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赤より紅い鬼神/無様を晒せ (前編)

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赤より紅い鬼神/無様を晒せ (前編) ◆guAWf4RW62


天高く昇った太陽の下で、今も尚執り行われている殺人遊戯。
その舞台となっている孤島の一角に、古びた喫茶店が屹立している。
ユメイは意識を取り戻すや否や、再び蘭堂りのの足を治し始めていた。

「あっ、あの~……良いんですか? ユメイさん、未だ殆ど休んでないじゃないですか。
 ユメイさんが無理して倒れちゃったら、私悲しいです……」
「心配しないで、りのさん。わたしはもう平気だから」

りのを安心させるように微笑みながら、ユメイはエクスカリバーの鞘による治癒を続けてゆく。
過度の疲労で一度は倒れたユメイだったが、既にその顔色には十分な生気が戻っている。
エクスカリバーの鞘は制限さえ無ければ、明らかな致命傷ですらも治療し切る宝具。
ならばユメイの疲労が短時間で回復するのも、当然の事だった。

「どう、りのさん? 痛みは引いてきた?」
「あっ……はい。だいぶ楽になってきました」

あれだけ酷かった銃創も、既に傷口は塞がっている。
未だ激しく動き回るのは厳しいが、歩く程度なら大きな支障は無いだろう。

「だったら一安心ね。でも血で足が汚れてるし、背中も汗で濡れちゃってるわね……。
 傷が完全に治ったら、タオルで拭き取ってあげるわ」
「は、はうっ!? 拭き取るって、ユメイさんがやるんですか!?」
「ええ、そうよ。女の子なんだから、身だしなみはちゃんとしないとね」

ユメイの言葉に、りのが顔を真っ赤に紅潮させる。
身体をタオルで拭くという行為は、ある意味素肌と素肌の触れ合いにも等しい。
そのような好機を彼女が――聖ル・リム女学校生徒会長、源千華留が見逃す筈もない。

「あら、楽しそうな事をしようとしてるわね。でもりのちゃんの独り占めは駄目よ?
 私も混ぜて下さらないかしら」
「ええ、良いですよ。一緒にりのさんの身体を拭いて上げましょう」
「はわわわっ! ち、千華留さんまでー!」

千華留は愉しげな、ユメイは穏やかな笑みを浮かべ、りのも恥ずかしがりつつも何処か楽しそうだった。
それぞれが厳しい体験をした少女達だったが、誰一人として明るさを失ってはいない。
凄惨な殺人遊戯の中であるにも関わらず、独特の雰囲気を漂わせる三人。
そんな雰囲気を打ち破ったのは、三人の背後から聞こえて来た一声だった。

「皆、大変だ!」

叫ぶ声は、九郎との交信を試み続けていた直枝理樹のものだった。
理樹の手には、トランシーバーがしっかりと握り締められている。
事態を把握しかねた千華留が、疑問を解決すべく問い掛ける。

「大変って、一体何があったの?」
「九郎さんから連絡があったんだけど……。虎太郎先生が、例の怪人に襲われているみたいなんだ」
「な――――」

瞬間、千華留は心臓を鷲掴みにされたような感覚に襲われた。
それはユメイもりのも同じだろう。
三人共、怪人――鉄乙女と直接対峙した事は無いが、その恐ろしさは情報交換の際に聞かされていた。

聞いた話によれば、鉄乙女は皆が知り得る中でも最強の敵であるとの事。
千華留は焦る心を懸命に抑えながら、若干上ずった声で尋ねる。

「……それで、九郎さんはどうすると?」
「九郎さんは場所だけ云って直ぐに通信を切っちゃったから、分からないよ。
 でも……きっと、虎太郎先生を助けに行くつもりなんだと思う」

そう推測するのは、九郎の性格を考えれば余りにも容易だった。
あの正義感の強い男が、窮地にある仲間を放っておく筈が無いのだ。

「たたた、大変です! どうしましょう!?」

狼狽し切った声を上げるりの。
そんな彼女に逸早く答えたのは、覚悟を決めた一人の少年だった。

「……僕が一人で助けに行ってくるよ」
「そ、そんな! 理樹さん……無茶です!」
「無茶でも何でも、やらなくちゃいけないんだ。九郎さん達を見捨てる訳には行かないよ」

答える理樹の表情に迷いは無い。
強く生きると、正しき怒りを胸に戦うと誓った。
ならば此処で臆して九郎達を見捨てるなど、到底有り得ない話だった。
千華留は少しばかり思案した後、自分なりの考えを口にする。

「仲間だもの……私だって九郎さん達を助けたいわ。
 でも、助けに行くんだったら皆で行けば良いんじゃないかしら?」
「怪我しているりのさんを連れてはいけないよ。
 そして千華留さんやユメイさんまで来たら、りのさんを守れる人がいなくなる。だから、僕一人で行くのが最善なんだ」
「……なら、理樹さんよりも私が行くべきね。
 理樹さんもりのちゃんと同じで、未だ怪我が治り切ってないんでしょ?」
「それは……」

千華留の指摘は正しい。
理樹の腹部に刻まれた銃創は、未だ完治していない。
エクスカリバーの鞘による治療である程度は回復したものの、完調には程遠かった。

「ほら、図星でしょ? そんな身体で無茶しちゃいけないわ。だから此処は私が――」
「いいえ、わたしが行きます」

千華留は自分が救援に行くべきだとの主張を試みたが、それは途中で遮られた。
声がした方へ振り向くと、そこには凛とした表情のユメイが立っていた。

「九郎さん達の救援に一番適任なのは、わたしです。皆さんも知っての通り、わたしは特殊な力を使えますから」

敵は人外の存在である以上、それ相応の力を持つ者が救援に向かうべきなのは間違いない。
そしてユメイは霊力により、様々な技や魔具を用いる事が出来る。
更にエクスカリバーの鞘による治療も可能なのだから、ユメイ以上の適任者などこの場には存在しない。
しかし、千華留はユメイの提案を直ぐには受け入れず、確かめるように問い掛ける。

「きっと今回の戦いは、辛く厳しいものになるわ。もしかしたら、死んでしまうかも知れない。
 ……ユメイさんには、その覚悟があるの?」

千華留の脳裏に去来するのは、ユメイと出会った時の記憶。
怯え切っていたユメイの姿だ。
だからこその質問だったが、ユメイは躊躇わずに首を縦へと振った。

「ええ、大丈夫です。怯えているだけじゃ桂ちゃんは守れないから。
 もう絶対に、恐怖に屈したりしません」

語るユメイの顔には、怯えているだけだった頃の面影は欠片も見られない。
瞳には勇気が、言葉には揺ぎ無い意志が、宿っている。

「それに……桂ちゃんだけじゃない。わたしは皆を守りたいんです。仲間を死なせたくないんです。
 だからわたし――戦います」

その言葉は、ユメイの紛れも無い本心だった。
人を殺せば桂が哀しむし、何より自分自身だって人殺しなんてしたくない。
人を傷付けてしまった時の、あの押し潰されるような罪悪感はもう味わいたくない。

だけど、守る為になら戦えるから。
戦わずに後悔するだけなんて、もう絶対に嫌だから。
殺す為にでは無く、守る為に力を振るう。
それがユメイの――羽藤柚明の、新たなる決意だった。

その決意を前にしては、最早誰にもユメイを止める事など叶わない。
ユメイは理樹から九郎の居場所を聞き出して、早々に出発しようとする。

「ユメイさん、待って! 行くのなら――せめて、これを持っていってよ」

そう云って理樹が差し出したのは、バルザイの偃月刀。
魔力や霊力を持つ者でなければ、この武器の真価は引き出せない。
ならばこの場に残しておくよりも、死地に赴くユメイこそが持っていくべきだった。

「助かります。有難く使わせて貰いますね」
「絶対に……死なないでね」
「分かっています。桂ちゃんを生きて帰すまで、わたしは死ぬ訳にはいきませんから」
「うん……皆の事、頼んだよ」

その言葉に、ユメイは迷い無く頷いて、喫茶店から飛び出して行った。
そんな彼女の背中を見送りながら、理樹は一人小さな声を洩らす。

「僕は――――」

本当なら、自分が行きたかった。
正しき道を示してくれた九郎を、自分自身の手で救い出したかった。
だけど、それは不可能。
腹部を怪我している今の自分が向かった所で、九郎の足手纏いにしかならないだろう。
自分の我儘を押し通して、九郎や他の仲間達を危険に晒す訳には行かない。

だから理樹は私情を抑え込んで、唯只拳を握り締める。
自身の無力を呪いながら、九郎達の無事を祈りながら。
血が滲み出る程に、強く、強く。

    ◇     ◇     ◇     ◇

ユメイが喫茶店を発った頃から遡る事、数十分。
玖我なつきは拳銃型のエレメントを両手に握り締めながら、リゾートエリアの中を駆け抜けていた。
視線を横に向ければ、少女を右腕で抱き抱えたまま走る眼鏡の男の姿。
なつきはその男と安穏で無い関係だったが、今は互いに争っている場合などでは無い。
押し潰されるようなプレッシャーが、背後から迫りつつある。

そのプレッシャーの正体は、返り血で赤く塗れた制服姿の女子高生。
口元に張り付いた歪な笑み、爛々と輝く不気味な光を湛えた瞳。
呼吸をするかのような気軽さで他者を喰らい尽くす、異形の死神――鉄乙女だった。

「糞っ……なかなか引き離せないな」

なつきとて非日常の世界に生きる、HIMEの一人。
身体能力に関してはある程度自信があったものの、追跡者は正しく桁違いの怪物。
走力の差は火を見るより明らかだった。
故になつきは、自身が誇る拳銃型のエレメントで敵の足を止めようとする。

「このォッ!」

駆ける足は決して止めぬまま、後方の乙女に向けて銃を撃ち放つ。
高次物質化能力によって作り出されているエレメントには、弾切れなど存在しない。
間断無く矢継ぎ早に放たれる銃弾は、標的の前進を十分に止め得る筈だった。
敵が、只の人間ならば。

「……化け物が!」

眼前で繰り広げられた光景に、なつきが苛立たしげに舌打ちする。
乙女は銃弾の雨を刀――斬妖刀文壱で払い落しながら、一直線に突っ込んで来ていた。
なつきがその場を飛び退くよりも早く、乙女は刀の届く間合いに侵入する。
しかし文壱が振るわれる寸前、一条の稲妻が煌めいた。

「八咫雷天流、砕鬼(くだき)!」

横より駆け寄って来た眼鏡の男が、その勢いのままに左ストレートを繰り出す。
直撃を受けた乙女は吹き飛ばされ、背中から近くの木に激突した。
しかしこの程度の事で倒せる敵で無いのは、なつきも眼鏡の男も十分に理解している。
なつきと男が逃げ出した数秒後には、再び疾駆する乙女の姿があった。

「おい、大丈夫か?」
「あ、ああ……助かった」

男の声に答えながらも、なつきは驚嘆の念を禁じ得なかった。
男の右腕は、未だ制服姿の少女を抱いたまま。
この男は人間を抱き抱えながらも、先のような鋭い一撃を放ってみせたのだ。
その身体能力の凄まじさは、接近戦に特化したHIMEである美袋命すらも上回っている。
この男ならば、生身でもオーファンやチャイルドとやり合えるのでは無いか。

「お前、名前は? 何者だ?」
加藤虎太郎――ただのしがない、一教師だよ」

虎太郎と名乗った男が、不敵な笑みを口元に浮かび上がらせる。
なつきは後方へと牽制の銃撃を放ちながら、虎太郎は油断無く左拳を構えながら。
二人は肩を並べたまま、逃亡を続けようとする。
しかしそこで突然、なつき達の首輪が規則正しい電子音を打ち鳴らした。

『貴方は禁止エリアに侵入しました。後30秒後に爆破します』
「「……ッ!?」」

なつき達は逃げている内に、禁止エリアであるF6エリアへと侵入してしまっていたのだ。
思い起こされるのは、殺人遊戯の開幕時に首を吹き飛ばされた少年達の姿。
このまま進み続ければ、自分達も同じ末路を辿ってしまうのは確実。

「虎太郎先生、このままじゃ……!」
「分かってる!」

虎太郎は腕の中の少女――山辺美希に反応を返すと、直ぐに身体を反転させた。
なつきと共に大地を蹴って、元来た道へと引き返そうとする。
しかし後方に舞い戻るという事は即ち、自分達の方から追跡者に近付くという事。
三人が禁止エリアから逃れた時にはもう、目の前に乙女の姿があった。

「くぅ…………」

なつきが次々と銃を連射したが、やはり弾丸は一発の例外も無く斬り落とされる。
ならばと、虎太郎が大きく前に踏み込んだ。
その勢いを拳に乗せて、渾身の左ストレートを打ち放とうとする。

「吹き飛べ――砕鬼!」

しかし美希を右腕で抱いたままの状態で放つソレは、速度も威力も不十分。
加えて一度見せている技が、そう何度も通用したりはしない。
乙女が腰を横方へと捻らせた事で、拳は空を切り裂くに留まった。
続けてお返しだと云わんばかりに、乙女の刀が横凪ぎに一閃される。
虎太郎は石妖の力で左腕を硬化させて、迫る剣戟を何とか受け止めたが、所詮は苦し紛れの行動。
桁外れの衝撃力までは殺し切れずに、後方へと弾き飛ばされた。

「ぐ、がああああ!」
「きゃああっ……!」

虎太郎は背中から近くの民家に叩き付けられて、その拍子に美希も地面へと投げ出された。
それは乙女にとって、獲物を仕留める絶好の機会に他ならない。
乙女は標的を戦力的に一番劣るであろう美希に絞って、絶望的な速度で疾駆する。

「チィ!」

なつきが二度三度と、乙女の背中に向けて銃撃を敢行したものの、その行動は無意味。
乙女は天高くへと跳躍して銃弾から逃れながら、刀を大きく振りかぶった。

「あ、―――――」

標的にされた美希は、まるで蛇に睨まれた蛙であるかのように動けない。
ただ呆然としたまま、これで自分は死ぬのだ、とだけ理解した。
しかし、そんな結末を認めない少女が一人。

「させ、るか――――――!」

なつきは全速力で大地を疾駆して、美希へと飛び付いていた。
美希の身体を抱き抱えて、勢いのままに地面を転がる。
標的を失った乙女の剣戟は、大地を深く抉るに留まった。
しかし続け様に放たれた中段蹴りが、なつきの側頭部を直撃する。

「あぐっ…………!」

鈍器で殴られたような衝撃を受け、なつきは勢い良く地面に倒れ込む。
更に乙女は刀で追い討ちを仕掛けようとしたが、突然攻撃を中断してその場を飛び退いた。
次の瞬間には、それまで乙女が立っていた場所を、虎太郎の拳が蹂躙していた。
虎太郎の視線が、地面に倒れ伏すなつきへと向けられる。

「おい、立てるか?」
「ぐあ……うっ……」

なつきはなかなか立ち上がれない。
側頭部に衝撃を受けた所為で、脳震盪の状態に陥ってしまっていた。
なつきは云う事の効かない身体を動かそうとしながら、苦々しげに奥歯を噛み締める。

(私は……何をやっているんだ…………?)

先程身を呈してまで少女を助けようとしたのは、深い考えあっての行動では無かった。
目の前の少女を死なせたくないと思い、その感情に身を任せただけだ。
結果として手痛い一撃を被り、大きな被害を受けてしまった。
本当に、自分は一体何をやっているのだろうか。

(私は……私は――――)

殺し合いに乗っている訳でも無いのに、伊達スバルの命を奪い。
戦場跡で見付けた狐の治療に、貴重な時間を割いて。
挙句の果てには、見ず知らずの人間を救う為に、無用なダメージまで負ってしまった。
静留を見付ける事だけ考えて動くつもりだったのに、余分な行動が多過ぎる。
一体何がしたいのか、自分で自分が分からない。
自分は――

「何を悩んでいるのか知らないがな、今は考えていられる状況じゃないだろ?」
「…………っ!?」

何時の間にか考え込んでいたなつきは、虎太郎に手を引かれ、強引に立ち上がらされた。
虎太郎は乙女に向けて拳を構えながら、なつきへと語り掛ける。

「お前はその子――山辺を連れて逃げろ。あの怪物は、俺が何とかする」
「――え?」

それはなつきにとっては寝耳に水の話。
自分とこの男は少し前まで敵対関係で、今はより大きな脅威から逃れるべく休戦しているに過ぎない。
だと云うのに何故この男が、自分を逃がそうとしているのか、分からなかった。
それにこの男一人で怪物に対抗出来るとは、到底思えない。

「無茶だ! あんな怪物、一人で何とか出来る訳が無い!」
「いいや、一人じゃないみたいだぞ?」

虎太郎はそう答えて、自身の足元を指差した。
そこには白い体毛を総逆立てて、乙女の方に身構えている子狐――尾花の姿。

「そんな狐が一匹居たところで、どうにかなる敵じゃないだろう……。
 第一、何故私を逃がそうとしてくれるんだ? お前は私を信用していないんじゃないのか?」
「それは少し前までの話だ。お前は捨て身で山辺を助けた。
 その事実だけで、俺がお前を信頼するには十分だ」

虎太郎は一呼吸置いてから、続ける。

「それに生徒を――子供達を守るのが、俺の役目なんでね。
 あの怪物とは因縁もある。だから此処は俺に任せて、お前達は逃げろ」
「……分かった、その言葉に甘えよう。ほら、行くぞ!」
「……は、はい!」

そうしてなつきは、美希の手を引いて走り始めた。
脳震盪がまだ収まり切っていない所為で、駆ける速度は遅いが、それでも確実に怪人との距離が開いてゆく。
そこで、走り去るなつきの背中に声が投げ掛けられた。

「山辺を救おうとした時の気持ち、忘れるなよ。
 そうすれば、お前はきっと間違えないさ」

その言葉に、なつきは何を思ったのか。
なつきの瞳の揺らぎが、より一層激しくなった。
それでもなつきは足を決して止めずに、戦場から離れてゆく。
一方で、なつきに手を引かれている美希は、冷静に思案を巡らせていた。

(不味い事になったなぁ……)

恐らくは眼前の女もお人好しに分類される人間であり、自分の事を保護はしてくれるだろう。
しかし虎太郎程の強さや冷静さを持っているとは、到底思えない。
暫くはこの急造の『盾』で我慢するしかないが、ずっとこのままなのは不味い。
いずれもっと良い『盾』を見付けて、乗り換えなければ――


『お前のそんな考えの所為で、霧は死んだんだぞ』


瞬間、そんな声が心の何処かから聞こえて来た。

「…………ッ」

美希は拳を握り締めて、ともすれば溢れ出しそうな感情を噛み殺した。
そんなものは知らない、と必死に否定する。
何をしても生き残りたいと思った。
誰を犠牲にしてでも生き残ると決めたのだ。
親友まで死んでしまった今、躊躇う理由など何処にも無い筈だった。


心に大きな迷いを抱えたまま。
二人の少女達はただ走り続ける。



    ◇     ◇     ◇     ◇


なつき達が戦場から離れた後。
虎太郎は乙女を引き付けるべく、尾花を抱えて、なつき達とは反対の方向へと逃亡した。
そのまま駆け続ける事数十分。
完全になつき達の安全を確保出来たと判断し、草木の生い茂る草原で足を止めた。
身体の向きを百八十度転換させて、尾花を降ろし、背後より追跡して来た怪物――鉄乙女と対峙する。

「さて、と……」

正直、状況はかなり不利であると云えるだろう。
石妖の血を引く虎太郎は、肘から先を岩石の如き硬度に変化させられる。
その硬度を活かした拳撃こそが、虎太郎の最も得意とする攻撃方法である。
だが頼みの綱である硬化能力が、今は制限の所為で弱体化してしまっていた。
その一方で、敵が持つ刀――斬妖刀文壱の切れ味は落ちていないに違いない。

こちらの攻撃が当たっても、敵に大きなダメージを与えるのは難しい。
逆に敵の剣戟を食らってしまえば、それこそ一撃で致命傷になりかねない。
この戦いは、武器を持つ者と持たない者の戦い。
言い換えれば、狩る者と狩られる者の戦いなのだ。

「けどな。男には……教師には、退けない場面ってのがあるんだよ」

虎太郎は迷いの無い声でそう云うと、石と化した拳を構えた。
自身の不利を理解していても、絶対に退く訳には行かない。
自分が保護していた少女、佐倉霧は眼前の怪物に殺されてしまった。
エレンだって、この怪物に殺害された可能性が極めて高い。

目の前の怪物は、自分にとって忌むべき怨敵なのだ。
それにこの怪物を放置すれば、未だ見ぬ子供達までもが犠牲になってしまうだろう。
故に此処で、刺し違えてでも倒さなければならない。

虎太郎は捨て身の覚悟を以って、怪物との対決に移ろうとする。
しかしそこで、虎太郎の聴覚は誰かが駆け寄って来る音を聞き付けた。

「――おっちゃん!」

草々を踏み締めながら現れた男。
それは放送の少し前に別れた仲間、大十字九郎だった。
理樹の予想通り、九郎は虎太郎を助けるべく戦場に飛び込んだのだ。

「よお、九郎。無事で何よりだ」
「ああ、アンタもな。けど――問題はこれからだろ?」

そう云って、九郎は乙女の方へと視線を寄せた。
鬼と化した少女は、底冷えのする濁った瞳でこちらを睨み付けている。

「……あの女はもう、完全な鬼と化している。油断するなよ、九郎」

一緒に戦うつもりか、とは聞かなかった。
そんな事、聞くまでも無い。
短い付き合いだが、九郎が正義感の強い男である事くらいは理解している。
そんな九郎が自らこの場に現れた意図など、虎太郎の救援以外に有り得ないのだ。

「俺だって魔術師の端くれだ、そんな事くらい分かってるさ。
 大体こんな馬鹿デカイ殺気を叩き付けられたら、油断したくたって出来る訳が無いだろ?」

九郎は鞄から異様な長さの刀を取り出して、虎太郎も石と化した拳を握り締めた。
数多くの死地を潜り抜けて来た二人が肩を並べて、眼前の鬼を睨み付ける。
交錯する三つの視線。
歴戦の猛者達の殺気を一身に受け、乙女は凄惨に嗤った。

「ふふ……美味しそうな、獲物達だ」

乙女は愉しげな声でそう云うと、生物とは思えぬ速度で九郎達に向けて駆け出した。
それとほぼ同時に、九郎達も前方へと疾駆する。

先手を取ったのは九郎。
九郎が持つ刀――物干し竿は、通常の刀に倍する長さを誇る代物である。
乙女の斬妖刀文壱よりも更に長い。
先に敵を射程内へと捉えた九郎は、刀を振り下ろしたが、それは乙女の刀によって受け止められる。
金属の衝突音を響かせながら、お互いを刃先で押し合うが、腕力で劣る九郎が押し負ける事は明白。
だから、その事態を予見していた虎太郎は、間髪置かずに横から乙女へと殴り掛かった。

「ガッ…………!」

一発。
石の拳を脇腹に打ち込まれ、乙女が九郎から引き離される。
その隙を狙って、虎太郎はここぞと云わんばかりに足を踏み出した。

「喰らえ悪鬼――八咫雷天流、散華(はららばな)!」

散弾のような打撃が、鬼と化した少女の全身へと襲い掛かった。
その速度は最早連撃というレベルに留まらず、拳による面制圧と表現するのが相応しい。
しかしそんな猛攻に晒されて尚、乙女は悠然と刀を振り上げた。
その場から一歩も退かないままに、反撃の剣戟を繰り出してゆく。
衝突する剣と石の拳、連続して鳴り響く衝撃音。

「ぐ、うぅ、ぁ―――――」

虎太郎が苦痛に顔を歪め、じりじりと後ろへ後退する。
一撃一撃を打ち合う度に、石と化した筈の拳に痺れが奔っていた。
虎太郎の劣勢は明らか。
慌てて九郎も加勢しようとしたが、乙女は背後から振るわれる一閃を跳躍で回避した。
一瞬で頭上へと回り込んだ乙女に、九郎と虎太郎は反応し切れない。

「しまっ…………」
「く!?」

完全な無防備を晒している二人に向けて、乙女は全力で刀を振り下ろそうとする。
恐るべき膂力で振るわれる斬妖刀は、一撃で二人の命を破壊し尽くすだろう。
だが、そこで乙女の顔面へと吹き付ける純白の疾風。

「―――――ガッ!?」

小躯の子狐――尾花の突撃を受けて、乙女の剣戟は失敗に終わった。
乙女は着地と同時に尾花を両断しようとしたが、斬撃は命中しない。

尾花は流星のような身のこなしで刃を掻い潜って、爪による一撃を乙女の左脇腹へと叩き込んだ。
上空へと飛び上がり、更に乙女の右腕に一撃、右肩にもう一撃。
続けて乙女の頭部を蹴り飛ばして、九郎達を庇うような位置取りへと着地した。
尾花は白い体毛を総逆立たせて、全く怯む事無く鬼の少女と対峙する。

「助かった、けどよ……。コイツ、何モンだ?」

九郎が思わずそう呟いてしまうのも、仕方の無い事だろう。
奇襲じみた攻撃だったとは云え、こんな子狐があの屈強な鬼に一杯食わせたのは、俄かには信じ難い事態。
しかもあろう事かこの子狐は、足に包帯を巻いている状態で、それだけの事をやってのけたのだ。

――九郎達には知る由も無いが、尾花は嘗て鬼神とまで呼ばれていた、恐るべき存在だった。
今は大半の力が封印されてしまっているが、それでも只の人間よりは余程強い。

「考える必要なんて無いさ。この狐は味方で、あの怪物と戦えるだけの力を持っている。
 それだけ分かってれば十分だろ?」
「ああ……そうだな。今はあのバケモンを倒す事に集中しなきゃな……!」

虎太郎の言葉に頷きながら、九郎は再び刀を正中線に構えた。
尾花の正体について、今は知る必要など無い。
心強い味方が増えたという事実だけが、大切だった。

しかし異能の力を内に秘めているのは、尾花だけでは無い。
鬼とは、力のある者を食べれば食べる程、それだけ自身の能力を高めてゆく怪物。
嘗て乙女が英霊――アサシンを喰らったという事実を、決して忘れてはいけないのだ。

「あれは……?」

九郎の眼前で、乙女が斬妖刀文壱を鞄へと仕舞い込んで、代わりに一振りの西洋剣を取り出していた。
黄金色に輝く刀身は、こんな状況で無ければ見惚れてしまいかねない程に美しい。
それは、殺人遊戯の開始当初に対馬レオへと支給されて、今は乙女の所有物となっている黄金の剣。
嘗ての乙女ならば扱い切れぬ代物だったが、英霊を喰らった今なら別。
乙女の身体から赤い瘴気が立ち昇って、手元の剣へと吸い込まれてゆく。

「い、一体どうなってやがるんだ……!?」

得体の知れぬ恐怖に、九郎が小さく震える声を洩らした。
黄金の剣を眩い光が包んでゆき、悪寒が際限無く膨れ上がる。
発生した強い風に押され、九郎の身体がじりじりと後退してゆく。
そのまま経過する事数秒、九郎は唐突に叫んだ。

「不味い! 皆、避けるんだああぁぁぁっ!」

魔術師の端くれである九郎は、迫る危険を何とか察知する事が出来た。
仲間に退避を促してから、自身の全脚力を駆使して横へと飛び退く。
それとほぼ同時のタイミングで、鬼と化した少女が聖剣の真名を紡ぎ上げた。


「勝利すべき黄金の剣(カリバーン)――――――――!」


それは正しく、滅びの光そのものだった。
吹き荒れる烈風、煌めく閃光。
カリバーンから放たれた黄金の奔流は、進路にあるモノ全てを飲み尽してゆく。

辺りに生い茂る草や木が、秒にも満たぬ時間で焼き尽くされる。
そして、訪れる静寂。
光が止んだ後、カリバーンが向けられた先に残っているのは、無残な破壊の跡だけだった。


「おっちゃん!」
「心配するな、直撃は受けていない。だが……左腕をやられたな」

叫ぶ九郎の眼前には、左腕から煙を立ち昇らせている虎太郎の姿。
尾花や九郎はそれぞれ別方向に退避して、無事に閃光から逃れる事が出来た。
一方で反応の遅れた虎太郎は避け切れずに、左腕を焼かれてしまったのだ。
それでも虎太郎は、自身の幸運に感謝しなければならないだろう。

カリバーン本来の持ち主に比べて、乙女の力は未だ不十分。
更に、殺人遊戯の参加者全てに課せられた制限。
それらの要素が、カリバーンの威力を本来の十分の一程度にまで抑えていた。
もしカリバーンが完全な形で放たれていれば、虎太郎は跡形も無く消し飛ばされている筈だった。

「掠っただけでこの有様か。やれやれ……疲れる奴だ」

虎太郎は溜め息を一つ吐きながら、焼け爛れた左腕をポケットに突っ込んだ。
敵が遠距離からの『砲撃』を可能としている以上、静観していてもいずれ殺されるだけ。
未だ無事な右拳を握り締めて、活路を見出すべく自ら鬼に殴り掛かる。

「八咫雷天流、散華!」

気合一閃、虎太郎は負傷した身にも関わらず拳を繰り出してゆく。
正に鉄の精神力があってこそ為せる技だが、片腕で放たれるソレは以前よりも速度が落ちている。
乙女は武器を使うまでも無いと云わんばかりに、空いている左手で虎太郎の拳を受け止めた。

「ぐぅ………ク……!」

虎太郎が拳を引き抜こうとしたが、セメントか何かで固定されたかのように動かない。
乙女は力任せに虎太郎を持ち上げて、反対側から突っ込んで来る尾花の方へと投げ飛ばした。
尾花は宙へと跳躍して虎太郎を受け止めようとしたが、小柄な狐の身体では衝撃を抑え切れない。
虎太郎と尾花は受け身を取る事もままならず、強く地面へと叩き付けられた。

「畜生……なんてバケモンだ!」

尾花に続けて飛び込もうとしていた九郎は、その機会を失って唯只歯軋りする。
鬼と化した、そして英霊を食らった鉄乙女の実力は、想像を絶するものだった。

虎太郎も、九郎も、尾花も、それぞれが懸命に戦っているが、足りない。
屈強な鬼を打倒し得るだけの、破邪の武器が足りない。
死の閃光から身を守るだけの、護りの力が足りない。

そして尚も、絶望を司る鬼の猛攻は止まらない。
乙女は標的を九郎一人に定めて、荒れ果てた草原の中を疾走する。

「この、糞ったれが!」

九郎は両腕に全力を籠めて、刀を横凪ぎに思い切り払う。
それは常人よりも幾分か鋭い剣戟だったが、その程度では人外の存在に通じない。
乙女は迫る一撃を易々と飛び越えて、九郎の懐にまで侵入する。
九郎も何とか第二撃を振り下ろして、それと同時に乙女がカリバーンを上方へと一閃した。
衝突する凶器と凶器。
圧倒的な腕力差により打ち負けた九郎の刀が、空中へと弾き飛ばされる。

「や、やられる…………!?」

武器を失った九郎の眼前で、乙女がカリバーンを天高く振り上げる。
濁りに濁った赤い瞳が、ぎろりと九郎に向けられた。
九郎程度の身体能力で、この距離から逃れるのはまず不可能。
虎太郎と尾花も未だ先のダメージから立ち直っておらず、救援に駆け付けられる状態では無い。
正しく絶体絶命の状況。
そんな状況を覆したのは、何処からともなく飛来した謎の物体だった。

「…………っ」

乙女が小さく舌打ちした後、九郎への攻撃を中断して飛び退いた。
次の瞬間、それまで乙女が立っていた場所に一振りの刀が突き刺さっていた。


「これは、バルザイの偃月刀……!?」
「――九郎さん、それを使って!」

聞き覚えのある声が、九郎の鼓膜を振るわせた。
目の前には、使い慣れたバルザイの偃月刀。
それは魔力を持たぬ者なら扱い切れぬ代物だが、九郎は魔術師で、そして魔力入りの宝石を持っている。
考えている暇など無い。
即座に懐から宝石を取り出して、秘められた魔力をバルザイの偃月刀へと送り込んだ。
偃月刀は魔力を炎へと変えて、その刀身に豪火を纏わせる。

「うおおおぉぉぉっ!」

九郎は偃月刀を手に疾駆して、乙女の下へと走り込んだ。
躊躇は無い。
灼熱の刃と化した偃月刀を、眼前の敵に向けて一閃する――!


「グ……ガァァァッ!?」

乙女も咄嗟にカリバーンで防ごうとしたが、偃月刀の纏う豪火までは止められない。
偃月刀から伸びる炎が乙女の腕に纏わりついて、一気に焼き尽くそうとする。
しかし乙女とて、そのまま両腕を奪われるような失態は犯さない。
一瞬の判断で後方に跳躍して、何とか炎を振り払っていた。


「ユメイさん!」

九郎は無理に乙女を追撃しようとはせずに、救援者の所に駆け寄った。
救援者の正体は、和服を全身に纏った少女、ユメイだった。

「サンキュな、助かったよ。でも――どうして此処に?」

それは九郎からすれば当然の疑問。
ユメイが特殊な力を持っている事は、九郎も情報交換の際に聞いている。
しかし九郎は錯乱したユメイに襲われた時の経験から、彼女の事を少し臆病な少女だと判断していた。
だからこそ、ユメイが救援に来てくれた事を不思議に思っていたのだが。

「それは、貴方達を守る為です。
 わたしはもう逃げないって決めたから――貴方と一緒に、戦わせて下さい」

その解答は、九郎にとって十分過ぎるものだった。
仲間が勇気を胸に駆け付けてくれたというのなら、拒む理由など無い。
九郎は力強く首を縦へと振って、ユメイの頼みを快く受け入れた。

「一つだけ聞いとく。理樹や他の皆は無事なのか? ああ、生きてるってのは理樹から聞いたよ。
 そういう意味じゃなくて、ヤバい状態になってないかって事だ」
「ええ。怪我をしている人も居ますけど、誰も命に関わるような重傷は負っていません。
 皆、希望を持って前に進もうとしています」
「……そっか。なら、後は簡単だな」

九郎は視線を前へと移し、こちらに向けて身構えている乙女を睨み付けた。
乙女の両腕は表面の所々が黒く変色しており、ぶすぶすと煙を立たせていた。
それは先の一撃が、有効打であった証拠に他ならない。

「ああ、簡単だ。後は――あの悪鬼を倒すだけだ」

右拳を固めた虎太郎が、白毛を逆立たせた尾花が、九郎の横に並び掛ける。
此処に、鬼討伐の役者は揃った。
嘗て鬼神と呼ばれし妖狐、尾花。
オハシラサマの継ぎ手、羽藤柚明。
八咫雷天流を操る人妖、加藤虎太郎。
そして正しき心を胸に秘めた魔術師――大十字九郎。

155:無法のウエストE区 投下順 156:赤より紅い鬼神/無様を晒せ (中編)
154:誠と世界、そして侵食 時系列順
147:明日への翼 (後編) 鉄乙女
大十字九郎
ユメイ
加藤虎太郎
山辺美希
玖我なつき
直枝理樹
源千華留
蘭堂りの

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