LIVE FOR YOU (舞台) 12
・◆・◆・◆・
シアーズ職員達は深優の奇襲にてんやわんや。みな、働き蜂のように目まぐるしく動き回っていた。
白衣の青年はシアーズ技術開発総括の眼前を早足で横切っていく。総括は右手のコーヒーを零しそうになり、彼を叱り付ける。
研究員の侘びを聞きながら、次に誰か走ってきたら、足を引っ掛けてやろうと思った。
研究員の侘びを聞きながら、次に誰か走ってきたら、足を引っ掛けてやろうと思った。
総括は機嫌が悪かった。その理由はもちろん、部下の無礼な態度のせいでも、
お茶汲み担当のアンドロイドが警備に回されたことでも、深優にメインの発電所を潰されたことでも、
一番地がシアーズの警備を放棄したことでもない。いや、それもあるが一番の原因ではない。
お茶汲み担当のアンドロイドが警備に回されたことでも、深優にメインの発電所を潰されたことでも、
一番地がシアーズの警備を放棄したことでもない。いや、それもあるが一番の原因ではない。
「あの女豹が。たかが人形一体で勝てると思っているのか。
どうやら、娘に腑抜けになりすぎて、脳味噌までシェイクになったようだな」
どうやら、娘に腑抜けになりすぎて、脳味噌までシェイクになったようだな」
総括は悪態をつきながら、椅子に背を預けた。彼と九条むつみはことあるごとに対立していた。
男は黒曜の君の拉致を提唱し、むつみはアリッサをHiMEにする派閥についた。交通事故でアリッサ暗殺を試みた時もあった。
ゆえに、アリッサの訃報を耳にしたとき、両膝を叩いて喜んだ。九条むつみをジョセフ・グリーア諸共亡き者にするチャンスだと。
男は黒曜の君の拉致を提唱し、むつみはアリッサをHiMEにする派閥についた。交通事故でアリッサ暗殺を試みた時もあった。
ゆえに、アリッサの訃報を耳にしたとき、両膝を叩いて喜んだ。九条むつみをジョセフ・グリーア諸共亡き者にするチャンスだと。
だが、例の媛星喪失事件で、彼女はまんまと生を掴み取った。今は己の目的を達成し、のうのうと勝ち逃げを目論んでいる。
シアーズに仮初の忠誠心しか持たず、欲望のために組織を利用しているだけの人間。
総括は昔から、アレに自分と同じ臭いを嗅ぎ取っていた。だからこそ、むつみの成功は苛立たしく、嫉ましかった。
シアーズに仮初の忠誠心しか持たず、欲望のために組織を利用しているだけの人間。
総括は昔から、アレに自分と同じ臭いを嗅ぎ取っていた。だからこそ、むつみの成功は苛立たしく、嫉ましかった。
シアーズ技術開発総括である男は、青い小箱から精神安定剤を取り出すと、唇を噛み締めながら注射する。
戦いの舞台に激情を増幅する作用があるなら、医学の力で抑えるまでのこと。我らには日進月歩の技術力がある。
戦いの舞台に激情を増幅する作用があるなら、医学の力で抑えるまでのこと。我らには日進月歩の技術力がある。
そうだ、むつみは擬似エレメントの量産も、アンドロイドのAI強化も知らない。だから、彼女はこちらを軽んじたのだ。
男はレーダー上の光点で深優の現在位置を確認、皮相な笑みを浮かべた。
男はレーダー上の光点で深優の現在位置を確認、皮相な笑みを浮かべた。
先程の研究員は機材を重たそうに抱えて戻ってくる。総括は彼を床にキスダイヴさせる代わりに、白衣の裾を強く掴んだ。
「深優=グリーアがどのセクションでスクラップになるか賭けないか」
「あの、お言葉ですが、私達の生死が掛かっているのに不謹慎ではないですか」
「あの、お言葉ですが、私達の生死が掛かっているのに不謹慎ではないですか」
研究員は迷惑そうに眉をしかめ、その場を立ち去ろうとする。
総括は思う。わかっていない奴だ。自分こそ、あらゆる物を利用し、人々を掌で踊らせ、搾取の果実を貪る男だ。
その証拠を示すために、この戦いをゲームとして消費する必要があるのだ。
総括は思う。わかっていない奴だ。自分こそ、あらゆる物を利用し、人々を掌で踊らせ、搾取の果実を貪る男だ。
その証拠を示すために、この戦いをゲームとして消費する必要があるのだ。
「正解したら。スペースシャトル遊泳、ペアチケット」
「あの、外れたら場合のペナルティはあるのですか」
「あの、外れたら場合のペナルティはあるのですか」
研究者は総括の言葉に足の動きを止め、機材をゆっくりと脇に置く。総括は口元を緩ませ、彼を隣に座らせる。
「ふむ、そうだな。元の世界に戻ったたら、お前の彼女を一晩貸して貰えないか」
「ええと、彼女は貞操観念が保守的で、この前の州知事選挙でも……」
「冗談だ、まじめなヤツだな。1週間コーヒーをお前が煎れろ」
「まあ、それくらいなら」
「ええと、彼女は貞操観念が保守的で、この前の州知事選挙でも……」
「冗談だ、まじめなヤツだな。1週間コーヒーをお前が煎れろ」
「まあ、それくらいなら」
研究員はすばやく端末をタイプ。シアーズ基地の内部構造を表示する。基地は上下に細長く、4つの階層に大きく分けられる。
【上層】
シアーズの試作品の試験場などのスペースが存在。
セキュリティはトラップや単純な無人兵器で構成されている。
シアーズの試作品の試験場などのスペースが存在。
セキュリティはトラップや単純な無人兵器で構成されている。
【中層】
主にシアーズ構成員の生活居住施設が存在。
シアーズの戦闘員やアンドロイドたちが警備を担当する。
主にシアーズ構成員の生活居住施設が存在。
シアーズの戦闘員やアンドロイドたちが警備を担当する。
【下層】
擬似エレメントプラントや量子コンピューターなどの超重要施設が存在。
上記の戦闘員たちに加え、対アンドロイド用の特殊兵器を準備中。
擬似エレメントプラントや量子コンピューターなどの超重要施設が存在。
上記の戦闘員たちに加え、対アンドロイド用の特殊兵器を準備中。
【最下層】
生身の人間には入り口を見つけられず、進入できても発狂する。
現在、アリッサ=シアーズがトップシークレットの研究を行っている。
生身の人間には入り口を見つけられず、進入できても発狂する。
現在、アリッサ=シアーズがトップシークレットの研究を行っている。
「上層では無理でしょうね。電力不足でエレナ作戦を封じられたのは痛手です。
そうなると本命はアンドロイドの絶対数や地の利を考えて、中層セクション4でしょうか」
そうなると本命はアンドロイドの絶対数や地の利を考えて、中層セクション4でしょうか」
研究員は自信のある口調で、深優の命運にチップを賭けた。
総括は腕を組んで感嘆の声を上げる。内心は相手を小馬鹿にしながら。あの少女は中層を突破すると読んでいた。
あの九条むつみが彼女を送り込んだのだ。隠し玉を用意しているに違いない。
だが、奇手の通じるのは1度か2度が限度。下層に到達する頃には満身創痍になっているだろう。
総括は腕を組んで感嘆の声を上げる。内心は相手を小馬鹿にしながら。あの少女は中層を突破すると読んでいた。
あの九条むつみが彼女を送り込んだのだ。隠し玉を用意しているに違いない。
だが、奇手の通じるのは1度か2度が限度。下層に到達する頃には満身創痍になっているだろう。
シアーズ技術開発総括はゆっくりと腰を下ろして、エレナ作戦改の起動キーを入力した。
『司祭』の階位を手にした男と、万年末端である九条むつみとの違いはもうじきに明らかになるだろう。
『司祭』の階位を手にした男と、万年末端である九条むつみとの違いはもうじきに明らかになるだろう。
・◆・◆・◆・
丁字路、左折50m先に対人地雷の存在を感知、破壊します。
深優は光の羽を射出して遠隔操作。爆風に巻き込まれない距離からターゲットを爆破した。
彼女の前に無人のセキュリティシステムなど何の用も成さない。
彼女の前に無人のセキュリティシステムなど何の用も成さない。
カメラアイ破壊、クレイモア破壊、赤外線センサー破壊、ブービートラップ破壊――
深優は上層のフロアを慎重に歩きながら、トラップを潰していく。未だに人間や機人の反応はない。
戦闘員を節約するために、重要度の低い施設を放棄したのだろうか。もしくは――
戦闘員を節約するために、重要度の低い施設を放棄したのだろうか。もしくは――
突然、深優の前後左右から小規模な爆音。直後、至るところで鉄筋が爆切、天井や壁が崩れ始めた。
爆発は断続的に発生。大小の瓦礫は雨霰と降り注ぎ、彼女を消耗、足止めしようとする。
爆発は断続的に発生。大小の瓦礫は雨霰と降り注ぎ、彼女を消耗、足止めしようとする。
いわば爆破解体の応用。普通の参加者にとっては、獰猛なトラップとなり得ただろう。
けれども相手が悪かった。HiMEの力はエレメントやチャイルドを授けるだけでない。
本人の五感や身体能力は向上し、弾丸を弾き返し、巨獣を一刀両断できるようになる。
ならば、元々規格外の性能を持つ戦闘機人が覚醒すれば、どれほどの力を手に入れることか。
今の深優にとって、重力法則に従うコンクリートなど、沼に沈む枯葉の如くに愚鈍で非力なのだ。
けれども相手が悪かった。HiMEの力はエレメントやチャイルドを授けるだけでない。
本人の五感や身体能力は向上し、弾丸を弾き返し、巨獣を一刀両断できるようになる。
ならば、元々規格外の性能を持つ戦闘機人が覚醒すれば、どれほどの力を手に入れることか。
今の深優にとって、重力法則に従うコンクリートなど、沼に沈む枯葉の如くに愚鈍で非力なのだ。
深優はコンクリートの残骸を避けながら、冷静に思考する。シアーズは上層全体を破壊するつもりはないはず。
でなければ、彼ら自身が地下に閉じ込められてしまう。ならば、倒壊を免れたルートを残すだろう。
でなければ、彼ら自身が地下に閉じ込められてしまう。ならば、倒壊を免れたルートを残すだろう。
彼女は光、音、匂い、振動、電磁波、己のセンサーを十全に働かせ、安全地帯を推測。
これに九条むつみから与えられた内部地図を加えて、最適解を導き出す。正答はあの細い回廊だ。
これに九条むつみから与えられた内部地図を加えて、最適解を導き出す。正答はあの細い回廊だ。
深優の思考回路にとって、この程度の計算はさしたる負荷にならなかった。
だが、心の余裕は時に戦いに不要な取り留めもないノイズを生みだす。
だが、心の余裕は時に戦いに不要な取り留めもないノイズを生みだす。
視界を高速に流れる側壁は、ところどころに蛇と剣の紋章、シアーズの象徴が埋め込まれている。
ジョセフ=グリーアの設計による、人ならざる、人のかたちをした、人の手によって造られた存在。
それがこの少女、深優=グリーア。そして、ジョセフの出資者はシアーズ財団。財団がなければ彼女は存在しなかった。
ジョセフ=グリーアの設計による、人ならざる、人のかたちをした、人の手によって造られた存在。
それがこの少女、深優=グリーア。そして、ジョセフの出資者はシアーズ財団。財団がなければ彼女は存在しなかった。
――君はその恩を忘れて、シアーズに反旗を翻すのかい。
深優は蛇がレリーフから飛び出して、そう、口を開いたように感じた。
無論、通信機が仕掛けられている訳ではなく、彼女の僅かな認知的不協和が生み出した幻聴に過ぎない。
深優は白昼夢に戸惑い、そしてその正体を自覚しつつ、知のシンボルたる蛇に切り返す。
無論、通信機が仕掛けられている訳ではなく、彼女の僅かな認知的不協和が生み出した幻聴に過ぎない。
深優は白昼夢に戸惑い、そしてその正体を自覚しつつ、知のシンボルたる蛇に切り返す。
私を創り、アリッサ様に会わせてくれたことは感謝します。
ですが、私の大切な人の思いを踏みにじり、その命を奪い、さらに命を奪おうとしている。
だから、かつて組織に所属していた者として、私自ら手を下します。
ですが、私の大切な人の思いを踏みにじり、その命を奪い、さらに命を奪おうとしている。
だから、かつて組織に所属していた者として、私自ら手を下します。
天井に固定された自動小銃を迎撃。蛇からの問答は続く。
――じゃあ、アリッサ様の遺志はどうでも良いのかな。あの子の夢は黄金世界の実現。君はそれを邪魔しているんだよ。
深優は知っている。亡きアリッサが黄金世界を執拗に求め、HiMEの戦いに身を投じた理由を。
あの幼子はシアーズ財団総帥、つまりは自分の父親に振り向いて欲しかったのだ。
彼女はそのためには何を犠牲にしても良いと思っていた。だからこそ、アリッサはメタトロンを制御できたのだ。
黄金世界に関しては、深優にも迷いはある。だが、今の彼女にはそれ以上に突き動かす感情があった。それは怒り。
深優は地下室の訓練の後、むつみからジョセフ殺害の顛末を改めて聞いていた。
あの幼子はシアーズ財団総帥、つまりは自分の父親に振り向いて欲しかったのだ。
彼女はそのためには何を犠牲にしても良いと思っていた。だからこそ、アリッサはメタトロンを制御できたのだ。
黄金世界に関しては、深優にも迷いはある。だが、今の彼女にはそれ以上に突き動かす感情があった。それは怒り。
深優は地下室の訓練の後、むつみからジョセフ殺害の顛末を改めて聞いていた。
アリッサ様の姿を兵器として利用しておいて、それを言う資格はないでしょう。
しかも、あの方の姿を使って私の想いを弄び、更にはジョセフ=グリーアの手を下したではありませんか。
貴方達にだけは、アリッサ様の夢を語って欲しいとは思いません。
私はアリッサ様の姿を汚した貴方に報復し、彼女の名誉を守ります。
しかも、あの方の姿を使って私の想いを弄び、更にはジョセフ=グリーアの手を下したではありませんか。
貴方達にだけは、アリッサ様の夢を語って欲しいとは思いません。
私はアリッサ様の姿を汚した貴方に報復し、彼女の名誉を守ります。
道を塞ぐワイヤートラップを切断。されど蛇は嘲笑う。
――ふふ、それは欺瞞だね。君の復讐はアリッサ様を喜ばせはしない。
君はただ、自分のアリッサ様への思いを形にしたいだけさ。
君はただ、自分のアリッサ様への思いを形にしたいだけさ。
それは分かっています。ですが、私にとって、アリッサ様はあまりにも特別な存在でした。
これまでもあの方の勝利のために戦い、救うために戦い、生き返らせるために戦いました。
行いに過ちはありましたが、彼女への想いには後悔はありません。
それは今やろうとしていることも同じです。
これまでもあの方の勝利のために戦い、救うために戦い、生き返らせるために戦いました。
行いに過ちはありましたが、彼女への想いには後悔はありません。
それは今やろうとしていることも同じです。
通路の出口付近が爆破され、天井が崩れ始める。深優は速度を上げる。
――なるほど、君の決意は堅いようだ。でも、僕はちょっと矛盾を感じるんだ。
アリッサ様も総帥の娘のクローン、媛星の力を得るための道具だったじゃないか。
君の復讐はアリッサ様の存在まで否定することにならないかな。
アリッサ様も総帥の娘のクローン、媛星の力を得るための道具だったじゃないか。
君の復讐はアリッサ様の存在まで否定することにならないかな。
それは違う、総帥は娘を生き返らせたくてクローンを造ったのだ、と言おうとして思い留まる。
本人とは違うものに本人であることを強要する。それは絶対に実現不可能な命令。
深優もジョセフに優花の生まれ変わりとして育てられたので、その残酷さ、枷の重さは良くわかる。
だから、事の本質はそこにはない。
本人とは違うものに本人であることを強要する。それは絶対に実現不可能な命令。
深優もジョセフに優花の生まれ変わりとして育てられたので、その残酷さ、枷の重さは良くわかる。
だから、事の本質はそこにはない。
尊厳は出自だけで決まる訳ではありません。私もシアーズのために造られた兵器です。
ですが、アリッサ様や父のジョセフ、多くの人の交わりの中で、心を見つけられました。
それと同じように、私もアリッサ様を総帥の娘として、そして人として大切にしてきました。
私の光のエレメントはアリッサ様との思い出の結晶です。
ですが、アリッサ様や父のジョセフ、多くの人の交わりの中で、心を見つけられました。
それと同じように、私もアリッサ様を総帥の娘として、そして人として大切にしてきました。
私の光のエレメントはアリッサ様との思い出の結晶です。
――子に親の罪はないということかな。君がここのアリッサ=シアーズにどう向き合うか楽しみだよ。
蛇はこちらを睨みながら、塵と共に掻き消えた。あのアリッサに関しては、むつみから多くを聞いている。
けれども、深優が直接顔を合わせたわけではない。だから、今はまだ結論は出さない。
偽りのアリッサとの対面は、アリッサ様の想いに気持ちの整理をつける切っ掛けになるのだろうか。
けれども、深優が直接顔を合わせたわけではない。だから、今はまだ結論は出さない。
偽りのアリッサとの対面は、アリッサ様の想いに気持ちの整理をつける切っ掛けになるのだろうか。
回廊を抜けると、一気に視界が広がる。そこにはマンホール大の穴が口を開き、滑り棒が中層へと続いていた。
・◆・◆・◆・
そうだ、踊れよ、踊れ、お人形。左に曲がれば、ぽっかり開いた地獄の入り口。
技術開発総括はエレナ作戦・改の進捗状況を鑑賞しながら、上機嫌で口笛を吹いた。
施設の倒壊に追い立てられ、深優=グリーアはこちらの思い通りに誘導されている。
そして、彼女は中層に降りた瞬間に、包囲網から一斉射撃を食らうだろう。
電力不足でゼウスの雷を使えなくても、案外上手くいくものだ。
施設の倒壊に追い立てられ、深優=グリーアはこちらの思い通りに誘導されている。
そして、彼女は中層に降りた瞬間に、包囲網から一斉射撃を食らうだろう。
電力不足でゼウスの雷を使えなくても、案外上手くいくものだ。
シアーズ技術開発総括は上層の隠し部屋に第二司令部を配置し、そこに潜んでいた。
建前はリスクの分散。侵入者は消耗を抑えるため、真っ先に下層司令部を狙ってくる可能性も高い。
仮に司令部を破壊された場合、ここから残存戦力に指示を出すわけである。
建前はリスクの分散。侵入者は消耗を抑えるため、真っ先に下層司令部を狙ってくる可能性も高い。
仮に司令部を破壊された場合、ここから残存戦力に指示を出すわけである。
だが、真の狙いは、シアーズ基地での戦いを高みの見物としゃれ込むこと。
万が一、屈辱的ではあるが、侵入者がゲームに勝利しても、彼らは我々を殺せはしまい。
こちらは脱出ロケット開発に有用な技術者であり、シアーズ本部との仲介者なのだから。
深優=グリーアが下層に降りさえすれば、自分達の生還は確定したようなものだ。降りさえすれば。
万が一、屈辱的ではあるが、侵入者がゲームに勝利しても、彼らは我々を殺せはしまい。
こちらは脱出ロケット開発に有用な技術者であり、シアーズ本部との仲介者なのだから。
深優=グリーアが下層に降りさえすれば、自分達の生還は確定したようなものだ。降りさえすれば。
しかし、レーダーの光点は下層への昇降口を無視して通り過ぎ、第二司令室の300m手前で停止。
司令室の内部は時間が止まったように静まり返る。総括は右手で頭を抱えて、顔を屈辱で歪ませる。
隠し部屋の存在を読まれていたか。彼の脳裏に九条むつみの勝ち誇った笑みが過ぎった。
司令室の内部は時間が止まったように静まり返る。総括は右手で頭を抱えて、顔を屈辱で歪ませる。
隠し部屋の存在を読まれていたか。彼の脳裏に九条むつみの勝ち誇った笑みが過ぎった。
シアーズの構成員たちはすずの言霊を受けていない。ただし、神崎は主催側は全員、言霊に洗脳されていると放送している。
ゆえに、侵入者は彼らを交渉の余地なき傀儡とみなし、容赦なく攻撃してくるだろう。
深優がどのような顔をしているのかは分からない。監視カメラを壊され、情報は首輪から伝わる音声だけ。
ゆえに、侵入者は彼らを交渉の余地なき傀儡とみなし、容赦なく攻撃してくるだろう。
深優がどのような顔をしているのかは分からない。監視カメラを壊され、情報は首輪から伝わる音声だけ。
それでも、シアーズ技術開発総括にはまだ心に余裕があった。深優がここから一歩でも先に進めば、
全長150mに渡る倒壊トラップが発動する。あのアンドロイドであっても、無傷では済まされまい。
加えて、この部屋も相応の戦力を整えている。2体のアンドロイドは如月双七とウィンフィールドの戦闘データをコピー。
しかも、無線で細かく指示を与えることで、マニュアル染みた動きに陥ることを逃れている。
我々は一番地のように数に物を言わせた運用はしない。極めて優秀なガーディアンだ。
もちろん、人間の警備員も潤沢だ。特殊部隊クラスなのは当然として、全員擬似エレメントで身体強化されている。
最悪でも自分が逃げるだけの時間は確保できるはずだ。
全長150mに渡る倒壊トラップが発動する。あのアンドロイドであっても、無傷では済まされまい。
加えて、この部屋も相応の戦力を整えている。2体のアンドロイドは如月双七とウィンフィールドの戦闘データをコピー。
しかも、無線で細かく指示を与えることで、マニュアル染みた動きに陥ることを逃れている。
我々は一番地のように数に物を言わせた運用はしない。極めて優秀なガーディアンだ。
もちろん、人間の警備員も潤沢だ。特殊部隊クラスなのは当然として、全員擬似エレメントで身体強化されている。
最悪でも自分が逃げるだけの時間は確保できるはずだ。
総括の後ろで誰かを探す職員の声。あの研究員が知らない内に逃げ出したらしい。
その時、盗聴受信機からデイバッグの開く音がした。シアーズ技術開発総括は全てを悟り、急激に血の気が引いていく。
彼は咄嗟に右手で倒壊トラップの強制起動のキーを叩く。激しい爆発と金属を裂くような轟音。
反射的に目を瞑り、左手でサイバーバリア改を展開する。爆風で壁に叩きつけられ、激痛。
その時、盗聴受信機からデイバッグの開く音がした。シアーズ技術開発総括は全てを悟り、急激に血の気が引いていく。
彼は咄嗟に右手で倒壊トラップの強制起動のキーを叩く。激しい爆発と金属を裂くような轟音。
反射的に目を瞑り、左手でサイバーバリア改を展開する。爆風で壁に叩きつけられ、激痛。
シアーズ技術開発総括はゆっくりと瞼を開いた。闇の世界をバリアの光がうっすらと照らしている。
内壁は木っ端微塵になり、コンクリートと金属片が床を埋め尽くしている。
内壁は木っ端微塵になり、コンクリートと金属片が床を埋め尽くしている。
シアーズ技術開発総括は神経の束に形容しがたい痛みを覚える。腰に少しひびでも入ったようだ。
楽な姿勢になろうとしても、バリアを展開したままでは動けない。
そして、もっと大きな問題のせいでバリアを解除できそうにない。
それは推定数トンのコンクリート塊がバリアを押し潰そうとしていることである。
嫌な汗が吹きだしたのは、この恐怖と腰の痛みのどちらのせいだろうか。
楽な姿勢になろうとしても、バリアを展開したままでは動けない。
そして、もっと大きな問題のせいでバリアを解除できそうにない。
それは推定数トンのコンクリート塊がバリアを押し潰そうとしていることである。
嫌な汗が吹きだしたのは、この恐怖と腰の痛みのどちらのせいだろうか。
この体勢では周りの状況をつかめない。しかも、バリアを張っている間は無線が遮断される。
彼は敵に気づかれるのを覚悟で、大声で呼びかける。だが、骨に響く痛みだけが残った。呼吸するのも辛い。
総括の持つ擬似エレメント、サイバーバリア改はロケットランチャーまでなら相殺できる。
それでこのダメージなのだから、機械人形ではひとたまりもない。人間に至っては生きているほうが奇跡だ。
彼は敵に気づかれるのを覚悟で、大声で呼びかける。だが、骨に響く痛みだけが残った。呼吸するのも辛い。
総括の持つ擬似エレメント、サイバーバリア改はロケットランチャーまでなら相殺できる。
それでこのダメージなのだから、機械人形ではひとたまりもない。人間に至っては生きているほうが奇跡だ。
彼以外は全滅か。いや、先に危険を察知して逃げ出した臆病者がひとりだけいた。
一瞬、あの研究員の顔にビール瓶を投げ付けたくなったが、すぐにどうでも良くなった。
もしも生きていたら、すぐに戻ってきて、自分の生存を伝えて欲しかった。
とにかく、今は希望を棄てずに救援を待つしかなかった。
自分は戦略的重要人物だ。委員会の階位『司祭』だ。見捨てられるはずがない、と心に言い聞かせて。
一瞬、あの研究員の顔にビール瓶を投げ付けたくなったが、すぐにどうでも良くなった。
もしも生きていたら、すぐに戻ってきて、自分の生存を伝えて欲しかった。
とにかく、今は希望を棄てずに救援を待つしかなかった。
自分は戦略的重要人物だ。委員会の階位『司祭』だ。見捨てられるはずがない、と心に言い聞かせて。
彼の内面で無限とも思える時が流れる。心の不安を紛らわせるために、第二司令部を襲った攻撃の正体を考察する。
おそらくはカジノ25,000枚の景品、高射砲8.8cm砲、Flak37。通称、アハト・アハト。大ドイツの精神が形にというアレである。
マッハ3弱の弾丸を放ち、爆発と同時に金属片を撒き散らす。そして、弾片の重量と加速度で鋼鉄でさえ引き裂いてしまう。
基本は対空兵器だが、平射して戦車砲の代わりにもなる。エルアラメインではこれにより鉄屑の山が積み上げられた。
ともかく、室内で使うとは狂気の沙汰としか思えない。何もかもが無事では済まない。目の前の光景通りだ。
おそらくはカジノ25,000枚の景品、高射砲8.8cm砲、Flak37。通称、アハト・アハト。大ドイツの精神が形にというアレである。
マッハ3弱の弾丸を放ち、爆発と同時に金属片を撒き散らす。そして、弾片の重量と加速度で鋼鉄でさえ引き裂いてしまう。
基本は対空兵器だが、平射して戦車砲の代わりにもなる。エルアラメインではこれにより鉄屑の山が積み上げられた。
ともかく、室内で使うとは狂気の沙汰としか思えない。何もかもが無事では済まない。目の前の光景通りだ。
総括はあの人形が手に入れた心はコンバットハイなのかと恨み言を連ねた。
ひとつの救いは、この部屋が壊れる前に倒壊トラップも発動したらしいこと。深優=グリーアは結局、この部屋には到達できない。
第二司令室の情報を奪うことも、こちらの惨めな姿を見ることもないだろう。
ひとつの救いは、この部屋が壊れる前に倒壊トラップも発動したらしいこと。深優=グリーアは結局、この部屋には到達できない。
第二司令室の情報を奪うことも、こちらの惨めな姿を見ることもないだろう。
だが、それは一時の気休めだった。バリアの光が弱くなり、ガラスを引掻くような不快音を立て始めたのだ。
これは連続使用を想定していない。高射砲を食らったことと重なり、負荷に耐えられなくなったのだろう。
総括は自分が岩に押し潰されるのを想像し、腹から上にこみ上げる痛みを感じる。
これは連続使用を想定していない。高射砲を食らったことと重なり、負荷に耐えられなくなったのだろう。
総括は自分が岩に押し潰されるのを想像し、腹から上にこみ上げる痛みを感じる。
助けを求めて喚き散らすも、反応はない。その代わり、受信用のイヤホンから僅かな音が漏れてきた。
バリアが弱くなり、無線が通ったらしい。総括はつばを飲み込み、最後の奇跡に賭けて全神経を集中する。
バリアが弱くなり、無線が通ったらしい。総括はつばを飲み込み、最後の奇跡に賭けて全神経を集中する。
「高射砲を食らいやすいセクションの戦力を分散させ、且つ必要最小の被害で無駄撃ちさせるように再編成する。
第二司令室の救援なら諦めろ、こちらに死体を確認する余裕はない」
第二司令室の救援なら諦めろ、こちらに死体を確認する余裕はない」
それはシアーズ防衛総括の怒号。彼はあくまでも堅物でセオリーを守っている。
シアーズ技術開発総括の手元に送信マイクはなく、己の生存を告げるすべはない。
ぶり返す激しい腰痛。彼の口からは乾いた笑いしか出なかった。
シアーズ技術開発総括の手元に送信マイクはなく、己の生存を告げるすべはない。
ぶり返す激しい腰痛。彼の口からは乾いた笑いしか出なかった。
プロットはすべて出来あがっていた。そして、自分の生還は保障されていた、はずなのに。
どうしてこうなったのだろう。九条むつみ、お前はこう言うのだろうな、策士策に溺れる、と。
どうしてこうなったのだろう。九条むつみ、お前はこう言うのだろうな、策士策に溺れる、と。
男の心はバリアよりも早く磨り減っていた。内ポケットから小さな黒い箱を取り出す。
そして、震える手を押さえながら、安楽死のアンプルを自身に動脈に突き刺した。
そして、震える手を押さえながら、安楽死のアンプルを自身に動脈に突き刺した。
・◆・◆・◆・
中層セクション2の食堂、炎の舌が床を椅子を鉢植えを嘗め回していた。
深優=グリーアはブローニングM2、全長1.6m、重量38.1kgの重機関銃を持ち上げて、
焼夷弾は可燃性ガスのタンクに命中。灼熱の花は弾け飛び、戦闘員3名を吹き飛ばした。
深優=グリーアはブローニングM2、全長1.6m、重量38.1kgの重機関銃を持ち上げて、
焼夷弾は可燃性ガスのタンクに命中。灼熱の花は弾け飛び、戦闘員3名を吹き飛ばした。
中層セクション2、破壊完了。
深優は焦げた匂いの漂う残骸を横目に、灼熱のトンネルの中を走り去っていく。
キーアイテムは英霊キャスターの宝具、火属性を無効化する黄金の羊皮(ゴールドンフリース)。
これにより、身体を舐める灼熱の炎も深優にとってはなんら痛痒をもたらすものではなくなる。
キーアイテムは英霊キャスターの宝具、火属性を無効化する黄金の羊皮(ゴールドンフリース)。
これにより、身体を舐める灼熱の炎も深優にとってはなんら痛痒をもたらすものではなくなる。
セクション3消滅、セクション4全滅、セクション5崩壊、セクション6全焼――
深優はエレメントと重火器を使い分け、難攻不落の拠点を次々と破壊していった。
だが、シアーズ構成員を皆殺しにしたい訳ではない。
いや逆に、ゲーム終了後に彼らを捕虜にする可能性があるからこそ、徹底的に力を削ぎ落とすのだ。
だが、シアーズ構成員を皆殺しにしたい訳ではない。
いや逆に、ゲーム終了後に彼らを捕虜にする可能性があるからこそ、徹底的に力を削ぎ落とすのだ。
『どうもシアーズの連中は、星詠み儀以外にも何か企んでいるみたいなのよね』
『うん、僕も薄々感じてたよ。それも何年か後にやっと顔を覗かせる厄災というか』
『結構骨になると思うけど、念には念ということで頼まれてくれないかしら』
『うん、僕も薄々感じてたよ。それも何年か後にやっと顔を覗かせる厄災というか』
『結構骨になると思うけど、念には念ということで頼まれてくれないかしら』
彼女はナチュラルボーンキラー、戦闘兵器として作られたため、殺人への生理的忌避はない。
知識としての道徳と、人との交わりで育まれた命への慈しみはある。
たとえば、無抵抗の研究者と出くわし、故郷の恋人に再会したいと懇願されたとする。
そして、彼を高射砲に巻き込むのを躊躇ったならば、シアーズはその判断ミスを見逃さないだろう。
戦闘員はどこに隠れていたのかというように、次から次へと大広間に集結。
人間8人にアンドロイド4体、彼らはあっという間に凹角陣地を完成させた。この様なことが現実となる。
そして、前後の出入口で重厚な超合金の隔壁が降りる音。この状況で高射砲を爆発に巻き込まれずに使うのは困難だ。
仮にシアーズが何も企んでいなかったとしても、彼らに手を抜くことは許されないのだ。
知識としての道徳と、人との交わりで育まれた命への慈しみはある。
たとえば、無抵抗の研究者と出くわし、故郷の恋人に再会したいと懇願されたとする。
そして、彼を高射砲に巻き込むのを躊躇ったならば、シアーズはその判断ミスを見逃さないだろう。
戦闘員はどこに隠れていたのかというように、次から次へと大広間に集結。
人間8人にアンドロイド4体、彼らはあっという間に凹角陣地を完成させた。この様なことが現実となる。
そして、前後の出入口で重厚な超合金の隔壁が降りる音。この状況で高射砲を爆発に巻き込まれずに使うのは困難だ。
仮にシアーズが何も企んでいなかったとしても、彼らに手を抜くことは許されないのだ。
彼らも不退転の決意、背水の陣。是が非でもここで私を食い止めたいようですね。
複数の銃口が深優に向かう。彼女はとっさの判断でデイバッグを開く。
1秒後、弾丸のスコールが鋼鉄を削り、穿つ。地下駐車場で拾った廃バスは彼女の身代わりに穴あきチーズとなった。
1秒後、弾丸のスコールが鋼鉄を削り、穿つ。地下駐車場で拾った廃バスは彼女の身代わりに穴あきチーズとなった。
されど、この1秒は深優にとって、1000日よりも価値がある。エレメントから8つの光の羽を射出。
ブローニングM2を構えて9。これに双翼の8門を加えて合計17。多勢に無勢。ならば、こちらは手数でそれに対抗する。
ブローニングM2を構えて9。これに双翼の8門を加えて合計17。多勢に無勢。ならば、こちらは手数でそれに対抗する。
深優は次第に押されていく。地形が圧倒的に不利なのだ。
彼女の側は道幅が狭くて左右に動きづらく、逆に敵側は自在に動けるだけのスペースがある。
そのため、敵側は火力をターゲットに一点集中しやすい。
それに、敵の潜む後方部分には、柱や壁などの頑強な遮蔽物が複数鎮座しており、
いざとなればそこに逃げ込んで攻撃を避けやすくなっている。
彼女の側は道幅が狭くて左右に動きづらく、逆に敵側は自在に動けるだけのスペースがある。
そのため、敵側は火力をターゲットに一点集中しやすい。
それに、敵の潜む後方部分には、柱や壁などの頑強な遮蔽物が複数鎮座しており、
いざとなればそこに逃げ込んで攻撃を避けやすくなっている。
2時の方向から一発の銃声。光の羽2枚が撃ち落される。
2秒後に更に銃声。今度は3枚だ。このペースで壊され続ければ、羽の補充が間に合わない。
弾幕は薄くなり、戦況が一気にシアーズ側に傾く。恰幅の良い男の携帯バズーカが火を噴いた。
廃バスに全長の三分の一ほどの空洞を抉り貫く。無限弾のエレメントにリロードの制約はない。第二波はすぐに来る。
高射砲以外の切り札はできれば温存しておきたい。でなければ恐らく、対偽アリッサ戦で膝を突くことになる。
こんな時、玲二ならどのように乗り切るだろうか。彼女は逃げた研究員の落とした金属を拾い上げながら考える。
2秒後に更に銃声。今度は3枚だ。このペースで壊され続ければ、羽の補充が間に合わない。
弾幕は薄くなり、戦況が一気にシアーズ側に傾く。恰幅の良い男の携帯バズーカが火を噴いた。
廃バスに全長の三分の一ほどの空洞を抉り貫く。無限弾のエレメントにリロードの制約はない。第二波はすぐに来る。
高射砲以外の切り札はできれば温存しておきたい。でなければ恐らく、対偽アリッサ戦で膝を突くことになる。
こんな時、玲二ならどのように乗り切るだろうか。彼女は逃げた研究員の落とした金属を拾い上げながら考える。
――吾妻玲二は感情をコントロールして、暴走しない絶妙なバランスで留めているんだ。
その時、地下駐車場の訓練で聞いた那岐の言葉が頭に響いた。
ツヴァイがファントムの中で最強と呼ばれる理由。そのひとつは彼のメンタル面にある。
自我を無にし、人形のように戦うアイン。怒りの衝動に身を任せ、破壊神として振舞うドライ。
想いを殺しては己の限界を超えられない。想いに振り回されては強さにムラが生まれる。
だが、ツヴァイにはそのような隙はなかった。意志を力とし、感情の苦しみを受け止め、
なおそれに振り回されないギリギリのバランス。それがあの男の到達した領域。
ツヴァイがファントムの中で最強と呼ばれる理由。そのひとつは彼のメンタル面にある。
自我を無にし、人形のように戦うアイン。怒りの衝動に身を任せ、破壊神として振舞うドライ。
想いを殺しては己の限界を超えられない。想いに振り回されては強さにムラが生まれる。
だが、ツヴァイにはそのような隙はなかった。意志を力とし、感情の苦しみを受け止め、
なおそれに振り回されないギリギリのバランス。それがあの男の到達した領域。
HiMEも想う心が強ければ強いほど力を得る。そこに限りはない。
だが、想いが強いだけでは駄目だ。大局を冷静に見据えなければ、知らない内に追い詰められて、逃げ場を失う。
では、どうするのか。勿論、玲二が歳月を掛けて築き上げた修羅の結晶を、そのままトレースできるとは思っていない。
それでも、深優=グリーア自身の特性を生かした上での戦い方があるはず。
だが、想いが強いだけでは駄目だ。大局を冷静に見据えなければ、知らない内に追い詰められて、逃げ場を失う。
では、どうするのか。勿論、玲二が歳月を掛けて築き上げた修羅の結晶を、そのままトレースできるとは思っていない。
それでも、深優=グリーア自身の特性を生かした上での戦い方があるはず。
エレメントの出力を上げて、無数の光の羽で相手を押し切るのはどうか。それは駄目だ。
彼らは少数精鋭、数発の攻撃で落ちるほど甘い連中ではない。深優も何発か攻撃を受ける覚悟が必要になるだろう。
けれども、彼女の肉体はマギウス九郎や羽鳥桂ほど堅牢ではない。
一応、軽自動車の突撃を片手で止める程度の力はあるものの、エレメントの直撃を食らえば大事は免れない。
それに基地攻略は長丁場。ダメージを受けるのは極力避けたい。
彼らは少数精鋭、数発の攻撃で落ちるほど甘い連中ではない。深優も何発か攻撃を受ける覚悟が必要になるだろう。
けれども、彼女の肉体はマギウス九郎や羽鳥桂ほど堅牢ではない。
一応、軽自動車の突撃を片手で止める程度の力はあるものの、エレメントの直撃を食らえば大事は免れない。
それに基地攻略は長丁場。ダメージを受けるのは極力避けたい。
原点に戻って考えろ。こちらを不利にしているのは地形だ。
当面の目的はここから遮蔽物エリアまで移動すること。
そして、ひとつずつ確実に倒していく。
そこに行くまでに敵の集中砲火を潜り抜ける必要が出てくる。
当面の目的はここから遮蔽物エリアまで移動すること。
そして、ひとつずつ確実に倒していく。
そこに行くまでに敵の集中砲火を潜り抜ける必要が出てくる。
ウィンフィールドも評価したように、深優のスピードは参加者の中でも間違いなくトップクラスだろう。
だが、速度を持ってしても、複数の弾丸に囲まれたなら、思考の処理に遅れが出てしまう。ならば、もっと速さだ。
彼女は亡きアリッサの、そして我妻玲二の姿を強く思い浮かべる。
だが、速度を持ってしても、複数の弾丸に囲まれたなら、思考の処理に遅れが出てしまう。ならば、もっと速さだ。
彼女は亡きアリッサの、そして我妻玲二の姿を強く思い浮かべる。
深優はアリッサ様に仕えるときは、自分の思いを素直に表すことができた。
だけど、玲二にはストレートに感情を出せないし、出すべきかも分からない。
彼を遠いで見ている関係は心地よく、それでいてもどかしい。思う度に纏わりつく迷いや戸惑い。
だけど、彼を強く想いたいという気持ちは変わらない。今はきっと、それで良いのだろう。全身に力が漲ってくるのを感じる。
だけど、玲二にはストレートに感情を出せないし、出すべきかも分からない。
彼を遠いで見ている関係は心地よく、それでいてもどかしい。思う度に纏わりつく迷いや戸惑い。
だけど、彼を強く想いたいという気持ちは変わらない。今はきっと、それで良いのだろう。全身に力が漲ってくるのを感じる。
でも、まだまだ足りない、何よりも速さが足りない。速さをもっと速さを。
光の翼のエレメントを解除、HiMEの力を全て速度に注ぎ込む。
攻撃手段は重機関銃のみになってしまう。一種の賭けだ。
続けて、思考回路の優先タスクを動体視力の処理に設定。
視界の横幅は次第に人間並に狭くなり、奥行きは鷹よりも深くなる。
攻撃手段は重機関銃のみになってしまう。一種の賭けだ。
続けて、思考回路の優先タスクを動体視力の処理に設定。
視界の横幅は次第に人間並に狭くなり、奥行きは鷹よりも深くなる。
深優は廃バスから疾風の勢いで躍り出す。
一瞬遅れ、戦闘員は格好の標的を蜂の巣にしようとトリガーを引く。
だが、彼女の目には、飛来する弾丸はいつもよりもスローモーションで、振動する空気はまるで水飴。
一瞬遅れ、戦闘員は格好の標的を蜂の巣にしようとトリガーを引く。
だが、彼女の目には、飛来する弾丸はいつもよりもスローモーションで、振動する空気はまるで水飴。
深優はジグザグに動き、身を低くして全弾回避。
そのままの態勢で二挺拳銃の男を射撃、勢い良く引火する。
バズーカ男はエレメントで防御。タイミングが合わず、彼は右腕を損傷。
人間の反応速度では、彼女の動きについていけない。これならばいける。
そのままの態勢で二挺拳銃の男を射撃、勢い良く引火する。
バズーカ男はエレメントで防御。タイミングが合わず、彼は右腕を損傷。
人間の反応速度では、彼女の動きについていけない。これならばいける。
深優はゴールに向かい更に加速する。それを遮ろうと、深優の左右を挟み込もうとする真紅の爪の雨。
その先には二体のアンドロイド姉妹。装備するのは爪型エレメントの“MARY'S CLAW”、回避不能の間隙乏しきニードルガン。
だが、深優は両者が交差する暇を与えず、右の頭を粉砕。勢いよくしぶきが飛び散る。
その先には二体のアンドロイド姉妹。装備するのは爪型エレメントの“MARY'S CLAW”、回避不能の間隙乏しきニードルガン。
だが、深優は両者が交差する暇を与えず、右の頭を粉砕。勢いよくしぶきが飛び散る。
人間は装備を範囲攻撃型にいっせいに持ち替えている。彼らは複数の擬似エレメントを所持しているのだ。
だが、もう遅い。こちらは遮蔽ブロックに突入だ。攻撃の嵐を地形で防御。
だが、もう遅い。こちらは遮蔽ブロックに突入だ。攻撃の嵐を地形で防御。
そして、左に急転回。その刹那、柱の合間を縫って放たれる弾丸。彼女は紙一重で回避。
やはり、あの男は右翼から左翼へと場所を移ろうとしていた。
彼は光の羽を3枚同時に打ち落とした少年であり、ツヴァイの戦闘データをコピーした戦闘機人だ。
命中精度を高めるためか、単発狩猟銃型のエレメントを装備している。
彼を倒さなければここの戦場の支配権は奪えない。玲二の高みに辿り着けない。
やはり、あの男は右翼から左翼へと場所を移ろうとしていた。
彼は光の羽を3枚同時に打ち落とした少年であり、ツヴァイの戦闘データをコピーした戦闘機人だ。
命中精度を高めるためか、単発狩猟銃型のエレメントを装備している。
彼を倒さなければここの戦場の支配権は奪えない。玲二の高みに辿り着けない。
深優は焼夷弾の範囲射撃でターゲットの逃げ場を奪っていく。
所詮は量産アンドロイド、いくらファントムの技術をコピーしようと、移動速度はカタログスペックを超えられない。
所詮は量産アンドロイド、いくらファントムの技術をコピーしようと、移動速度はカタログスペックを超えられない。
偽ツヴァイを追い詰めた。彼女がそう確信した、その瞬間。
彼の姿が残像を作りながら移動。深優の視覚処理が追いつかない。
左から微かに引鉄に触れる音。咄嗟に回避するもバランスを崩す深優。軽い痛みが頬を掠めていく。
続けて、偽ツヴァイは左手を剣に変え、一気に距離を詰めてくる。先程とは見違えるほどのスピード。
彼の姿が残像を作りながら移動。深優の視覚処理が追いつかない。
左から微かに引鉄に触れる音。咄嗟に回避するもバランスを崩す深優。軽い痛みが頬を掠めていく。
続けて、偽ツヴァイは左手を剣に変え、一気に距離を詰めてくる。先程とは見違えるほどのスピード。
ツヴァイがファントム最強と呼ばれる最大の理由、それは極限で見せる生への執着心。
それこそが、彼がまだ一般人に過ぎなかった頃に、ファントム・アインを追い詰め、
さらにこの島で桂言葉に不意打ちを食らわせ、九鬼耀鋼の猛攻を辛うじて免れた力である。
それこそが、彼がまだ一般人に過ぎなかった頃に、ファントム・アインを追い詰め、
さらにこの島で桂言葉に不意打ちを食らわせ、九鬼耀鋼の猛攻を辛うじて免れた力である。
深優は重機関銃を杖代わりに、転倒を防ぐ。
少年の刃が胸に届くまであと数歩。彼女はとっさに敵の腹を蹴り飛ばす。
彼は後ろに飛びのき、二人の間合いが開く。深優の体勢はいっそう悪化。
今、彼女がエレメントを出しても、自身の反応速度が落ちて、敵に懐に入られるだけ。
少年の刃が胸に届くまであと数歩。彼女はとっさに敵の腹を蹴り飛ばす。
彼は後ろに飛びのき、二人の間合いが開く。深優の体勢はいっそう悪化。
今、彼女がエレメントを出しても、自身の反応速度が落ちて、敵に懐に入られるだけ。
自分は彼の偽者にすら負けてしまうのか。
いくら努力しても、深優と玲二の間には超えられない断層があるのか。
玲二への想いの答えは出ていない。
でも、彼の重荷とならないだけの強さを持ちたい。
それで彼を守ろうと言うわけではない。
きっと、そのような慈悲は拒絶されるから。
ただ、彼の傍についていくために、対等な立場であり続けるために。
いくら努力しても、深優と玲二の間には超えられない断層があるのか。
玲二への想いの答えは出ていない。
でも、彼の重荷とならないだけの強さを持ちたい。
それで彼を守ろうと言うわけではない。
きっと、そのような慈悲は拒絶されるから。
ただ、彼の傍についていくために、対等な立場であり続けるために。
深優は唐突に、右手に違和感を覚える。いつのまにか日本刀が握られていた。
偽ツヴァイはふたたび飛び掛る。まだ、何が起きたのか理解できない。
でも、何をすれば良いのかは分かる。
偽ツヴァイはふたたび飛び掛る。まだ、何が起きたのか理解できない。
でも、何をすれば良いのかは分かる。
せめて、この戦いで玲二の期待を裏切ることだけはしたくない。
偽ツヴァイは首から赤い液体を吹き出し、コンクリート袋のように崩れ落ちた。
彼女は右手を確認する。それはデイバッグに入っていたはずの今虎徹、別名、妖刀ハラキリブレードだった。
0.05秒で4.35光年規模の空間両断跳躍。まさか、本当にこの銘刀に救われるとは思いもよらなかった。
彼女は右手を確認する。それはデイバッグに入っていたはずの今虎徹、別名、妖刀ハラキリブレードだった。
0.05秒で4.35光年規模の空間両断跳躍。まさか、本当にこの銘刀に救われるとは思いもよらなかった。
『冬子先輩の黒須先輩を愛する気持ちが攻撃的に現れたときに、
いきなり刀が現れて、悪い虫にきついお仕置きを食らわせてたものです。主に太一先輩本人に』
『たぶん、魔法というよりはメタとかパロディとか、その辺の原理はミキミキにはワケワカメです。禁則事項です』
いきなり刀が現れて、悪い虫にきついお仕置きを食らわせてたものです。主に太一先輩本人に』
『たぶん、魔法というよりはメタとかパロディとか、その辺の原理はミキミキにはワケワカメです。禁則事項です』
冗談ではなかったらしい。
続けて、ツヴァイコピーの力の種明かしをしよう。彼は人工的に魔術回路を組み込まれていた。
そして、強化魔術で加速して、ツヴァイの窮地の反応を擬似的に再現したのである。
ただし、術は自身ではなく、擬似エレメントの身体能力機能を『強化』して行っている。
ちなみに擬似エレメントのモデルは、とある魔術師愛用のトンプソンコンテンダーだったとか。
実は、偽ツヴァイは剣ではなくこの単発銃で殴り掛かれば、僅かにリーチが加算され、勝敗はまだ分からなかった。
だが、一挙一動が刹那の世界に、無線で彼の判断を修正できる者はいなかった。
所詮は形を真似ただけの攻撃。本当の意味で限界を超えることはできない。彼が深優の強い想いに敗れるのは必然だった。
そして、強化魔術で加速して、ツヴァイの窮地の反応を擬似的に再現したのである。
ただし、術は自身ではなく、擬似エレメントの身体能力機能を『強化』して行っている。
ちなみに擬似エレメントのモデルは、とある魔術師愛用のトンプソンコンテンダーだったとか。
実は、偽ツヴァイは剣ではなくこの単発銃で殴り掛かれば、僅かにリーチが加算され、勝敗はまだ分からなかった。
だが、一挙一動が刹那の世界に、無線で彼の判断を修正できる者はいなかった。
所詮は形を真似ただけの攻撃。本当の意味で限界を超えることはできない。彼が深優の強い想いに敗れるのは必然だった。
深優の玲二を愛する気持ちはその時、冬子が太一を思うのと同じくらい強かったのだろうか。
深優は思う。自分は玲二の領域に一歩近づけたのだろうか。
そして、刀が飛来した時、そのの気持ちは冬子が太一を思うのと同じくらい強かったのだろうか。
彼女と太一はどんな関係だったのか、ちゃんと聞いておけば良かったかも知れない。
そして、刀が飛来した時、そのの気持ちは冬子が太一を思うのと同じくらい強かったのだろうか。
彼女と太一はどんな関係だったのか、ちゃんと聞いておけば良かったかも知れない。
軽い疲労の後に訪れる達成感。だが、それに浸っている余裕はない。
もう一体の少年型アンドロイドが、箱型エレメント“トリガーハッピー”から無数の拳銃を射出し始めた。
深優は次から次へと遮蔽物を渡りながら、音を立てずに光の翼を展開した。
もう一体の少年型アンドロイドが、箱型エレメント“トリガーハッピー”から無数の拳銃を射出し始めた。
深優は次から次へと遮蔽物を渡りながら、音を立てずに光の翼を展開した。
・◆・◆・◆・
下層司令部。上層の第二司令部が崩壊した今、ここが唯一のブレインとなる。
シアーズ防衛総括はモニターを見つめたまま、時間にして124秒ほど口を閉じるのを忘れていた。
シアーズ防衛総括はモニターを見つめたまま、時間にして124秒ほど口を閉じるのを忘れていた。
翼を広げた戦乙女(ワルキューレ)が戦場の中心で踊っている。それは弾丸に追われて手足を動かす、惨めな逃走ダンスではない。
それは躍動の中の静謐、冷たく純粋な情熱、重ね合わさった混沌がとりなすシンフォニー。
戦の怒りと喜びと哀しみとその他諸々の美を体現しており、その芸術性ゆえに舞と形容するに相応しい。
それは躍動の中の静謐、冷たく純粋な情熱、重ね合わさった混沌がとりなすシンフォニー。
戦の怒りと喜びと哀しみとその他諸々の美を体現しており、その芸術性ゆえに舞と形容するに相応しい。
戦闘員は彼女の旋律を乱さんと銃弾を放つ。だが、その不協和音は女神の衣に掠ることはできない。
彼らはなす術もなく、炎の洗礼を食らって、立ち木のように燃え落ちていく。
自軍は完全に翻弄されていた。ただただ、観衆として見入るしかなかった。
彼らはなす術もなく、炎の洗礼を食らって、立ち木のように燃え落ちていく。
自軍は完全に翻弄されていた。ただただ、観衆として見入るしかなかった。
世界を動かす秘密結社が、たった一人の参加者に追い詰められているとは。
長年の間、このような光景は映画か娯楽小説でのみ存在を許されるフィクションだと信じていたのに。
長年の間、このような光景は映画か娯楽小説でのみ存在を許されるフィクションだと信じていたのに。
「温かい飲み物を持ってきました」
背後からあまり覇気のない声。コーヒー豆を炒った香りが鼻を刺激する。総括は慌てて襟を正し、咳払いをした。
「以前、カフェインは口にしないと言っておいたはずだが」
「も、申し訳ありません。ホットミルクでしたね。つい、技術開発総括と混同してしまって」
「も、申し訳ありません。ホットミルクでしたね。つい、技術開発総括と混同してしまって」
彼はしばしば技術開発総括に呼び出されていた男。第二司令室の唯一の生還者でもある。
彼は臆病者で少々性格に難はあるものの、ここの研究状況をほぼ完全に把握している。
そのため、亡き技術開発総括にとっても、歩くレファレンスとして使い勝手が良かったらしい。
彼は臆病者で少々性格に難はあるものの、ここの研究状況をほぼ完全に把握している。
そのため、亡き技術開発総括にとっても、歩くレファレンスとして使い勝手が良かったらしい。
「技術開発総括か……惜しい男を亡くしたものだ。ところで君はHiMEの力には詳しい方かね」
「はい、なんでしょうか。専門ではありませんが、一通りならの質問なら答えられますよ」
「はい、なんでしょうか。専門ではありませんが、一通りならの質問なら答えられますよ」
シアーズ防衛総括は補佐に指令を任せた後、椅子を研究員の方に回転させる。
「深優=グリーアの戦闘ランクはAではなかったのか。それなのになぜ、ほぼ同等のアンドロイド相手に圧倒できる。
しかも、彼女は疲労するどころか、ますます動きが良くなっているように見えるのだが」
しかも、彼女は疲労するどころか、ますます動きが良くなっているように見えるのだが」
研究員は軽く頭を掻きながら、
「これはあくまで仮説なんですけど。彼女は今もカマエルを召喚できる状態なのだと思います。
ですが、そのための力を全て、自身の身体能力の向上に充てているんです」
ですが、そのための力を全て、自身の身体能力の向上に充てているんです」
彼は例証を挙げた。神崎の妹の美袋命は大量のHiMEの力を弥勒の制御に使っていた。
そのため、彼女自身はチャイルドに覚醒することはなかった。
深優はイレギュラーなHiMEであるため、己の身体に対して似たようなことが起きているのではと推測する。
そのため、彼女自身はチャイルドに覚醒することはなかった。
深優はイレギュラーなHiMEであるため、己の身体に対して似たようなことが起きているのではと推測する。
防衛総括は顎に手を当て、少しばかり唸って、
「理屈は置いておくことにしよう。彼女は結局のところ、カマエルを召喚できないのかね。
「今のところは、ですね。一度だけ召喚できたのは確かですし。
心理的なブレーキが掛かっているのか、それとも想いの自覚が足りないのか……」
「今のところは、ですね。一度だけ召喚できたのは確かですし。
心理的なブレーキが掛かっているのか、それとも想いの自覚が足りないのか……」
彼はそれを聞き、わずかに安堵の息を漏らす。今の深優よりも、強力な砲台かつ盾を使われる方が面倒だからだ。
だが、彼女のここに来てからの成長速度は異常である。この戦いの中でもう一段階覚醒を遂げてもおかしくない。
だが、彼女のここに来てからの成長速度は異常である。この戦いの中でもう一段階覚醒を遂げてもおかしくない。
「まるで、不発弾の解体処理をしている心地だな。どちらにせよ、彼女が難敵であることには変わらん。
こちらも対アンドロイド兵器で対抗せねばなるまい。直ちにNYPリーサルウェポンの起動準備をするのだ」
こちらも対アンドロイド兵器で対抗せねばなるまい。直ちにNYPリーサルウェポンの起動準備をするのだ」
研究員は“NYP”という単語を聞いた途端、一歩後ずさりして、
「いや、あれは……未完成で安全性も低くて、実用に耐える代物ではありません。
それよりも、アリッサ=シアーズを下層の防衛に出動させたのが確実かと」
「そうしたいのは山々だが、プロメテウス計画の最終段階は彼女の力なしには完成できない。
今、彼女を最下層から動かす訳にはいかんのだよ。それは君が一番良く知っているはずだ」
それよりも、アリッサ=シアーズを下層の防衛に出動させたのが確実かと」
「そうしたいのは山々だが、プロメテウス計画の最終段階は彼女の力なしには完成できない。
今、彼女を最下層から動かす訳にはいかんのだよ。それは君が一番良く知っているはずだ」
防衛総括は苛立ちを抑えながら、彼を説き伏せようとする。
だが、相手は小難しい理屈で煙を巻き、なかなか行動に移ろうとしない。
だが、相手は小難しい理屈で煙を巻き、なかなか行動に移ろうとしない。
防衛総括は改めて、室内の研究者連中の様子を俯瞰する。ある者はモニターを見つめたまま硬直しており、
ある者は突然信仰に目覚めて神に祈り、ある者はトイレに行ったきり戻ってこない。
しかし、彼らの多くは普段と変わらず、慌しくも淡々と作業を進めている。
ある者は突然信仰に目覚めて神に祈り、ある者はトイレに行ったきり戻ってこない。
しかし、彼らの多くは普段と変わらず、慌しくも淡々と作業を進めている。
薬物で安定させている部分もあるだろう。業務に支障のないこと自体は望ましいことだ。
だが、総括の目には、彼らは単に現実から目を逸らしているだけに見えた。
薬の力にも限界はある。いったん、眉に火が付いてしまえば、部屋は錯乱状態に染まるのは避けられまい。
だが、総括の目には、彼らは単に現実から目を逸らしているだけに見えた。
薬の力にも限界はある。いったん、眉に火が付いてしまえば、部屋は錯乱状態に染まるのは避けられまい。
無造作に置いたヘッドホンから衝撃音。総括が反射的に振り返ると、モニターは既にブラックアウトしていた。
「セクション8、高射砲に破壊されました。無線、通信できません!」
補佐官の肉声が耳に響く。防衛総括は胸に手を当て、カシアーノとパウロの死に黙祷を捧げる。
かつて南米のクーデターを成功させた戦友に。
男達はこの島でも勝利の凱旋をし、ほんの少しマシになった世界で杯を交わそうと誓ったのに。
シアーズ防衛総括は棒立ちの研究員の胸倉を掴み、抉り刺すような睨みを利かせ、
かつて南米のクーデターを成功させた戦友に。
男達はこの島でも勝利の凱旋をし、ほんの少しマシになった世界で杯を交わそうと誓ったのに。
シアーズ防衛総括は棒立ちの研究員の胸倉を掴み、抉り刺すような睨みを利かせ、
「おい、××なし、お前もアレにやられた口だろうが。さっさとNYP用意しねえと、煮えた鉛飲ますぞ。ゴラァ!」
研究員は瞳孔を開いたまま、無言で何度もかぶりを振った。
シアーズ防衛総括はあの殺人機械、深優=グリーアの戦いを見て、強く確信していた。
こちらは参加者に皆殺しを挑んでいるのだ。彼らと停戦協定などできるわけがない。
もしも、丸腰で白旗を揚げたならば、死より恐ろしい報復が待ち構えていよう。
愚将と罵られようが構わない、勝って生き延びるのが第一だ。そのためならどんな力でも利用する。
こちらは参加者に皆殺しを挑んでいるのだ。彼らと停戦協定などできるわけがない。
もしも、丸腰で白旗を揚げたならば、死より恐ろしい報復が待ち構えていよう。
愚将と罵られようが構わない、勝って生き延びるのが第一だ。そのためならどんな力でも利用する。
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