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Happy-go-lucky (幸運) Ⅱ

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Happy-go-lucky (幸運) Ⅱ ◆Live4Uyua6



 ・◆・◆・◆・


「ふぃー、つっかーれたー!!」

あちこちのコンンクリートが砕け、車の残骸が横たわる空間。
天井の蛍光灯が残っていなければ、廃墟と勘違いしてしまうほどに荒れ果てた、地下駐車場に、女性の……もとい、自称17歳の声が響き渡る。
言葉の内容に反して、今だに元気満タンと言った感じに聞こえるほどに、明るい声。

「いやー、確かに予想に反して疲れたね。
 でも僕としては嬉しい誤算、という事になるのかな」

次いで響き渡るは、今度こそまごう事無き少年の声。
ただし、実際の少年の様な裏表の無い元気さとは異なる、年を経た者の余裕といった響きを帯びている。

「んー、暴れたらお腹すいたし、軽くご飯にしよっかー」
「あはは、淑女が暴れたなんて言うものじゃないよ」
「そりゃまあ確かに花も恥らう17歳、っていうけどね、大人しすぎるよりはすこしぐらい元気があったほうが良いってもんよ!」
「先生の言葉とは思えないけど、まあいっか。 こんな状況だし元気は大事、だよねぇ」

その声の響きに反さず、並んで歩く碧と那岐の会話は、碧を那岐がたしなめるという様な形になっている。
元々の顔見知りという安心感と、それほど考え込むタイプで無いので、碧は那岐とも割と仲が良い。
今も、碧が那岐に無理やり肩を組むようにし、那岐も内心は兎も角、表面上は嬉しそうである。
さながら、外見は似ていないが、強引な姉としっかりした弟の姉弟、という趣の二人であった。

「ほらほら、なつきちゃんも深優ちゃんもむつみさんも行くよー!」
「やれやれ、あんまり食べ過ぎると夕食が入らなくなるよ?」
「まあ食事の時間は決定していませんから、夕食を遅めにすればそれほど問題は無いかもしれませんが」
「やれやれ……私は後でゆっくりと食べたいんだがな」
「あら、丁度良いわね、なら貴方は居残りよ、なつき」

部活が終わったので帰りに何か食べていこうか、と会話する学生のような会話、に待ったが掛かった。
そして、こういう状況でかかる待ったとは、大抵嬉しい内容で無い事が多い。

「え? ど、どうして、ママ?」
「補習よ」

その言葉と共に一瞬、キラリーンとむつみの瞳が光ったような気がした。
少なくとも、なつきと碧と深優と那岐にはそのように見えた。

「まずエレメントとチャイルドに頼り過ぎているわ。 もう少し身体を使う事を覚えなさい。
 そのエレメントにしても、弾数に制限が無いのを良いことに適当に撃ちつづけるだけ。 狙いも甘すぎるわ。
 そしてデュランを使う際には注意がそちらに行き過ぎるし、連携も色々と駄目だし、赤点よ」

その厳しい眼光は、まるっきり教育ママのそれ。
しかも一日のノルマを果たしていないのに遊びに出かけた娘に向けるレベルだ。
今までほとんど優しい面にしか触れていないなつきをたじろかせるには、充分なものであった。

「え……い、いやだけど……誰か、な、何とか言ってくれ!」
「いえ、折角再会できた母子の交流の時間に割り込むような真似は私にはとても」
「大丈夫大丈夫、古典の昔から親ってのは子供が可愛いほどに厳しく躾けるものって決まっているしねー」
「むつみさんはその辺りの加減をよく判っているはずだから、動けなくなるギリギリの所を見切って終わりにしてくれると思うよ」

気圧されたなつきが思わず助けを求めるが、誰も応えなかった。
むつみの剣幕に気圧されたのと、そもそもなつきの成長の為にはその方がいい、という事の半々によるもの。
そうして、なつきの逃げ場は何処にも無くなった。



「しかし、良かったのでしょうか? 私もまだ行うべき修練は山ほどあると思いますが」
「ん、そうなの?」
「はい、むしろ私こそ一番未熟と言って良いかと」

エレメントの扱いに関しても習熟している、とは言えないし、何より未だにチャイルドを呼ぶ事が出来ない。
確かに己の能力の扱いと言う点では、深優は三人の中では一番未熟だろう。

「まあ、それもそうなんだけどね。
 でもさ、さっきも言ったとおり君はもっと精神的な部分を鍛えるべきなんだよね」
「精神的な部分、ですか……」
「うん、さっきも言ったけど、チャイルドにしても重要なのは心の在り方だからね。
 だからガムシャラに鍛えても意味は無いよ」

深優は、元々高い身体能力を持っているし、正確な動作はお手のものだ。
これ以上の特訓でも、目に見える進歩は期待しにくい。
それならば、気分転換でもしたほうが効果は上がるかもしれない。

「そうね、じゃあ丁度いいから貴女はカジノに行ってくれるかしら」

と、そこに割り込む声。
丁度やってきたエレベーターに乗り込もうとした三人が後ろを向けば、そこにはいつの間にか後ろに追いついていたむつみがいた。

「あれ、なつきちゃんはいいの?」
「とりあえずは一発毎の命中率を上げる練習をさせているわ。
 丁度良く玲二君の用意した射撃練習場があったからね。
 それに今も言ったけど、深優にはしてほしい事があったのよ」

別になつきの練習が終了した後でも良かったのだが、良く考えれば今の状況では一石二鳥でもある。
なにしろ、深優の心に一番影響がありそうな人物は、今その場所にいるのだから。

「カジノですか?」
「ええ、そろそろ”元手”も十分な数に達しているはず、次の段階へと進む頃合よ」

そう言って、むつみは懐から一枚のカードキーを取り出して深優へと手渡した。

「”あの部屋”を開けてちょうだい」
「なるほど。そういうことでしたら、了解しました」

深優はそれだけの言葉でむつみの意図を察し、己の成すべきことを理解する。
考えれば、朝から少しずつ増やしているメダルも相当数に達しているだろうし、今は訓練が一通り終了し手が空いている人間も多い。
次の段階へとことを進めるには、このタイミングこそが適当だろう。

「人をどう使うかはあなたに一任するわ。トーニャさんを見つけたら彼女にも協力してもらって」
「玲二も」
「そうね、彼も頼りになるでしょう。それじゃあ任せたわよ」

手短に打ち合わせを終え互いに納得がいくと、むつきは踵を返し、深優は那岐と碧の待つエレベータへと乗り込んだ。
静かに、しかし確実に二度ボタンを押す。と、エレベータは動き始める。


 ・◆・◆・◆・


(そういえば、玲二に用意したお弁当を置いたままでしたね……)

深優が、己の過ちに気付いたのはカジノの目の前に付いてからだった。
ギャンブルというのは気力体力ともに消費するもの、そうなれば、軽食などの用意は当然必要となる。
今から取りに帰ってもよいのだが、そうなると再びなつきやむつみに遭遇する可能性もあり、何となく気恥ずかしい。
そして何より、取りに行っている間に、玲二がどこか他の場所にいってしまう、という事も考えられる。

(仕方ありませんね)

すこし気落ちしながら、カジノの門に向かう。
思い浮かばなかった己を恥じる心と、玲二の近くに行くという事で、無意識に深優の歩みが遅くなる。
ここまでの道のりをかなりの速度で歩いて来た事もあり、その遅さが極まって見える。
そんな風にして、深優はカジノの門を潜った。


そして、見た。


「く、これならどうだ! 王手飛車取り!!」
「なーんのなんのなんのなんの甘い甘いクリーム白玉ぜんざいよりも甘いのであーーーーーーーる!!
 579のブラックジャックであーる! ふははは我が永遠のライバル大十字九郎よ! 今日こそ年貢の納め時であるな!!
「し、しまったその手があったか!?」
「ウプププププププギャーーーーm9(^Д^)なのであーーーーーーる!
 まあこの世紀の大天才ドクタァァァァァウェスト!!の発明品の数々の前には貴様といえど」
「盛り上がっているところを悪いですが頭ハネです。 ロン、サンカンツのみ7100点!!」
「なっ!? そんなレアな手がこんなところで!?」
「あぁぁぁぁりえん!! あああああありえーーーーんのであーーーる!??
 はっ!?まさかマッスル☆トーニャよ貴様その背中のコードでイカサマを!?」
「とりあえずその口を閉じないと捻り切りますよ?
 確かに私の力を持ってすればイカサマなどし放題ですが、そもそも貴方達『ごとき』、実力で葬ってさしあげますよ」
「くっ、人が貧乏だからって見下しやがって……!
 行くぞウェスト! 俺たちの力を見せてやろうぜ!!」
「合点承知ノ助なのであーーーる! 我が永遠のライバル大十字九郎よ!
 我輩と貴様が揃えば正にパーーーーーフェクト!! 比翼の翼の連理の枝であーーーーるのだ!!
 ボス狸なアントノーブナ・ニキーチナ以下略ことマッスル☆トーニャなど敵にはなりえないのであるぞ!!」
「おやおや、負け犬共が手を組んで遠吠えですか、非常に見苦しいですね」
「ああ、そうだ俺たちは負けているだg」
「だがしかし諦めないかぎりひでぶっ!?」
「筐体が光っ――――――――!?」

チュドーン

「…………」

着弾まで一秒足らず。
深優の身体は今までに無いほど自然に身体が動いた。
状況全てを客観的に見ながら、無駄の無い完全な挙動。
感情をコントロールして、感情の暴走しない絶妙なバランスから得られる力。
それが、これの事なのだろうか? とそんな感慨を抱か……

「そんな訳ナッシィィィィィング!!
 いきなり何をするであるかそこなセメントアンドロイドォ!」
「全く、私をこのお馬鹿さんたちと一まとめのように吹き飛ばすとは心外極まりますね」

ギリギリで回避したのだろう、無傷なトーニャが、ダメージを受けたはずなのに動いているウェストと文句を言ってくる。
直撃を受けたウェストは何故か平気なのに、九郎は横に倒れている。

「いえ、人体の間接稼動域に関するデータは前回取得しましたので、今度は物理耐久能力及び俊敏性のデータの取得を、と思いまして」
「そもそも我輩達は珍しく真面目にコインを集めていたのであるぞ、それを邪魔するなど許されるのであるか!?」
「全く、深優さんにも困ったものですね」

「あれ、深優さんもこっち来たの?」
「あ、これは桂さん。 こんにちは」

何やら色々言っているトーニャとウェストを華麗にスルーして通りがかった桂に挨拶をする深優。

「あらあら奥さま、どう思いますあの態度!?」
「まったく最近の子供達の教育はどうなっているのザマスであーーる!」

何やらブーブー言っている二人は完全にスルーしている。
桂はいいのかな……という表情であったが、深優の態度が変わらないので流す事にした。

「探しているのは、玲二さん?」

誰からもその名前が出てくる。それほどまでに自分は外から見て感情が読みやすいのだろうか。深優としてはやや微妙なところであった。
そして彼女の声には、やはり若干硬い響きが混じり、桂が玲二の事を気にしていたという事実も見て取れた。

「……いえ、それが主目的という訳では無いのですが」
「あ、うんわたしの事は気にしなくていいよ、玲二さんならあっちの方に……」
「ねえ奥様、大事な大事な決戦前、つり橋効果か本能の赴く故かは知りませんがどいつもこいつも頭が緩いと思いませんこと?」
「しっ!聞こえるザマスよであーる。
 あーゆう手合いは普段は人目を気にせずイチャついておきながら人目は人一倍気にするザマスであるから」

外野は気にせず、桂に礼だけを言って、その場を離れる。
少々、いやかなり気を削がれたが、それでも目的は変わらない。
ふと、玲二もあんな感じだったらどうしようか、とも思ったが、どうやら杞憂であったようだ。
普段とそれほど変わらない様相の玲二が、スロットマシーンに向かっている姿が、じきに見えてきた。

「深優か……お前はまだ脳は大丈夫か?」
「あ、…………はい」

深優の姿を認めた玲二が、質問を投げかけてくる。 その言葉には特に拒絶するような響きは無い。
他の皆に非常に失礼な質問と答えではあったが、どちらも気にもしない。
何となく、玲二の隣の席に座る。

「…………」
「…………」

別に何かを期待していた、という訳ではない。
ただ、こうして静かに近くに座っているだけで……

「あ、1が三つ、ピンゾロっていうのだねー」
「アーーーーーーりえんのであーーーーーーる!!」
「なっ! 折角456賽を用意したというのに!?」
「これが生まれ持った金運の違いというもの、なのか……」

「…………」
「放っておけ」
「はい」

当初の目的は果たせたのだから、良しとするべきかもしれない。
しかし九条から任された仕事に関してはこれからだ。とはいえ、振り返ればまた混沌としか言い表せないような状態。
この状況を収拾して、全員を正しく次の任務へと向かわせるためには、いくら高性能CPUがあろうと時間がかかるだろう。
だから――



――計算が終了するまでの時間を、深優は玲二の隣でゆっくりとすごすことにした。


 ・◆・◆・◆・


風切り音を立てて長剣が縦に横にと振るわれる
ただ無心に。
その一振り一振りが心にかかる霧を打ち払うように。
迷いを断ち切ろうとするかのように聖剣が振るわれる。

愛する人を守るため。
かつて好意を寄せてくれた人と再び出会うため。
大切な人達を護るための力を得るためにクリスは剣を振るう。

「ハァ・・・…ハァ……ッ!」

肩で息をしながら剣の素振りをするクリス。
剣をひと薙ぎするたびに玉のような汗が飛び散り、
決して軽いとは言えない剣を振るう腕の筋肉が悲鳴をあげる。
もっとも音楽家志望の人間にいきなり剣の鍛錬を行うのはかなり酷なことではあるのだが、
それでもクリスは休むことなく剣の素振りを繰り返していた。

「まあ予想通りというかなんというか……」
「そうですね……」

そんなことはすでに分かりきったことと言わんばかりに。
アルと柚明は顔を見合わせ頷く。

「クリス、汝は剣の才能はさっぱりよのう」
「そう……なのかな」

とアルは言い切った。
あまりにはっきり言われてがっくりと肩を落とすクリス。
素振りをやめた途端、どっと汗が吹き出し猛烈な疲労感が体中を襲う。
それでも剣を握ろうとするが―――

「少しは休憩するのだクリス」
「でも……っ!」
「急いては事を仕損じる。少しは休め。それに……無理して倒れられては汝をひどく心配する者がいるからのう? くくっ」
「………」

暗にクリスとなつきの関係を仄めかし含み笑うアル。
クリスはそこまで言うのなら仕方ないと手を休め一時的な休息を取ることにした。

「まあクリスよ、汝は剣士としてはさっぱりだが魔術師としてはいい線を行っておるぞ」
「本当に?」
「初めて見たロイガーとツァールをあそこまで使いこなせていたのだろう? なら十分すぎる」
「だと……いいんだけど」
「ロイガーとツァールの制御については何も言うことはないが……問題はこちらよの」

そう言ってアルはエクスカリバーに目をやった。
ひとたび力を解放すれば絶大なる威力をもった攻撃を可能とする聖剣。
しかし強力無比な攻撃を繰り出せる反面、使用者の魔力の消費も凄まじい。
アルの見立てではクリスの魔力量では一発撃つのがやっとという結論だった。

「何か別の……純粋な魔力が封じられた物を外部電源代わりにすれば、
 もう一、二発は撃てそうであるが……ふむ、後でカジノで探してみるかのう。
 まあ切り札としてここぞと言うときのために温存しておいて、普段は銃を使ったほうがいいやもしれん。
 何せ汝の剣術の腕はたかが知れてるからのう」
「銃……」
「特殊な訓練が無くとも引き金を引くだけで相手を死に至らしめる存在。それはか弱き幻想などいとも容易く打ち砕く。
 戦車の装甲をも打ち抜く銃にかかれば、竜ですらも狩られる存在に成り果てる。
 人は常に我らのような幻想の存在の力に惹かれ畏怖するが、我らから見れば人が思ってる以上に人の技術は驚異の存在。
 常に進化するヒトの叡智の結晶―――まさに幻想殺しと冠してもよいぐらいだ」
「そんなものなのかな……」
「まあ話が脱線したが、後はアヴァロン……これも燃費が悪い道具よのう」

持ち主に治癒能力と防御能力を与え、物理的・魔術的な攻撃から身を守るアヴァロン。
しかし治癒能力はともかく防御能力となると使用者に大きな負担をかけてしまう。
以前、柚明がアルと九郎の前で見せたアヴァロンの『遮断』は防御結界というレベルを遥かに超え、
攻撃が一切、効かないのではなく、届かない。それがアヴァロンの真の能力だ。
だが柚明はそれを引き出すために命を削るほどの消耗を強いられたのである。

「これもエクスカリバーと同じ物が必要かの。とにかく武器の取捨選択はクリス、汝の状況判断しだいだ。
 一瞬の判断の遅れが命の危機になることを肝に命じておくのだぞ」
「うん……!」
「そうと解ればしばし休憩だ。汝だけでなく柚明のほうも見てやらねばならんからな」


 ・◆・◆・◆・


休憩中ということでプールサイドで膝を抱えてぼーっと天井を見上げるクリス。
さっきまで気付かなかったが、壁や天井に所々ひび割れのような物が走っている。
ホテル自体は最新の物のはずだから老朽化してるわけでもなさそうだ。

「(まあ……いっか)」

実はアル達が行った模擬戦のせいなのだが、
クリスは特にこれ以上考えることもなく意識を他所に移す。

ふと見渡すとアルはいつの間にかにちびアル状態になっていた。
九郎はカジノに行っているので誰が……と思いきや、マギウススタイルになっていたのは柚明だった。
柚明のボディにフィットした漆黒の装束。
桂の時とは違って九郎と同じく一定以上の魔力を保持しているためか、
薄灰色の肌と髪、片側の赤い瞳と姿の変化が見られていた。

「ふむ……やはり汝の術式はいささか無駄が多すぎるのう……」
「やっぱりそうですか。でも、いいんですか?」
「何がだ?」
「特訓の間とはいえ、九郎さんとの契約を解除してわたしと契約するのは……」
「何、かまわんよ。九郎とはもう一度契約し直せばよいのだからな。それに妾も汝の魔術には興味があるからのう」

と、さも何事もないように返すアル。
柚明は契約の度にわざわざキスするのはどうかと思うが口には出さなかった。
アルが今回柚明と一時的な契約した理由。
それは柚明の組んだ術式の解析と、その際見つかった無駄な部分の除去をしてより最適かつ簡略に魔術を発動させようとする試みだった。

柚明の魔術の最大の欠点、それは発動までの時間。
一度放たれれば無数の弾幕が飛び交うがそれまではほぼ無防備。
さらに発動中も術の制御のためまともに動けないといった具合である。

「じゃあ……こんなのはどうでしょうか?」

眼を閉じて瞑想中の柚明がリンクするアルに構成した式を展開してみせる。
柚明とアルの意識野に広がる無数の魔術式はある種のコンピューター言語のようにも見えた。

「まだ無駄が多いな、もっと簡略化すればこうなる」
「なるほど……」
「だがこれは妾のサポートが合って成せる術式だ。妾無しの実戦では役に立たん。なら―――」
「こうですね?」
「うむ、いい感じだ。しかし―――柚明よ」
「何ですか?」
「さっきから汝が組んだ術式には全て魔力⇒蝶⇒剣のプロセスを辿る式が含まれてるが、
 魔力⇒剣へと直接変換したほうがより発動時間の短縮と制御が容易になると思うのだが……」
「それなんですけど、どうも一度蝶に変換しないと大量の剣を生成できないんです。ちょっとやってみますね……」

静かに詠唱を始める柚明。
ほどなくして柚明の身体が仄かに煌き、計六本の剣が柚明の周りに展開された。
最初に模擬戦で見せた数十本の剣に比べると確かに微々たる物なのだが……

「剣の制御は?」
「最初に狙いをつけた場所に直線的に射出されるだけです。かわされた後の再誘導は無理ですね」
「剣の爆破は?」
「それは可能です」
「ふむ、柚明の力の根源が蝶にある以上、どうしても蝶を介さねば大量の剣は生成できぬか……が、しかし」

腕を組み何やら考えるアルだったが何かを決意したような眼差しで柚明に言った。

「通常はこの状態で行け。確かに威力は劣るがこの速射性は十分魅力的だ」
「はあ……」
「というか模擬戦で見せた技があまりに発動に時間がかかる上に発動中はほぼ無防備なのだ。これでは前衛の桂に大きく負担がかかる
 この術式なら剣を展開中でも汝は移動しながら撃てるからな」
「わかりました。この方法でやってみます」
「ああ、精進することだ」


 ・◆・◆・◆・


柚明の魔術鍛錬が一息ついたところで再びクリスが特訓する番になる。
剣の素振りはやめて、再びロイガーとツァールを投げて誘導させる訓練。
剣とは違ってクリスの操るロイガーとツァールは付け焼き刃としてはうまくいっている。

「こちらに関しては相変わらず問題なしかの、急造魔術師にしては上出来だ」

アルは満足そうに頷く。
そして……何か憂いを帯びた表情をした後、クリスに言った。

「決戦の時、万が一、汝よりも妾と九郎が先に唯湖と出会った場合、奴が五体満足で帰ってくる保証はないと思え」
「…………」
「我らにとって奴は敵だ、もしかしたら神崎によって何か施術を施されているかもしれぬ。決して油断できぬ相手だからな。
 最悪我らによって唯湖が殺されるかもしれぬ。それでも恨みは無しだ」
「うん……わかってる。レイジにも同じことを言われたよ」
「ほう、玲二がのう……ならばもはや覚悟は出来てると言った所か、ならば汝は誰よりも早く唯湖に会いに行け」

クリスは無言で、しかし力強く頷いた。

「ところで―――唯湖のことだが……奴と汝がどんな関係だったのか妾はよく知らぬ。
 ただ、お互いに抱いていた感情は悪いものではないはず。むしろ好意に近いものだったと妾は思っている」

言葉を切るアル。
その先の言葉は言い辛そうにして。

「だが―――汝はなつきを選んだ。そうであろう?」
「―――っ」

ちくりと刺さる小さな針。
ささくれ立った針がじくじくと胸と穿つ。

「このまま汝が唯湖に会っても、いたずらに彼女の心を傷つけるだけ。それでも会うのか?」
「わからない……わからないけど、僕は唯湖に会って……話をしたい」

覚悟はしていても胸の奥を漂う迷いの霧は未だ晴れず。



「―――彼にそこまで言わせるなんて、昔の女の私としては複雑な気分ね」



そして二人の背後から声がした。


 ・◆・◆・◆・


「ファル……」
「おおっとファルさんの昔の女発言! これは修羅場の予感ですかーっ! 美希昼メロ展開にドキドキワクワクですっ!」
「てけり・り」

クリス達の前に現れた人影、それは水着姿の美希とファル、そしてダンセイニだった。
美希の姿はオレンジ色を基調とした花柄ビキニ。
セクシーさよりも可愛らしさを強調したデザインが美希に良く似合っている。
一方、ファルは黒を基調とした膝まで丈のあるワンピース付きの水着。
肌の露出度こそ他の水着に比べ少ないものの、黒のワンピースから伸びる透き通った白い手足とのコントラストは、
清楚ながらも妖艶な風貌を見せ、これまたファルに良く似合っていた。

「二兎を追う者は一兎も得ず。あれもこれもと欲張ると思わぬ落とし穴に嵌るかもしれないわよ?」

冗談とも皮肉とも取れない言葉で妖艶に微笑むファル。
そのただならぬ空気に場に居合わせたアルも柚明も言葉を失う。
美希はワクワクしながらこの場の雰囲気を見守っていたが……

ファルは一言くすりと笑い言った。

「冗談よ……冗談に決まってるじゃない……そう、舞台に上がれなかった三匹目の兎の戯言」

寂しげな表情と自嘲の声色で。
吹っ切れたと思っていたのに相変わらずクリスを見るとかつての思い出が蘇る。
たった数日前のことなのに、記憶は色あせたセピア色の写真のよう。
だから少しだけ意地悪したくなってくる。

「(難儀なものね、人の感情は)」

ふっと笑うファル。今度は若干優しさの表情を湛えて。

「はう~クリス君モテモテですねーっ。なつきさんに唯湖さんに、元彼女のファルさん。
 何なら美希もいかがですか~? ご心配なく美希はまだヴァージンですっ。ぴちぴち生娘ですよー!」

ヴァージンという言葉を強調してファルをちらりと見る美希。
ファルは相変わらずのノリに頭が痛くなる。

「あの……僕は……」
「おーーーっと! クリス君のOKサインが出たようですっ。さあならばクリス君、
 あなたの天を衝くドリルで……美希が、美希が大切に守ってきた処女膜をぶち抜いて下さい!」
「だめだわこの娘……早くなんとかしないと……」

頭を抱えるファル。美希のジョークが通じるのはファル相手だから通じるのであって、
クリスとアルと柚明の様子は完全にドン引きであった。まあ当然である。

「美希さん、そこまでよ。あなたのハイセンスなジョークに誰もついて来れないわ」
「あやや……それは残念です」
「残念だけどあなたのセンスは100年先を行き過ぎてるの。少し自重なさい。
 はぁ……クリスさんごめんなさい。この娘はこういう人だから気にしないで」
「あ……うん……」
「ところで……クリスさん達は特訓の最中?」
「そうだったけど……」

振り向くクリス。
アルも柚明も特訓どころではないといった感じである。
アルはため息をついて言った。

「もはや特訓という空気ではなくなったからのう……しばらく自由行動だ」
「わーい、美希たくさん遊ぶのですよーっ。あのっクリス君」
「はい?」
「美希を……女にしてください……」
「美希さんはクリスさんの半径五メートル以内に入ること禁止ね。さ、あちらで私がたっぷりと女というものを教えてあげるわ」
「そんな殺生なーーーーっ。お嫁に行けなくなっちゃう~~た――す――け――て――!!」
「てけり・り」

ファルに腕を掴まれずるずると引きずられてゆく美希。
騒がしい時はまだまだ続きそうだった。


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