断片集 九条むつみ
まだ夜も明けたばかりの頃の灰色がかった風景の中を、荷物を抱えた作業服の男達が歩いている。
場所は市街。それもどうやら歓楽街の一角らしいということが周りの風景を見ると判る。
間もなくして立派な劇場の前と辿りつき、彼らはそれが目的の場所であったことを確認すると中へと入っていった。
場所は市街。それもどうやら歓楽街の一角らしいということが周りの風景を見ると判る。
間もなくして立派な劇場の前と辿りつき、彼らはそれが目的の場所であったことを確認すると中へと入っていった。
その様子をモニターのガラス越しに見ていた九条むつみは、ひとつ息をつくと視線を机の上へと移した。
机の上には年輪の様にコーヒーの飲み跡をつけたマグカップと、彼女が設計した首輪とがある。
九条は首輪を手に取り、そしてまたモニターへと視線を戻すと、今度は深い溜息を吐いた。
完成させたはずの首輪であるが、つい先ほど再設計の指令が上より下されたのだ。
机の上には年輪の様にコーヒーの飲み跡をつけたマグカップと、彼女が設計した首輪とがある。
九条は首輪を手に取り、そしてまたモニターへと視線を戻すと、今度は深い溜息を吐いた。
完成させたはずの首輪であるが、つい先ほど再設計の指令が上より下されたのだ。
この後に開催される殺し合いという姿を借りた邪まな野望を達成する為の儀式。
それを円滑に進める為、または儀式の根幹に関わる機構が彼女の手にする首輪の中には備わっている。
ただの枷というだけでなく、様々な機構が小さな環の中に組み込まれていた。九条が優秀であり苦心した結果でもある。
個々の機能について語るのは控えるとして、現在問題とされているのは監視システムにある不備のことであった。
それを円滑に進める為、または儀式の根幹に関わる機構が彼女の手にする首輪の中には備わっている。
ただの枷というだけでなく、様々な機構が小さな環の中に組み込まれていた。九条が優秀であり苦心した結果でもある。
個々の機能について語るのは控えるとして、現在問題とされているのは監視システムにある不備のことであった。
首輪の中にはその位置情報を知らせる発信機と、音声を拾う集音機とが存在する。
これは儀式の参加者が勝手に場外へと逃げ出したり、または問題となる行動を起こさないかを監視する為のものだ。
現在、一番地とシアーズ財団の作業員らが総出で島中に配置している監視装置と合わさることでそれは更に確かなものとなり、
彼らの要望により九条が首輪の中に内臓したカメラも加われば、その監視体制から死角は消える――はずだった。
これは儀式の参加者が勝手に場外へと逃げ出したり、または問題となる行動を起こさないかを監視する為のものだ。
現在、一番地とシアーズ財団の作業員らが総出で島中に配置している監視装置と合わさることでそれは更に確かなものとなり、
彼らの要望により九条が首輪の中に内臓したカメラも加われば、その監視体制から死角は消える――はずだった。
九条が見つめるモニターの画面の内はいくつかの升目で区切られており、幾種類かのアングルが存在していた。
首輪から発信される位置情報を元に参加者の姿を捉える周囲の監視装置からの映像と、
その参加者――この場合は試験として作業員が――嵌めている首輪に内臓されたカメラからの映像とだ。
問題は後者。首輪から送られてくる映像の方にあった。
首輪から発信される位置情報を元に参加者の姿を捉える周囲の監視装置からの映像と、
その参加者――この場合は試験として作業員が――嵌めている首輪に内臓されたカメラからの映像とだ。
問題は後者。首輪から送られてくる映像の方にあった。
内臓されたカメラは嵌めた人間の首元に当たる場所に設置されているので、当然その人物の正面を映すことになる。
だがしかし、(最初はそれで十分だと言っていたにも関わらず)それだけでは意味がないというのが上の意見だ。
正面と言っても、あくまで首を基準にした場合の正面でしかない。そして首から上。つまり人間の頭は非常によく動く。
眼球。つまりは視線にしてもそうで、監視について厳格な一番地とデータ収集に神経質なシアーズ財団の両方から同じ要望が届いた。
だがしかし、(最初はそれで十分だと言っていたにも関わらず)それだけでは意味がないというのが上の意見だ。
正面と言っても、あくまで首を基準にした場合の正面でしかない。そして首から上。つまり人間の頭は非常によく動く。
眼球。つまりは視線にしてもそうで、監視について厳格な一番地とデータ収集に神経質なシアーズ財団の両方から同じ要望が届いた。
曰く、カメラに参加者が見ているものを映せ――という要望である。
2日後。新しい設計図を提出した九条は、久しぶりに眠気覚ましではなく味わう為のコーヒーを口に流し込んだ。
ほぅ、とゆるく息をつき椅子に預けた身体を弛緩させて、自身を緊張より解放する。
ほぅ、とゆるく息をつき椅子に預けた身体を弛緩させて、自身を緊張より解放する。
先日に発生した問題であるが、作業としてはそれなりであったが、解決するのはさほど難しくはなかった。
九条は、まず監視装置に認識システムを組み込み、映像の中から人物を検知し、その顔や眼球の向きを読み取れるようにした。
これは元々、シアーズ財団で試用が進められていたもので、データを使用する許可さえ下りれば組み込み作業は簡単なものである。
次に、複数の監視装置から送られてくる風景の映像を統合し、それにより擬似的な3DMAPを作り出す仕様を組み込んだ。
これに、先に読み込んだ参加者の位置情報に眼球の向きの情報も加え、シミュレートの中で視線の先を特定する。
そしてそのデータを首輪へと発信し、
可動式に改良された首輪内のカメラがそちらへと向くことで、参加者の見ているものがモニターに映し出されるという寸法である。
これは元々、シアーズ財団で試用が進められていたもので、データを使用する許可さえ下りれば組み込み作業は簡単なものである。
次に、複数の監視装置から送られてくる風景の映像を統合し、それにより擬似的な3DMAPを作り出す仕様を組み込んだ。
これに、先に読み込んだ参加者の位置情報に眼球の向きの情報も加え、シミュレートの中で視線の先を特定する。
そしてそのデータを首輪へと発信し、
可動式に改良された首輪内のカメラがそちらへと向くことで、参加者の見ているものがモニターに映し出されるという寸法である。
九条は両腕を高く上げると、身体をひねり溜まった凝りをほぐす。
問題の解決は容易で、解決案を出すこと自体は数時間もかからなかったが、
膨大なシミュレートを行うコンピュータに掛かる負荷を低減する為の最適化を行うことと、
実際の人間の視線の動きとカメラの動きとのラグを解消するためのシステム作りには、
二日の間、昼夜を問わずキーボードを叩き続ける必要があったのだ。
問題の解決は容易で、解決案を出すこと自体は数時間もかからなかったが、
膨大なシミュレートを行うコンピュータに掛かる負荷を低減する為の最適化を行うことと、
実際の人間の視線の動きとカメラの動きとのラグを解消するためのシステム作りには、
二日の間、昼夜を問わずキーボードを叩き続ける必要があったのだ。
カップに残ったコーヒーを飲み干すと、九条はモニターへと目を向けた。
その中では改良された首輪をつけた作業員らが島内を歩いている様が映し出されている。
正確に参加者の視線の動きをトレースする映像は監視員が酔ってしまうのではないか? などとも思うが、動作は概ね良好だ。
再び、改良を命じられることはないだろうと、九条は自らの仕事の出来栄えに安堵する。
もっとも、このシステムを活用する為に倍の監視装置が必要となり現在追加分の設置に大童なのだが……まぁ、それは別の話だろう。
その中では改良された首輪をつけた作業員らが島内を歩いている様が映し出されている。
正確に参加者の視線の動きをトレースする映像は監視員が酔ってしまうのではないか? などとも思うが、動作は概ね良好だ。
再び、改良を命じられることはないだろうと、九条は自らの仕事の出来栄えに安堵する。
もっとも、このシステムを活用する為に倍の監視装置が必要となり現在追加分の設置に大童なのだが……まぁ、それは別の話だろう。
しばらくぼうっとしていた九条だが、おもむろに立ち上がると部屋の隅にある簡易ベッドへと足を向けた。
もう間もなく始まってしまう儀式。一旦始まれば目を離す暇もないだろうから今のうちに休もうと、そう考えたのだ。
もう間もなく始まってしまう儀式。一旦始まれば目を離す暇もないだろうから今のうちに休もうと、そう考えたのだ。
脱いだ白衣を作業台の上に放って、九条はマットレスの上へと横になり目を瞑って瞼の裏の暗闇を見つめる。
暗闇――彼女の娘も今は暗闇の中で眠りについている。
ここへと連れてこられ九条が一番最初に見せられたのは、闇に覆われた室内に横たわっている幾人もの少年少女の姿であった。
眠っているのかというとそれは定かではない。
何日もそのままであることを考えれば、おそらくは何か異能の力で仮死状態なり特別な処置がとられているのだろう。
ともかくとして、彼女はその中に実の娘である玖我なつきがいると知らされ、確認し、そして今彼等に従い任務をこなしている。
暗闇――彼女の娘も今は暗闇の中で眠りについている。
ここへと連れてこられ九条が一番最初に見せられたのは、闇に覆われた室内に横たわっている幾人もの少年少女の姿であった。
眠っているのかというとそれは定かではない。
何日もそのままであることを考えれば、おそらくは何か異能の力で仮死状態なり特別な処置がとられているのだろう。
ともかくとして、彼女はその中に実の娘である玖我なつきがいると知らされ、確認し、そして今彼等に従い任務をこなしている。
無論。九条はただ娘が儀式の生贄になる様を見届ける為にここにいて、首輪の作成に勤しんでいるわけではない。
たったひとりの娘を救う為だ。その可能性がどれだけ低くとも、決して諦めるつもりは彼女の中にはない。
僅かではあるが作業の合間を縫ってその手段も用意してはいる。娘以外の何者もを犠牲にする覚悟ももう終えていた。
たったひとりの娘を救う為だ。その可能性がどれだけ低くとも、決して諦めるつもりは彼女の中にはない。
僅かではあるが作業の合間を縫ってその手段も用意してはいる。娘以外の何者もを犠牲にする覚悟ももう終えていた。
人工HiME計画。シアーズ財団ですらまだ実用には程遠いそれを、今回の儀式の主催者はひとつの装置でいとも容易く実現している。
表向きは黒曜の君である神崎黎人が主導者であるように見えるが、一番地でも不可能な以上、更に黒幕がいるのは明白だ。
一番地からは逃げ出し、シアーズ財団に囲われ、実の娘に母だと名乗り出ることもできないただの敗北者である女。
そんな自分に今更何ができるのか。自問は身を苛むが、しかし九条はまだ自分が母であるという想いを胸にそれへと挑む。
表向きは黒曜の君である神崎黎人が主導者であるように見えるが、一番地でも不可能な以上、更に黒幕がいるのは明白だ。
一番地からは逃げ出し、シアーズ財団に囲われ、実の娘に母だと名乗り出ることもできないただの敗北者である女。
そんな自分に今更何ができるのか。自問は身を苛むが、しかし九条はまだ自分が母であるという想いを胸にそれへと挑む。
儀式開始まで後、24時間。
九条むつみは孤独な戦いを前に、娘の名前を心の中で呟き、その意識を安らかな闇の底へと手放した――……。