ギャルゲ・ロワイアル2nd@ ウィキ

断片集 柚明

最終更新:

Bot(ページ名リンク)

- view
だれでも歓迎! 編集

断片集 柚明



月が雲に隠れ仄かに青白い空が闇に覆われる。
星空はまるでわたしの心を映すように雲に覆われ闇黒に沈んでいた。

こんなにも空は黒く。
こんなにもわたしの心は黒いのに、
わたしの周りをゆらゆらと舞う無数の蝶は、鬼火のように妖しく青白く煌いていた。

そしてわたし足元には男の子のような女の子が倒れている。
彼女に群がるわたしの蝶は死肉をついばむ鴉のように不吉でおぞましいものだった。
彼女はもう助からない。今この間にも彼女の命というものは蝶によって削られている。
痛みも苦しみもなく命の源を枯渇させる青い蝶。
この身をオハシラサマと変えて十数年、初めて人に向かって使ってしまった。

真さんの言葉はただの引き金だった。
わたしの中で燻るものを後ろから後押ししただけだった。
その一言が私を奈落に墜としてしまった。
彼女はそれだけのためにわたしに殺された。
桂ちゃんのために捧げられた最初の贄だった。

無論、この行為を「魔が差した」なんて言って誤魔化すつもりはなかった。
わたしはわたしの明確な殺意でもって彼女を死に至らしめる。
桂ちゃんは怒るだろう。
桂ちゃんは泣くだろう。
わたしは桂ちゃんのために地獄へ墜ちる。

あの金色の瞳が、
あの腕が、
桂ちゃんが永遠にわたしが届かないところに行ってしまったことの証だったとしても、
わたしはあの子を守らなくてはいけない。
だって、わたしはあの子の『お姉ちゃん』なのだから。

真さんの命の灯火が消えてゆくたびに、わたしは奈落に墜ちる。
ゆっくりと。
ゆっくりと。
泥水に浮かぶ泥舟のように奈落の底へ墜ちる。


ややあって、それまで闇夜に濃く浮かびあがっていた蝶の光が薄れていく。
<<力>>を使いすぎていた。
本来なら実体のない存在の魂に直接作用する蝶だ。
肉という名の盾に守られた人間にはやはり効きにくかったようである。
どういう理由か分からないが、わたしは霊体でありながら実体を伴っている。

本来なら何もかもがあやふやな世界である夜にしか現界できないのに関わらず、
今のわたしは太陽の光の下でも実体を維持し続けていた。
それが今、わたしを構成する<<力>>そのものである蝶の光が薄れてゆく。
これ以上の力の行使は危険だった。

わたしは無数の蝶の展開を止める。
青白い光に包まれていた周囲が一瞬にして闇に染まる。
真さんはもはやわずかな息しかしていなかった。
もう助からない。
わたしはたった今、人を「殺した」。


 ・◆・◆・◆・


わたしの隣で桂ちゃんが眠っている。
穏やかな寝息を立てて眠っているその顔にうっすらと涙の痕がある。
桂ちゃんは泣いていた。
いなくなってしまった大切な人を思い出し泣いていた。
それがわたしの心を黒く澱ませる。

そんなことはわかっていたはずなのに。
ここにいる桂ちゃんとわたしが知っている桂ちゃんは別人であって同じ人間なことぐらいわかっていたはずなのに。
その名を聞くと心が掻き乱される。
桂ちゃんはわたしを通して<<彼女>>を見ている。
わたしと触れ合う度に桂ちゃんは<<彼女>>を幻視してしまう。

わたしがいるとどうしてもサクヤさんを思い出してしまう。

わたしは嫉妬している。
黒い嫉妬の炎の渦が泥水の底で揺らめいている。
死してなお桂ちゃんの心を縛るサクヤさんに嫉妬している。

死者の残した想いに縛られる。これを呪いと呼ばずに何と呼ぼう?
彼女の呪いは桂ちゃんとわたしの心を縛り続ける。
これからもずっと、ずっと。
桂ちゃんとわたしが生きている限り永遠に。

だから断ち切ろう。
桂ちゃんをそんなもののために苦悩させてはいけない。
桂ちゃんは幸せに生きてもらわなくてはいけないのだから。
彼女の残した呪いを消し去らなくてはいけない。
たとえわたし自身が呪いと罪と罰にがんじがらめになってしまっても。
わたしが望むのは桂ちゃんの幸せのみなのだから。

だから彼女の生をもってこの呪いを断ち切ろう。
最後の一人になった桂ちゃんの望みでサクヤさんが生き返れば全てが収まる。
わたしだけが桂ちゃんに嫌われて悪者になっても構わない。

……酔っている。
桂ちゃんのために地獄へ墜ちるという悲劇のヒロインを気取っている。
おぞましく利己的で、自己満足で桂ちゃんを出汁にしてるだけの自分に吐き気がする。
だけど、わたしにはそれしか方法は残されてはいない。
わたしの存在そのものが桂ちゃんを哀しませる。
わたしの存在が消えてしまえば桂ちゃんは哀しまなくてすむ。
わたしが最後に犠牲になること桂ちゃんが幸せを再び手に入れる。
サクヤさんと二人で長い長い時を過ごせるのだから……

「ごめんね、桂ちゃん……馬鹿なお姉ちゃんで」

すやすやと寝息を立てている桂ちゃんの額に軽く口付けをする。
桂ちゃんの肌の感覚が唇を暖める。
わたしはその感触を二度と忘れぬよう魂に刻み込む。

次に会う時はわたしと桂ちゃんの二人しかいないことを願ってわたしは彼女の下を去る。
願わくは桂ちゃんとサクヤさん、そしてわたしの三人が幸せに暮らす世界を。
だけどそれは許されぬ願い。
わたしにもはやそれを願う資格など持たされていないのだから。


 ・◆・◆・◆・


わたしは一人冷たい鉄橋の上に佇んでいる。
周りに数匹の蝶を従えてただ待っていた。
蝶は再び闇に掻き消されないよう青白く輝いている。
桂ちゃんの血のおかげ、そして彼女の血を飲むのもこれで最後だ。

着物を着て無骨な鉄橋の上に立ちつくすわたしの姿はまるで橋姫のよう。
橋の守り神として祭られた瀬織津媛ではなく、
一条戻り橋に現れる鬼。嫉妬に狂いその身を鬼へと変貌させた名も無き女、それがわたし。

きっと彼女は来る。
彼女がすぐに気づくように<<力>>は周囲に残してある。
きっと彼女は一人で来るだろう。
彼女なら最後まで桂ちゃんを任せていられる。
最強の魔導書と畏怖されてきたアル・アジフ
たかだか十数年の神木の継ぎ手でしかないわたし。
そして千年を生きる魔導書の化身であるアルちゃん。
どちらが上か比べるべくもない。

本当にわたしは……自分勝手だ。
最後には彼女もこの手にかけねばならないと言うのに桂ちゃんのことを頼む
あまりに馬鹿馬鹿しい。
今のうちに桂ちゃんの下へ戻れば―――

否。それだけは出来ない。
罪を犯したわたしにもはやあそこに居場所はない。
もう後には戻れない、罪を重ね奈落へ墜ちる道しか残されていないのだから。
人を殺しておいて自らの居場所に戻るなんて許されるはずがない。

そう、後戻りは出来ない。
わたしはこの橋の向こう側へ、彼岸へ向かう決意をした時、声がした。


「――見つけたぞ、汝よ」



タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
ウィキ募集バナー