──地獄とは。
地獄とは本来、生前に罪を犯した者が死して辿り着く場所だ。
しかしそんな段階を踏まずともそこへ行ける方法がある。
その方法は──この二体の生物と出会う事だ。
艶やかな銀髪を靡かせる長身の男と、それを前に身の毛もよだつ唸りを響かせる怪物。
まるで対照的。片や一級品の彫刻の如く完璧な美しさと気品を兼ね備え、片や失敗作の陶器の如く不格好で見苦しい。
それらは丁度城門に立ち並ぶ像のように。あまりに正反対であるのに奴らは惹かれ合う。
運命、だなんて耽美な言葉は似合わない。これはそう、言うなれば────因縁。それも細胞レベルでの話まで遡る。
「醜いな」
先に口を開いたのは長身の男だった。
男は心から嘲るように目の前の怪物へ率直な評価を下す。それは果たして外面へのものか、それとも別のものが見えているのか。
怪物は自分が蔑まれた事すら分からない。けれど、けれど。本能が目の前の敵を殺せと叫びをあげる。
お前はなんのために生まれてきたのだ。完璧になるのだろう。ならばこいつの細胞を吸収し、神に等しき存在となれ。
「セフィィィィロォォォォォォオオオオオオオスッ!!!!!!」
雷鳴よりも強く、遠くにまで轟く咆哮。
踏み締めた石床を瓦礫に変えながら、大型トラックを思わせる速度で駆けるウィリアムは四つの剛腕の内一つを横薙ぎに払う。
酷く大振りでありながら的確に命を奪わんとするそれは吸い込まれるようにセフィロスの右腹に突き刺さり、砲弾の如く彼の身体を城壁へ叩き付けた。
あまりにも呆気ない幕切れだ。と、思う愚か者はここにはいない。
セフィロスを知らぬ者でも未だ途絶えぬビリビリとした空気の振動から感じ取るだろう。彼は今の一撃をわざと受けたのだと。
穿たれた城壁から溢れる塵煙。セフィロスの行方を隠していたそれはすぐさま消滅する。セフィロス自身の腕によって。
「……なるほど。どうやらただの獣という訳じゃないらしい」
興味を唆られ笑う彼の口元に一筋の血が伝う。この殺し合いが始まって以来最大のダメージと言っていい。腕が直撃した箇所には久しく痛みが走っている。
今の一撃で理解した。目の前の存在は並のモンスターを遥かに凌駕している。それも元々ただの人間であるのに、だ。
彼は試したかった。G-ウイルスというジェノバとは異なる可能性を。
最初こそは人を獣に変えるだけの単純なウイルスだと思っていた。しかしその実、ジェノバにも届くやもしれない底知れぬ成長力を秘めている。
ジェノバ細胞を取り込んだソルジャーでもセフィロスにダメージを与えられるのは極一部に限られる。そう言えばG-ウイルスの強大さが伝わるだろう。
その上で──このG生物は尚も成長段階なのだ。
「お前には過ぎた力だな」
だからこそ、セフィロスは心から憐れむ。
ウィリアムに対してではなく、ウィリアムの身体を支配するウイルスに対して。
「オオオオオオオォォォォォォ────ッ!!!!」
いつの間にか肉薄していたウィリアムが丸太の如き腕を振るう。
背面は城壁。逃げ場はないと思われたセフィロスはそれをバスターソードで受け止める。鋭い火花が散ると同時、それすらも読んでいたとばかりに異なる腕でセフィロスの肉体を貫かんとする。
ぼと、ぼとり。
両断された二本の腕が地に落ち、汚れた血溜まりを作る。
怒号か悲鳴か、ウィリアムはけたたましい叫びをあげながらジェノバ細胞を取り込まんと残った二本の腕を振るう。
しかしそれが届く前にセフィロスの剣戟が腕を切り飛ばした。全ての腕を失ったG生物はそれでも歪な牙で噛み砕こうと首を有り得ない勢いで引き伸ばす。
ざりッ、と嫌な音がした。
バスターソードの一撃により頭を失ったG生物はゆっくりと膝を折り、やがて倒れ伏す。
セフィロスはそんな光景をどこか虚しそうに見下ろしていた。
「言っただろう、お前には過ぎた力だと」
所詮はこの程度なのだ。
ソルジャーのように元々鍛えられた人間がこのウイルスを手にし適合していたのならばいざ知れず。何の変哲もない一般人の成れの果てがこれだ。
だからこそ、自分が手にしてやろう。
恵まれぬ主の元を離れ、セフィロスという完全体に取り込まれる事で初めてこのウイルスは完成する。
奇しくもG生物の思考と対立する形の目的の下、セフィロスは残骸に宿る血を取り込もうと腕を伸ばす。
刹那、瞬時に身を仰け反らせた。
遅れてセフィロスの胸に浅い鉤爪のような傷跡が刻まれ、少量の血飛沫が飛ぶ。
セフィロスは初めて瞠目した。首を失ったはずの怪物の腕はみるみる内に再生され、やがて醜悪な顔面も取り戻したのだ。
「セェェェェフィィィィロォォォォオオオオスッ!!!!!!」
「……驚いたな。よもやここまでの再生力を秘めていたとは」
セフィロスがそれを言い切る頃には、G生物は五体満足の姿で彼の前に立ち塞がっていた。
身体を構成する筋肉は質量を増し、より堅牢な姿となっている。圧倒的な巨躯を前に長身など意味を持たない。
存外、吸収するのも手こずりそうだ。ここまでの再生力を誇る相手だ、剣技だけで仕留めるのは難しいだろう。
「────だからこそ、欲しい」
ぽつりと漏らした言葉は紛れもない本音だ。
ジェノバ細胞にここまでの再生力も構成力もない。故にジェノバ細胞にG-ウイルスの不死性を組み合わせれば──セフィロスは己の思考に思わず笑いが溢れる。
何故だろうか。何故こんなにも自分は力を欲しているのだろうか。
クラウドに勝つ為、と言ってしまえばそれまでだ。しかしそれだけではないような気がする。
この胸のざわめきは何だ。何かが失われるような予感がしてならない。込み上げる得体の知れない感情に囚われたままセフィロスは目の前の怪物へ思い出を乗せた刃を振るった。
■ ■ ■
セフィロスが絶技を放ち、魔法を放ち、その度に怪物は体の一部を失い再生する。
そうして何度も、何度も姿を変えて進化を遂げ、遂には剣や魔法への耐性を得る形態まで手に入れた。
──しかし、Gの凄まじい成長速度は更に凄まじいセフィロスの猛攻に削り取られてゆく。
細切れ、丸焦げ、圧潰。持ちうる全ての技を試され、実験された挙句にG生物の進化は段々と緩慢さを増してゆく。
最終的にはもぞもぞと動くだけの肉の塊となり、それすらも時を待たずして止まり、Gは完全に沈黙した。
「……これが、G-ウイルスか」
落胆ではない。純粋な感嘆を乗せた呟きを落としてセフィロスは肉塊の中へ腕を掻き入れる。
鈍い脈動が伝わる。この状態を持って尚も"これ"は生きているのだ。死なないのではなく、死ねない──もはや一種の呪い。
暫くしてセフィロスは肉塊から腕を引っ込めた。その手にはどくどくと脈打つ赤黒い物体が乗っていて、規則的に蠢くそれは見る者に生命の根源を思わせる。
その塊は──心臓。G生物の肉体を形成する中枢(コア)。
セフィロスは暫しその脈動を見つめ口角を吊り上げたかと思えば、
食べた。
なんの躊躇もなく、そうするのが当然だと言わんばかりに。
まるでそれはりんごを食べるアダムのように優雅に、美しく。Gの心臓という禁断の果実を口にする姿はどの絵画よりも心惹かれる。
一口、二口、そして三口目で完全にそれを飲み込んでしまえば瞬間、セフィロスの目が勢いよく開かれた。
「クックックッ……ハハハハハハハ……」
もがき苦しむように片手で頭を抱えながら、しかしセフィロスの口からは哄笑が溢れて止まらない。
全身を苛む異物感が心地いい。身体を芯から作り替えられるような気味の悪い感覚が生きる実感を与えてくれる。
セフィロスの内部に取り込まれたG-ウイルスはすぐさまジェノバ細胞を侵そうと凄まじい勢いで進行していった。が、ジェノバ細胞の力はG-ウイルスの予想を越える。
ならばG-ウイルスはジェノバに殲滅されたのか? ──否。ジェノバ細胞とG-ウイルスは共存の道を歩むことを選んだ。
すなわち、融合。細胞内に寄生するG-ウイルスは支配する形ではなく、生かされる形で繁殖する。
「これが、究極の力か」
言葉の綾でも比喩表現でもない。
セフィロスはたった今、究極の細胞を手に入れた。
神の如き力を与えるというG-ウイルスの野望は叶ったと言える。セフィロスという依代をもって。
色素の薄いセフィロスの瞳はいつの間にか血のように紅く染まり、今まで与えられてきた傷が緩やかに再生を始めている。完全に適合さえすればこの程度の傷一瞬で治るだろう。
しかし、セフィロスの表情に喜びはない。
どこまでも虚しそうに。どこまでも寂しそうに。
空を這う雲へ視線をなぞらせる究極は、静かに唇を開いた。
「────さよなら、クラウド」
G-ウイルスと融合し感覚が研ぎ澄まされたせいか、はっきりと確信した。
クラウドは死んだ。それも、ついさっきに。
皮肉なものだ。怪物の力を取り入れてまで越えたいと願っていた存在は、既に討ち倒されていたのだから。
彼との決着だけを生き甲斐にしてきたセフィロスの心にはぽっかりと穴が空く。そしてその空間を埋めるように新たなる衝動が瀑布の如く湧き上がる。
「そうだな、クラウド。お前のいない世界など価値はない。この力で全てを終わらせよう」
絞り出すように紡がれた終焉の言葉。
セフィロスは、本気だ。仮にも首輪という生殺与奪の権を運営に握られているというのに、それすらも厭わずに世界を終わらせようと宣言する。
運営すらも彼の進化は予想外だった。ならば何が起きてもおかしくはない。この世に絶対などないのだから。
いや、一つだけある。その言葉を当てはめてもいい存在は──いる。
それこそが今この場に君臨した絶対(セフィロス)なのだ。
「さぁ、埋めつくそう。私という絶望で」
目の前の城壁を破壊し、セフィロスは女神の城を後にする。
行先はセーニャの元。いや、正確に言えばセーニャが感じ取った力の波動。強い力を屠ってこそ究極の証明となる。
もはやセーニャという手駒も必要ない。纏めて始末するのもいいだろう。どのみち全て殺戮して回るのだから。
時刻は丁度
第二回放送を迎える。
たった半日。この十二時間の中で物語は激動に激動を重ねてきた。
その中でも特に、彼の進化は最大のイレギュラー。築き上げてきた盤面をひっくり返す異常事態。
踊れ、参加者達よ。
抗え、希望よ。
真なる絶望は、歩き出した。
【ウィリアム・バーキン@BIOHAZARD 2 死亡確認】
【残り41名】
【A-6 女神の城城門前/一日目 昼(放送開始)】
【セフィロス@FINAL FANTASY Ⅶ】
[状態]:G-ウイルス融合中、左腕火傷、服の左袖焼失、胸に浅い裂傷、右腹に痛み(中)、傷再生中、MP消費(小)、高揚感
[装備]:バスターソード@FINAL FANTASY Ⅶ
[道具]:基本支給品、ランダム支給品(確認済み、武器の類ではない)
[思考・状況]
基本行動方針:全てを終わらせる。
1.全ての生物を殺害し、究極を証明する。
2.セーニャが感じ取った力の方向へ向かう。
3.スネーク(名前は知らない)との再会に少し期待
※本編終了後からの参戦です。
※心無い天使、スーパーノヴァは使用できません。
※メテオの威力に大幅な制限が掛けられています。
※
ルール説明の際にクラウドの姿を見ています。
※
参加者名簿に目を通していません。
※セーニャが手に入れた情報を共有できます。
※G-ウイルスを取り込んだ事で身体機能、再生能力が上昇しています。
最終更新:2024年10月29日 02:48