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断片集 美袋命

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断片集 美袋命



 達人にとって、刃の有無はあまり意味を持たない。
 柄を持ち、長さを持ち、振れ、払え、薙げるのであれば、剣術は生きる。
 豪力による叩き伏せと刀の重量を主な武器としてきた彼女にとっては、別の意味でも刃の有無は関係ない、と言えた。

 美袋命が構えるのは、多くの剣道家が用いる極一般的な竹刀である。
 防具はつけず、一張羅としている風華の制服のまま、両手にそれを構えていた。

 対するエルザが構えるのは、心得のある一番地職員が急造した木製のトンファーである。
 小柄なエルザの両腕に合った長さのそれは、数も二つ。命の竹刀と向き合う。

 対峙する場は、彼女らが待機場所とする子供部屋だ。
 ぶつかり合う戦意と、囲む四方のイラスト付きの壁が、異質なまでに調和しきれないでいる。

 そんなことはお構いなしに、命が一歩分、絨毯敷きの床を摺って進んだ。
 エルザも相手の動きに合わせ、一歩分だけ前進する。
 攻め手と守り手の決定は、未だ。

 ――瞬間、均衡が爆ぜた。

 命とエルザはほとんど同時に一歩目を踏み出し、二歩目で跳んだ。
 跳躍に乗せての一撃は、共に横払い。
 命が左方から竹刀を打ち出し、エルザがまた左腕のトンファーを繰り出した。
 衝突が一瞬、弾けて鍔迫り合いには発展せず、互いに数歩退く。

 生まれる一定の距離感。エルザは一度相手の出方を伺い、命が先に仕掛ける。
 竹刀の先皮を床に滑らせ、自身も回転。軽く遠心力を味方につけ、低い体勢でエルザに向かっていった。
 二人の間に身長差はほとんどない。猛進する命は矢のような勢いでエルザの懐へと潜り込み、両手に持った竹刀を突き入れる。

 が、その一撃は直線的すぎた。エルザは下げていたトンファーを交差させるように上げ、突き出された竹刀を真っ向から打ち払った。
 命の持っていた竹刀が手から零れ、無手となる。予期していなかった反撃に瞬間、隙が生まれた。
 エルザはその隙を見逃さず、片方のトンファーを命の喉下へと突きつける。
 そして、両者が硬直した。

「まるで猪だロボ」
「なぁっ!?」

 勝者の情け容赦ない評が、敗者に与えられた。


 ・◆・◆・◆・


 星詠みの舞と呼ばれる儀式が始まってから、長い時が経過した。
 兄探しから始まった旅は、オーファン退治を経て、HiME同士の潰し合いに発展し、そしてまた色を変える。
 暇潰しを兼ねた模擬戦によりやや散乱した子供部屋は、来るべき戦いに備える者のための待機場所としてそこに在る。
 資格を持つ滞在者『HiME』はたった一人。『黒曜の君』神崎黎人の実妹、美袋命である。

「稽古に付き合えと言われたから付き合ったけど、力を持て余している感じが否めないロボ」
「むぅ……この竹刀は軽すぎる。やはり、ミロクでないと調子が出ないぞ」
「そんなもので暴れられたらかなわないロボ。出番が来るまで大人しくして欲しいロボ」

 勝ち上がってきたHiMEを倒せ――それが、今の命に与えられた命題だ。
 過保護の粋にある兄の情愛は不要な情報伝達を避け、必要最低限の知識だけを与えている。
 たとえば、いま表舞台で戦っている者たちはどんな人間なのか。それすらも詳しくは聞かされていない。
 同じHiMEである鴇羽舞衣や玖我なつきは、まだ勝ち残っているのか、それとももう脱落してしまったのか。
 気にはなる。が、ただ『待て』と命じられた命はそれに従い、情報を欲したとしても誰かから聞き出そうとはしない。
 兄、神崎黎人の指示は絶対だと、信じて疑わないからこそ。
 とはいえ、兄への信頼度とは別に、抗いようのない問題がありもした。

「その出番というのは、いったいいつになる? 私はもう待ちくたびれた」

 堪え性がなく、我慢が利かず、じっとしてるのが性に合わない、つまりはそんな性分が。
 命に、ただ『待つ』というだけのこの状況を『退屈』と取らせていた。

「もうすぐ、とは聞いているロボ。でも、実際のところはどうかわからないロボ」
「それではもうすぐとは言えないぞ」
「ごもっともだロボ。そこで、エルザはこんなものを用意してみたロボ」

 警護役兼お守り役として抜擢されたエルザも、いい加減に命の相手をするのにも疲れてきたようだ。
 談話や稽古などで時間を浪費してきたが、さすがにネタもつきてきたので、最終兵器が運び込まれる。
 エルザが取り出したのは、十段重ねの重箱だ。見た目にも荘厳な塔が、命の眼前にドン、と置かれる。

「おお、これは――!」

 十段重ねの塔を解体していくと、中には命の大好物であるいちご大福が、各段隙間なく敷き詰められていた。

「これでも食って大人しくしているといいロボ。エルザはその間、ちょっくら気晴らしに出るとするロボ」
「エルザはいいヤツだなぁ!」

 これぞ、最終兵器餌付け。
 命は花も恥じらう女子中学生。戦闘意欲旺盛な彼女ではあるが、それ以上に――食欲のほうが旺盛だ。
 命はひょいぱくっ、ひょいぱくっ、といちご大福を口に放り込んでいき、退屈そうだった顔は見る見る内に笑みを宿していった。

「……帰ってくる頃には余裕でなくなっていそうだロボ」

 猛然とした勢いで食べ進める命を見ながら、エルザは退室した。


 ・◆・◆・◆・


 エルザが子供部屋に帰ってくる頃には、重箱の中身はすべて空になっていた。
 唖然とした様相で立ち尽くすエルザに、命は無邪気な声をかける。

「ごちそうさま!」
「おそまつさまだロボ。デザートにニュースを持ってきたロボ」

 口の周りに餡子がついていることにも気づかず、命は首を傾げた。
 命の口周りをハンカチで拭きつつ、エルザが続ける。

「炎凪が裏切ったそうだロボ」
「凪が……!?」

 刹那――満腹の笑みが崩れ、瞳に血の色が点った。
 使命を取り戻した戦士としての形相が、虚空を射る。

「兄上を裏切ったというのか? あの凪が……」

 炎凪。風華学園でも神出鬼没の存在だった生徒は、星詠みの舞が始まると同時に正体を明かした。
 命は凪について、神崎黎人の小間使いのようなものであると認識している。
 前々からなにを考えているかわからない風ではあったが、凪は神崎や自分にとって絶対の味方である、とも聞き及んでいた。
 その凪が、儀式も終盤に差し掛かったであろう今になって、なぜ――いや。

「詳しい事情はわからないロボ。けど、今度会ったらギッタンギッタンのボッコボコにしていいそうだロボ」
「……もちろん、そのつもりだ。兄上の邪魔をするというのであれば、誰であろうが関係ない。私が、倒す」

 考えることなど、なにもなかった。
 命は、誰にでもなく敵意をむき出しにする。
 自身はHiME――HiMEは戦うものだと、ジイから聞かされていた。
 風花真白に会い、HiMEが戦う意味を知り、そして再会した兄上に新たな戦場を与えられた。
 今や、美袋命は黒曜の君の剣。それだけの存在理由。兄の意思はどうであれ、本人は戦いを欲してやまない。

(……兄上。まだか? 私は、まだ戦ってはいけないのか?)

 ――神の見えざる手により改変された、新たなる星詠みの儀。
 闘争を求める戦士は端からその頂点から据えられ、保護されている。
 彼女が剣となって他の戦士とぶつかる瞬間は、未だ遠く、それでいて近い。

 闘争本能のすべては、実兄への歪んだ愛情ゆえに。
 黒曜の君が定める舞姫候補は、憤りを内に秘める。



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