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Happy-go-lucky (幸運) Ⅲ

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Happy-go-lucky (幸運) Ⅲ ◆Live4Uyua6



 ・◆・◆・◆・


カラカラと相変わらずな音を小さく床に響かせ、クリスはワゴンを押しながら再びカジノへと戻ってきていた。

律儀なことに衣装もタキシードへと着替えなおし、ワゴンの上には新しい食べ物や飲み物などが丁寧に並べなおされていた。
短い黒髪には水気が、そして白い顔には先ほどの訓練により溜まった疲労の色が残っている。
その様子を見れば、多少サボったところで誰も咎めはしなかったろうが、しかしそういう器用なことができないのが彼の性分でもある。



「お、クリスじゃねぇか。アルの特訓はどうだった?」

ワゴンを押し進み、派手なスロットマシーンが列を作る端でクリスはおそろいの格好をした九郎とやよいの二人に出くわした。
真っ白なTシャツに、青とオレンジの色違いのジャージのズボン。そして二人とも同じように上着を腰に巻いている。

「そんなこと聞かなくてもクリスを見ればわかるじゃねぇか。このクリスはこれまでのクリスとは一味も二味も違うぜぇ」

違うところがあるとすれば、やよいの右手にはめられたパペット人形であるプッチャンの存在だろう。
まるで腹話術かのように手にした人の声を使って喋るそれは、ある程度慣れはしたもののまだまだ不思議な存在であった。
とはいえ、不思議と言えば自分のほうこそだろうともクリスは思う。
確かに普通の人にはない才能を持ってはいたが、まさか別の世界で魔法を使うことになるとは夢にも見なかったことである。
最初に触れたものがある程度自立性を持っており僅かな魔力を注ぐだけでよかったアル・アジフの断片だったからこそというのもあるが、
しかしそれでも自分の能力がフォルテール以外に転用できるなどとは想像したこともないし、今考えても不思議なことには違いない。

「それで、アルはどうしたんだ? まだ、プールに残ってるのかあいつ」

尋ねられ、クリスはまだ魔術のスペシャリストである彼女がプールに残っていることを九郎に伝えた。
そういえば彼に勝負を挑むと息巻いていたあの博士はどうしたのか。クリスはふと思いつき、……しかし口に出すことはしなかった。
藪を突付けば蛇が出てくるし、噂すれば影が射すものだ。わざわざ自ら災いごとを呼び込むのは愚か者のすることだろう。

「あのー……」

クリスが一人納得しているところにやよいがおずおずと声をかける。その視線は彼が押すワゴンの上へと釘付けになっていた。
多分、喉が渇いているのだろう。そう察してクリスは彼女が見つめていたソーダ水のを取り、手渡そうとする。

「え、あっと……お、おいくらになりますかっ!?
 あの、その……持ち合わせがこのメダルしかなくて、メダルじゃだめですか? だめですよね……うぅ……」

やよいの言葉にクリスの目が点になる。今日は朝から給仕を務めているが、こんなことを言われたのははじめてだ。
何をどうすればそんな勘違いをするのか。彼にはわからないがこれはしかたないことでもある。
みんなと一緒にいてテーブルの上にのせられたものを見れば、彼女もそれが食事として振舞われたものだとティンとくるが、
今見ているようなワゴンやホテル内の自販機などを見ると彼女はそれを売り物=お金を出して買うものと認識してしまうのである。

「ええっ! いいんですか!? 全部、タダだなんて信じられません!?」
「おいおい、どっかの家とか教会とかの冷蔵庫漁ってたのはお前自身じゃねぇか。今更、金を払うとか払わないとかないだろう」
「あ、あれは……少し分けてもらったっていうか、怒られたらちゃんと謝って返そうって思ってたんですけど、
 ここのはすごく高そうで……そんな、そんなところのはいくらするかもわかりませんっ! 怖いじゃないですかぁ……うぅ……」

そうやってやよいが頭を抱えている隣では九郎が物怖じすることなく食べ物や飲み物に手をつけている。
彼も同じ貧乏人ではあるが、彼の場合はとりあえず食べちゃうタイプだ。払えたらよし、そうでなければ謝る、ゴネる、スネる、泣くである。
……ともかくとして、結局やよいはクリスから一本のソーダ水を受け取り、他はと言うと首をブンブンと振った。

昼はあんなに食堂で遠慮なく手と口を動かしていたのにと、これも不思議な話だなぁとクリスは思い、スロットに向かう彼らを見送った。


 ・◆・◆・◆・


 じゃんじゃんばりばり、じゃんじゃんばりばり、といった景気のいい旋律が、幾重にも重なって層を成す。
 機械が発する電子的なメロディー。メダルとメダルがぶつかって生じる音色。音ばかりで、そこに声はなかった。
 それもそのはず、事態は声を――いや、言葉を失うほどの大椿事へと発展し、当事者は口をあんぐり開けこれに驚くだけだった。

 回転椅子に座り、ぽけーっとしたまま固まっているのは、高槻やよいである。

 彼女の眼前にはリール式のスロットマシンが一台置いてあり、そこには『7』と『7』と『7』、三つの数字が揃って表示されていた。
 放出口からは怒涛の勢いでメダルが溢れ出している。既に受け皿もいっぱいになってしまい、メダルはやよいの足下にまで落ちていた。
 そもそのはず、やよいが引き当てたのは、スロットマシンというギャンブルの中でも最高の『大当たり』なのだから。

「……あ、わたし知ってます。これ、すりーせぶんって言うんですよね?」
「お、おう。やよいは博識だなぁ……ああ、俺も見るのは初めてだけどよ」

 呆けているのは、やよいだけではなかった。
 彼女の右手に嵌るパペット人形のプッチャンも、普段と比べてどこか戸惑い気味な様子だ。
 二人はフィットネスクラブでの体力づくりを中断した後、ふらりとカジノに足を運び、予め九条に勧められていた通りにスロット台に座った。
 今は少しでも稼ぎ手が欲しい。スロットなら目を揃えるだけなので簡単だ、と。
 そう言われて、やよいも生まれて初めてのギャンブルに興じてみたわけだが……いきなりこれである。

「いいや、違うね! これはスリーセブンなんかじゃねぇ……ビギナーズラックってやつだ! チクショー!」

 湯水のように溢れ出てくるメダルを前に、どうしようどうしようと慌てふためくやよい。
 その後ろから、どことなく涙ぐんだ声がかけられた。振り向いた先に立っていたのは、大十字九郎である。

「どうした九郎? なんだか背中が煤けてるぜ……」
「貧乏人がなぁ、ギャンブルなんかになぁ、手を染めるもんじゃねーんだよ……だよぉ……」
「ううー。九郎さんを見ていると、なぜだかわからないけど胸の辺りがざわ……ざわ……ってします」

 メンバー中最年少のやよいを前に、しょぼーんと子供っぽく肩を落とす九郎。
 屋内プールで特訓していた彼も、やよいと同じタイミングでカジノに訪れ、ひと騒動の後、メダル稼ぎに参加していたのだが、

「わかった。全部すったんだろ」
「皆まで言うな、コンチキショー!」

 九条から元手として配分されていたメダルを、増やすどころかすべて奪われてしまったらしい。
 プッチャンのあちゃー、という声に、九郎は泣き叫ばん勢いで蹲ってしまう。

「で、でも! 私もこういうのは苦手で、運だってそんなにいいほうじゃないし、きっとこの台が当たりやすかっただけなんですよ」
「ここに来てから、やよいの貧乏苦労人話はう~んと聞かされてきたからなぁ。ま、それにゃあ同意する」
「……んじゃ、なにか? この台なら、俺でも大当たりが引けるってか? よしてくれ……まんま死亡フラグじゃねーか……うぅ」

 九郎の落ち込みモードは、ちょっとやそっとの慰めでは治りそうになかった。

「やれやれ。こりゃ、アルにでも引き取ってもらうしかないか」
「うーんと、うーんと……あっ、そうだ! ひょっとしたら、トーニャさんから貰ったこのお守りのおかげかも!」

 それでもやよいは、懸命にフォローを試みる。
 ポケットから取り出した一枚の写真で、九郎の注意を誘う。

「ほら、これですこれ! この幸運のお守りを持っていれば、きっと九郎さんも!」
「お守り……? なに、それ……ってーか、『だれ』、それ?」

 やよいが左手で翳すその写真には、一人の男性の姿が写っていた。
 髪型はオールバックで、色は金髪。全身をキンキラキンの鎧で武装しており、顔は極上の笑顔。
 右手は親指と人差し指と小指だけを立てた状態で顔の横に置き、そばには『キラッ☆』とカラーペンで書き込みがされている。
 どこかの世界のスーパースターだろうか。おかしな格好に可愛らしいポーズではあるが、不思議と様になっている。
 裏面に書き込まれた説明を見るに、『我様☆ブロマイド』という名の支給品であるらしく、効果のほどはというと、

「『特別に我の幸運を貴様らに授けてやろう! 感謝するのだぞ雑種共!』……雑種ってなんだよ、雑種って」

 九郎が読んだメッセージに加えて、『所持者には天下無敵の幸運を――by我様』、とだけ書き記されていた。
 これはもともと、トーニャに支給された品の一つであったらしく、使い道がないので本人も今日まで忘れていたとのことだ。
 そして朝方の支給品選別会でこれについて思い出し、なんの気なしにやよいに手渡した結果が、スリーセブン。

「はははっ、冗談も休み休み言えって。こんなチンケなブロマイドで運気が変わるわけ……」
「あれ、この人の顔って、もしかして……あ~っ! これ、この人! あのときの人ですよ!」
「あのときの……? おいやよい。俺にもよく見せて……んんん!? もしかして、いやまさかか!?」
「……な、なんだよ。二人して急にどうしたよ?」

 落ち込みから回復しない九郎をよそに、食い入るようにブロマイドを眺め始めたやよいとプッチャン。
 九郎がなんだなんだと訝しむ中、二人はずっと抱えていた疑問をここで解消する。

「あのときは髪も下ろしてたし、そもそも丸裸だったからな……だけど、言われてみるとそのとおりだ」
「こんなところで、誰だかわかっちゃうだなんて……我様っていうのが、あの人の名前だったんですね」
「もしもーし。あの~、お二人さん? 俺にも説明してほしいんだが……誰なんだ? このにーちゃんは?」

 ブロマイドに写っている男の正体について、九郎は二人に問いただす。
 この疑問に対して、やよいが顔つきを真面目なものに変えて回答する。

「ほら、いつだったかお話しましたよね? 私たちがまだ教会にいた頃、地下室で見つけた――」
「――那岐も知らない、磔の男。間違いねぇ。あのときの磔男の正体が、この『我様』なのさ」

 記憶の片隅に置いておいた、明らかになるかも不明だった謎が、呼び起こされる。
 あれは、やよいとプッチャン、今は亡き葛木宗一郎らが、教会に初来訪したときのことである。
 些細なことからいざこざが起こり、それがきっかけで地下に繋がる隠し階段を発見し、三人は下りた先で彼を目撃した。
 イエス・キリストのような姿で、十字架に磔にされ死んでいた男――彼とブロマイドに写る『我様』の人相は、ぴったり一致する。

「……確かなのか、それ?」
「あの男の顔を覚えてるのは俺とやよいの二人だけだが、二人揃って確信してるんだ」
「はい、間違いないと思います。磔にされてた理由は……結局ところわかりませんけど。でも、たぶん……」

 三人、我様☆ブロマイドに視線を注ぎ、議論する。
 那岐や深優、九条らも情報を持ちえていなかった磔男の正体。
 それが今、トーニャの死蔵品から明らかになった。

「ということはだ。その磔男の正体は――」
「ああ。おそらく、あの磔野郎の正体は――」
「間違いないと思います。あの人の正体は――」

 謎を追い求めていた者たちは、探求の末、真相に辿り着く。


「「「――幸運の星の神様、だったんだ」」」


 それが、真相。

「謎は全部解けました。すべては悲しい悲しい事件だったんです……」

 たった一つの真実見抜く、見た目は子供、頭脳も子供、名探偵高槻やよいの推理はこうだ。

 その昔、とてもとても運のいい我様という名前の神様がいました。
 我様の頭上には、昼夜問わず幸運の星が煌々と輝いていて、大地に暮らす人々に天恵を与えるのです。
 この土地も、元々は我様が創造した、我様のものだったのでしょう。ここは我様の統治する世界だったのです。

 しかし、悲劇は起きます。
 隣の世界から、幸運の女神を名乗るナイアという神様がやって来て、我様に戦争を仕掛けたのです!
 我様はこれに応戦しましたが、ナイアは一番地やシアーズ財団といった組織を使い、我様の勢力を蹂躙していきました。

 やがて我様は、戦争に敗れます。
 土地を奪われ、大地に暮らす人々は消え、幸運の星は媛星なる赤の星に挿げ替えられ、世界は星詠みの舞の舞台となりました。
 統治者もナイアに変わり、そして我様といえば……ナイアに殺されたあと十字架に磔にされ、晒し者とされてしまったのでした。

 めでたし、めでたし。

「くっ、なんて嫌な事件だったんだ……俺たちが来たときには、もう全部終わってたんだ!」
「嘆いてばっかじゃいられねぇぜ、九郎。我様は最後の力を振り絞って、俺たちにこれを託したんだからよ……」
「プッチャンの言うとおりです。私、あの人の想いに報いるためにも、いっぱいメダル稼ぎます!」

 やよいはブロマイドを胸に当て、強く決意する。
 想いは、九郎とプッチャンも一緒だった。
 三人揃って天国のほうを見やり、せめてもの感謝を述べる。


「「「ありがとう、幸運の星の我様――」」」


 以後、このブロマイドの人物には、『ラッキースター☆我様』という名が与えられた。


 ・◆・◆・◆・


さて、他には誰がいるかとクリスは当て所なくワゴンを押す。
別れ際に九郎から聞いた限りでは桂がこのどこかにいるはずだ。あの博士や、なつき達も訓練が終わっていればいるかも知れない。
ということで、色々な機械が奏でる狂想曲の中にカラカラという車輪の音を加えクリスは更にフロアを奥へと進む。



「あ! クリスくんおつかれさまっ!」

そう呼びかけられ、クリスはひとつの機械の前で手を振る桂と、その傍で椅子に腰掛けている柚明とに気づいた。
小さく手を振りかえし、ワゴンの向きを変えると彼女達の方へと押してゆく。

「やっぱりそうしていると、ほんと男の子みたいだよね~」

また微妙に反応に困る発言である。そういえば、美希は結局自分を女性だと思ったままなのだろうかとクリスは思い出す。
そして目の前の桂や柚明も。当たり前と言えばそうだが、皆の前で性別を名言したことはない。
なつきや九条は勿論。九郎や玲二、ファル、那岐あたりはちゃんと知っているが、もしかしたら誤解している人間は多いのだろうか?

「どうしたの……? やっぱりアルちゃんの猛特訓で疲れてる?」

桂に顔を覗き込まれ、クリスは少し目をそらした。
上からパーカーを羽織っているとはいえ彼女はまだ水着姿なのだ。さすがに、れっきとした男としては少し目のやり場に困る。
先ほどまでクリスと一緒に訓練をしていた柚明というと、ゆとりのあるふわりとしたワンピースへと着替えていた。

「柚明おねーちゃん、もう一度血を飲む? あっ、そうだ。クリスくんもどうかな? 魔力があるなら……って思ったけど」

桂の突飛な発言に柚明が小さな悲鳴をあげて慌てて口を手で覆った。何を想像したのか、頬がほんのり朱色に染まっている。
逆にクリスは固まっていた。血を飲む……なんて考えられない。そんなまるで吸血鬼みたいな、艶かしく妖しく、それは犯してならない禁忌だ。
彼女の体内に流れる血は人ならざるものに力をと、聞いてはいるが……何故かなつきの顔が浮かび、罪悪感に苛まれる。

「……えっと、その、冗談。もうっ、二人ともリアクション大きすぎだってば。
 アルちゃんにも釘を刺されているし、そんなに何度もしないよ――っと、じゃあ飲み物もらうね。はい、柚明おねーちゃんの分」

明るく笑いながら言う桂にクリスはほっと胸をなでおろす。こんなところをなつきに見られたら何があるかわからないというものだ。
柚明はというと受け取った飲み物をただ握ったまま、クリスと桂の顔を交互に見ていた。彼女が何を考えているのか、クリスには見当もつかない。

「ああっ!」

唐突な桂の悲鳴にクリス、そして柚明の二人はピクリと反応する。
見れば飲み物を片手に桂はまたゲームを再開していたらしい。その結果がどうなのかは、渋いを顔を見れば聞くまでもないだろう。
ただ未練に満ちた視線の先。ガラスの向こう側にメダルを貨車に満載した列車が無常に通り過ぎて行くだけであった。

「あー、次のところいこっか、柚明おねーちゃん。」
「うん。それじゃあ飲み物をありがとうございました。クリスさん」

それほどひとつのゲームに執着はないのか、桂は柚明を連れ立ってまた別のゲームを探しにその場を離れた。
二人を見送り、結局彼女達は僕を男性として見てくれているのだろうかと疑問を抱え、そしてクリスはまたワゴンを押し始める。


 ・◆・◆・◆・


機械仕掛けのアームがゆっくりと動く。
獲物を狙う肉食獣のようにアームは目標に向かい動き出す。

初めは横移動、目標までの距離は約50cm、ここで横軸をきれいに合わせなければ意味がない。
静かに気配を悟られぬようアームは指定された座標に辿りつく。

とりあえずは最初のミッションをクリア。
アームは現在、次なる指示を待つべく待機状態に入っている。
次なる命令は縦移動、縦軸を合わし当該目標座標へのピンポイト攻撃。
だが横移動と違い縦移動は思いのほか難しく、うまく目標に到達できたと思っていても、
実際の座標より奥だったり手前だったりしてうまくいかない。

アーム再び静かに動き出し目標に向かって進む。
目標まで後30cm……

20cm……

10cm……

 5cm……

数センチ単位のずれがミッション成功の可否を握る。

「あと3cm……ここよっ!」

アームを操作する柚明は素早くアームの移動を止める。
後はアームが自動的に目標を確保してくれることを祈って……

ゆっくりとアームは下降し目標を掴む。そして持ち上がる。
丸っこく可愛らしいそれは鉄の爪に引っ掛かり魔女の大釜へ運ばれてゆく。

大口の開けて鎮座する奈落の穴へそれを放り込めば全てのミッション完了する。
柚明は15回目の挑戦にしてようやくそれを―――


ぽとっ。


「ああっ!!」

後一歩のところでだんご大家族はクレーンのアームから零れ落ち、全ては水泡に帰してしまう。
柚明15回目のクレーンゲームの挑戦はまたもや失敗に終わってしまったのだった。

「ま、まだよ……! もう一回!」
「えーっ、まだやるのぉ~?」

呆れた表情で肩を落とす桂。
飲んでいた紙コップのジュースは底を尽き、残っていた氷は全て水になってしまっていた。
柚明は数十枚のメダルをゲーム台に積んで何回でも挑戦する気まんまんである。

「他の人がたくさん稼いでくれてるんだし、素直にメダルを交換してだんご大家族もらおうよ……」
「桂ちゃん、ここでメダル交換に走ったら負けよ」
「15回も挑戦して失敗してたらとっくに負けだよ……」
「ううっ……そんなこと言わないでっ。このメダルが無くなったら本当にやめるからっ、ね!?」

もう何というか必死だね柚明お姉ちゃん……と心の中で呟く桂。
完全に柚明は負けが込んで冷静さを失っていた。
機械に突っ込んでいるのが現金ではなくメダルでよかったと胸を撫で下ろす。

「(クレーンゲームは貯金箱である。誰かがそんなこと言ってたっけ)」

二杯目のジュースを口に含みそう呟く桂だった。

「柚明おねーちゃーん~、わたし他の所いってくるね~」

ここにいてずっと柚明を見ていてもしょうがない。
他のゲーム機の所に行ってくると柚明に声をかける。
しかし柚明は無言で首を振るだけでクレーンゲームに没頭していた。
ちょうど17回目の挑戦の最中だった。



「うーん……どのゲームで遊ぼうかな……」

きょろきょろと辺りを見回す桂。
カジノ内は広大で、スロットなど本格的なギャンブル施設だけではなく、
あくまで娯楽のためだけのゲームセンター的な物も多数設置されている。
とても一日では遊びきれない量のゲーム機がそこにあった。

ふと桂はスロット台に座り、どことなく表情に虚しさを漂わせた九郎の姿を見つけた。
九郎の側には大量のメダルが入った箱が積まれ、成果は上々といったところだった。

「わっ、九郎さんすごーい。こんなに勝っちゃってるんだ」
「よお桂、負けないギャンブルに意味はあるんでしょうか……?」
「は、はい? 負けなかったらいいんじゃないかな」
「そうなんだよ……勝ちまくりなんだよ……桂、これやるよ」

そう言って九郎はメダルがたっぷりと詰まった箱を渡される。
ずっしりとした重さが腕に伝わる。桂も事前にいくらかのメダルを持たされてはいるが、
箱の中のメダルはそれを遥かに超えていた。

「何なら全部持っていってもいいぜ?」
「あ、これだけでいいよ。あはは……」

どこか投げやりな表情の九郎を横目に桂はメダルを使い道を探そうと辺りを見回す。
スロットコーナーの隣に併設されているパチンココーナーに目をやった。
普段ならまず行くことのないだろうパチンコ(もっとも十八歳未満お断りではあるが)
見ると様々なアニメキャラクターをモチーフにした台がずらりと並んでいた。

「うーん、これでいいや」

とりあえずやってみようと桂は九郎からもらったメダルを全て玉に換えた。
そして適当な台に座った。
液晶の画面に表示されたキャラクターの絵には全て1から9の数字が振られており、
玉が穴に入るたびにくるくるとスロットのように回りだす。
たまに二つの絵柄までがそろいリーチ状態になっても結局はずればっかりであった。
そろそろ飽きてきたから他のところに移動しようと思ったとき、台の液晶画面に変化が訪れた。

「わっ、何これ!?」

それまで回転する図柄が突然アニメーションに変化した。
街にやってくる蜘蛛のような形をした巨大な怪物。
それを迎撃せんと出撃する紫と赤と青のロボット。
三機のロボットは怪物に向かってライフル銃を乱射して―――撃破した。

「これって……大当たり?」

次々とあふれ出す銀色の玉。
どうやら当たりのようだ。
桂は玉をこぼさないよう箱できっちりと受け止める。

そして大当たりが終わった後もなおも何回もアニメーションが挿入される演出が入り
結局10回ほど大当たりを出した後、腕が痛くなったのでやめることにした。

パチンコを終えた桂は早速玉をメダルに交換する。
特に欲しい物があったわけではないが桂は交換所に赴いた。
様々な景品が並んでいる。銃器はもちろん日用品までありとあらゆるものが揃っている。

「こ……これは……!?」

桂は一つの景品に心奪われた。
形、色、間違いない。
没収されたアレと全く同じもの。桂は迷わずそれを手に入れた。



「そういえば柚明お姉ちゃんはどうしてるかな……」

柚明が気になった桂はクレーンゲームの場所まで戻ることにした。
もうどこかに移動してるかな?と思いつつ戻ると柚明はいた。
近くの椅子に腰をかけた柚明。
腕に抱えられただんご大家族。
ゲーム台に積まれたメダルは全て無くなっていた。
まさに全財産をつぎ込んで手に入れただんご大家族。

―――柚明は真っ白に燃え尽きていた。

「柚明お姉ちゃん……もしかしてメダル全部……」
「桂ちゃん……わたし頑張ったよ……だから……ゴールしてもいいよね?」

がっくりと項垂れる柚明。
まさに精も根も尽き果てたといったところだろう。

「わーっ!? 柚明お姉ちゃんしっかり! ほら見て、わたしもこれを手に入れたよ!」

桂は満面の笑顔でそれを服のポケットから取り出す。
そして躊躇いなくそれのボタンを押した。




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広い広いフロアの奥のまた奥。カラカラと変わらぬ音を響かせて、クリスはついに辿りつく。
一番の奥。一番密やかな場所にある特別な部屋。天使の微笑を持つ悪魔の待ち構える秘密の部屋――”ロワイアル・ルーム”に。



「グリーンダヨ! イイーンダヨ! グリーン、イッツ、ショータイッンム! ザッツ、オールグッリイイイイィィィ――――――――うわらばっ!」

秘密の部屋でクリスを出迎えたのは、あの狂博士の絶好調な勝利の雄叫びと、悲鳴。そして壁に虫が叩きつけられるような異音であった。
今や大きく開かれた扉の上には派手に縁取られた”ROYALROOM”の文字。
その中はというと……、クリスの目からするとあまり外とは変わらないように見えた。
装飾や機械のつくりは外のよりかは豪華な風にも感じたが、ギャンブル用の機械や机が並んでいる風景というのには変わりない。

「この自己主張超過料金未払いの不良債権馬鹿博士がぁぁぁあああぁぁぁ――っ!!!」

そして、そこで繰り広げられる光景もまた見知ったもので、例によって例により、いつもの通りにいつも以上に不機嫌なトーニャがそこにいた。
細やかな意匠の入った壁に博士を叩きつけ、彼をインクボトル代わりにキキーモラで真っ赤で前衛的な模様を描いている。

「このゲームはチームワークが重要だと言ったでしょうにっ! こいつはっ! このキチ(ピー)は一人先走ってからに――っ!!」
「や、や、や、やめ――、不当な暴力行為を即刻中止することを提言すると共にその速やかなる実行を要求するものなのであ――る!
 そもそもが闇に降り立った天才である我輩に遅れを取る貴様ら凡愚共が悪いのではないかと、責任の所在を訴えるところなのであるよ?」
「減らず口を叩くのはこの口ですか! なんならキキーモラで縫い付けて喋れなくしてあげてもいいんですよっ!?
 協調による大勝利なくして明日はないと言うのに、目先の勝利に飛びついてご破算にするとは、このぎゃんぶらあ自己中心派が――っ!!」
「ス――パ――、ヅガアアアァァァアアアァァァアアアン――――ッ!?」

どうやら、またしても博士がなにやらのトラブルを起こした模様。
その周りには、深優、玲二、碧らが、トーニャによる制裁を止めることなく見守っており、どうやら今回は正真正銘の大失態を犯したらしい。
では君子危うきに近寄るべからずと回れ右すべきだろうか、クリスは少しだけ迷う。
仕事はあるが、大きく精神を磨耗しそうな気もすると――考えている内に、碧に気づかれたのでクリスは渋々とワゴンを押して中へと進んだ。



「やぁやぁ、クリスくん。みんな遊んでいるのに君だけはまっじめに働いてるよね。えらいぞ。先生から花丸をあげちゃおう」

色々と引っかかる部分の多い台詞だったが、つっこんだり反論する気力もなかったのでクリスは「はぁ」と曖昧に返事をした。
それよりも気になるのは現状についてだろうか。リクエストされた飲み物をコップに注ぎながらクリスはそれを碧へと尋ねてみる。

「簡単に言えば全員で参加するゲームで、ウェスト博士がトーちんに誤爆してゲームが終わっちゃったんだよね。それで大敗。
 で、トーちんは激怒して……まぁ、ごらんのとおりってわけ。不機嫌なのはそのせいだけじゃないんだけどね」

ふむ? と小首をかしげるクリスに、碧はたゆんとした大きな胸をはってトーニャが不機嫌な理由を語った。
曰く。このロワイアルルームの鍵――正確にはカードキーであるが、それを支給品として持っていたのがトーニャだったらしい。
彼女はカジノで景品が得られるとは知らなかったし、そもそも向かうにしても遠い場所にあったので今まで鞄の中で死蔵させていたらしいが、
ここに来て必要となったことで、自分もナイアに指定された”運び屋”だったと知り、自力で二幕まで残ったというプライドを傷つけられたのだとか。

「余計なことを口走ると寿命が縮みますよ。同士ミドリスキー?」
「にゃはは……これは失礼」

いつの間にやら、背後に立っていたトーニャに、碧は頬へと一滴の冷や汗をたらりと零す。
じゃあ博士はどうなったのだろうとクリスが見てみると、血溜まりの中でピクピクと悶絶している姿がそこにあった。
普通ならば瀕死であるのだろうが、博士だとそうではなく、また誰も助けにいかないしそれが当たり前というのがなんとも不思議な光景だ。
さて話がそれたと、碧に代わりトーニャがクリスへと事の顛末を語り始める。

「クリスさんは麻雀というギャンブルをご存知ですか? ご存知でない? ……まぁ、そうでしょうね。
 では、ポーカーならどうです? ええ、簡単に説明するならば麻雀は少し複雑なポーカーといったところですかねぇ。大雑把ですが。
 ゲームの内容はさておき、勝負としての違いは麻雀は1ゲームごとに親が交代し、また子同士でも点数の取り合いができるということです」

ふむ。とクリスは納得した。麻雀が何かはまださっぱりだが、どうして博士がトーニャに折檻を受けていたかは察しがつく。
つまり、稼ぐ対象であるカジノ側が操作するプレイヤではなく、仲間であるトーニャからあの博士は役を上がってしまったと、そういう訳だ。

「卓につけるのは6人まで、最低でも一席はカジノ側のコンピュータがつくので最大で参加者は5人までとなりますね。
 ちなみに本来の麻雀は”東・南・西・北”と4人でするもので、これはそれに加えて”星・姫”と、イレギュラーなオリジナルルールです」

ゲームのタイトルは、六角麻雀(HEXA-JONG)というらしい。
通常、34種の牌を4つずつなところを6つずつ使用し、更に風牌に姫牌と星牌の2種6つずつの牌を加え、合計216の牌を使用。
風は東南西北姫星の順で、一場は六局の一荘戦で計36局(ゲーム)と超々長丁場となるが、代わりに連荘はなしというルールでもある。
ちなみに、座席の決定は星がカジノ側固定である以外は、任意に座ることで決定され、ここから駆け引きが始まっているのだとか?
その他。チーは手順前二人まで鳴け、ポンは四順前までなどなど細々な設定があるらしいが――元々を知らないクリスにはよく理解できない。

「――それで、失われたメダルの枚数が”12万5千枚”です」

しかし、その問題の深刻さだけはよく理解できた。12万5千枚のメダルというと朝に用意されたメダルのおおよそ5倍ほどである。

「この六角麻雀はゲーム中の点数をそのままメダルの枚数として扱うのですよ。1万点勝てば1万枚と、なるほど高レートでしょう。
 ですが、それもあくまで勝ち越せばという話で、勝てなければ一人頭2万5千の参加料……5人だと12万5千枚のメダルが全没収です。
 先ほどのようにゲーム途中で誰か一人でも箱ワレ……つまり点数が0になれば、その場合でもその時点で全没収と……」

盛大に溜息を吐き、トーニャは飲み物をあおる。直接に命こそかかっていないもののこの勝負はとても重要なものだ。
目前に迫った決戦に使う装備を調達するだけでなく、最終的には脱出に必要とする物資の確保にも通じるのだから、命を賭けているのに等しい。

「カジノ側の席に箱ワレはなしと、つまりは勝てる限り取り放題――まさにこれぞ博打といったところですねぇ。随分と、”ヒリつき”ます」
「けど、ちょっとリスキーすぎやしないかなぁ。次に負けたらほとんど空っぽになっちゃうし、ここは――」
「――いえ、もう一度挑戦すべきでしょう」

碧、トーニャに続き、三人目の美少女である深優がクリスの前に現れる。
眼鏡の奥の透明な瞳にギャンブルの熱はなく、あくまで冷静に、数学の問題を解説するような口調で彼女は話に加わってきた。

「失敗した場合のリスクが高いことは確かですが、5人で挑めばほぼ勝てるというのも確かなのです。
 すでに必要とする枚数を割ってしまっている以上、通常の手段でリカバリーすることは不可能と断じ、今一度勝負をすべきです」
「まぁ、そりゃあ確かだよね。
 ……席を空ければカジノ側を連携してくるってのはさっき調べたところだし、5人座れば5対1でほぼ勝てるってもわかっているけど」
「リスクには目を瞑るとしても、問題はあの御無礼男がさっきみたいな馬鹿をしないかってことですよねぇ……」

深優の提言に対し、碧とトーニャはらしくもなく及び腰であった。
イカサマはできなくとも、手の内を知らせあうだけでこちら側は有利となる。それが5対1となれば、まず続けて負けることはありえないだろう。
とはいえ、負けないということはイコール勝つことには繋がらない。なぜならば役を上がりメダルを奪う相手が一席しかないのだから。

麻雀は自分で牌を引き当てて役を作れば全員から点数を奪い、誰かが捨てた牌で役を作ればその相手から点数を奪うことができる。
今回の場合、味方から点数を奪うことに意味はない……どころか危険行為。0点になれば全員失格なのだからそれは避けなくてはならない。
なのでカジノ側から直接点数を奪わなくてはならないのだが、5人で狙うとはいえ役を上がれる相手が一席だけだと中々に機会は廻ってこない。
逆にカジノ側からは誰であろうとどのような方法でも上がれるため、結局はジリ貧になりやすいという部分がある。
加えて、今回留意しなくてはならないのはドクター・ウェストの暴走であろうか。
ご自慢の発明品により勝負強いが、それが逆に今回は皆の足を引っ張っている。上がればいいというものでないのはすでに説明したとおりだ。

果たして、この様な状況において深優はいかなる秘策を用いて対するのだろうか――?



「全ての操作の指示を私が担当します」

それが、サイボーグであり超高性能なコンピュータにより思考する深優・グリーアの出した解答であった。

「そ、それは……でもそっか、深優ちゃんなら全部計算して完璧な連携がとれるのか……」
「なんだかすごくイカサマくさい気がしますが、ここはそのデジタルクルーズに乗せてもらうというのが最善のようですねぇ」

ひとつの盲点というか、灯台下暗しというか、納得すると碧とトーニャはポンと手を打った。
通常の人間ならば盤面で開かれている牌を全て記憶し、それを基に推測、手順ごとの確率を計算して――などということはさすがにできない。
であるが、深優なら話は別だ。文字通りコンピュータの用に正確で効率的なデジタル麻雀を打(ブ)って見せるだろう。だがしかし――

「納得いかんのであーる!
 一任するというのならば頼られるべきはこの大天才であり、この世の万理を修めている我輩以外にはありえるま~~いっ!」

――ここに納得のいかない博士が一人。ずいぶんとタフだなぁとクリスは関心し、寝てりゃいいのにと残りの面子は心の中で呟いていた。

「この我輩が発明した『ドクター・ウェスト式ギャンブル必勝マシーン・”TOBAKU☆APOCALYPSE”くん』を用いれば必勝率150%!
 一度勝って、その上更に50%の儲けが上乗せされるお得仕様! 今なら、何勝負でもつきあってあげるわよ♪ と、来たものなのである!」

ここで初めてクリスは博士の鼻と顎の先に”尖ったもの”がくっついていることに気がついた。どうやらアレが発明品らしい。
はてさて、あれがどうしてギャンブル必勝の発明品なのか、質問してみようかと考えて、やっぱりやめたが、そんなこととは関係なく博士は喋る。

「愚民どもが口にする”運気(ツキ)”とは、我輩からすれば若干ちょっとだけいやはや大ざ~~っぱな表現なのではあるが、
 それは所謂ところの因果律。つまりは物事の前後の状態よりの至極当たり前な推移を超感覚的なセンサーでアバウトに読み取る行為にある!
 でもってこの我輩の大発明(略)は、因果律の解析範囲を限定することによりアカシックレコードと99.99%(多分)の近似値を出すことが可能であり、
 それを人間の最も原始的な感覚である嗅覚より脳へと伝達することにより、運気を匂いにて判断することができるという優れもの――っ!
 ドンドン☆パフパフ~♪ っと、いうわけで我輩の素晴らしさがご理解いただけたかな? 理解したのならそこに誠意ある謝罪をプリーズ☆
 我輩を厄介者扱いしたことを本当に申し訳ないと思っているのなら、謝れるはず……っ! それが、たとえ肉焦がす鉄板の上――――ぐげっ!」

熱弁振るう博士はまたしても地面へと伏すことになった。
それは、虚空に半月の軌跡を描いた深優の奇麗なハイキックが博士の顎を捕らえ、スピーカーの電源を切るがごとく蹴り抜いたからだ。
もはやこれもお約束であり、やはり誰も涎をたらしてのびている彼を心配はせず、今度はクリスも自業自得だと彼を評するようになっていた。

さて、もう用はないかとクリスは部屋を出ようとし、深優に腕を掴まれた。と、もう片方の腕もトーニャに掴まれる。

「人員が一人使用できなくなりました。クリス・ヴェルティンの協力を要請します」
「なに、機械に人がいると認識させる為に座っておくだけの簡単な仕事です」
「ほらほら、男の子なんだから麻雀ぐらい打てないとかっこわるいぞ♪」

いつの間にかに背後へと回っていた碧にぼゆん♪と背中を押され、クリスはつんのめり、更に引っ張られて――麻雀卓の前と着地。


「……え? こ、これは……どういうことなんだろう……?」


この世界に、また一人の新しい雀士が生まれた瞬間であった――……。


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