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断片集 神埼黎人

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断片集 神埼黎人



 総勢六十四名の星詠みの使途による、凄惨な殺し合い。星の運命を巡る儀式の勝者が、ついに決定された。
 幻惑のような灯火に照らされた回廊を通り、たった一つの席へと向かうのは――眼帯の大男。

 待ち構えていたのは、儀式の運営を司りし“黒曜の君”と、彼が有する最強にして最後の“HiME”。
 開会の宣誓を果たしたあの大広間にて、生き残った一人と、出番を待ち続けた一人の、決戦が始まろうとしていた。

 眼帯の大男は最後のHiMEを目にし、黒曜の君が企てたる儀式の全容を知るだろう。
 自分や死んでいった六十三人の人間は、あらかじめ用意されていたシナリオの駒に過ぎなかった。
 勝者など存在するはずもなく、最終的には敗者ばかりとなるのがこの星詠みの舞の必定、と悟るに違いない。
 仮に大男が最後のHiMEを打ち破ったとして――いや、そんな想定はする必要もない。

 己はただ打ち滅ばされるのみか。抗えるとしたらどこまでか。試してみるのも一興。
 ここで死ぬのと言うのなら、男子の本懐を遂げ、せめて怨敵に煮え湯の一杯でも飲ませてやりたい。
 眼帯の大男の性格を考慮するならば、そんな筋書きだ。他の者であった場合、筋書きは多少異なるであろうが。

 まあ、たとえ誰であったとしても、だ。

 それが如何な強豪であったとしても、黒曜の君と彼が寵愛する妹君には適うまい。
 儀式に勝者などという存在がいるのだとしたら、それは神崎の兄妹を置いてほかにないのだ。

 玖我なつき杉浦碧のようなHiMEの劣等種であったとしても、
 九鬼耀鋼橘平蔵のような人間の域を超える武人であったとしても、
 最強のHiMEたる美袋命の剣に屠られ――そして、星詠みの舞は完成する。


 ・◆・◆・◆・


 ――というのが、神崎黎人のシナリオ。

 星詠みの舞は、資格を持つ者同士による闘争の儀式である。
 不確定要素も多くはあるが、勝利者の座に戦闘力の高い参加者が上り詰めるのはごく自然なことだ。
 そういった意味では、九鬼耀鋼や橘平蔵、加藤虎太郎や最強のファントムと呼ばれた吾妻玲二が優勝候補に挙がるだろう。
 また、人数こそ多いが舞台となる島の広さや争いに対する各々の思想等を踏まえれば、儀式が決着するのにそう長い時間はかかるまい。
 遅くとも三日目の朝方までには生存者は一人となり、温存していた六十五人目のHiME、美袋命とぶつかることになるはずだった。
 そして命は、六十四人の想念を受け継ぎしその紛い物のHiMEを葬ることで、真なる舞姫となるのである。

 ――しかし実際のところ、三日を過ぎても星詠みの舞は終わらなかった。

 五日目を迎えても、決着はまだ。
 なにがいけなかったのだろうか。
 前提が間違っていたのか、単に目算を誤っただけか。
 参加者たちが思いのほかしぶとかった、では済まされない。

 ――シナリオは既に狂い始めている。これ以上は容認できない。

 反省会をやるにはまだ早い。が、省みる必要はある。
 競争はいつしか戦争へと色を変え、歪みが生じた。
 歪みは、早々に修復しなければならない。

 ――つまり、シナリオの書き直しだ。

 いつ、ともわからないその時。
 神崎黎人は深刻なため息をついて、そう決心したのである。


 ・◆・◆・◆・


“放送室”。

 一枚の鉄扉のみを出入り口とするその部屋で、神崎黎人は通算十八回目となる定時業務を行っていた。

『――十八回目の放送だ。新しい禁止エリアは、14時より”C-1”。16時より”B-5”。以上――……』

 簡潔に終え、マイクのスイッチを切る。
 今回の放送は十秒とかからなかった。おそらく最短記録になるだろう。
 死者の名を告げたり、殺し合いを扇動するようなトークを交える必要もないのだから、仕方がない。

 そもそも、相手側が親身なって聞いているかも怪しいものだ。
 いっそのこと、彼らが現在滞在しているG-7が新たな禁止エリアに指定された――と嘘の報告でもしてやろうかとさえ思う。

「八回もやれば多いほうだろう。そう思っていたのだがね……」

 数日前、そんな予想を立てていた自分を思い出し自嘲する。
 神崎は疎ましそうな目つきで、放送機器と共に並ぶ眼前のモニター郡を見やった。
 それぞれ、高く聳える高級ホテルや波穏やかな浜辺、室内型球戯場の『外観』などの様子を映し出している。
 そこに生きて動く人間の姿は確認できず、時折野鳥や野良猫の影が映る程度だった。

 当に全滅するかと思っていた儀式の参加者、紛い物のHiMEたちは、まだかなりの人数が存命している。
 彼らの姿も、もう久しく拝んでいない。
 今朝方になって、監視員が集団で移動する彼らを目撃したそうだが、神崎は別の業務に当たっていたせいで見逃していた。

 それというのも、炎凪と九条むつみの二人が、こちら側の監視をことごとく封殺してしまったからである。
 一番地とシアーズ財団の裏切り者である二人は、拠点とするホテルの監視カメラをすべて破壊し、敷地内全域に鬼道による結界を張った。
 おかげで敵情を窺うすべがなくなってしまい、彼らがホテル内でなにを行っているのか、まるでわからないという状況が続いている。

(つくづく厄介な奴だよ、凪。ご先祖様におまえを封じた際の知恵をお借りしたいところだ、まったく)

 黒皮製のチェアに凭れながら、神崎は変わり映えのしないモニターの一つ一つを適当に見渡していく。
 不可視の結界を張られてしまっては、機械での干渉はほぼ不可能だ。シアーズの科学力持ってしても、それは変わらない。
 鬼道の力を応用すれば結界を通り抜けての遠視くらいは可能かもしれないが、あいにく凪の力を凌駕するほどの術者など、今世紀の一番地には生まれ出でていない。
 二人の裏切り者と十四人の生存者たち。彼らが徒党を組み、ホテルに引き篭もってなにをやっているかは、主催者である神崎にもわからないのだった。

(すべてを諦め、破滅を待つばかり……というわけではないようだが、今はいったい、そんなところでなにをしているのか)

 そんな彼らは、朝方に全員でホテルを発ち、隣のエリアに立つ屋内スタジアムへと移動を果たしている。
 資料によれば、そこは多種多様なスポーツ施設の集合体のようなもので、戦略的価値など皆無と言ってしまっていい。
 そのスタジアムにも律儀に結界を張っているあたり、なにかを企ててはいるのだろうが、そのなにかが読みきれなかった。

 凪たちが神崎に隠れてこそこそと下準備を進めている間にも、禁止エリアの数は着々と増え続けている。
 彼らの側に凪と九条がおり、尚且つ未だ儀式の破壊を目論んでいるというのなら、頃合は明日の朝と見るのが妥当だろう。
 神崎が根城とするここ、一番地拠点への侵入経路が禁止エリアで完全に封鎖されきる前には、必ず動きを見せるはずだ。

(それまではせいぜい、戦力を整えておくがいいさ。全力で迎え撃ってあげようじゃないか)

 あの凪のことである。用意は万端にして臨んでくるだろう。
 だが、それはこちら側とて同じこと。紛い物のHiMEたちの裏をかく準備は、既に整っている。
 どのような兵器、どのような戦略を駆使したところで、彼らに勝ち目などない。
 あの“結界”が磐石ならば――。

「おや……」

 そろそろ退室しようと神崎が席を立ったところで、端のテーブルに大皿が一枚置かれていることに気づいた。
 皿には赤みがかった油汚れがわずかに残り、そばにはレンゲが添えられている。
 訝しげに見つめやる神崎の顔が、歪んだ。

 思い返されるのは、言峰綺礼が担当した第一回目の放送である。
 話好きの神父は放送を行う際、わざわざ麻婆豆腐を食べながらマイクに向かっていた。
 彼なりに参加者たちの怒りを煽ろうとしたのだろうが、些か理解に苦しむやり方でもある。
 まさかそのときの片づけ忘れだろうか、と神崎が顔を近づけてみた。

 中華料理独特の豆板醤の臭いが、まだ残っている。赤みのある汚れが、いやおうなしに麻婆豆腐を連想させた。
 これが第一回放送のときの片付け忘れだとしたらもう五日も前のものになるが、その割には汚れも臭いも真新しい。
 つい最近のものと考えるのが妥当であり、またこの状況下、放送室で麻婆豆腐を食べる職員の心当たりなど、一人もいなかった。

「言峰神父……牢獄を脱しどこでなにをやっているかと思えば」

 第三回放送の折に投獄を命じた元主催運営補佐役、言峰綺礼は何者かの手引きで再びの自由を得ている。
 おそらくは彼を連れ込んだ“幸福の女神”による仕業だろうし、言峰もあれ以降、
 参加者側に不用意な干渉をしたりもしていないので、特別監視をつけることもなく野放しにしていた。

 この大皿も、十中八九言峰の仕業だろうが……なぜ放送室で麻婆豆腐など食べていたのだろうか。
 ここに出入りする人間など、今となっては神崎くらいなものである。
 だとすれば、これは言峰から神崎にあてた、なんらかのメッセージなのかもしれない。

「……馬鹿馬鹿しい」

 などと考えて、神崎は首を振る。こんなものに意味などあってたまるものか。
 聖職者にあるまじき神父の悪趣味な嫌がらせだろう、とこれを放置することに決める。
 六時間後、神崎がまたこの部屋を訪れるまでに、誰かに片付けさせておけばいい。
 その程度のものだ、と改めて退室しようとしたところで、また気づく。

 大皿が置かれていたテーブルの手前、言峰が座っていただろう椅子の上に、一冊のファイルが置かれていた。
 A5版サイズのファイルは表裏共に黒一色の装飾で、どことなく不気味な印象を漂わせている。
 中を開いてみると、表紙と同じ漆黒に彩られた紙が計24ページ、綺麗にファイリングされている。
 なにかの書類かと思われたが、どのページを見ても目に映るのは黒の色感だけで、なんの記述もない。

 黒いファイルに黒い紙を数枚収めただけの、得体の知れない代物がこの場に残されている。
 これも言峰の私物だろうか、と思うも本人に確認を取るすべはなく、またそれほどの興味も湧きはしない。
 神崎は仏頂面でファイルを椅子の上に置き、大皿も残して、用のなくなった放送室を出ていく。

 ギィッ、と古めかしい音が鳴り、鉄扉が閉ざされた。
 と同時に、黒いファイルの隙間からはらり、と一枚の紙片が零れだす。

 ――『4-9』。手書きでそう綴られただけのメモ書きが、誰に気づかれることもなく床に落ちた。

 瞬間、部屋の隅に置かれた観葉植物の脇から、一匹のハツカネズミが床を這っていった。
 チチチ、と落ちたメモ書きの前で可愛らしく鳴き、これを踏み越え軽快に椅子をよじ登っていく。
 そうして、例の黒いファイルまで辿り着いた。短い四肢を用い、ハツカネズミは器用にこれを開いていく。

「全部で二十四篇。“断片集”もこれで終わりだね……ひとまずは」

 ファイルのページ数を確認しながら、、ハツカネズミは確かにそう喋った。
 しかしその言葉を耳にした者は、誰一人として存在しない……。



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