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LIVE FOR YOU (舞台) 13

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LIVE FOR YOU (舞台) 13



 ・◆・◆・◆・


「さて、彼女達も行ったことだし……僕も一仕事する番かな」

一足先に神崎の元へ向かった桂と柚明を見送った那岐。
彼は、今はただの静寂だけが残る地の底の祭壇に一人立っている。

聞こえる音はというと時折波打つ地底湖の波音のみ。
じっとしてると耳が痛くなるような静けさだった。

「しっかしまあ……派手にやったもんだねぇ……」

木で作られた祭壇の階段を一旦降り、那岐はつい先ほどまで行われた戦闘の跡を改めて見つめる。
広大な石造りの床と、その先に広がるむき出しの地面。これら一面に散らばるアンドロイドの残骸。

上半身が粉々に砕かれた物。
鋭利な刃物で一刀両断にされた物。
何らかの爆発により残骸の一部が焼け焦げた物。
さまざまな形をした機械の残骸の状態がここで行われた戦闘の凄まじさを物語っていた。

「数十体は僕らでスクラップにしたかな?
 まったくもって勿体無いねえ……。一体につきいくらぐらいの値が張るのか、僕には想像もつかないよ」

那岐は首だけになって転がっているアンドロイドの顔に視線を移す。
深優にどことなく顔立ちが似た、少女の姿を模したアンドロイド。
本来なら人工皮膚で覆われている端正な顔も焼けただれ、顔の半分ほどは機械が剥き出しになっていた。

「ふう、かわいい顔が台無しだね」

そう言って肩をすくめる。
しばらくの間アンドロイドの残骸を調べていた那岐は少女型のアンドロイドに混じって、
何体か少年型のアンドロイドが存在していたことに気がついた。

「ああ……そういえば桂ちゃんがたまに手こずっていたのがいたけどこれだったのか」

大多数を占める少女型のアンドロイド。
その動きは普通の人間を凌駕するものの、動き自体は機械的で単調なものだった。
だがこの少年型の物はそれに比べるとトリッキーで有機的な動きをしていた。
その機械にあるまじき動きは戦闘経験の浅い桂を翻弄していたのだが……

「相手が桂ちゃんのような接近戦主体のスタイルなら効果的だけど、僕や柚明ちゃんには相性が悪かったね」

桂と違って那岐や柚明は遠距離戦を得意とする。
特に点ではなく面制圧に優れた攻撃方法を取る二人の前ではいくら変幻自在で翻弄しようとも、
そこにいる場所ごと絨毯爆撃するような那岐と柚明の戦法に対してはあまり意味はなかったのである。

那岐は祭壇に向かって足を戻す。
アンドロイドの残骸に紛れ今もなおむせ返るような血の臭いを放つ、肉塊となった人間だったものを一瞥して。
言霊によって生ける人形と化した一番地の戦闘員。
哀れではあるが同情はしない。一番地という闇の組織の構成員をやってきたのだ。
何も知らずにここまで来たなんて言わせない。
――そう思えば、心が痛まずに済む。

「……感傷に浸るのはここまでっと。さあ仕事始めますか」

太い注連縄が張られた祭壇の中心へと那岐は立つ。
足元に描かれた魔法陣は洋の東西を問わない、まさに魔術の和洋折衷というべきの複雑さで記されていた。
那岐は魔法陣の中心に手を付いて静かに目を閉じ、意識を集中させる。
この島に広がる霊脈の中心、そこで霊脈を制御しオーファンを出現させる術式の解析を開始した。

「解析――開始――」

暗い闇の中を光が行き交う那岐の心象風景。
光はまるで回路を流れる電気信号のように明滅し、移動してゆく。
その中に一つの魔術文字が浮かび上がる。
さらに一つ、さらに一つ。
凄まじいスピードで浮かび上がり、霊脈を制御する術式が展開されてゆく。
それはまるで津波か洪水のように何千万行に及ぶ術式が那岐の脳内に氾濫する。
本来なら多数の魔術師が何日もかけて完成させる巨大な術式。
並みの魔術師が一度に解析しようものなら、あっというまに氾濫する情報の波に精神を破壊されてしまうだろう。
だが那岐は長年培った知識と経験で、氾濫する情報の波を受け流す。

「……まったく酷い術式だね。なんでもかんでも混ぜりゃあいいってもんじゃないよ」

世界中の魔術様式が入り混じった制御術式。
アルが一緒にいてくれればもう少し早く解析できそうなのだが、そうでない以上そんなことを言っても始まらない。
那岐は混ぜ込まれた西洋の魔術様式へと意識を飛ばし、不慣れなそれに四苦八苦する。

「こんな闇鍋状態の式がまともに動くことが僕には信じられないよ」

スパゲッティのように複雑に絡み合った術式を丁寧に解きほぐして整理してゆく。
そのままではどの式がどの作用を及ぼすか全く検討がつかない。
下手に書き換えてしまうと予想もつかない術式に変貌してしまう可能性もある。
最悪、島ごと吹き飛ぶ可能性も無きにしもあらずなのだから。

「よし、解析と整理終わり……次は書き換え――」

見慣れない魔術様式が暗号のようになって解析を阻んだがそれも終わり、ようやく書き換え作業に移る。
整理してみると膨大な術式のほとんどがただのジャンク――ノイズだと分かった。
解析を防ぐためのダミー情報、とは言っても何千万行の式が何万行にまで減ったというレベルではあるが。
だがこれで書き換え作業は多少なりにとも楽になったと言えよう。
さてと那岐は作業を開始する。書き込む術式のベースは以前教会でオーファンを呼び出した形である。

だが今回術式で操作するのは島を流れる地脈の中枢――いわばメインサーバーのようなもの。
教会で行ったことは端末からのアクセスする許可を受けてサーバーからオーファンを召喚したにすぎない。
これから行うのは、メインサーバーをクラッキングして管理者権限を直接奪うことに等しい。

「祭壇を放棄したのがトラップじゃなきゃいいんだけど……」

書き換えに精神を集中してるところに襲われでもしたらさすがの那岐とて無事では済まない。
それに物理的な攻撃のほかに魔術的な攻撃の可能性もある。
那岐もアルと同じく生きて動いているが元々は魔術の理が一人歩きしている物。
普段は意識野を何十もの魔術的な障壁により精神を守っているが、
式という術理によって存在を構成されている以上、精神本体は人間よりも遥かに魔術に弱い。
長い時を炎の言霊ひとつで縛られていたということもある。

「……迷ってもしかたないんだ。みんな役目を果たそうとしてる。僕だけ逃げるなんてことできないもんね」

腹は決まった。書き換え作業を実行する那岐。
どうせ攻撃を受けるなら解析作業中にも来る可能性だってあったのだ。
しかし攻撃は来なかった。つまり神崎は本当に祭壇を『放棄』した。
その可能性に賭けて――。

闇に浮かぶ膨大な行で記された霊脈の制御術式。
それが凄まじい速度で書き換えられていく。
那岐がもっとも得意とする魔術様式へと置換されてゆく。
やがて足元の魔法陣が仄かに輝きだす。霊脈の制御が一番地から那岐へと移り変わりゆく。
しかし攻撃は訪れない。そして一際眩い光が柱のように立ち昇り、霊脈の制御の奪取が完了した。

「……………………」

那岐は指をパチンと鳴らす。
すると光の粒子が一点に集まり鴉のような姿をしたオーファンが現れた。
鴉は洞窟内をしばらく飛び回った後――

「戻れ」

那岐の一声で再び光の粒となって消え去った。

「おーけー、これでこの島の霊脈とオーファンは全てこの僕の制御下だ」

もうここには用はない。
霊脈の制御術式は那岐が仕掛けた幾重のも防壁で守られている。
日本にまだ文字が伝わる前に存在した術式で。
もはや誰も伝えることができない遥か昔に失われた魔術。
現代に存在する魔術師にこれを突破できる術はないだろう。

那岐は祭壇奥の通路に向かい神崎の元へ。
その時、いつものように神崎の放送が聞こえて来た。
それはここ数日繰り返される時報めいた放送……のはずだった。




 ・◆・◆・◆・


『――これより、二十二回目となる放送を行う。

 聞いている余裕があるのかどうか、それどころではないという者も多いだろうがよく聞いて欲しい。
 今回は前回までのような形だけの意味の薄い放送ではない。
 君たちや我々にとって至極重要であり、放送の本来の趣旨を取り戻すものだ。

 死者の発表をする。


 以上、3名。
 繰り返し言おう。玖我なつき、山辺美希、ファルシータ・フォーセット。以上の3名は死亡した。

 続けて禁止エリアの発表を行う。
 14時より”B-4”。16時より”G-6”が禁止エリアと指定される。
 君たちが入場してきた学園と、君たちが拠点としていたあのカジノホテルがあるエリアだ。

 最早地上に逃げたとしても、君たちに帰るべき場所はない。
 取り戻したければ全てに決着をつけるしかないだろう。私もそれを望んでいる。

 以上だ。もう次の放送はないだろう――』


 ・◆・◆・◆・


機器のスイッチを切ると、神崎はしばらく無言で何かを考えそれから席を立った。
極一部の者しか入室を許されていない放送室を横切り、簡素な鉄扉を開いて通路へと出る。

「終わったロボ?」
「ああ。司令室に帰ろう」

外で待っていたボディガード役のエルザに答えると、神崎は口を閉じて無言で通路を進んでゆく。

久々となる死者の読み上げ。
停止していた儀式が動き出したという実感と、迫り来る終焉の予感。
そこにあるのは喜びと期待か、それとも空しさと諦観か。それは、神崎自身にも掴みきれない複雑な感情であった。


 ・◆・◆・◆・


耳を貫くよう響き渡るは怒号のような轟音。
壁に床にと幾度となく反響し、まるでバケツの中に入れられて外から叩かれているかのよう。
音の原因は、その大きさから考えればありえぬほど小さく、しかし、人の身からすれば怪物と呼べる程に大きい代物。

ある種の類似性と整合性、そして美しさと獰猛さを持つ、鉄の獣。
戦車の如き巨体を持ちながら、戦車では到底あり得ない、獣のような挙動。
縦横無人に地を駆け抜け、その手足を振るい爪痕を存分に刻み付ける鋼鉄の暴風。

それが、四つ。
一つ一つの形状は異なるものの、誰かがこの場を見ればそれらは同属の存在であると考えただろう。
その同属に近しい四つの巨体は、同属でありながら、いや、だからこそかお互いに合い争っていた。
高く吼え、梳く奔り、神のごとく裂き、地を砕き、他者を潰す。
己の持ちうる限りの知性と蛮性でもって、破壊の渦を作り出す巨獣たち。
跳ねる四つの鋼の巨体の前では、人などまるで嵐の中の鳥のように引き裂かれ、何処へとも無く吹き飛ばされてしまうだろう。

だが、その凶嵐の只中にあって、尚消え去ることの無く人影が存在し続ける。
吹き飛ばされることも、引き裂かれることもなく、今なお、そしておそらくはこのまま延々と留まり続けるであろう人影。
絶えず動き回るその影は、凶獣の数と同じ、四つ。
揃いの武器、柄の長い鉾槍を油断無く構える、四人の人影。


一つは地を往く鋼鉄の牙たる愕天王。その主たる杉浦碧
残りの者達は名も無き存在。彼女の能力を写し取ったオーファン共の背に立つ、アンドロイド達。


 ・◆・◆・◆・


「ははは……こりゃ、流石に参ったね」

額に滲み出した汗を拭う。
腕も足も怪我は無いけど重くて痛い。
地響きを立てて三方向から次々と襲い掛かる巨体。
黙っていると何処までも押しつぶされてしまいそうな程の圧力。
それに耐えかねて口を開いてみても、でも、出てくるのは軽口ばかり。

……これは本当にキツい。
圧倒的な力の波に踏み潰されるのを何とか耐え忍ぶとかじゃなくて、
どう頑張っても押し負ける相手に徐々に制圧されるというのは精神的にキツい。

1対1でも互角、というかそもそも同じ能力なのが3人。
正義の味方にはニセモノが現れるのはお約束だけど、それが一度に3人てのは卑怯てもんでしょ。
1対1×3とかに出来る狭い場所でもなく、1対3でやるしか無い広い部屋。
何かしら状況が好転する要素は無いことも無いけどそれも大分先の話になる。
何と言うか今すぐにでも撤退……じゃなくて転進、そう転進ね。撤退にあらず、したい所ではある。

「けど、それは無理、だよね」

先生として、仲間として、この場を譲る訳にはいかない。
他のみんなも同じような苦境の中にいるかもしれない。
なら、こんなところで泣き言いっている暇なんて無い。
それどころか、さっさとこの場を片付て、待たせたねババーン! と正義の味方らしく参上しないと。
そう、参上しないいけないのだけど。

「と! 危ないね、この!」

叫びながら、オーファンの上から飛び掛ってきた相手のエレメントを受け止める。
ギリギリと押し込まれるのを強引に押しかえした。声を出すと喉が張り付く、喉が渇いてる。
そうして、愕天王の上から弾き飛ばしたけれど、あっさり他の一人に抱きとめられる。
そのタイミングで突っ込んできたもう一人を防ぎきるだけの力は無い。
何とか受け止める事には成功したのだけど。

「あーちくしょー! 乙女の珠のお肌に何するのさー!!」

熱い。
熱くて、痛い。
左のおでこに痛みを感じる。
こんなの死んでったみんなに比べればなんでも無いと言い聞かせても痛いもの痛い。
つーか顔は女の命なんだっての! ふざけんなー!
それほど深いわけでもないとか、髪に隠せる位置だとか、治るくらいの傷だとかそんなので納得いくか。
というか髪も少し切られたし! 髪は女の命なんだよ!
痛いし、何か目に近い所から一瞬拭ってみて、

「あれ!?」

視界が急激に悪くなる。
何でか知らないけど額から流れる感触が止まらない。



――額からの血は、多い。
見た目ほどの怪我では無い事がほとんどだが、逆にいえばそうだと錯覚するくらいに多い。
加えて、骨に近く肉が薄いから出血自体も止まり難い。
短時間での止血は難しく、手で拭ったところでかえって目の近くに流れ、視界が塞がることもある。

戦闘経験はあっても、戦闘の専門家というわけでは無い碧としては仕方ない対応ではあるのだが、
どちらにせよ碧の左の視界が一部塞がれたことには変わらない。
しかも、液体である血液はこれから徐々にその支配範囲を広げる。
左側の視界はおろか、遠近感すら狂ってしまえば、最早碧に勝利は無い。

一度侵入を許した以上、手で拭うのは逆効果にすぎず、さりとて悠長に布などの用意している余裕などある筈も無い。
取り得る手段としては、左手の袖を使い、ある程度長時間傷口を押さえ続ける事だろうか。
だが、それも不可能。
いくら重さを感じない青天霹靂でも、長柄の武器は片手で扱うには向かないのだ。
上に流れたと思いきや、次は下から現れる流水のように奔る動きは、両の手を用いなければとても出来るものでは無い。
これが或いは玖珂なつきや深優・グリーアのように、片腕でも使用可能な武器ならばどうにか対処できたかもしれないが、
鉾槍である青天霹靂だと片手では振り下ろすか、なぎ払うかの単調な動きしかできない。
重さを感じない動きで振り回せ、それで居て金属塊の重さと鉈の切れ味を併せ持つ青天霹靂ならそれでも充分な戦力ではあるが、
相手も同じ武器の使い手。
騎上から敵を寄せ付けないように振るうなら兎も角、
相手も同じ騎上の人。
片腕を封じるという選択肢など、取りようも無かった。



息が荒い。
体中が熱を帯びてる。
疲労の熱さが半分、痛みの熱さが半分。
心臓の音が体の中で反響してるように聞こえるほど激しく響く。
片方の視界はとっくに赤く曇り、左側どころか距離すらうまく掴めなくなる。
可能なら片手で押さえたい、出来れば布か何かで止血したいけどそんな暇が無い。

「はっ……はぁ……」

息が荒い。
喉の奥が痛くてゼィゼィと音がする。
動かないでいると身体が勝手に揺れはじめる。
もうここでどのくらい戦っているんだろう。
先に行ったクリス君となつきちゃんは無事だろうか。
他のみんなはちゃんと神崎君の下まで辿りついたのだろうか。

「はぁ……ふっ……」

荒い息を飲み込む。
のんびり深呼吸してる暇も無い。
視界が塞がった方を防ぎやすいように右足を前に構える。
少し動きの鈍ってきた指をしっかりと動かして青天霹靂を握り締める。
他のみんなの心配している余裕なんてとっくに無いけどそれでも心配だ。
ずいぶんと荒れ果てた床の上を、土煙を立てながら三体のオーファンが迫る。
内一体は足元しか見えない。 少しだけ左を向いてその上に人影があるのだけ確認。
再び真ん中の一体を正面に捕らえる。 一度に全部見えないのは危険だけどどうしようもない。
一体を完全に視界から外すよりは足元の動きだけでも見えたほうが少しはマシ。

あと、何回防げばいいのかな。
どれだけ我慢し続ければ隙が生まれるのかな。
そろそろ、アルちゃんや玲二君は基地に侵入できてるのかな。
時折遠くから轟音が響いてる気がするけど心臓がうるさくてよく聞こえない。
出来れば早く……

「…………っ」

首を振る。
そんな弱気でどうするのさ。
血と汗で額に張り付いた髪をかき上げる。
倒しきれないなら、せめて最後までここで足止めし続けないと。

もう何度目かもわからない轟音と衝撃。

ふんばれ愕天王……っ!
みんな頑張ってるんだから!
あたし達がここで倒れるなんて許されない!

みんな、
みんなで約束したんだから、
みんなで生きて帰るって、しかめっ面の玲二君でさえ約束したんだから、

腕が痛い。
青天霹靂が重い。
目の前の子は無表情のままに力だけ込める。
あたしのコピーだってのに、疲れは無いんだろうか。
さすが碧ちゃんと誇るべきなのか、あたしはもう少しかよわいと抗議すればいいのか。

「っ!」

余計な思考ごと青天霹靂をなぎ払う。
軽快な動作でオーファンを下がらせる影。
でもそれを追う余裕もなく次の影が迫ってる。
ちゃんと視界に入りにくいように向かってくるのが敵ながらニクい。

「愕天王っ!!」

正面から受け止めるなんて真似は何度も出来ない。
だからこうして三体の間隔が開いた隙を見計らって移動。
両側から鉾槍やオーファンの爪牙が振るわれるけど、服が更にボロボロになる程度で済む。
いくつかの新しい痛みに顔をしかめつつ、適当に振り払いながら距離を取って反転、再び向かい合う。

向こうの動作はいつも変わらない。三体で等間隔を取りながら同時に突進。
同時に受け止めるなんて出来ないのは最初の二回でわかった。
だから同時に攻撃される前に一体だけに狙いを絞ってそいつに突撃。
どうにかそいつを退けて逃げれば、他の二体は深追いしてこない。
少し距離をおいて、必ず三体で突撃してくる。休む時間があるのは助かるけど逆にどんなに頑張っても攻めきれない。
それに気づいたのは何時だっただろう。
もう少し早く気づいていればどうにか他の手段も取れたのかもしれないけど、そんな力はもう残ってない。

「もう、とっくに……飽きてるんだけど、ね……」

唾液に薄く混ざった血の味を飲み込みながら言ってみる。
別の動きを要求してみても、応えてなんかくれない。
ゆっくりじわじわと削られるだけ。
ふと気が付けば、そのことに焦りよりも安堵を感じてる。
こうして同じ事をしてきてくれる内は、まだ大丈夫。
なんとか、防いでいられるから。

だから……


『――これより、二十二回目となる放送を行う。』


「ふぇ!?」


『聞いている余裕があるのかどうか、それどころではないという者も多いだろうがよく聞いて欲しい。』


ちょっと驚いた。
こんな時にまで放送とは相変わらず律儀だね怜人君。
放送って事は今はもう12時かな。まだ、それくらいしか経ってないんだ。

「もう一頑張り……かな」

いや、もうこんなにも経ったんだ。
だったら後もう少し、いやもうちょっとだけど、頑張れる。
何とかなる。ここで防いでいればみんな頑張れる。
よし、それじゃあ――、


『死者の発表をする。――玖我なつき』


「…………は?」


『――山辺美希。――ファルシータ・フォーセット』


え?
い、いやこら、

「あ……………………えと………………。は、ははは、そんな、冗談キツいね……は…………は……」

やだな神崎君、冗談はほどほどにして欲しいよ。
あんまり先生を、大人をからかっちゃいけないよ。
こんな殺し合いだけでも赤点ギリギリなのにこんなの留年確定じゃないのさ。

「そんな冗談……笑えるはず、無い、よ?」


『繰り返し言おう。玖我なつき、山辺美希、ファルシータ・フォーセット。以上の3名は死亡した。』


「今ならさ、ほら、許してあげるから」

返事は無い。
ただの放送、元々こっちの話なんて聞いてない。
もう何度も聞いてきた、ただ一方的に事実を告げるだけのもの。
だから、考えるまでもない。

「ほら……ね……てば」


また、        何度目だろう。
また、       手の中で体温を失っていく小さな身体。
また、      もう動くことの無い鋼のような巨躯。
また、    確かな意思を秘めた容貌はもう。
また、   守れていた筈の命は何時の間にか失われ。
また、  嘆き悲しむことしか出来なくて。
また、 力を取り戻した筈なのに。


また、守れなかった。

守りたいと、そう思いながら。
一度だって、何かを守れたっけ?
力があった筈なのに。
見失っていた力を取り戻したのに。
結局、あたしは何が出来た?

何を……守れた?

呆けている。
何をするべきなのかわからない。
視界の隅に動いているものがあるのにそれを認識出来ない。


 ・◆・◆・◆・


女性は、動かない。
まるで彫像であるかのように、
作り物のように顔を下ろしたまま、
血に塗れた髪に隠されて窺えぬ表情、
両手で構えていた鉾槍は片手に垂れ下がり、
あたかも、全ての意思を捨ててしまったかのように。

ならば、好機である。
狩られる獲物が抵抗する意思を捨てたのならば、これほどありがたい事は無い。
狩猟者である三つの巨体は、被捕食者である残りの一つをゆっくりと取り囲む。
獲物が動かないとしても、油断は禁物。
最も効率的な陣形をもって、確実に刈り取るのみ。
そうして、もはや生きるのを諦めたような女性と獣に向かい、一斉に奔る。
集団で獲物を狩るある種の動物達のように飛び掛り、


響いたのは破滅的な轟音。


破砕音を響かせながら床を削り飛ばされる鋼鉄の巨躯。
四つの巨躯はぶつかり合った。
いや、ぶつかり合う直前、
その内の一つが、坂を転げ落ちる車のように、平面を転がった。

等距離に居る残りの三体に大きな動きは無い。
二体は突然の出来事に咄嗟に対応出来ず、
最後の一体は、ゆっくりと、
酷く、ゆっくりと、
飛び掛る直前の獣が地に伏せる時のように、ゆっくりと、
少しだけ、左を向いた。


突如、


その先に居た筈の巨獣が吹き飛ぶ。
戦車に乗用車が吹き飛ばされたら、こう飛ぶのか、
ほぼ同等の質量の筈のオーファンが、一方的に弾き飛ばされる。
先ほどの一体と同じように、床を転がるように。
それで、
ようやく、
動かなかった最後の一体が。
飛び掛ろうと身構えた時。
先に飛び掛られた。
獣すらも怯えさせる唸りを伴って。

「ふざけんなっ!!」

放たれたのは、怒り。
嘆きでもなく、
悔恨でもなく、
絶望でもない。

状況への、皆への、そして自分への、怒り。

激情に身を任せ、あらん限りの声で吼える。
それは、どちらの叫びか。
主の怒りか。
獣の怒号か。

考えるまでも無く、二つにして一つの、咆哮!

「なつきちゃんも!」

唸りを上げて迫る鋼の巨躯。
同じ巨体でも、それは狩るものと狩られるもの。
ならば、ぶつかる前に既に勝負は付いている。

「美希ちゃんも!」

部屋中に軋みが響く。
先ほどまでは確かに同等の力であった筈の獣。
だが、その力の差は今や目に見える程はっきりと現れていた。

「ファルちゃんも!」

そしてそれは獣の主にも、
いや、もう一匹の獣にも、しっかりと見て取れる。
血に塗れた髪をはためかせ、強大な鋼の牙を振り回す、若く美しい女蛮族(アマゾネス)。
その牙を、人の作った人形が防げる道理も無い。

「みんな!絶対に! 生きて帰るって約束したんだよ!!」

甲高い金属音が響く。
槌打つ音のように幾度となく、それでいて鍛冶場では決してあり得ぬ破壊を込めて。
触れるものを切り刻む、鋼鉄の旋風を生み出し続ける。

「死んでない! 死ぬもんか!!」

技巧も組み立ても何も無い。
ただ、速度と腕力だけで人形を圧倒する。
それはさながら鋼の豪雨、いや暴雨、スコールというべきか。
暴雨の前に傘など弾かれ砕かれるように、人形の槍斧もまた鋼の暴雨を支えきれない。

「だから!」

一際甲高い音を立てて弾き飛ばされる鉾槍と、その返しの刃で弾き飛ばされる人影。

「だから!! さっさと!!」

既に暴風に巻き込まれた前の二人を同じ位置にまで飛ばされる。

「そこを!!」

だが、吹き飛んだから何だというのか。
吹き飛び、体制を崩した今が格好の機会と愕天王は突撃する。
獣同士の死闘はどちらかの息の根を止めるまで終わる事は無い。
倒れ、腹を晒すならば、そこに喰らい付くことこそが正しい行動。


「どけ――――――――――っ!!!」


主の、母の感情を映し出すが如く、鋼の巨体は突撃する。
対するは、最初に飛ばさたが故、既に起き上がっている一体。
初めての状況に対する戸惑い故か、いまだにどのような動きも起こしていない。
ただ、受動的に向かってくる愕天王を迎え撃つ位置に立つのみ。
そうして、数瞬の後にぶつかりあう鋼と鋼。
射線上にあるあらゆる物をなぎ払い、吹き飛ばす蒸気機関車を彷彿とさせる鋼鉄の塊。
その突撃を、たかが一体の獣が押し留められようか。

一瞬、

いや、それこそ一瞬にも満たない刹那の間。
それが過ぎた時には既に圧されていた。
金属の軋む音と、床を削る音。
聞くものを恐怖を掻き立てる破滅的な音のみが響く。

手負いの獣の怒り。
それは時に襲撃者に想像だにしない程の傷を負わせる事になる。
感情は力の燃料で、激情とはプルトニウムのそれだ。

一つの激情に支配された人と凶獣、母と仔、獣と獣。

その前に、捕食者の考える確実な狩りなど成立する筈も無い。
圧される獣に助力するように、二番目に跳ばされたオーファンが横合いから凶獣に突撃する。
本来ならば凶獣の後ろを取るか、或いは横から腹を狙いたいところであるが、そんな余裕など無い。
そんな周り道をしている間に、今組み合っている獣は再び吹き飛ばされるだろう。

そうして、生まれる構図は2対1。
同じ力量の個体同士である以上、その結果は明白。
1は決して2には勝てない。
だから、この結果は当然。
静止という、この結果は。


……静止?
そんな結果が生まれる筈が無い。
2-1=1それは真理だ。
2=1などということが、ありえるはずが無い。
ありえるはずが無い、のに。
生まれる結果は、拮抗。
いやそれどころか、1対2の力比べを、勝利する勢いで圧す。


――そう、だが忘れてはならない。


だがそこに、三体目が迫る。
1=2だとしても、いや、ならばこそ。
3-1=1になる。 それが理。
そして、それは理を捻じ曲げている愕天王にも理解出来ている。

ああ、でもそれがどうしたのか?
凶獣は、一匹の獣に在らず。
今まで動かなかった碧が鉾槍を構える。
母と仔の合わせて一匹。
仔が動けぬなら、母が動けばいい。
1=2となったのだ。
なら、0,5=1になっておかしい道理などあるのか?

いや、無い。

迫る鋼鉄の巨体。
雷が降るように振り下ろされる鉾槍。
軋む碧の鉾槍と骨。全身に走る衝撃。
その交錯は、碧の全身に取り返しの付かない破滅を及ぼす。
そう、及ぼした、のだが。
質量保存の法則も何も合ったものではない。
少々の被害など、何の意味があろう。
碧は、鉾槍一本で鋼の巨獣を受け止めたのだ。


――どれほどの猛威であろうと


「っああああああああああああ!!!」

そして、受け止めた、どころの話ではない。
そのまま、碧は力任せにその巨体を、右に圧す。
組み合った獣が相手を押し倒さんとするように、だ。
ミシミシと音が響き、巨体が倒されようとする。
時を同じくして、愕天王も自らに対峙する二体のオーファンを打ち倒そうとする。
母が0,5>1を証明したのだ、仔が1>2を証明できなくてどうするのかと。

勝敗はここに決した。
三体のオーファンの内二体は愕天王に敗北しかけており、
残りの一体も碧に受け止められている。
だから、このまま、


――どれだけの脅威を示そうと、


そのような事を考えた碧の耳に、カツンと、硬い音が聞こえた。
もう赤い色しか見えない左の視界に、何か物が落ちたような音が。
咄嗟に、そちらに視界を向けようとする。
だが、それよりも早く。

碧の胸部から腹部にかけて、得体の知れない熱さと衝撃が走った。


――手負いの獣の怒りとは、すれすなわち唯の悪あがきに過ぎないということを。


「え……」

出たのは、戸惑いの言葉。
その後に続くはずの言葉は無く、口腔に液体が溢れる。
口はパクパクと開くのみで、そこから一筋の線が……鮮血が滴る。

「あ……ッハ!」

言葉は途中で血に変わる。
受けた衝撃を支えきれず、たたらを踏む。
碧は確かに三体目の巨体を、受け止めた。
だが、受け止めて、そこで見るのをやめてしまった。
そこにあるのは一体のオーファンと、それに跨るアンドロイドだと。
視界の悪さ故に、そして確かに見える巨体故にそうあるものと思い込んでしまった。
音を聞いた時に、咄嗟の判断で身を引いていたのだが、それも意味など無い。

「……ちょっ」

だが、敵は待ってなどくれない。
血を流した獲物の哀願を聞くものなど何処にいようか。
何時の間にか、三体目のオーファンの上から愕天王の上に跳んでいたアンドロイド。
端正な顔立ちは変わらぬ無表情のまま、たった今流れた血にまみれたエレメントを振りかざすのみ。

「…………っ」

咄嗟に、何処をどのように動かしたか判らないままに、青天霹靂を構える。
血にまみれた刃こそ何とか防いだものの、先ほどオーファンを防いだ雄姿は見る影も無い。
無様に尻餅を付き、そのまま愕天王の背中から転げ落ちそうになる。
碧の身体が意識ともども自由落下する。
その直前、どうにか愕天王が身をよじりそれを支える。

だが、愕天王は今まさに二体のオーファンと対峙している最中。
そこで姿勢を崩すことなど、彼らが許すはずも無く。
あっさりと、
本当にあっさりと。
今までの拮抗など最初から存在しなかったかのように愕天王は姿勢を崩され、
そこに、碧が支えていた三体目が横から突っ込む。
柔らかく、隙だらけの横腹目掛けて、鋼鉄の衝角が打ち込まれる。
鉄のぶつかり合う音、そして、砕ける音。
今までのものとは決定的に異なる、破壊のそれ。

轟音と共に、愕天王が弾き飛ばされ、
そしてその鉄と鉄のぶつかり合う、破滅的な轟音の傍ら、
ポーンと、まるでボールのように、碧の身体が跳んだ。

一度地面を跳ね、
そして二度目は砂煙を立てながら地面を滑る。
血と布の切れ端を地面に撒き散らしながら。
床に数メートルの文様を記して、停止した。

死に瀕した獲物が最後の足掻きを見せるように。
捕食者が思わぬ反撃でその身に傷を追うこともある。
悪あがきによって傷を負い、それが後に捕食者の命を奪う事もある。

だが、それでも。
その場での獲物の運命には、何の関わりも齎さない。
狩るものと狩られるもの、その関係は変わらない。

激情に駆られた獣は、ただ己の死期を早めたのみ。


 ・◆・◆・◆・


「…………う」

目を開く。 相変わらず左目は良く見えない。
一瞬、気を失ってたかも。
愕天王の上から落ちそうになった後が少し曖昧。
痛くて意識が飛びそうになって、また痛みで意識が戻される、そんなのを何回か繰り返した気がする。

「っ……いた……」

全身、痛い。
何処かどう痛いとか考えるのも面倒なくらい痛い。
どうにか立ち上がろうとして、まず右手が動かない。
折れてるとかじゃなくて、何か重さを感じる。
痛みのせいでのろのろと顔を向けてみれば、青天霹靂は、どうにかあたしの手の中にあった。
ただ、重さを感じない筈のそれが、どうしてか重く感じる。

「失敗、……し…ゃった…な」

5回くらい顔をしかめながら身体を起こして、青天霹靂を立てる。
右手よりはあんまり痛くない左手を添えて、杖の代わりに寄りかかる。
痛いところは多いけど、多分出血はそんなに多くない。
それでも2,3回腰が砕けそうになりながら、何とか起き上がる。
生まれたての小鹿みたいな、とかよく言うけど今あんな感じなのかな。

「傷……残っちゃうかな……嫁入り前なのに……」

一番大きそうなお腹の傷は、どのくらいだろう。
破けたところが真っ赤で、見ても良くわからない。
柚明ちゃんに頼まないと、もう水着は着れないかも。
流石に、夏場にTシャツ着るのは大丈夫だと思いたいな。

「好きな人に見せる機会が無くても、さ、やっぱりこう、キレイな身体でいたいじゃん? 女の子としてはさ」

何とか前に踏み出そうとして、右足が上手く動かない事に気が付く。
折れたか、それともただ打っただけか。
とっくに痛みしか感じなくて、どこがダメになっているのかもわからない。
それでも、何とか転ばなくて済んだ。
左足は何とか身体支えられるから、動かしたのが右足だったのは良かったのかも。

「あー、で…やっぱり、この……ゴホッ……胸とかおなかとか、持ってるだ…っての勿……い、のかな?」

痛みで今にも倒れそう。
幸い、というか気を失って倒れることは無いだろうけど。

「はは、もうこうなった…、元の世界に、帰ったら、教、授に……しちゃおうかな……ゴホッ、コホッ」

何とか気をそらそうとして楽しい事考えてみる。
笑ったはずなのに、こほ、こほ……と血の混じった咳が出るだけ。

「どうせダメ元なんだし……あ、でももし成功しちゃったらどうしよ」

それでも、何とか無理に笑い、声を上げる。
声と一緒に、重くて下がり気味だった顔も持ち上げる。
普段の通りに、胸を張って大声を上げるように。
半分しか見えない部屋の向こうには、こちらに角と鉾槍を向ける影が三つ。
こんな時でも、律儀に三人で来るみたい。

「うわ、どうしよ……よく考えるとデー…って初なんだよね。
 何、着てけばいいんだろ? いつもの……ゴホッ……格好、でいい、……わけないし。
 ここはほら、やっぱり、みんなに聞いてみて、さ、うん、そう、それがいい」

なつきちゃんは下着集めてるらしいし、ファルちゃんは何か男の人の気を引くのが上手いとか。
美希ちゃんも男の子に人気あるらしいからそういうの詳しそうかもだし。

「うん、皆、帰る、帰るんだよ」

睨みつける。
多分、まだ大丈夫。
詳しいわけじゃないけど多分お腹以外は動脈とかに傷は無い。
だから、血の流れすぎで死ぬとかは無い、そうに決まってる。

「だから、さ」

痛む右手を、強引に動かす。
前に伸ばすそうとすると肩も痛い。
それを無視して、青天霹靂の柄を思いっきり握りしめる。
指の動きに不自然な所は無い。
折れてない、ヒビくらいで済んでる。

もう痛いのかもわからない右足はどうしても動かない。 だから左足一本に重心を乗せる。
五秒くらいの間に二回程転びそうになりながらも、構える。
前に進もうとしてるのに、重心は前で、しかも刃は右手側で横向き。
自分でやっておいて何だけど凄く動きにくい。
すごく不自然な姿勢だけど、構えなおす余力なんてない。

「邪……」

多分、動けて、一度。
それ以上動くと、痛みか疲労か怪我かとにかく何かで倒れる。
根性があればもう一回くらい何とかなるかもだけど、その後どうなるのか予想も付かない。
あたしの背後で、愕天王が立ち上がる。
そっちを向く力は無いけど、長い相棒、気配でわかる。
愕天王も、あたしと大差無い。

「……魔、」

一回、
たった一回で、何が出来る。
敵は三人、全部健在だってのに。

「……す、んな――――――――っ!!!」

けど、それが何さ!

三体のオーファンがぶつかる直前。
愕天王に、あたしの身体を首の力で投げさせる。
それだけで、気絶しそうな痛みが全身を襲うけど、痛くて気なんか失いたくても失えない。
そして、そもそも失って良いはずが無い。
そして、愕天王がオーファンの突撃を受ける少し前に、消す。

「死、なば、」

空中で青天霹靂も一旦消す。
そして、直後に再び現す。
ただし、今度は左手の先が穂先になるように、だ。
そして、私の足元には愕天王が、やはりいつものように現れる。

「諸」

落ちる先には、戸惑っているのかその場所に居続ける三体のオーファン。
丁度ぶつかる直前だったから、三体とも手で触れるくらいのところにいる。
ありがたい。

「と」

空中から床に突撃する顎天王の重さを勢い全てを、青天霹靂に込めて突撃する。
全ての威力と重さを込めた一撃。
これが当たれば、ただじゃ済まない。
それにあたしの身体が耐えられるのかとか、着地はどうするのかとかどうでもいい。

「も――――――――っ!!!」

残ってるあたしの全てを込めて。
これで三体とも倒せるとか虫が良すぎるとかそんなことどうでもいい。
全ての力を注ぎ込んだ、一撃。
今だけは身体の痛みも感じない。

周りの光景が、凄くゆっくりに感じる。

これは、当たる。

三体ともこっちを見てるけどもう間に合わない。

当たれば、オーファンでも確実に倒せる。

それも一度に三体、大盤振る舞いだね。

出来る。

これは、勝てる。

あたしは、ここでこいつらを……






 ・◆・◆・◆・


遠くでか、近くでかで重い音がする。

―痛い―

耳が煩くて、その区別も付かない。

―赤い―

またどこか切ったのか、右目も見えなくなってる。

―全てが痛い―
―全てが赤い―

全身が重くて、どこもかしこも痛くて、勝手に震えてる。

―何も見えない―
―何も感じられない―

感じられるのは、背中に微かに感じるあったかい感触――額天王の存在だけ。
額天王はまだ生きてる。 ……でも、もう動けない。

「……っ……ぁ」

まだまだ、とかそんな事を言った、きっと、そう思う、多分。
でも、もう身体の何処も動かない。


あたしの全ては、無駄に終わった。


動けない筈のオーファンはあっさりと動いて。
当たる筈の一撃はいとも簡単に避けられた。
そんなもの、あたしの思い込みだって、そういうこと。
あたしの全ての一撃は床に突き刺さり、僅かにヒビを入れただけ。

そしてあたしの全てはあたしに返ってきた。
骨が軋んで、息が出来ないくらいの衝撃。
もう、動くこともできずにその場に倒れるあたしに、
そんなことは許さないと、一体のオーファンの尾が叩きつけられた。
吹き飛ばされる。
剛腕投手の速球見たいに壁というミットに向かって。
あたしの後ろにいた、愕天王諸共に。
愕天王ってクッションが無ければ、あたしの意識は戻らなかったと思う。
ありがとう、愛してるよ。


…………でも、もう、何が出来るのかな。
青天霹靂もどこかにいっちゃったし……。もう、腕も動かないよ。

近くか遠くで轟音が響く。
あたしに止めを刺しにか、それとももう死んでると思ってるのか。
轟音が煩い。
あ、これ多分近い。
律儀に確認しにきたあたりはあんまりあたしに似てないかな。
全身の力を振り絞って、何とか前を見る。
そこにあるのは、あたしに最後を告げるもの。
赤い視界の中で、あたしの最後を目にする。


「は」


大きくて、強靭な足。
鋼の足は丁寧にも、落ちていた晴天霹靂を踏んづけている。
意外と近くにあったそれは、少し傾いている。
柄を踏みつけられているからじゃなくて、別の理由。
地に一筋の線が走ってる。
それが、ちょうど晴天霹靂の真下に来てる。
それは、強靭な床には蟻の一噛みくらいのもの。


「はは」


そう、蟻の一噛み。
先ほどからの轟音が響く。
遠くから、近くから、
あちこちから。


「ははは……見たか、この……」


強固なダムすらも決壊させる、蟻の一噛み。
部屋の全てから、破滅の轟音が鳴り響く。
この場所における全てを破壊する音。
蜘蛛の巣のように床を覆い尽くすひび割れ。
オーファン達が今更退避しようとしてるけど、もう遅い。

「私の、勝ちだね」

一際激しい衝撃。
そして、その後少ししてから感じる、浮遊感。
もう殆ど感じられない、感覚を、それでも感じながら。


「正義は、必ず、勝つんだよ」


誇るように、自嘲するように、悲しむように、呟きながら、
私は、何もかもは、地の底へと消えた。


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