となり、パターンの中の前方散乱ピークの視差角は比較的大きいが、内殻準位1s軌道のみの軽元素は光電子の角運動量は1なので、例えば炭素へのこの手法の適法は不利と考えられていた。単結晶graphiteを用い、C 1sからの立体写真の撮影の例を紹介する[rfMatsui04]。単結晶graphiteは、Fig.[F_stereo_graphite](c)に示すように六員環のシートが少しずつずれながらA層、B層、A層、B層...というように、積層していった構造である。単位胞内の4つの炭素原子は、面内の三つの原子と結合しているものが二つ、さらに上下の炭素とも結合しているものが二つある。それぞれ、Fig.[F_stereo_graphite](b)の模式図で示した
O1、
O2である。光電子パターンは4つの原子からの寄与の和となる。
Fig.[F_stereo_graphite](a)のgraphiteからの光電子パターンは光エネルギーは800 eV、光電子の運動エネルギーは510 eVに設定して測定したものである。2種の六員環が現れている。外側の六員環が手前の層の、内側の六員環が奥の層の炭素原子に対応する[rfMatsui04]。
B-doped diamond
Diamondの立体写真撮影にも成功した[rfKato]。B-doped diamondは極低温で超伝導を発現することが極最近発見された話題の材料である。ボロンのボロンドープサイトの決定はその超伝導発現機構を解明する上で鍵となる。数%の濃度のボロンのサイトを検出することができた。ボロンのパターンはCのそれとほぼ同じで置換型であることが実証された。さらに強度の解析から(111)表面のCVD成長においてボロンが片方のサイトに優先的に取り込まれていくことを示唆するデータを得た。
この手法で見えるもの
「原子立体写真法」は表面におけるナノ構造体の三次元原子構造を直接観察できる手法である。この立体写真法で見える構造は、分析器で選んだ特定の原子の周りの構造である。光電子のエネルギーで原子を特定するので、見たい原子の内殻準位のエネルギーが、他の原子と異なっている必要がある。一般に、原子の種類が違えば内殻準位のエネルギーは異なるので、エネルギー選別によって原子を特定することができる。また、光電子を利用しているので同じ原子でも環境の違う原子は内殻準位の微妙なシフトを利用して区別することができる。
不純物原子の局所構造が母体結晶の対称性を反映して配向している場合、数%の濃度でも十分感度があり適応可能である。
光電子には沢山の情報が詰まっている。この手法では各原子種のPIADから原子配置の「立体写真」を得るが、基本的にPIADには原子軌道やスピンといった電子のすべての情報が反映されているので、単に構造解析手段にとどまらない高い潜在性がある。立体写真に現れる隣接原子による前方散乱ピークの位置シフトは原子間距離に反比例し光電子の角運動量に比例する。この位置シフトの測定から内殻だけではなく、励起原子の価電子の軌道角運動量を割り出すこともできる。今後、磁性表面や軌道整列物質の表面、吸着分子などへの適応を予定している。
光電子回折とホログラフィー
「円偏光2D-PES」では光の偏光の正負が光電子放出の方位の回転と強度の非対称性を引き起こすことを積極に利用して原子・電子構造を探る手法である。特にFFPの二色性を利用する「原子立体写真法」は、計算による変換なしで原子回りの三次元構造を直視することができる。内殻準位のエネルギー差や化学シフトを利用することで特定の原子回りの構造解析が可能になる。
光電子の運動エネルギーが低い数100 eVの領域では多重散乱が支配的であり、FFPの周りに回折によるリング状のパターンが現れる。FFPの観測には、1 keV近くの高エネルギーの領域が有利である。他方、FFPの回転は低エネルギーのほうが大きい。したがって立体写真の撮影には光電子の運動エネルギーを600 eV前後に設定するとよい。実際には遠くの原子に由来する前方散乱ピークの場所には手前の原子による回折パターンが重なり、強度や形状がゆがめられることがある。測定では光エネルギーをいくつか変え、干渉の影響の少ないところを確かめて行った。
回折パターンにも原子間距離の情報が含まれている。これを解析して原子配列構造を導く方法が「光電子回折」である[rfKohno]。モデルを仮定して計算したパターンと測定したパターンを比較して構造を求める。モデルを仮定せずに直接Fourier変換して三次元原子配列構造を求める手法が「光電子ホログラフィー」である[rfDaimonHolo]。FFPが強いために単純なFourier変換では上手くいかずに種々の方法が提案されてきた。最近、Omoriらが「差分ホログラフィー」という前方散乱を取り除く手法を提案し、精度が向上した。
他方、PIADの前方散乱をも含んだ計算法が共同研究者の松下智裕氏によって開発され、近接原子については数10 pmの精度で原子構造を再現することができるようになった[rfMatsushita,rfMatsushita04,rfMatsushita05]。この計算法は、Fourier変換とは異なる「散乱パターン行列」と最大エントロピー法を用いるもので、原子の初期配列が不要、単一エネルギーのホログラムでも原子位置を求めることが可能、という特徴を持つ。DIANAによる

steradianのPIADデータからCuやSiの結晶構造を再現することに成功している。
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最終更新:2008年05月11日 23:48