――深い眠りに落ちていた。

寝起きの体を迎え入れたのは柔らかい布団の感触ではなく、固く冷たい地面。
ぼやける視界をはっきりと覚ますように目を擦り、天海春香はゆっくりと立ち上がった。

「……え?」

段々と澄んでゆく視界を覆ったのは何十人ものひとだかり。
まるで小規模なライブのようだった。しかしそんな楽しげな雰囲気でないことは、周りの人々の面持ちから容易に察せる。
みな、自分と同じく不安と困惑に満ちていた。人混みでよく見えなかったが、一瞬知り合いの顔も写った気がする。

春香が最後に覚えているのは、自宅で就寝した記憶だ。
それが今、目覚めたら知らない場所で知らない人間に囲まれている。

――まさか、拉致されたのだろうか。

脳裏をよぎる最悪の予想に春香は血の気が引くのを感じた。
助けを呼ばないと、とポケットに手を入れるも携帯はない。没収されたのだろうか。
だったら、さっき見かけた知り合いの姿を探そう――そう思った矢先、声が響いた。

「あ、みんな目が覚めたみたいね」

春香を含め、その場にいる全員の視線が声の方向へと注がれる。
そこには、ついさっきまで存在していなかったはずの金髪の少女が愉しそうに笑っている姿があった。

「わたしはマナ。あなた達をここに連れてきた本人よ。どうやって連れてきたかは内緒」

無邪気な声に反した衝撃的な発現に集められた者たちは各々の反応を示す。
抗議の声を上げる者、困惑の息を漏らす者、少女の次なる言葉を待つ者。
異なる一同の反応を見て満足げな笑みを浮かべたマナは、勿体ぶるようにすぅっと息を吸った。


「今からあなた達には殺し合いをしてもらうわ。……ね、楽しそうでしょ?」


瞬間、時が凍った。
いや、実際にはそうではない。マナの言葉を理解できなかった春香の脳が思考を停止したのだ。
しかし先程の表現が過言ではないことを、先程までざわついていた場がしんと静まり返ったことがなによりも示している。

「って言っても、実感湧かない? じゃあみんな、自分の首触ってみて。首輪があるでしょ?」

言われるがままに春香は自分の首に触れる。
冷たい。春香はマナに言われて初めて首輪の存在に気が付いた。
それは春香だけではないのか、「えっ」という驚愕の声があちこちから聞こえた。

「この首輪、すっごく素敵なの。わたしの気分次第で自由に爆発させられるんだから」

――え?

今、なんと言った?
ばくはつ。爆発。首輪が?
それはつまり、死――状況を把握しきれない春香を強烈な立ち眩みと吐き気が襲いかかる。
思わず膝から崩れ落ちてしまった。心臓はやかましいほどに泣き叫び、じわりと熱を帯びる目頭からは涙が零れ落ちる。
そんな春香の体を、何者かの腕が支えた。

「っ!? あ……」

「大丈夫か? ……気をしっかり持て」

涙で滲んだ春香の目に映ったのは強面の男性。
状況が状況だというのに不安や恐怖といった感情を一切見せない顔は、眉間にシワが寄り憤怒の色に染まっている。その様はまるで、龍が如く。
春香は男の言葉に答えられる余裕がなく、ただうろたえた。男も春香の状態を案じてかそれ以上下手に言葉をかけることはなかった。
しかし、多少春香の心が落ち着いたのは事実。なんとか立っていられる程度には回復した。

「信じられない、っていう顔してるやつらがいるわね。ああ、残念。じゃあ誰かで”試す”しかなくなっちゃった。……えーっと、こいつでいいや」

しかし、すぐにまた春香の心はへし折られることとなる。
少女、マナは天使のような悪魔の笑顔を見せて一人の青年を指さした。
春香に声をかけた男性と同じく厳しい顔立ちだった。それでも比べれば幼さが残るが。

「えっ……、はっ!? 俺!?」

「あなたの首輪、爆発させるね」

「おいっ! テメェふざけ……!」

青年の言葉を最後まで聞かず、マナはどこからか取り出したスイッチを押す。

ピッ、ピッ、ピッ、ピッ。

冷たく、不気味で、残酷なアラーム音が反響する。
生理的に嫌悪感を示さざるを得ないその音に、青年だけでなく春香も顔を青ざめた。
アラームの間隔が短くなってゆく。無機質な死刑宣告を下された青年は、焦燥に駆られながらも抵抗の意思を示すように強く拳を握りしめていた。

「な、なんなんだよこれっ……! くそッ! ペルソ――」


――ボォンッ!


しかし、現実は無情だった。
爆発音と共に青年の首は弾け飛び、首があった場所からは噴水のように血が噴き上がる。
辺りを絶叫と狼狽が支配した。だらりと脱力した青年、巽完二の死体は自らが作った血溜まりにべしゃりと沈み、赤の勢いを加速させる。

春香は再び崩れ落ちた。それだけではなく、込み上げる嘔吐感を堪え切れず胃液と共に吐瀉物を吐き出す。
もう何かを思考する余裕などない。目の前で人が死んだ。それも、常識では考えられないような殺され方で。
真っ黒な脳の中で青年の死の瞬間だけが何度もリピートされる。もう二度と心の底から笑うことなど出来ないのだと、おぼろげな思考の中でどこか春香は確信していた。

「ふざけんなっ! お前、自分が何やってんのかわかってんのか!?」

未だ残響を残す絶叫を掻き消して、一人の男の声がマナの鼓膜を刺激する。
独特な青髪の青年だった。顔立ちを見るにいまさっき殺された完二と年はそう変わらないだろう。
青年の名はカミュ。勇者の仲間として相応の修羅場をくぐってきた彼は、物怖じすることなくマナへ立ち向かった。

「あれ、逆らうの? 今の、見たでしょ?」

「だから言ってんだろうが!! ……やめねぇなら、力づくでも止めてやる」

精一杯の威圧を睥睨に込めて、カミュは構えを取る。
得物であるナイフやブーメランはない。ゆえに得意とはいえない徒手空拳の構えだ。
それでも並大抵の人間なら容易に下せる実力を持っている。相手がただの少女となれば結果は言うまでもない。

「ふーん、やってみれば?」

「っ……!」

しかし、状況が状況だ。
マナは一切臆さず、どころか挑発するような口調でカミュを煽る。
その手に握られたスイッチはカミュの方へ向けられていた。マナとカミュの距離はそれなりに離れている。幾らカミュが俊敏であろうと、正面から向かっていけば到達する前にスイッチを押されるだろう。
ゆえにカミュは動きを止めた。その一瞬の逡巡を、マナは見逃さなかった。

「はい、お利口さん。けどわたしに逆らったから殺すね。ばいばい」

「なっ――!」

マナは最初から、自分に反逆する者を許すつもりなどなかった。
指先一つで人を殺せる絶対的な力を得て、もともと歪んでいた思考は拍車をかけて狂気に染められていた。

(だめっ! あの人も死んじゃう!!)

スイッチにマナの指がかかる。カミュの絶望した顔を見て、マナは愉悦に頬を歪ませた。
彼らの問答を聞いていた春香は現実から目を背けるように目を瞑り、耳を塞ぐ。それでも微かに聞こえる息遣いと肌を灼く緊張が春香に現実を突きつける。
もうダメだ――諦観が春香の心を支配した瞬間、二つの影が飛び出した。

「あ……! うぐっ!?」

カミュに意識を向けていたマナは迫りくる影に反応が遅れた。
一人がマナの手を蹴り上げスイッチを弾き飛ばし、一人がマナを投げ技の要領で取り押さえる。
爆発音が聞こえないことに春香は顔を上げ、マナが地に倒れ伏す姿を目にして僅かに希望の光を取り戻した。

「奇遇ね」

一人は黒い長髪の女性、ティファ・ロックハート。

「……そうだな」

一人は今しがた春香に声をかけた男、桐生一馬。

全く別の世界に住み、全く違う生き方をしてきた二人は奇妙なほど息の合った連携でマナを制圧した。
マナは地面に投げ飛ばされた痛みからか力なく唸り声を上げている。九死に一生を得たカミュは二人へ感謝の言葉を告げた。

場は完全に反撃の傾向にある。
ある者は拳を握り、ある者は魔力を溜め、集結した戦意は容赦なくマナ一人に注がれた。
それは春香も同じだった。あっけなく殺された完二の姿を思い浮かべ、マナという少女にどうしようもないほどの憤りが湧き上がった。

「ふ、ふふ……馬鹿ね。あんたたちほんと馬鹿」

「……あ? 何言ってやがる。ガキ」

しかし当のマナは、地面に寝転がりながらも余裕は崩さない。
それを桐生は一蹴する。が、何かがおかしいと参加者の中の数名が違和感を覚えた。


「――がぁっ!?」

「ぐっ!?」


瞬間、桐生とティファが紫色の波動に大きく吹き飛ばされた。
何が起こったのか理解できたのは、ほんの一握りの人間だけだろう。それこそ、その力の正体を知る者しか。

「ウルノーガ……!」

誰が呟いたか、それを合図にしたようにマナの背後に人影が現れる。
青白い肌、トサカのような赤髪、側頭部から伸びる禍々しい角。
人の形をしていながらあまりにも人間離れした容姿と威圧感は、芽生え始めた希望を摘み取るには十分すぎた。

「マナよ。司会を任せるとは言ったが、参加者を殺せとは命じておらん。次に勝手な行動をすれば、どうなるか分かっているな?」

「ふふ、はーい。じゃあ、説明に戻るわ」

ウルノーガと呼ばれた者は既に他の者には興味を失ったとばかりにマナを一瞥する。
それを受けたマナは不気味な笑顔を携えたまま、静まり返った参加者達と向き合った。

「首輪の効果はもうわかった? これ、無理やり外そうとしても爆発するから覚えておいてね。あ、あと放送のときに言われる禁止エリアに入っても爆発するわ」

声を弾ませながらルール説明を続けるマナに抗議の声を上げるものは、いない。

「みんなにはこれから殺し合い専用の会場に飛んでもらうんだけど、その時にリュックが配られるわ。中身は食料とか武器とかいろいろ。開けてからのお楽しみね。……あ、それと六時間ごとにさっき言った放送があるから、聞き逃さないようにしなさい。死者とか禁止エリアとか、しっかりメモしなきゃ大変よ?」

マナの語るルールが頭に入っている者は一体何人居るのだろうか。
少なくとも春香はその内の一人ではない。怯えている群衆をマナとウルノーガは虫けらのように見下していた。

「あ、大事なこと言い忘れてたわ。この殺し合いの優勝者は元の場所に帰れる権利と、何でも一つ願いを叶えられる権利が与えられるの。どう? やる気出てきたでしょ?」

えっ、と春香の口から久々に言葉が漏れる。
願いを叶えられる――あまりに非現実的すぎて、それだけが春香の脳にこびりついた。
沈黙を貫いていた参加者たちの間にもざわめきが走る。それを遮るようにマナはパンッと両手を叩き、にっこりと白い歯を見せた。

「これでルール説明は終わり! じゃあみんな、頑張ってね」

酷く自分勝手なマナの言葉を最後に、春香の意識は急速に闇に落ちてゆく。
意識を失ったものから順に会場へと飛ばされる。そして最後に残ったのは、口元を三日月に歪めたマナとウルノーガの二人だけだった。


【巽完二@ペルソナ4 死亡確認】


ゲームキャラ・バトルロワイアル――開幕

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NEW GAME 時系列順 001:恋しさと切なさと心強さと
投下順
天海春香 025:輝け、少女たちの歌
桐生一馬 006:腕力と知力
カミュ 004:こころないてんし
ティファ・ロックハート 037:破壊という名の何か
巽完二 GAME OVER
マナ 067:第一回放送
ウルノーガ

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最終更新:2019年11月08日 11:49