断片集 エルザ
「やった……やったのである! 完成である完全である完璧である!
我輩はついについに、魔術ですら成し遂げられなかった領域を踏破したのである!
恐ろしい……恐ろしいぞ! 我輩は己の才能が恐ろしいのである!
嗚呼なんたる天才! 世紀の天才! 畏怖すべき天才! ドクタァァァァ・■■■■■■■■!」
我輩はついについに、魔術ですら成し遂げられなかった領域を踏破したのである!
恐ろしい……恐ろしいぞ! 我輩は己の才能が恐ろしいのである!
嗚呼なんたる天才! 世紀の天才! 畏怖すべき天才! ドクタァァァァ・■■■■■■■■!」
――なんだったろうか。
その続きが、思い出せない。
唯一思い出せるのは、そう。
名前。名前だ。己の名前だけ。
その続きが、思い出せない。
唯一思い出せるのは、そう。
名前。名前だ。己の名前だけ。
エルザ。
ドクターが与えてくれた名前。
それだけは覚えている。他は忘れた。
思い出すべきか? 忘れたままにしておくべきか?
それだけは覚えている。他は忘れた。
思い出すべきか? 忘れたままにしておくべきか?
我輩にはわからぬ。エルザにもわからないロボ。
・◆・◆・◆・
覚醒――状況解析。
照合――確認終了。
現行――朝の挨拶。
照合――確認終了。
現行――朝の挨拶。
「おはようございます、ロボ」
語尾に過不足なし。ロボット三原則? なにそれおいしいの? 至って正常。
診察台から体を起こし、未成熟の自身を視界でも認識、ぺたーん。
ロボ娘が目覚める場所としては妥当な、薄暗い研究室。
目の前には白衣、ではなく学生服を纏った博士、ではなく男子高校生が、兄のような笑みを浮かべている。
博士と呼びかけるべきか、にぃにと呼びかけるべきか、しばらく悩んでいる内に向こうから声をかけてきた。
診察台から体を起こし、未成熟の自身を視界でも認識、ぺたーん。
ロボ娘が目覚める場所としては妥当な、薄暗い研究室。
目の前には白衣、ではなく学生服を纏った博士、ではなく男子高校生が、兄のような笑みを浮かべている。
博士と呼びかけるべきか、にぃにと呼びかけるべきか、しばらく悩んでいる内に向こうから声をかけてきた。
「おはよう。自分の名前と僕の名前はわかるかな?」
イージー問題。クイックアンサー、発声機器にもなんら支障なし。
だというのに、答えを発するまで若干の誤差が生じた――今は考えないでおく。
だというのに、答えを発するまで若干の誤差が生じた――今は考えないでおく。
「……エルザの名前は、エルザ。マスターの名前は、神崎黎人だロボ」
メモリーに残っていたとおりの解答を、声に紡ぐ。
マスター、神崎黎人の満足げな表情から、正解だと受け取れた。
が、しかし、やはり、どこか腑に落ちない。
この感覚、『喉の奥に魚の小骨が引っかかったカンジ』と学習していたような覚えがある。
マスター、神崎黎人の満足げな表情から、正解だと受け取れた。
が、しかし、やはり、どこか腑に落ちない。
この感覚、『喉の奥に魚の小骨が引っかかったカンジ』と学習していたような覚えがある。
「どうしたんだい、エルザ? 君の記憶に間違いはない、どちらも正解だ」
「マスターはこんなに美形じゃなかったような気がするロボ。もっとこう、法的にヤバイ顔だったロボ」
「……整形したのさ。二、三質問しようか」
「マスターはこんなに美形じゃなかったような気がするロボ。もっとこう、法的にヤバイ顔だったロボ」
「……整形したのさ。二、三質問しようか」
思うままに違和感を口にすると、神崎は神妙な面持ちでエルザに対した。
目元に狂気が足りない。考える仕草も様になる。おかしなな話ではあるが、格好良すぎるという違和感。
ひょっとしたら、こいつはマスターの皮を被った【未成熟な女の子に欲情する種の変質者】ではないのだろうか、という仮定。
目元に狂気が足りない。考える仕草も様になる。おかしなな話ではあるが、格好良すぎるという違和感。
ひょっとしたら、こいつはマスターの皮を被った【未成熟な女の子に欲情する種の変質者】ではないのだろうか、という仮定。
「僕の好きな色は?」
「琥珀色だロボ」
「僕の好きな言葉は?」
「泰然自若だロボ」
「僕の趣味は?」
「音楽鑑賞と映画鑑賞だロボ」
「僕の好物は?」
「ニグラス亭のジンギスカン定食だロボ」
「……ふむ」
「琥珀色だロボ」
「僕の好きな言葉は?」
「泰然自若だロボ」
「僕の趣味は?」
「音楽鑑賞と映画鑑賞だロボ」
「僕の好物は?」
「ニグラス亭のジンギスカン定食だロボ」
「……ふむ」
質疑応答を繰り返し、その間も神崎の顔はどんどん深刻さを増していく。
マスターが特意とするのは、もっとマッドでバイオレンスな表情ではなかったろうか。またも違和感。
マスターが特意とするのは、もっとマッドでバイオレンスな表情ではなかったろうか。またも違和感。
「どうやら、まだ完璧とは言えないようですが……?」
「なに、これくらいは許容範囲内だろう?」
「ですが……」
「いやいや……」
「なに、これくらいは許容範囲内だろう?」
「ですが……」
「いやいや……」
ふと気づくと、神崎の横にばいんばいんの娼婦のような女が立っていた。
なんたることだ。マスターの趣味はもっとこう、ろりぃなカンジであったはずなのに。
年上の魅力に落ちた? 未成熟な体に飽いた? 男として母性を放つ胸元には敵わなかった?
――否。デカ乳に靡くマスターなどやはりマスターではありえない。つまりこの男は……偽者!
なんたることだ。マスターの趣味はもっとこう、ろりぃなカンジであったはずなのに。
年上の魅力に落ちた? 未成熟な体に飽いた? 男として母性を放つ胸元には敵わなかった?
――否。デカ乳に靡くマスターなどやはりマスターではありえない。つまりこの男は……偽者!
「マスターの名を騙る不届き者め、エルザを拉致監禁してどうするつもりロボか? 腐ってるロボ。このポルノ野郎ッ!ロボ」
「…………これも許容範囲内ですか?」
「ふうむ。やはり勘でやったのはまずかったか。再調整の必要があるようだね」
「…………これも許容範囲内ですか?」
「ふうむ。やはり勘でやったのはまずかったか。再調整の必要があるようだね」
瞬間、エルザの視界がブラックアウト、意識も飛んだ。
・◆・◆・◆・
「おはようエルザ。僕の名前はわかるかな?」
「おはようございますロボ。エルザのマスター、神崎黎人」
「おはようございますロボ。エルザのマスター、神崎黎人」
――何度目かの覚醒を迎えたエルザ。
シアーズの専門家の手まで借りて、今度こそ完璧な調整を終えた。
制作者が天才を謳うだけあり、その技術は常人に理解ができるものではなく、結局は神の手に委ねられたようだが。
シアーズの専門家の手まで借りて、今度こそ完璧な調整を終えた。
制作者が天才を謳うだけあり、その技術は常人に理解ができるものではなく、結局は神の手に委ねられたようだが。
「いい子だ。では、君に二、三質問しよう」
当人にとっては瑣末な、知らなくてもいい再覚醒までの経緯。
緑髪の気色悪い顔は残滓にもならず、メモリーから完全に消去された。
今のエルザは神崎黎人をマスターと定め、彼の命に従うために活動する。
緑髪の気色悪い顔は残滓にもならず、メモリーから完全に消去された。
今のエルザは神崎黎人をマスターと定め、彼の命に従うために活動する。
「僕の好きな色は?」
「琥珀色だロボ」
「僕の好きな言葉は?」
「泰然自若だロボ」
「僕の趣味は?」
「音楽鑑賞と映画鑑賞だロボ」
「僕の好物は?」
「和食派だロボ」
「……ふむ」
「琥珀色だロボ」
「僕の好きな言葉は?」
「泰然自若だロボ」
「僕の趣味は?」
「音楽鑑賞と映画鑑賞だロボ」
「僕の好物は?」
「和食派だロボ」
「……ふむ」
神崎は満足げな表情でエルザの頭を撫でる。
そこに抱く違和感は、今度こそない。
そこに抱く違和感は、今度こそない。
「どうだい、今度こそ完璧だろう?」
「ええ。語尾に個性が窺えますが……まあ、そこは妥協しましょう」
「ええ。語尾に個性が窺えますが……まあ、そこは妥協しましょう」
ふと気づくと、神崎の横に艶麗な風格を漂わせるの女が、胸元をひけらかすように立っていた。
データにはない人物。だからといってどうということはなく、きっとマスターの愛人かなにかなのだろうと解釈した。
データにはない人物。だからといってどうということはなく、きっとマスターの愛人かなにかなのだろうと解釈した。
「ではエルザ、今から君に重大な任務を与えよう。場所を移すからついてくるんだ」
「イエッサー、了解だロボ」
「イエッサー、了解だロボ」
診察台から降り、エルザは神崎と共に研究室を出る。女はいつの間にか消えていた。
先を行く神崎の背中はいつもと変わらず、歩みも泰然としたものである。
妙に長い時間、眠りについていたような気もするが……そんなことはなかったロボ。とエルザは自己解決する。
それ以外の違和感など、皆無。
と、そこで、
先を行く神崎の背中はいつもと変わらず、歩みも泰然としたものである。
妙に長い時間、眠りについていたような気もするが……そんなことはなかったロボ。とエルザは自己解決する。
それ以外の違和感など、皆無。
と、そこで、
(あっ)
エルザはふと、漠然とした物足りなさを感じた。
なにかが足りない、と訴えているのは主に聴覚……いったいなにが、と考え自答する。
こういった場面、神崎が決まって奏でていた騒音が、一切耳に入ってこない。
ただそれは、あまりにも小さい違和感だったがために。
なにかが足りない、と訴えているのは主に聴覚……いったいなにが、と考え自答する。
こういった場面、神崎が決まって奏でていた騒音が、一切耳に入ってこない。
ただそれは、あまりにも小さい違和感だったがために。
マスター、今日はギターは掻き鳴らさないロボか?――と訊こうとして、エルザは寸前でやめた。