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赤より紅い鬼神/無様を晒せ (中編)

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赤より紅い鬼神/無様を晒せ (中編) ◆guAWf4RW62


「カリバーン―――――!」

先手を取ったのは、強力無比な遠距離攻撃を有す乙女だった。
乙女は聖剣に赤い瘴気を集約させて、再び滅びの閃光を撃ち放つ。
先と同じく凄まじい破壊が巻き起こされるかのように思えたが、今はユメイがいる。

「やらせない…………っ!」

ユメイは青白い蝶々を壁のように展開して、カリバーンの砲撃に対抗する。
オハシラサマであるユメイが生成する蝶々には、一羽一羽に強力な霊力が籠められている。
勿論、その程度ではカリバーンの一撃を完全には防ぎ切れない。
完全には防ぎ切れないが――その威力、速度を大きく減衰させる事には成功した。
九郎達はバラバラに飛び退いて、勢いが緩まったカリバーンの閃光を回避する。

「バルザイの……偃月刀!」

九郎は偃月刀に魔力を送り込んで、そのまま勢い良く投擲した。
偃月刀はブーメランのように回転しつつ、乙女に向けて宙を突き進む。
乙女は先の経験から剣で受け止めようとはせずに、空中へと跳躍して逃れた。
しかし一度避けられてからが、投擲武器として用いられた際の偃月刀の真骨頂。

「まだまだ、此処からだ! 切り裂けェ!」

偃月刀は空中で進行方向を百八十度回転させて、乙女の背中へと襲い掛かる。
乙女は地面に屈み込む事で何とか逃れたが、その隙を狙って尾花が大地を疾走した。
尾花は乙女の背後から跳躍して、無防備な右肩へと噛み付いた。
更にそれより少し遅れたタイミングで、偃月刀を回収した九郎が斬り掛かる。
乙女は避けねばダメージを被ると分かっていても、カリバーンで受け止めるしか無かった。

「ハァァァァアア…………ッ」

激しい鍔迫り合い。
九郎は両腕に力を籠めて、そのまま一気に押し切ろうとする。
最初の投擲攻撃からこの瞬間まで、まだ五秒程しか経っていない。
正しく息をも吐かせぬ連続攻撃。
だが――その猛攻を前にしても、鬼と化した少女は尚最強だった。

「な、にっ……くあああ……!」

九郎の表情が驚愕に歪む。
乙女は両腕を焼かれながらも、人間離れした力で九郎を強引に押し飛ばした。
間髪置かずに自身の右肩へと手を伸ばし、噛み付いていた尾花を無理やり引き剥がす。
そのまま尾花の身体を地面へと投げ付けて、一撃で意識を刈り取った。

「狐……! クソ、これだけやっても未だ足りねえってのかよ!?」

乙女が誇る余りにも圧倒的な実力に、九郎が苦々しげに表情を歪める。
だが、そんな九郎の声を否定する男が一人。

「――いいや、十分だ」
「……え?」

告げる男の名は、虎太郎。
九郎が視線を向けた時にはもう、虎太郎は乙女の真横で拳を振りかぶっていた。

「行くぞ! 八咫雷天流――」

仲間達が作ってくれた好機、絶対に無駄にはしない。
虎太郎は右腕を石妖の力で硬化させて、弓のように後方へと引き絞る。
それと同時に踏み込んで、電光石火の勢いで間合いを詰める。


「――白狼(はくろう)!」


瞬間、虎太郎の拳は稲妻と化した。
八咫雷天流の中でも最速の一撃が、一直線に打ち放たれる――!



紫電の如き一撃を横から撃ち込まれては、如何な乙女でも避け切れない。
振り下ろされた稲妻は、乙女の腹部へと直撃していた。
たたらを踏んで乙女が後退するが、尚も虎太郎は追撃の手を緩めない。

「白狼、白狼、白狼――――!」

殴る、殴る、殴る……!
一撃では倒れぬ乙女の身体に、次々と白狼が叩き込まれる。
裂帛の気合いで繰り出される石の拳は、確実に乙女の身体を破壊してゆく。
皮膚を裂き、骨を粉砕して、真っ赤な鮮血を撒き散らす。


「グ、ガ、ハッ…………」

このままでは、鬼の耐久力を以ってしても耐え切れない。
乙女は残された力を振り絞って、苦し紛れに横に飛び退こうとした。
だがそんな乙女の逃亡を、この男は――加藤虎太郎は、決して許さない。


「逃がすか悪鬼! これで、終わりだ――――!!!」


逃げようとする乙女の心臓に向けて、一際強い力の籠った白狼が打ち込まれる。
とうとう乙女は耐え切れなくなって、思い切り後方へと弾き飛ばされた。
地面の上を激しく回転しながら転がって行き、進路にある木へと激突した。

普通ならば、これで完全に決着は付いた。
虎太郎が打ち込んだ攻撃は、並の相手なら十度殺して余りある。

だと云うのに――乙女は、よろよろと身体を起こそうとしていた。
最早冗談としか思えぬその生命力に、九郎は苦笑いを浮かべる事しか出来なかった。

「ハ、ハハハ……。不死身かよ、アイツは……」
「ああ、全く嫌になってくるな。しかし、どうやら勝負は見えたようだぞ」

虎太郎の言葉は、仲間を勇気付ける為の虚言などでは無い。
起き上がろうとする乙女の動作は、これまでに比べて余りにも緩慢。
それも当然だろう。
白狼を撃たれた箇所の骨には大きく罅が刻み込まれ、心臓に至っては停止寸前の状態に陥ってしまっている。
そんな状態では、虎太郎達の猛攻を凌ぐ事など到底不可能に違い無い。
故に虎太郎達は、このまま勝負を制す事が出来る筈だった。
その、筈だったのだ。


――乙女の足元に、あるモノさえ転がっていなければ。


「……待って! 皆さん、あそこを見て下さい!」

最初に気付いたのは、ユメイだった。
ユメイが指差す先、乙女の足元付近の地面に白い何かが倒れ伏せている。
それは先程、乙女の一撃によって意識を奪われた尾花だった。
乙女は尾花の身体を掴むと同時、赤い瞳を今までよりも更に強く輝かせた。
鬼と化した少女の口元に、近付けられて行く白狐の身体。

「ま、まさか――」

沸き上がった嫌な予感に、九郎が震える声を洩らす。
そんな彼の予感を、最悪の形で肯定するかのように。
乙女は口を大きく開けて、新たなる捕食を開始しようとしていた。

「やめろおおおおぉぉぉぉぉぉぉっ!」

九郎はバルザイの偃月刀を投擲すべく、魔力を宝石から引き出した。
しかしその行動は、最早完全に手遅れ。
鬼と化した乙女の顎の力は、人間だった頃の比は無い。
乙女は只の一噛みで尾花の腹部を噛み砕いて、その中身の一気に飲み込んだ。
そのまま二度、三度。
ほんの数回乙女が噛み付いただけで、小狐の身体は大半が喰い尽くされてしまった。

「あ、ああああぁぁ…………」

ユメイはこの中で唯一、尾花の事を知っている。
故に、絶望の声を零す。
その声に籠められた感情は二つ。
一つは、自分達と共に戦ってくれ、桂も良く知っている子狐が死んでしまった事への哀しみ。
そしてもう一つの感情は、絶望だった。



「――やっと、満たされた」



草原に濃厚な瘴気が立ち込めて、草木がざわざわと耳障りな音を奏でている。
紡がれた声と共に、空気がビリビリと震動した。
声の主は、鮮血に塗れた口元を凄惨に吊り上げる鉄乙女だった。
尾花を丸ごと食らった事で、怪我もあらかた回復してしまったのか。
乙女の姿には、先程までのダメージは一切見受けられない。
寧ろ戦いを始めたばかりの頃よりも、明らかに威圧感を増していた。

「……畜生!」

出会ったばかりとは云え、共闘者の死に九郎が悔しげに奥歯を噛み締める。
九郎が睨み付ける先には、尾花を殺した張本人である乙女の姿。
乙女の周囲には、赤色の濃厚な霧が纏わり付いている。
魔術師である九郎には、霧の正体を容易に理解する事が出来た。
アレは、『力』だ。
人の身には収め切れない圧倒的な赤い『力』が、乙女の身体から溢れ出しているのだ。

「こ、こんな…………」

覚悟を決めた筈のユメイが、本人の意思とは無関係に一歩後ろへと後ずさる。
本能が、オハシラサマとしての直感が、今すぐ此処から逃げ出せと訴えている。
それ程に、今の乙女から感じ取れる重圧は強大だった。
ユメイ達が圧倒される中、鬼の声は何処までも愉しげに紡がれる。

「フフフ、アハハハハハ…………! 満たされた、満たされたぞ…………!」

常に身を苛んでいた空腹感から解放された乙女は、狂ったかのように嗤う。
否、実際彼女は完全に狂ってしまっているだろう。
嘗て正義を志した筈の少女は致命的に歪み、人間としての誇りも尊厳も最早全く持ち合わせていない。
代わりに手に入れたのは、全てを押し潰せる程の強大な力。

邪悪に染まり切った今の乙女では、尾花本来の能力である『言霊』の力は使えない。
しかし『言霊』が使えずとも、濃厚な血は乙女の力を文字通り鬼神の域にまで高めていた。
すっと、乙女の左腕が九郎達の方へと向けられる。
乙女を覆う霧が一際輝きを増した次の瞬間、バレーボール状の赤い物体が九郎へと襲い掛かった。

「くぅ――――」

九郎は地面へと転がり込む事で、何とか迫る驚異から逃れていた。
赤の魔弾は背後にあった木の幹に直撃し、深々とした穴を刻み込む。
乙女が放った球体は、異常なまでに高まった鬼の力が籠められたモノ。
生身の人間が直撃を受ければ良くて重傷、当たり所が悪ければ即死だろう。
乙女が第二の魔弾で九郎を追い打とうとするが、それよりも早く疾走を開始する一つの影。

「これ以上好きにやらせるか――白狼!」

虎太郎は傷付いた身体を奮い立たせ、未だ無事な右腕一本を頼りに乙女へと殴り掛かる。
放たれた白狼は稲妻の如き速度で、乙女の左肩へと確かに直撃した。
だが鬼神と化した今の乙女に、威力が制限された拳撃など通じない。
乙女は平然としたまま虎太郎の腕を掴み取って、片手でカリバーンを振り上げた。

「させないっ!」

青い風が吹き荒れる。
窮地にある虎太郎を守るべく、ユメイが青白い蝶々を可能な限りの数だけ生成した。
大量の霊力を消費して生み出された蝶々は、数にして三十以上。
宙を舞う蝶々達は乙女の身体に纏わり付いて、その動きを拘束しようとする。
瞬間、乙女の身体から濃厚な赤い霧が噴出した。

「フッ……数が多いだけで力は弱い」

乙女がそう呟くと同時、赤い霧が濃度を増して、蝶々の一羽一羽を包み込んだ。
弾けるような電光と共に、蝶々が一羽残らず焼き尽くされていく。
ユメイの蝶々を打ち破った乙女は、虎太郎の拳を押さえたまま視線を横に向ける。
そこでは九郎が大きく腕を振りかぶって、バルザイの偃月刀を投擲しようとしていた。


「当ったれ――――!」
「ハア……ッ!」

十分な魔力の籠った偃月刀が、九郎の手元から投げ放たれる。
それと同時に虎太郎も足を振り上げて、乙女の脇腹を膝で打ち抜かんとする。

そんな二方向からの同時攻撃にも、乙女は全く動揺したりしない。
虎太郎の膝は躱す必要など無いと云わんばかりに、甘んじて受け入れた。
そして不規則な軌道で飛来する偃月刀は、正確にカリバーンで弾き飛ばす。
結果として、九郎と虎太郎の連続攻撃は何の戦果すらも挙げられなかった。
敵の攻撃をあらかた打ち破った乙女は、懐に居る虎太郎を赤い瞳で一瞥する。


「――死ね」


その言葉と共に、カリバーンが絶望的な速度で突き出される。
拳を掴まれている虎太郎が避けるには、余りにも鋭過ぎる攻撃だった。
ズブリ、という音。
虎太郎は、異物が身体内部まで侵入する音を正確に耳にした。

「が、ぐぁああああ…………!」

カリバーンの刃は、無慈悲にも虎太郎の脇腹を深々と貫いていた。
乙女は刀身を引き抜くと同時、強烈極まりない回し蹴りで虎太郎を弾き飛ばす。
虎太郎は優に十メートル以上も吹き飛ばされて、そのまま地面に転倒した。
大きく一度虎太郎が咳き込むと、その口元から真っ赤な血が噴き出した。

凄惨に食い荒らされた狐の亡骸。
打ち倒されてしまった仲間の姿。
それは、九郎の怒りを引き出すのに十分過ぎるもの。

「……テメエ、よくもおっちゃんを!」

回収したバルザイの偃月刀を手に、九郎が乙女へと斬り掛かる。
一つ目の宝石の魔力は使い尽くしてしまった。
故に新たなる宝石を取り出して、そこから魔力を偃月刀へと送り込んだ。
燃え盛る灼熱の刃は、鬼神と化した乙女相手であろうとも有効だろう。

横凪ぎに一閃、斜めに一振り。
篭手、刺突、袈裟切り、唐竹割り――。
歴戦の経験の、そして煮えたぎる憤怒のお陰か。
今の九郎の連撃は、鬼切り役もかくやという程の鋭さに達していた。
しかしそれすらも、乙女は身のこなし一つで正確に躱してゆく。

「ク、クソッ…………!」

歯軋りしながら偃月刀を振り回すも、無駄、無意味。
度重なる空振りによって、九郎は徐々に態勢を崩してゆく。
そこで乙女が初めてカリバーンを振りかぶって、反撃の剣戟を繰り出した。
九郎は咄嗟に偃月刀で防御したが、やはり衝撃を抑え切れずに身体ごと弾き飛ばされた。

「が……ごほっ――――」

九郎は地面へと降り立つ瞬間、重心を前に傾けて両足を踏ん張らせる事で、転倒だけは免れた。
しかし防御越しとは云え、交通事故のような衝撃を食らった所為で、思わず咳き込んでしまう。
それでも何とか視線を上げると、前方には掠り傷一つ負っていない乙女の姿があった。


「ふふ、ふふふふ……。見てくれレオ、私はとうとう最強の力を手に入れたぞ……。
 私こそが弱者を喰らい、糧とする強者なんだ」

想像を絶する空腹から解放された事で、僅かながら記憶と思考能力が戻ったのか。
乙女は以前よりも、幾分か饒舌になっていた。
自身の腹部を愛おしげに撫でながら、恍惚とした声を上げる。
赤い瘴気を纏ったその姿、血塗れの笑みを浮かべたその顔は、明らかに異常。
間違い無く狂っている。
狂っているが、この場に於いて彼女が最強である事も、紛れも無い事実だった。

九郎とユメイは少なからず消耗し、虎太郎に至っては常人なら即死しかねない程の傷を負っている。
対する乙女は、未だ呼吸一つ乱してはいないのだ。
彼我の戦力差は、考えるまでも無く明らかだろう。

「虎太郎さん、しっかりして下さい!」
「ぐ、ぅ……ああ……悪いな……」

虎太郎が腹部から大量の血を流しながら、ユメイの肩を借りて立ち上がろうとする。
何とかその目論見は成功したものの、身体を支える足は震えている。
ユメイから手を離した瞬間、虎太郎は再び地面へと崩れ落ちた。

「こ、虎太郎さん……っ」
「が、ぐっ……。まだ、だ……っ」

それでも虎太郎は諦めずに、再びその身を起き上がらせようとする。
負けて堪るものか、と身体に無理やり喝を入れる。
負けられない。
他の誰かに負けるのは良いが、この怪物にだけは負けられない。
この鬼は、子供達の命を無残にも奪い尽くしたのだ。
ならばどれだけ身体が傷付いていようとも、此処で膝を屈する訳には行かない。


「俺は……負けられ、ない……。こんな所で倒れている訳には……行かないんだよ……!」

虎太郎は腹部を血で真っ赤に染めつつも、膝に力を籠めた。
しかし現実は無情で、踏み止まれずに再び地面へと倒れ込んでしまう。
乙女はそんな虎太郎の姿を眺めながら、見下した声で一言呟いた。

「フフ……無様だな」

鬼神と化した乙女から見れば、今の虎太郎は弱者そのもの。
自分のような強者の糧にしか成れない、哀れな獲物に過ぎない。
獲物風情が足掻こうとしている姿は、滑稽で下らないものにしか見えなかった。
故に乙女は、虎太郎を無様だと断定する。
しかしその乙女の言動に対して、真っ向から反対意見を突き付ける男が一人。


「……無様で、良いじゃねえか」

呟く声は、九郎の喉奥から漏れ出たものだった。
何度も地面に倒れ込む虎太郎の姿は、確かに無様かも知れない。
見苦しいかも知れない。
だが、それがどうした。

「力に呑まれて鬼に成り下がったお前に、何が分かるってんだ?
 必死に頑張ろうとする事の尊さが、分かるってのか!?」

無様だって、見苦しくたって、一向に構わない。
鉄の意志を以って、自分に為せる最善を尽くそうと努力する。
その姿こそが真に美しいモノ、真に誇るべきモノ。
そう信じているからこそ、大十字九郎は声を大にして思い切り叫ぶ。


「――どんなに無様だって! 自分の意思を貫き通せたら、それは誇るべき事なんだよ!
 無様も晒せない負け犬が、一丁前に吠えてんじゃねえ!」

虎太郎はあれ程の重傷を負っても尚、自分自身の意思を貫こうとしているのだ。
そんな虎太郎の姿勢を貶す事は、決して容認する訳には行かない。
お前こそが負け犬なのだと断言して、九郎は鬼神の眼前に立つ。

その言葉が、狂ってしまった乙女に何処まで伝わったかは分からない。
しかし九郎の言葉は、確かに乙女の心へと波紋を齎していた。


「…………」

乙女は二度、三度と大きく跳躍して、九郎達から優に三十メートル以上は間合いを取った。
続けてカリバーンを握り締めて、赤い瘴気を集約させ始める。
自分の事を負け犬と断定した九郎が、余程気に入らないのか。
乙女の表情には、今までのような狂った笑みは浮かんでいない。
寧ろ怒りの色が、濃く表れていた。

震動する大地、吹き荒れる暴風。
それらはまるで、鬼神の怒りを代弁しているかのようだった。
刀身を覆う瘴気は、先程カリバーンを放った時の数倍以上となっている。
ならば、巻き起こされる破壊も数倍の規模になるだろう。


「けっ……遂に本気って訳かよ…………!」

そう吐き捨てて偃月刀を構えた九郎だったが、その内心は焦りを隠し切れぬものだった。
後ろでは今も虎太郎が倒れ伏せている以上、回避は不可能。
乙女が放つカリバーンは、確実に広範囲を吹き飛ばすだろう。
虎太郎を抱き抱えた状態では到底避け切れないし、見捨てるという選択肢も有り得ない。

故に、自分達がこの窮地を逃れる為には。
正面から、カリバーンの一閃を打ち破るしか無い。
だが、一体どうすれば良いと云うのだ。
あんな天災じみた一撃に、どうやって対抗すれば――


「大丈夫、九郎さん。わたしが反撃の機会を作ります」
「え……?」


九郎が振り向いた先には、覚悟を決めた表情のユメイ。
否応無しに破壊を予感させる、地響きの中。
ユメイは決して揺らぐ事無く、静かな声で話を続けてゆく。

「あの剣から放たれる攻撃は、わたしがきっと防いでみせます。
 ですから九郎さんは、あの鬼を討つ事だけを考えて下さい」
「防ぐ、だって?」

ユメイの言葉を、九郎は直ぐに信用する事が出来なかった。
今から乙女が撃ち放とうとしているのは、滅びを齎す破壊の光だ。
例え自分がマギウス化していても、防げるかどうか分からない一撃。
そんなモノを相手に、ユメイが有効打を打てるとは思えない。

「そうは云ってもよ……、一体何をするつもりなんだ?」
「残念ですけど、詳しく話している時間はありません。
 お願いです、九郎さん。わたしを信じて下さい」

九郎の視線とユメイの視線が、真っ直ぐに交錯する。
ユメイの瞳には、確かな自信の色が浮かび上がっている。
それで、九郎も迷いを振り払った。

そうだ――こんな時だからこそ、仲間を信頼しなくてどうする。
考えている暇は無い。
今はただユメイの言葉を信じて、自分は自らに課せられた役目を果たすのみ。

「分かった。俺はユメイさんを信じるよ」

そうして九郎はバルザイの偃月刀を構えた。
乙女との距離は、現在三十メートル以上も離れてしまっている。
此処から狙えるのは偃月刀による投擲攻撃くらいだが、そんなモノ当たりはしないだろう。
故に勝機を見出すのなら、懐へと飛び込むしか無い。

既に乙女の周りには、夥しい量の瘴気が収束しつつある。
それでも九郎は決して臆さずに、自ら赤い太陽に向けて疾駆した。
そんな九郎に向けて、乙女の左腕から迎撃の魔弾が放たれる。

「はっ…………!」

九郎は全力で横に飛び退いて、薄皮一枚で魔弾を躱していた。
直ぐに地面へと着地して、再び前進を開始する。
二発目、三発目に放たれた魔弾も、同じようにして空転させた。

「っ―――――」

乙女との距離は、残り二十メートル。
前へ、前へ、駆ける。
牽制に放たれる魔弾も、直撃を受ければ十分に致命傷と成り得る代物。
だけど後退だけは、絶対にしない。
ユメイが何を考えているかは分からないが、彼女は反撃の機会を作ると云ったのだ。
ならば自分がやるべき事は、その瞬間に備えて間合いを詰める事のみ。


「もう少しだ……!」

乙女との距離は、残り十メートル。
後ほんの数歩詰め寄れば、バルザイの偃月刀を直接叩き込める。
ほんの数秒走るだけで、僅かな希望が生まれる筈。

しかしそこで、ダンと一歩、乙女の足が前方へと踏み出された。
真紅の瘴気を纏った聖剣が、鬼神の咆哮と共に振り下ろされる。

「カリバーン―――――!!」
「…………ッ」

近距離から放たれるのは、紛う事無き破壊の奔流。
進路にあるモノ全てを消滅させる、絶望の光。
この距離では、何をやっても避けられる筈が無い。
大十字九郎は為す術も無く消滅する。
そう――九郎の下に走り込んだ、ユメイの存在さえ無ければ。



「九郎さん……、この鞘を……!」

乙女がカリバーンを解放したのと、ほぼ同じタイミングで。
駆け付けたユメイの手には、エクスカリバーの鞘。
九郎は訳も分からないまま、ユメイの言葉に従って鞘へと手を伸ばす。

実際に霊力を流し込んで使用したユメイだからこそ、この鞘の使い方を理解出来た。

この鞘に秘められた真の力は、絶対無敵の守り。
外界の汚れを寄せ付けない妖精郷の壁。
故に、その鞘の名は。


「アヴァロン(全て遠き理想郷)―――――!」


ユメイの叫びと共に鞘は四散して、最強の結界と化した。
結界はユメイと九郎を覆い、カリバーンの光を悉く弾き返す。

どんな攻撃、どんな怪物でも貫けない。
ユメイの決意は護りの壁となって、あらゆる攻撃を遮断する……!



徐々に勢いを緩め、濃度を薄めてゆく破壊の光。
閃光が完全に途絶えた瞬間、ここぞとばかりにユメイが叫んだ。

「九郎さん、今です!」
「ああ、分かってる!」

カリバーンの光から逃れた九郎は、直ぐに疾走を再開した。
向かう先には、大技を放った直後で隙だらけとなっている鬼神。
既に偃月刀への魔力注入は完了している。

「はっ…………!」

九郎は乙女が剣を構えるよりも早く、全力で灼熱の刃を振るった。
だが、それでも受け止められた。
状況の不利など関係無いと云わんばかりに。
敵は九郎の倍に値する速度で動き、初動の遅れを無効化していた。

「は、あ――――――!」

もう一度振るったものの、やはり防がれる剣戟。
灼熱の刃と化している偃月刀を、敵は腕を焼かれながらも防いだ。
鍔迫り合いの形で、九郎は乙女と顔を突き合わせる。

「く…………おぉぉぉっ…………」

強い、と思う。
この鬼神はあれだけの大技を放った直後にも関わらず、こちらの攻撃を凌いでいる。
それは異能の力だけに頼り切っている者なら、到底不可能な芸当。
人間だった頃は恐らく、優れた剣の使い手か何かだったのでは無いだろうか。

鍔迫り合いの態勢のまま、経過する事数秒。
二人の均衡は長く続かずに、九郎は後ろに押し飛ばされた。

「ぐ…………あ…………」

届かない。
マギウススタイルに成れない大十字九郎では、隙を付いてもあの鬼神には及ばない。
九郎は絶望が胸に沸き上がるのを感じながら、大地を後ずさってゆく。
しかしそこで、背中から何者かに受け止められた。

「……おっちゃん!?」

振り向いた先に居たのは、倒れていた筈の虎太郎だった。
虎太郎の顔面からは血色が抜け落ちて、土気色となりつつある。
その顔色だけでも、これ以上動き回れば命を落としかねないと分かる。
だと云うのに――虎太郎は何の躊躇も無く云った。

「制限された俺の拳では、あの鬼を殺し切れん。だからお前の力が必要だ」

その言葉と共に、虎太郎の右手が偃月刀へと伸ばされる。
それは、自分も未だ戦うという意志表示に他ならない。

「馬鹿、無茶しやがって……」
「それはお互い様だろ? あんな悪鬼と戦う時点で十分無茶だ」
「……ははっ、そうだな。違いねえ……!」

短く言葉を交わした後、九郎は再び前へと駆け出した。
九郎は左手で、虎太郎は右手で刀を握り締めながら、肩を並べて疾走する。

虎太郎が白狼を何度打ち込んでも、乙女は倒せなかった。
九郎がバルザイの偃月刀を何度振るっても、乙女の身体を捉えられなかった。
制限された白狼では威力が足りず、九郎が振るう偃月刀では速度が足りない。

だが、それがどうした。
狂気に飲まれた鬼と違って、九郎達には仲間が居る。
絆がある。
足りない部分があるのならば、互いに補い合えば良いだけの事……!


「ついて来れるか、九郎!」
「応よ! 行っくぞぉぉぉ!」

偃月刀を握り締める二人の手に、より一層強い力が加えられる。
二人は全く同じタイミングで、乙女を射程内へと捉えた。


「――刃よ! 今こそ魔を断つ剣と成れ!」

九郎が宝石に籠められた魔力を、可能な限りバルザイの偃月刀へと注ぎ込む。
バルザイの偃月刀は炎を纏い、邪悪を討つ正義の刃と化した。


「八咫、雷天流――」

虎太郎が右腕を弓のように後方へと引き絞る。
踏み込みを迅速に、拳の振りを疾風のように、拳の握りは鋼鉄のように。


白狼の神速を乗せて、偃月刀による斬撃を撃ち放つ。
二人分の力と意思が籠められた、正に全身全霊の一撃。
それは――




「「白狼のッッ!!! 偃月刀ォォォォォォォォォォォォ―――――!!!!!」」



響き渡る二人の咆哮と共に、偃月刀の刃が振るわれる。
勝利を確信したのは鬼神か、それとも九郎達だったのか。

成程、繰り出された一撃は、九郎単独で行う剣戟に比べればずっと速い。
しかし二人掛かりという無茶な方法で放たれた以上、白狼本来の速度よりは劣る。
鬼神の実力を以ってすれば、決して防ぎ切れぬ一撃では無い。
乙女は怪物じみた反応速度で、何とか偃月刀の刃を受け止めた。

「ぐぅぅうあぁ…………!」
「が……このっ…………」
「ガ、グ―――――」

魔術師、石妖、そして鬼。
三人が一進一退の鍔迫り合いを続ける。
現在の所競り合いは互角だったが、虎太郎の身体はとうに限界を超えている。
このまま押し合いが続けば、九郎達が破れてしまうのは当然の事。

だが、忘れてはならない。
九郎達にはもう一人、心強い仲間がいるという事を。
二人で足りぬのなら、三人で力を合わせれば良いだけの話……!

「皆さん、わたしも手伝います!」
「―――――!?」

今までより一層強まった圧力に、乙女の目が大きく見開かれる。
ユメイが九郎達に駆け寄って、バルザイの偃月刀を握り締めていた。

送り込まれる霊力、ますます輝きを増す赤刃。
三人掛かりで押し込まれては、いかな乙女と云えども防ぎ切る事は出来ない。
均衡は破れ、乙女のカリバーンは大地へと叩き落とされる。
その隙に、九郎達は天高く偃月刀を振り上げた。


「「「「切り裂けえええェェぇぇぇぇぇぇ!!!」 」」


縦一文字に振るわれる偃月刀。
灼熱の刃は敗北を告げるかのように、鬼神へと叩き付けられる――――!



「……ガアァァァァァアッ!」


今度こそ三人の振るった刄は乙女に届き、その右肩から胸に掛けてを深々と切り裂いた。
赤い血と赤い瘴気が傷口から噴出する。

それは普通ならば、否、人間ならば即死するであろう傷。
最早、乙女の死は定められた運命。

されど――その運命を覆してこそ最強の鬼……!

「く……オオオォォォ!」
「何!?」

九郎が驚愕に目を見開く。
乙女は胸から夥しい血を零しながらも、残された力を振り絞って回し蹴りを放った。
その一撃で九郎達が後方へと弾かれた隙に、乙女は足下のカリバーンを拾い上げる。

「――――カリバーン!」

力も殆ど集めずに、狙いすら付けないまま、カリバーンを近距離から撃ち放った。
このようなデタラメな撃ち方では、殺傷力は生まれない。
精々、目眩まし程度の閃光が発生するだけだ。
だが、それで十分。
乙女にとっては、撤退出来るだけの時間を稼げれば十分過ぎる。

「……逃げたか」

虎太郎が小さな声で呟く。
光が収まった時、乙女の姿はもう戦場から消え失せていた。


決意を固めた戦士達と、鬼神と化した少女の戦い。
凄まじい破壊を撒き散らした激闘は、双方痛み分けの形で幕を閉じた。


    ◇     ◇     ◇     ◇

156:赤より紅い鬼神/無様を晒せ (前編) 投下順 156:赤より紅い鬼神/無様を晒せ (後編)
時系列順
鉄乙女
大十字九郎
ユメイ
加藤虎太郎
山辺美希
玖我なつき
直枝理樹
源千華留
蘭堂りの

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